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大阪城の中の景観にがっかりした。子供たちがまだ小さかった頃、初めて大阪城の天守閣に上がって感激した。狭い階段を上がるのは確かに大変だった。けれど、昔の状況に思いを馳せるには必要な景観だった。数年前、再び、訪れて唖然とした。階段ではなく。エレベーター。もう、元の大阪城を見ることもできない・・と。先日、初めて上がったという友達も同様にがっかりしたらしい。その前に訪れた他県のお城はそうではなかったから尚更と。今朝、新聞で安倍首相もエレベーターが・・の発言をされたと・・それに対する批判の先頭を切ったのが、乙武洋匡さんらしい。確かに、バリアフリーも大切かもしれない。けれど、病室で映像でしか大阪城の内部をみることができない人は、元の大阪城を見たいと思うだろう。そもそも、エレベーターが、心身共に不自由な人のためになるとも思わない。私はエレベーターのような閉所が苦手なので、ホテルでも非常階段が使えるところは使ったりもする。乙武さんのように経済的にも恵まれている人にとってみれば、バリアフリー一つ満足でないことが不満なのかもしれない。けれども、健常者が皆、経済的に恵まれているわけでもない。食べたいもの、行きたいところ、欲しいもの、したいこと、どれも満足にできる人ばかりではない。諦めてることって、いっぱいある。バリアフリーって、いったい何なんだろう?人の希望って、どこまでが権利で、どこからが我儘なのか?不倫騒動も、乙武さんにとってはバリアフリーだったのかな・・?と、ふと思う。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月30日
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図書館で島田雅彦の本を借りた。 小説をまだ読んだことはないけれど、この本を読み進めていくと、意外に面白い。 こういう類の本は、ハウツー的な書き方のものが多いと思っていた。 そういう本はさっと流してなるほど・・で終わる。 けれど、様々な作家の文章例を挙げながらの話だから、 他の本にも興味が湧いたりする。 浅田次郎が「降りてくる」と表現されてるように、そういう作家はいっぱいおられる。 けど、皆にオーラが必要なんだ・・・と、この本を読んでみて初めて気付いた。日本人はもともと群れることが好きだ。しかも、現代においては、情報とIT機器に振り回されて孤独の時間さえ確保できない。 では、孤独と向き合う時間をどう確保する?とても単純だけれど、目的を持たない散歩がいいらしい。なるほど・・・散歩してると、普段は気付かない自然現象に触れ、五感が研ぎ澄まされることに気付く。 小説を書く、書かないは抜きにして、オーラは誰でも欲しいもの。 そして、誰もがどこかに持ち得てる。 散歩でオーラを取り戻そう。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月27日
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今朝はケータイでやっと、お気に入りの一枚を・・夕刊に穂村弘さんのエッセー。私と娘の笑いのツボには、この人が一番はまる。今は、その娘が居ない・・・今回は、笑いというより微笑みのツボだ。ひとりで受けて、後で主人に「読んでみて。」とせがむ。けど、何がそんなに・・??らしい。今夜の内容は・・友だちが幼稚園児の時に描いたパンダの絵のスマホの画像。パンダが見たいなあと憧れて、描いたらしい。周りの情報にも疎かったから、二色に分かれてるらしいという情報のみを頼りにした、全くの想像だという。そのパンダは右半分が白っぽくて、左半分が黒い。真ん中からくっきり二色に分かれている。穂村さんは、(どうしてこんな全く違う絵になっちゃったんだろう?)と思い、この画像が欲しくなったという。私は、この画像を見たいと思う。子供が「パンダは黒と白で可愛いんだ・・」と思いながら、想像して描いた絵。いったい、どんな風に可愛さを表現したんだろう・・?歌の歌詞の世界にも似たようなことがある。いきものがかりの「ノスタルジア」は、私の永遠の憧れSF「時をかける少女」の主題歌でもある。歌の世界の中に広がる感覚の空間への憧れが、歌の魅力を増していく。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月26日
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2019年06月24日
