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私は、昔から早とちりで、よく失敗する。今日もそう。大学の図書館で本を借りた。毎回、自動貸し出し機を利用している。いつもスムーズに終わる作業なのに、何気なく台を見る。すると、「右に本を置・・・・」という貼り紙の文字が目に飛び込んできた。その瞬間・・(右に置くんやったんや!)と思いこみ、貸出チェックの終わった本を右に置き始めた。2冊くらい載せたところで、エラー音が鳴る。職員の人が来られて「右に本を置いてるからです。」と。本を除けて、もう一度、貼り紙を読むと、「右に本を置かないでください。」だった。いつもは、他の台に載せているのに、わざわざ、禁止されてる方法に切り替えている。余計なものを読まなきゃいいか・・でも、必要なものもある。結局、中途半端に読むことをやめればいいんだ。以前、トイレの貼り紙の話をテレビで聴いたことがある。「トイレを汚さないでください。」と書くよりも、「トイレを綺麗に使ってくださってありがとうございます。」の方が効果があるという。少し、事態は違うのだけれど、私はどうも目に飛び込んだ言葉に吸い寄せられてしまうらしい。早とちりの癖もそろそろ直さないと・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月30日
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10連休の唯一の予定が、今日のランチビュッフェでした。主人と二人、帝国ホテルのビュッフェに行きました。口コミ通り、料理の種類は少ないのですが・・それは、全く気になりません。吹き抜けのロビーラウンジです。円柱のような部分には水が流れています。 窓の外は、川と緑の木々。つつじの花もちらほらと。どの料理も繊細な味で、丁寧に作られてるので、少しずつ食べるだけで満足感があります。そして、食事中にバイオリンの生演奏。周りの会話も耳元までは届きません。どこまでも静かにゆっくりと食事が楽しめました。家でもこんな風に静かにゆったりと食事ができれば理想的なのですが・・・少しの緊張感も伴って、非日常的な空間に移動すると、大きな気分転換にもなります。このあと、フリータイムでカラオケに行き、また大はしゃぎです。一日に、静あり、動ありで、日常に戻ってきました。にほんブログ村別窓で開きます普段、ガサツな私なので、できるだけスマートに・・とは思うのですが、今日もまた・・・主人が、「鼻に何かついてるから鏡見てきたら・・」と言うので、化粧室まで、鼻を隠しつつ案内していただく羽目に・・・日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月29日
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人は必ず年を取る。今、アンチエイジング商品はいっぱいある。けれど、敵わない日もいつかくる。私は、藤城清治の切り絵が好きだ。そこに見える童心に惹かれるからだ。90歳を越えても、変わらぬ眼差しは、心の清らかさでもあるのかなあと思う。目は心の窓という。心は変わりなく持ち続けることができるもの。そんな心を映す窓なら、目の輝きもまた衰えることはないのだろう。容姿や身体の衰えをどんなに悲観しようとも、戻ることはできない。ならば・・・悲観なんて言葉は脇に退けて、心の窓に磨きをかけよう。100歳になっても変わらぬように、今日という日を磨きのために使おう。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月28日
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おやすみなさい。昭和生まれの君から届くLINE。令和の夢を見るきみの隣で私はまだ平成が恋しいのにな。ずっと目を開けていたいのにな。 途中省略たずねる風よ、信じさせて。花が風の采配に身をゆだねるときそれは別れの火ではなく、ひとつの抱擁に過ぎないと。 (読売新聞掲載「抱擁散花」 文月悠光 より)学生時代から詩の解釈は苦手だったので、本当のところの意味はわからない。ただ、去るものにしがみついていたい気持ちというのは、人に限らず、物事に対してもろいろあると思う。変わるということがしんどいなあと感じることも。ずっと春が苦手だった。春という季節はどんどん自分をリードしていくように思えて仕方なかった。いつだって、ついて行かなければと気持ちばかりが焦った。そんな季節に元号までも変わったら、きっと焦る気持ちは大きかったに違いない。けれど、彼女の詩は・・ゆっくり歩けばいいだとか、誰かと歩めるようになるだとか、春が蕾を連れてくるだとか、案外難しいことだとか・・と、春の受け止め方に対し、様々な方向性を示してくれる。新聞でこの詩を読んだとき、久々にココロがざわついた。詩の良さは、きっとそれだけのことでいいのに違いない。けれど、ざわついたココロの正体を知りたくて、もう一度詩を目で追ってみた。そして、ココロの重なり合いに気付く。その瞬間にまた、ココロの中の何かが動き始めた。明日、夜が明けたら、別の私がそこに居るのかもしれないような不思議な予感の蕾が膨らみ始めてる。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月27日
