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梅雨の晴れ間に見えるもの朝うす曇りの中、用事があったので最寄駅まで行きました。帰りにはずいぶん晴れてきたので幹線道路から入って海を眺めに丘にあがると 曇ってどんよりした空に少しだけ青みがさしちょこっと富士山が見えました。雪が微かに山頂付近にみられ、まだ完全な青富士にはなっていません。見渡した気色はこんな具合で伊豆半島もうっすら見えなかなか気持ちよかったです。家に帰る頃には青空になっていました。庭では夏至も過ぎたので夏の花々も咲きだしています。 ムクゲで一番先に咲き出したのはこの色。このほかピンク、ムラサキの八重があります。 これはルリマツリ。毎年薄紫が先に咲いていたのですが、今年は白が先に花をほころばせています。この時期、圧倒的な存在感はノウゼンカズラでしょうか。 毎年よく咲いてくれますが、今年は花数が多いです。隣には 房も大きくなってきたマスカットの棚があります。もうそろそろ袋ををかける時期なのでしょうか。時期と言えばこの季節、やらなくてはいけない手順がありました。梅酢のあがってきた梅に赤シソをまぶすことです。 梅雨明け前に赤シソを入れるのが我が家風。干してから漬け込むときに赤シソを入れる方法もありますが、干す前に入れると赤梅酢も取れるので毎年こうしています。バタバタと時間を過ごしていましたが、夕方はちょっとだけ晴れました。 自然ってなんて予測不能なのでしょう。まったく思ってもいない情景を意外なときに見せ始める。それを受け止められたらとても幸せ。下を見てばかりいたら空の美しさは分からない。見上げても雨の日には心動かす光に満ちた空を見ることはできない。気持ちが向かなければ雨の中にひそむきれいさに気付くことすらない。ほんの少しの時間差で、至高の時を見逃すことだってある。だけど生きていてそれを見ているのは自分。だれかから、見たこともない素晴らしい景色があると聞いて心動かされ、そこに行ったとしてもそこにあるのはその人の見たものと同じではない。私の見るそれは私だけに見えるもの、伝え聞いたそのものであるはずもない。どんな時も美しく時を感じ過ごしていきたい。どんなに小さな営みでも、命のあるところで微笑んで生きていけたらなぁ....ああ、きれいだ!と思う時の心の震えようをいつも感じられる自分でいたいです。季節が巡ってまた同じような花が咲き、同じ角度から光が降りてくるのですが、過去とは全く違う新たな瞬間が積み重ねられていきます。またやってくる季節も、そのまた先も楽しんで生きていきたいです。最後までお付き合いくださってありがとうございます。明日来る日がよい日でありますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.27
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昔々からの友達、久々の写真展1970年代からロックカメラマンだったサンタナから始まって来日アーティストもいっぱい撮ってたけど、ユーミン、YMO、陽水、ユニコーン、福山雅治それに清志郎も撮ってた三浦たくさんのミュージシャンを撮り続けて活躍しているファッション写真もいい今回の写真展は今から29年前、マイアミ花椿のロケで行った時の写真、「デジタルじゃないからね」もう一回帰りたい今浦島の私は新橋から銀座経由、日比谷線で六本木へ六本木は変わったような変わっていないようなトーフステーキの「一億」はむかしの感じのまま、マスターも歳とってないw階段を上がると花束があったiPhone でなんでも出来ちゃう時代になったってだから印画紙にプリントして友だち4人と持ってるギャラリーで好きなことする時代に逆行するみたいなことやってるんだって「30年前じゃないからいいだろ?29って微妙じゃないkkk」笑う三浦は相変わらずだなぁGOROちゃんには会えなかったけどけど、リアルタイムで時空がが交わった人もいたちょっとお酒飲んで話しして今も走ってる三浦がタイムトリップして29年前から持ちかえった写真一番左の写真がプリントされているTシャツいい感じ帰りの六本木来た時とずいぶんちがう空気が漂い始めていたここまでお付き合いありがとうございます。たまには自分のテリトーリー出て冒険してみるものいいものだなぁ。ご一緒していただき嬉しいです。またお立ち寄りください。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2016.06.25
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パッションフルーツが次々開花、タヌキも快方に晴れの日が続くとうれしいです。パッションフルーツは開花しても雨の日だと受粉が上手くいかないからです。 朝の9時頃になると、開花します。左の画像は開花まもないころ。まだめしべが上をむいています。めしべの下のぷっくりふくらんだ部分(子房)が実になります。1時間ほどすると右の画像のようにめしべが降りてきます。ここで綿棒を使ってめしべの柱頭に、子房の下に付いているおしべの花粉を取って付けます。 受粉に成功すると果実が膨らんできます。うまくいかないと実にならない花は落ちてしまいます。うまく受粉できても自然落果するものもあります。約70日ほどで熟してくるそうです。楽しみだなぁ~。パッションフルーツの受粉を済ませてプランター菜園の見回り。 ナスもキュウリもトマトも順調。パプリカと桃太郎は生育が遅いので日がよく当たる所に移動しました。夕ご飯にはオカワカメのお浸しを作りましょう。 小さなプランターからよく伸びてくれています。去年は伸ばしっぱなしにして盛夏まで置いたのですが葉が厚くなりませんでした。今年は1mほど行った所で摘芯。するとどんどん脇芽が出て、葉も肉厚になってくれています。クウシンサイも少し摘んで落ちたピーマンの若実もいただきます。 一つだけ大きくなった甘トウガラシ。これも食事のラインナップに加えました。それから疥癬にかかったタヌキ君ですがずいぶんよくなりました。 左は昨日の夕方、右は5月18日です。ブロ友の飛花ぽんさんに獣医さんでエサに混ぜて投与する薬がもらえると教えてもらったんです。「病気のタヌキに薬をあげる」と話してご近所には承諾を得ました。中には汚らしいから市に連絡して殺処分してもらう、という人もいましたが説得。行きつけの獣医さんがすぐ出してくれました。効く子と効かない子がいるとのことでしたがうまくいっているようです。毛が抜けてサイの皮膚のように硬くなっていたのですがうっすり毛が生えてきました。顔はもうタヌキの顔に戻っています。よかった~。投与した薬はイベルメクチン。去年ノーベル賞を受賞された大村智教授が発見した「エバーメクチン」から開発された薬。疥癬の治療はそれまでは外用薬だけでしたが、2006年にイベルメクチンが投与できるようになり治療に劇的変化がもたらされたそうです。アフリカでは寄生虫による風土病の治療薬として無償投与され、世界で年間3億人の人を失明の恐怖から救ったとは!すばらしいです。人でも動物でも疥癬は角質内に寄生するダニによって起こります。イベルメクチンは疥癬の原因になるダニを殺しますが、成虫にしか効きません。ですから卵が孵化する1~2週間後に2回目を投与すれば、ほとんどのダニが死に治療につながっていきます。ほとんど目が見えなかったのか昼間しか来なかったタヌキ君も夜来るようになりました。飛花ぽんさん、ありがとうね!タヌキからもありがとうです。最後まで読んでくださってありがとうございます。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.18
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パシュパティナート寺院と火葬場 2 燃えて煙となり川の流れに溶けていく人であった灰修行するサドゥたちムルガスタリの森に点在する寺院とシヴァリンガ紀元前から信仰の地であったパシュパティナートとその周辺 そこに祀られる善と悪を区別することない破壊と恵みをつかさどる神絶大な力を持つシヴァ神、パシュパティをたたえる曲をお聞きになりながらご覧くださいご覧くださりありがとうございました。一つ前のブログで記事も書いていますので読んでいただければ嬉しいです。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.15
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梅雨らしい空模様の今日この頃ちょっとした晴れ間を見ては洗濯をしたり掃除をしたり。日常の雑事に追われていると自分を揺るがすような経験をしたことも雲の向こうに閉ざされているようです。思い出の中に葬られた感覚はふとした時に波のように帰って来ます。今日はちょっと焦げたにおいがした時に押し寄せてきました。あのパシュパティナート寺院にある火葬場の臭いです。パシュパティナート寺院と火葬場ネパール最大のヒンズー教寺院であり4大シヴァ寺院の一つパシュパティナートはムルガスタリ(鹿のすみか)と言う森に囲まれガンジス川の支流聖なるバグマティ川の川岸にあります。パシュパティとは「獣の王」と言う意味でシヴァの化身の一つ。シヴァは金の角を持った鹿、パシュパティとなってこの森ムルガスタリに遊びこよなく愛したといいます。国道から入った参道の左右には礼拝用品やティカ、花などを売る露店が並んでいました。中にはあちこちの寺院で見かける「両替屋」もあり、実際にはあまり使われない2パイサや5パイサ硬貨などにくずしてくれます。参拝者は物乞いや修行者にその両替した小銭を与えていきます。その小銭はまた周囲の店で高額紙幣に変えられ両替屋に戻るという仕組みのようでした。露天の並ぶ所から足場の悪い狭い道を行くと右側にチケット売り場がありました。外国人はここでその日のうちは出入り自由の入場券を1000ルピーで買い求めます。寺院にはヒンズー教徒しか入れません。チケット売り場先の川に架かった橋の手前、左側にその入口があります。この入口の反対、川の下流側が庶民の火葬場、アルエガートとなっています。川岸にガートという火葬台がありその上にまきを重ね遺体を乗せて火を付けるのです。遺体は白い布で巻かれ、一握りのコメ粒と硬貨が胸に置かれ、伝統的には長男が最初の火を付けるのがきまり。昨年の大地震の時は備えられているガートだけではとても足りず、次々と運び込まれる遺体は川岸や対岸でも荼毘に付されたそうです。死者を焼く煙は聖なるバグマティ川を被いつくし布で巻かれた遺体を乗せたまきに次々と点けられる火は絶えることがなく、周囲はさながら蒸し風呂のような熱気と死臭に閉じ込められているようだったと。幼い遺体も多く、ふるえる手でまきに火をつけかね、泣き崩れる親たちの姿。