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ある人と面白い事を考えた。私自身も試したかった事の一つ。良し悪しは別にして、私はテーマがあれば何でも書ける。時間の限りに物語を紡ぐ事が出来る。シェアドストーリーはその可能性を格段に広げてくれた。シェアドストーリー感覚で更に面白い事は出来ないかと思い、ちょっと試みたい事がある。例えばこの写真を見て、物語を書いてみたい。世の中とは便利に出来ていて、フリー素材なるものがある。このような写真は自分で撮ろうと思っても無理だ。例えばこんな写真を活かして、虚構を描くのも面白い。自分が撮ったものではないから、何が出てくるのか分からないのがイイ。書こうと思うとワクワクする。ちょっと時間を割いて挑もう。閃きを培うには持って来いだな。
Mar 31, 2006
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飲食傭兵の傍ら、私は勤務中でも毎日気付く。気付きまくる。仕事のメモを取るフリをして、気付きのメモを紙切れに取っているが、いつも紙切れが溢れて仕様がない。それを物語に昇華している時間がない程、気付きまくる。しばらくは走り書き感覚で、ここにメモを残そう。地元の仁多町と言う所に、『癒し米』なる米を作られる農業法人がある。そちらの米は静電誘導を起こす石を使って、水を滑らかにし、その水で米も野菜も作っておられる。私が波動に興味を持ち出した時、一度だけお伺いした事がある。ここの米はうまい!収穫前に予約で完売。予約の取れない人は翌年まで待つ事になる。うまいだけじゃなかったなあ。元気だった。野菜もおいしかった。この米、滑らかな水で育った米。静電誘導の特性を受け継ぐのである。水を滑らかにする米になる。私はその事が不思議でたまらなかったが、私自身がヒーリングを始めるようになってから、この仕組みを何となく理解出来るようになった。静電誘導する石は、水のクラスターを超微細な振動によって、小さくしていると思われる。それを糧に育った米は、この振動を受け継いでいるではないだろうか。これって何かに似ていると思う。人も同じ理を持って生きている。端的にみて、一人の人に楽しみを伝える事が出来たら、それはひょっとしたら、100人に伝えたのと同じ事が言えるのではないだろうか。一人の人に100%の思いを伝える事が出来たら、それは100人に伝わる事実になるのではなかろうか。一人が変わると144人が変わると言う。これって米の事と同じだ。この144人も私の中では整合性がついている。一人の人の周りにある方角、12方位。そのまた次の人にも12方位。二乗して144だ。たった二次の隔たりで、144人に伝わる。口コミも同じ理屈か。夢も一緒だろう。夢はアウトプットして、それを実現すると言うが、一人の人にその熱意を伝えられれば、それは瞬く間に広がって、形を見るのかも知れない。何しろ世界のあらゆる人とは、六次の隔たりでたどり着けるから、自分の中で認めておくより、伝えた方が実現が早いのは当然だ。夢も伝染るんだろうなあ。元気も伝染するし。
Mar 25, 2006
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物書きをしていて何が一番嬉しいかって、それは意思を組んで頂けた、想いが伝わった、そう感じる事だろう。それは誰しも同じだと思う。楽天に限らず、ブログを公開している誰もが思う事だと思う。ブログも一つの意思表示。それを受け取って頂けるのは、幸いな事だと思う。ベンチャー大学の栢野さんに、私の感想を全文転載して頂きました。しかもご自身ブログの文中に。3月13日の日記「ベンチャー大学」「小さな会社★儲けのルール」栢野克己の「人生はアドベンチャーだ!」ありがたい事です。物書きを自負する者として、より多くの人に、意思を、想いを伝えられるよう、精進して行きたいと思う。もっと優しくなれるように。ありがとうございます。
Mar 16, 2006
