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今日で年度が変わるが、身の回りがなんか大きく変わる感じがします。 娘と息子が2人学校へ行きました。 小学校4年の娘の担任の先生が他の学校へ行くそうです。 娘と友達2人が、おにぎりをもって小学校へ行きました。 先生と一緒に昼食をとって、いろいろお話ができたそうです。つい先日の終業式が終わった後も、有志で花を買ってもっていったそうです。先生はどちらも喜んで、逆にケーキを買ってもらったり、雑談をして楽しんだそうです。 小学校1年の息子には担任の先生はずいぶん悩まされたと思います。昨日の朝刊で先生が退職されることを知りました。先生にお別れの手紙でも出したらと言ったら、がんばって書きました。今日の午前中に小学校に行ったところ先生はいなかったので、そのまま帰ってきました。「他の先生に渡しておけばよかったのに」というと、「先生に会いたかったから」と答えました。昼食の後に、遊びに行く前にもう一度小学校へ行きました。学校に行ったところ、先生は教室で掃除をされており、先生に手紙を渡すことができたとのことです。そして、先生に他の子どもの忘れ物を届けて欲しいと頼まれごとを言われて、ちゃんとできたとのことです。 そしてカウンセラーの先生も退職されます。 この1年、息子の件で本当にお世話になりました。退職された後も幸あらんことを。 私自身よりもずっとやさしい子どもたちで、うれしかった。 さて私自身。 この1週間、ずっとIPA未踏プロジェクトの応募書類を書いていました。 ネタは半年ぐらい前からあがっていたものを、少しでも良いものにしようと知恵を振り絞っていました。書いても書いても、いいものができません。書いては消し、書いては消しというのを何度も繰り返しました。たったA4で10枚の応募書類なのですが、けっして満足できません。 これまでの応募でパスしたものを調べて、プロジェクトの中身だけでなく、タイトル名や金額にこだわりました。ずっと考え込んでいたり、集中したり、あっちこっち動いたり、いろいろ状況を変えて、搾り出しました。なんとなく、ぞうきんから水を搾り出すみたい。普通に手でまわすだけではすべての水が出てこないので、ぞうきんを叩いたり、振ったりするような感じです。 まあいまこの瞬間の全力を出し切ったので、すがすがしい気持ちです。たとえ未踏に採用されなくても、開発は続けていくので、大きく進行方向が変わるわけではありませんが。 未踏プロジェクトは、PM(プロジェクトマネージャー)を選んで応募するのですが、これが大学院での研究の担当教官のようです。北野さんと千葉さんを選びました。前者は学生時代のあこがれのAI研究者ですし、千葉さんの周りにはRubyistがたくさんいるようで、影響を受けることもあるでしょうし一緒に何かやれる可能性があるかもしれません。うまくいきますよーに。 それにクライアントの印刷会社のプロジェクトが一区切りがつき、そして来週からは新しいオフィスで仕事。 そろそろ、桜が咲く頃ですね。
2006.03.31
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これは日本の結婚にはないと思うが、フィリピンでは結婚する男女は結婚セミナーを受講しなくてはならない。これを受講しないと結婚の許可が下りないのだ。しかも、地方政府のロアイ町役場が実施するものと、カトリックの教会が行うものの両方を受講しなくてはならない。私は文化的なことで興味を持って、セミナーに臨んだ。役場の結婚セミナーロアイ町役場は、役場の一つの部屋にある。一週間に一回ぐらいあるらしく、最初の結婚申請のときに日時が決定していた。必ず夫婦で来るようにといわれていた。指定した日時に行くと、他に参加したカップルは一組だけだった。20歳ぐらいの男女で、女性は知人の奥さんに似ているような清楚な感じだった。講師である保健婦が後から部屋に入ってきた。40代後半の優しい感じの女性だ。手には、ピル(避妊薬)、ペッサリーやコンドームといった避妊具を持ってきている。残念ながらビサヤ方言のセブアーノ語で、講義が始まる。私はまったくわからないが、妻から後で尋ねると「普通のこと」ということだった。