まだ布にも包まれずに置かれた遺体に取りすがって泣き叫ぶ人々。身元の分からない遺体も多く、集団で荼毘に付され思いもかけぬ災害に会い、天寿を全うできずに逝った人々の無念の思いと家族を失い、愛する人を亡くした残された人々の悲しみは幾重にもパシュパティナートを覆い重く垂れこめていたと友は話しました。焼かれた遺灰はバクマティ川に流されガンジスへと下っていきます。訪問した時には地震の後の様子を思い描くこともできませんでしたが、どれほどの悲しみがこの川辺を被いつくしていたか思うと心が張り裂けそうでした。川の下流のほかに上流にもかつては王族のため物のであった火葬台がありました。火葬台の下では子どもたちが何かを探していました。聞くと遺体と一緒に焼かれた硬貨や副葬品に含まれる貴金属を探しているのだそうです。平時は死さえ日常のこととして受け入れられ人々は命日にこの川辺に来て故人を偲び、法要を営んでいます。寺院の反対側にはエッカイダス・ルドラという白い塔が11基並んでいます。ここにはシヴァリンガが祀られ大昔から人々の死を見届けてきたのでしょう。寺院からはマントラと鐘の音が流れ、火葬台からは煙とこの世を離れる匂いが立ち上ってきました。周囲には修行者サドゥーの姿も見られました。レンズを向けると「マネー」と言って手を差し出すサドゥーも。お金を要求するなんてホーリーではない、と案内してくれた友人が言っていました。多くのサドゥーは観光客相手の商売でやっているのかもしれません。心つぶれる思いで川べりを離れ石段を上りヴィシュルワープ寺院、さらに森の先マナカマナ寺院の方向へと向かいました。物乞いもよく目にしました。手や足の指を失った人が数多くみられ心痛みます。この奥にはビシュルワープ寺院、ゴルカナート寺院、グヘシュワリ寺院、紀元前3世紀ころの最古のシヴァリンガが祀られているキラテシュワー寺院があります。どの寺院もヒンズー教徒以外は入れません。寺院の建物の周りにはたくさんの石の祠があり、シヴァリンガがおさめられています。祠に施された彫刻は素晴らしく所々に置かれているナンディ(シヴァの乗り物の牡牛)ガルーダ、ピナカ(シヴァの剣)などにも目を奪われました。猿も多く見られ食べ物を持っていると襲ってくると言われましたがその様子も見られずゆったりと過ごしている姿に心なごみました。クヘシュワリ寺院の辺りまで行くと崩れているものも多く参道に多数見られたシヴァリンガの台座も割れているものもありました。赤レンガで作られたという寺院の装飾は繊細で、しばし時を忘れるほどです。古代ギリシャの神殿にもありそうなエンタシス様式のような円柱も見られました。奥まった所にも住居でしょうか、人の生活が見られました。寺院の点在するシヴァの愛したムルガスタリの森は静謐でときおりスズメに似た鳴き声をする鳥がさえずっているばかりでした。善悪の区別なく破壊を尽くすこともあると言うシヴァ神。そのシヴァ神の遊ぶ森に囲まれた寺院で焼かれ煙となりガンジスに流れていく人。なんとも言えない思いに満たされながら時間の許す限り散策しました。まだまだ載せたい写真もあります。この続編「パシュパティナートと火葬場2」ではもう少しご紹介したいと思います。ここまでお付き合いくださってありがとうございました。次のブログでは画像と音楽でパシュパシナートを綴ってみました。よろしければご訪問ください。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.14
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雨風が強い中、水まきをする変なおばさん かなり雨はひどく降っているのに、風だって強くなってきているというのに、レインコート着てあちこちの植物に水をやっている...変わってるね、というよりおかしいんじゃない?って言われているかもしれないのは、私です。雨が降っている時が理想的なんですよ。太陽が出ていて土がすぐ乾いてしまう時は根が傷んでしまうから。米ぬか発酵液を薄めてプランターの野菜や植栽にあげているんです。去年の6月に「待っていた理想的な雨」で書いた乳酸菌ジュースこと米ぬか発酵液。 1ペールの半分ほど残っていたのを薄めながら地植えの木には濃いめ、プランターや鉢にはうすめにして年末に作ったものを使い切りました。そしてペールを洗って新たな仕込み。ぬかを入れ水を足します。あとは発酵してくるのを待つだけ、簡単です。最近は玄米食なので、ぬかがほとんどとれません。玄米は保存も利くし栄養の面からいっても理想的だけど米のとぎ汁も出ないし、ぬかを買ってこなくてはいけなくなるかも。子どもたちがいるときは白米にしないまでも5分位に精米していました。寿司などにする時は白米にします。最近の精米機はコンパクトなものでも性能も上がり使えます。玄米で購入して保存、必要に応じて精米して食べると酸化していないので美味しいです。ともあれ米ぬか発酵液の仕込みが完了しました。その頃は一時さあっと太陽が出たりしていました。レインコート越しに背中に太陽が当たるとなんとも言えない暖かさが。日が当っている所からじんわりと優しいぬくもりが広がっていくのがわかります。縮んでいた体がすぅっと伸びるようでこわばっていた手指も柔らかくなりました。太陽ってすごいですね。2日前から庭木の剪定も始めていました。 まだ全部はできていないけれど思い切って刈り込んでいます。力強い枝や芽が出るように、病気にならないように切った木たちにも乳酸菌ジュースを振りかけました。実際に金木犀の半枯れ病や月桂樹の葉の黒ずみも治ったことがあります。まあ、自己流の活性液なのでそれが効いたのかどうかは定かではありませんが。プランターを並べている側はしっかりジャングル化してきています。 左は5月19日、右が6月13日です。みんな大きくなったのね!これからはもっと茂ってたくさんの実を生らせて欲しいです。「ちゃんとお世話するからしっかりね!」と声をかけながら雨にぬれて作業をしていた変なおばさんでした。最後まで読んでくださってありがとうございました。野菜たちの大きくなるようす、またのぞきに来てください。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.13
