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ポチっとしてくださると喜んだりします。一説によると、飛騨の地はかつて日玉(ひだま)の国と呼ばれたそうです。 日玉とは太陽のことで、飛騨は”天の直系国”で万古太陽神が天から降りた聖地だったといいます。 日本書紀には、"両面宿儺の戦い"の様子が記され、同時に歴史に初めて飛騨の名が登場しています。各地に農耕が興り、人が住みつくようになると集落ができ、やがて豪族が支配するようになりました。 成務天皇の5年、大和朝廷の勢力が飛騨の地にも及びつつあったこの頃、出羽ヶ平の岩屋にいた宿儺(すくな)は、朝廷に従わなかったため、仁徳天皇の命によって武振熊命が指揮し、都から討伐の軍を進めました。 日本書紀では、宿儺には頭の前後に顔があり、胴には腕が四本、足も四本、身の丈が三メートルもある怪力だったとには記されています。 宿儺は、朝廷の軍を迎え撃つため、配下を率いて美濃の国まで遠征し、高沢山で待ち伏せをしました。しかし、武振熊命は待ち伏せを旨く出し抜いて攻めたため、宿儺は山中へと退きました。 武振熊命軍は、宿儺の追って中津原まで進軍していると、突然白い鳩が北に飛び発ちます。 そこで、宿儺は北に潜んでいると考えた討伐軍は北へと進むと、やがて目の前に乗鞍がそびえ立つ高い山の中腹に岩屋を見つけました。討伐軍の兵たちが岩屋へ向かって崖を登ると、宿儺は兵に向かって岩を落とすなどして激しく抵抗しますが、やがて多勢の討伐軍に捕らえられてしまいます。 この戦いでの宿儺の武勇に感心した武振熊命は、宿儺を死なせるには惜しい人物だと思い朝廷への服従を勧めましたが、宿儺は頑なに拒んだため、やむなく宿儺のを討ち果たしたといいます。 宿儺は、日本書紀をはじめ政権側の言い伝えでは"両面宿儺"として頭の前後に顔があり、まるで怪物のように描かれますが、それほど武勇に長けて手強い相手だったのでしょう。 しかし、実際の宿儺は、仁徳天皇の頃の飛騨地方の有力豪族で千光寺の開祖でした。 そして、飛騨の山地を開拓し、弱い立場の飛騨の民衆を外敵から守ろうとした"英雄"であり、十一面観音の化身として、飛騨の安泰と五穀豊穣を願って尽くした人物だったと語り伝えられています。のちに、円空は笑みを浮かべた顔と怒っている顔の二つの顔を持つ両面宿儺像を彫り、千光寺に残しています。 今に遡る両面宿儺の伝説には、奥深い歴史のロマンを感じます。 ポチっとしてくださると喜んだりします。 ◆飛騨高山といえば、赤かぶと絶品の飛騨牛と高山ラーメン◆ ◆日本の冬を味わう旅、そんな想い出に残る旅をしてみませんか◆
2007年01月31日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 陽が落ちた高山の市内を歩くと、街角の所々で目を引くのが"みたらし団子"の屋台でした。 いったいどんな物かと少しばかり買ってみると、これがまた醤油が香ばしくて、大変美味でございました。飛騨は、知る人ぞ知る地酒の故里。 数々の美酒銘酒を産み出した地でもあります。 でも今回は、残念ながら酒をまったく口にしないまま、これにて撤収。 ララオさん、k-0228さん、そして江戸のマササン、期待させといて御免なさいヨ~。。。(汗)わだつみ判官の、飛騨の地酒・銘酒の利き酒は、次回の春か秋の高山まで、待ってておくんなさい。(笑) ポチっとしてくださると喜んだりします。 >◆飛騨の名産品といえば 赤かぶと絶品の飛騨牛で舌鼓◆ ◆わだつみ判官の日本酒セレクション 飛騨の銘酒づくし◆ ◆日本の冬を味わう旅、そんな想い出に残る旅をしてみませんか◆
2007年01月30日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 高山の国分寺は、聖武天皇の勅願によって1,250年の前に建立されたといいます。 創建は天平18年、開基は行基菩薩といわれ、当時建てられた七重大塔の巨大な礎石が今も境内に残ります。 境内に際立って目をひく大銀杏は樹齢1,200年ともいわれ、古木独特の風格を醸し出しています。 高山の国分寺の境内の一角では、何やら"怪しい祠"を見つけました。 近づくと、"サルボボ"がいっぱい吊るされており、ユーモラスでもあり、また不気味でもあり。。。(笑)飛騨高山といえば、日本三大美祭として名高い"高山祭り"です。 高山祭りとは、春の"山王祭り"と秋の"八幡祭り"の総称をいうそうです。 春の山王祭りは、例年4月の14日・15日に12台の屋台が引き揃えられるいい、14日の夜には"曳き別れ"と呼ばれる夜祭りがあり、屋台も見ものとのこと。 また、秋の八幡祭りは、例年10月の9日・10日に開催され、11台の屋台が揃えられ、9日の夜には同じく"宵祭り"と称して、夜の祭りが開催されるそうです。そこで、今年はこの名高い高山祭りを、春か秋には是非とも見物したいと、密かに企んでいるわだつみ判官でございます。 ポチっとしてくださると喜んだりします。 ◆飛騨の名産品といえば 赤かぶと絶品の飛騨牛で舌鼓◆ ◆わだつみ判官の日本酒セレクション 飛騨の銘酒づくし◆ ◆日本の冬を味わう旅、そんな想い出に残る旅をしてみませんか◆
