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■■みんなとの出会い■■■2005年12月 31日 マイスケジュール 12月 今年最後の日記 ★皆!リレー・フォー・ライフを勉強しよう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 ★がん情報はここから 【がん・ガン・癌スーパーリンク】 【キャンサーネットジャパン】 【色々な方との出会いがあった】 今年、最後の日記は、今年とっても嬉しかった事にしよう。6/18の日記「がん患者支援者拡大計画」の呼掛けで35名の賛同者が集まってくれた事。そして10/31の日記「運営STAFF募集」で30名が集結してくれた事。12月末現在で75名の「仲間の輪」がてきた。それに、コメント、BBSで応援してくれている方達を考えると100名以上の方が、応援してくれている。 半年で、RFLの実現に向けて100名の皆が団結した事が今年の一番の嬉しかった事である。皆のお陰でここまで来た。JCSの方々、NHKの皆さん、そして協力してくれた新聞社の方々、そして戦略事業部の皆、RFL実行委員の皆、このBlogを応援してくれた皆、本当にありがとう。 心から感謝しています。さあ、来年はやるぞ! 皆!! シュウ
2005年12月31日
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■■親父との別れかな■■■2005年12月 30日 マイスケジュール 12月 今年の一番悲しかったこと ★皆!リレー・フォー・ライフを勉強しよう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 ★がん情報はここから 【がん・ガン・癌スーパーリンク】 【キャンサーネットジャパン】 【今年の一番悲しかったこと】 私の5大ニュースを皆に伝えたが、楽しかった事、悲しかった事がまだ残っている。今日は、今年一番「悲しかった事」を日記に書こう。今年も病院仲間が亡くなっていった。HKさん KYさん きっと天国で健康談議をしているだろう。そして、私の親父だ。8/29に息を引き取った。告知が6月だから4ヶ月の闘病生活だった。親父らしく、私達の看病も短く世話を掛けないようにしたんだろう。亡くなった時の日記を読み返してみる。親父は、亡くなる1週間前に母に言ったそうだ。「もうアウトだ」 自分で分っていたんだな。でも、親父の人生は幸せだったと思う。日本が戦後から今まで発展した激動の中を生きてきた。親父の生きてきた時代の話は面白かった。もう一度聞きたい。 シュウ
2005年12月30日
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■■今年のニュース番付■■■2005年12月 30日 マイスケジュール 12月 ベスト5を発表 ★皆!リレー・フォー・ライフを勉強しよう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 ★がん情報はここから 【がん・ガン・癌スーパーリンク】 【キャンサーネットジャパン】 【今年のNO.1に輝くニュースは何?】 今年もあと1日となった。今年は色々なことがあった。その中で、ベスト5を決めよう。審査委員はいない 私の独断で決めることにしよう。☆☆パンパカパ~ン 発表です!☆☆【第5位】 ■新抗癌剤治療プログラム作成 免疫細胞療法を組み込んだセカンドライン抗癌剤治療、作戦名「COMBAT」を 大学病院が認めてくれたこと。【第4位】 ■NHKに出演 朝の番組である「生活ほっとモーニング」にRFL活動が取り上げられた。 当日のBlogアクセス数が8000を超え「戦略事業部の挑戦」が始まった。【第3位】 ■3月末で退職 26年間、勤めた会社を退職した。残念であり、遣り残した仕事がまだ・・・ 悔いが残った、無念であった、情けないと思った。【第2位】 ■RFLとの出会い 大阪での「がん患者大集会」でRFLと出会う。 35名の「志」をもった仲間で「がん患者支援プロジェクト」を立ち上げる。 RFLが実現に向けて動き出した。【第1位】 ■脳転移からの生還 これで終わりか俺も 泣いた もう駄目だと思った。 丁度、戦略事業部の部員を募っていたときである。 皆に伝える事をためらった。 でも「人のために行動しよう」と決意をしたことを思い出し、部員の決定と同時に 発表、皆の顔が浮かんだ。 家族には心配をかけた。 放射線のH先生、脳神経外科のI先生、主治医のS先生、応援してくれた皆、 家族のお陰で奇跡的な生還をする。 ありがとう、2度目の人生をもらった。今年も色々なことがあった。来年も忙しくなるぞ 悔いのない人生にするんだ もらった命 生きているかぎり。 シュウ
2005年12月30日
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■■今年最後の治療■■■2005年12月 29日 マイスケジュール 12月 謎の中国人 ★皆!リレー・フォー・ライフを勉強しよう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 ★がん情報はここから 【がん・ガン・癌スーパーリンク】 【キャンサーネットジャパン】 【今年一年お世話になりました】 今年は、気功整体に随分通った。謎の中国人 黄(コウ)さんとはもう2年以上のお付き合いだ。私の体の痛い所は、全て知っていて、「チョウシハドウ?」と流暢な日本語で話しかける。「まだ首、肩、背中だな~」「マダ、カタイネ↑↓」 「イタキモチイ?」「ヴッ! ウウウウウ ヴッ! ググググ・・・ イテェ~~」月に平均5回ぐらいかな 今年60回はいったかなぁ。1回40分だから、40時間/年やったことになる。あらためて考えると優良顧客でVIP扱いされても良い位だね。疼痛が出ると整体とお風呂とモーラステープだな。それでもだめなら、“やく”三種類の選択になる。気功整体も人による、黄さんは私にピッタリである。話も、面白いんだよ。私はわざと難しい言葉を使うんだ。「ムズカシネ ワタシワカラナイネ」専属の日本語教師として授業料を貰おうかな~。わからないことが多くなると、黄さん段々と力が入り痛いんだ これが・・!「ワカラナイヨ↑」「ヴッ イテテテテ~」 シュウ
2005年12月29日