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穏やかな日曜日、摘果と受粉をしました午前中は日差しも強くジリジリとしましたが午後は風も出て爽やかでした。マスカットの実が着実に大きくなっています。 陰になっているものや良く育っていないものなどを摘果しました。どれを摘むかは悩んでしまいました。みんな大きくなりたいのでしょうから。パッションフルーツも次々と開花しています。 朝9時ころになるとパッと開きます。一度開く瞬間を見てみたいと思っているのですがまだその機会には恵まれません。開花後1時間くらいするとめしべがおしべの方に下がってきます。花粉は下を向いているおしべに付いているので自然では受粉しにくいようです。庭に巣を作っていたハチも今年は引っ越しをしてしまったようなので綿棒が活躍。おしべをなでると黄色い花粉がつくのでそれをめしべに付けます。受粉しないと落ちてしまうのでこの作業は必要です。受粉も終わりプランター菜園を一回り。おや?トマトの花茎に異変が。 花の付いている枝の先に芽が出たように茎が伸びています。桃太郎トマトに一つ、プチトマトにも一ヶ所ありました。モロッコインゲンのツルも伸びはじめたのでネットを張りました。 インゲンもキヌサヤもスナップエンドウも遅く播いたので心配です。とくにスナップエンドウは伸びが遅く感じられます。根ぐされしないように乾燥しすぎないように注意していきます。ナスもピーマンも実を付け始めました。 今年は去年に比べてなんだか勢いがありません。去年は朝日がたくさん当たる所にプランターを置いたからでしょうか。それとも植える時期が遅かっただけでしょうか。開花時期をずらすために遅く播いたズッキーニも大きくなりはじめました。 ズッキーニは種を3粒植えたのですが一つだけそだっています。隣にあるエキナセアには花が咲きだしました。「鉢が小さいよぅ」と訴えているようなので大きな鉢に植え替えましょう。いったん全部切ったミントも順調に回復、コブミカンも元気です。ミントの生命力にはいつも驚かされます。これから暑い時期にはローズマリーやレモンバームと一緒にハーブウオーターを作るときに活躍してもらいます。コブミカンはタイ料理に使うので育てています。乾燥した葉を買うことができるのですが香りが違います。さっそく今夜のカントリー風レッドカレー(ゲーンパー)でその実力を発揮。 タイカレーはペーストが豊富に売られているので作りやすいです。 タイカレーペースト シリーズ『 全8種からお好きな3種セット』【送料込※一部地域別途追加あり※】価格:1944円(税込、送料無料) 牛スジがあったのでそれを使い後はあり合わせの野菜です。今日はこちらのペーストを使いました。プリックキーヌーと言う赤トウガラシを入れたので汗をかくほど辛いです。ナンプラーで味を整えれば我流ゲーンパーのできあがり。コブミカンのいい香りと適度に酸味のきいたスープは元気の出るおいしさ。トッピングにホーリーバジルを乗せてもう完璧です。自分で育てた野菜は購入したものに比べるとより味わいがあるように思います。ほんの小さな庭でのプランター菜園なので必要なすべては賄えません。それでも朝に夕に水やりをし、他愛のないことをささやきかけながら育てています。大きくするのも楽しみ。収穫して料理し家族で食べるのは極上のひと時。ささいな幸せですがいつまでも続きますように、と願ってしまいます。だって今まで生きてきたなかで小さいけど確かな喜びを感じられるようになったからです。この平和で静かなひと時を守って生きたいです。ひとり言のようなつぶやきにお付き合いくださってありがとうございます。皆さまの大切な幸せがいつまでも続きましように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.12
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夕日がきれいな風のないひと時、散歩に出ました陽が伸びて5時と言ってもまだ夕陽と言うには早いような気もするひと時。ふと散歩に出ました。いつもは通らない道嗅いだことのない匂い柔らかい斜めの光知らない花見たことのない色....うつぎ?アジサイの一種?ライラックかしら。淡い色のアジサイに淡い光が重なります。光のあたっている所と影になっている所が微妙に違う色に光を返します。こちらにもアジサイまあるく集まった花はボンボンのよう。見上げるとまだ固いザクロのつぼみがかたくなです。光に向かって伸びをしているように咲いている花小さな愛らしいピンクのパンジーランタナは七変化。アルストロメリアは長く咲いてくれる。アンデス山脈の寒冷地に自生しているとか。あまりにも赤いスイートピーが光を吸いこんでいくように見えます。クチナシの花はあくまで白く香りの結界を張っているのかしらなんだか近づきにくい。少しずつ夜の闇が降りてくるとこんどは白いぼんやりした光を放ち始めその存在に人を引きつけていくのでしょう。そして何も見えない真っ暗闇になってもこの香りは闇を縫うように漂ってきてまたここに呼びもどしてくるのでしょうか。花ばかりを見てしまう散歩でした。それぞれの花がきれいです。そんな花を一緒に散歩をしているように楽しんでいただけたら嬉しいです。ありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2016.06.10
