草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2013年01月04日
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 9 いびつに歪められている子供・その二


 私は今、教師の真似事をして暮らしています。そして、ほんの


少しばかりの知識を生徒達に与える代わりとして、何がしかの


金銭と、子供の世界からの大きな、実に大きなプレゼントを、日々、


手にしつつある。その体験と実感が、前述の様な少々トゲのある


文章を書かせている原因です。悪意は全くありませんよ。


 子供たちは(私が現在、毎日のように接している生徒達は、小学校の


二三年生から高校三年生までですが)、実に驚くほど多くのことを、


講師、または教師役の私に教えてくれるのですね。しかし、彼らには





彼ら生徒から学ぼうなどとは全く意識していませんでした。ただ


虚心坦懐に、心の「めせん」を可能な限り生徒の側に近づけようという、


努力だけは怠らなかった。それは事実です。すると、どうでしょう。



驚くべきことが起こってきたのですよ。彼らは、教えている私に


極自然に、しかも巧妙な方法で、逆に教え始めたではありませんか!


実に雄弁に語り始めたのであります。


 ― この辺の事実を語ること、或いは、分かり易く他人に説明するのが、


ひどく困難なのですね。どうしてか?相手が理解していること、相手の中に


既に明瞭にあるもの、について「あれ」ですとか「これ」ですと指差すこと。


あるいは、指し示すことはた易いのですが、そうでない事柄に関して


明確に、相手が十分に納得出来る様にするのは、殆ど不可能のさえ感じられる





諺の意味が、その真意が俄かに、奥深い先人の叡智として了解される瞬間


であります、まさに。世の中とは、所詮は井戸の中、目に見え、手に触れる


範囲と決め込んでいる人に、見たことも、聞いたこともない「大海」の


話を持って来ても、相手はこちらを馬鹿にするだけで、説得するなどとは


夢の様な難事でしょう。この様な局面が、私の人生の中でもしばしば訪れて





瞑って、自分こそは何でも知っていると勝手に決め込んでいる御仁の、


世の中には何と数の多いことでしょうか。


 こんな風に書いてくると、「それじゃあ、お前さんは、その大海とやらを


知っているとでも言うのかい、偉そうに……」と、理不尽に絡んでくる


性質(たち)の悪い声があちこちから飛んでくるように思われて、


本当に始末に終えません、実に、全く。







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最終更新日  2013年01月07日 06時56分38秒
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