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仏壇の花を買おうとJAをのぞいてみた。この時期の花はとてもカラフルなものが多いようで、仏壇の花をあれこれ迷ってしまったのは初めての経験だった。その中の一つがヒペリカムだったようだ。赤い実が愛らしくて、自然に笑顔になる。後ろを振り向いたら、一本だけ、この木が切り花として残ってた。迷わず手に持ってレジへ。可愛いものに出合うと、眺めているだけではやりきれなくなる。自分の中でどんどん成長していくエネルギーを行動というカタチに変えていくしかないのだ。写真に撮ろうと思いついたときはもう夜になっていた。なんとか映像にはなったけれど・・・夜が明けるまで待てばいいものを・・実の生る前は、黄色い花が咲くらしいけれど、花言葉は、「哀しみは続かない」という。私の悲しみは、いつのまにか愛おしさに変わっている。可愛かったという記憶だけがどんどん膨らんで、今、また可愛いものが大好きな自分がいる。そして、本来の自分を取り戻したことに気付く。学生時代、「可愛い」を連発して呆れられたことも思い出す。また「可愛い」を連発しはじめた自分がいるけれど、息子に同意を求めてる。可愛いものが好きなのは、ひとつの性質に過ぎないんだろうなぁ。姑も可愛いものが好きだった。海外旅行のお土産に、ミニチュアのティーセットをもらったときの感動を思い出す。同じものを見ている誰かが居る、ただそれだけのことでココロは踊ったりするものだ。想い出もきっとそう。あのとき、同じものを観ていた。ただそれだけのことがココロに新しい希望を与えてくれる。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月24日
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最近よく見かける機能性食品の中で、「また食べたい。」と思ったのが、近畿大学監修 カンカ入りカレーがあります。中国の砂漠、昼間は50℃、夜は氷点下という過酷な地域で生活する人々がいる。ところが、過酷な環境にもかかわらず、長寿の人が多い。その謎は、羊の肉と一緒に煮込んで食べているカンカニクジュヨウという食物にあった。この砂漠では、防砂林の役割をする紅やなぎという木を植えている。この木は、根をずっと下までおろすので、伏流水で育つ。この木の根に寄生するのが、カンカニクジュヨウだ。この地域では、カンカニクジュヨウが多く栽培されている。ウリやブドウも栽培されている地域でもあるが、カンカニクジュヨウは高価になるからだ。カンカ入りカレーはこのカンカニクジュヨウが入ったカレーで、大阪では高島屋で販売されている。ひょっとして、クスリっぽいのかなあ・・と思った。けれど・・食べてビックリ!カレーにはうるさい、主人と私。今まで、レトルトのカレーで満足できたことがなかった。「これだけは、太鼓判を押せるね。」と・・・確かに、味って主観的なものだけど・・レトルトのカレーを食べるときは、これに決めました。美味しさにプラスαっていうのが大きいかな・・ちなみに、私と主人のレトルトカレーの位置づけは、外食と同等の扱いってことで、家食という位置づけではないので、価格的にも満足ってことになります。ところで、このカンカニクジュヨウの親戚にあたるのがニクジュヨウで、養命酒に配合されているそうです。夜のカンカ入りカレー 200g(近畿大学監修)カンカエキス粉末配合のキーマカレー レトルト食品 お土産 非常食 保存食 ギフト【あす楽対応】価格:540円(税込、送料別) (2019/6/23時点)楽天で購入にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月23日
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見た目もきれいなローズヒップ。 ハーブティにすれば、ちょっぴり甘酸っぱくてほっとする。 チリに行けば、大自然の中、雑草のように自由に栽培されているそうだ。そんな風だから、もちろん有機農法ってことになる。ローズヒップエキス100mgを配合した錠菓を1日1錠噛んで摂取した12週間の試験結果で、体重、BMI、内臓脂肪面積が減少することがわかった。ローズヒップエキスを含む食品は、いろいろある。ハーブティもジャムもそうだ。体脂肪の状態に合わせて、ローズヒップエキスの含有量の見合ったものを選べばいいと思う。ただ、飲み物を何か買うなら、ローズヒップエキスが入ったものにするとか、コーヒーの代わりにローズヒップティーにしてみるとか、気分転換と一緒に体脂肪へのお得感も味わえたら、 一石二鳥ってことにもなったり・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活アスパラメタロック 3箱(30本入)※「アスパラ」は田辺三菱製薬(株)の、「メタロック」は森下仁丹(株)の登録商標です。価格:7560円(税込、送料別) (2019/6/23時点)