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「実はですね、うちの父親の稼業は倒産してまして。自分は独立してるんですけど。」やや控えめな自己紹介と共に、弟が決して誇れるようなものではない現状言うと。「倒産?良かったじゃん。イイねイイねえ!」屈託なく笑い、その口元を目一杯に広げて、その人、栢野克己さんは喜んで言った。***11日の大挑戦者祭りの話はまだ続く。衝撃の連続で描き切るのは至難の業だ。香取さんの講演も鮮烈である事、この上なかったが、伝説の漢、コンサル界のブルース・リー、ここ楽天でも数多の伝説を紡ぎ上げたその人、栢野克己さんにお会いした。この人と出逢える事になるとは、思ってもみなかった。私も弟も、恐る恐るの名刺交換であったが、栢野さん、実に柔和で輝くような笑顔を振り撒いている。私はこの人の満面の笑みが、光って見えた。九州ベンチャー大学HP栢野克己のブログ『人生はアドベンチャーだ!!』***「実はですね、うちの父親の稼業は倒産してまして。自分は独立してるんですけど。」やや控えめな自己紹介と共に、弟が決して誇れるようなものではない現状言うと。「倒産?良かったじゃん。イイねイイねえ!」屈託なく笑い、その口元を目一杯に広げて、その人、栢野克己さんは喜んで言った。「はあ~~~!?」この話をして『良かった』とは、初めて聞く感想。事前に香取さんからは伺っていたし、私も弟も知っていた。栢野さんは正直に物を言われる事で有名で、過激な発言でもその名を知られていた。しかし、香取さん曰く「栢野さん、すごい人なんよ。言う事は言うけど、礼儀のしっかりした人よ。そうじゃなきゃ、あんなに出来んよ。」お会いした印象は、思い描いたものとは程遠く、柔和で気さく、笑顔が堪らなく温かい。「良かったなあ、イイよ。」何か分からないけど、明らかに歓迎されている。それよりもむしろ、喜ばれている気さえする。後のお話と、パネルディスカッションにおいて、その意味が明かされるのだが、要するに、『反骨精神が磨かれている状況にある。』そう仰りたかったのだろう。この『大挑戦者祭り』は日本のベンチャーキャピタルをテーマに、新規事業参入者の育成と学生起業家の支援の要素を持ったイベントだ。起業家スピリットの流布により、日本の経済の活性化の一端を担おうと言う目論見。主催のNPO法人DREAM GATEは数年前から経済産業省のバックアップを受けて、今回のようなイベントを全国的に展開している。栢野さんが壇上に上がったパネルディスカッション『起業家は育成出来るか?』でその反骨精神について述べられている。「起業には3つの要素があると考えます。1. 出逢いこれがなければ如何に斬新なアイディアや行動力があっても、機会が訪れない限り活かせません。お客さんとの出逢いもそう。支援者との出逢いもそう。2. 強制外部要因にあたりますが、きっかけが大事。やるしかないとなったら、人は考えるよりも以前に行動し始めます。やり続けるしかなくなったら、なおイイ。考えるだけで時間を費やす人は、賢いから出来ないと言うのも良くある事で。これが倒産や失業なら、やるしかないでしょ。考えるだけでなく、知恵を絞ってやり続けるしかないからねえ。3. 勉強勉強の出来る出来ないよりも、しない奴はダメです。受身になって外部要因を妬んだり愚痴ってるだけじゃダメ。自分や人生変える機会は、勉強して知識や知恵、技や手法を活かす所にある。「国が悪い、会社が悪い、景気が悪い。」これは、勉強してない裏付けに過ぎない。なるほどな。やるしかない、そう思える機会を世の中のどれだけの人が得る事が出来るだろうか。そう言う視点で、所謂失敗を考えてもみなかった。そもそも、今回のイベントに参加して、帰りに送って頂いた香取さんの車の中で、『成功』ってなんだ?と思った。今回のイベント全般でも感じられたムード『成功』仕事にしても趣味にしても、『成功』ってそんなに大事かなあ?じゃあ『成功』って何かなあ?成功すれば、喜べるし喜ばれるのは分かる。どちらもイイ事だ。でも、『喜べる』自分と『喜ばれる』周りの人を結ぶものは同じ『成功』ではないだろうなあ。『失敗』にも同じ事が言える。『成功』って何だ?栢野さんが仰った「良かったじゃん」も相俟って、『成功』と『失敗』についてあれこれ考えた。詰まる所、良く分からん。でも、これだけは言えるなあ。栢野さんが笑いながら「良かったじゃん」って喜んでくれた時、心から良かったって思えた。祝福されている気がした。何だか良く分からん嬉しさが込み上げて来た。これだな。これこれ。気持ちがイイのはいい事だ。何にもなくても、これくらいなら毎日出来る。私にだって出来る。笑って祝福。誰でも出来る事だ。栢野さんのブログに、私と弟が載ってます。一番左、栢野さん。真ん中、弟。その隣、私。端っこに私が追いやってしまった香取さんが一番右。世界初の耳の洗浄水を開発販売されている前川さんが栢野さんの隣に写ってます。
