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(備前長船)いざなみ日記も、これが2,008年最後の更新で一応ブログ納めとさせていただきます。 今から車の掃除や、バイクの掃除や、庭や家の大掃除や、刀の手入れだってしなくちゃいけないし・・・(笑)皆さんも、大掃除や買出しやらでお正月準備に忙しいことでしょうね。 一年間、わだつみ判官とお付き合いくださり、有難うございました。m(_ _)mペコリ どうぞ皆さんもよいお年をお迎えください。 来る2009年が、皆さんにとって幸せなスタートとなるよう、お祈りしています。
2008年12月29日
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六星占術でいえば、わだつみ判官は天王星(+)の人です。 来年2008年は"再会の年"だそうです。 過去を思い起こせば、二十代後半までは意外に順風満帆な人生でした。(血気盛んだったのは別にして・・・)けれども、バブル崩壊のあと追い討ちをかけるように阪神大震災では、購入した自宅マンションは被災して不良債権化。 そのあとも波乱は続き、経済的に低迷して暗黒の十年を這うように生きました。 2000年を契機に、苦しい時代は幾分斬り抜けられましたが2005年には無理が祟り、癌と告知されて職をリタイア。ようやく現在に至り、少し余裕のある暮らしもできるようになりましたが、わだつみ判官にとっては、随分ご無沙汰をしていた"大金運"の時代と奇跡(涙?)の再会を果たしたいものです。(笑)天王星人(+)は、新しいことをはじめるには良い時期だそうなので、結構楽しみにしていたりします。 個人的には、来年半ばまでには法人登記をしようとも考えたりもしていますが、予定は未定。けれども、占いによれば千載一遇のチャンス再来だとか・・・官僚時代、やり残したことは数多くあります。 それに、三十代でやりたかった事もたくさんありましたが、暗黒の時代は長く生きることが精一杯で、何もできないまま過ぎ去りました。 五十代突入を目前にして、今、改めてやり残した事とやるべき事、そしてやりたい事を心の中で整理しています。 これからの自分に、もう一度何ができるかを色々と自問自答しています。二年後に迎える、"不惑の歳"を前にしながら、ジタバタしているわだつみ判官でした。(爆)
2008年12月27日
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毎年恒例の活伊勢海老も、オガクズに入れられて熊野から到着。 クロアチア駐在の知人からも、木箱でお正月の定番が届いたし、あとは地元の漁師のマーちゃんが、わだつみ判官の"出石蕎麦"と物々交換するために獲ってくる、大晦日の生牡蠣とサザエとナマコと鯛を待つのみ。(不平等交換?) でも、出石町の蕎麦はマーちゃんの大好物なので、これでイイのだ。(笑)面倒なのは、入院中の父判官が正月を家で過ごしたいと言い出したこと。 ともあれ、わだつみ家の迎春準備はこうして着々と進行中であります。
2008年12月26日
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明日は今年の御用納め。 正月休みは、熊野か台湾かと元日に思いを巡らせていたものの、昨今の、思わぬ株価低迷というハプニングにより、売りの予定が急遽買いに転じた次第です。 こうして、アメリカ発の金融不安の影響は、わだつみ判官のお財布にも深く影を落としていることもあり・・・ 今年は金運振るわず、自宅で"寝正月"決定。(笑)従って、何の計もないままに師走を迎え、ついにはお正月を迎えるに至りました。 台湾へ高飛びをすることは叶いませんでしたが、今年は度重なり、"貸し"をつくっていた○○省の知人から、わだつみ判官へ"粋"なプレゼントが届きました。お正月は頂戴した蒔絵の酒器でお気に入りの"上善如水"を呑み、ブログ仲間の皆さんの健康と開運招福、そして景気回復と為替レートと株価上昇を祈願。(悲願?)
