草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2017年03月23日
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第 百三十五 回 目


 今回は、「マザーグースの歌」を取り上げます。ご承知のようにこれはイギリスの伝承童謡であり、

現在でも文学作品や新聞の見出しなどに引用され、英語圏の人々の文化的なバックボーンになっている。

総数は800以上と言われ、ナンセンス、謎かけ、遊戯唄など、作品は多岐にわたっている。ここでは、

北原白秋の訳で、いくつか引用しておきます。


          = マザア・グウスの歌 =


 マザア・グウスのおばあさん、いつでも歩くそのときは、きれいなガチョウの背に乗って、

空をひょうひょう翔(か)けてゆく。

 マザア・グウスの住む家は、ひとつちんまり、森の中、戸口にゃ一羽の ごろすけ(梟、ふくろう)が




 息子が一人で名はジャック、その子まずまずお人よし、ずんと良いことせぬ代わり、ずるい悪さも

ようし得ぬ。

 市場(いちば)へジャックをやったれば、メスのガチョウを買ってくる。「まあ、まあ、お母さ

ん、見ておいで、そのうちいい事もあるでしょよ」


 それからガチョウのメスとオス 仲良しこよしで遊んでる。いつも一緒に餌(え)を食べて、

ガアガア、お池に泳いでる。

 或る朝、ジャックが行ってみりゃ、( ほんに話によく聞いた ) 金の卵がありまする。

産んでくれたはメスガチョウ。

 金の卵だ、早よ告げよ、ジャックはお母さんへ飛んで行く。お母さんもほくほく御機嫌だ。

「それは良かった、おお出来じゃ」


 ジャックは卵を売りに出る。それを買おうとジュウ(猶太人、ゆだやじん)の悪者(わる)、




 ジャックはお嫁取りにゆきまする。向こうのお嬢さん華美(はで)好きで、それは可愛い、

美しい、花の山査子(さんざし)、百合(ゆり)みたよう。


 ところへ、あとからつけまわす ジュウとおしゃれのおべっか屋、脇腹めがけて、ぶって

やろと、可哀そなジャックにつっかかる。

 その時素早く、すっと来たは、マザア・グウスのおばあさん、杖でジャックをちょいと



 続いておばあさんが杖上げて、綺麗なお譲さんをちょいと打ちゃ、直ぐにその子も早変わり、

それこそ可愛いコランバイン(道化芝居の女役)。


 金の卵は海の中、どさくさまぎれに放(ほう)られる。だけど、ジャックが飛び込んで、

又も元へと取り返す。

 それで、メスガチョウ盗(と)ったジュウの奴、殺しちまえと息巻いた、割(さ)いて、こいつを

売っとばしゃ、ポケットにたんまり金もうけ。

 ジャックのお母さんは、それ見ると、直ぐにガチョウをひったくり、そしてその背に打ち

乗って、お月様めがけて飛んでいった。



        = こまどり の お葬式(ともらい) =


 「 だあれが殺した、こまどりのオスを 」、「 そォれは、私よ 」雀がこう言った。

「 私の弓で、私の矢羽(やば)で、私が殺した、こまどりのオスを 」

 「 だあれが見つけた。死んだのを見つけた 」、「 そォれは、私よ 」 青蠅(あおばえ)

がそう言った。「 私の眼々(めめ)で、小さな眼々(めめ)で、私が見つけた、その死骸を見つけた 
 」

 「 だあれが取ったぞ、その血を取ったぞ 」、「 そォれは、私よ 」魚がそう言った。

 「 私の皿に、小さな皿に、私が取ったよ、その血を取ったよ 」

 「 だあれが作る、経帷子(きょうかたびら)を作る 」、「 そォれは、私よ 」カブトムシ

がそう言った。「 私の糸で、私の針で、私が作ろ、経帷子を作ろ 」

 「 だあれが記(しる)す、戒名(かいみょう)を記す 」、「 そォれは、私よ 」ひばりが

そう言った。「 明るいならば、暮れないならば、私が記そ、戒名を記そ 」

 「 だあれが立つか、お葬式(ともらい)に立つか 」、「 そォれは、私よ 」お鳩がそう

言った。「 葬(ともら)ってやろよ、可哀そな者を、私が立とうよ、お葬式に立とうよ 」

 「 だあれが掘るか、お墓の穴を 」、「 そォれは、私よ 」梟(ふくろう)がそう言った。

「 私の鏝(こて)で、小さな鏝で、私が掘ろよ、お墓の穴を 」

 「 だあれがなるぞ、お坊さんになるぞ 」、「 そォれは、私よ 」白嘴(しらはし)ガラスが

そう言った。「 経本持って、小本(こほん)を持って、私がなろぞ、お坊さんになろぞ 」


 「 だあれが鳴らす、お鐘を鳴らす 」、「 そォれは、私よ 」牡牛がこう言った。

「 私は弾ける、力がござる、私が鳴らそ、お鐘を鳴らそ 」

 「 空(そォら)の上からみんなの小鳥が、ため息ついたり、すすり泣きしたり、みんな

みんな聞いた、鳴り出す鐘を、可愛そな こまどり のお葬式(ともらい)の鐘を。


         = お 月 夜 =


 へっこら、ひょっこら、へっこらしょ。 猫が胡弓(こきゅう)弾いた、雌牛がお月さま

飛び越えた、子犬がそれ見て笑い出す、お皿がお匙を追っかけた。へっこら、ひょっこら、

ひょっこらしょ。


         = 天竺(てんじく)ネズミのちびすけ =


 天竺ネズミのちびすけは、ちびだから太っちゃいなかった。いつもあんよでお歩きで、

食べる時ゃ断食致さない。

 さてそこから駆けてでりゃ、決して其処にはもう居ない。聞けば、駈けてるその時は、

どっちみちじっとしちゃいないそだ。

 キイキイ鳴くのは、常々(ふんだん)だ、めちゃくちゃ暴れもたまたまだ。それが騒いで

喚(わめ)く時ゃ、けっして黙っちゃいなかった。たとえ猫から教わらなくとも、二十日鼠が

ただの鼠でないのは御承知だ。

 ところで確かな噂だが、或る日、ひょっくり気が触れて、奇態(きたい)な死に方した話。

とても勘のいい、金棒引きの人たちは、きゃっつめおっ死(ち)んだで、生きてるわけないぞ

と言っている。

      ::::::::::::::::::::::

 北原白秋、に関して「マザーグース」を通じて認識を新たにしました。偉そうな物言いに聞こ

えるかも知れませんが、私は「その詩人としの才能に始めて、驚嘆致しました」、実際の話が。

 自慢ではありませんが、沙翁のソネットでさえ、少なくとも私・草加の爺が本気を出して

取り組まななくては、日本語訳は様にならない。そう、自惚れていたのですが、マザーグースでは

その自信が少なからず揺らいでしまいました。そして、白秋の創作的翻案に驚嘆を禁じ得なかった

のであります。しかし、負けず嫌いな私のことですから、いずれ「これは」と言う日本語訳の

決定版を御披露出来る時も、遠からずして参ることと考えております。乞う、御期待!





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最終更新日  2017年03月28日 14時17分24秒
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