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梅雨入りしてどんよりした日が続いています。なんだか体もだるくてすっきりとはいかない水曜日。こんな日はマントラでも唱えるかシンギングボール鳴らすかして、場をクリアにして気分を変えた方がよさそうです。マントラと言えば思い出すのはボダナートです。お参りの間中マントラが聞こえていました。ネパール最大の仏塔 ボダナート世界でも最大級のストゥーパ(仏塔)のあるボダナートはチベット仏教徒にとって大切な巡礼地です。15世紀に一度イスラム教徒に破壊され、その後再建されたようです。ここは交易をする人たちが無事にヒマラヤを越えてチベットにいけるように、またチベットからここに戻ってこられたことを感謝する祈りの場でもあったそうです。高さ36メートルのストゥーパの上には四方を見渡すブッダの知恵の目があります。ボダナートにはとても強い気が満ちています。ストゥーパそのもののエネルギーに巡礼者の祈りの力が加わり全体に大きなエネルギーの場を感じることができます。三重の基壇を持つ仏舎利をおさめた仏塔の周りにはマニ車がズラリとあり、人々は右回りにこのマニ車を回しながら進みます。マニ車には「オムマニペメフム」と言うマントラが彫り込まれています。一つ回すごとに巡礼者も「オムマニペメフム」と唱えていきます。それはブッダのマントラで「生きている全てのものに平和を」願うのだそうです。マントラ「真言」とは聖なるエネルギーをもつ音で、それを声に出して唱えることで聖なるエネルギーが動き出すといいます。例えば私の守護本尊の文殊菩薩の真言は「オンアラハシャノウ」です。大日如来は「オンアビラウンケンバザラダトバン」ここではブッダそのものを表す「オムマニペメフム」が唱えられるのです。観光客も多いのですが巡礼者の中には五体倒地をして108回まわる人もいます。周囲には土産物屋やティールームもありますがゴンバ(僧院)もあり、とても荘厳な建築様式や絵画、彫刻を見ることができます。満月の夜にはドーム下の108の仏像にロウソクが灯され、ストゥーパの周りではバターランプの燈明がささげられ、少年僧たちが歌いながら夜が更けるまでストゥーパの周りを回るそうです。月の光、たくさんの灯明、ロウソクの灯り、そこで祈る少年僧...なんだか想像しただけで夢見心地になってしまいます。ストゥーパの周囲には「オムマニペメフム」のマントラがスピーカーから流れていました。YouTubeにオリジナルに近いものがありましたので、マントラを聞きながらボダナートを歩いている気分でご覧下さい。今日もお付き合いくださってありがとうございました。ブッダのマントラが届きますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.08
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今年も種を蒔きその恵みをいただきますまねごとのようなプランター菜園でも季節ごとの恵みがあります。種をまけば芽をだし、太陽と雨があれば伸びていきます。 インゲンマメに二十日大根、日一日と大きくなっています。小松菜にホウレンソウはリンゴ箱に種を蒔きました。 蒔くのが遅く芽が出るだろうかと心配していたズッキーニも大丈夫!受粉のタイミングのために少し時期をずらしてもうひとセット播きました。 オカワカメはもう少し肉厚になってほしいので追肥を考えなければいけません。オクラもなんとか根付いたようで大きくなり始めています。きれいな花が咲き微笑んでくれるのも待たれる楽しみの一つ。小さな可愛いキュウリがつき、トマトにも実がつき始め赤くなるのを待つばかり。気の早い甘トウガラシにはなぜか実ひとつだけ大きくなっています。どんな環境におかれても何も言わず、ただひたすら自分の命を全うしてだまって恵みをくれる植物たち。いつもありがとう。夕方稚内から帰ってきた主人のお土産は猿払のほたて。梅ジュースを作った後の梅肉をそぎながら賞味しました。 すっぱ甘い梅ジュースを少しと奄美黒糖焼酎も少しばかり。この焼酎は音響熟成。 黒糖焼酎れんと 25度1800ml価格:1566円(税込、送料別)貯蔵タンクの中で約3か月間クラッシック音楽を聞いてまろやかになっているとか。人間ってすごいです。美味しくする方法、簡単にする工夫、たくさん作る技術、なんでも生み出してきています。人はすごいけどひどいこともしてる....今日はちょっとショックでした。ひかたま(しんでん森の動物病院)のブログを読んで知ってしまいまったのです。ココナッツを取るために猿の子どもを誘拐して訓練して働かせてるって....人間って強欲なんですね。人でなければどんな扱いをしてもいいと思う傲慢な生き物。