2019年06月23日
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年金問題の発端は、健康保険料と介護保険料と医療費にあるようだ。年金を受給することになった友達のご主人の話をたまたま聞いた。月5万円は、そっちに飛んで行くからキツイという。確かに・・・手厚くなり過ぎた福祉と発展しすぎた医療技術の恩恵が、脅威にもなる。肺がんの治療薬が保険の効くようになった。喜ぶべきことではあるが、一方で治療にかかる費用が、一人分、1億円にもなる。そのほとんどは、税金か保険料で賄われることになる。増加する一方の病気のことを考えたら、空恐ろしい話だということになる。だからこそ、時代は予防医学を求めている。近畿大学アンチエイジングセンターの森川 敏生教授に 「くすり」と「食べ物」のはなしをしていただきました。 今回は、糖尿病の予防、肥満の予防、長寿の三つの柱があります。僻地に行くほど、人は自然と共存して生きている。そして、彼らが日々の暮らしの中で取り入れているクスリの役割をする食べ物というものがある。その一つに、サラシアというツル性の植物があり、糖尿病の予防になると言い伝えられてる。猿の行動が食べ物のヒントをくれる。霊長類は人間に近い脳を持っているが、人間よりも本能的だ。化学的実験において効果を検証し、有効成分を取り出し、機能性食品あるいは特定保健用食品という位置づけをされたものが、予防医学に繫がっていく。サラシアは、食事をしたときに血糖値が急激に上がることを抑制してくれるのだ。空腹時の血糖値が正常であっても、食事の時に急激に血糖値の上がる人は、糖化が進む危険があるので糖尿病予備軍になるという。お腹に貼るだけで一日の血糖値の変化を知ることのできる装置が市販されているので、測定してみるとよい。 日本は超高齢社会に突入したという。それを先行きの暗いものにするか、明るいものにするかは、ひとりひとりの健康管理にかかっているとしか言いようがないと思う。自分のこころとからだの声に耳を傾けつつ、保健機能性食品や特定保健用食品をうまく組み合わせていけたら、今とは違う未来の姿が見え始めるかもしれない。糖尿病の予防で言えば、食事を1時間以上かけてゆっくりすればかなりの予防になるらしい。太古には当たり前だったことに戻れる機会が、時代の危機を救うヒントでもあるのかな・・とも思う。小林製薬のサラシア100 約20日分 60粒 血糖値が高めの方 (特定保健用食品)価格:2215円(税込、送料無料) (2019/6/24時点)にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活大マスコミが絶対書けない事 この本読んだらええねん! [ 辛坊治郎 ]価格:1080円(税込、送料無料) (2019/6/23時点)楽天で購入
2019年06月23日
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理系女子が注目された頃だと思う。そういう本を図書館で借りてみた。リケジョあるある・・に納得しながらも、そこで意外な文に出合った。「料理は実験」大学を卒業してから、実験なんて無縁だと思っていた私にとって目からウロコだった・・ちょうど、料理を作ることに嫌気もさしていた頃だった。ココロが「実験」という言葉に反応した。その日から、台所は実験室に変わった。難しいことではない。料理を作りながら考えるだけだ。たとえば、今日・・・わらび餅を作ろうと思った。わらび餅粉を使うけれど、困ったことに、冷蔵庫で冷やすとすぐに白くなるのだ。そこで考えたのが、「寒天」寒天は、水を吸ってゼリーのように固まるので、食感にも良いし、わらび餅の中の水分も保ってくれる。水にわらび餅粉と寒天をちぎったものを少し入れ、30分ほど置いてから、いつものようにわらび餅を作った。寒天が吸うだろうと思われる水分だけ増やしておけばいい。ぷるんとして、しっかりとしたわらび餅になった。冷蔵庫で冷たく冷やしても変わりなく、いつもより、水っぽさもない。見た目はお餅のようなのに、やわらかくておいしかった。料理を作る時の「困った」を溜めておけば、台所の実験の材料には事欠かない。料理は年季がモノを言う。経験をたどっていけば、思い付きがあるはず。思いついたら、実行するのみ。失敗しても事故にはならない。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月22日
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ずっと昔、安倍官房長官と昭恵夫人とヨンハ君のスリーショットをうらやましいと思ったことがあった。もともと、天真爛漫な人なのだろうと思う。だから、米大統領夫人とも気さくに話されている様子が窺えた。私と主人、夫婦と言えども、選挙も別々。もちろん、政治的な意見も違ったりする。首相夫人と言えども、政治的立場は自由でいいんじゃないかと思ったりする。夫人として外交だけこなせば・・・世の中はどんどん変わってる。女性の地位も向上してる。なのに、国会はまだ男尊女卑ってことかしら・・?取るに足らない問題を国会で議論されるとき、議員の報酬はいくらなんだろう??「批判からは何も生まれない。」と友達にアドバイスされたことがある。何も生まれない批判より、何か一つでも生み出してほしいな・・と思ったりもする。たとえば、年金問題。実は、今の高齢者に払い過ぎてることが大問題らしい。昔は年金の徴収がいい加減だったらしく、払った金額に見合わない年金を受け取ってるのだという。それが解決できたら、年金の問題は解消される。なぜなら、年金の運用益は、今、とても順調に増えているからだ。高齢者に払い過ぎた年金分と、高齢者にかかる莫大な医療費と介護費の負担を補うための財源を考えることが、大きな課題だろう。消費税もその一つ、健康保険の負担を一割から二割にするのもひとつ。じゃあ、他には・・・批判じゃなくて、それを本気で考えて欲しいと思う。それが議員の報酬に見合う仕事なんじゃないかと・・議員がそれぞれ考えて実行に向けて努力すれば、もっと早く解決できるはずだ。机上の空論じゃない本物の策を!!安い給料で働くサラリーマンだって、批判は仕事のあとで、自腹で飲み代払ってる・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月21日
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担当の美容師さんが辞めた。「無理に次の予約しなくていいですよ。」と言ってくれたけれど、みんなに聞こえてる。「たつ鳥後を濁さず」と、言葉で伝えられず、予約だけをした。髪型の詳細は店長に伝えてくれたとのことだった。先日、美容室へ行った。全く同じとはいかないことは承知の上だ。髪型は微妙に変えられた。円満退社にならなかったことはわかるけど・・・イメージが全く変えられたことが一番ショックだった。イメージこそ、残したくなかったのだろう・・美容師さんの好意と一緒に、私の気持ちも踏みにじられた。それでも技術は完璧だ。いつだったか、別の美容室で聞いたことがある。自分の髪は自分で切れないけど、不満じゃないのかと・・・すると・・美容師同士だから、ある程度、髪型とイメージを伝えて好みにしてもらえるのだと。ずっと前。担当の美容師さんに、同級生がアメリカで暮らしているという話した。すると、「そんなこと、僕には考えられないです。だって、今までの友達とか家族とか、会えないんですよ。全てがゼロになるじゃないですか。」と、信じられないというような勢いでまくしたてたことがあった。(ゼロにはならないけどなあ。)と思いつつ、「まあね~・」くらいの返事をしたと思う。今にして思えば、それだけ築いてきたものを大切に育てている人だったのだろうと思う。娘と歳が変わらない美容師さんだけれど、親身になって、移り気に付き合ってくれたと思う。私のこだわりの中で、置き去りにできないのものは、一番にココロだ。今、髪型のことが考えられなくなっている。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月20日
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毎日走るコースの公民館の脇に、何色もの紫陽花が咲いている。走る時は手ぶらだから、写真を撮りたいとずっと思っていた。今日やっと実現したけれど、きっともう最後の花だと思う。ついに写真の中に封じ込めてしまった。これでもう、この姿は永遠のものとなるはず・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月14日
