草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年08月20日
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国 姓 爺 合 戦

 花飛び、蝶駭(おどろ)けども人愁えず。(花はひらひらと飛び散り、蝶は驚いて飛び立つ。春が

去っても宮裏の人は悲しまない)

 水殿雲廊、別に春を置く。(水や雲を描いた宮殿や廊は季節の春とは別で、何時も春のように明

るい)

 曉日(ぎょうじつ)よそおいなす千騎(ぎ)の女、絳脣(こうしん)翠黛(すいたい)色を交え、土も蘭

奢(らんじゃ)の梅の香や、桃も桜も、とこしえに、花を見せたる南京の時代(ときよ)ぞさかり、盛

んなる。(夜明けから千人の宮女が美しく装い、赤い唇、緑の黛(まゆずみ)色とりどりで、土もか

んばしい梅が香る如く、桃も桜も永遠に花を咲かせるように、常にはなやかな南京の時代は誠に盛



 そもそも大明(みん)十七代思宗烈(しそうれつ)皇帝と申し奉るは光宗(こうそう)皇帝第二の皇

子、代々の譲りの糸筋も絶えず乱れぬ青柳と靡き従う四方の國、宝を積んで貢物、歌舞遊宴に長じ

給い、玉楼金殿(美しい宮殿)の中には三夫人、九嬪二十七人の世婦(せいふ)八十一人の女御が有

る。

 およそ三千の容色(ようしょく)かんばせをよろこばしめ(約三千人の美しい宮女が喜々としてお

り)、群臣諸侯が媚を求め、珍物奇翫(ちんぶつきかん、変わった弄びもの)の捧げ物、二月中旬に

瓜を献ずる栄花である。

 ここに、三千第一の御寵愛華清夫人(かせいぶにん)は去年の秋より御懐妊あって、この月にお産

のあたり月、君の叡感(天子の御感)臣下の悦び、聖壽(天子の年齢)四十に及びなされても世継の太

子がいらっしゃらない。

 かねて天地への御祈り、この度にしるしあり。王子誕生は疑いなしと、産屋に明珠美玉を連ね、



 中にも大司馬将軍呉三桂の妻柳哥君、この頃初子を平産して、殊に男子の乳なればとて、御乳つ

けの役人、その外めのと侍女(じにょ)阿監(あかん、宮女を監督する女官)などの役々の官女が付

き添って掌(たなごころ)の上の珊瑚の玉ぞと嘉祝(かしづ)きける。

 時に崇禎十七年中呂(りょ)上旬、韃靼国の主・順治大王から使いを以て虎の皮・豹の皮、南海の

火浣布(かかんふ)到支國(ししこく)の馬肝石(ばかんせき)、その外、邊国島々の寶を庭上に並べさ



争い軍兵(ぐんぴょう)を動かし、鉾先を交え、互いに仇を結ぶこと、且は隣国のよしみに違い、且

は民の煩いであった。

 わが韃靼は大国で、七珍万寶暗からず(乏しくない)とは申せ、女の形は余国に劣って候。この大

明の帝には華清夫人とて隠れなき美人がおわする由、わが大王恋焦がれて深く所望に候えば、こち

らに送り給わって大王の后と仰ぎ、大明と韃靼は向後(きょうこう)親子の因み(関係)をなし、長く

和睦をいたさんと形の如くの御調物(みつぎもの)、数ならねども鎮護大将梅勒王が后の御迎えの為

に参朝とこそ奏したのだ。

 帝を始め卿相雲客、今に始まらない韃靼の難題、すわ、諍乱(しょうらん)の基ぞと、宸襟安から

ざる所に、第一の臣下、李蹈天(りとうてん)が進み出て、今までは国の恥辱を慎み隠し置き候、去

んぬる辛(かのと)の巳(み)の年、北京で五穀が実らず、万民が飢渇に及びし刻(きざみ)、某密かに

韃靼を頼み、米粟数万石の合力を受け、国民を救い候き。

 その返報には何事でも韃靼の望みを一度はからず叶えようと固く契約仕る。

 君は今、四海を保ち、民を治め給うも、一度は韃靼の情によってである。恩を知らないのは鬼畜

に同じ、御名残はさることではありまするが、とくとく后を送られてしかるべしとぞ奏聞したの

だ。

 大司馬将軍・呉三桂は待漏殿にてとっくと聞き、御階(みはし)おばしま(欄干、手すり)を踏み散