2007年01月29日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 まるで、"土曜ワイド劇場"のようなはじまりの今日の日記は飛騨高山(^-^;)飛騨は、日本列島のほぼ中央に位置して、古くは縄文時代から東西南北の文化が交差して発展をした地です。 気候は、内陸性盆地型気候で、昼夜や夏冬の温度差が大きく、冬は大変寒くサラサラとした雪が舞い、冷え込むときは氷点下15度までも下がることがあるそうです。夏は、目を開けていられないほど日差しが強いことが多く、それでいて湿度は低く夜は大変涼しくなるため、寒さすら感じることもあるとか。 高山盆地からは、東に乗鞍岳、穂高岳、槍ヶ岳、笠ケ岳、西に白山、南に木曽の御岳山が遠望でき、風光明媚な所も随所にあります。平家の天下においては、飛騨は平家の領国となり、現在の高山市三福寺(さんふくじ)町といわれ、三福寺には三仏寺(さんぶつじ)城が築かれます。 鎌倉時代になると、高山は一時混迷の時代を迎え、室町時代の終わりに高山外記(たかやまげき)が、天神山に城を築いていました。 そのため、城の近くを高山と呼ぶようになったとも伝えられます。戦国時代になると、高山の南にあたる益田郡に勢力を誇った三木(みつき)氏が、高山へ進出し、松倉城を築きました。 この頃、豊臣秀吉が天下を治める時代になりましたが、三木氏は秀吉に従わず、秀吉の家来の金森長近に滅ぼされます。 徳川時代に入ると、飛騨は幕府直轄地となり、代官には関東郡代・伊奈半十郎忠篤が兼任、金沢藩主前田綱紀が一時高山城在番を命ぜられています。 後に高山には陣屋が置かれ、幕府の直轄は177年間(25代)続き、11代までが代官、12代の大原彦四郎から郡代に昇格をします。 明和8年(1771)、幕府の命令で飛州全山に官材の元伐(もとぎり)を中止、安永2年(1773)には飛騨の村々の代表を集てめ、検地の見直しを言い渡しますが、飛騨の農民たちは年貢がさらに厳しくなると越訴(おっそ)、駕籠訴(かごそ)などをして検地の中止を願い出ました。これによって、大原父子2代18年間に渡る農民一揆が起き、明和、安永の騒動では9千人余の農民が罰せられ、大原彦四郎代官は飛騨を5万5千石に増石した功績により郡代に昇格しますが、その後の天明騒動では大原亀五郎の郡代としての"不正"が問われ、郡代は八丈島へ流罪となったと言う歴史も残されています。その一方では、"善政"を尽くした代官や郡代もいます。 7代の代官 長谷川忠崇は『飛州志』を著し、8代の幸田善太夫は、飢饉のために馬れいしょ(ジャガイモ)を農民に作らせて飢餓を防いだため、飛騨では、ジャガイモのことを"善太夫(ぜんだゆう)芋"とか、"せんだいも"と今も呼んでいるそうです。 19代の郡代 大井帯刀は天保の大飢饉の際に、飛騨はもちろん出張陣屋(越前本保)領内でも救済措置を講じ、多くの尊い人命を救いました。 また、20代の郡代 豊田藤之進は渋草焼を起こし、飛騨の地に"養蚕"を振興し農民の暮らしを豊かにしました。 ポチっとしてくださると喜んだりします。 ●わだつみ判官の日本酒セレクション 飛騨の銘酒づくし● ●日本の冬を味わう旅、そんな想い出に残る旅をしてみませんか●
2007年01月28日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。夕べは、帰りが遅くなりました。 滅多に人とは行かないんですが、昨夜は仕事仲間と二人でカラオケに行きました。四十過ぎの独身男二人だけでカラオケなんぞに出掛けると、明らかに場が濁るようで、しかも、わだつみのマイカーで出掛けたので当然酒も呑めずで、午前0時を過ぎると、益々どんよりと深みにハマってしまうのでありました。。。 歌も、必然的に70~80年代の風化しつつある曲で、もう二度と行かねぇ~ぞ。(爆)昼過ぎに目覚めて、庭に白梅の花をみつけました。 梅の花一輪ほどの暖かさを感じる、良い天気の土曜日です。『ウメ』科目:バラ科 サクラ属 落葉中高木花木 学名:Prunus mume Sieb. et Zucc. 開花期:2月~3月原産:中国 ポチっとしてくださると喜んだりします。 ◆わだつみ判官の日本酒セレクション 飛騨の銘酒づくし◆ ◆日本の冬を味わう旅、そんな想い出に残る旅をしてみませんか◆