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買い物ついでにカメラを持って、近所にある近畿大学薬学部薬用植物園へ行きました。狭い園内に、驚くほど多くの植物があり、庭はきれいにデザインされています。買い物を済ませて昼ごはんを作るまで。撮影のタイムリミットは30分。カメラを持つとつい夢中になって、時間はあっという間に過ぎます。スイレンは、夕方にならないうちに花を閉じるようです。眠るのが早いのでしょうか・・?バナナをここで見られるとは、思いもしませんでした。キャンベルアーリーというブドウも、たわわに実っています。ジャムしか食べたことはないけれど、大好きなアンズです。杏は、室生犀星が大切にしていた木でもあります。そして、娘さんの逸話もあります。室生犀星は、杏を部屋に隠しておいて、毎日一個ずつ、病気の奥様のおやつにされていたそうです。ある日、娘さんがお母様にせがまれ、こっそり2個目を食べさせたのです。几帳面な室生犀星はそのことに気付き、娘さんに激怒されたそうです。実は、病気の妻を気遣ってのことだったようです。薬になるものでも、食べすぎると胃への刺激が強すぎるということは、よくありますね。ザクロはどこかで見かける植物ですが、カメラを向けてじっと見ると、とても晴れやかな、あるいは、ひょうきんな姿に感じられます。植物は自然でありながら、自然からほど遠いような形にも見えるから、面白いなと思います。私は、自分の感動を何かのカタチで表現したいと、いつも思う。それが、文章であっても、詩や短歌であってもいいし、時には絵として、写真として。カメラはそのための道具に過ぎないけれど、自分の感じたままを忠実に・・と思う。そうすれば、どんどん深みにはまるように必死になる。 好きだから・・上手くもなれたらいいなと思う。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月14日
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ハスを間近で、初めて見ました。奔放さが愛しくて・・料理に使う、あのアーティーチョークの花です。青い花は、独特の光を放つから神秘的でもあります。しぼんだ時の様子が可笑しくて・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月14日
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たまたま立ち寄った大商大で、公開講座「地域社会と中小企業」に出合えた。企業経営の話ではあるけれど、その根底には「ココロ」が存在する。そういう意味で、心に響く話が聴けた。運輸会社の国際CSV事業、「こどもミュージアムプロジェクト」の話だ。CSV事業とは、簡単に言えば、社会的価値と経済的価値を共に創造し、利益も上げるという経営理念らしい。この運輸会社で言えば、子供の絵をトラックにラッピングすることで、事故を減らそうという取組をしているのだ。6年前、この運輸会社の社員が起こした交通事故で男性が亡くなった。このとき、彼の父親は、「事故はどっちが悪いとも限らないかもしれない。けれども、息子は亡くなった。息子には小学生の娘がいることを知ってほしい。」というような主旨のことを言われたという。それが、ずっと社長の心の中にあった。ある日、自社の運転手がトラックの中に子供が4,5歳の頃に描いた絵を飾っていることを知る。この絵をトラックの後方にラッピングしたのが、この事業の始まりだ。交通事故についての講演をし、子供たちに絵を描いてもらうというイベントを繰り広げ、その絵をラッピングに使っている。ここから全国へと広がりを見せた事業は、今、どんどん増え続けている。事業とは関わりの無いところでも、独自に似たようなラッピングが見られるらしい。事業としては、利益がまだ期待できない状況ではあるらしい。子供の絵をラッピングした車を見たら、自然に笑顔になれるし、優しい気持ちにもなれる。一人でも多くの人が、優しい気持ちで運転できたら、あるいは、道行く人が絵を見て心に余裕が持てたなら、譲り合う気持ち、あるいは、気を付けようという気持ちが湧いてくるに違いない。事故を起こした運転者にも同じように小学生の子供が居たらしい。そして、昨年、被害者の妻のお母さんから手紙が届いたという。「私たちも今、幸せに暮らしているのだから、運転者の方も同じように幸せになっていただきたい。」と。実際に会う機会もあり、そのとき、事故のときのことを話されたという。警察から、「どんな罰を与えたいですか。」と聞かれた妻は、「夫は罰を望むような人ではないので、できるだけ軽く。」と言われたそうだ。最後に、妻のお母さんが、「娘婿は、誰からも良い人だったと言われる人でした。だからこそ、こういうカタチで社会貢献しているのだと思います」という主旨の話をされたそうです。とても真似なんてできないだろうな・・と思った。人の優しさも千差万別。感じ方もそう。いい人になりたい・・気持ちはあっても無理は禁物。優しさも、社会貢献も、自分なりにできる範囲で。でも、今日よりも明日、少しだけ優ししい自分がいたら、あるいは笑顔が増えていたら、未来はやはり明るくなるだろうと思う。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月13日
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母校の大学がすぐ近所にあるので、時々、図書館を利用する。今朝も本を借りようと学内に足を踏み入れると、陶芸部の作品の即売会に出合った。「1つ100円」の文字が見える。けれど、一銭も持たずに家を出たので、終了時間を学生さんに尋ねて、午後から再び、大学へ行った。ずっと欲しかった食器を見つけることができた。黄色の陶器は、味噌汁を入れたいもの。もちろん、お茶碗としての方がしっくりくるかもしれないけれど。私が使うときは味噌汁に。息子が居るときはお茶碗に。茶色の少し深さのある小さな器。酢の物やひじきの煮物などに使いたい。緑のカップは、小さくて程よい厚さと重さが気に入っている。小さ目のカップにしっかり注いで熱さを逃さない。そういうカップが私の好みにぴたりと合った。それぞれの陶器の裏に、作家の印らしきものがある。機械で簡単に素晴らしい陶器が作れる時代だ。けれど、人が作ったものには、どこか温かみが感じられる。この世に同じものが存在しない陶器は、作家にとってもそうだけど、私にとっても自分だけのもの。自分で選んだこれらの陶器を大切に使い続けたいと思う。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月12日
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梅干しにしたいような小さめの梅をJAでみつけた。昨年の梅干しがまだ壺の中にある。さて、容器は確保できたものの、4キロの重石が・・・ふと、思い浮かんだのが水だった。袋に水を入れ固く縛ったものを三つ用意した。水だから、四角い容器にもうまく収まった。重さをいい加減に予測して水を入れたから、取りあえず、容器ごと、体重計に載せてみた。ほぼ合格のようだ。流動性のあるものは、カタチを自在に変えられる。人もきっと同じなんだろうなあ・・と思いつつ、ちょっぴり頑固な自分を想う。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月12日
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大阪商業大学の朝活で、九谷焼の講義を受けた。講師は神戸芸術工科大学の森岡希代子先生だ。九谷焼は、伝統技術と素材を生かしつつ、時代のニーズに沿いながら、カタチを変化させて現在に至っている。その時々の作品は、今もそれぞれに輝きを放っている。画像ではあるけれど、紹介された多くの作品に出合い、その種類の多さに驚いた。能美市九谷焼資料館へ行けば、観られるものが数多くあるようだ。先生の作品は、白磁のもので食器が多いそうだ。 薄く繊細なものは、軽く、美しく、それが人の手によるものであることに驚かされる。急須のような重厚なものも、やはり、その精巧さに限りない追求を感じる。絵付けをして焼いたものは、青(緑)、紺、紫、黄色、赤の5色を使ったものだそうだ。これらの色が焼きあがった時、全く違う色になるのだから、九谷焼は神秘的でもあり、難しいのだと思う。極端に表現すれば、赤が深緑に変化するくらいの変わりようなのだ。それは、作家の想像力の賜物であり、経験と想像から様々な仕上がりの絵を下準備として描いた上で陶器の創作へと向かうのであろう。私には想像できないくらい長い時間と忍耐を要するに違いないと思う。日本を代表する作家に福島武山という方が おられる。エルメスの時計に赤絵細描を依頼された。この仕事は、小さなものに小さく細く描くという、新しい挑戦だったという。本当に大変な仕事だったようだ。けれども、この仕事をすることで、多くの道が開けたという。このひと言に、仕事の本当の意味を教えられた気がする。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月11日