2008年12月25日
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JR姫路駅の新幹線プラットホームからは、こんな綺麗な和のテイストのネオンを見ることができます。単に、日本の伝統美といっても着物や建築、色彩、紋様だけでなく、精神的なものに端を発し、習慣や生活から生まれた様式美に至るまで様々です。 国や地域の特徴的な伝統美は、一国や一地域だけの孤立無援なものはごく稀で、大半は他国との交流や交易、渡来した文化のエッセンスに刺激されることよって、長い歳月をかけてさらに洗練され磨かれたものです。かつて、日本の伝統美は明治維新と太平洋戦争敗戦後の欧米化で二度も否定され危機に瀕しました。 とくに、敗戦では日本の武道の精神が軍国主義や暴力とひとくくりにされ、"悪しきもの"と否定されたのは残念なことでした。学校教育では、日本は戦争の大罪を犯した国だと教育し、国旗すら否定されました。 また、高度経済成長期頃からは生活もアメリカナイズされ、畳の暮らしはフローリングになり、家屋はツーバイフォー住宅に。 昭和40年代ともなれば大量消費時代となって、物を大切にする習慣すら"貧乏臭い"と毛嫌いされました。かつて、勤勉で節約を美徳とし、『恥』をもっとも恐れ『信義』を重んじた誇り高い精神は滅びつつあり、現代の日本人は、勤勉さとモラルを失っています。伝統美だけでなく、脈々と受け継がれてきた美意識や文化までもが存亡の危機にあるとわだつみ判官は感じます。 こうした見た目の和風の美しさだけでなく、見直すべきは和の心(精神文化)ではないかと強く心に思うこの頃です・・・
2008年12月25日
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今夜と明日はとくにでしょうが、少し街を歩けば至るところからクリスマスソングが耳に入り、目に映るイルミネーションもクリスマス一色。 この時期、画一化されたクリスマスから逃れられるのは、日本広しといえども唯一この祇園界隈だけのような気がします。年に一度の自分へのご褒美・・・ こんな場所では、派手なデコレーションで盛り付けられたチキンも、シャンパンも、キャビアも、ケーキもありませんが、若者やカップルで溢れかえる喧騒を離れ、三味線の音で一人静かに酒を呑み京料理を味わうってのはいかがです?それでは、どなた様もMerry Christmas・・・
2008年12月24日
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(JR明石駅前)最近、和風のネオン観察にハマっています。 金融不安、円高の輸出不振の不景気の最中にあって明治大正昭和と激動の時代を生き抜いた、昔ながらの商人の逞しさと誇りに触れる気がします。 一方、都会の夜を彩るネオンはグローバル化だかなんだかで横文字ばかり・・・そんな横文字が氾濫するネオンの世界ですが、たまに見かける"和"のテイストに、何となく新しい粋(いき)と美しさを感じ、あえていうならネオ・ジャポニズムとでもいいましょうか・・・ わだつみ判官は何となく嬉しい気持ちになります。この、神鷹(かみたか)のネオン広告塔でお馴染みの江井ヶ嶋酒造は延宝7年(1679)創業。 歴史に相応しく堂々としてイイ味を出してますね。
2008年12月24日
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私にとって、今までで一番短かかった一年。 少なくとも、そんな風に感じた一年でした。 国内ニュースで印象深いのは、安部・福田と二代続いての途中降板の政権など、相変らず"ねじれたまんま"の政治。 それと産科医療、年金問題など、軒並み昨年から先送り持ち越した問題ばかり目立ちます。一方、国外ではアメリカのサブプライムローン問題に原油価格高騰、そんな混乱の中でのアメリカ大統領選など、どれも世界経済に直結するものばかりです。 様々なニュースの中でも、衝撃を受けたのはリーマンブラザーズの経営破綻でした。 これは、わだつみ判官保有の国内金融株に少なからず影響あり。(苦笑) アメリカ発の金融不安の影響は、少なくとも私たちの想像を大きく超えて、派遣斬りや内定取り消しなど、現在の国内雇用状況を一層悪くして現在に至っております。 これは本当に深刻なインパクトでした。近年の日本の政治は与党間でも足並みが揃わず、政策決定はすべて後手に回ってしまいます。 そんな政治状況も、国内経済をここまで凍てつかせてしまった大きな一因となってしまったといえます。 個人的に、一番落胆したのは故郷の熊野に桜の咲く頃の乳母の死でした。 