2007年01月27日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 雪女といえば、冷たく恐ろしいけれども、どこか悲しげな女のお話を連想しますが、雪国に残る伝説では、雪で作った人形が子供の姿になって現われるという雪の精的な話しや、吹雪で行き倒れなった瞽女(ごぜ)の怨念だとする説もあります。 吹雪の夜に通りすがりの人を凍死させる白い着物に透き通るような肌の美女で、その他にも子供をさらう山姥(やまんば)めいた話や、親切な御爺さんお婆さんに薦められて渋々入った風呂で溶けてしまったという、ちょっとおバカで哀れな憎めない一面の民話も残されています。呼び名も地方によって様々で、ゆきおんな、ゆきおなご、雪女郎(ゆきじょろう)などと呼ばれますが、中には男だとか一本足の妖怪だとする地域もあります。、『遠野物語』の中では、雪女は小正月の夜に大勢の子供を連れて現われ、子供を遊ばせるともいわれており。 小正月は子供に早く家に戻るようにと躾けたそうです。 愛媛の吉田地区では、雪の積もった夜には、雪婆(ゆきんば)が出るからといって、子供は戸外に出ないようにしたとも伝えられ、こうした雪女の伝説は歳神的な性格を帯びていたようでもあります。また、小泉八雲の『雪女』のお話は、東京の西多摩郡の話しをもとに書かれたといいますが、これは猟師と雪女が結婚するという物語で、雪女に出遭ったことを話してはならないという雪女との約束を破り、妻にその話しをすると、実はその妻が雪女であったというのが話です。二人の間には子がいたため、猟師は命拾いしますが、妻は家出していきなりシングル・ファーザーになってしまうという、怖いというよりも、考えようによってはトホホなお話です。また、雪女にまつわる言い伝えでは、東北地方のある地域では、雪女はお正月の3日に山から里に下りて、最初の卯の日に山に帰るといわれ、雪女が里に留まっているの間は苗が枯れるので、卯の日の遅い年は不作になるといわれます。 いずれにしても、雪女は人々に恐れられながらも、ヴィジュアル的にイケてる美女説が多いのは、雪という美しくも冷たいものへの畏怖と男の願望なのかも知れませんね。 ポチっとしてくださると喜んだりします。 ◆わだつみ判官の日本酒セレクション 飛騨の銘酒づくし◆ ◆日本の冬を味わう旅、そんな想い出に残る旅をしてみませんか◆
2007年01月26日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 わたつみも 雪げの水はまさりけり をちの島々 みえずなりゆく(拾遺和歌集 具平親王)古来、雪は都人を魅了し、このように数々の和歌が残されています。 雪は、地上の汚れを純白で覆い隠し、天の光を映して旅人の心を和ませてくれます。 また、空気を多く含む雪には音を消す効果もあり、雪化粧の集落はとても静かに佇んでいます。おぼつかな 今も昔も音にただ 名をのみぞきく 越の白山(公任卿集) 白山を よそに思はば我宿を 今はこしとや 思ひなりぬる(公任卿集)ここにのみ めづらしとみる雪の山 ところどころに 降りにけるかな(枕草子 四)もう、ご存知だとは思いますが、わだつみ判官の旅はいつも駆け足の大忙し。 それでも、この白川郷には4時間ほど滞在出来たのですが、なにぶん帰りの予定もあり、この時期限定の夜のライトアップは次回にお預けです。 そして午後2時過ぎ、美しい集落の雪景色に後ろ髪を引かれる想いで白川郷に別れを告げたのでありました・・・。 ポチっとしてくださると喜んだりします。 ◆わだつみ判官の日本酒セレクション 飛騨の銘酒づくし◆ ◆日本の冬を味わう旅、そんな想い出に残る旅をしてみませんか◆
2007年01月25日
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かにかくに 物は思わず飛騨人の 打つ墨縄の ただ一道に(万葉集巻十一・作者未詳) ポチっとしてくださると喜んだりします。 この歌は、万葉集に詠まれた恋歌で、自分の真っ直ぐな恋心を、都で活躍する飛騨の匠たちの真摯で高度な技術になぞらえた歌です。 当時、飛騨の人々の多くは、飛鳥や奈良の地で宮殿の造営にその腕を奮いました。 こうして飛騨の匠たちの技の素晴らしさと仕事に賭ける情熱は万葉集に残され、今の私たちにその姿を想像させてくれます。 かつて、飛騨の匠と讃えられた技術者集団の建築技術の高さは、実際に合掌造りの構造の随所でも見られ、わだつみの心を捉えて離しませんでした。雪で化粧をした合掌造りの建物は、どうしてこんなにも美しいのでしょう。 集落を散策しながら、一軒一軒の民家を味わうように眺め写真に納めました。 見れば見るほど、それぞれの建物が放つ気品と風格とその様式美は、見る者に感動を与えますね。わだつみの白川郷散策は、続きます・・・ ポチっとしてくださると喜んだりします。 ◆わだつみ判官の日本酒セレクション 飛騨の銘酒づくし◆ ●日本の冬を味わう旅、そんな想い出に残る旅をしてみませんか●