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■■TS-1+シスプラチン+免疫細胞療法■■■2005年12月 28日 マイスケジュール 12月 COMBATやっと終わった ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【やっと終わった抗癌剤&免疫細胞療法】 今日でセカンドラインである「抗癌剤+免疫細胞療法」が終了した。8月18日から始まった作戦名「COMBAT」が82日間の戦闘のすえ、今日 終了した。「COMBAT」の名付けた理由は、脳転移での放射線治療と脳神経外科の浮腫治療が終わり、体の中のがん細胞を一掃しようと思い、がん細胞掃討作戦の意味を込め歩兵部隊サンダース軍曹「COMBAT」をイメージしたのだ。【戦略設計図】 ■抗癌剤 TS-1 シスプラチン 3クール ■免疫治療 白血球培養 6回結構、この治療はシンドかった。血管がボロボロになり疼痛を発症。主治医であるS先生、S大学病院の皆、新○浜メディ△ルクリニックのK先生、看護師の皆さん皆がいなかったら、この作戦は実行できなかった。ありがとう 心から感謝しています。【検査予定】 ■CT、MRI、核医学検査、血液検査、PET ■2006年1月16日に結果 総合判断私は、勝利を確信している。この作戦は、S先生とK先生と皆でトコトン話し合った戦略的治療であったのだから。40度以上の発熱により無菌室も入ったが、今は疼痛はあるが白血球数も戻り問題なしだ。私は肺がん患者である ステージ3B 縦隔リンパ再発 脳遠隔転移 を経験した。でも私はQOLを保ちまだ生きている。そう 皆からもらった「命」かも知れない。私が皆にできる事はなんだろう。そう この日記を書き続けることかも知れない。 シュウ
2005年12月28日
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■■日本のがん医療を問う 2■■■2005年12月 27日 マイスケジュール 12月 収録終了 ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【心と体の痛みをとるために】 12月27日12時30分 渋谷 日本放送協会 到着警備員に出演のことを伝え車を駐車場に停めた。今日も晴天だ。空気が美味しい感じがした。今日のテーマは「緩和医療」「ホスピス」である。今日1日 やるぞと気合が入る。痛みは朝に薬を飲んできたので感じなかった。三時ぐらいまでもつはずだ。NHKにはいる。スタジオに入る前に待機室で待っていた。もうすでに、何名かの方が来られていた。スーツケースを持っておられたので遠く地方の方であろう。1時がすぎ、ほとんどの方がそろった。なにか皆さん緊張している様子。私はMOMOちゃんと一緒だったので話しをしていたので緊張はなかった。ディレクターから説明と注意事項が告げられその後、皆さんの簡単な自己紹介があった。参加者の構成は、女性が7割、患者会の方がほとんど、患者会に入っていないのは私達と2組の夫婦ぐらいだ。患者が5割、家族が4割、1割が看護師さんだ。皆、がん歴では先輩達ばかりであった。時間だ、スタジオに入る。スタッフが20名ほどかな。やはりひとつの番組では、このぐらいのスタッフがいないと出来ないのか~と感心する。国谷キャスターの登場、さあ始まった、やはり国谷さんはカッコイイ。このスペシャルの趣旨、説明、問いかけが終わり、最初のVでどこかで見た顔。私が薬を持ってきて飲んでいる顔だった。「オイオイ最初からかよ」と少し照れた。Vが終わり一般市民からの声を聞くということで国谷さんがこちらを向く。何故か、国谷さんと私の目が合ってしまった。「三浦さん 今の痛みはどうですか?」 ギョッ また先頭バッターかよ!話をしたが1/3も話が出来ない。上がりはしなかったが、そんなものかな!途中から皆、意見を積極的に言った。なかなか、今までにない、末期から死にいたるまでのタブーであった話がどんどんでてくる。濱本さんが語った時、国谷さんも涙を流していた。あとは、NHKスペシャル ●1月7日 第一夜 ●1月8日 第二夜を見てほしい。第一夜は「格差をなくすために」 第二夜は「がんの苦痛はとりのぞける」両日とも「必見」である。MOMOちゃん お疲れ様でした。そして参加された市民の方、医療関係者の方、特に医師の方々、貴方達みたいな先生が全国にそして多くの医師であることを祈ります。皆様、参加された全員、そしてNHKのスタッフの方々 お疲れ様でした。そしてありがとうございました。皆で「がんという病に対する社会の意識を変えましょう」未来がある子供達のためにも! シュウ
2005年12月28日
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■■疼痛が酷くなってきた■■■2005年12月 26日 マイスケジュール 12月 免疫治療が効くはずだが ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【今日の疼痛は特A級だな】 今日の痛みは普段と違う。 左腕の付根が痛む。 ハイペン or ロキソニン or ボルタレン ? 少し悩んだが、ボルタレンを選択した。 5分後、嘘の様に痛みが取れる。 6時間はもつかな~。 PM12時が限度かな・・・。 明日は、渋谷に行く。 薬を忘れないようにしよう。 そう、憧れの国谷キャスターと会えるのだ。 この痛みが出てくると思考能力も低下するんだ。 明日だけは、疼痛さんよ~ 出てくるな! お願いだ。 シュウ
2005年12月26日
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■■免疫細胞療法6回目■■■2005年12月 25日 マイスケジュール 12月 疼痛が治るか ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【HNKの取材も同時におこなった】●免疫細胞療法●【新横浜メディカルクリニック】 ■治療日 05/12/22 14:30 ■点滴治療 培養白血球注入 白血球数58億個 ■体調良好 前回発熱し入院した為 今回十分に注意 ブドウ糖点滴有 ■治療風景取材 NHK 今回は、体調も良く、血液検査での白血球は6020(12/15現在)問題なし。 前回、発熱しS大学病院の無菌室に入院という経験から、今回は白血球を注入後に ブドウ糖の点滴を追加した。 今回の白血球注入量は58億個だ。【K先生との戦略会議内容】 ■腫瘍マーカーの結果について CEA 2.5 基準値 5.0以下 シフラ 1.1 2.0以下 免疫抑制酸性蛋白 210 500以下 ProGRP 35.5 46.0以下 ▲総評 全て基準値内で問題なし 前回、右肩、首、背中の疼痛が治ったこともあり 今の、左肩、首、背中の強い疼痛も効いてくれることを願う。 12/28の点滴7回目も実施する。【次回以降の予定】 S大学病院で総合検査が1月5日から10日まであり、16日に結果が分かる。 その結果を受け今後の治療計画を立てる。【K先生と抗癌剤と抗体の話】 ■抗癌剤の抗体についてがんは抗癌剤治療により抗体ができてくる。もともとがん集落は、時間と共に大きくなるが、そのがんの種類も何種類もできてくる。それは、抗癌剤でも死なない種類が増えて単体抗癌剤ではびくともしないがんが出来てくる。よって、抗癌剤も色々な種類の「抗癌剤の組み合わせ」がでてきたのだ。そこが、腫瘍内科医の腕の見せ処だ。患者もこのことの理解が必要だ。 ■抗癌剤の投与量について抗癌剤治療で基準の量を投与する場合と、ためしためし量を決め、副作用を考えて投与する方法があるが、先生の考えは?がん治療には、「完治治療」と「延命治療」がある。「完治治療」の場合は、基準の量でドカンと攻める方法があり「延命治療」は、QOLを重視するので、個々に量を決めて副作用を考え投与する。これが、基本的な考え方ではないのでしょうか。フムフム なるほど。私も、セカンドラインでも、抗癌剤をドバーっとやった。身体はもうぼろぼろである。「延命治療」を考えなくてはならない。 ☆メリー クリスマス☆ シュウ
2005年12月25日
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■■Merry Christmas■■■2005年12月 24日 マイスケジュール 12月 我家にもサンタが ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【メリークリスマス 2005】 TT TT TT T TChristmas CardFor You♪☆皆さん☆ Merry Christmas私はクリスチャンではないですが、毎年クリスマスを楽しみにしています。なにかこの時期なにるとこの病のせいか亡くなっていった先輩達、病院の友達、家族を思い出し 考える。本当は、日本人なのだからお盆にこの想いを考えなくてはいけないのだが、何故か夏にはこの気持ちにならない。この寒い冬が似合うんだな。何かしんみりするが今年もあとわずかだ。だから今年一年の出来事を振り返り、考えるのかも知れないね。☆心から メリークリスマス☆皆へ そして天国の皆へシュウ
2005年12月24日
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■■リレー・フォー・ライフを考える会■■■2005年12月24日 マイスケジュール 12月 FAX業務連絡表 ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【RFLを日本で実現しよう】 ☆紙詰まりは【F5】を押して下さい。・・・・・・・・・・ただいまFAX受信中です。・・・・・・・・・・・印刷しています。・・・・・・☆戦略事業部 業務連絡☆・・・・■リレー・フォー・ライフの実現に向けて・・・印刷を終了しました。2005,12,24■がん患者支援プロジェクト メッセージ■●送信●受信●コピー123456789*0#●留守●短縮●リダイヤル ◆業務連絡 重要◆ 平成17年12月24日 応援してくれる 皆様 CPSP 「リレー・フォー・ライフ」の実現に向けて 1.RFLの紹介 必見 2005/12/24 読売新聞朝刊 「医療ルネサンス」 2.イベント情報 ※「がん患者支援プロジェクト」から※ 2006/04/29 「リレー・フォー・ライフを考える会」 ■場所 横浜市青葉区公会堂 ■時間 13:00~ ★テーマ★ がん患者、家族の方「勇気」「希望」「夢」 を取り 戻そう。手をつなごう そして時間を共有しよう。 諦めるながん患者! ☆何方でも参加できます。 入場は無料です。 ☆参加申込みは2月1日から4月中旬まで受付を 予定しています。 プログラムは参加申込み受付け時に掲示します。 【 2005.12.24 shu 】
2005年12月23日
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■■灯篭の写真でRFL■■■2005年12月 21日 マイスケジュール 12月 皆にお願いがあります。 ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【皆でこの写真でRFLをやろう】 【リレー・フォー・ライフを広めよう】 RFLは故人の追悼と、がんにならないという誓いと、がんになっても社会が受け止める環境をつくることであろう。【今回の企画】どうだろう 皆でこの写真をリレーして行こうじゃないか!MLの全員にお願いします。友達にも広めてください。そして、ブログを見てくれている方達、参加してくれないか。【内容】家族、友人、愛しい人 だった方達の追悼をしよう。 ■私は、父と叔母を追悼する。 最後にまた24日にお祈りをします。 想いは二人とも亡くなった時、悲しかった。 気持ちの整理ができるまでずーと泣いていた。 ☆親父 尊敬していた ☆叔母さん 優しい叔母さん 掲載したことと皆の思いを私の日記にコメントに入れてくれ。この輪も沢山の方に理解してもらい おおきな輪にしたいな。■写真の内容■写真の上にカーソル(矢印)を持っていって右クリック 『名前を付けて画像を保存』で写真は取得できますよね。そして日記に貼り付けでOK又は、楽天の方は下記の方法でもOKですよsrc="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/76/0000051576/69/img5d2c91a484nhxs.jpeg" width="140" height="99" ※※先等に< i m g 写真の内容上記 >を付けて下さい。< i m g は間にスペースがはいっているので取る事。 シュウ
2005年12月21日
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■■食事が美味しい 味覚障害が■■■2005年12月 20日 マイスケジュール 12月 二泊三日の旅 ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【疼痛の治療目的が】 抗癌剤の副作用である、疼痛、色素沈着、味覚障害、骨髄抑制が、段々良くなっている。骨髄抑制は病院の治療で正常に戻った。色素沈着は顔、手、足の色の黒味が取れてきた。味覚障害は、今回の旅行で回復したことを確認した。後は、疼痛だけである。そう味覚障害が治った。今回の温泉治療での食事を日記に記録しよう。19日 昼食 国道沿い 多賀 そば処 「多賀」19日 夕食 XIV 和食 懐石料理20日 朝食 XIV 和定食20日 昼食 喫茶店 シーフードピザ PCをやりながら20日 夕食 とんかつ 和むら ロースカツ21日 朝食 バイキング 食べすぎだ 11:00チェックアウト 上記食事は美味しかった。もう、味覚障害は治ったと思う。これから食事が楽しみになるな。ウエイトコントロールが大切になる。 シュウ
2005年12月20日
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■■疲れをとる温泉治療■■■2005年12月 19日 マイスケジュール 12月 伊豆伊東温泉 ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【二泊三日の温泉治療】 昨日、日曜日から伊豆伊東にきている。お風呂につかりゆっくり気持ちも落ち着け、疼痛の痛みを癒した。身体も温まり疼痛も治まってきた。夕食まで、時間があったので、PCを開く。オオオっと携帯電話が圏外だ。 今日は、ネットも休めってことか?今日は、大室高原でエスプレッソを飲みながらPCを開く。ゆっくりとした時間がながれている。 シュウ
2005年12月19日
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■■日本のがん医療を考える 第四弾■■■2005年12月 17日 マイスケジュール 12月 皆は、どう思うかな ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【鬱にならない方法】 シュウの考える「がん撲滅・がん医療改革・意識改革」のレポート今回の第四弾は【鬱にならない方法】私は、医師でもカウンセラーでもないので、私の体験と思いを伝えたい。2003/04 がんの告知を受け、抗癌剤治療を何の疑問もなく受け入れた。これは、なんの情報もなく、主治医の先生の言う通りにしかできなかった。抗癌剤はシスプラチンにビノレルビンという組み合わせだ。1ヵ月が1クールである。まずシスプラチンを点滴1日一杯の9本の中で投与する。毎水曜日にビノレルビンをルートから入れる。ビノレルビンが2~3回投与される。そして1週間は休薬である。そして骨髄抑制対策を行なう。ここまでで1クールである。第1クールが終了した。私は副作用がほとんどなかったがこの1ヵ月はほとんどベットで暮らした。テレビと漫画本で1日がすぎていた。でも、告知から今まで毎日「がん」のことが頭から離れなかった。今、思えば第2クールに軽い鬱になり 第3クールでそれは本物になった。その経過と内容はこうだ。第2クールのビノレルビン3回目から1日一杯、点滴を見ているか、寝ているかで1日を過ごす日が多くなった。気持ちと頭は、「がん」のことばかり、不安と恐怖が渦巻いていた。夜中に震えがでることも多くなった。そして医師、看護師に不信感が何故かわき、人を信じられなくなり、ベットから離れなくなる。どんどん気持ちが落ち込んでいくのがわかった。悲劇の主人公だ。その時の私は、看護師さんからみてもいやな患者だっただろう。自分でルートを抜いたこともあった。不安が不安を生み、頭がもう不安な事だけになる。1日言葉を言わない、話さない日があった。点滴を見つめているだけだ。このままではいけない、とか何とかしよう なんて 考えられない。いつ死ぬのだろう、死に方はとか、もうだめだ、毎日、この点滴のことを思う。病室のトイレが使用中だったのでデイルームの近くのトイレにいった。そして、天気だったので外の眺めを見たくなってデイルームへ「にいさん 入院 長いのかい?」 と声を掛けてくれた人がいた。「ええ まあ」 「若いのに元気ないね~」 「・・・・・・・」Hさんだった。 その後 T君 Kさん と話をするようになった。彼らは慰めは言わない。病気のはなしが中心だが、自分の病期、状態をすべて語っていた。私より、状態が悪いのに、元気だった。それからだ、点滴をただ見ていることもなくなり、看護師さんと会話が多くなった。デイルームでの「病院批評と先生の悪口」により私の鬱は治った。Hさん T君 Kさん みんな卒業していったが、私の友人だ。 今でも、彼らに心から感謝している。「オーイ元気か?」と彼らの声が聞こえる。皆がいなければ私は死んでいたかも知れない。 シュウ
2005年12月17日
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■■取材無事終了■■■2005年12月 14日 マイスケジュール 12月 想いを伝えること ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【結構なボリュームであった】 【私の疼痛】 ■現在の症状■ 左、首、肩、背中、腕 の痛み 特に肩の奥が痛い そして左腕のひじの上が痛い 夕方から夜に掛けて痛くなる。 今日は、ハイペン(鎮痛剤)にたよった。【今日の出来事】今日の取材は1:00から5:00まで、長時間皆さんお疲れ様でした。私としては、結構、言いたいことを伝えました。取材に来られた方々は、プロジェクトの区切りまで休みなしで仕事をしているそうだ。その番組取材が全て終わってから2~3日の休みだとのこと。曜日の感覚はなくなったかも知れない。 と言っていた。私の元会社でも忙しかったが振り替え休日はあった。放送業界も大変だな。そしてびっくりしたのは、女性クルーであったこと。カメラマンも音声さんも女性、ガッツがある。全国を取材で回っている。 ラーメン ライス が好き!栄養を十分取らないともたないんだな~。これからは、女性の時代だね。Blogでも、女性が優勢かも!男性陣、頑張ろうぜ。 ★世田谷 岡本公園 シュウ
2005年12月14日
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■■疼痛患者・家族のケア■■■2005年12月 13日 マイスケジュール 12月 随分前の資料だが ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【昨日、今日は疼痛緩和についてネット検索】 【私の疼痛は】 ■現在の症状■ 左、首、肩、背中、腕 の痛み 特に肩の奥が痛い そして左腕のひじの上が痛い 夕方から夜に掛けて痛くなる。 10日前から痛み出し、日々痛みが強くなる。【医師の患者・家族の接し方】昨日も今日もネットで『疼痛』について原因と症状、対処を調べていた。疼痛緩和ケアの留意点で下記の文献を見つけた。患者、家族の気持ちを分かった医師がいるのか疑問である。●疼痛緩和治療マニュアル 富山医科薬科大学附属病院 -疼痛緩和マニュアル作成委員会編- 【抜粋】《患者・家族との接し方の要点》 a)精神的ケア (1)視線が水平となるようベットサイドに座り込む. (2)患者の言葉に傾聴し,感情に焦点をあてた言葉かけをする. (3)非現実的な,安易な励ましは避ける. (4)共感的理解的態度で接する. (5)患者の疑問や悩みを聞き出すように質問の機会を与える. (6)患者の気持ちや希望を支える. (7)スキンシップによる非言語的コミュニケーションをはかる. b)家族へのケア 患者の死が近づき,言語的コミュニケーションがとりにくくなれば, 家族のケアが中心になってくる (1)家族が知りたいと思うことをまず尋ねる. (2)どうするのが最も良いかを家族と共に考える. (3)現在の病状と,将来予想される病状を伝える. (4)急変の可能性があることを伝える. (5)最善を尽くすことを伝える.ただし,最善を尽くすということは 単に時間的延命をはかったりすることではない. (6)できれば,多くの家族に同時に説明する. (7)専門用語を使わずに,分かりやすい言葉で話す.☆この内容を理解し実行している医師が何人いるだろうか? シュウ
2005年12月13日
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■■疼痛の対処■■■2005年12月 12日 マイスケジュール 12月 抗癌剤の影響か? ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【疼痛が酷くなってきた】 【私の疼痛は】■現在の症状■ 左、首、肩、背中、腕 の痛み 特に肩の奥が痛い そして左腕のひじの上が痛い 夕方から夜に掛けて痛くなる。 10日前から痛み出し、日々痛みが強くなっている。《一般的な痛みの原因》 痛みの原因は、4つの要因に分けられる。 1) 腫瘍自体が原因となった痛み 2) がんの治療(外科治療、化学療法、放射線療法)に起因した痛み 3) 全身衰弱に関係した痛み 4) がんやがん治療に直接関係しない、偏頭痛、リューマチなどの痛み ☆まだ骨には、転移していないので 私の場合、2か3であろう。《痛みの治療法》 1)鎮痛薬の経口投与 2)神経ブロック:腹腔神経叢ブロック 3)放射線治療 4)脳神経外科的治療法、理学療法、心理療法など ☆当面1で対応 痛みが常時でた場合は、2のペインクリニックにいこう。 主治医のS先生と相談して麻酔科の世○先生に治療を依頼しよう。《リハビリテーション治療》 疼痛のコントロール 疼痛があるからといって休んでばかりいると筋力が低下したり、クォリティ・オブ・ライフに影響します。前向きに活動的な日常生活を過ごすことが、疼痛を軽減するのに役立ちます。そのためMSの疼痛をコントロールするには以下のことが大切です。 運動および物理療法は筋のけいれんと疼痛の軽減に役立ちます。 1)瞑想や深呼吸などを行い筋肉を弛緩(リラックスさせる)療法 2)マッサージ 3)水治療法 4)ホットパックなどの温熱療法および氷などを使用した冷罨法 5)TENS(経皮的電気刺激-皮膚を通る弱い電流) 6)カイロプロクティック治療 ☆やはり抗癌剤の副作用は色々なところに出てくる。気功整体と温泉治療はおこなっているが 白血球の低下は改善されたが、耳鳴りと疼痛は、なかなか治らない。誰か、よい方法を知らないか? ※※あなたの主治医、先生はこの痛みを分ってくれているか? □□ 疼痛ナビはこちら □□ シュウ
2005年12月12日
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■■リレー・フォー・ライフの拡がり■■■2005年12月 11日 マイスケジュール 12月 医療ルネッサンス ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★皆!リレー・フォー・ライフに投稿しよう 【がんサポート伝言板】 【読売新聞社からRFLの取材を受ける】 【RFLについての取材】読売新聞社医療情報部から取材を受け、読売新聞の「医療ルネッサンス」という連載記事にRFLの内容が載る事になった。10月30日に広田新聞店の主催による「医療情報セミナー」の講師で来られた「田○記者」が来られた。業界では有名な方である。セミナーの会場で終了後に名刺交換をした。ブログを見ていただいたのだ。ここまでの経緯と、これからについて話をした。記者によるとイベントとWEBの連携によるイベント進行を同時に地方の患者、家族に伝えていく事に新しさを感じてもらった。きっと記事は、RFLイベントと病院や家庭をつなぐインターネットが中心になるだろう。Blogの仲間のつながり、拡大の可能性を感じてくれたと思う。全国の読売新聞読者、そしてHPをみた方は、「RFL資料集」と「戦略事業部の挑戦」のアドレスを知り、きっと訪問してくるだろう。22、23、24日のいずれかに載る。 シュウ
2005年12月11日
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■■日本のがん医療を考える 第三弾■■■2005年12月 10日 マイスケジュール 12月 皆は、どう思うかな ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【正しい情報を得る為には】 【病と闘うためには】前提私が言う「病と闘うために」は「がんと共に生きるためには」と同じ意味と理解してください。私は心構えを伝えたい。皆様の健闘をお祈りしています。皆さん「生きる」と強く心に誓いましょう。【サンプル3】M君は入社一年目だ。日々が勉強であり、早く一人前になりたい、先輩みたいにガンガン仕事がしたいと思っている。尊敬する先輩Aからある仕事を任された。初の企画から運用まで行なう仕事だ。プロジェクトMMと名をつけて気合をいれた。Mは3日で企画書をまとめた。早々にA先輩に企画のプレゼンをした。目的がはっきりしていない。収支が甘い。目標が低すぎる。駄目だしだ。Mは自分の甘さを知った。気を取り直して指摘事項を再検討し翌日A先輩に持っていった。ケーススタディが出来ていない。このときは?ここがうまくいかないときは?ここの裏づけは?また、駄目だしだ。Mは途方にくれていた。その時、B先輩が声を掛けてきてくれた。同期の連中やほかの先輩に相談したか?ここは、誰に聞いた?その数字は正しいか検証したか?Mはハッとした。気がついたのだ。ひとりの意見を聞き、信じてしまった。B先輩はこうアドバイスした。会社のルールはこの「標準事務手続書」そして人に聞くのは少なくとも同じ事を三人に聞くこと。そして、正しいもの、この仕事にあったものを自分で判断すること。「標準事務手続書」通りは、発展性が無く、企画としては今一である。新しい企画は、斬新であること。そして裏付けがあること。病と闘う時、必要なことは沢山の先生に同じ事を聞き、その中で自分が納得いく治療法を選ぶこと。色々な先生に聞いている事を、嫌がる先生は自分に自信がないと思っていい。あの先生はこういっているが・・ネットの情報はこうですが・・私はこう思うのですが・・納得いくまで聞きまくる。そして納得した時に、不安がなくなる。仕事も病気も成功の鍵はいろいろの人の意見を聞き、自分でも調べ裏付けを取り納得いく方法を選択すること。私は、主治医、外科、放射線科、脳神経外科、内科、整形外科、眼科、耳鼻咽喉科、麻酔科 等同じ質問を少なくとも信頼のおける3~4先生に聞く。そしてネットで裏付けをとる。皆様はどのように自分自身で納得し治療をうけていますか?治療の方法が無い なんてありえないのです。☆第三弾 シュウの考える「がん撲滅・がん医療改革・意識改革」の レポートでした。次回第四弾は、「鬱にならない方法」で行きましょう。 シュウ
2005年12月10日
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■■平成18年1月度の検査スケジュール■■■2005年12月 9日 マイスケジュール 12月、1月 CMBATの評価 ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【今後の治療方針を決める重要な検査】 【現在の状況】本日のレントゲン、血液検査 ・前回映像と変わらず。 ・血液検査 白血球 7780 赤血球394L 血小板 22.0 CRP 0.41 左首、肩、背中、腕に痛みあり、疼痛である。 次回検査まで、鎮痛剤て対応する。 ▲総評 上記内容にて問題なし。疼痛が気になるが・・。【検査・治療スケジュール】 ・免疫細胞療法 再開 12月9日 採血 12月22日 第5回目 培養白血球 注入 12月28日 第6回目 培養白血球 注入 COMBATの総合評価後に 平成18年1月に今後の対応について打ち合わせ ・総合検査内容 1月5日 血液検査 MRI 1月6日 CT 核医学 1月10日 PET 1月16日 結果報告考えに考え作った治療法COMBATの評価だ。 16日 は 実は私の誕生日だ。 いい結果か それとも・・・・。 シュウ
2005年12月09日
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■■がんの情報公開と緩和医療■■■2005年12月 8日 マイスケジュール 12月 番組出演依頼 ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【がんになっても安心して暮らせる社会を目指して】 【がんサポートキャンペーンが目指すもの】【放映予定】 ・2006年1月7日(土) 第一夜 『がん医療の格差を無くすために』 ・2006年1月8日(日) 第二夜 『緩和医療のありかたを問う』■今回のテーマ1.地域や施設によって医療レベルに大きな格差があるという問題2.「もう治療法がない」「治らない」と告げられ行き場を失った患者の切実な現状 この課題を中心に「がんになっても安心して暮らせる社会」を目指して具体的な提言をする。NHKさんから、この二番目の問題「緩和医療のあり方」について意見を求められた。私は私なりの意見を言った。2005年12月27日(火)13時から 第二夜分のスタジオ収録の出席依頼をうけた。☆内容はより良い治療を受けるために、患者や家族が抱える様々な「痛み」「不安」をどう取り除いていくべきか、緩和医療のあり方や、社会的サポートの必要性について検証する。私は出るつもりだ。そして、皆の意見を纏めて持って行きたい。仲間からの伝言として。 切実な現状現実 これだけは言いたいこと意見を待つ。 皆の意見を言う場としてはふそくはない。 シュウ
2005年12月08日
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■■日本のがん医療を考える 第二弾■■■2005年12月 7日 マイスケジュール 12月 皆は、どう思うかな ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【日本の医療に対する疑問】 【患者意識改革と出来る事】■告知を受けたときの想い。私は、担当医師から告知を本人の立場での告知と、患者家族としての告知をを受けました。自分自身のときと父の病気肺がんのときです。告知は大きく分けて2分類されます。1.完治治療に向けての告知2.延命治療に向けての告知ここは医療従事者がもっとも気を使うところであり、患者・家族も今後の人生最大の分岐点である。ここで、受け入れて前向きになるか、落ち込み悲劇の主人公になるか最大の人生の分かれ道になる。「告知」ポイントは6項目でしょうか1.告知とは、どの様な意味があって行われるのか。2.医師の告知の仕方、言い方、態度、方針 等3.患者の受け詰め方、事前の知識と無知の違い4.最終的には自分・家族での判断5.今後の「生きる」に対する考え方6.残された時間の使い方現在の状態を告知して、今後の治療や心構えを伝え今後を共に考える。本人が病に対する考え方を決めることで、本人・家族・そして医療従事者の意識を統一化する。只このときに、本人の意向、年齢、家族の希望を考慮する必要がある。【サンプル2】今日は検査の結果が出る日だ。私と妻の2人で呼吸器内科の先生との面談である。病気の知識は無いが、痛くもかゆくもない。大丈夫であろう。まさか私が・・・なわけはない。看護師さんがきた。「Mさんですね。診察室へどうぞ」「先生、そのせつはおせわになりました」「まあ、どうぞ」先生はCTの画像をみている。そして先生が「Mさん、お伝えしますが、Mさんのここの部分ですが、画像と気管支鏡検査での検査結果は悪性の腫瘍でした。」「えっ!それってがんということですか?」「そうです。右肺の中葉 非小細胞腺がんですね。」「そして縦隔リンパ節の腫れも気になります。」「私はがんなんですか・・・・・・」Mさんは、頭が真っ白になっていた。気持ちは 「もうだめだ なにもかも終わりだ。」妻は、すすり泣いている。先生がいった。「Mさん 私どもの病院で治療するか、ご希望の病院で治療をするかを決めてください」「今、この病院ですと、ベットが空いていないので1ヵ月ほどまちになりますね。」妻が言った。「先生 すぐ入院で手術ができないのでしょうか?」「それは、ベットを待っている方が多いので、そして抗癌剤治療になるでしょう」「抗癌剤・・・・・・辛いのですか?」