草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2017年02月01日
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第 百二十五 回 目




なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙ながるる (西行) ――

どの様な故事来歴があるのかは少しも分からないが、只々有り難く、もったいなく、恐れ多い

気持ちで胸がいっぱいに溢れ、自然に涙がこぼれ落ちてしまう、実に、不思議なことである…。

大体、こういった気持ちを表明した、和歌でありましょう。

 私は今、異常な 歓喜状態 に捉えられていますよ。取り敢えず、言葉にしたら、こんな

風な表現になってしまう。が、どう考えても、おかしいのですから…少なくとも私の置かれている、

客観的な状況からすれば。

 だって、考えても見てください、私は昨年の四月に家内を亡くし、先日、先年に逝去した老母の



血のつながった実の姉は、目下、脳溢血で倒れリハビリ中、仕事で長年大変にお世話になった

実の兄以上に大切に思っているお方は、重病人状態に在るのですから…。

 ですから、胸の中は、悲しみの感情を通り越して、ブルー一色に塗り込められている。―この世の

事は、成るように成る。人はただ、悲しみの感情で、素直に受け止めるしか、手がない…。たとえ

抗議してみても、始まらない。そう、思っている。

 その最中に「歓喜」の思い、強い、下から突き上げるかの様に込み上げてくる、不思議な、真に

不可思議千万な 心の昂ぶり は一体どこからやって来るのでしょうか?

 大事なお方の連れ合い、私が心底から尊敬してやまない女性のお一人は、「来るものは拒まず、

去るものは追わず」をモットーにされていらっしゃる。人間とは、これとは真逆を行う悲しい存在で、

去るものに対しては強く執着して、飽くまでもしがみつきたくなるもの。又、来る事態に対しては、

何故か 拒絶 したくなる、厄介な代物でありますよ。



至極当然の現象。強い闇、ブラックの反対側に、ギラギラと灼熱の真昼、を想定するのは、当たり前

過ぎるくらいに、当然の事、でありましたよ、実のところ。


 さて、今回は、天狗の登場するエピソードを取り上げてみます。

 司会者のとっちゃ、と ばっちゃ、コカブちゃんの三人による読み聞かせという、設定です。


            「 天狗の面と娘さん 」


     しましょうね。ばっちゃ、コカブー。
ばっちゃ と コカブ:こんにちは、どうぞ宜しく。楽しい時間を一緒に過ごしましょう。

 むかしむかし、ある村に、お母さんと娘が住んでいました。娘は一人前になったので、

町のお金持ちの家で、働くことになりました。「お母さん、どうか達者でいてください」と、

親孝行な娘は、お母さんの似顔絵と鏡を持って、出かけました。娘はお母さんが恋しくなると、

お母さんの似顔絵を見て、話しかけます。「お母さん、今日も一生懸命に働きました。お金が

貯まったら、きっと帰りますからね」

 お屋敷にいる男の使用人たちは、この働き者の可愛い娘さんが、とても気に入りました。でも、

いくら話しかけても、お母さんの話ばかりで、自分たちを好きにはなってくれません。

 「よし、それではおっかさんの事を、忘れさせてやろう」と、ある日、娘を好きになった若者の

一人が、お母さんの似顔絵を盗んで、その代わりに天狗の面を、置いておきました。

 そんなこととは知らない娘は、天狗の面を見て、吃驚です。「にっ、似顔絵が天狗の面に変わる

なんて…。もしかして、お母さんが病気にでも、なったのかもしれない」、そう思うと、もうじっと

してはいられません。

 娘は、働いている家の旦那様に休みをもらうと、天狗の面を持って、お母さんの所に帰って

行きました。所が、帰る途中、山の中で、山賊達に捕まってしまいました。

 「おい娘、わしらは今夜、町に仕事に出かける。火を起こして、待っていろ。もし逃げたりしたら

しっ捕まえて、殺してやるからな」、「……はい」と、娘は仕方なく、山賊言の通りにしました。

 山賊が出かけると、娘は木を拾い集めて火を起こすことにしました。でも、山の木は湿っているので

なかなか燃えません。煙ばかり出るので、娘は天狗の面を被って、火をつけました。やがて、火がついた

ので、今度は山賊たちの置いていった松明にも、火をつけたのです。

 「ああ、早く家に帰りたい。お母さん、どうしているかな?」、他の松明にも火をつけながら、娘が

お母さんの事を思っていると、小判や宝物を担いだ山賊たちが、帰ってきました。「おーい、今、帰った

ぞ……」、山賊の親分が、娘に声を掛けようとして、吃驚仰天。何とも、恐ろしい顔の天狗が、松明の

周りをうろうろしているからです。親分の声に気づいたのか、松明の近くにいた天狗が、振り向きま

したね。メラメラと燃える松明の明かりが、天狗の顔を一層怖く見せますよ。

 「おっ、おっ、親分、天狗が……」、子分も天狗に気づいて、顔が真っ青です。いくら山賊でも、

天狗は恐ろしいのです。「逃げろ―!」、親分の言葉に、山賊たちは転がるように、山を降りて

行きました。その騒ぎにびっくりした娘が、天狗の面を取ってみると、そこには山賊たちが置いていった

宝物や小判が山の様に、積まれています。娘はその小判や宝物を拾って、家に帰りました。家に

帰ると、お母さんはもちろん元気です。

 その後、娘とお母さんは山賊の小判や宝物のお蔭で、いつまでも幸せに暮らしましたと、さ。

 おしまい。


 小林秀雄は、「近江聖人と呼ばれた中江藤樹は、学問の世界の天下人と言えるし、学問する目的は

母を養う目的である、と考えていたに相違ない」と、断言しています。親に対する孝養とは、それ程に

大切な徳目なのでありますね。又、スーパーヒーローは、いつの時代でも社会的弱者の救いの神と

なる、有難い存在なのでありましたよ。この天狗の噺、子供だましの稚拙なフィクションなどと、侮っ

たりしては、夢、いけません、夢ゆめ……。





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最終更新日  2017年02月04日 04時22分38秒
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