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主人が飲み会に出かけた。久々に食事の支度が要らないと思うと、自分の食事もおろそかになる。夕方の空腹をお菓子で埋めた後、延々とグータラを決め込んでいる。食事をしようと思うけれど、いつまでに・・という制限もない。音訳講座に通っているときに、先生から「あなたは料理を作らないでしょう。」と言われた。「残念ながら、私は三度きちんと作るし、何でも手作りしますよ。」と答えた。先生のお見立ては案外、当たっていたのかもしれない。同じように、主人にもよく「お前はグータラや。」と言われる。これに対しても「私がいつグータラをした?いつもきちんとしてるやろう。」と納得させる。私が見かけの印象と全く違う生活ができてるのは、結婚したからかもしれない。自分では無理をしているつもりもなく、それなりに日々を楽しんでいる。けれども、好奇心は相変わらず旺盛だから時間が許せば好きなことに没頭してしまう。仕事であれ、趣味であれ、制限がなければ面白くなってやめられないことが多々ある。強制的な歯止めも、時には必要だったのだと、今にして思う。私の中に或る厳しさは、結婚してからの人生で得たものらしい。独身の頃、自分が窮屈だと思っていたことが実は大したことではなかったことにも気付く。状況の変化が与えるものは、果てしない可能性を秘めているようだ。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月26日
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近所の友達に久しぶりに遭った。おじいさんが腰の骨を折って入院したらしい。退院しても、このまま寝たきりになるのかなあと心配したという。けれども・・腰の痛みを抱えつつ、配膳食を利用しながら、カートを押して買い物にも出かけるという。生きるって、こういうことなんだろうな・・と感心した。同時に、素敵な夫婦の結末は一人遺されたときにわかるんじゃないかとも思った。おばあさんは、数年前に突然のように亡くなられた。働く友達に代わって、孫の世話を全般的にされていた。食事はすべて手作り、子供の相手も勉強まで、掃除も行き届き・・と、完璧なまでにこなす憧れのおばあさんだった。病気に気付いたのは、日中、珍しく横になってる姿を見たからだと友達に聞いた。おじいさんは仕事人間で、引退後、やっと一緒に出掛けるようになったらしい。朝、二人で買い物に行かれるときに、私はよく出くわした。そんな生活の中で、おじいさんも買い物や家事の知恵を覚えていかれたではないかと思う。今朝、友達の話を聞いたとき、あのおばあさんに近づけたらいいなと、再び思った。遺して行けるものがあるとしたら、きっと、こういう人の在り方なんだろうな・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月25日
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近大のオープンキャンパスにちらっとお邪魔した。人の多さと人気に驚いた。オープンキャンパスだから、まだ入学決定ではない大学なのに記念撮影する人たちを多く見かけたからだ。大学への意識の違いもあるのだろうけれど、かつての近大生だった私には異世界の出来事のように思えてしまう。オープンキャンパスは、他県の学部も紹介されているから、久しぶりに自分の出身学部の様子もわかった。学科の名称がどんどん変わってしまうので、ユーグレナの絵をみつけたときはほっとした。今はユーグレナが道しるべになっている。このままずっと名称が変わらずにいてくれればいいのだけれど・・・同じブースで、和歌山にある生物理工学部の人間環境デザイン工学科のカラーサイエンス研究室の片山一郎先生にお話を伺うことができた。石川遼のサングラスを開発された方だ。サングラスをかけたときの見え方は、色彩の三つの波長によるものだそうです。この重なりの部分をカットすることにより、サングラスをかけても視界が明るく、はっきり見えるそうです。ゴルフボールが空の方へ上がっても見やすく、芝生の目が鮮明に見えるのだそうです。実際にかけてみて、明るくメリハリがあるのがよくわかりました。そして、フィット感にも感激しました。【ポイント最大44倍!!お買い物マラソン♪♪7/19(金)20:00〜7/26(金)01:59迄】【あす楽対応】【数量限定モデル】 スワンズ ゴルフ 石川遼限定モデル サングラス SPB-0714-RI19 MAW SPRINGBOK Y-262 2019モデル価格:18990円(税込、送料無料) (2019/7/21時点)楽天で購入自転車に乗ることが多く、目が弱い方なのでサングラスは欲しいけど、難しいなあとずっと躊躇していたのですが、体験してみて、これなら朝のランニングにも良さそうだと感じました。好奇心から出かけたオープンキャンパスからの思わぬ副産物でした。このレンズの考え方は、カットの角度による屈折だとか、そういう分野とはまた別の考え方をするそうです。化学ではなく統計と数字あるいは、色彩心理学も含めた研究のようです。もう一度学生時代を経験できるなら、私もこんな研究がしてみたいなと思いました。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月21日