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水道水の残留塩素が抜け毛の原因らしい。私は随分前から、シャワーを使わないで、湯船のお湯を使っている。なんとなく、お湯が柔らかいのと、面倒くさがりだからだ。最近、主人が塩素除去のシャワーを使い始めたので、塩素除去剤についてネットで検索してみた。塩素除去用の薬剤もあるようだけど、ビタミンCはいいみたい。また、活性炭は塩素除去と同時においしい水にもしてくれるようです。そこで、私は・・・・ みかんの皮と炭みかんの皮は、毎日、お風呂に入れています。子供の頃は、冬場だけ、みかんの皮を干したものが晒の袋に入って、湯船に浮かんでいました。私の場合は、前夜や朝に食べたものをかごに入れておいて、夕方にお風呂に入れます。袋は、台所の排水溝用の目の細かいナイロンのネットです。今回は、バーベキューで残ったまま、眠り続けていた炭を起こして入れました。ミカンの香りもリラックス効果はいいのですが、炭が加わって、数倍になった感じです。 とにかく、気持ち良かったにほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月26日
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従妹と大阪市立科学館へ行った。展示の観覧料は、400円。4階までエレベーターで上がり、エスカレーターは下りのみ。階段は自由に使える。再入館可能なので、昼食を食べに出るのも自由。新学期が始まったばかりだけれど、幼稚園児や中学生の小団体も。開館後すぐだったので、混んでいる4階をまずスルーして3階から観覧した。子供を連れてきたころは、子供をだしに遊べたけれど・・・今は、おばさんパワーで、だし無しで遊ぶ。展示と言っても、ゲーム感覚のものがとても多い。懐かしいアナログのゲームである。ハンドルをうまく操作してボールを落とすものもあれば、科学の不思議をわかりやすく解説を兼ねて遊ばせてくれるもの、鏡の中を歩くようなもの、などなど。子供たちが居ないところへうまく移動しながら、夢中になって遊んでいると、時間は知らずに過ぎていく。慌てて、昼食を食べに行き、再び、サイエンスショーへの会場へと向かう。珍しく空いているのかなあと思っていたら、始まる寸前には結構な人が集まっている。今回のテーマは、「ロケット、ロケット、ロケット」そのまま、ロケットが飛ぶしくみを実験で教えてくださる。昔懐かしい、プラスチックのフィルム入れに入浴剤バブを少量と水を少量入れて閉じ込め、それが飛び上がる瞬間を見る。背の高い円筒の筒を被せ、その上に缶の蓋を乗せるいるのだが、見事に蓋を押し上げてしまうというパワーだ。「もし、蓋が無かったら・・」という会場からの質問に、「天井の上までも・・」と。実際のロケットの燃料は、水素と酸素が半々ずつなのだが、これは、少量でシャボン玉を使って見せていただいた。大人になっても、科学は不思議だらけ。30分のショーの中で、歓声を上げることが何度もあった。なるほど・・と思ってもすぐに忘れてしまうので、次回行けば、また楽しめそう。勉強しよう、何かを得ようとかって気負わずに、ひたすら遊ぶ、その中に見つける面白さも時にいい。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月24日
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ココロの状態によって、好きな色や気になる色が変わるということは、誰もが経験済みのことだと思う。ネクタイの色を、自分がアピールしたいことに合わせて選べばいいとも聞く。ところで、人間の感情の90%以上は無意識下にあるという話には驚いた。自分の意思だと思っていることが、実は無意識下の感情に動かされてるに過ぎない・・なんて、素直に信じることができない。しかも、頑張っている人ほど、無意識下にある感情に気付きにくいのだという。その無意識下にある感情に気付くバロメーターの一つが色ということになるらしい。そんな私の今の注目色は赤。最近の理不尽な交通事故もそうだけど。どうにもならないけれど、どうしようもなく悔しいことだとか、話したところで仕方ないことがあって、いつのまにかいっぱいになっているらしい。赤はそういうエネルギーの塊みたいなものだと思う。そんなとき、「バカヤロー!」と赤マジックで書いてみるだけでも、叫んだのに等しいくらいスッキリしたりする。赤は元気になる色だったり、身体を温めてくれる色だったりするけれど、ため込んでいるものを吐き出す力も結構大きいみたい。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月24日