らして李蹈天の膝元にどうと座し、不憫や、御辺は何時の間に畜生の奴とはなったるぞや。忝くも

大民国は三皇(さんこう)五帝が礼楽を起こして、孔孟が教えを垂れ給い、五常五倫の道は今が盛り

である。

 天竺には仏が因果を説いて、断悪修善の道あり。日本には正直中常の神明の道有り。韃靼国には

道もなく、法も無く、飽くまでに喰らい、暖かく着て、猛き者は上位に立ち、弱き者は下につく。

善人悪人、智者愚者の分かちも無く、畜類同然の北狄(ほくてき、北方の野蛮人)、俗が呼んで畜生

国と言う。

 如何に御辺が頼むとて、数百万石の米穀を合力(ごうりょく)して、この国を救いしとは訝しい、

訝しい。民が疲れて飢えに及ぶとは何故ぞ。上に、由無き奢りをすすめ、宴楽に宝を費やし、民百

姓を責めはたり(厳しく責め立て、やかましく催促する)己の栄華を事とするその費えを止めるな

らば五年や十年は民を養うに事をかかぬ大国の徳、叡慮もはからず、公卿詮議にも及ばず、懐妊の

后を軽々しく夷(えびす)の手に渡さんと言う心底、いささか心得ず。

 契約は御辺との相対、上には知ろし召さぬこと、畜生国の貢ぎ物は内裏の穢れだ、取って捨てよ

官人共と、北狄を事ともせずに國の威光を見せたのは、管仲が九回諸侯を集めて斉の国威を示した

のも、このようなものだったろう。

 韃靼の使者・梅勒王は大いに怒って、やあやあ、大国小国はともあれ、合力を得て民を養った徳

も知らず、契約を変ずるのはこの大明こそは道も無き、法も無き、手に足りぬ(取るに足りない)畜

生国だ。

 軍兵を以て押し寄せ、帝も后もひとくるめに我が大王の履持ちにすること、日を数えて待つべし

と席を蹴立てて立ち帰ろうとした。

 李蹈天が引き留めて、暫く、暫く、憤りは尤も至極せり。某は先年、貴国の合力を受けて、一粒

も身の為にせずに國を助けたのは忠臣の道であるのに、今また約を変じて兵乱を招くならば、君を

悩ませ、民を苦しめ、剰(あまつさ)え恩を知らぬ畜生国と言わせるのは御代の恥、國の恥。

 この度は臣が身を捨て、君を安んじ、国の恥を清める忠臣の仕業、是見給えと小剣を逆手に抜き

持ちゆんでの眼(まなこ)にぐっと突き立て、瞼をかけてくるり、くるりと刳(く)り出し、朱(あけ)

になった目の玉を引っ掴んで、なう、使者殿、両眼は一身の日月、左の眼(まなこ)は陽に属して日

輪である、片目なければ片輪もの、一眼を刳って韃靼王に奉る。

 国の恩を報じる道を重んじて義を守る。大明の帝の忠臣の振る舞いこれで候と、笏に据えて差し

出せば梅勒王は押し頂いて、ああ、あっぱれ、忠節や候。

 ただ今、呉三桂の言い分にては、嫌とも両国権を争い、合戦に及ぶ所、天下の為に身を棄てて事

を治め給う事、神妙、神妙。忠臣とも賢臣とも申すにも余りあり。后を迎え取ったるも同然。

 我が大王の叡感、使いに立ったる某も、面目これに過ぎるべからず。はやお暇ぞと奏しける。

 叡慮殊に麗しく、李蹈天が目を刳ったのは伍子胥(ごししょ)の余風、呉三桂の遠い慮(おもんぱ

かり)范蠡(越王句践に仕えた功臣で、苦心の結果呉王を破り会稽の恥をそそいだが、永く留まる事

の危険を察知して自ら退身して巨万の富を積んだ)の趣がある。

 両臣が政(まつりごと)を糺す我が国は千代万代も変わるまじ。

 韃靼の使い、早く本国に返すべしと、宴楽殿に入り給う。

 げに佞臣と忠臣との表は似ている紛れ者、目利きを知らぬ南京の君が栄華ぞ例なき、、

 ここに帝の御妹、栴檀皇女と申せしは、まだお年も十六夜月(いざよい)の、都の宮人のたねや、

この世に降る露の玉をのべたる御かたち、管弦の道、書(ふみ)の道、文字も働く口ずさみ、漢詩は

日本で歌というらしい、男女を和らぐとや、ここにも恋の仲立ちは変わらぬ物とものと詩を吟じ、

年よりひねた(ませた)御心、兄帝の奢りの様、色に耽り、酒宴に誇り、朝まつりごと(朝廷の政治)

