草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2024年11月18日
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丹波與作待夜(たんばよさくまつよ)の小室節(こむろぶし)

          上 之 巻

 大名に生まれる種の一粒が何万石であろうが腹にいるうちから敬われて、持て囃す舌での鼓がたんたん

と響くそれではないが、丹波の国の一城主由留木(ゆるぎ)殿のお湯殿の子(大名などの屋敷で茶の湯など

を沸かす部屋に奉仕する女が、殿の寵愛を受けて生んだ子供の意)である調(しらべ)の姫はお国腹(参勤

交代制で大名がその国元で儲けた子を言う)、金水引きの初元結、まだ十歳の裲襠(うちかけ、武家や良

家の婦女が着る礼服。上着の上に打ちかけて着る長小袖)姿もすらりとした長身で生まれついている。東

(あずま)の高家(江戸幕府における儀式や典礼を司る役職。また、この職に就く事のできる家格の旗本を

指す)入間殿から差し当たりは養女と言う名目で、蕾から取る花嫁御、御迎え役の諸侍は五千石を頭にし



す)と小上臈、おさし抱き乳母(お乳だけを飲ませる乳母を言うがここでは単に介添えの女を言う)お乳

(ち)の人、中臈下臈の供乗り物や身分の低い侍女達の駕籠はいろは順に並べ、以上で四百八十梃(ちょ

う)の金銀瑪瑙や枝珊瑚珠(えださんごじゅ)、研ぎ出し蒔絵(金銀の粉を蒔きつけた上に漆をかけてその

上を磨いて下の色を表した物を言う)の長柄の傘、長刀袋、傘袋、時代のついた金襴鶴菱たすき、花兎

くぁ、霰大内桐(あられおおうちきり)、覆いをかけた挾み箱、濃い紅の大紐、などを高々と結んだのは

盛り牡丹の花そのものだ。台所荷は次伝馬(ひと駅毎に馬を変えて運ぶこと)、お葛籠荷物(つづらにも

つ)は通し馬(荷馬を目的地まで雇い詰めにすること)、三十駄の馬方の小唄が出来て、小奇麗な声の良

いのを選抜なされたのも、注文通りの者を選べたのも金の御威光によるものだ。

 出発の刻限は朝の九時ころと定めて、御迎え役の奥家老本田彌三左衛門は数献の盃で足元はよろよろと

猩々緋の道中羽織の姿で白いところは髪だでけである。きんかん頭に顔色も繻珍(繻子の地合いに黄・赤

など数種の横糸で文様を織りだした絹織物)の裁着け(裾を紐で膝の所をくくる半袴、下に脚絆をつけ



されい、これこれ、文左に源五左や、拙者は行列の殿(しんがり)を乗り出すぞよ、万事は夜前に申した

通りである、若党、中間、荒子(あらしこ、人夫、人足)、小者(使い走りの者)に至るまで、大酒を致さ

ぬように馬次、舟渡し等で口論・暴行を働かぬように用心致せよ、それにじゃが、泊まり泊まりの宿屋の

飯盛女にじゃらじゃら致さぬように、第一に御乗り物の先で見苦しい、そうではあるのだが、長い道中で

下々が退屈致すであろう。もしも色事などを企てたなら、目立たぬように物陰に寄せて、ちょこちょこと



て置きなされよ。はっと答えて、宰領(荷物や人足達を指図する役)共はさあさあ御立ちだと用意をする

ところに、奥から女中達が声々に、ああ、お待ちくだされい、お待ちくだされい、困った事にお姫様が関

東に行くのは嫌じゃ、嫌じゃと、やんちゃばかり仰せられて、お袋さまも殿様も騙したり叱ったり遊ばさ

れるのですが、どうしても嫌じゃと幼児の如くにおむつかり、養育係のお乳の人の滋野井殿も色々と申さ

れても、それ程に江戸に行きたいのであれば、乳母だけ行きなさいよ、とお乳の人の背中をとんとんとぶ

ったりなされて、御機嫌が損ねていますと言っている所に、姫君は描いた眉を泣き剥がして、姫君は江戸

も関東も私は嫌ですと、泣きながら走りだした。

 幼少ではあるが姫君がいきなり姿を現したので、それを憚って家老以外の侍衆や下々の者も御門の陰に

駆け込んでその場から姿を消した。

