草加の爺の親世代へ対するボヤキ

草加の爺の親世代へ対するボヤキ

PR

×

プロフィール

草加の爺(じじ)

草加の爺(じじ)

サイド自由欄

カレンダー

フリーページ

2010年12月10日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
学習する、ものを学ぶとは


手本を「まねる」ことから、少なくとも最初の段階では


始まります。そして、「反面教師」と言う言葉が



いみじくも言い表わしているように、教育の



主体は教える側にはなく、学ぶ方にある。この事実は



意外と認識されていないようです。文科省などの



やり方を見ておりますと、教える方針次第で



子供たちはどうにでもなる、といった考え方が透けて



見えるようですが如何な物でしょうか。







人間というものはそんなに単純な、一筋縄でいくような


しろものではないようですが、如何でしょう?



私・草加の爺はこう思います。ひとは



自分にとって本当に必要なものしか学ばない、と。



これは、なにも人間に限ったものではないでしょう。



動物や植物といった生きとし生けるもの全てが



生存にとって不可欠なものだけを選別して学習している。



そんな風に考えます。その他のどうでも良いことは



どうでもよい事として受け取り、処理できる能力を



生まれながらに身に備えている。



ですから、子供たちを余り「軽く」見てはいけない。見くびっては






そういった原理・原則をきちんと弁えながら



子供に接する時、かれらがいかに素直で従順であるかが



皮膚感覚で感じられるのです。本当の話!



まず手本となる大人の姿勢、生き方が、それこそが



教育の現場では「問われ」ているのです。まやかしや







肝に銘ずるべきでしょうね。教育、教育と



二言目には口にしているあなた、「教育」を仇や疎かに



してはいけません。必ず、その報いが返ってくると


真摯に反省するほうが得策、というもの。


ですから、大人たちは教えることを考える前に



まず自らが謙虚に学ぶことが必要なのです。如何でしょうか。



そんな七面倒くさいことは御免だと、そう嘯くあなた。



教育とは、人生の一大事なのですよ。



襟を正して、純粋無垢な子供たちから人生に対する



基本の姿勢をもう一度学び直そうではありませんか。




きっと、心が洗われるような、そんな気持ちになれることでしょう。



間違いなく。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010年12月10日 07時13分11秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: