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夜中にめがさめて、いろんな思いがでてきてなみだする。それは過去を過去に置く作業。こころにくっついた、暗くてかたい部分が、なみだになって流れ溶けてゆく。にんげんのこころはいろんなものがくっついて、知らないあいだに、だんだん重くなるから。ときどき空の曇みたいに雨を降らせて軽くなりたがるみたい。そんな作業をしているのだろう。それは、なみだであったり、瞑想であったり、いろんな形でしていく作業だけど。そうしていつも純粋なこころでいたい。純粋なこころは、たとえ、みえなくなっている日があっても、厚い雲の上の青空のように、だれもが必ずもっている、『こころ』です。
2006.08.27
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昨日、アンコールワット展へ、やっと行ってきました。大阪の、谷町四丁目というところにある、大阪歴史博物館で、9月11日までやっています。建物は、大阪城公園のとなりなので、大阪城も見える位置にあります。随分以前に、トルコの秘宝展へ行ってから、ここへ行くのは久しぶりでした。トルコの秘宝展は、最後の日だったかで、かなりの長蛇の列ができていて、見るのも一苦労でしたが、昨日は、同じ会場とは思えないほど、土曜といっても、人も多くなく、涼しく見られました。展示されていたのは、ほとんど仏像のような彫刻ばかりでしたが、見てるうちに、とても素朴な気持になれました。アンコールワットは、カンボジアの奥地にあり、9世紀初頭にかつてのクメール人が興した王朝の遺跡だそうですね。写真は、ひざまづくプラジューナーパーラミタです。昨日そこで、わたしが、一番気に入ったものです。画像ではわかりにくいですが、正面に立って、その表情を見ていると、凛としたものが、伝わってきます。苦しみを超越して、すべてを受け入れ、穏やかに悟り、王の帰りを待つ、その女性の表情は、微笑んでいるかのようにも見えます。名前のパーラミタは、心経の、般若波羅密多と同義らしいです。そのほか、お釈迦様の立像やら、シバ神、シバの三神など、だいたい同じようなものを、現してあるのですが、そのお顔やら、体つきなど、同じであっても同じでないので、見ていても飽きませんでした。そして、どれもとてもシンプルです。面白かったのは、ひとつのガネーシャの像。でっしりと、座っている石の像だけど、前に立ってみていると、クスっと笑いたくなる。歓喜の神様だそうです。わたしが載せてるウブドの絵の神様と同じなんだけど、こちらは、見てるだけで、笑えました。だって、解説が、おかしくて。父親である、シバ神に、誤解から、その首を切り落とされ、母親が、代りに象の首を載せたと言うのだから。知恵があり、とても人柄の良い神様だそうですよ(笑)ほかにも、可笑しい解説ありました。そのせいもあるのか、なかなか、楽しかったです。一度、アンコールワットに泊まって、夕陽が見たいな。
2006.08.27
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今朝は、いつになく、風が冷たい。弦楽のためのアダージョとかをかけたりして。朝陽が少し、斜めに感じるのは、気のせいかな。ちょっと、夏の疲れが出てくるころですね。とても、だるい。
2006.08.24
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今日も、暑かったですね。ここのところ、大変暑いです。暑い暑いと、聞き飽きました。言うのも、飽きました。私は、飽き性なんです。寒さに弱いくせに、寒い季節が懐かしくなりました。 写真は、以前撮った、通りすがりの薔薇です。薔薇は、つぼみが良いですね。人間も、つぼみの頃は、人目を惹きますね。ともあれ、今日も、平穏無事に生きてしまった。何の挑戦もしないまま。そして、暑さのせいに、したがっています。
2006.08.21
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夕焼け 小焼けで 日が暮れて♪うちの近所は、そんな歌もしっくりくる田舎です。もう、このあたりへ越してきてから15年になります。近所に3回越したけど、今度は少し違うところへ越したい。だけど、やっぱり引っ越すなら、また、京都かなあ。
2006.08.20