働かせるために子猿を誘拐し、親を殺すことも。ひかたまの今日のブログ「絶滅ラベル」読んでみてください。 毎日生きていくことが自然に対してどんな影響を与えているかなんていつも気にしていることはできないけれど、時には人が動物に自然にどんなことをしているのか知ることは必要だと思います。そして「こんなふうに生活していったら自分も自然も守れるかも」とか「動物がむやみに苦しむ事がないようこうしたほうがいい、これはしたくない」と考えながら生きていき、子どもたちにはそれを見ていてほしい。毎日の生活では声高に主張することもなく暮らしているだけだけれど、そんな毎日の生活でも、不必要に動物や植物を苦しめることが少しでもなくなるように自分たちの無意識な日常が生き物や地球に関係しているのを知っていきたいと思います。いつまでも、みんなが生きていける地球であるように。人のすることの罪深さや他の生き物に対する傲慢さを思うと心砕けそうになります。昔、アフリカ大陸の黒人や南米他の原住民を人間以下とみなしたことも。奴隷にして土地や財産を奪い、文化を破壊して....自分勝手な価値観で支配しようとしていたこともあった...まだあるのかも...それでも人の中にはこうした事実を調べ伝えてくれる方々いるのに希望も見出します。利益や個人の幸せのためではなく、起こっていることを調べ伝え訴えています。それを思うと人間はそんなに悪いものではないと信じられます。何も言わない生き物たちもたくさんのことを語りかけてきているように思います。プランターに播いた種の話からずいぶんと広がってしまいました。自然を守る活動も外へ向かってなんてできないし、ベジタリアンにもなれません。だけどせめて今、自分と家族が生きていく生活の中で何かしらできることをしていきたいと思っています。ここまでお読みくださってありがとうございました。明日も、明後日も、ずっといつまでも母なる地球が美しくありますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.07
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パッションフルーツの花が咲きました 梅雨入りしたのでしょうか、しょぼ降る雨の中の開花です。なんとか受粉させなければいけません。実がつくでしょうか?うまく収穫できるでしょうか?まだまだ先だけれど今から楽しみでなりません。キウイフルーツの実も大きくなってきましたよ。 けれど小さな実はついたのに落ちてしまうものがあります。虫がヘタをかんだのかしら?大きくなれない運命の子が落ちたのでしょうか?もうこれ以上小さな実が落ちるのを見るのは悲しいです。ブドウと言えばたくさん花が咲いています。 実の付いたものも太ってきて下を向き始めました。こんなにたくさんついていて大丈夫?もう枝が伸びないようにしなくてはいけないのかな?初めてのマスカットの栽培にわくわくドキドキしています。実のなる木を持つのはいいですね。イチジクがあったらどんなにうれしいでしょう。コワくて触るとざわっとする大きな葉っぱ、もぐと白い汁が垂れる見かけは少し不細工な木。だけどとても力強くてよく熟したその実の複雑な味をうまく言い表すことができない。柿の木があればどんなに楽しみにその実が熟すのを待つでしょう。白い粉をふいたような若くてかたいうす緑の実がふくらみあかね色に染まっていくのを時間を忘れて待つ間はなんという贅沢な時間でしょう。庭は狭いので大きく育つ木はもう植えられません。それでも実ったら動物たちと競争するように、木からこの手でもいで食べると口の中にあふれるその味覚を思ってしまいます。今年はパッションフルーツ、それにブドウが初めて庭で生るかもしれません。毎朝見に行ってしまいます。声をかけながらツルや幹をなでて植物たちのささやきを聞きます。あと何カ月後でしょう?うまく収穫して食べられるでしょうか?どんなにおいしいのでしょう!!あまりの楽しみについつい夢見心地になってしまいます。あなたの楽しみは何ですか?何がどうなったら心が安らぐと思っているの?私は植えている植物のことでもこんなに楽しみな気持ちになれる自分に驚いています。目に見える形で実が生っていき、収穫して食す、そんな単純なことなのですが。期待通りにいかないことがあったとしても、次の新しい実りが思われ胸躍ります。いまやっと気づきました。自分の周りにあるこんな何でもないことに大切な秘密が潜んでいるんだなぁと。夕暮れ時、雨も上がりピンクとブルーのドルジェ色に染まった空に誘われ浜に行きました。 日は遥か彼方に落ち、海は凪いでいました。ゆっくりと闇が背後から伸びてきています。だけど恐ろしくはありません。あの美しい光がまた必ずここに戻ってくるのだって分かっているから。そしてその光はパッションフルーツの花を開かせ、緑の葉に降り注ぎ、光合成を起こさせ、もう実った若い実を太らせていく....私たちにも光は当たっているのですね。私たちを花開かせ、実り多い人生にしていく光が。あなたはそれを感じますか?影に隠れてはいませんか?..自分に言い聞かせるようなことをつらつら書いてしまいました。お読みくださりありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.05
