草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2010年11月28日
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拙文に対して


早速、貴重なるご感想をお寄せいただき



感謝の念に耐えません。有難う存じます。



また、内容が私・草加の爺にとって余りにも




お誂え向きでしたので、内心では驚きが



隠せないでいます。と、申しますのは、このボヤキの狙いは



この様なお考えを想定して、或いは前提として



発言しているからでした。一応、ごく簡単な




コメントをしておきましたが、この絶好の機会を









つまり、いい訳めきますが、わたしの立場は



一段高いところから下々に「もの申す」のではなく



今のこの生きずらい世を「共に生きる者として」




同輩や先輩にエールを、それもささやかでお粗末な



励ましの言葉に託して、お送りしたい。そう切に願っての事。




それ以上でも以下でもありません。




そもそも私がFYC(ふへん・ゆうこう・くらぶ)を主宰しようと



思い立ったのも、元気のない世の中に、少しでも



明るさや、元気、活力、楽しさ、喜び、など等



前向きで積極的な、何よりもパワー溢れるチーアフル・メッセージを




届けられたら幸いだ、と考えたから。








戦後の日本人が根底のところで自信喪失し



人生そのものをエンジョイすることを、頭から忘れ去り



闇雲にエネルギーを「浪費」しているように




思えて仕方なかったのです。不完全な存在、欠点の多い生き物



悪を平気で犯す不遜な人間、その他諸々のマイナスは






ない筈。堂々と、胸を張って、世界に向かって


国内に向けても、大いに自己主張しようではないか!



そう呼び掛けたかった。それだけ。ですから



誰しも「人間として」立派ではあり得ない。また



他人から「後ろ指をさされず」に生きるのは不可能だ。




これは真理には違いなくても、人間を幸福や幸せに



導かない、どころか、却って「ハッピー・ライフ」から遠ざけてしまう。




ですから、私・草加の爺の立場は飽くまでも




生活者のそれで、アカデミックな真理探究でないことは




改めてお断りするまでもないでしょう。


ここまで書いて、いつもの「外野」からの声がきこえました。



いわく、不完全なままでよいのか、と。― はい、結構です。


そう、お答えいたしましょう。向上心を忘れてよいのか?



厳しく己を振り返らなくては、人間ダメになってしまう。



こうゆうご懸念ですね。― はい、一回忘れて下さってよいのです。




そう、肩肘を張らずに、リラックスしてくださいな……。



なによりも現在只今を大切にしましょう。完全燃焼しましょう。



「上を向いて」あるこうヨ、ね。




古代の人々が北斗七星の指し示す北極星を頼りにして



進路を定めたように、神仏のイメージを心に浮かべる




ゆとりと信念さえ忘れなければ、なにも心配しなくとも




万事は抜かりなく運んでゆく。そう確信してください。



誰の為でもありません。第一番目に救われるのは、あなた




ご自身なのですよ。ここに親鸞の「悪人正機説」を持ち出す




までもないでしょう。ご安心の程を!







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最終更新日  2010年11月29日 02時09分23秒
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