し給わぬ御いけんの種にもと、行儀正しき御身持ち、おとぎの女官を召し寄せて浮世咄も囁きの、

耳は恋する目は睨む、心が伽羅のたきさしの思いうずみて明かさるる。長生殿の方から出御なりと

呼ばわって二十歳までの后達が二百人、梅と桜の造り枝百人ずつ片分けて振りかたげ、左右に召し

具し入り給い、なう、妹君、我万乗の位に就き、臣下が多いその中で、右軍将の李蹈天は遂に朕が

命に背かず、明け暮れに心を慰める第一の忠臣、御身の心を懸けると聞く。

 幸い朕が妹婿にしようと思うのだが、御身は更に承引なく、今日までは打ち過ぎた

しかるに此の度韃靼国から無体の難義を言いかけて、既に合戦に及び国の乱となる所を、呉三桂な

どは忠臣顔、口先の道理は誰も言う事、李蹈天が左の眼を刳って宥めたので、使も伏して帰ったの

だ。

 国の為、君の為、身を棄てて片輪となった。末代無双の忠臣、賞せずんばあるべからず。是非に

朕が妹婿北京(ほくきん)の都を譲らんと約くせしが、御身は承引あるまじと、この花軍を催した。

 賢女立てしてすんすんとすげなき御身が心を表し、梅花を味方に参らする。朕の味方は桜花、女

官共に戦わせ、桜が散って梅が勝つならば御身の心に任すべし。桜が勝って梅花が散らば御身の負

けに極まって李蹈天の妻にする。

 天道次第。縁次第、勝も負けるも風流陣、かかれやかかれ、と宣旨がある。下知に従う梅桜、左

右に分かれて備えける。

 勅諚であれば姫宮も、よし力なく(まあ、仕方がない)、さりながら、心に染まぬ夫定め、そうの

う(易々と)引くべき様(よう)はなし。花もわが身も咲きかけて、當今(とうぎん、当代の天子)妹、

栴檀皇女の縁の分け目の晴れ軍、大将軍は我なりと名乗りもあえぬかざしの梅、たが袖触れし梢に

は群れいる鶯の翼に駈け散らす、羽音もかくやと梅が香も、芬々(芬々)と打ち乱れ、受つ、流しつ

戦ったのだ。

 姫君が下知しての給わく、柳うずまく木陰には風が有ると知るべし。弱き枝にはつぼみを持た

せ、強き枝には花をひらかせよ。移ろう(盛りを過ぎた)枝をば木偏に若(すはゑ、若くて真っすぐ

に伸びた細い枝)に代えて互いに力を合わすべし。と、花に馴れたる(花の事をよく知り心得た)

下知に依って喚(おめ)いてかかれば花を踏んで、同じく惜しむ色も有り。

 只一文字に頭に挿せば二月(にげつ)の雪と散るもある。落花狼藉入り乱れて軍は花をぞ散らしけ

り。兼ねて帝の仰せに依り、心を合わせた女官達、梅方がわざと打ち負けて、枝も花も折り乱され

てむらむら、ぱっと引きければ、勝つ色を見せて桜花、姫宮と李蹈天との縁組は決まったとあまた

の女官同音に、勝鬨(かちどき)挙げるしんにゅうの加陵頻伽(かりょうびんが、仏説に見える想像

上の鳥で、顔は美女の如く、特に声が美しい)の声が宮中に響き渡ったのは、千羽鶯・百千鳥のさ

えずり交わす如くである。

 司馬将軍呉三桂、鎧冑さわやかに出で立ちて、偃月の鉾(長刀に似て、刃が三たわけた武器)を

会釈もなく振り回し、梅も桜も散々に薙ぎ散らして御前に畏まり、ただ今玉座の辺に合戦が有りと

て鯨波(ときのこえ)が殿中に響き、宮中がもってのほかの騒ぎによって、物の具を固めて馳せ参じ

候えば、さて、馬鹿らしや、御妹栴檀女と李蹈天の縁定めの花軍とは天地が開けてこの方かかるた

わけた例を聞かず。

 君、知ろしめさずや一家に仁あれば一国に仁を起こし、一人貪戻(たんれい、むさぼって道にも

とること)なれば一国乱を起こすと言えり。上の好む所に従うのは民の習い、この事を聞き及び

山がつや土民が嫁取り聟取りで、此処にて花軍、かしこにても花軍と、喧口偏に花闘言偏に争(け

んかとうしょう)のはしとなり、花は散って打ち物わざ、誠の軍が起こることは鏡に掛けて見る如

し。

 ただ今にも逆臣がおこり、宮中の攻め入り、喚き叫ぶ藝波は聞こえても、しは、例の花軍だと馳

せ参る勢もなく、玉躰(ぎょくたい)をやみやみと逆臣の刃に掛ける事は、勿体無しとも浅ましとも

悔やむに甲斐のあるべきか。

 その逆臣佞臣とは李蹈天のこと、君は忘れ給いしか、御若年の時、鄭芝龍(ていしりゅう)と申す

者が佞臣を退けたまえと諫め申すを、逆鱗あって鄭芝龍は追い放たれ、今老一官と名を変えて日本

肥前の国、平戸とかやに住まい致すると承る。

 その鄭芝龍がこの事を伝え聞き、日本にまで大民国の恥辱が広まるやも知れぬ。





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最終更新日  2025年08月20日 10時40分34秒
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