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検査で数値が基準に達していないから、自覚症状はないものの、治療をすすめられる…医療機器が発達した現代においてはよくある話である。 それによって助かった、という人もあれば、クスリなどで管理される不自由を嘆く人もある。賛否両論、是非無きことである。 とはいえ、そういう場面で、多くは、不安感から治療を受け入れることだろう。 たたきだされた数値を突きつけられて、将来、これこれこういう病気になる可能性がある、と唐突に迫られれば、不安感にかられるのも当然かもしれない。 整体という仕事、現代医療とはやや異なる視点・方法を唱えていれば、そういうことにまつわる相談も多い。 先日も、子どもが検査にひっかかり、子ども自身には自覚症状がないことに対して、子どもは表現できないことが多いから、という説明を受けた、という話を聞いた。 こういう話を聞くと、是非無きこととはいえ、医療側の対応に、何だかなぁ、と思わざるをえない。 子どもが身体の状態を表現できない、ということはありえない。むしろ、子どもの方がダイレクトに表現している。ただ、それを言葉として表せないだけである。 逆に言えば、大人は言葉、そしてその意味に重きをおき過ぎていることが多い。身体を観察できれば、多くの場合、大人の発している言葉による表現・訴えと、実際の身体の状態の間には、大きな隔たりがあることを知ることができる。言葉にとらわれて、実際を観察できない、あるいは観察しないのは、医療従事者としてあるまじき、と思うが、先の例からは、そういう人も存在する、ということが明らかである。 医療技術が発達し、画像診断や数値化が簡単になされる現代。 あたかもそれが全て正しいと慢心し、身体の可能性をその小さな杓子定規の枠に当てはめてようとしてやしないだろうか?それにとらわれるあまり、視野が狭くなっているのでは? しかしながら、私の見る限り、身体、それを営む生命の可能性は、そんなちっぽけな枠に当てはめられるほど単純でも矮小でもありはしない。 器量の狭さを自覚しない、傲慢なるおせっかいに対して、私の生命もまた違和感を訴えずにはいられないのである。 それはもちろん医療の域のみにあらず。大人の常識なる狭小な知識を子どもにあてはめ、その可能性を損なわせることに対してもまた同じだ。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 身体から自分を知り、自分を変える 整体処 明響庵(めいきょうあん) http://meikyoan.jimdo.com/ 〒755-0151 宇部市西岐波4604-8 受付 9~18時(予約制)、不定休 ご予約・お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 楽しく、自ら整う力を育む 整体体操教室 毎週火曜日10:30〜12:00 @宇部市常盤ふれあいセンター 感覚を磨き、しなやかな体を培う 武道で和の体づくり 毎週土曜日14:00〜16:00 @宇部市常盤ふれあいセンター お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
2018.01.31
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治療を難しくするものの一つに、被害者意識、というものが挙げられる。 簡単に言うと、あいつのせいでこうなった、という、誰か何かのせいにする、という意識である。 これは大方、だから誰か何とかしてくれ、あるいは誰かが何とかしてくれる、という自らを欠いた物語を夢想させる。依存心をくすぐるのだ。 だが、現実につらいのは自分であり、治るのもまた自分である。 そして、治る過程において、自分に対する観察とそれを踏まえた行動の変化(例えば、ある動きをしたら痛いから、別のやり方をしてみる、といった)が経過を速やかにするとともに、自身を強く、賢く成長させる。 例えば、インフルエンザの原因として、ウィルスばかりに落としどころをあてつけようとするのも、被害者意識の構築を促すものであり、結果、盲目的に人はクスリやワクチンを求める。 かかる人とかからない人がいることをかんがみれば、当然起こりうる疑問、自分あるいは家族がなぜインフルエンザにかかりやすいのだろう?と自分たちに目を向けるには至らない。 ところで、これを少し広く社会的・経済的な視野で眺めてみる。 ウィルスという仮想の敵を用意し、人とウィルスの対立構造を作り出せば、人の被害者意識から依存心が求める産物、クスリ・ワクチンがバカ売れする、という図が見えてくる。 これは、対立構造を作れば、武器が売れる、という戦争の構図と実は等しい。 不便を敵とすれば、家電が売れる、というのも同じかもしれない。 何がいい、悪い、という話では無いのだが、この構図において、問題になるのは、大方の人が、クスリに依存していく人よろしく、弱くなっていくところである。 医療技術は発達しているにもかかわらず、病院に通う人が減らないどころか、増えている、という現実が物語っている。 社会保障や保険制度があって、一見弱くても誰かが助けてくれるようなシステムに見えるかもしれない。が、気をつけなければ、依存心を煽られて、知らず知らず搾り取られていくことを、現代の日本に生きるならば知っておいた方がよい。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 身体から自分を知り、自分を変える 整体処 明響庵(めいきょうあん) http://meikyoan.jimdo.com/ 〒755-0151 宇部市西岐波4604-8 受付 9~18時(予約制)、不定休 ご予約・お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 楽しく、自ら整う力を育む 整体体操教室 毎週火曜日10:30〜12:00 @宇部市常盤ふれあいセンターくりす 感覚を磨き、しなやかな体を培う 武道で和の体づくり 毎週土曜日14:00〜16:00 @宇部市常盤ふれあいセンター お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
2018.01.25
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インフルエンザが流行る季節。 インフルエンザを流行性感冒、略して流感と呼んだりするから、インフルエンザが流行る、というのは、馬から落馬した、並みに、表現としてはおかしいかもしれない。 ともあれ、この時期のインフルエンザ、私としては年末年始に溜め込んだ過剰エネルギーの清算、即ち排泄程度にとらえているから、騒ぐほどのものではないのだが、周囲はそうはいかないらしい。 多くは、余興に飢えているかの如く、流行りに敏感である。 一つには、メディアやらモバイルやらの発達によって、情報伝達がきわめて速くなったことが考えられる。 ウィルスが広がるが如く、情報があっという間に広がる。 しかも、多くの場合、その情報には不安を煽る様々な枝葉が添えられる。 伝染について考える時、私はただウィルスのみを原因として見ていない。 大きな要因として、人の同調現象ということが視野に入っている。 簡単に言うと、もらい欠伸のようなものだ。 整体をしていても、たまに不覚にも、もらう、という同調現象が起きる。即ちクライアントの状態がうつるのである。 個の発達が乏しく、流されやすい人の多い現代においては、ウィルスどうこう以前に、情報の伝達によって、発症が促されていることも考慮すべき観点である。 とはいえ、最初に書いたように、インフルエンザも過剰エネルギーの清算、と思えば、むしろ発症しておいた方がよいくらいだ。 …というぐらいの気持ちに余裕があると、幸か不幸か、結果的には流されずにすんでいる。 情報に影響を受けて、ならないように気をつけよう、などと構えた時点で、すでに気持ちは囚われ、流され始めているものだ。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 身体から自分を知り、自分を変える 整体処 明響庵(めいきょうあん) http://meikyoan.jimdo.com/ 〒755-0151 宇部市西岐波4604-8 受付 9~18時(予約制)、不定休 ご予約・お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 楽しく、自ら整う力を育む 整体体操教室 毎週火曜日10:30〜12:00 @宇部市常盤ふれあいセンターくりす 感覚を磨き、しなやかな体を培う 武道で和の体づくり 毎週土曜日14:00〜16:00 @宇部市常盤ふれあいセンター お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
2018.01.22
