草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2024年11月20日
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お側の衆に囃されて、幼心の姫君、こんなに面白い東(あずま)とはこれまで知らなかった、さあさあ、行

こう、早く行こうと急き立てた、やあ、いらっしゃいますか、そりゃ目出度いぞ目出度いぞ、再び御意が

変わらぬ先に、行列を揃えろ、と一同は立ち騒ぐ。

 お乳人は勇んで、それならもう一度、大殿様やお袋様とお盃事を、これも馬子殿のお陰じゃぞ、出来し

た出来した、そちには礼を言う褒美をやろう、そこで待っていなさいよと一同は声を揃えて悦び騒ぐ。そ

こで三吉は奥にお供して入ったのだ。

 馬方は今まで目にしたことのない金襖を立て巡らした豪華な部屋をうそうそと落ち着かずにのぞき歩く

蓆(むしろ)の他は踏んだことのないのに、畳は最上の備後表、ああ、この畳は変に滑って歩きにくい

ぞ、大名の家よりも此処の内が結構でござるよ、と独り言を言いながら待っている。



上げて、手箱に入れて出す、どれどれ三吉、そこにいたか、まあまあ、そちは殊勝な者であるよ、道中双

六を披露してくれてお蔭で姫君様はお江戸へ参ろうと御意なさったぞ、お上におかれても上々のご機嫌、

これは御前からくだされたお菓子じゃ、有り難く頂戴しなさい。銭差しに百文ずつ繋いだもの三筋(三百

文)じゃが、買いたものを買いなさいよ、殊にそちは通し馬の馬子だそうじゃな、道中の間も用事があれ

ばお乳の人の滋野井に会いたいと言いなさい、見れば見るほど良い子じゃな、馬方をさせる親の身はよく

せきなのであろうよ、親身になって話しかける言葉の端を三吉はしみじみと聞いていたが、由留木殿の御

内の御乳の人、滋野井様とはお前さまでございますか。それならば、俺の母(かか)様であるよ、と言って

突然抱きついた。ああ、これは慮外な、お前の母様(かかさま)じゃと、馬方の子供は持ったはいないぞ、

ともぎ放せばむしゃぶりつき、引き離せばしがみつく。引き退ければすがりつき、何で事実無根のことな

どを申しましょうか、わしが親はお前様の昔の連れ合い、この御家中にて番頭(何々番などと称するひと組

の武士の頭)伊達の與作、あなた様はわたしの母親で、その腹から生まれた者、與之介、守り袋で御座います、父



「伊勢の国鈴鹿山にある山村)の姥(うば)の話では母様(かかさま)も離別とやらで殿様に御奉公、そな

たを姥が養育して父様(ととさま)に会わせたいとは思うのだが、甲斐もなく、母様(かかさま)が細工な

された守り袋が証拠じゃと言い、由留木殿のお乳人(ちのひと)滋野井様と申して尋ねなさいと懇ろに教え

て、姥はわしが五つの年に久しく痰(たん)を患い、挙句に鳥羽の祭りに行って餅が喉に詰まったのが原因

で死んでしまった。田舎で周囲の人々が面倒を見てくれてやっとのことで馬を追うことを覚え、今は近江



に奉公しております。この守り袋を御覧なさいな、何で嘘などを申しましょうか、お前様の子供に間違い

ないことだけがはっきりすれば外には何の望みもありません、父様(とっちゃん)を探し出し一日だけでも

三人して一所に居てくださいな、立派に沓も作りますよ、父(とっ)様や母(かか)様を養いましょう、父(

(とっ)様と一緒に居てくださいな、拝みまする母(かか)様と取り付き抱きつき、泣いている。

 お乳ははっと気も乱れ、見れば見るほどこの子は我が子の與之介、守り袋にも見覚えがある、飛びつい

て懐に抱き入れてやりたいものと気は焦るのだが、あっあ、大事の御奉公、養い君の御名の瑕、偽ってで

も叱ろうか、いやいや、可愛くともそうもなるまいよ、まあ、ちょっと抱いてあげたい、ああ、どうしよ

う、あれやこれやと迷いに迷う心の嘆きから出る涙、二つの目には保ち兼ねて、咽び、沈んでいたのだ

が、いやいや、我が子ながらも賢い子、騙して誠とは言わず、母を心の汚い者と蔑まれるのも情けない、

譯(わけ)を語って合点させ、現在の恥を自覚させてこの場は一旦帰そうと、涙を拭って気を鎮め、此処へ

来なさいな與之介や、手元へ引き寄せて両手を取り、さても大きくなったな、どうせ成人するのなら侍ら

しく何故に尋常に育たなかったのだ、顔の道具や手足まで母(かか)はこんなふうには産み付けなかっぞ、

美しい黒髪をこのように剃り下げてしまい、手と足はまるで山の垢まみれのこけ猿のようではないか、本

に氏よりも育ちであるなあ、再びさめざめと泣いたのであるが、これ、物事の道理を合点しなさいよ、腹

から産んだのは生んだけれど、今では母でも子でもない、浅ましく成り下がったのを嫌って申すのではさ

らさらないぞよ、ここの理由をよくききなさいよ、母は元から御前様の奉公人である、與作殿は奥勤めの

小姓であった、互いに若気の至の恋風に誘われて、すれつもつれつ一夜が二夜と度重なって、通(かよわ)