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セミナーと名のつくものが、世の中に氾濫している。○○講座というものは、はっきりした内容が提示されているものがほとんどで、料金も時間と内容に見合ったものが多いように思う。どういう訳か、セミナーという名がついたとたんに、ただの話なのに、こんなに・・と思うことがしばしばある。値段をつけるのは自由だし、それを価値あるものと受け取る人が存在して成り立っているのだから、それでいいのだと思う。ただ、私は行かない。今までに、セミナーであれ、講座であれ、いろいろなものを受けた経験がある。有料のものであっても、1000円単位のものであったし、無料のものは、公的機関だからであるが、それは、自治体の支払える金額で行われるものだから、やはり、有料になっても同様のものになると思われる。それは、しっかりした研究結果をふまえてのものや、実践を伴う資料になるものばかりだった。品物、印刷物など、どれにおいても、見合った価格をつけるとき、一般的には大差ない。購入する側も、そういう価格のつけ方を念頭において判断する。だから、パチンコ・パチスロも、これは儲かるものじゃないから、ダメ元で遊び程度にお金を使ったら帰ろうとなる。でも、依存してしまう人は、そうではないらしい。利益がでるかもしれないという、ほんの少しの勝ちの部分に反応してしまうらしい。本来、利益にならないものが価値あるものに思える。これが、セミナーにおいても同じ捉え方をする。これは高額だからそれだけの価値があるに違いないと・・そして、受けたあとも、これだけ出しただけの価値があったと・・・・・実は、そう思い込むことで、自分を肯定したいのかもしれない。そして、肯定してしまったから、また、そんなセミナーに参加する。ココロの中の話は、誰にもわからない。全てが、想像の産物かもしれない。だから、自分のココロの正直なところを自分でみつめてみる。自分のココロを見つめ直せば、みえないものが見えてくる。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月23日
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穂村弘のエッセーにはまっている。新聞の連載がきっかけで、本を借りるようになった。歌人だけれど、短歌はまだ読んだことが無い。日常にある小さな出来事への反応が実に細かくって笑える。たとえば、彼女と喫茶店に入った昔の話。バナナジュースを頼もうと、ウェイトレスに声をかけたのと同時に、彼女が自分のお父さんの話を始める。バナナジュースに凝っていて、毎日くれるのが憂鬱だと話しだす。すると、えーっ、バナナジュース、頼めない、メニュー変えなきゃと焦る。次にお父さんが、食パンにピーナッツバターを塗るのが気持ち悪くて嫌だと言う。バナナジュースとピーナッツバターは、どっちも大好きだけど、あれは不浄な食べ物なんだ・・そういえば、どっちもグラスを汚したり、ネチネチしたりで汚らしいし・・と考察を始め、デートのときに注文する、清純な食べ物は何なんだ・・というところまで行き着く。瞬時にここまでたどり着く、彼の観察眼はその拍子の抜けたような表現とは裏腹に鋭すぎるのではないか・・夜遅く、布団の中で笑いをこらえて揺れてる自分も滑稽だけど。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月22日
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「顔ヨガ」に初めて出会ったのは、間々田佳子を紹介するネットの記事だった。もう随分経つかもしれない。タンゴのダンサーとして、身体の筋肉はしっかりついていて若々しいのに、ある日、顔が暗く、老けて見えることに気付き茫然とする。そこで考え出したのが顔ヨガ。顔の筋肉も鍛えることができるはずという発想がすごい。数年前、柔整のイベントで彼女の講演を聴くことができた。会場からは、「可愛い。」という声が湧きあがった。顔ヨガを始めてから性格まで明るくなり、いい縁に巡り合えたという生徒さんや、幸せになれたから、広めていきたいという高齢の方もいた。マラソンもそうだけど、何かを続けていると、ある日、変化に気付いて楽しくなる。顔ヨガもそう。彼女も、「だんだん楽しくなって、どこにいても顔ヨガをしたくなりますよ。」と言っていた。楽しさが楽しさを生むという連鎖の先に、笑顔が生まれ、幸せがみえてくる。「顔ヨガ」は、大きな発見だったけれど、それ以上に彼女の生き方が素敵だと思う。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月21日