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大学の薬用植物園を見学に行った。食養生の講演も聴くことができた。大学卒業後、薬用植物の研究室でアルバイトをさせていただいたことがある。偶然にも、結婚して大学の近所に住むことになった。すべてはここから始まった。主人には持病があり、初めて食生活の大切さを自覚するようになった。そして、私の不定愁訴から自彊術に出合い、気の存在に興味を持つようになった。娘は扁桃腺が弱く、薬を一か月飲み続けた病院で、別の医師に自然治癒力の大切さを説かれた。後に娘のお腹の不調から、肉と添加物をほぼ使わない食生活を始めるようになった。その頃から、発酵食品の大切さも考えるようになって、毎日、漬物が食べられるように糠漬けが日課になった。今、私は膝痛の改善のため、ストレッチや足裏のツボ押しなど、様々な方法を試みている。最近、内臓の不調の原因を知りたくて、東洋医学の本を借りて、勝手な解釈ながら血液の流れを考えてマッサージを始めた。食べ物、食べ方も内臓の状態に合わせてみた。今やっと不調からは脱することができた。急を要しないことではあるが、まだ改善したい状態がある。まだまだ知りたいことと、わからないことだらけだけれど、30年以上前の薬用植物の研究室との出合いが、不調を自分で何とかしようと思うきっかけにはなっている。友だちには、「病院へ行かないの?」といつも言われるのだけれど、あれこれ考えて試みていると今のところ、幸運なことに不調は改善されていく。 結局のところ、好きなことに繫がったようだ・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月08日
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人の顔は髪形オンリーだ・・と断言した美容師さんも居たけど・・・その通り・・と思うくらいに、美容師さんにはこだわりがある。シャンプーは石鹸、整髪剤は使わない、ブローも極力避けたい、毛染めはヘナ。そんな私にとって、美容師さんにお願いするのは、カットのみ。初めての美容師さんには、そのことを一番に告げる。快く引き受けてくださる美容師さんだから、他のメニューを勧めることもない。けれど・・・店の意向はおそらく違う。カットだけでは、収入には繋がらないのだろう。素敵な美容師さんは、いつのまにか辞めていく。そんなことの繰り返し。ハサミとケープと霧吹きくらい、自宅までお持ちいただいて、髪の毛もさっと片付けられる環境も用意して、シャンプーも自分で済ませておいて、カットだけしてくださるような・・・カットが好きな美容師さん、居たらいいなと思う。交通費はもちろん実費で。美容師さんとお客さんの関係が、いつも弾んでいられるような・・どんな職業も開業ってお金がかかる・・ってことになるけれど、 純粋な「好き」から始めてみたら、 誰にでもチャンスはあるのかもしれない。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月07日
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早朝に香を焚いて、パソコンに向かう。そんな日々の連続が確かにあった・・お目当ては、ミニホームページだったり、ワイドショーの映像だったり。香を焚き始めたのは、DVDのヨンハくんの映像を観てからだった・・・香だけじゃない・・自分の中に眠ってた感覚の扉が、次々に開き始めた。好き・・という感覚は、自分自身に全てある。気付かずにいただけの自分の中の「好き」を彼を通して感じていただけなのに。それが、癒しとなっていた。そして・・一瞬にして、儚い夢の痕となる。けれども・・感覚の中に彼は居る。今朝、6月の陽光に輝く紫陽花を見た。雨の中にはない別の姿もあったのだ。色もカタチも輝きも、瞬間の感覚との調和に過ぎない。私が生きてる世界の一瞬の偶然がときめきに変わる時、魂の存在を想う。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月06日
