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2013年10月11日
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 自然界では正しく周囲の情況を把握し、理解することが

とても大切な事柄です。なぜなら、それは自己の生存にとって

不可欠なこと。つまり生と死に直結する重大事であるから。

 自然界の掟、それも極めて峻厳なルールは、誤った理解

イコール「死」を意味するからです。自然保護などと唱える事に

馴らされてしまっている現代人には、ピンと来ない時代錯誤な

物言いに聞えるだけですね。しかし、自然とは、本来、非常に

厳しく、また冷厳な存在でもある。そしてこの自然の持つ、本質的な

厳しさは今なお変わってはいない。抽象的で、何を言っているのか



 先年の東日本大震災、千年に一度と言われる恐ろしい地震と

それによって惹起された想像を絶した大津波。人間の営みとはなんと

儚く、頼りないものなのかを圧倒的な破壊力で、我々に思い知らせた。

そして「想定外」という言葉が一種の流行語ともなった原子力の秘めている

力の恐ろしさ。人間の力では制御不能である「火」の、自然力の計り知れない

恐怖。世界中が、驚愕し、震撼させられた。しかし、人類の歴史的

教訓は私たちに教えている。喉元過ぎれば熱さわすれる、と。人々は

口々に戦争の恐ろしさを言う。しかし、この地上から戦火の収まったためしは

一日たりとも無い。この非情冷厳な事実を、先ず肝に銘じようではないか。

 理解とは、話合えば解かる、とは何と頼りない脆弱な地盤の上に築かれた

砂上の楼閣であったのか……。地震、雷、火事、親父-と恐ろしいものの



実感として知っていた。しかし、今の私たちは本当にその恐ろしさを

皮膚感覚として承知し、真実恐ろしいものを恐ろしいと認識しているだろうか。

イエスであり、同時に、ノーでもある。時に当事者として恐れ、その他の

大部分の時には他人事として、自分には関係の無い事として傍観視している。

真実に恐ろしいのは、こうした私たちの「心理」であり、生きている生な生理



この私たち人間の心の本当を、直視しなければ何事も始まりはしないのでありますね。

 自分自身を本当に理解するためには、全世界を正しく「理解」しなければ

いけない。全世界を理解するには、自己を深く、質的にも量的にも詳細に

知らなければならない。人の振り見て、我が振り直せ!昔の人は教えていますよ。

歴史を、人間の歴史を知る必要がある。学問は、歴史に極まる、と古人は

親切にも教えてくれていますよ。








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最終更新日  2013年10月11日 13時09分53秒
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