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疑似恋愛で女子大生を風俗へ・・衝撃的なニュースが話題になっている。彼女たちは、洗脳されているようだった・・と語っている。新興宗教に誘われていく人たちと、大差はないのだろう。誰だって、褒められたり、好かれたり、自分の価値を認められることは心地よい。だから、純粋にそういうサービスも存在するのだろう。弱い誰かを誰も攻めることはできない。けれど、自衛策も必要かもしれない。いつも思い出すのは、マラソンの有森裕子の「自分を褒めたい・・」という言葉だ。彼女は、子供の頃から優等生ではなく、マラソンも監督に直談判してその道へ進んだという。いつも自分が主体で生きてきたからこそ、そんな自分が褒められる。人に褒められることより、注意されることのほうが多かったから、自分で褒めることの大切さも知っている。そして、他人から短所だと言われていたことが、自分にとっては長所になり得ることも。私も子供の頃から、父から短所攻撃を受けていた。実際に、何をやっても人より劣っているから、自己評価が低いまま大人になった。その頃、彼女たちのような事件に巻き込まれていたら・・と思うと怖くなる。だから、今、言いたい。褒めるのは他人じゃなくて自分だけでいいよ。他人の評価と自分の評価は違っていいよ。美人もそうだけど、頭がいいとか、しっかりものだとか、きびきびしてるとか、世間の評価の高い性質って必ずある。当てはまらない人が劣ってる?まったく逆の性質だって、或るところには必要だったりする。とても希少価値だったりする。だから自分を褒めようよ。自分にもっと興味をもって、自分の中に好きや得意をみつけて、大切に育て上げようよ。きっと大きな実になるよ。そんな自分と引き合う縁も自然に生まれていくはずだから。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月20日
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私の周りには美人が多い。母も二人の妹も、亡くなった姑も義妹も、友達も、そして娘も。彼らのうちの誰かと居れば、隣の誰かをみんなが褒める。美人だから、多少の我儘も許されてしまう。中学生の頃、クラスの子に「お父さんは、あの人?」と聞かれ、がっかりされた。ショックだった。山口百恵の赤いシリーズを夢中で見ていた私は、(私にも本当のお父さんがいて欲しい)と空想を巡らせたものだ。その後、私は父親似だったのだと気付いて、また複雑な気持ちになった。美人の隣に並ぶとき、比べられない要素を考えるようになった。髪型も服装も、きれいっぽくはしない。滑稽さだとか、かっこよさ、あるいは突飛さを強調する。同じ土俵には上がらないのだ。ある時、美人であるがための苦労を知った。大勢が集まる場にいけば、必ず注目される存在だから、最高の自分を表現しなければいけない。笑顔、気配り、ユーモア。誰をもがっかりさせられない。それまで、全てが素のままだと思っていた私は衝撃を受けた。大勢の集まりはあまり行きたくないという理由を初めて知った。私は不精だから・・美人でなくてよかった。おどけていようが、笑われようが、何を言おうが、注目されることもない。強がりかもしれないけれど、素のままでいられてよかった。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月19日
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お昼前。速足で買い物に向かっていたら、若い娘さんが近づいてきた。屈託のない笑顔で話しかける。「一分間だけ一緒に聖書を勉強しませんか。」「歩きながら」と答え、あとは、いつもの好奇心が顔を出す。私 「キリスト教っていろいろあるけど、カトリックとか?」彼女 「宗教じゃなくて、聖書を勉強する集まりなんです。」私 「じゃあ、教会とかへ行くとしたら、どこへ行くの?」彼女 「この近くに、某集会所があるんです。」私 「それって、この辺りだけでやってるの?」彼女 「いいえ、世界中にあるんです。」私 「ところで、学生さん?」彼女 「いいえ、大学は卒業してます。」私 「じゃあ、普段は働いてるの?」彼女 「いいえ、集まって聖書の勉強してます。」私 「じゃあ、実家に住んでるの?」彼女 「いいえ、実家から援助はしてもらってますけど。」