Mar 13, 2006
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建築現場のイメージは悪過ぎる。ある日突然、大勢の見てくれの悪い奴が集まって来て、仕事とは言え騒音を出しまくり、埃を撒き散らし、「早く終わんないかなあ。」と誰もに思われてしまう。これでは良くない。家が建って、施主さんが訪れて、初めてその家の玄関を開けた時に、近所の人達が集まって来て、盛大に祝福される。そんな現場に出来ないだろうか。福島先生は考えた。***昨日の『大挑戦者祭2006』。綴りたい事が多過ぎるが、しっかりと覚えている事から書こう。***建築現場のムードを変える。普通なら仕事の効率を上げる事を考えるが、確かにムードが悪いのは否めない。福島先生の考えを参考に、香取感動マネジメントの香取さんもそれに習ったアイディアを実践した。香取さんも身に覚えのあるような所の話で、私も弟も父親がペンキ屋であるから、このムードの悪さは良く分かる。作業着姿の職人がある日を境に、一ヶ月や二ヶ月に渡って界隈をのさばる。のさばると言ったのは、決して過剰な意味ではない。現場にもよるが、大勢の老若の野郎どもが現場で騒音を立て、昼時には界隈の飯屋に繰り出し、休憩中は車の中で寝て居たりする。人によっては威圧感を感じ、人によっては不快に感じるのも無理はない。特にペンキ屋は身体中ペンキだらけ。お世辞にも綺麗とは言えない。このムードだけでも改善出来れば、喜ばれて仕事が出来るのではないか。現場にいつも早くから出向き、仕事環境を整備するだけでなく、向こう三軒両隣を笑顔で掃除する。せめてそれくらいやれば、ちょっとは喜ばれるのではないか。そう考えて実践された。名付けて『タイガーマスク作戦』。やんちゃくれの若者が多い職人の世界で、仕事とは別に掃除をしろと言って、聞くような奴は少ない。だから考えた。「表向きには掃除をしよう。出来るだけ明るく、元気良く挨拶をしながら。君は職人で腕っ節が強いから、もし悪い奴が見掛けたら、悪い事をしなくなるだろう。」人は目を見て意思を伝える。だから正面から明るく挨拶すると、気持ちにやましいものがある者は目をそらすのだ。その心理を利用して、治安の向上を努めよう。そう職人の若者達には告げた。『タイガーマスク作戦』。明るく掃除するのは世を忍ぶ仮の姿。本当は悪意を働こうとする者の意欲を削ぐのが狙い。そうして明るい挨拶をする職人達の界隈の掃除は始まった。仕事の範疇を超えた行為だけに、皆が皆、率先して行えた訳ではなかったが、香取さんは「奇跡は起きる。絶対に起きるから。」そう諭して皆に続けてもらった。二週間後。奇跡は起きた。斜め向かいの家の住人の方から、工務店の方に手紙が届いた。差し出したのは、その家の奥さん。この家には中学生の息子さんが在って、お父さんもやはり職人だった。手紙の内容は、『気持ち良い挨拶で掃除をして頂き、いつも感謝している。将来自分の息子も、父親に着いて働く職人の道を歩んでもらいたいと思う。だから息子には、「あれがお父さんのやっている仕事よ。」そう言って聞かせている。毎日、家の2階の窓際に息子を立たせ、皆さんのその姿を見させている。「あれがお父さんの仕事よ。」と』こう言った内容のものだった。その日以来、職人達はその家の前を取り分け綺麗にし始めた。と言うのは笑い話だが、喜ばれる仕事とは、本来の仕事も然る事ながら、範疇を超えてなお、人の心に触れるものであるのかも知れない。そう思えば、「これが自分の仕事」と決め付ける枠組みもいらないのだなあと思った。価値は対価に示されるものではないと思う。本当の価値は数字には収まらない。
Mar 12, 2006
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「お世話になった人に手紙を出そう。」ささやかな感謝のお裾分け、ありふれた日常の景色から始まった。***今日はDREAM GATE主催の『大挑戦者祭り』に行った。現在国内で活躍する大企業の起業家の講演会を中心にベンチャーについてのパネルディスカッションなどがあり、その一大イベントに、うちの弟だいぽが招かれて行った。弟だいぽを呼んでくれたのは、香取感動マネジメントの代表香取貴信さん。この方は著書『社会人として大切な事はみんなディズニーランドで教わった』の著者の方で、企業の感動コンサルタントとして活躍されている。DREAM GATEでも講師を勤められている、素晴らしい経営のコンサルタントだ。(その枠組みをはるかに超えている)香取さんが昨年、弟のプレゼンを見て感動し、今回のイベントの自分の時間枠に弟を招き、プレゼンを披露させてくれた。今日一日の事は、到底書き切れない。香取さんのお話も、ソフィアバンクの田坂さんのお話も九州ベンチャー大学のカヤノさんのお話も素晴らしかった。私はカヤノさんと名刺交換もさせて頂いた。香取さんのお話では、何度も目頭が熱くなった。本当は泣いていたのだけれど・・・。前置きが長くなった。本題に入ろう。お話は香取さんの講演の内容を私なりに文章化したもの。決して誇張がないと、先にお伝えしておこう。***「お世話になった人に手紙を出そう。」ささやかな感謝のお裾分け、ありふれた日常の景色から始まった。何不自由なく暮らしている。それを幸せと呼べるのなら、この幸せは人様のおかげ。人生の山場を概ね越え、ゆとりを持って暮らしているある夫婦が居た。夫婦は何気ない暮らしぶりの中から、この幸せをお世話になった人達に伝えたいと考えた。「日々お世話になっているけど、どなたにお礼をお伝えしたものかねえ。」夫婦は日々のご縁も然る事ながら、二人の行く末を祝福してくれた人達の事を考えるに至った。「やっぱり私達の結婚式で、祝福してくれた方々にお礼を込めて伝えましょう。」現在から遡る事30年近い過去、人生の晴れの日に賛同し、祝いに駆けつけた方々に幸せを伝える事に決めた。あの日の式がなければ、今ある幸せの道は、切り開けていなかったのだ。人生の歴史的な瞬間に居合わせた方々、40人。ご賛同頂いたお一人お一人に向けて、二人は手紙を書く事にした。しかし、投函出来る手紙は、38通になりそうだった。と言うのは、残念な事に、この世を去った人が二人居た。それは、夫の両親だった。夫婦の温かい暮らしぶりを見守りながら、この世を去ってしまっていた。投函出来るはずの手紙は38通。それでも良かったのだが、何か心苦しいものがある。二人は考えた。やはり親あっての自分。ご先祖様から脈々と受け継がれて来た生きる意思が、今の自分、二人にはあった。「お二人にも手紙を出しましょう。」そう思い、38通の手紙と更に2通の手紙を加えて、お礼の思いはポストに投函された。この世に所在のない夫の両親に宛てては、『天国行き』と書くわけにも行かない。それで、両親の眠る墓所の住所で手紙を出した。もしも宛名不明なら返って来る。それは分かっていた。それでも止まれぬ出したい気持ちがある。出して返って来るならそれも良し。出す事に意味があると、夫婦は考えた。それからしばらく経った。手紙は返って来ない。更にしばらくの月日が経った。手紙は返って来ない。いくら経っても手紙は返って来ない。夫婦は思う。「まさか天国に?」そう考えてもおかしくない程、月日が経っていた。夫婦はさすがに訝しく思いながらも、何が起こったのか、知る為に宛名にした墓所を訪ねた。返って来ないのなら、ここのあるか、天国にあるか。現実的に見ても天国に届きようはずもないので、墓所にはありそうに思えた。墓所を訪ねた。家の墓の前に立つと、そこには何重にもビニール袋に入れられて石を乗せて風に飛ばされないようにされた両親に宛てた手紙があったのだ。手紙を届けた郵便配達員がそうしたのだろう。郵便配達員は宛名の住所を辿り、受け取り人が既に墓標に刻まれた人と察し、いつ見られるとも知らない手紙を風雨に耐えられるように、そうしておいたのだ。自ら名乗り出る事もなく、誰に褒められるとも知らず。人に認められる事がなくても、郵便配達員は自らの仕事を完遂していた。差出人夫婦の想いの丈を汲みながら。後日、夫婦は郵便局に宛てて手紙を書いた。その優しい気遣いをして頂いたのは、どなたでしたでしょうか?と。こちらも返事はなかった。夫婦の手紙は亡き両親の墓所に届けられ、その想いは郵便配達員の心に伝わった。手紙の返事はなかったが、夫婦の元には送った幸せが返って来た。***人は仕事や、自分に対しての責任を真摯に受け止めた時、そんなにも強く優しくなれるのかと、改めて気が付かされた。それを実践出来た時、喜ばれる仕事が出来、幸せに日々を送れる。そんな気がした。誰に褒められる事がなくても、誰に認められる事がなくても。私も自分の生業の中で、そのような志を目指したい。