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「美しい国日本」は、今もその方向へと舵を進めているはず。けれども、立ちはだかる壁はあまりにも大きい。以前、映画「シン・ゴジラ」を観たときに感じたことと重なる。水面下で結集し始めた多くの有志の力がやがて結実する。今回公開されたのはアメリカ映画だけれど、巨大な脅威に立ち向かうという点においては、同じだ。吉本興業の一連の事件の真相が明るみに出た。「吉本の株主は在阪5社、在京5社のテレビ局だからと言われた。」と宮迫博之、田村亮がニコニコ動画で発言した。言論の自由があっても、圧力は様々なところで存在する。圧力に屈しなければ生きていけないと刷り込まれてしまった私たちの幻想のせいかもしれない。けれども、大きな力も小さな力の結集で打ち破ることができるはず。吉本興業から切り離され、彼らが職と衣食住を失ったとしても、その勇気に賛同した多くの人の力があれば、助けることはできる。それは、政治がやるべきことではないと思う。人と人が助け合うとき、そこにココロが存在するから。政治の助けにすがろうとする人々は、結局、絆ではなく自己を愛するだけの人に過ぎない。「政治」ってすがるものじゃなく、一緒に何かを創っていくものなんじゃないかと思う。他人任せにしておいて不満をまき散らすものじゃないと美しい国日本は、政治家や官僚機構のコントロールによって築かれるものではない。不満の膨らみは、大きな破壊の力に変わる。「シン・ゴジラ」は人間のエゴが自ら生んだ怪物なのかもしれない。その怪物が人間の住む世界を破壊する。「シン・ゴジラ」に観た世界こそが「美しい国日本」へと向かう道なのだと・・・そして、多くのひとの意志と勇気が大きな力になる。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月21日
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シスレーは、絵を空から描きはじめるのだという。そして、水の色に緑色も使う。色彩の固有色というものを限定しないのだという。「覆水盆に返らず」ということわざがある。どんなものも元のカタチには戻せない。けれども、壊れたからといって、全てが無くなるわけではない。どんなものもカタチを変えて作り直すことができる。あるいは、別の何かを生み出すこともできる。哀しい出来事が、多くの人の希望の光となって、カタチあるものを生み出すことができたなら、永遠の輝きに変わっていくに違いない。誰にもひとつはできることがあるはず。明日という未来のための何かが・・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月20日
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「印象派から その先へ」の美術展を観に行った。明後日で終わるこの美術展にどうしても行きたいと思っていた。けれども、シャガールの絵にこれほど惹かれるとは思っていなかった。以前出合ったシャガールの絵には、激しさと心の乱れのようなものを感じたけれど、今回観た絵は、穏やかさの感じられるものが多かった。私の心の状態なのか、シャガールのそういう時代のものだったのか・・・それはわからない。天使と恋人たち マルク・シャガール シャガールは、旧ロシアのユダヤ人居住区の出身だ。 人生の前半は、ロシア革命、第二次世界大戦、ユダヤ人迫害、アメリカへの亡命と激動の時を生き、 亡命の3年後には最愛の妻をウィルス感染で亡くした。 この間、幸せな暮らしは、わずか10年程だったという。 この絵は後半の1956年(69歳くらい)のものだ。幸せな時期にもあった恋人たちの姿は、彼の生涯のテーマなのかなあと、ふと思う。辛さを乗り越えた後もずっと夢として心に抱きつつ、暗さと明るさが同居したような柔らかな色使いとタッチで描かれている。 そして、もう少し前、妻を亡くした頃に描かれた絵に「夢」という題名がつけられていた。「睡蓮」 クロード・モネ 1906年 モネの「睡蓮」は、いくつか観ている。 けれど、この「睡蓮」は、それらとは、少し違う時期に描かれたものらしい。 画法のことはよくわからないけれど、遠近法というらしい。絵に近づけば、線というものははっきりしないけれど、可愛らしい睡蓮の感じと、池に映りこむ空や木々から想像を掻き立てられるような広がりがある。哀しいニュースのショックと、それぞれの画家の様々な苦しみから生まれた光へと向かう作品。私たちは、今までずっと幸せな時代を生きてきていたことを忘れていたのかもしれない。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月19日