私 「あとで、集会所に来てもらえませんか?5分でいいから、話聴いてもらえませんか」彼女 「ちゃんと、生活の基盤があるならわかるけど、毎日、そんな生活してることが、私には理 解できないから、ごめんね。」目的地に着いて、彼女と別れた。娘もそうだけれど、理解できないことが多い。目的になり得ないものが、目的になっている。屈託のない笑顔は、天使にも近い。あの笑顔の奥に悪魔が潜んでいるのなら、まだいいかもしれない。もし、裏に隠された真実を知らずに、ひたすら聖書で勧誘することを天命だと思っていたら・・全ては憶測に過ぎない。けれど、オウム事件を思い出さずにはいられない。未来が見えないと言われる時代だから。心の世界へと向かう。未来は本当に見えないのだろうか?私たちの世代は、夢が許される時代でもなかった。大学の希望学部さえ、親に却下された。私に限ったことではない。すべてが便利になり、情報が溢れ、選択肢は自由にあり、生活も豊かになって、物で溢れてる。結局、彼女たちが求めているのは・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月17日
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娘が結婚するという。子供は要らないらしい。それはそれでいいと思う。マイナス情報一切お断り・・の娘なので、何も言えない。「結婚は、弾み」という話を藤本義一のエッセーで読んだことがある。結婚した直後だったけれど、妙に納得できた。弾みの結婚であろうと、決死の覚悟の結婚であろうと、結婚したらあとは、覚悟の連続だったように思う。もちろん、それは途切れなくという意味ではない。私にとって、最初の覚悟は笑えるものだ。主人がスリッパのまま、布団の上を歩くのを見たときだった。(こういうことも、平気にならなきゃいけないんだ・・)と覚悟を決めた。(それだけ)と思われるかもしれないが、それまでの私は、異常なまでの潔癖症で、家族にもうるさがられていたからだ。布団に関して言えば、中学生の頃から畳の上に布団敷いているので、毎晩、箒で掃いてからしか布団が敷けない。シーツも毛布も、掛け布団も、全てを等間隔に敷かなくてはいけない。服のままで布団に入ることも、靴下をはいたままで布団を踏むこともできないし、母が布団の上に寝転るのも許さない。結局、主人がスリッパのまま布団を踏んだのは、その日が初めてでその後も無かった。けれど、あの日の覚悟が異常なまでの潔癖症との決別のきっかけになったと思えば、結婚は有難いと思う。おそらく、それからも覚悟する機会があるたびに、何かをあきらめたり、譲ったりしていたのだと思う。そして、主人もまた何かを覚悟をし、何かを捨ててきたのだと思う。時に恨み言も言うけれど、「スリッパのまま、布団を踏む・・」、あの日の覚悟が私の原点だと思うと、自然に笑みが漏れだす。結婚までは夢でいい。結婚したら覚悟を持って。心の中で叫んでる。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月16日
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日本デビュー以前のドキュメンタリー映像に巡り合えた。若い頃から苦労の連続だったはずなのに、笑顔はいつもあどけない。日本デビューのきっかけ・・「オールイン」の主題歌駆け抜けた日々歌声も好きだったけれど、話を聴くのが楽しみだった。ある時、通訳と違う・・ってことがあることに気付いた。通訳さんも困るような本音を言ってしまうから(笑)本当の言葉を知りたくて、韓国語を覚えたいと思った。でも・・間に合わなかった。いつか、映像に残るすべての言葉がそのまま理解できる日を夢見て、ずっと韓国語に触れていきたいと思う。にほんブログ村別窓で開きます
2019年04月14日
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なぜ・・?と思えることが、時には起こる。突然、友達から辛辣な言葉を投げかけられるとか・・・気付いたら、自分が悪者だということになっているだとか・・以前の私なら、きっと・・身に覚えの無いことなのに、自分のどこがいけなかったのか・・と悩んでいたはず。中学時代の同級生の突然の死も、そんな理由だった・・と、風の便りで。今の私なら叫ぶ・・心の中で。「私があなたに何をしました?」と。誰かの立場、誰かのため・・相手の感情に焦点を置いてしまったとき、怖れとか、不安とか、負の感情に脅かされることがある。だから・・・自分本位の生き方でいいと思う。我儘ではなく、自分がどうしたいのか、自分がどう在りたいのか。自分で満足できる生き方なら、誰かに否定されても笑っていられる。ただ、相手はそう思うんだ・・と、自分と切り離すことができる。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月14日