 お乳の人は顔色を変えて、これこれ、申しお姫様、下々の子供でさえ九つや十になれば物も聞き分けも

できるものです、あれ、ご覧なさい、百里あちらの山川を越えて来た白髪の御老人の家老殿、皆お歴々の

御侍衆がお迎え申しに参っておられまする。江戸へいらっしゃれば入間殿の御領内です、嫁御としてかし

ずかれ大事にかけられる御身分ですよ、私めの育て方が拙かったのでして、女の身ではあっても乳母はこ

の場で腹を切らねばなりません。さあ、良い子です、御輿にお乗り遊ばせ、脅してもおだてても、嫌じゃ

、嫌じゃ、皆が私を騙すのじゃ、どうして東(あずま)が良い所でありましょうや、腰元共が歌うのを聴

きなさい、さあ、みんな此処へ出て、いつもの歌を歌いなさい、歌いなさい、と責め立てたので、御伽小

僧(姫の相手をする少女)で頑是無い十二三歳になるのがの手拍子合わせて、山も見えない、かりそめ

に、江戸三界(くんだり)に行かんして、何時戻られる事じゃやら、いっそのことに殺してから行きな

さいな、放しはしませんよ、と泣いたところ、ああ、置きなさいよ、置きなさいよ、お大名のお屋敷にお

仕えするとて琴の組歌(小唄の数種を集めたもの)でも歌わないで、誰に習ったのか卑俗な歌、お姫様に

お教えしてはいけませんよ、必ず止めてもらいましょうよ、とお乳の人はご機嫌斜め、本田も余りにしよ

うがなくて、申しお姫様、あれは人の悪口・冗談です、花のお江戸は京都に勝って、浅草や上野は花さか

り、又、堺町や木挽町の芝居の太鼓が賑やかにてんつくてんつくと賑やかで、人形芝居が楽しいです、弁

慶や金平(きんぴら、江戸に流行した金平浄瑠璃の主人公で、強力無双の勇士)がえいやっと勇壮な斬り

合いを見せまする、道中には面白いこととして富士の山がありますよ、天にまで届く高いお山をお目にか

けましょう、さあ、お輿をお召しなさいませ、と渾身の力を込めて賺(すか)し申すのだが、いやいや、

江戸へは行きません、どうあっても嫌じゃ、と泣くのである。

 乳母も今は持て余してしまい、どうしたら良いであろうか、御家老も呆れ果ててしまっている。奥向き

に勤める女中の若菜が、旅の出で立ちに菅笠を手に持って門の外から走り入って来て、あの、お乳の人、

面白い事が御座います、十歳ばかりの剃り下げ(月代を広く剃って両鬢を狭く残したのを言う)のちっぽ

けな馬方が道中双六とやら東海道の絵を繰り広げ、風変わりな興味ある事をして遊んでいます。お姫様の

ご機嫌直しにお目にかけ申したらいかがでしょうか。おお、よくぞ気がついたな、それは聞き及んだ道中

の絵を御見せ申し、お心が移るやも知れぬな、馬子であっても子供であれば大事はない、許すのでその丁

稚に双六を持って参れと命じなさい。心得ましたと門外に出て、連れ立って来た馬方は、片肌脱いでそそ

け髪、御前近くであるにもかかわらず無遠慮に、縁先に足を上げて、やれやれやれ、お前様方と言うのは

面白くもない、傍輩共と賭け禄に道中双六を打って沓の銭をせしめてやろうと思ったのに、人を散々に呼

び立ててどうしたと言うのだ、はれ、やれやれやれ、きりきり乗ったら宜しいでしょうよ、馬を走らせま

しょうと突っ慳貪に怒鳴った。

 はてさて、利口な野郎じゃな、諺に船頭馬方お乳の人と、性格が悪く口さがない者の例に挙げられてる

が、私もそちと同列じゃ、そして、歳は幾つで名は何と言う、年は今年で十一、五つの年から馬を追って

初手から若衆にならずに念者なった(当時の男色関係で、兄分を念者、弟分を若衆と言うが、三吉は最初

から剃り下げで若衆髷を立てたことがないのと、両方の意味で威張っている)、生え抜きの念者だ、とこ

ろで名前は自然薯(じねんじょ、山の芋)の三吉、さてもよい名前だな、聞けば道中双六があるそうだ

な、腰元衆も打ってみなさい、姫様も遊びなされよ、さあ、三吉も此処に来なさいよ、遠慮はいらない

ぞ、呼んだところ無礼をも顧みずに、短い煙管の煙が立ち混じっている女中の側もそぐわないようには見