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私はアニメおたくではないが、アニメは大好きだ。私の中のアニメは、いつも、理想の夢。後ろを振り向いて批判するよりも、今から作り上げていく世界に夢と理想をもっている。人生の折り返し地点は過ぎてしまったけれど、夢と理想はどんどん膨らんでいく。河瀬直美の映画「Vision」を以前に観たとき、感じたことが今起こっている。大切な魂の消滅。それは、再生へと向かう破壊。痛みを超えることでしか、世界の美しいVisionを再生することはできない。この哀しみと怒りで、何かを傷つけたとしても、もはや魂たちに喜びはない。ただ新しい魂としての誕生を静かに待つことしかないのだ。遠い昔から、そうやって輪廻転生が繰り返されていることを、私は、吉野離宮があったという地で、偶然に撮影されたという「Vision」という映画を通して知った。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月19日
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もう十年以上前から定期的に市立の図書館に通っている。その間に職員も入れ替わり、いろんなことがあった。次の予約待ちがある本を返却期限までに図書館に来れないので、駅の返却ポストに入れると言ったら、ここのポストに入れて欲しいと平気で言う人がいたり、入力ミスで延滞の表示が出ているのに、返却されてないと断定され、自分が入れた本棚で本を確認してもらったこともあった。図書館はただの公共機関だった。ある時から、とても素敵な職員さんが来られた。いつも笑顔で迎えてくれる。返却の入力ミスがあったら、即時に気付いてくれる。返却時に予約の本が何冊入っているか教えてくれる。新刊書のパンフレットを案内してくれる。そのうちに協力者も増えだして、本の特設コーナーができ、作家と本についてコメントも紹介されるようになり、冬休みには大人も楽しめる、本の福袋を用意してくれた。図書館は、和やかな雰囲気に変わり、サービスを提供してくれる場に変わった。ところが・・1,2年前から異変が起き出した。素敵な職員さん一人を残して、職員さんが入れ替わってしまった。本のコメントもなくなった。「正しい」職員さんが一人来られたのだ。延滞は厳しく電話で叱責する。本の表紙に「傷あり」と表記する。確かに、延滞も本を汚すことも悪いことだ。けれども、人によってはやむを得ない事情もある。私も急に入院してしまい、返却に間に合わなかったことがる。人と人の関わり方は様々だ。相手を生身の人間としてみていれば、事情があるのか悪意なのかも見抜けるだろう。素敵な職員さんは、そうやって積み重ねて来られた接客を経て、人に向き合って対応されてきた。だからこそ、時には融通もきかせられる。先日、ついに「正しい」職員さんの自分よがりの正しさに大きなストレスを覚えた。市のパンフレットがいろいろ入っている箇所に行き、パンフレットを見ようとした。種類別にクリアファイルに収められていて、引き揚げ期限が明記されている。仕事をされるうえでは便利だろうし、期限切れのパンフレットが残ることはないだろう。けれども・・・パンフレットがすんなり抜け取れない。片手に本を何冊も居れた鞄も抱えていたので、一冊ずつ、重いファイルを持ち上げるのも大変だ。ファイルに入れるなら一枚の見本だけで充分でじゃないか・・あるいは、見本を事務所で保管すれば、一目瞭然じゃないか・・「正しい」って、何だろう・・?自分の中の「正しい」が、相手を不快にさせることもある。にほんブログ村別窓で開きます息子が中学生のとき、英語のテストの答えに笑ったことがある。「英語を日本語にしなさい」の問いに対し、英語のふりがなを日本語で書いていたのだ。学校の勉強ではもちろん間違いだろう。でも、真っ白な心でみれば合っている。息子も大真面目に書いているので、私自身がひとつのことに気付かされた出来事でもある。日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月19日
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人見知りで、緊張しいで、ストイックで、おしゃべりで・・・初めて歌声を聴いたときの衝撃は今も忘れない。きっと・・私の心も一緒に運んでくれるような歌声だった・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月17日