と話はまだ続いていく。Mさんは、この日1日、がんという言葉で頭が一杯であった。気持ちが落ち込み、途方に暮れている。そして、会社、親戚、友達にも入院するまでこのことを言えなかった。不安で夜も眠れない。 暗い長い1ヵ月であった。 家庭の雰囲気が一変した。【解説】良くあるケースだね。ここは、先生の告知の仕方、望みがない言い方 大丈夫の一言がない。問題が多いよね。そして、患者も少しは勉強するべきだよね。病気の少しでも知識があれば、先生に如何すればとか、1ヵ月如何すればとか、ほかの病院ではとか、色々質問することができる。自分で理解と解決が出来れば、不安がなくなるよね。不安は免疫をなくすし気力も落ちます。いかに不安を解消するかは、病を調べ自分の現状を把握すること。理解して方向性が決まれば不安は解消する。 ☆第二弾 シュウの考える「がん撲滅・がん医療改革・意識改革」の レポートでした。次回第三弾は、「病と闘うために」で行きましょう。 シュウ
2005年12月07日
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■■日本のがん医療を考える 第一弾■■■2005年12月 6日 マイスケジュール 12月 皆は、どう思うかな ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【日本の医療に対する一貫性を作る】 【患者意識改革と出来る事】日本におけるがん患が何故減らないのか、この家族の悲しみがどんどん膨らんでいること。医療機関との信頼が段々薄れていること、実態と医療専門医の数値(絶対量・人数)がずれていること。このままだと、かたよった医療機関に集中する、そして医療費が加速度的に増え続けること。まず、患者側として、私達が生まれてから死ぬまでの検証をしてみよう。私達に出来る事をここから見出していこうではありませんか。■まず基本例を載せましょう。【サンプル1】平成5年11月に長男が生まれる。名前は「基彦」2800gで生まれ元気な子父は「毅」、仕事一徹 バリバリのサラリーマン。 ちょっと太り気味 喫煙者母は「幸子」、専業主婦 控えめ スタイルはよく 昔 モデルの経験もある。 過去に喫煙経験あり。元彦が幼稚園の年長さんになった。母「幸子」が授業参観していた。幼稚園では、病気の怖さの紙芝居があった。生活習慣病の説明と何故なるのかをお話風に纏めたものだ。がんになる12ヶ条も紹介された。夜、家族三人でその話題がでた。基彦がいった。「パパ タバコがガンと言う病気になるんだって そして吸わないひとも、家族に吸っている人がいると吸わないひともなるんだって」毅は、唖然として、いま吸っていたタバコを揉みけした。その日、毅と幸子は話し合い、考えた。毅 「会社でも禁煙運動が活発になってきたんだ」 「喫煙者の肩身がせまいよ」 「忙しいしストレス解消かな、ベランダで吸うか」幸子「もう、家族のためにやめたら 基彦にも影響があるかもよ」そうです。がんになる因子は数多くありますが喫煙は大きな問題です。がんは発見されるまで、自覚症状がなく10年以上後に発症します。そう、この家族の10年後に、妻 幸子が定期健診で「肺がん」と診断された。何が、原因かは分らない。わかっているのは 病期は“ステージ3b”夫 毅は10年前の 基彦のことばを思い出していた。辛い、抗癌剤のはじまりだ。 生活が一変する。家族三人の幸せな家庭が崩れていく。毅は涙した。 俺のせいだ。 タバコを殴り捨てた。基彦は父毅にいった。 なぜ、たばこを吸ったの?父、毅は絶句した。「すまない幸子そして基彦!」と心の中で泣いていた。まとめ子供の頃からの教育が大切です。このような教育が必要なんだ。まず病気にならないことが、最大の防御です。特に、生活習慣病は知識があるかないかできまります。只単に、からだに良いとかダイエット効果ありとかではなく、病気になる確率が低くなることを覚えましょう。親御さん そろそろ気がついて下さい。今日から、子供に病気の怖さ、ならないようにするためには? ☆第一弾 シュウの考える「がん撲滅・がん医療改革・意識改革」の レポートでした。次回第二弾は、「告知を受けたときの想い」で行きましょう。 シュウ
2005年12月06日
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■■筑波大学 いいね~■■■2005年12月 5日 COMBAT 108日目 行ってきました ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【筑波大学 皆さんが協力的!】 【筑波大学キャンパス拝見!】10時10分 自宅発 筑波行き ナビに筑波駅をセットし出発 コンビニでガム、電池、がぶのみコーヒーを購入 102枚のハガキを投かん10時20分 東名 青葉インターでのる。11時30分 常磐自動車道 谷田部インターで降りる。 11時50分 美味しそうなラーメン店発見 醤油 ネギチャーシュー つけ麺を注文 点数 70点 つけ汁がチョッと変わっていて醤油と味噌の中間だな。 ネギが辛すぎ ん~~ん いまいちかな~。12時20分 筑波駅に着く。 案外、早いもんだ 渋滞無しで1時間半だな。 ちなみに、電車は秋葉原から筑波エキスプレスで50分! 結構、近い。でもイメージは遠いよね。待ち合わせ時間まで ぶらり 一人旅。1時50分 JCSのIさん と Hさん 合流2時10分 筑波大学 キャンパス到着 事務室訪問 案内をお願いする。 もう大学病院の副医院長から話が通っており話が早い。 ■グラウンド 素晴らしい イメージ通りだ。 ■雨天の時は体育館だ。バスケコートが二面! グラウンドから50Mぐらい 土手越え 問題なし ■屋台広場はここ 30件ぐらい開けそうだ ハンマー投げの練習場 グランドから 30Mぐらい ここからグランドが見える。 ■事務室 本部をここに置こう。医療部もここだな ここから全国にインターネットで配信だ。 ■駐車場 ここも近くで都合が良い 100台以上 可能 グランドまで車椅子もOK! バッチリだ。 ■写真は無いが、宿泊施設もあり 150名は可能 完全予約制 2000円程度/1泊 食事のサービスもあり 1食 500円程度だそうだ。 やはり公共の施設で、会議等、イベントも多いそうだ。 事前に来られる方、STAFF等には最適だ。 ■そうそう近くに大学病院あり でかい病院だった。 副委員長に面会に行ったが会議中 秘書の方に提案書と名刺を渡す。秘書の方も、RFLを理解して頂いていた。 ■筑波駅前のイルミネーション 新しい駅なので、雰囲気も良好 クリスマスだね。とても綺麗だった。17時30分 筑波から自宅へ19時20分 自宅着 やっぱり疲れた。 でも行ってよかった。 イメージがぴったり合った。 朝日新聞さんもやるもんだ。 GOODだ!!【総評】メンバー・スタッフでここにするかを決めよう。私はお薦めだな。 案外近い。 そして参加は福島県まで可能かな。西は神奈川止まりかな。休日も学生は活動しているとのこと。一般の人がイベントをやるのは初らしい。学生も巻き込んでしまおう。日本初は筑波でいいか? 皆の意見がほしい。 コメント待つ。テキサスの例と比較してみよう。 こちら シュウ