Mar 11, 2006
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何年前かな。もう15年くらい経っているか。『ウェインズワールド』と言う映画が流行った。『オースティンパワーズ』のマイク・マイヤーズが出てて、元々テレビ番組だったロックのショーが映画化され、一時流行ったな。すごくバカバカしくて面白かった。その映画の裏で、対向映画として『ビルとテッドの大冒険』『ビルとテッドの地獄旅行』と言うのもあった。私はなぜか、こちらから観た覚えがある。これもバカバカしくて、ロックが歴史を動かして世界を救うと言う物語。主人公の二人のロック青年が、未来的に英雄になるのだが、確か、過去に遡ってロックで世界を救い出すと言う筋書き。何かしばらく気に入って、サントラも手にした記憶がある。この主演の二人のうちの一人が実は若かりし日のキアヌ・リーブスなのだ。今でこそ、世界的な大スターなのだが、この映画が公開された時には、誰もがそのような活躍をするとは、思いも寄らなかっただろう。ロックを聞かない人には、本当に下らないコメディーだ。二人の青年がご機嫌な合図として、ギターを持っていないのに、弾いているフリをしたりする。これが今で言う所の『エアギター』の走りだったかも知れない。最近、私は何かにつけて昔聞いた曲を思い出して聞いている。この映画のサントラも良く聞いた。映画の一番最後のエンドロールで流れていた曲が、KISSの『God Gave Rock’n Roll To You』だ。「神がロックをくれたんだ。神がお前にロックをくれたんだ。全ての人にロックのソウルをくれたんだ。」聞き直して訳を調べると、やけにポジティブなこの曲にも、意外な名言があってびっくりする。「お前が歌い手になりたかったり、ギターリストになりたいなら、汗をかき続けるハメになるか、出世はしないだろう。定時で仕事をして、成し遂げられる事はないだろうから。お前は明確な意思を打ち出す事も出来るし、妥協する事も出来る。お前は一生懸命本物になる事だって出来るし、空想に耽って過ごす事だって出来る。だけど、お前が自分で実現出来ると分かるまでお前が本当に活き始める事はないんだ。」これって、ロックに限った事じゃないと思うなあ。いろいろな事に言い当てられる事なのではないだろうか。ロックが苦手な人も、歌詞に耳を傾けてみると良いと思う。今までと違う音楽の聴こえ方がする。
Mar 6, 2006
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もう3月に入ってしまったが、この振り返りは最後まで綴りたいと思う。全編怒涛の感動ツアー、感動場面は数々あるが、我々ツアー一同の心に、深く刻み込まれるような一つの返事があった。それはこの東京シティバレエ団での事だ。東京シティバレエ団は、日本初の合議制を採用したバレエ団である。江東区との芸術提携を結んで、街ぐるみで活動をする市民のバレエ団だ。私のようなものには恐らく、こう言う機会がない限り、バレエとは縁のない暮らしぶりだろう。音楽も映画も好きだが、どちらも会場に足を運ぶほどではない。何か時間的に融通出来ない感がイヤで、うちで楽しめる範囲に留めている。行ったら行ったで、それ一色なのだが。バレエは実は初めて見た。地元でも教室等、なくはなかったが、会場も然る事ながら、練習場に足を運ぶと言う事はそうそうある機会ではない。バレエ団の練習場になっている児童会館に我々ツアー一行50名ばかりが押しかけた。練習生達は何事かとビックリ。我々も練習を目の当たりに出来てビックリである。そこはまるで、映画のシーンのようであった。生のピアノ伴奏に合わせて、4~5人の男女が組みになっている。鏡に向かってその組が、更に5組くらい、代わる代わる振りを確かめながら踊っている。皆、幼少からその身体を培って来たのだろう。手足はすらりと長く、そこには無駄なものがない。しなるような骨と滑らかな筋肉が、竹のように強くしかし柔らかく曲線を描く。各々が鏡とにらめっこをして、粒さに自分を見ていた。