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「親って哀しいね。」もう何十年も前に、姑が私につぶやいた。あの頃の姑の本心はわからなかったけれど、ずっと心に残ってる。痛ましい事件が続いた。親って、どこまでが責任の範疇なのか・・と思う。子育てが完璧だったなんて、誰も言えない。子供のココロの中なんて、全てが見える訳もない。事件が起こるたび、私のココロは不安に揺れる。ココロの100%の保証なんてないはず・・と。「ひきこもり」だってそう。突然、訪れるかもわからない。鬱が気付かず忍び込むように、ココロは突然、コントロール不可能になる得たいの知れない闇を持つ。どんな時も、一番苦しいのは本人だ。何とかしたいのは本人なのだ。変えて欲しいと叫びたいのだ。誰にも変えられないとわかってもいるのだ。そう・・誰も人を変えられない。誰もが「変わる」という能動態でしか、変わることはできないのだ。見守るしかないのだ。崩れそうな信頼にすがりながら祈るしかないのだ。大人になった時から、親は責任を負うことすらできない。親であることは、歓びと哀しみを同時じ背負って生きていくことなのかもしれない。トンネルの向こうに必ず光があることだけは、100%信じて生きたい。にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月03日
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子供の頃から、型にはまることが苦手だった私は、ずっと不義理ばかりしてきた。一番苦手なものが、告別式と法事。片田舎で育ったから、それらの行事には大勢の人が集まる。社交的ではなかった私は、逃げてばかりいた。けれど、都会で暮らし始めても、結局、不義理は変わらずにきたから、性格的なものかもしれない。それでも、自慢できることもある。今まで別れることになった故人それぞれの、私にくれた言葉は心のどこかにいつもある。そして、事あるごとに私を助けてくれる。想い出の中で、笑顔を与えてくれることもあれば、進む道を教えてくれることもあり、戒めとなることもある。故人はずっと心の中で生き続け、日を追うごとに増えていく。死という避けがたい悲しみの一方で、共に生きる魂たちとの新たな出会いがあることを想うとき、死は一つの区切りに過ぎないのかもしれないとも思う。二つの世界を見えるものと見えないもので隔てる壁に過ぎないのだと思えば、生きていても尚、見えないものと見えるものをとらえるときの隔たりは、どこにも存在する。人のココロもまた、その隔たりのために複雑にもなり得るのだから・・・にほんブログ村別窓で開きます日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月02日
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ネットに振り回される、その姿にいつもやきもきさせられる、あれこれ!ネットは真実と偽物の混在だから、本物を見極める目を持ってほしいと、家族相手にいつも熱くなる。今夜は、息子・・年金が破たんだと・・・そもそも、年金は、厚生労働省の管轄だと知ってくれていれば・・と思う。以下の発表が、ネットで途方もない、一人歩きを始めてる・・・金融庁HP金融審議会「市場ワーキング・グループ」(第23回)議事次第日時:令和元年5月22日(水)9時30分~12時00分場所:中央合同庁舎第7号館13階 共用第1特別会議室議題:高齢社会における金融サービスのあり方 等 1.開会 2.事務局説明 3.質疑応答、意見交換 4.閉会 以下の資料が、なぜか悪意の変換に・・・資料1 金融審議会市場ワーキング・グループ 「高齢社会における資産形成・管理」報告書(案) 令和元年5月22 日 金融庁資料2 金融審議会市場ワーキング・グループ 「高齢社会における資産形成・管理」 報告書参考資料(案) 令和元年5月22日金融庁本を読まない息子に何十枚にもわたる資料を読んで・・と言ったところで聴く耳を持たず。将来のことを本当に不安に思うなら、まず真実に目を向けて、見極める目を養ってほしいと思う。義務教育が約束され、高等教育も自由に受けられる世の中で、なぜ、無知のまま、ネットに振り回されるか・・私の中で、教育の文字が疑問符だらけになった。にほんブログ村別窓で開きます金融庁は、長寿化と健康年齢との兼ね合いで、生活費の負担が大きくなるため、年金にプラスする貯蓄として、NISAなどの長期型を視野に入れることや、例えば配偶者死亡NISA の非課税枠を引き継げるようにするなどの課題、そのほかの金融サービス全般におけるの将来的な案について報告しているに過ぎない・・というのが、ざっと目を通して得た事実だった。日常の小さなできごとを愛する生活
2019年06月01日
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