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ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった大隈良典さんが4日、朝日新聞の単独取材に応じ、「若い研究者を恒常的に支援したい」と、自身に贈られるノーベル賞の賞金(約9400万円)をもとに企業などからの協力も得て、奨学金や研究費を提供する仕組みをつくる考えを明らかにした。 大隅さんは1年ほど前からこうした仕組みづくりを考えており、今回の受賞が実現に向けた「きっかけになれば」という。自身の賞金だけでは「長くても5年ほどしか支援できない。若い人たちをサポートできる恒常的なシステムが大事」と述べた。少なくとも20~30年は続くような仕組みをつくりたいという。 科学研究の支援のあり方について「日本でも社会全体が大学を支えるという認識が広がらないと、科学者は育たない」と強調。例えば、企業がゴルフやサッカーなどのスポーツに提供している資金の一部でも研究支援に回れば、「研究は支えられるものということが社会的にもう少し明らかになる」と話した。2016年10月4日11時35分読売新聞の時代の証言者で、大隅博士の生い立ちからの話を読んでいる。大隅博士が、最初から明確な目的を持っていたわけではない。その時々の状況と興味からどんどん道が開けていったようだ。ご本人も語られてるように、オートファジーの研究を始められた時、これが将来、がんや神経変形疾患などに関わるに違いないと考えていたわけではなく、タンパク質の分解の機構が知りたかったそうです。基礎生物研究者として、大掛かりな装置もない小さな研究室でコツコツと積み上げられてきた研究が、やがて、ノーベル賞を受賞することになったのです。若き日、海外で研究されることになったとき、元々の童顔と日本人の幼さを隠すために髭を生やし始めたという話や、けんかは苦手だったという話など、微笑ましい可愛らしさは今も健在のようです。研究者としての喜びと、 共に苦難を乗り越えての受賞が、 笑顔のツーショットになったようだ・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月16日
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私は、子供の頃からずっと、モテるってことに縁が無かった。小学校高学年の頃、好きな男の子に年賀状を書いた。届いた返事は、「3学期は必ず勝つ」だった。競争しているつもりもなかった私は唖然とした。同じ高校に入った幼馴染は、いつも私を褒めてくれた。「モテないのが玉に傷」と笑いで返すと、「黙ってたらモテるから。」と教えてくれる。私の口はかなり禍のもとだったようだ。そんな私がお見合いをすることになった。私はもともと緊張しやすい性格でもある。お見合いまでの期間、緊張だけで太目だった体重がみるみる減って、細目になってしまった。当日も緊張したままだから、口もおとなしい。演技したつもりもなかったが、主人からは、従順なお嬢様に見えたようだ。一年前、学生時代に花嫁候補失格と言って、あっさり振ってくれた同級生と同窓会で話した。私の生い立ちや家の事情を覚えていて、私の方が驚いた。記憶に残っていないけれど、随分、ぺらぺら喋ったものだと・・地方からの下宿生だった彼は、「大阪の女の子は遊んでそうで怖いと思った。」と言う。妹に「いも姉ちゃん」とバカにされていた私が・・?!状況と相手が変わるだけで、人の見え方がこんなにも違うのかと思う。本来の私は、変わり者だ。理屈っぽくて、曲がったことが嫌いで、物事はいつも斜交いに見る。繊細なくせに粗野で、シャイなくせにおしゃべりで。主人とは、見間違えたのはお互い様だと言い合っている。今更、モテるとかという願望もないけれど、物静かで素敵な八方美人に時々見とれてしまう。それでも・・・ 私はやっぱり、私のままでいたいと思う。 誰かがそっぽを向いたって、 信じた道を歩いて行こうと決めている。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活暮らしを楽しむ
2019年07月15日