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閉店ギリギリにJAに。私を待ってくれていたのは・・・可愛い肢体の大根でした。ハチマキをして、一歩を踏み出したような姿の力強さ!笑顔でレジへ行くと、早速、「絶対、面白がると思ってました。」と。時々しか行かないけれど、バレバレです。「最後まで売れ残ってくれてありがとう。」と言いたくなるような出合でした。ちなみに、もう、面影はありませんにほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月12日
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ハワイから帰りの機内で時間を持て余し、ゲームをすることに・・鈍くさい私でもできそうだったのが・・数独ゲーム家にも数独の本があるけれど、なかなか手を付けられずに立たのです。ところが・・画面を見ながらの操作は意外に楽ちんです。とうとう数独の面白さに目覚めてしまいました。家に帰ってからは、鉛筆と消しゴムを持ったら、もう止まりません。二十年も前に流行ったテトリス以来のはまりようです。もしや、数独ゲーム機も存在するのかな?・・と在りました本体サイズ88mm×120mm×30mm 対象年齢:6歳から 電池:要 にほんブログ村別窓で開きます数字がほとんど埋まった頃に、間違いに気付くことがあります。(もったいないな。)と思いつつ、すべて消して、一から始めます。ところが、二度目は解決までのスピードがとても速いのです。数字を覚えている訳ではないのに、脳は、思考の道筋を記憶しているのだろうか?ある時、すべて消すのはやめて、直近に埋めたと思われる周辺の数字を修正していきました。意外にもうまくいったのです。トランプの神経衰弱が苦手な私の脳は、いったい何をどうとらえているのだろうか?数独をするとき、9個の数字が入る箱の単位で見比べることもあれば、縦横の単位で数字を追うときもあります。いろいろな角度からの思考に、遊園地の乗り物のスピード感やスリルのような面白さを感じます。日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月11日
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ポテトサラダが大好き!!いっぱい食べたいけれど、マヨネーズが半端ない!!そこで・・・発酵食品マヨネーズを・・材料を混ぜるだけの簡単マヨネーズです。材料 1・白みそ 2.豆乳ヨーグルト 3.こしょう、他に好きな香辛料 4.酢 5.アマニ油 6.レモンなどの柑橘果汁 7.塩 但し、4、5、6、7は好みで。 ただ、このマヨネーズは、水分が多くなる場合があります。そこで・・・出来上がったものに、乾燥したままの切り干し大根、糸寒天、乾燥玉ねぎ、乾燥おからなどを加えて水分調節しています。注目しているのが、乾燥玉ねぎです。そのままたべても甘くておいしい野菜チップスです。もちろん、油は使っていません。手のひらでパリッと潰せるので、スープや煮物の下味など、いろんなシーンで使えます。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月10日
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遠方の友達にお土産を送りたくて、送料を安くする方法を模索していました。郵便の小包で送る方法が安くはなるのですが、かさばるものなので、郵便受けに入らなければ困ります。結局、510円のレターパックプラスにしました。レターパックライトとの違いは、厚さの制限がないことと、手渡しをしてもらえることです。ネットで検索しているときにみつけたのが、レターパックプラスの内箱というものでした。また、レターパックプラスを小包のように箱折りする裏ワザなども紹介されています。ただ、この方法はシールがはがれたりするなど、配達に支障をきたすこともあるようです。ネット検索の副産物はほかにもあって、ごく普通の82円切手が、送料込で割高で販売されていたりします。「郵便局に行かなくてすみました。」のコメントを見て、(なるほど。)と納得です。また、ネットの通販でみつけたレターパックプラスは送料を考慮しても高いなあと思ったのですが、こちらにも「ギフト券があったので購入しましたが・・」とのコメントがあり、これも納得です。世の中には面白い商売が成り立つなあってことが時々ありますが、事情がわかると案外納得できることも多いですね。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月09日