2005年12月05日
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■■なにもしない予定が■■■2005年12月 4日 COMBAT 107日目 肩凝りがひどい ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【何もしない予定が】 【今日の一日】6:00 おはよう! 病院の起床時間通り8:00 朝食 病院よりカロリーありだな 9:00 喪中のはがきを作り出す。1:00 昼食おうどん やはり麺類はいいな~。2:20 昨日の昼に謎の中国人に電話して予約してあった。 気功整体 久しぶりだ 身体がほぐれた。4:00 TVを見る ゴルフも面白い。よみうりカントリー 一度プレーをした。6:30 夕食。7:00 喪中のハガキ 102枚 9:00 完成何もシナイつもりが結構な仕事をこなしている。 明日は、筑波に行く。 シュウ
2005年12月04日
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■■入院の原因と今後どの様に■■■2005年12月 3日 COMBAT 106日目 原因究明 ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【今後の対応が問題である】 【発熱の原因】1.抗癌剤治療3クールによる骨髄抑制 白血球1070まで低下2.風邪3.免疫細胞療法のタイミング4.疲労困憊していた5.精神的にダメージがあった■入院当時の症状1.発熱・悪寒・振るえ 体温 40度以上 2.息苦しさ マスクのせいかもしれないが、苦しい。 赤血球も減っていた。酸素運搬がうまくいっていなかったのか。3.精神的な疲れ■現在の状態1.体温、酸素、血圧 正常2.精神面 安定 3.体調 良好●結論 退院OK 自宅療養 無理せず ゆっくりと【自己評価】11月22日、緊急入院当日 私しはこれで終わりかと思った。無菌室は、気持ちとしては、最悪の部屋である。何とか、血液の状態を良くしたかった。これで自己快復が出来なければ、輸血になる。我が骨髄が治らなければ、イコール死に近い。血液が戻るまで、本当に辛かった。 最悪のことを考える。でも神様はまだ「生きろ」と言ってくれた。血液検査で骨髄は正常だ。おれは再度「生きる」と決めた。 シュウ
2005年12月03日
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■■久々の雨■■■2005年12月 2日 COMBAT 105日目 傘が無い ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【クリスマスキャロルが聞こえる頃には】 【血液検査最新】■総評白血球の状態はまだ変動があるものの、リンパ球数は1800をクリア顆粒球とリンパ球の比率が6対3が理想である。グラフには載せていないが、血小板数も15.8で問題なし。皆様 心配をかけました。明日、退院します。来週のスケジュールは軽めに行こう。【今日一日】朝6時起床 元気よく朝の体操朝食 完食 PCチェック 昼寝をした。 ゆっくりとした一日が流れる。夕方4時 外室。小雨が降ってきた。傘がない。濡れていこう。近くのスーパーへ行く。チョッと結婚式場が綺麗だったのでデジで撮影。買い物だが、明日退院というのに色々買ってしまった。夕食は、フライドチキンと焼きそばとたこ焼きである。こてこてのソース味。自分で買ってくるのも良いものだ。 美味かった。もう外は雨は上がっている。綺麗な街並だ。歌が聞こえてきそうだ。「クリスマスキャロルが聞こえる頃には・・・・」もう今年もカウントダウンだ。 2005年もあと29日! シュウ
2005年12月02日
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■■今回は初の経験だった■■■2005年12月 1日 NO.2 COMBAT 104日目 明日も外室するぞ ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【5人部屋 マイペッド】 【大変心配かけました】■総評白血球の状態はまだ変動があるものの、リンパ球数は1800をクリア顆粒球の変動が大きく今後注意が必要。グラフには載せていないが、血小板数も10.5と戻りつつある。12/3の血液検査により退院の判断とする。皆様 心配をかけました。自己判断ですが、もう身体は快復したと思われる。来週のスケジュールは軽めに行こう。 シュウ
2005年12月01日
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■■検査も診察も無い一日■■■2005年12月 1日 COMBAT 104日目 髪を切りに美容室へ ★皆! リレー・フォー・ライフを学ぼう 【R.F.L.資料集】 ★応援してくれ がんサポートキャンペーン 【がんサポート伝言板】 【街はもうクリスマスだね】 【外室届けで気分転換】今日は、検査も診察もない。髪が伸びたこと、病院食に飽きたこと、外の空気を吸いたかったこと、デパートを探索したかったことにより外出届けを書く。看護師さんが、「外は寒いから気を付けて下さいね」と身内のように釘を刺す。私は、予定通り帰ったことが無い。まずコーヒーが飲みたかった。久しぶりだ エスプレッソのダブルを注文 この味 この香り 美味しい。ゆっくりと楽しむ。次はデパートでも行くか。紳士服売り場、ひととおり見たがピンとくるのがなかった。地下食料品売り場、お弁当も美味しそうだ。結局、海苔巻き2パックとパインのフルーツパックを購入。街はもうクリスマスだね。早いものだ もう 12月 この病気の検査が始まったのが丁度三年前のこと11月の会社での成人病検査で、レントゲンに影が・・・と言われた12月だ。もう三年が経過したか。思い出深い。 シュウ
2005年12月01日
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