草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2014年06月03日
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 そうでした、「霊魂」という言葉を突然に持ち出したりして

皆さんの不審を買う結果になった……。しかり、そしてノー。

満更、不興ばかりを買う結果になったわけでもありません。どうぞ

ご安心下さい。生きて在ることの不思議に心底から驚嘆し、畏敬の念さえ

覚えている人間にとって、霊魂の存在を考えたり、死後の世界に思いを

馳せたりするのはむしろ、自然この上ない事なのかもしれませんね。

 但し、死が生の断絶であり、この世と「黄泉の世界」との境にあると

される「千引きの石」によって絶対的に遮られている。そう言った実感は

どうしてもぬぐい去る事はできませんよ、少なくともこの私・草加の爺としては。



できません、残念な事に。生は死によってしっかりと支えられ、死もまた

生によって保証されている。謂わば持ちつ持たれつの相互補完の関係にある。

つまり、生死は切っても切れない密接不可分なもの。このように考えてくると

生・この世・此岸と死・あの世・彼岸と切り離して、いわば別個のものとして

考えたりするのは片手落ちということになりそうですね。そして、地獄とか

極楽とか、煉獄とか天国とかと、死に対して差別や優劣をつけたりすることは

ひとつの便法としての意味以外には、本質的な、深い、つまり私たちにとって

有意義な、そして建設的な意味合いは余りないのではないでしょうか、いかが?

 故人は言いました。柩を覆って、その人の人生が定まる、と。けだし

名言ではありませんか。







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最終更新日  2014年06月03日 09時02分34秒
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