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自分が放ったひと言がきっかけとなって、或る人の人生が変わったとしたら・・そういう怖れを抱くことがある。言葉って大切だから、無責任は放てない。そんな縛りを自分にかけてしまったのなら、すべてが億劫になり、停滞してしまう。けれど・・誰かが偶然に引き金を引くことさえ、人生にとっては、必然のシナリオなのかもしれない。今、自分が発した言葉が、自分自身の言葉ではないと思える瞬間もある。なぜ、私は引き金を引いたのか?強い意志があったわけではなく、何となく・・・そして、彼の人生は動き始める。そして、私の人生も揺さぶられる。そして、周囲の人生も動き出す。結局、すべては誰のせいでもないのかもしれない。選んだのは自分。けれど、必然。にほんブログ村別窓で開きます子供の頃から好きだった俳優も、ずっとファンだった脚本家も、憧れの韓流スターも、みんな自殺を選んでしまった。中学生のころ、塾帰りの夜道を送り届けてくれた同級生も。近所の同級生も。そこに理由は存在しない。すべては、必然でしかない。だけど、私は生きることを渇望してる。もっともっと時間が欲しいと思う。ただ生かされていることに満たされている。日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月06日
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リュックを買いました。私のこだわりを全部クリアしてくれた優れものです。前側にファスナー付のポケットがあり、ハンカチやティッシュ程度のものが入ります。肩の部分の紐が、ほぼ平行に近い状態なので、肩が凝らずに済みます。私はいかり肩で肩幅も広いので、この部分のこだわりが一番です。そして・・背中側に大きな収納部分のファスナーがあるので、防犯対策も万全です。手持ち用の取っ手がついているので、出し入れもスムーズです。にほんブログ村別窓で開きます日常に自転車を使うことが多いのですが、とにかく忘れっぽいので対策が欠かせません。自転車を止めて、前かごに鞄を入れたままで放置して、真っ青になったことも・・・数年前からは、鞄を肩にかけて自転車に乗るようにしていたのですが、肩からずり落ちやすいので、ストレスになります。その後、化粧品のアメニティのリュックを愛用していました。が、あまりにも汚れがひどくなってきたので、同じ仕様のものを探していました。日常の小さなできごとを愛する生活私のもの選びの基準は、自分の好きに加えて、使いやすさ優先です。買ったものが、流行のものだったとか、ブランド品だったとか、後でわかることも・・・いずれにしても、みつけた!というときめきが最高です。
2019年04月05日
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桜と一文字書けば、なんと単調な名前の花だろう・・と、いつも思う。たとえば、芝桜とか、桜草とか、桜ローズとか、桜のあとに言葉が続く花の方が耳には素敵に感じてしまう。「花見に行こう。」友達に誘われて、なんとなく出かける。けれど・・桜の花に出合ったが最後、その美しさの虜になり、花を追うように写真を撮る。「やっぱり、桜が一番きれい。」 何度、こうつぶやいてきたことだろう。自分でも呆れるくらい・・ひとつひとつの花の可愛らしさと、咲き誇る豊満さと、青いキャンバスに澄み渡るような淡さ。様々な姿を一斉に見せてくれる。にほんブログ村別窓で開きますたった数日の開花のために、一年をじっと耐え抜く桜の姿は、自然が語る理想の生き方なのかもしれない。日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月04日
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先月、ハワイへ行きました。新婚旅行から33年3か月ぶりのハワイ。当時の想い出の場所を訪れることが、第一目的でした。それがカウアイ島。ワイルア川を遊覧船に乗って、演奏を聴きながら、シダの洞窟へ向かいます。でも・・・当時の面影はもう消えていました。1991年の台風で修復不可能になったそうです。ただ、ここに流れる空気感は、今も同じです。そして、遊覧船の中では、フラダンスを教えてもらったりで、楽しいひと時を過ごす事はできました。松明のショーを観ながら夕食を食べたココパームホテルも台風で廃墟と化していました。こちらは、もうすぐ新しいホテルの建設が始まるそうです。新しい出合いもあります。ミニチュアが本物になったような可愛い建物でした。結婚したのは1985年です。当時は主食はタロイモと聞いた覚えがあります。昼食として出てきたのは、巨大ハンバーガー一つ。ディナーには、ロブスターとステーキ。今は、バーガーというよりサンドウィッチ。具も、野菜だけのものと、野菜と牛肉、ターキー、豚肉など様々。日本が変わったように、ハワイも変わっていて当然でした。やはり、一つが大きいので、毎食、倍量を食べてる感じでした。帰ってから体重計に乗れなくなって今日に至っています。当時と同じ心地良さを感じるのは、想い出と一緒に時を過ごすことができたからなのだと思います。想い出は永遠に美しいですね。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月03日