2007年01月24日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 この、雪に覆われた合掌造りを一目見たくて、この旅に出ました。 温暖化の影響でしょうか、わだつみの目には大雪に見えるこの雪景色も、土地の人からすると、今年は雪が少なく、拍子抜けしているそうでした。大昔は地面に穴を掘り、その上に合掌を組んで人が暮らしたようです。 その後、風雪に耐えるよう工夫がなされ、茅(ススキ)やソネといった土地の建材を用いた改良が加えられ、現在の合掌造りが形作られたと考えられます。 合掌造りの構造が完成したのは、この地に養蚕が産業として定着した江戸中期頃と考えられており、確認されているものでは下呂町に移築さた大戸家の棟札に、天保4年(1833)越中長坂村の大工新右衛門らによって建てられたとの記録があるそうです。わだつみ判官の、雪の白川郷散策、まだまだ続きます・・・ ポチっとしてくださると喜んだりします。 ◆わだつみ判官の日本酒セレクション 飛騨の銘酒づくし◆ ◆日本の冬を味わう旅、そんな想い出に残る旅をしてみませんか◆
2007年01月23日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 南近畿に住む者にとって、この季節の憧れの景色は雪化粧です。 あちらこちらのブログで目にする雪の便りに、どうしても出掛けたくなったのが冬の飛騨路の旅。 金沢駅を経て、長い白銀の道程の果てに、わだつみの憧れの合掌造りの集落がありました。1995年12月9日にユネスコ世界文化遺産に登録された白川郷と五箇山は、庄川沿いに形成された段丘面にあり、この地方独特の民家の形式の『合掌造り』家屋を中心とした山村で、この時期は美しく雪化粧をして佇んでいます。飛騨路の旅日記、次回に続きます。。。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月21日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 南国といえるかどうかはわかりませんが、わだつみの生まれは紀州熊野。 そして、あちらこちらと各地を転々として、現在に至りますが南近畿は温暖地なので、滅多に雪は降りません。仮に、雪が降ったとすればそれは偉い事で、交通は麻痺して一大事。 雪国の人には笑われますよね。そんな状況下にあるわだつみなので、雪は憧れで雪国への旅の虫が騒いで仕方がございません。あぁ、雪国、雪国、雪国。。。と、なぜか妙なテンションの日記。(爆) ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月20日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 美しい写真の題材は、何も旅先の雄大な景色や、美しい花や、スポットライトを浴びるモデルだけが被写体となる場合とは限らないと思うのです。 普段、自分自身が目にしている何気ない町並みの一角や、散歩する道のりで見掛けるものも、カメラのアングルの切り取り方次第でドラマが生まれ、そこに自分の特別なメッセージを込めることができると私は考えています。自分自身が、心の目で被写体を見つめてシャッターを押せば、感性で切り取られた景色はドラマチックに観る人の心に伝えることができるものになると思うのです。これからも、決して飾らない、生活に根ざし等身大の風景を、自分の心で素直に見つめ、四季折々に素直に伝えてゆきたいと思いますので、どうか温かい目で見守ってやってください。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月19日
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朝、PCを起動して楽天広場にログインしたら、『ココは何処? 私は誰ぁれ?』。。。楽天ブログの管理画面がぁ~! と、一瞬我が目を疑いました。 今朝、そんな気持ちになった人はきっと多いでしょうね。 とにかく、新しい管理画面の配置と機能には戸惑い気味で、まるで浦島太郎のわだつみです。いくら無料だからって、『いきなりレイアウト変えんなぁ!』と、いっても無駄だな。。。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月18日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 私事ですが、少し睡眠不足気味で疲れています。 けれども、それにも増して疲れが酷いのは心の方です。 人間、何といっても一番堪えているのは、心の疲れではないでしょうか。 現代人は、社会環境の中で日常的に様々なストレスに晒されている訳でですが、中でも一番苦痛なのは汚れた精神の輩と接点を持つ事です。別に、自分自身が高潔だとか、聖人君子だとはいいませんが、違和感や居心地の悪さ、忌まわしさすら感じるような種類の輩に接してしまうと、身体に毒が回るみたいに、心が疲弊してしまいます。 