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逗子海岸で花火大会がありました <写真 Wikipedia>夏はまだ遠くにいるのでしょうに、逗子海岸では早い時期に花火大会があります。夏よ来い来い、と呼んでいるかのように初夏の平日行われます。だいたい10万人位が来ると言われています。だから夕方は国道134号線の逗子辺りは大渋滞です。お昼すぎにランチを兼ねて下見に行きました。 ふむふむ、きれいなビーチ、まだあんまり人はいません。と思っているとあれよあれよのあいだに場所取り隊が。 逗子の海岸はかなり広いし、どこからでもよくみえるのでみなさんおおらかです。だけど中央はやっぱり人気で混んでいます。料金も取られないしトイレも常設3カ所ののほかに7カ所も作ってくれます。海沿いの国道のガードレールにはスピーカーがたくさんとりつけられ、浜では大会本部のテントの設営も始まっていました。空は晴れているし、期待にワクワクします。マリンスポーツは3時までで今日はおしまい。風が結構吹いていたのでウインドが飛ばしていました。 湾の中には花火を上げる船がもう数隻停泊しています。空へあげるだけでなく水中花火もあるのです。空に揚る花火はまん丸に広がりますが、水中に投下される花火は半円(半球)です。水面に写る花火の光がまた幻想的で打ち上げとは違った美しさがあります。逗子の花火大会は約45分で7000発が打ち上げられます。そのうちの5000発ほどは最後の15分に集中するのです。心ワクワクしながらお昼を食べに海岸沿いのレストランへ。 店内からも海岸がよく見えます。もちろん窓際の席は花火の時間は予約済みです。いくつかレストランはあるのですが予約を取るのは難しいです。腹ごしらえは怠りなく たくさんのサラダとフォカッチャにスープそれにステーキをがっつりいただきました。 真中の小皿に入っているのはステーキソースです。たくさん種類があるので全部味わってみた欲深な私です。夕方も近くなるとたくさんの人が海岸に集まり始めました。浴衣のカップルも多いです。きれいな色のついた打ち上げもいいのですが、キラキラ落ちながら消えていく銀色だけの「枝垂れ柳」が一番好きです。枝垂れをいくつも重ねて打ち上げてくれるといいなぁ...と思いつつ鑑賞してきました。でましたよ!枝垂れ柳。いいですね、花火って。心の中にしか残らないから。どんな花火だったのか想像してみてください。海と空に繰り広げられる光の芸術、きっと目を閉じれば見えると思います。最後は「威風堂々」にのって燦然と銀のきらめきが夜空を彩りました。フル画面にしてみてくださいね。2013年のグランドフィナーレもよかったなぁ。毎年のお楽しみ、グランドフィナーレは最後の15分、5000発の花火の競演です。いかがでしたか?ステキな花火が頭の中で揚がりましたか?こんなことでも少しだけ楽しい時間を共有していただけたら嬉しいです。どうぞステキな宵が訪れますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.03
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火星が接近しています暗くなってから南東の空を見ると赤く輝く星があります。5月31日には地球に大接近をした火星です。31日は今回最接近した日でその前後は大きくみえるのでスーパーマーズと呼ばれます。当日は曇っていて見えなかったのですが、今夜は東の地平近くには雲があるものの少し上がると晴れています。ちょっと東よりの少し下にはアンタレス、もっと東の上には土星も見えます。この写真はウィキペディアからお借りしたバイキング1号が写した写真です。今肉眼ではかなり明るくもやもや燃えているように見えます。見かけの大きさは普段の5倍、明るさは1等星の15倍だそうです。ベランダに出てこうしてほんやり星を眺めているのが好きです。本当に無我になるとゆ~っくり空が動いているのがわかる気がします。そんな時は地球が回っているのだと感じ方を変えてみるとなんだかぞくぞくします。あら、火星の揺らめく下、遠くの空と森の間でホトトギスの声がしました。夜中に向こうの丘からこちらまで鳴きながら飛んで来たこともありました。きっとお嫁さんを探していたのでしょう。そのずっと下の谷戸からは地球の笑い声が響いているようです。そう、カエルの合唱です。ホトトギスやカエル、それに時折一声鋭く鳴く鳥の声や「ムーン」という響き。そんな鳴き声や自然の音が絡み合って空に揚っていくみたい。これでまったく光がなかったら申し分ないのですが....贅沢は言わずしばし音と光のタペストリーを楽しみましょう。ずいぶん前、まだ裏に竹藪があって池が埋められていなかった頃のことです。夜半に「コロコロ...」「ほろほろ...」と声が聞こえます。あまりに糸のように細い澄んだ声でしたので不思議に思っていました。子どもや主人は「ホロホロチョウじゃないの」などと真剣にとりあう気はなさそうでしたが思い切って小さな懐中電灯を持って声のする暗闇に忍び入ってみました。細い竹の生い茂った藪はひんやりと冷たく、笹の葉に降りた露が肌に触れると流れる線が光るような錯覚をおぼえました。声の主が気づいて鳴きやまないよう静か~に、そぉ~っと近付くと、そこにいたのは喉を大きく膨らませた5センチほどの黄緑の可愛いカエルでした。濡れたような眼を大きく見開いてこちらを見ましたが微笑んでいるような顔をするとちょっと身じろぎしてまた鳴き出しました。コロコロコロ....シュレーゲルアオガエルと言うのだそうです。最近はとんと鳴き声を聞かせてくれることがなくなりさみしいです。