草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2020年08月06日
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自問自答の内容の大半は、亡妻との思い出を書き記すのがベストであろう。

 それで、いつも、思いつくままに悦子に纏わる事柄を書き綴る事になる。これは必然の成り行きなのだ

から仕方のないこと。

 さて、読者は青森県の十和田湖から流れ下る美しい渓流、奥入瀬渓谷をご存知であろうか。私は子供の

頃から憧れていたこの清流のほとりを、悦子と二人で何回か散策したことがある。

 今回は、その中でもとびっきり素敵だった 思い出 から開始しようと思う。

 悦子と一緒の時間はいつだって楽しく、心躍るものがあったのだが、今回書く思い出の時間は、その中

でもベストワンにランク付け出来る、忘れがたいもの。

 御存知の様に、奥入瀬渓流は全国でも指折りの人気スポットでありますから、一年中観光客が引きも切



のが普通であります。

 そんな場所で、一時間半ほどの間、渓流沿いの遊歩道全体が、私達夫婦の貸切状態になったのですか

ら、不思議と言えばこんな不思議な事は、有り得ないことなのですが、私と悦子はそれをどういうわけか

体験したのであります。実際に体験した時には、不思議とも何とも感じないで、謂わば無我夢中で味わっ

た不思議ワールド。

 とりわけ私が今指摘したいのは、その際のとびっきりハイな高揚感であり、不可思議な陶酔の境地なの

であります。これは陳腐この上もないのですが、筆舌には尽くしがたい。それを文章の凡手が表現しよう

と言うのですから、目も当てられない結果に終わることは、始めから解りきった事なので、下手に手出し

をしない方がよいので、春秋の筆法を借りて、搦手から攻略することにする。

 天性の詩人なら、ここで延々と続く長々しい詩句を連ねて、読者をして天国に遊ぶに似た悦楽の気分を

たっぷりと味わわせて、成程、そんな神仙鄕にも似た夢心地の妙味を、草加の爺は味わったのかと、得心



重ねて親切で、人の良いこのブログの読者には重ねてお詫び申し上げておきます。

 さて、私と悦子の二人は、もういい加減な大人の年齢に達していたのですが、さながら童子と童女の如

き心理状態で、夢幻境に文字通り遊んだのでありました。

 その時の二人を、神様も御仏も嘉しくだされたのでありましょう、この九十分程の間、一台の車とも、

独りの人影とも遇う事はなかったのです。念の為に申し添えるのですが、遭遇したくないと私どもが願っ



り得ない事態なのであります、確率的にも。

 しかし、当時の私は、少なくとも少しも気には懸けなかった。ただ只管に、このとびきり素敵な境地に

アルコール度数の強い銘酒にでも酔ったかの如く、酔い痴れていただけなのです。

 あの時に私は一体何を考えていたのでしょう? 何一つ記憶にはないのですが、ただあのこの世の物と

は思えない、忘我の高揚感だけは、忘れることなくしっかりと、この胸に畳み込んで大切に覚えてはいる

のです…。強いて言えば、悦子と出会ってから死別による「一時の肉体的な別離」に至るまでの全ての時

間がこの強烈な気分と類似であると、いっても決して誇張ではありません。

 悦子と一緒に居ると、こういう不思議現象が何処からともなく出現して、私を吃驚させる。その一番代

表的な例が、ある夏の日の不思議な経験である。

 その日は、青森市でねぶた祭りが盛大に行われた初日に当たっていた。私達夫婦は青森市である大切な

買い物をするのが、その日の最大の眼目であった。所が、どうしたわけか、二人共その買い物に必要なあ

る程度まとまった金額のお金を、悦子の実家に置き忘れたままで、青森市行の電車にのってしまった。

 これはこれから書くことになる不思議から比べれば、不思議のうちには入りません。結局、支払いは理

由を話して、後日郵送することで了解して頂くことで、決着した。

 その後、約束してあった祭りの見物客と、市民会館で落ち合う約束があったので、急いで駆けつけたの

ですが、約束の時間に大分遅刻したために、東京からの一行はそこにはいなかった。

 ねぶた祭りを一度でも現場で経験されたかたなら、容易にお分かりいただけるでしょうが、大勢の沿道

の見物客の中から、目当ての人を探し当てることなど、それこそ奇跡を期待するようなもので、諦めるの

が当然の成り行きです。で、青森駅に向かう道すがら、何となく群衆の参集している桟敷席の辺りを眺め

ながらぶらぶらと、大通り上を歩いておりますと、「古屋さん」と声が掛かったのでした。

 その声の主こそ、市民会館で落ち合う約束をしていた東京葛飾区金町の、私達家族が行きつけのお寿司

屋「すし正」の御主人だった。御主人はもう祭り気分と行楽気分とで、相当に酩酊している様子。でも、