そのうち、わだつみの魂までも毒されて、汚れてしまうのではないかと心配になります。今日も、大人によって何の罪もない子供が犠牲になるという悲しい事件が八尾市内でありました。 今の日本社会は、まるで地獄絵の様相ですね。 自宅でニュースを観て、なんだか余計に疲れました。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月18日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 忘れよう、いや忘れまいもう12年、まだ12年・・・ 短かったのか、長かったのか・・・自分の身に何が起きたのかを知る術もなく、失われた6434人の尊い命。月日は流れても、屈辱と寒さは身体に刻まれている。 そこに暮らした、すべての人が味わった絶望と希望・・・1995年1月17日と仲間の顔と、その後の自分の12年の道のりは、決して忘れないでおこう。友たちよ 安らかに眠れ。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月17日
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騒動の張本人は今年もわだつみ家の御家老。 先日、Blue roseさんが贈って下さった『モナカ』を巡る御家騒動の勃発でございました。 ポチっとしてくださると喜んだりします。 『モナカ』を目にすると人が変わった、いや犬が変わったように"御乱心"の御家老。 夜のお茶の時間を待ちかねたように、包みを目にして御家老からは矢のような催促。 仕方なく、モナカの四分の一は御家老の懐(胃袋)へ。聞けば、昼の間は散歩する間も惜しんで、仏間のモナカの包みをじっと見つめて、過ごしていたとか。 御家老の食い意地、恐るべし。。。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月16日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 疲れが慢性化しているためか、最近チョコレートをよく買います。 そんなわだつみが一番ハマってるのが、このRetter SPORTというチョコレート。このチョコレートはドイツ製ですが、何が素晴らしいかというとこの包みです。 このRetter SPORTの小包袋は、袋を破る必要なし。 印の部分から二つに折ると、なんとパカっと袋が開き、手を汚すことなく食べられるというスグレモノ。当然ながら味の方もまろやかで美味しく、わだつみは今、かなりハマっています。 それにしても、チョコレートって冬に美味しく感じるのは何故でしょうね。 ちなみにコレもチョコ。 商品名は大関ボンボンですって・・・。(笑) ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月16日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 数日ほど留守にしておりました。 自宅に戻ったわだつみを待っていた物とは・・・ なんとBlue roseさんが送って下さった北の味覚。 トロ箱いっぱいの"甘海老"でございます。これだけの量の甘海老、わだつみは魚場の朝市でしか見たことがありません。 しかも、芝海老ほどの大物で卵を抱いる上物。 さっそくBlue roseさんのお奨め通り、新鮮なうちに地元の太刀魚などを添えて"生"と、甘海老の素揚げなどして美味しく頂きました。 見た目だけじゃなく、味も最高で辛口の日本酒にピッタリ!『旨ひぃ~♪』まだ、3分の2以上ありますので、ブルさんのアドバイスに従い、小分けしてフリーザーへ。 当分は酒の肴に不自由しそうにありません。(爆) ブルさん、御馳走になっております。。。^^ ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月15日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 このところ、冬型の気圧配置が続き、晴れても寒い日が続いています。 朝晩の冷え込みが厳しく、夜更かし大好きなわだつみには、一段と朝が辛い毎日です。 渡津神之森も、日中は陽に照らされて心地良く、藪椿(ヤブツバキ)の花が美しく咲きはじめています。冬の森歩きの良さは、何といっても、わだつみの大嫌いな蜘蛛さんや虫さんたちがいないこと。 昨日は、仕事上で発生した問題も気に掛かり、また未明に遭遇した"半透明のお姉さん"のことも気になって眠れず、結局2時間半ほど仮眠をして事務所へ出掛けました。ん~、流石に少しお疲れ気味。 スパにでも逃亡したいところですが頑張ります!(何をだ?) そんなこんなで、少しバタバタしており、日記更新もヤバいかもしれませんので悪しからず。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月11日