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青い空に 白い雲 ふわふわ 浮かぶ 夏の空は 暑くて あまりじっくり見ないけど 曇っているときも 覚えておこう たとえ 雲が厚いときも 雲の上には 青い空
2006.08.20
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昨日、お風呂に持ち込んで、ひさびさゆっくり読んだ本です。結構、表紙の絵も気に入っています。パウロ・コエーリョ著 「ベロニカは死ぬことにした」うつ病にかかった女性の話だけど、うつ病は、よく言われていますが、セロトニンという物質の欠如によって起こる病気だそうです。誰でもかかる可能性もあれば、治療法もはっきりしているので、お薬で簡単に治るとも言われていますね。うつの時は、大きな環境の変化にも要注意で、病気を悪化させることがあるそうです。結婚、離婚、転職、引越し、大切な人との出会いや別れもそうですね。病院にかかるほどではなくても、季節の変わり目の軽いうつなら、誰でも経験あるのではないでしょうか。うつにも種類があるようです。何でも自分の責任と思いすぎる傾向には要注意ですね。本は、まだ読み終えていませんが、本の中に、とても気に入っている文章があるので、実はそれが書きたかったのですが。たくさんあるので、わからなくなりました(笑)ひとが、自分と違う生き方をしている人を見ると、脅威を感じるのは、生存本能が働くからですってね。いじめも、そんな本能が、関係しているとも聞きます。人は人。自分が満足する生き方をしていたら、さほど、他人に干渉する気もなくなるのではないかと思うのですが。日本では特に、人と同じであることに執着するようですね。私は、人と同じであるために、無駄にエネルギーを費やしたくはない。だけど、いつも、生きていくために、ある程度の枠に、自分をあてはめないといけないと言われて育った。そして、それが、私や、きっとほとんどの人の常識だった。今でももちろん、気づいたり気づかずだったりして、枠の中で生きている毎日。でも、それに、気づいたら、気づかないふりをしている時よりも、随分軽くなった。ベロニカ・・を読むと、そんなところに共感するのです。
2006.08.20
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2年ほど前の12月にバリ島へ行き、ウブドが気に入って、結局他へも行かず、4泊しました。美術館をたくさんまわって、そのひとつで見つけました。そこは、美術館といっても、日本の画廊を大きくしたような感じで、結構いい値段がついていました。あとで、LUCKYの神様と、聞いたけど。カナダ人から聞いたのですが、どうなんでしょうか?
2006.08.19
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おきたばかりで、ぼーっとしてる。今日は、予定がない朝。ぼーっとできて、幸せ。曇り空の遅い朝。外ではまた、蝉の声がする。蝉の声も、だいぶ、いきおいがない。季節は、どんどん移り変わっていく。街にはもう、秋の服が並んでいる。こうしている間にも、一日は、終わりに向かっている。人生が、終わりに向かっていく。いったい、どんな人生だったら、私は、いい人生だったなあと、思えるのだろうか。楽しい、苦しい、嬉しい、悲しい・・・まいにちそれの繰り返し。死んだら、何も持っては行けないよと言われる。ただ、持っていけるのは、自分が日々重ねた体験だけだと。楽しい、苦しい、嬉しい、悲しい・・・臨死体験をした人から、聞いたことがあるけど、死んだと思ったら、自分が上のほうへ浮かび上がってて、高いところから、自分の肉体が、死んでるのを見て、あ~、短い人生だったなあ、なんて、思っていたらしい。 やっぱり、死んだら、ぱたっと意識がなくなるわけではないんだ。ときどきお葬式の、お茶運びなどのお手伝いのお仕事をしますが、最後にお棺の中に、みんなで供花するんですよね。そのとき思うけど、死んでしまったら、人はもう、人の気配しないですね。みえないけど、生きているものには、何か、発しているものがあるのですね。蝉の声が、ぴたっと止んだ。いつも、いっせいに止む。こんなこと、書くつもりなかったのに。しかも、アップしようとしたら、消えてしまって、書き直しで残念。皆さんは、日々、どんな体験を、重ねていますか?死ぬときに、ああ、いい人生だったなあ、なんて、思えますか?