近くの桟敷席を指差して、あそこに家の店の従業員たちが固まって席を占めていることを、告げたのでし

た。それだけではありませんで、わざわざ自分達との約束を守るために、ここまで探しに来てくれたと、

大感激して、「これは些少ですが…」と万札を家内に手渡そうとするのです。辞退する私たちに、「いえ

ね、お二方にではなく、実家でお留守番している坊ちゃん達に、ほんのおこずかい替りですから」と無理

やり大金を渡したのでした。この話の、クライマックスは、これからなのです、実は。

 思わぬ時と場所で大金を手にした我々ですが、それでは何処か近所で食事をして、野辺地の悦子の実家

までタクシーで帰ろうという事に話がまとまり、大通りから少しだけ外れたお店に入ったのです。ねぶた

祭りの山車がもうすぐ繰り出して来る時刻ですから、当然、我々二人の他は客の姿はありません。

 愛想よく私たちのお相手をしてくれていたお店の人たちは、「いまだけですよ、こんなにかかりっきり

でお二人さんの御相手ができるのも」と言います。その通りだと私たちも頷いて、店が混んできたら早々

に店を出て、タクシーに乗ろうと考えていました。

 所がであります。祭りが終了しても、店には誰ひとり客は入ってこないのです。店の人は首をかしげ

て、「こんなことは長年、ここで商売しているが、初めてのことですよ」と、怪訝顔頻りです。

 早めに切り上げようとしていた私たちでしたが、何だかお店の人に悪いような気になって、二人共お酒

をしこたま飲む結果となった。さて、もう大分時間も経ったし、行き先を告げてタクシーを呼んで貰う。

 丁度、その方向に帰る運転手さんがいるので、その方の車を呼びましょう。と言うので、待っていると

先客らしい女性を助手席に乗せた車が来た。私も家内も、相乗りでも一向に不都合はなかったので、その

ままその車に乗り込む。すると、運転手さんが言うには、客は私達だけのような口ぶりなのです。不審に

感じた私が、「だって、最初から、先客が運転手さんの隣に乗っているじゃありませんか」と何気なく言

った。すると、急に運転手さんが黙ってしまった。そして、しばらくしてから、「お客さんの仰る、私の

隣の客というのは、どんな人ですか?」と、ぽつりと言った。私も、家内も見たままの様子を何気なく答

えた。またまた、しばしの沈黙があって、「そりゃあ、わの嬶だ」と若い運転手さんは何かはっとした如

くに答えうのだ。なんでも、運転手さんの奥さんが去年病死して、かれこれ一年も経過したので、周りか

ら再婚の話が持ち込まれていた。子供も居てまだ幼いので、自分も再婚する気持ちでいた。でも、もう止

めにする。そう、実直そうな運転手さんはやや明るい声になって、言うのだった。

 実家の前でタクシーを降りて、走り去るタクシーを見送る。闇の中にテイルランプが消えた瞬間に、私

の全身から何故か冷や汗がどっと吹き出した。車の中では恐怖感も何も感じなかったのに。

 ちょっとした夏の夜の怪談と言った趣だが、これは歴とした実話で創作は何も混じっていない。尚、付

け加えれば私たちの入った不思議な料亭の名前は「柳 亭」であった。

 余談であるが、この話を子供たちにしていると、不思議さが募って、明日にでもあの「柳亭」が実在す

るのかどうか、確認しに行ってみようかという気になった。これを聞いた義母が、「そっとしておいた方

がいいよ、祟があったりするといけないからね」と、軽くたしなめてくれた。私たちは素直に、その言葉

に従った。祟が怖かったというよりも、何か後味の良い話をそっとして置きたいと思ったからである。

 このエピソードに典型的に表れているように、私たちの行くところ不思議が当たり前のような顔をして

生起して、止むことがなかった。悦子の没後もその余韻は続いている。

 この世で起こることは、全部が不思議ばかりなのだろう。ただそれを、わたしたちが「不思議」と認識

するかしないかの相違だけがあるだけで。

 そもそも、我々が住んでいる大宇宙の成り立ちからして、不可思議千万ではありませんか。人体だっ

て、大宇宙に負けず劣らずである。不思議ばかりの世の中で、不思議が一つや二つ増えたからと言って、

何も驚くには当たらないだろう。

 不思議に対する鋭敏な感受性を研ぎ澄ますことは、誰にでも容易い事ではないのだから、心して生きる

ように努力しよう。人生の目的である、エンジョイをフルに享受するために、豊かで、有意義な生をまっ

とうに生きる為に。そして、みんなが美しい笑顔で明るい明日を迎えられるように。





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最終更新日  2020年08月06日 10時40分08秒
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