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それは、つい先ほど、午前2時22分の出来事でした・・・ ポチっとしてくださると喜んだりします。 付き合いや、仕事の打ち合わせや世間話など諸々で、家路につくのが深夜となりました。 日付も変わった午前2時過ぎのこと。 流石に疲れたわだつみは、仲間と別れて真っ暗な道を独り車で走り、途中自販機で眠気覚ましにと缶コーヒーを買い、峠道に差し掛かった頃でした。この辺りは街灯もない寂しい街外れ。 ところが、助手席側が気のせいかぼんやりと明るく、人の座っているような気配を感じるのでした。 ハッとして、横を向いて確認すると、整った顔立ちの若い女性がまっすぐ前を向いて座っています。 それなのに、その色白のキュートな女性の身体越しには、ちゃんとシートも見て取れ、隠れて見えるはずのない助手席のドアやウインドーの輪郭すら、判別出来るのでした。わだつみ判官は確かに独り者ですし、美人は大歓迎ですが、"半透明の恋人"は余り欲しいとは考えたことはありません。心の中でそうつぶやきながらも、初対面の女性の機嫌を損ねてもいけないと思ったので、運転しながら『何処まで行くの? 遅いから送ってあげようか?』と声をかけると、女性はこちらを向いて少し微笑み、音もなくいらっしゃらなくなりました。彼女の姿が見えなくなったあと、車内には水仙の花の香りが、かすかに漂っていました・・・南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 あぁ、なんだか眠れないです。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月11日
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吹きすさぶ 風ももどかし枯れ葵 成すべき事ぞ まづ成さんなり(曽祖父元服の歌) ポチっとしてくださると喜んだりします。 成人式が過ぎてからでは今更な話題ですが、136年前の明治4年(1871)の今日1月9日は、わだつみの曽祖父が元服した日です。 『武士(もののふ)らしく・・・』が口癖だった曽祖父は、その後日清・日露戦争を戦い抜き、大正9年に誇りを貫いたまま、67歳でその生涯を閉じます。 曽祖父の元服は16歳、烏帽子大紋の装束で『加冠の儀』に臨み、武家作法に則った、わだつみ家で最後の元服式となったそうです。 時代は、折りしも前年の明治3年には廃刀令が、翌明治4年には廃藩置県が発布される激動の時代でした。 昨今の成人式はマナーを解さず、スピーチする賓客に暴言を吐いたり、酒を飲んで暴れたり、おおよそ一人前の男子たる態度ではありませんね。 もっとも、成人式でスピーチする政治家の諸氏も、いずれ劣らぬ恥知らずですが・・・ この国はいったいどうなるのでしょうか。 もう一度、維新からやり直しますか? ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月09日
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春と夏には、溢れるような緑に覆われた渡津神之森の裾野も、今は静かに冬の色彩に包まれ、まるで静かに眠っているように見えます。 ポチっとしてくださると喜んだりします。 旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる (松尾芭蕉)松尾芭蕉の生涯は、まさに旅に命を見出し、旅に明け暮れる生涯だったといえるでしょう。 芭蕉の終焉の地は、元禄7年(1694)に大阪御堂筋の旅宿だったと伝えられており、ちょうど長崎へ向かう旅の途中であったといいます。冬の枯野というと、一般的には色鮮やかな花もなく、青々とした草も枯れ果てて、芭蕉の句に代表されるように"死"をイメージするモノトーンの世界です。 冬の枯野は木枯らしが吹きぬけ、一見して褐色あるいは茶灰色の荒涼とした佇まいですが、そこは決して死の世界ではなく、次の世代へと静かに"生"を繋ぎ、春を待つ命の揺り篭です。渡津神之森を歩く私の目には、冬の枯色は死の色ではなく、命を繋ぐ"希望"の色に見えます。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月08日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 先日、友人の紹介で五行の占いを受けました。 わだつみは気苦労が絶えないというので、運勢の流れを変える必要があるとのことで、そのためにグッズを用意せよとのアドバイスを受けたのですが、それが難問で・・・。一つは、"緑の虎"の携帯ストラップ。 もう一つは、"黄色の犬"の置物、そして最後は"赤い馬"の置物です。 緑の虎の方は、友人が翡翠細工の虎の根付を探してくれたのでクリア。しかし、黄色の犬は難問で、なかなか見つからず、結局犬の置物を買って金泥で色づけをすることに。 馬は、南京町を歩き回って"風水天馬"をようやくゲット!これで、わだつみの未来も安泰でございます。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月07日