自分の一挙手。自分の一投足。伴奏を離れても、自分の順番まで繰り返しおさらいをしている。その団員の身体や動きが美しく見えた。人は磨くとここまで映えるものなのか。私は運動に全く疎いので、それ自体に感動を覚えた。伴奏の合間合間で、緊張の中にも緩慢な景色が伺える。何気なく談笑する団員の姿が、既に何処か劇中を思わせてくれる。その自然な様が、映画のように感じた。色恋模様の片鱗でも伺えたら、もう間違いなく映画だ。いきなりフランスにトリップしたような、夢物語を見る。練習に差し支えないように、我々はその場を移動し、理事の石田種生さんからお話を頂いた。石田さんは創立メンバーでもあられ、振り付け、演出、指導と尽力されている。石田さんも島根のご出身で、郷里に対する思い入れは深い。余談だが、同郷と言うキーワードは人を和ませる。出身地が同じなだけで、初対面でも繋がり感じられるのは不思議だ。聞き慣れた地名、お店などが話題に上ると、それだけで昔馴染みのような錯覚を感じる。バレエ団の理事から『島根県民会館』と言う言葉を聞くと、それだけで心の距離が狭まる。「俺も知ってるよ!」そう心で思ったりして。石田さんは仰る。「芸術は心の食べ物です。心に栄養を与える為には、食べ物を与えなくてはなりません。最近はそこら辺をお分かりになられない人も多くて。心が貧しいのは、食べ物を与えないからです。」至極当たり前の事だが、言われないと気が付かない事もある。心が貧しいと言うのは、外的要因から起こる、心の貧困ではなく、ただ単に、自分が栄養を摂取していないからなのだ。この比喩を思えばこそ、『人の所為』ではない事が、良く分かる。「バレエ団創設以来、40年近く経ちますが、島根には一度もお招き頂いた事がないんですねえ。我々は4、5人の小編成も可能です。小学校等にも足を運んでおります。お呼び頂ければ、是非、お伺いしたいと思います。」この後に公演のビデオを見せて頂いたり、活動の遍歴をお伺いしたりした。最後の質疑応答の際に、弟だいぽが石田さんに一つの質問を投げ掛けた。恐らくだいぽは、先のお言葉を聞いてずっとその事だけを聞こうと考えていただろう。聞けるのなら聞いてみたい。自分に質問の番が回ってくると、すかさず質問を投げ掛けた。「さっき、お呼びしたら来て頂けると仰いましたけど、本当に呼んだら、来て頂けますか?」振り返るとおかしな質問だが、聞かずにはいられない気持ちも私には分かった。よく社交辞令で、こう言った類の事は聞かされる。「なんかあれば呼んでくださいよ~。」呼んでも来ないと言うのは良くある。文化振興からある程度、隔絶した距離にある島根、山陰。高速道路は主要幹線から通っていないし、新幹線もない。ピンのアーティストとかであれば、飛行機でも来られるが、大所帯になると交通費がべらぼうに掛かる。それでなくても大きなホールがない為に、収支が合わない。仮にあっても集客が難しい。私もバンドイベントの主催をしていたが、ツアーバンドを捕まえるのが、本当に難しかった。興行の見込みがまともに立てられない。そう言う場所だ。「本当に来て頂けるんですか?」弟の発言が言い切られるや否や、「ハイ!!」御歳は幾つ数えられるか、分からない。70歳は下らないだろう。後で知った事だが、石井さんは芸術振興で紫綬褒章、勲四等旭日小綬章を授章されている。国家的に認められた偉人なのだ。この人が「ハイ!!」と返事をされた。その返事は、お歳に似つかわしくない、何処か少年染みたものがあった。小学校で名前を呼ばれた新入生が、体育館で大勢の前、今呼ばれる、今呼ばれると興奮に胸を昂ぶらせて、先生が呼称をした時に、高らかに自分を、自分の存在を響かせるような返事。そんな勢いがあった。あれは質問に対する応答ではなく、確固たる意思表示だった。場の空気を切り裂いて、石田さんの返事は響いた。私はこの人の半分も生きていないし、バレエ団の歴史よりも若い。今でさえ、きちんと返事が出来ているかどうか疑わしいが、この人の歳になった時、果たして年端も行かない若造からの問い掛けにこうも快く返事が出来るだろうか。石田さんの覚悟の深さに感銘した。カッコいいよなあ。やっぱり。気骨が違う。羞じたり悔いたり、悩んだりしている暇が見えない。男らしいって思った。
Mar 1, 2006
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