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先のブログ(「絵、という表現」)で少し、表現の違い、というものに触れた。 同じものを見ていたとしても、それが同じように見えているか、というと、もちろんノーだ。 当然、視力、などという物理的なものさしの話では無い。 それぞれの体験を経て、培われた数々の視点、あるいは囚われによって、見え方は異なってくる。 そして、その見え方によって表現もまた異なってくる。 それは、身体に関しても、同じことが言える。身体はその形状にせよ動きにせよ、常々表現しているものだから、私も仕事を飽きることなく楽しめている。 ところで、会話によっては、共感や同じであることを大切にしている人が多いことに気付く。 確かに、あぁ同じ同じ、となれば、何となくの安心感があったり、親近感がわいたり、という部分もある(追求していくと、それはおおよそ、頭の魅せる幻覚であることが多い)。 が、こと、成長や変化を求めるならば、違いを明らかにしていく、ということが必要である。 全く同じであるならば、何の変化も起こりようがないし、個々の存在もあやふやになってしまう。私の場合、一緒に時間を共有していてもどこか物足りない、と感じてしまう。いわゆる、なれ合いの関係の中で個の成長は乏しい。 ところで、共感を大切にしている人が多いのは、一つには違いの主張が対立に結びつく、という現象を避けての場合が多いのではないか。 しかしながら、違いが対立を生むか、というと必ずしもそうではない。 対立が生まれるのは、押し付けがあったり、否定があったり、つまりは自分こそが正しい、という幼稚な認識が根っこにあるからだ。これに関しては、一つの答えを絶対視させるような教育の影響を危惧するところである。 是か非か、というとらえ方を超えて、違いを楽しめるようになれば、世界は大きく開けていくことだろう。幸いにも、八百万の神々を等しく認めてきた日本という風土、私たち日本人の内には、違いを楽しむ、という知性がもとより眠っているはずなのだ。(余談ながら、身体の不調においても、行動をいろいろ変えてみて、その違いを味わっていくと、いつの間にかよくなっていくものである) ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 身体から自分を知り、自分を変える 整体処 明響庵(めいきょうあん) http://meikyoan.jimdo.com/ 〒755-0151 宇部市西岐波4604-8 受付 9~18時(予約制)、不定休 ご予約・お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 楽しく、自ら整う力を育む 整体体操教室 毎週火曜日10:30〜12:00 @宇部市常盤ふれあいセンターくりす 感覚を磨き、しなやかな体を培う 武道で和の体づくり 毎週土曜日14:00〜16:00 @宇部市常盤ふれあいセンター お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
2018.01.19
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長男(6)が幼稚園で描いた魚(メバル)の絵。 モデルのメバル(実物)を見て書いたそうだ。 嫁はんが、長男の描くところを見ていたらしいが、他の子に比べ、圧倒的に絵が繊細らしい。 親の欲目で、盛っている部分が多少あるにしても、確かに後日持ち帰られた絵は、私が見ても、細やかに描かれ、イキイキしている。 他の子と比べて、優劣を競う気はもちろんない。が、そういう表現の違いはどこからくるのだろう、と思う。 一つには、もちろん、絵を描くのが好き、ということだ。 わが家には既製のおもちゃが少ないこともあって、絵を描くことは、かなり主要な遊びになっている。子どもたちは皆絵を描くのが好きだ。 他にもいろいろ考えられるのだが、中でも、彼は釣りが好きなので、実際に泳いでいる魚を見る体験、実物の魚に触れる体験(何せ、4歳の頃から魚をさばいている)が大きな違いを生んでいるのかもしれない。 視覚だけでなく、触覚をはじめ、五感で受け取った情報すべてがイメージをより鮮明にし、細やかな表現へと昇華される、と考えられるのだ。 話はとぶのだが、正月明け、研修のため、1週間ばかり東京にいた。 研修の中休みが一日だけあったので、練馬区にある、ちひろ美術館(絵本作家・岩崎ちひろの美術館)と上野の東京都立美術館「ゴッホ展」、ついでに国立科学博物館「南方熊楠展」をはしご。 南方熊楠展はさておき、岩崎ちひろの原画とゴッホの絵はあまりにも素晴らしく、お腹一杯、胸一杯、はちきれんばかりであった。 