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下の文は、 teapottoさんの日記に書かれたフセイン処刑映像への感想です。 あなたがクリックしてくださると、とっても幸せです! ----------------------------------------------------------------------------------------思わず息をのんでしまいましたロープが首にかかるところで終わったのですが胸がどきどきして気が動転してしまいました思わず手を合わせてしまった私偶然とはいえ元旦早々に見る映像ではなかったショックです世界平和を願わずにはいられません (teapottoさんの記事より)---------------------------------------------------------------------------------------- このように、偶然あの映像を観てしまったすべての人が持つであろう感想です。 私は、幸いにして処刑の様子など観ることなく済んでいますが、観てしまえばおそらく同じような気持ちになったでしょう。私が、いつも感じることといえば、国の未来を決定するのは、すべてその国の民衆の意思であるべきだということです。世界のあらゆる場所で、警察面をしたアメリカが出しゃばった国際紛争には、必ず"正義と民主主義"という看板が掲げられています。 相手を悪と批難しつつ、大量の兵器で攻撃して、市民の犠牲にはなんの謝罪もないまま、イラクは制圧されました。殺人者に殺人者を裁く権利はなく、侵略に侵略を批難する権利もありません。 もしも、人が人を裁くならば、悪人か善人かを決めるのが、勝者の傀儡政権や大国の利権とエゴなどという事が、いつまでも続いてはならないことです。本当に憎むべきことは、民衆はいつも蚊帳の外だということ。 政治には、強者の意思は反映されても、弱者の叫びは届かないということ・・・。 この地球上には、民主主義という言葉は存在しても、主権在民という民衆が主役の政治構造は存在しません。 あなたがクリックしてくださると、とっても幸せです! ◆冬の夜空を見上げながら飲む珈琲は、心の疲れを鎮めてくれます◆
2007年01月06日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。専門性や、慣れ親しんだ仕事に執着して"自分はココまで"と一線をひいて留まってしまうと、自分自身の経験値は上がらず進歩もありません。 評価に制限を加えているのは上司ではなく、自分自身だったりします。 たとえ失敗しそうな冒険であっても、時には新しい挑戦をして得られるものの方が大きいのも事実です。工夫やチャレンジ精神を養いスキルアップするコツは、いつもと同じ仕事の中であっても自分の線引きを越えて『今日はドコまで出来るだろうか・・・』、『こうすればどうなるか・・・』と、いつもよりほんの少し掘り下げてみたり、方法を変えてみたりする習慣を身につけること。 一足飛びなんか望んでいない。 一歩ずつ、踏み出す気持ちを維持させるのが判官流。●仕事をプロデュースする 過去の日記仕事をプロデュースする(1) 優先順位仕事をプロデュースする(2) 情報収集仕事をプロデュースする(3) 情報の把握 仕事をプロデュースする(4) SUKEBE編仕事をプロデュースする(5) 戦術チームワーク 仕事をプロデュースする(6) 指揮官のタブー仕事をプロデュースする(7) 潮時・・・ 仕事をプロデュースする(8) 部下からの電話仕事をプロデュースする(9) 採用面接仕事をプロデュースする(10) トップを目指せ!仕事をプロデュースする(11) 新たな出会いにチャンスあり ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月06日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。正月気分が抜けない、我が家の"御家老"のダラダラ生活をスクープ画像でどうぞ。年末から急に冷えたせいで、散歩するのも面倒臭い様子で、森へも行かずにさっさとご帰宅。 1階の居間で、食っちゃ寝食っちゃ寝のダラダラ生活。 黙ってストーブをそっと消すと、こちらを見てうらめしそうな顔で睨みます。ほぼ1週間、こんな具合で居間に入り浸り、町内の子供たちから"御家老死亡説"まで囁かれる始末。 オマケに、散歩に出た途端、ご近所のお婆さんにはタヌキと誤認される有様でした。(爆) そんなに太ってどうするよ? 情けなや・・・(恥) ポチっとしてくださると喜んだりします。 ●近畿の冬を味わう旅、そんな息抜きの旅をしませんか●
