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1ヶ月に1回という会議に出席している。そういう決まり切った行事に加わるというのは十数年ぶりなのでとても新鮮な感じがする。というのは1か月の速度が実感できるからだ。時間感覚というのは体感速度で、それは一定ではない。ああ、今月はアリの速度だなとか、象の寿命だなとか、そのくらいいい加減に違っているものだからだ、ってほんとかよ。だが、アンドウカズユキくんに会ったのは本当だ。アンドウカズユキ君は夢の話をした。それはこんな話だった。大通りをくだっていくとすぐ海に突き当たる、その大通り脇に公園があってね、ぼくらはその公園にあるフィールドアスレチックの板の上で戯れていたんだ。彼女は十数年前につきあいかけた女の子で、いまでは立派な女性になっている。その板というのは、大通りからすぐのところにあって、車がすぐ近くを行き交っている。それで不思議なんだけれど、そんなことはお構いなしなしに、ぼくは後から抱え込むようにして彼女の身体を触っているんだ。彼女も安心して身を委ねていてくれているように感じられる。年相応になんだかゆったりとしているんだよ。思い出話なんかしながらね。「ねえ、どうしてぼくらはセックスしなかったのかな」「だってあの頃のアンドウ君てギラギラしていたしね」あ、言っておかなければならないけれど、要するにぼくらの関係は、関係といえるかどうかも怪しいんだけれど、ぼくが振られて終わっていたのね。次にぼくらはたぶんぼくの車で街を走っている。今日はなんだかセックスしようね、という雰囲気だったんだ。もうたがいにいい歳だし、そういうことがあってもいいよね、みたいな構え。だけど、どっかでもの悲しいくらいに欲望していたような気がする。彼女もそうだったらいいんだけれど。ぼくらの車は、大きな海辺の街を抜けて、ちょっとすすけた漁師町に入っている。それで迷ってしまってね、路地に入り込んでしまう。道はどんどんと細くなって、車はとうとう小さな食品加工工場の跡地のようなところに迷い込んでしまった。それでとっても屋根の高い車だったんだけど、突然ばりばりって大きな音がしてね、どういうわけだか、車の屋根が工場の非常階段かに引っかかってはがれてしまうんだ。ぼくらは車を降りる。やれやれ。車の屋根は、缶詰のふたみたいにめくれ上がっている。なんだか笑ってしまってね、そうか、ぼくらはやっぱりセックスできない運命にあるんだって思った。ぼくらはそれから歩いた。ある時は人の庭を通り抜けたり、田んぼのあぜ道をよろよろと歩いたり、小さな町工場のなかを、すいませんって言って通らせてもらったりしてね。それは染色工場みたいだった。白衣に大きな前掛け、そしてマスクをした女性たちが立ち働いている。そこを場違いなぼくらが手を繋いで通り抜けていくわけ。働いている女性たちは、そんな僕らを無表情で見ている。リーダー格の女性が、声は聞こえないんだけれど、こちらのことはまったく無視して、近くの女性に指示を出していた。どこかで見たことのある人なんだけれど思い出せなかったな。「それでどうなったの?」どうにもならない。どうにもならないんだけれどさ。
2009年07月12日
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池澤夏樹・個人編集の世界文学全集に、石牟礼道子の「苦海浄土」が入ると知って、なんだか嬉しかった。慧眼というか、世界文学(そんなものに実体はもちろんないのだけれど)という広がりのなかで、「苦海浄土」を捉え直すということは、とても大切なことに思えたのだ。相変わらずまとまった時間で本を読むことはできないけれど、翻訳されたもの読んでいる。村上春樹の「1Q84」は、自分の中に結局あまり落ちてこなくて、そのうちにゼィティー・スミスという人の「ホワイト・ティース(White Teeth)」という小説を読んだ。2000年の作品で、翌年、新潮クレスト・ブックスの1冊として翻訳出版された。翻訳は小竹由美子。作家はジャマイカ系イギリス人の女性で、この小説を出版したとき、24歳だった。いやはや。この小説は本当に面白かった。いまは、「パタゴニア」を再読している。最初に書いた文学全集の1冊として新たに刊行されたもので、翻訳者をたまたま知っている。この人が新たに刊行されるにあたり、大変苦労されて原稿を見直されたことを聞いていたからでもある。フエンテスの小説も収録されているので、カバンに入れて持ち歩くには少し重いのだけれど。
2009年07月11日
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