昨年から今年にかけては、とくに幼い頃から慣れ親しんだ老いた身内を送ることが多く、そういう意味でも淋しい一年でした。大勢の人が、仕事を失う不安と、生活が苦しくなる不安を抱えながら年越しし、怯えながら新年を迎えようとしています。 政治家諸兄には、そんなあちこちの地方から聞こえる悲鳴が耳に入っていないのかも知れません。政治家の任務は、所属する党派が政権を取るために尽くすことでも、閣僚ポストを奪い合うことでも、選挙で議席を奪い合うことでもなく、この国の主権と国益を守り、国民の生命と財産を擁護することです。 その結果として、国民から支持され、政権を与えられ、要職に就き、議席を得られることを忘れてはなりません。六本木の高級クラブでは、庶民生活の苦しさは解りませんが、地方の小さな田舎町の小さな居酒屋は世相を写す鏡です。 こういう、駅から少し外れた場末の立ち呑みの店では、最近目立って人影が減りました・・・ 麻生首相、今度一緒に飲みませんか?(笑)
2008年12月22日
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(『別れの一枚』わだつみ判官フォト)先日、あまりに急な訃報に、寂しいと思う間もなく故人を見送りました。 祖母ときや、昨年の熊野の乳母、そして先頃の叔父と同じく、数日前に八咫烏の夢を見たので、もしかすると父ではないかと覚悟していたのですが意外でした・・・ここ数年、古い身内を見送ることが重なり、わだつみ判官の頭の中には"家名断絶"という単語がチラつくようになっています。 思考の方も、"自身の老後"を通り越して、家の最期に思い至るようになっています。わだつみ家の分家も、ほかの一族と同様に太平洋戦争で跡継ぎが途絶え、戦後しばらくしてから血縁外から養子を迎え家名を繋ぎました。 これで、わだつみ家の血筋は、遂に病床の父と、同じく病床にある伯父と、わだつみ判官の三人だけとなってしまいました・・・ そして、この先いつか来るであろう"わだつみ判官本人の死"で血脈は断絶します。最近気づいたことですが、家の興亡には見えない力が働いているということ。 900年続いたわだつみ家が終焉を迎えるのも、きっと意味があって、密かに目に見えない力が働いているのでしょう。 わだつみ判官自身も昨年末に病を得て、すっかり体の衰えと老いを意識するようになり、今は一日一日が貴重に感じるようになっています。 八咫烏には、願わくば父母をきちんと見送り、墓も建てたあとでわだつみ判官を迎えに来て欲しいものだと、改めてそんな想いを噛みしめた葬儀でありました・・・合掌
2008年12月16日
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山の神様の祠に挨拶し、巨木の森を抜けて御滝龍大王に祈り、平安以前の古道の痕跡を辿りながら沢を一つと山を一つ越えると、眼前に視野が広がります。 ここは、かつて若狭と並んで御食國と呼ばれた頃、その中心として栄えたとされる集落の端に到着します。今は往時の面影はまったくなく、過疎化と高齢化によって廃農した農家も増え、近年では一人暮らしの老人だけが暮らす、十数軒の民家を残すのみとなっているようです。 ニュースを観れば、大手自動車メーカーや家電メーカーの人員削減。 新聞に目を通せば、オトナがやる相変わらず"策のない政治"と、"ガキ"が面白半分に手を出した薬(ヤク)の話や、"詐欺"、"子供殺し"に"虐待"。 社会全体の良識を疑いたくなるようなニュースばかりです。金銭的、あるいは表面的な豊かさを追い求めた日本は病み、人々は心を失いましたね。
2008年12月12日
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人生を春夏秋冬に例えたなら・・・ 春節の朝陽が人の命の誕生で、春はまさに青春時代。 薔薇色の初夏を謳歌し、夏の青年期を経て、やがて実りの秋を迎え、そして命の終焉はある厳冬の日没頃となるのでしょうか・・・人生という時間は、立ち止まって考えるには余りにも短く、人生という道程は、躊躇して留まるには余りにも長過ぎるものです。 また、人生の時間には幾つかの"タイミング"があり、道には無数の"選択肢"があります。 そして、その人生のタイミングを外せば運命が変わり、選んだ分かれ道によっては行き着く場所も変わります。運転手つきのリムジンで美人秘書が付き添い、後部シートで日経新聞に目を通すビジネスマンがいれば、解雇の言葉に怯えながら働きづめに働く派遣労働者がいます・・・ クリスマスの夜に家族で賑やかに食事を楽しむ人もいれば、4畳半のアパートで孤独な死を迎える人もいます・・・ それでも、一人の人間として命の価値に差はなく、ただ、タイミングと選んだ道がわずかに違っただけのことです。人生というものは、起きた出来事を"消しゴム"で消し去って訂正することはできませんから、ことのほか、生きることが難しいものです。