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丁寧に物を作る人に出会うと、心惹かれてしまう。大工だった父の仕事を子供の頃からずっと見てきたからだと思う。丁寧に作られた料理をいただく機会があった。お好み焼きと焼きそばだ。「な~んだ!」という声が聞こえてくるかもしれない。私も料理が好きだから、お好み焼きも結構、得意な料理だ。けれども、久しぶりにお店の味だなあという、美味しさに出合った。「てっぱん処・ん」の店の名前の由来はまだ伺っていないけれど、なんとなく、感覚的にぴたっとはまる気がする。昨年、一枚の葉書が届いた日から、怒涛のような毎日が押し寄せている。それはとても嬉しいことで、引っ込み思案だったはずの私が今はどこにも見当たらなくなっていることに気付く。病気はGIFTと言われるけれど、起こりうるすべてのことはGIFTに違いないと思う。いつだって、哀しみや苦しみのあとに、歓びというご褒美がもらえてしまうからだ。人は知らず知らずの間に、本来の自分ではない別の自分を生きてしまう時がある。その違和感がどんどん膨らんで歪みができる。歪みが大きくなればなるほど、軌道修正のために起こる出来事も大きくなる。日常の出会いの中に散りばめられた気付きのサインが、歪みを解消してくれる。にほんブログ村別窓で開きます
2019年07月14日
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大阪府ビューティーケア赤十字奉仕団のボランティア講習会大阪府ビューティーケア赤十字奉仕団のボランティア講習会に参加している。年一回の講習だけれど、見つけたのは昨年の夏だった。新聞の切り抜きを残していて、葉書を出したのはいいが既に募集が終わっていた。次回、参加を希望なら知らせてくださるとのことでお願いした。今年、手紙をいただいたとき、昨年の動機が何であったのか全く忘れてしまっていた。一年経って冷静に考えると、「できるのかなあ?」という不安も先走る。以前、音訳ボランティアの講習を受けたことがあり、終了してみると全く自信がもてなくて、とうとう見学にすら、まだ行けてない。また中途半端なことになれば、申し訳ないなあとも思う。締切が近づいたころ、一番したいことがこれではないかという確信も徐々に湧いてきた。意を決して講習に参加してみたが、今日、一日目の講習を終えて、思いは強い。まだまだ講習を受けて勉強しなければ、何もできない状態だと思う。そういう状態で大丈夫だとおっしゃってくださったことが励みになった。できるときにできることを・・という主旨のお話も私の気持ちを押してくれた。偶然にも、会場で以前からの知人に会った。連絡方法もなく、会いたいなあと思っていたので驚いた。ずっと若い彼女と久しぶりに話した。ずっと昔、「赦す」という言葉が理解できない日々があり、ボランティアなんて、とても私には・・と思える日々があったことを家に帰ってから思い出した。不器用な私は、子供の頃から他人のことどころではなかった。自分のことがちゃんとできることで精いっぱいだったから。だから、ずっと諦めていた。ボランティアをすることで、家族に迷惑をかけるのなら、それは不本意だと思う。家族の存在を第一に考えた上で、自分のできる範囲のことをする。無理はしないで、永遠に続けられるようにスローテンポで始めようと思う。にほんブログ村別窓で開きます
2019年07月08日
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交通事故に遭ったとき、初めてロキソニンを飲んだ。しんどさのほうが酷くて、痛みを我慢するほうがずっと楽だと思った。ロキソニンが解熱するしくみは、熱を高くするPG2を作ることを促す物質を阻害することにある。そして、PG2が減少するとことにより、ウィルスを食べることで減少させてくれるLTXとのバランスが崩れてしまう。LTXが事実上、増えすぎたカタチになってしまう。正常な量ならば、ウィルスだけを攻撃するLTXが、正常な細胞も攻撃し始める。しかも、普段、細胞の働きが活発な人ほど、その暴走は大きくなる。インフルエンザのとき、解熱剤を使うと、逆に、重篤な肺炎を引き起こすことがあるのはこのためだ。インフルエンザの高熱は、免疫反応を活発するためのものだ。ただ休むことが一番の薬と言えるらしい。私も時々、高熱と関節の痛みにうなされながら眠るときがある。熱に気付かずにしんどいと思いながら家事をしてることが多いので、夜中に関節がうずいたり、熱にうなされながら寝続ける。すっきり目覚めることができた朝、インフルエンザだったらしいということになる。対処療法で薬を飲んでも、結局、別の症状が出てつらくなるのでクスリを飲まない。交感神経と副交感神経もそうだけれど、 人間の身体ってシーソーみたいなものばかり。バランスが崩れたら、 自分で修正するのが一番自然かもしれない。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月06日