せ文をお次の間に落としてしまい、小姓目付(小姓たちを取り締まる役人)に拾われてしまい、武家の作法

と言うなかでも殊に御家は御法度が厳しく、御家老衆の評定の結果で父も母も御成敗と決まったのだが、

御前様がお身に代えお命かけての御殿様への嘆願で、殿様の御慈悲にて科(とが)を許されてその上に、表

立って夫婦になされ、與作殿は次第に取次ぎ役、奏者番頭千三百石までにお取立て、殿様に万が一のこと

があれば直ぐにでも殉死しなければならない程の家格、その間にそなたを儲け、お上には姫様がご誕生、

奥方様の思し召しで母(かか)が御乳をお上げ申し、首尾さえよければそなたも今、家老衆の子同然に二番

とは下座にさがらない人であるよ、情けなや、父(とと)様が江戸屋敷に御勤めの際に吉原へ通い詰め、折

角お役目大事と御奉公致さなければならない折りに、そのような事でしくじって、再度、切腹と決められ

た。けれども腹を切らせては女房を家に置かれない時には、大事のお姫様が乳離れの時期であり、御病気

が出ては大変であると、母をそのまま残すために父(とっ)様の命が助かり、奉公構い(切腹に次ぐ武士の

重刑で、奉公を留め、家禄を召し上げられる事)の御改易、その時に母も一所に退けば成程妻として夫

への義理は立つ、夫婦の道は成り立つのでしょうが、お姫様の父離れに際してお苦しみをおかけして、身

に余る御家からの厚恩に対して誰がいつの世に報じることが出来ようか、後に残って御恩に報いてやって

くれないかと父(とっ)様からの理を分けてのことわりがあったので、第一には大事な男のため、夫婦の義

理を忠義に代えて気持では満足できないのですが夫婦の離別をしたのです。男の子は幼くても御殿様のお

怒りに触れた者の跡取りとなれば、またどのようなお咎めに遇うかも知れない、與作の息子とだけは口が

裂けても言ってはならない、さあさあ、早く御門へ行きなさい、ああ、どうした因果の生まれ性であろう

か、現在我が子に馬追をさせて、男の行く方も知らぬ身が、母は衣装を着飾ってお乳の人よ、お局様よと

玉の輿に乗っていても、これが何の足しに成るといのか、声を忍んで泣くばかりなのだ。

 子は生まれつき賢くて、聞き分けがあるので尚更に泣き入ってしまい、悲しい話を聞きました、そうで

はありまするが常々姥が申していたのは、姫君様と私とは乳兄弟のことですから母様にさえ会うことが出

来たなら、父様も出世なさるはず、との遺言でした、殿様にお願いしてみてください、と三吉が訴えると

滋野井はすばやく口を押さえて、ああ、ああ、勿体無い、その乳兄弟の件は口に出してはなりませんよ。

姫君様は関東へ養子嫁御としてお下り、身分の高い低いによらず嫁入り前の女というものは悪い噂が立っ

てはならないもの、先方は他人であるよ、三吉という馬追が乳兄弟にいるなどとはどのような妨げになる

か分からない、蟻の穴から堤も崩れると言います、軽いように思えても実はお重いもの、ひそひそと内緒

話で話しても人が聞くもの、取り敢えず早く出ておくれ、と泣く泣く言えば三吉は、ああ、母様や、余り

に遠慮が過ぎるではありませんか、先ずは言上してみてください。まだ、その様な事を申すのか、聞き分

けのない事だ、夫のこと、子供のこと、母に如才があるものか、合点が悪い、聞き分けがない、と三吉を

制止している所に、奥より、お乳の人はどちらにいらっしゃいますか、御前からお召がかかっております

る、と呼ばわるので、あれを聞きなさいよ、人が来るので出て行きなさい、手を取って無理やりに引き出

す。