2007年01月05日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。いよいよ、お屠蘇気分も払拭して、今日から新しい年の始まりです。 新しい年度に向けて、志も新たにして挑戦の年。 金魚19さん、生粋100%さん、日本国は一足先に御用始め、今年もビシっと粉骨砕身ですね。さてさて皆々様も、今年は良い成果を見出されますよう、張り切ってお仕事に頑張りましょう! すでに気持ちは120%、だけど体力はアップアップの腰砕け・・・。(笑) ポチっとしてくださると喜んだりします。 ●近畿の冬を味わう旅、そんな息抜きの旅をしませんか●
2007年01月04日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。 【ロイター】NFLブロンコスのウィリアムズ選手が、銃撃されて死亡したという悲報が。1月1日、NFLブロンコスのダレン・ウィリアムズ選手が銃撃され死亡しました。 写真は現場検証を行う警察関係者(2007年 ロイター/Mark Leffingwellより) 【時事通信】明るいニュースとしては、第83回東京箱根間往復大学駅伝の最終日3日、関東の19校と関東学連選抜チームの神奈川県箱根町の芦ノ湖駐車場入り口から東京大手町までの競技の結果、50年連続出場の順天堂大チームが通算タイム11時間5分29秒(非公式)で6年ぶり11度目の総合優勝を飾りました。往路優勝の順天堂大は2位の東海大に1分42秒のリードで復路をスタートし、最後まで首位を譲らず独走でゴールしました。今日もよく寝た一日でした。(笑) ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月03日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。皆さんには、どの様に休日をお過ごしでしょうか。 正月のわだつみ判官は、年末の喧騒をとっくに忘れた"昼行灯"振りの日々でございます。 年末に故郷熊野から届き、"入牢"申し付けていた伊勢海老とアワビには、今朝ほど共に"切腹"を申し付け、離れの間にて、刺身、酒蒸し、煮物・焼物、味噌汁などに供し、朝昼晩と屠蘇三昧の昼行灯でございます。 そうそう、おそらく三賀日を過ぎた頃には1キロほど太っていることでありましょう。 さて、そろそろ酒もまわり昼寝でもするとしましょう。 これで、芸妓のお姉さんの膝枕でもあれば最高なんですが。。。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月03日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。昨年も、世界中で強国の利権に起因した戦争や民族紛争は絶えず、また、各地で人の荒んだ心を反映するような事件や事故、環境破壊による自然災害も数多く発生しました。 世界の人々が不安なく幸せに暮らすために必要なことは、富の独占ではなく、弱き者を犠牲にすることでもありません。また、世界の如何なる強国であろうとも、他国の権益を侵す行為は許されるべきではありません。今こそ、地球環境をはじめ、世界規模の平和と安定のために、すべての人々が真に目覚め、民主主義の根本である主権在民を確保するために立ち上がる年となるようにと心から願っています。国家や組織による、エゴイスティックな利権の独占を放棄させ、地球の埋蔵資源を分かち合い、循環する社会の構築以外には人類が生き残る道はないのです。 世界の人々が共存できる未来のために、今こそ世界の人々が目覚めて個々に努力しなければなりません。2007年が、世界の人々が目覚め、過去の歴史に新たな世界秩序を学ぶための"地球零年"の夜明けとなるよう、願わずにはいられません。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月02日
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ポチっとしてくださると喜んだりします。旧年中は、皆々様には大変お世話になり、御礼を申し上げます。本年も『いざなみ日記』を御引き立て賜りますよう、宜しく御願い申し上げます。皆々様には、どうか健やかな元日を御過ごしください。 ポチっとしてくださると喜んだりします。
2007年01月01日
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