池も沼も水田もなくなり丘の林はどんどん切り倒されているので仕方がないのでしょうか。こんなにたくさん人の住む家が建って灯りがともり、大きくみえる火星さえも目を引く光ではなくなってしまいましたから。またいつか、灯火のない開けたところに行って、動物の鳴き声や伸びている植物のジーンと肌でしか聞けないような音を感じながら夜を過ごしたいです。その夜も見上げれば銀河がゆっくりと頭上を動いていき地球という大きな乗り物に乗って旅をしている自分を感じることができることでしょう。もう1日2日は大きく燃える火星が見られるはずです。皆さまも晴れた夜空を見上げて7528万キロ離れた所から飛んでくる光を受けてみてください。時間差を超えて小宇宙旅行をしている自分が感じられるかもしれません。今回もご一緒してくださってありがとうございます。星の光を浴びた後はステキな夢旅行もできますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.02
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夏が近づいてくるとうっとうしい季節梅雨がやってきます。何日間もしとしとと雨が降り続き、じめじめした季節はどうも苦手です。ネパールにいた時も雨期の始まりだったのか毎日雨が降りました。夕立ちもあるのですが、たいていは夜明け前から激しく降り朝9時ころには上がっていました。昼間は暑く太陽も顔を出すので過ごしやすかったです。とはいえヒマラヤの山々が雲に隠れてほとんど見えないのはがっかりでしたが、最終日にはなんとかマチャプチャレも見ることができました。ポカラ最後の日、やっと峰々が見えましたヒンドゥバシニ寺院から戻ってくるともう午後も遅くなっていました。レイクサイドノースの船着き場まで帰ってくると何人かの顔見知りがいました。チベタン村からお土産を売りにきている人、老眼鏡をあげたおばさん、トレッキングを誘ってくれたマウンテンガイドの人などです。今日が最後で次の朝発つのでみんなで記念撮影です。ガイドたちが自転車を返しておいてあげるというので最後のお散歩です。イエムにもさよならを言いに行きました。イエムは「チベット村へ向かいました」で書いたサテ屋さんです。彼はバイクでサランコットまで連れて行ってあげると言ってくれたのですが毎朝雨でその約束は果たせませんでした。仕事前にしか行けないからと朝早い時間を空けてくれていたのですが残念です。しばらく話をして湖畔に向かいました。船着き場の辺りからは散歩道ができていて何人かの人が夕暮れを楽しんでいました。派手ではありませんでしたがきれいな夕焼けに包まれてなんだか幸せな気分。静かなたそがれは優しく、そぞろ歩く人も美しく見えましたするとどうでしょう、湖右の北の空がベールの幕を引くように晴れ始めたのです。8000メートル近い峰々がもう暗くなった空に浮かんでいます。アンナプルナ・サウスは大きな舞台のように突き出していました。「豊穣の女神」と呼ばれるアンナプルナは第1峰から第4峰まであるそうです。聖なる山マチャプチャレ(魚の尾)も高くその尾を上げていました。シバ神に関連のある神聖な山マチャプチャレは登山が禁止されています。ですからまだ未登頂の山なのです。湖畔の草の上に座ってその荘厳さに打たれ、闇に沈んでいく峰々をただ見ていました。なんと言ったらいいのでしょうか、深く高揚した気分が静かに湧いてくるようでした。暗くなり山もよるとの境目を無くしてきたのでメインストリート近くまで戻ると何人かのガイドたちが近付いてきて言いました。「最後の夜でしょう?いっしょに歌おうよ」そう言われても...としり込みしているともう楽器を取りだして演奏を始めます。サーランギ、マダルと言う太鼓、竹笛はバンスリと言うのだそうです。まずは「レッサン・ピリリ」そして軽快な楽曲が続きます。「ガイドさんがなんで楽器をするの?」と聞くと「僕たちはみなさんを退屈させないためにいろんなものを持っていくのさ。その一つが音楽なんだよ。もちろん星空が一番きれいなところで歌うんだ」話を聞いているとどんどん引き込まれていきます。花畑、氷河、星々の天空、シェルパのむら....行ってみたいです。2週間も歩き続けるのは無理かもしれないけど....心は動き始めていました。そんなこんなで夜も更け最後の夜は夢も見ませんでした。朝起きてみるとまた雨。ホテルではご主人や奥さん、息子さんと話をしながら朝食を食べました。キッチンにはお香がたかれ、窓の外には青いバナナが生っていました。息子さんはポカラのことをたくさん話してくれました。お母さんもまだまだいいところもあるからとまた来るように誘います。もっといたいけど、もう行かなくっちゃ。別れがさみしく感じられたのはずいぶん久しぶりのことでした。タクシーでバスターミナルへ行くときも雨が降っていました。ここからはカトマンズに戻ります。そして2、3日してから帰国の予定。すこしホームシックになり始めたポカラ最終日でした。 ゆっくりのんびりとブログに旅を綴っています。ここまで読んでいただいてありがとうございます。カトマンズではいよいよスワヤンブナートやパシュパティナートにも行きます。また読んでくださいね。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.06.01
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