話の都合、岩崎ちひろを取り上げるが(ゴッホ展や南方熊楠展に関しても語りたいことは山々なのだが)、その絵は、戦争の体験があって、洗練された、という解説があった。岩崎ちひろ、と言えば、子どもの絵が何といっても印象的だ。透明感、繊細さ、やわらかさ、無邪気な、それでいてどこか儚い感じ。もちろんいずれも私の個人的な感想なのだが、戦争を通しても練られた子どもに対する視点と言われれば、あぁそうかもしれない、と思うところがある。 話をまとめると、体験、それによる心の動きが表現を磨き、味のあるものにしていく、という、いざ文字に表すとごく当たり前のようなところに落ち着く。 ともあれ、子どもたちの表現が今後どのように変化していくか、楽しみつつ、より繊細に見守っていきたい。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 身体から自分を知り、自分を変える 整体処 明響庵(めいきょうあん) http://meikyoan.jimdo.com/ 〒755-0151 宇部市西岐波4604-8 受付 9~18時(予約制)、不定休 ご予約・お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★ 楽しく、自ら整う力を育む 整体体操教室 毎週火曜日10:30〜12:00 @宇部市常盤ふれあいセンターくりす 感覚を磨き、しなやかな体を培う 武道で和の体づくり 毎週土曜日14:00〜16:00 @宇部市常盤ふれあいセンター お問い合わせ0836-39-6275 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
2018.01.17
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★2018年1月のワークショップ★[ちくちく縫おう、布ナプキン]◎日 時: 1月23日(火) 10時半から◎場 所: 整体処 明響庵◎持ち物: 裁縫道具(ミシンでも可)◎参加費: 2,500円(ナプキン2枚付き)◎申込み: 0836ー39ー6275 整体処明響庵 〆切1/19◎その他: お子さま連れOKです。(託児はありませんが、、、)布ナプキンを使ってみたいけど、どうしたらいいか踏み出せない、、、使ったことのある人に、いろいろ尋ねてみたい、、、子どもに生理のことをどう説明したらいいか、困っている、、、そんな方は、どうぞお越しください。もちろん、使っている方の参加もOKです♪***********************************************いろんな方が集まって交流することで、各々に気づきがある会にしたいと思っています。普段の暮らしの積み重ねが、生き方になります。一歩を踏み出して、想いを実現する生き方をしていきませんか。担当:加賀谷香代
2018.01.12
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新年明けましておめでとうございます。…というには随分明けてから時間がたってしまった。が、一発目はやはりこれからはいるのが筋であろう。わが家の新年は恒例の山登りから始まり、お参りをし、三が日はお節を摘まみつつ、正月遊びに明け暮れる、という相変わらず古典に則ったものであった。テレビを見ないぶん、家族とともに何かをする時間は幸いたっぷりある。とはいえ、嫁さんの実家によばれた時は、少なからずテレビに見いった。実にいいタイミングで古典芸能を扱った番組がやっていた。能楽師とダンサーの共演、歌舞伎、舞台俳優と京舞家元の対談、いずれもその道の第一人者、超一流が出演しており、これは素晴らしく見ごたえがあった。正月から何やら感動して涙まで流したものだ。テレビに対しては、相当辛口である。が今回は、自分の認識の甘さを認めるところだ。ブラウン管(今は液晶か…)を通してとはいえ、本物をお茶の間で拝める贅沢。最近の動画もそうだが、本物を拝めるというのは、ものすごく学習にとって重要だ。人と同じくテレビ番組もまたいろいろで、要は個々が選別できる目を持てるか否かである。子どもがいる家庭であれば、子どもは当然そんな選別は最初できないから、親あるいは周りの大人の能力がいっそう重要になる。これもまたごく当たり前だが、自覚が如何程のものか。行動を振り返る必要があろう。やれやれ、新年一発目からおもい。年は新しくなっていくが、考え方は古くなってなっていくのだろうか。温故知新といい方にとらえたい。
2018.01.08
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