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「権利」と「要求」ばかりが幅を利かせるようになったのはいつの頃からだったか・・テレビは娯楽より不満の種を蒔いている。断舎離でよく言われるのが、3年着ない服は捨てるとか・・?!30年前の服を今ごろ引っ張り出して着てる私は、捨てなくてよかったと思う。例えば、鍋に開いたとき、禅宗のお坊さんはそれを別の道具として使うそうだ。そうやって再利用を繰り返し、全く使えないものになって初めて捨てるのだと言う。私にも時々ある。使えないと思っていたものが、アレに使えるんじゃないか・・って閃くときが・・そんなとき、やった~!と思う。古いものほど、今はもう売っていないってこともある。部屋に散らばるものを見るとき、無駄な買い物の多さに気付く。捨てればスッキリはするだろう。けれど、これってゴミ??・・と思う。捨ててスッキリした自分のゴミは、 きっとどこかを埋め尽くしてる。輪廻とか因果応報とか・・全部、自分に還ってくるってことだとしたら・・足るを知る。答えは極めてシンプルなようだ・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月05日
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建物の中に入っていくと・・・ 同じものは食べられないけれど、美味しかった。魚介類が新鮮で、ご飯も野菜もみんな美味しかった。やっぱり、伊勢だなあと思うのは、分量が半端なく多いこと。大阪からは近場なので、私にとって伊勢は美味しい魚をいっぱい食べに行くというイメージ。 そういうプランなのか、どのプランにもついているのかわからないけど、一休comで予約したら、ゲストラウンジが付いていました。読書、音楽鑑賞、談話のスペースが分かれているので、ゆったり過ごせます。飲み物と食べ物がフリーで。屋外スペースもあります。真珠の養殖の眺めも独特のもの。すぐ近くには、志摩マリンランドが・・・触れる魚たちもいっぱいいます。危険だから、触り方の注意書きがあります。危険だから禁止・・じゃないってところがいいなあと思う。 志摩観光ホテルのスタッフが、とても素朴で丁寧に接客されるので、のんびりできました。都会の喧騒から離れて過ごす時間は、ひとの本来あるべき姿を思い出させてくれました。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月04日
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生活が苦しいと思っているひとが57%だという。もっと多いものだと思ってた・・・・私たちは、バブルの全盛期に結婚した。娘が生まれた頃までは、給料も上がり続け、ボーナスもあった。それでも、日々の生活は苦しい。妊娠中に貧血防止のため、毎週、大豆をフライパンで炒っておいて、おやつにしていた。娘が幼い頃は、一袋30円のへたパンを二人の昼食にしたりもしてた。へたパンは、食パンを切ったときにできる端を集めたものだ。公園に集うママ友も皆、いろんな工夫をしてた。子供の落書き帳の話になれば、ある友達は、新聞の折り込みチラシの裏が白いものを集めているという。トイレットペーパーをティッシュ代わりに使える100均グッズも必需品だった。息子が生まれた頃には、景気も底冷えだった。そして、外食ゼロの生活が始まった。駐車料金500円の府営の公園へお弁当を持って家族で遊びにいくことが、一番の楽しみになった。ある時、ママ友がキャンプのことを教えてくれた。私たちは、一からのキャンプは苦手だったので、常設テントのある府営のキャンプ場へ行ったりもした。もう弁当を持って子供たちと・・というシーンも無い。時々見かける若い家族のそのシーンが懐かしくもあり、微笑ましくもある。独り暮らしの息子は、職場へ持っていく2食分の弁当を手作りしてるらしい。自営業の我が家で、私は毎日、三度のご飯を作る。先日、あの頃のママ友と再会し、食事をした。同じ頃、同じ苦しさを共有しあった友達だから、当事者にしかわからない想いで話がある。苦しさって何だろう?病気から立ち直る時も苦しかった。何十年に及ぶ嫁姑の確執だって、その当時は逃げ出したいと思った。姑が倒れたときから今に続く様々な問題も、解決の糸口を探すまで眠れない日も何度かあった。どんなことも過ぎてみれば、爽快感だけが残る。今もまだ解決仕切れていない問題もある。でも、挑むことに面白さを覚え始めてもいる。今の自分を生き生きさせてくれてるものは、 今ここにある裕さだけじゃない。苦しさの中から生まれた爽快感の破片たちも共に在る。 それらが次のステージへと誘ってくれる中学生になってすぐだった。車の中で父親と話をしていた。私は法律に興味があると言ったのだと思う。父親は、「お前、弁護士にでもなりたいんか?」と言った。けれど、父親には私は理系だという確信があったらしい。なぜか、その方向に向けてレールが敷かれ出した。当時の私は自己主張するなんて意識もなかった。だからこそ、奇想天外な人生にもなったようだ・・・弁護士になる自信は無い。でも、これからは、法律に拘わっていきたいと思う。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月04日