えない、さすがは童(わらべ)の一得である。三吉は絵を取り出して皆してうち混じり遊ぶのであった。


         道 中 雙 六

 これこれ、ご覧ぜよ、打ちなさい、是れこそ五十三次を居ながらに歩む膝栗毛、馬、はいしいどう、道

中双六、南無諸仏分身と書いた六字を六角の、骰子は桜木、花の都を真ん中に思い思いの標(しるし)を

置いて、さらばこちらから打出の浜、大津へ三里、ここで矢橋(やばせ)の舟賃が、出舟を召せ召せ、旅

人の、乗り遅れじとどさくさと急いで乗り込む、それではないが、草津へと、お姫様から先ず姥が餅を召

し上がれ、一口二口、先ずは泥鰌の踊り食い、ではないが踊るように土山(水口と鈴鹿峠にある立場・宿

場と宿場の間にあって旅人や人足が休憩する場所)にある松尾坂を越えて、坂を越すのも骰子次第である

、骰子を振れ振れ、振るや鈴のそれではないが、鈴鹿峠を後ろにして坂を下れば、負けまいと急ぎに急

く、そのせきではないが、関から亀山に、煙草には、火打石の石薬師、おっとその手は食わないの、桑名

の舟渡し、熱田の宮に上れば池鯉鮒(ちりふ)へは四里である、宿にころりと寝転がるのは岡崎女郎衆、

岡崎女郎衆、岡崎女郎衆と縺れて一緒に寝ようよ、やよ、藤川に。思い思いの君待ち受けて解く赤前垂れ

の赤坂や、吉田、二川(ふたかわ)白須賀(しらすか)をちょいと越えて、手判(道中の関所を通過するに

は出発の際に、居住地の名主や五人組などの証印を押した手形が必要であり、特に婦女子・武器の往来・

運搬を取り締まった)はござるか、振袖に、や、このこの新居の関、渡船場の近い今切れ、舟に召せ、召

せ、蛤を食しなさいな、蛤、蛤、浜松まで、舞坂(まえざか)に三里ですよ、馴染みを見つける泊まりと

聞けば、誰も惜しむ者はない縞の財布の袋井や、乗り掛け(二十貫の荷を載せた上に、人一人が乗る宿駅の

駄馬。乗り掛け馬)のそれではないが掛川(かけがわ)を飛び下りて、ご機嫌の笑顔だ、さあさあ、その

にっこりではないが日坂(にっさか)の名物の蕨餅、腰につけているのは日本一の黍団子なのだが、そうで

はなくて日本一の大井川、骰子に無の字を打ち出せば支流の八十川からの水がみなぎり始めたので旅人が

二日間足止めを食う金谷と島田で、二回の休み、骰子の目ひとつで馬の腹帯に吉の字が染め抜いてある

が、それではないけれども幸せよしの、旅双六の六ではないが、六里を一気に進む。七里八里もただ一足

に先へ先へと咲きかかりたる。

 藤枝、岡部、瀬戸の染飯(そめいい)、宇津の山辺の十団子(じゅうだんご)など、所々の名物を買って

銭を突き出す、それではないが、手鞠をつくの鞠子に、一二三四(ひいふうみいよ)、府中江尻にすっとん

とん、とんと打った沖の波、それではないが、興津の波、三保の松原が快晴に晴れる、そのはるではない

が、貼る膏薬を買って名月でも吸い出せ、清見寺(きよみでら)、由井蒲原(ゆいかんばら)や吉原の花の

香、蒲焼名物の鰻の肌(はだえ)がぬるぬるしているそれではないが、沼津の宿、三島越えれば箱根へ三

里、骰子目次第で関を越える。悪い目打てば手判を取りに京に帰る。合点か、おお、飲み込んだ、よくわ

かったぞ、小田原ういろう、大磯、平塚、藤沢は触りもなくて双六の骰子の幸先もよく、門出よし。道中

はやめて戸塚はと急ぐ保土ヶ谷、神奈川越えて、品川、川越え、真っ先駆けてお姫様、一番勝ちにかつ色(

深藍色)の花のお江戸に着きにけり。一の裏側は双六の、骰子ではないが、幸い有り、悦び有り、慰めあ

りける道中と、どっとばかりに興に入られたのでした。





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最終更新日  2024年11月18日 21時40分44秒
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