 不憫や三吉はしくしくと涙を流し、頬被りして目を隠し、沓をまとめて腰につけ、みすぼらしげな後影

こらや、もう一度こちらを振り向いて見なさいよ、山川で怪我をしないように気をつけなさいよ、雨風雪

降る夜道には腹が痛いと作病を起こし、二日も三日も休んで患わぬように気をつけなさい、毒な物は食わ

ずに腹痛や麻疹の用心をしなさいよ、可愛い姿形であるよ、痛々しい、千三百石の世継ぎが何の罰が当た

ったのかどうした咎であろうか、と式台(玄関の板敷で客を送り迎えして挨拶をするところ)の段箱(式台

から上がる段を箱のように作ってあるもの)に身を投げて伏して嘆きいたのだが、懐中の有り合わせの一

分判金(一両の四分の一)を十三袱紗で包み、これを用心に持って行きなさいよと、涙ながらに渡すのだっ

た。

 三吉は見返り恨めしげに、母でも子でもないならば、病もうと死のうと余計なお世話です、その一歩も

いらない、馬方こそしているが伊達の與作の総領だぞ、母(かか)様でもない他人から金をもらういわれも

ないぞ、ええ、無慈悲な、かかさま覚えていなさいよ、と言ったあとでワッと泣き出すその有様、母は魂

も消えてしまい、養い君、お家の御恩を思わなければこんな具合に独り子を手放してどうして追放などい

たそうか、武家奉公の身の浅ましさよ、悶え苦しみ嘆いたのだ。

 時に奥の出入り口辺りがざわざわと人の気配がして、はや御出立と姫君の輿をかきあげ、行列立て、お

乳の人の乗り物を平附け(直づけ)に舁き寄せた。お乳の人は何食わぬ顔をして姫様の御伽にと、最前の馬

方をこの乗り物に引きつけて、お慰みに唄を歌いなさいな、畏まって候と宰領共が、こりゃ、そこにいる

自然薯め、唄を歌えと情け容赦もなく荒々しく命じる、やあ、こいつは吠えているのか、なんじゃこれ

は、出発の前に縁起でもない、握りこぶしを二つ三つ頂戴しながらも泣き声で、坂は照るてる鈴鹿は曇る

土山あいの、間(あい)の土山雨が降る。その降る雨よりも、親子の涙を中に時雨れる、雨の雨宿り。


       中 之 巻

 これ、泊まりじゃないかえ、泊まりなら泊まろうよ、泊まりなさいな、泊まりなさいな、旅籠は安いの

で泊めましょうよ。上旅籠に中旅籠、お望みしだい、好き次第、椀家具も綺麗な座敷はこの夏に、畳表を

替えて寝道具も良くて、酒が良くて、お茶は最上級のもの、何もかも良いことずくめだが、木賃(客が薪や

炭代だけを宿に支払い自炊して泊まること)でなりと御都合で、据え風呂もしゃんしゃん、掛り湯取って

加減見て、旅の汚れの垢は存分に洗い流し、暁は七つ(御前四時)立ちか八つ(御前二時)立ちか、枕の御

伽が必要なら振袖なりと、詰袖の年増なりと、足をさすって腰を打って、吸いつけ煙草の煙管の雁首、首

筋元からぞっとしましょう、庄野の馬方六蔵ではないが、良い女郎衆を乗せて、足取りが軽いな、よして

くれよ、ええ、面白くもない、ああ、洒落臭い、草津の三介三蔵、石部の金吉どん、乗せてきた客がどう

せ泊まるなら、泊めて下さいな。どれだけ先に行かれても、旅籠屋は皆同じです、同じ値段であります

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生まれでしょうかな。足に牛蒡のような毛がむくむくと生えている。





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最終更新日  2024年11月20日 21時07分49秒
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