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紫陽花の見事なこと。花びら一枚が芸術です。 そのまま絵画になるような木々たちは、木に咲く花の色まで考えてデザインされているような美しさです。 海辺の桟橋への階段を下りていくと、子供の頃の記憶にある場面。デジャブのような神秘の世界の入口です。カニ、カニ、カニとの遭遇です。姿かたちもいろいろです。 にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月03日
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母がそうだった。「そういうつもりでしたんちゃう。」と言われても、私には迷惑なだけのことがあった。独りよがりな自分に初めて気付く・・・件の弁護士から届いた印鑑証明証。有効期限は一か月程度。これを使って銀行の手続きが二つ完了できると睨んだ。それならば・・と思い、義妹に私の記入事項と実印の押印した書類を送り、銀行への返送封筒を同封した。銀行へ到着すれば、すぐ私が出向き手続きは一瞬で終わる旨も書き添えた。数日後、銀行から連絡が入ったのはよかったが、そのすぐあとに弁護士から、相手方の委任状のみが届いたという。すぐに手続きができる状態なのに、弁護士への断りが必要だという。おそらく、義妹が連絡したので、弁護士がお手付きだけしたのだと思う。銀行の方から弁護士に連絡をいれてもらったが、返事待ちの状態になってしまった。弁護士にとっては、私が動けば相手方からの報酬が浮いてしまうということだろう。私からすれば、遠方から郵便のやり取りでは時間がかかり過ぎると思う。今朝、ふと気づいた。弁護士は相手方の代理として銀行へ出向いてもらい、私はそこに立ち会えば済む話だ。相手の立場を考えすぎると、八方塞になることも、自分の目線に戻していけば解決につながることがある。母が認知症になるわけは、それができない性格だからだ。私がアドバスしたところで、できない理由を並べるので変わりがない。私に視点を変えることの大切さを教えてくれたのは主人だった。けれど、母もまた子供の頃から、私に融通がきかないと直していた。相手のことが見えるのに、自分のことは気付けない。 相手が鏡だと思うだけで自分が見えてくるにほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月02日
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高校中退だから・・女学校を出ていないばかりに・・・高等小学校しかでていないから・・世の中はいつまで経っても哀しい話が多い。娘も高校は中退。私の心配をよそに、「私は学歴に頼らず生きていくから。」と断言した。先日のG20でも、今だに女性の政治家の立場が悪いという話も多く出されたようで、権力や地位、性別などで人は差別され続けているのが現状のよう・・それでも、時々、本質を見てくださる人に出会う。そんなとき初めて、その方の肩書が生き生きとして見えたりもする。昨年からの相続問題で、経験したことのない場面に多く遭遇することになった。裁判所へ提出する主張書面というものも初めて作った。調停も終わり、やっと・・と思ったが、全くこれからだということに気付く。結局、昨年、処理すべきはずのことを今から処理できるようになっただけなのだ。主人の仕事が一段落したら・・と思っていたら、突然、相手方の弁護士から普通郵便で封書が届く。相手方の印鑑登録証が同封されている。その意図はわからない。ただ、委任状に実印の押印し、私の印鑑登録証と一緒に返送するように指示。返信用封筒に普通郵便の速達の切手が貼ってある。この弁護士には調停でも随分振り回された。千葉まで出向いた初回は、ドタキャン。こちらに届けるべき書類の作成を放置し、書記官の方が催促してくださった。調停の書類も法的に通用するよう、裁判官が書き換えてくださった。チャージした手持ちのカードのお金でさえ、他人に勝手に使われてしまう時代である。印鑑登録証と印影があれば、書類を偽造して犯罪も有り得るだろうと思う。そんなことを銀行へ相談に行ったけれど、法人事務所の弁護士とわかっただけで、正しいひとってことになる。会ったことも無ければ、話したことの無い人物だというのに・・肩書ってこんな風だから、一瞬にして失ってしまって路頭に迷うひとも居る。肩書なんてなくていいから、しっかり歩いていける人間であり続けたいと切に思う。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年07月01日
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