2006.08.19
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ああ・・・今夜もまた、遅くなってしまった・・・疲労度限界~!!まじめに、こつこつ、生きてますが・・・いい加減に、羽ばたきたいです。いやいや、まだまだ、修行が足りないからこんなんなのでしょう。ひとりごとも、言ってる場合じゃなくて、明日のために、早く寝ましょう!意味不明でごめんなさい・・・おやすみなさい。。。
2006.08.17
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今夜は、大文字の送り火でしたが、また、今年も見られなくて、残念でした。今夜は、風があるようですが、遠くの台風の影響か、部屋の中は、蒸し暑いです。お盆が終わりましたね。暑いとは言え、この日本では、お盆が過ぎると、何故だかどことなく、急にさみしい感じになります。長野の山のあたりなどでは、もう、夜は秋のような気候でしょうか?北海道でも、朝晩また、ぐっと気温が下がる季節でしょうね。お月さんも澄んで見えるし、秋を感じる夜です。
2006.08.16
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やっと、帰ってきました。海で泳ぐでもないのに、四国のしまなみへ行って、日焼けしてしまいました。仕事とは言え、本当に、面白い経験をしました。今夜は疲れたので、また、ゆっくり書きたいです。とりあえず、明日も仕事だし、今夜は汗でべとべとなので、お風呂にゆっくり入って眠ります。おやすみなさい。
2006.08.15
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ひとりでは、なかなか鴨川の河原までは降りないのですが、あやしいふるほんやさんのはるるさんが、京都に来られるということで、初めてお会いして、四条へ繰り出し、久々に、川風に当たりました。かなり蒸し暑い京都の夏ですが、河原はやはり、少しは涼しいようでした。私にとってブログの世界のはるるさんにお会いできるなんて、不思議な感じでした。京都の夜の狂気的な蒸し暑さと、幻想的な灯りと、色んなお話のイメージで、頭のなかは、ふわふわと。とても、楽しい時間を過ごさせていただきました。フランスのお話や、プラド美術館のお話も聞かせていただきましたが、プラドは、大阪で見たのは、本当に一部で、実際に行って、もっとたくさんの作品を見てみたいと思いました。昨夏の京都市美術館のルーブルは良かったのになぁ。。。大阪市立美術館自体が嫌いなのかしら。ミラノ展もいまいちだったし。話、それましたが・・・ところで、明日、私は、なんと愛媛に行きます。話、それっぱなしですが・・お盆は休まず働きますが、なんと、明日、あさってと、新幹線に乗って、愛媛でのお仕事になったのです。新幹線に、乗りたいなぁ~、って、思っていたら、舞い込んだのです。今度は、飛行機に乗って、海外に行きたいなぁ~、って、思ってみようかな!
2006.08.13
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今夜は、宇治の花火大会でした。あまりの人の多さに負けて、子供たちと駅のホームで見て、早めに帰りました。だけど、花火って、いうのは、ひとつ、上がるたびに、何か、懐かしいものが、ひとつ、浮かび上がるみたい。どん!と響くと、きゅうんときますね。花火って、あんまり一生懸命にあがるもんだから、好きなんです。そして、一瞬に華やかに、消えてしまうから。
2006.08.10
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人が古い昔の芸術作品を好むのは、時代が移り変わっても変わらない、人の心の中の普遍なものを確かめたい気持ちもあるからでしょうか。 でも、大阪市立美術館でやっているプラド美術展は、私にはあまり心に響いて来なかった。 時代背景をあまり詳しくは知らないけれど、王室コレクションだからなのか。不自然さに私は違和感を感じた。 その中で、生き生きとして見えたのは、静物画だった。描かれた西瓜は生命力があり、風景の中で奇妙に生き生きと描かれていた。 ゴヤなどは、もっと後の作品の方が情熱的でずっと良いと思った。 それはともかく、絵に作為的な暗示や意味をこめて、人を操作しようとしたものには、少し嫌悪します。技術だけでは響かないですよね。 よく知らないのに感じたまま書いてすみません。 当時のスペイン王朝時代に生きた芸術家たちは、あまり自由に表現することを許されていなかったのかな。少なくとも、王室が依頼したものは、自分が描きたいかどうかなんて、選択の余地はなかったでしょうね。今の時代とかけ離れているかのような時代だけど、その心の中には、現代と変わらない不自由さがあっただろうか。 現代人には、自由さが、あるように見えるけれど、たくさんの見えない制約に、日々がんじがらめになっているみたいだから。
2006.08.10
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ねぇ永遠なんて幻だよね…四条の橋から川を見ると過去がわたしにつぶやいた
2006.08.09
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大阪のオフィス街。台風の近付く空は灰色の暗い雲と鮮やかな茜やらの夕焼けのコントラストがくっきり。帰りの電車から見えた。
2006.08.08
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家じゅうの窓という窓から、蝉の鳴き声がわんわん入ってくる。暑さと、疲れが溜まってだるい体を感じてる。呆然と感じている。ちょっと、いろんなことを・・ことばに変えないで、感じていよう・・・ただ、漂うように、感じていたら・・今とこれからの仕事のことや、人間関係、やりたいことや、見ないふりしてたこと、そんなのやらが少しずつクリアになっていく。クリアになったら、そこから出なくちゃいけない。古くて新しい世界で、それをやってみなくちゃいけない。誰のせいでもなく、誰のためでもなく、何のためでもない。ただ、やってみるだけ。
2006.08.05
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