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街に出かけると、あらゆるところで、スマホアプリで・・の表示に出くわす。残念ながら、私は、ガラホでカケホ、通信は、自宅のWifiかフリーWifiがほとんど。昨日も、Loftで、「スマホアプリで、10%off」に出くわした。やっぱり、通信も使い放題にしたほうがいいのかな・・?ふと、そんな思いが過ぎった。今朝、数字で考えてみた。何でもかんでも、数字で考えるのは私のこだわりでもある。仮に、月々2000円で使い放題にできるとしたら、一年で24000円の支出になる。つまり、24000円をまるごと得をして取り返すためには、10%offになる商品ならば24万円購入しなければいけない。もちろん、商品に限らず、様々なサービスも利用できるだろうけれど、果たして、そのために24万円も使う自信はない。商品ならば、デパートのお買い物カードで買えるものもある。こちらも、1÷12×100%の割引率の確保はできる。そんな風に考えたら、アプリの誘惑にはすっかり興醒めしてしまった。こんなこだわりが、時に、ウザいってことにもなるのかもしれない。けれど、こんな数字遊びが、ゲームのようにワクワク感を連れてくる。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月02日
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実話だと知って、どうしても観たいと思った映画がある。「リヴァプール、最後の恋」4月4日までの短い期間での上映なので、早速行ってきた。57歳でこの世を去ったオスカー女優と30歳年下の俳優との最後の恋。ちょうど、私と同じ年齢。老年期の入口にいる女性の心理と実態を客観的に見つめてみたかった。彼女は女優なんだと強く思った。4度の結婚経験があり、母親でもある。余命を知ったときにとった数々の行動の中には、たった一つではない想いが隠されていたのではないか・・ただ、恋人である男性のほうからみえる彼女の想いは、ただ一つに過ぎないのかもしれない。グロリア・グレアムが永遠に美しいと言えるのは、57歳という若さで生涯を閉じたからこそかもしれない。にほんブログ村別窓で開きますそして、やっと・・・ひと月前の美容室での出来事が私の中で決着した。ひと月前。いつもの美容師さんにカットしてもらった。少し前から、ベリーショートの髪をボブ風で少し伸ばす方向に進めてもらっていた。その日、「あとで、前髪の長さだけ聞きますね。」と言われ、鏡を見た私は、息をのんだ。鳥肌が立った・・と表現した方がいいのかもしれない。自分が別人のようにきれいに映ってる。今までの美容師さんの誰もが避けてきた目の強調。子供の頃から、「睨んだ。」と言われてしまう目だから。「前髪、今でちょうどいいと思うんですよね。」とおっしゃる美容師さんに、「もうちょっとだけ、切ってください。」と言ってしまった。きっと、ちょっとに意味の無いことに気付いていたはずなのに、何かが怖かった・・「結局、短いのがいいんだ・・」と自嘲気味につぶやいたとたん、ハサミが髪全体を変え始めた。一瞬にして、すべてが幻になった。最初の印象で繊細な優しさを感じたので、傷つくことが無いように・・と、接していたつもりだった。なのに・・自分が一番傷つけてしまったことをひどく後悔した。先日・・気まずい気持ちを抱えながら、また、カットしてもらった。見送りに出てくれた美容師さんが・・「僕、5月いっぱいで辞めることになったんです。」という。あまりにも突然で、しかも海外へ行くという。出会ったのは2年前。優しさに甘えて、希望ばかりを押し通した。髪形がどんどん素敵になっていくことで、自分自身も磨かれていくような夢心地の日々が続いた。先日、髪を上げた老年期間近の自分を美容室の鏡の中でみつけて唖然とした。すべてが、美容師さんの魔法だったことに気付いたのだ。だからこそ、執着が芽生え始めた。カリスマ性って、これなんだ!昔読んだサスペンスの主人公に見た衝撃。小説を書きたいという情熱が再び呼び覚まされた。カリスマ美容師の小説を・・・ときに春はせつない別れの季節になります。日常の小さなできごとを愛する生活
2019年04月01日
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