2008年12月11日
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ここ最近、ときどき考えることといえば、自分の人生に残された時間のことです。 この先、自分はあとどれくらい生きるのか・・・ いつまで元気で今のような暮らしを続けられるのか・・・つい先日、神戸市内の喫茶店で偶然に○○省時代の同僚と出くわし、少しの時間でしたが互いの近況について立ち話をしました。 話題が、仲がよかった当時の1期先輩の話になったとき、今年の夏に癌で急逝されたと聞き驚きました。森の木々は冬になると葉を落としますが、春には新芽が芽吹いて、森は美しく再生します。 けれども、人の人生は二度と再生しません。 この季節に森を散策すると、人生の短さをつくづく感じます。老いを意識しだしたわだつみ判官自身、未だに自分が生かされている意味や果たすべき役割を知りません。 残された時間を少しでも有意義にするためには、何が必要なのでしょう・・・
2008年12月10日
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久し振りに散策する渡津神之森(ワダツミノモリ)は、紅葉の見頃も過ぎて初冬の趣。 すっかりご無沙汰していたので、森に入る前に地域の鎮守であり、森を護る通称"山の神様"に挨拶してから森へ入ります。 山の神様は、祭神が大地主命(オオコトヌシノミコト)とあり、大きな猪の頭蓋骨がご神体。そこから30分ほど奥へ進むと、以前ブログでも紹介した樹齢400年以上の巨木が数十本も立ち並ぶ渡津神之森の前衛の神聖な領域に入ります。 いつ訪ねても、ここに立つ巨木は圧倒的な存在感で来る者を威圧し、選び、そして拒むように感じます。 そこから、さらに踏み入った所には大昔は修験者の聖地とされながら、時代に忘れ去られてしまった小さな滝があります。 地元の人々には御瀧(オタキ)の愛称で呼ばれ、八咫烏(ヤタガラス)とともに渡津神之森を守護する龍大王が祀られています。久し振りにお参りしたわだつみ判官を歓迎してくれたのでしょうか・・・ 暗い滝の周囲に、ほんの一瞬だけ太陽の光が射し、まるでスポットライトに照らされたように、銀杏の落ち葉が金色に輝いて見えました。この御瀧(オタキ)龍大王の滝の周辺が、喧騒から隔絶された元熊野の霊山の入口であり、同時に私が心癒される渡津神之森の中心でもあります。 年に一度、桜の季節に行なわれる祭事以外では、誰一人として里人が立ち入らない、いわばわだつみ判官のプライベート・パワースポット"です。
2008年12月09日
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(写真は避雷針機器のHPより)冬だというのに、南近畿のこちらでは深夜から強風と雷と雨の悪天候です。 明け方には、渡津神之森(ワダツミノモリ)に落雷もありました。 雷といえば、梅雨の終わりとか夏のイメージが強いのですが、太平洋沿岸部では冬場の雷は珍しいですが寒気が流れ込んだときなどに発生します。 ちなみに、冬場の雷は夏の雷に比べてエネルギーが大きいため、被雷すると被害も大きいのが特徴だそうです。(恐)冬の雷の中でも、とくに雪の多い日本海側で発生する雷について、北陸地方では"雪起こしの雷"とか"雪下ろしの雷"と呼び、降雪の前触れや雪が激しくなる前兆としています。 雪国の雷も、日本海を通過する寒気による大気の乱れが原因で発生するものです。ちなみに、南近畿によく見られる夏場の雷は、雪国の冬場の雷とは発生のメカニズムが異なり、強い日照によって上昇気流が発生し、積乱雲が発達することで発生するため"熱雷"と呼ばれます。 また、冬の雷の発生時刻が定まっていないのに対し、夕方に発生することが多いそうです。北陸で発生する冬場の雷について気象庁が調査し、ホームページで解説していますが、発生は、とくに初冬の頃に多く、天気が秋の長雨から次第に冬の季節に変わってくる頃に目立ち、規模の大きな寒気の南下で上空に流れ込むためで、メカニズムは今日の気象状況と一致します。南近畿のこの地方で発生するのはやはり珍しいことです。 これもきっと、地球温暖化の減少の一つなのでしょうね。 これから急激に気温は下がり、明日は最低気温2℃の予定です。まるで映画デイ・アフター・トゥモロウのようですね。(寒)
2008年12月05日
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