妻の「普通のこと」というのは問題だ。何しろ私と結婚するまでは、男にまったく興味がなかったからだ。1時間ぐらいで講義は終わり、私たちの結婚申請書に受講済みのスタンプが押された。私は拍子抜けに終わった。フィリピンはカトリックなどのキリスト教とイスラム教の国である。そのため、堕胎は法律で禁じられている。出産制限をする避妊薬と避妊具はグレーであるが、性の知識なく赤ちゃんができたというケースはとても多い。父親のいない子どもも多いし、できちゃった結婚はとても多い。私たちを除けば、妻の兄弟全員ができちゃった結婚だ。妻の兄弟によると、避妊薬も避妊具も薬局で自由に手に入るが、あまり好まないそうだ。カトリック教会の結婚セミナーこれも教会に結婚申請したときに日時を決めていた。出席は私たちカップルだけだった。神父さんはまたTシャツとジーンズ姿だったが、教会のすぐ脇のところで始めた。神父さんは私よりも少し年長の35歳くらい、風貌はボクサーのような感じであるが目が鋭い。最初に英語かタガログ語か、ビサヤ方言のどれがいいか?と尋ねた。日本語は話せないのでごめんねという。もちろん英語だ。話し方は上品なので、教育を受けているんだなと感じた。神父さんの英語はゆっくりときちんと発音されるのでよく理解できた。聖書などに触れずに、カトリックの結婚観を私たちに質問をしながら進んでいった。・一度結婚したら、何があっても分かれないこと・人生には喜びもあれば悲しみもある。どんな辛い試練があってもめげずに、2人で乗り切っていくこと・子どもができたら、カトリックに入信すること「君の宗教の仏教では結婚に関して、何かきまりはあるか?」と質問されたので、少し考えてから「特にない。仏教は自己の修行・鍛錬なので結婚については触れていないようだ」と答えた。正しいか正しくないかわからない。私の宗教観なので間違っていたら許して欲しい。海外へ嫁ぐセミナー別の日になるが、結婚に関連したもう一つのセミナーがある。妻が外国人と結婚して海外へ行く場合に受講するセミナーだ。海外へ結婚目的いく場合は、このセミナーが必須となる。結婚後にパスポートを申請するときに、パスポートを受け取るまでに必ずセミナーを受講するように言われた。たしか、フィリピンには人材開発局のような役所があり、フィリピン人の出稼ぎを管理している。そこが主体で行われたようだ。残念ながら、このセミナーは日本人はシャットアウトで、後から妻に内容を聞いた。最初は結婚ほやほやの女性がたくさん集められる。その後、結婚する男性の国別にグループに分けられ、それぞれ講師が一人つく。日本人と結婚するグループは5人だった。一人一人、結婚のいきさつを尋ねられる。その後、日本人の男、日本についての注意点が説明される。日本の男は家事を何もしない。日本は怖いところだから気をつけなさいなどである。かなり悪意をもって、悪いニュースばかりの話があるそうだ。まあ結婚当初は期待をもっているので、悪い情報をたくさん入れとけば、バランスが取れるのだろう。既に結婚したのだが、国内に引き止めたいのだろうか?次は、、、結婚式かな。
2006.03.30
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辛いことが続きましたので、結婚のことは明日に順延です。午前中、半田市へパスポートを取りに行きました。行きと同じ道を通ったのですが、帰り道に、スピード違反のネズミ捕りにつかまってしまいました。農道で40km/s制限のところを、62km/sだったそうです。ずっと考え事をしていたので、実際にスピードがどれだけ出ていたかはわかりません。(>o
2006.03.29
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結婚手続きが前進したところで、次は結婚式の準備です。日本と異なり、結婚式場というものがありません。そのため、結婚式と披露宴の準備はすべて自分たちでやらないといけません。でも、そんなのは大変なので、結婚式のコンサルタントのような人がいました。教会から紹介していただいて、タグビラランとロアイの間でタグビララン寄りの町にいる、コンサルタントに会いました。元大学教授で65歳くらいの男性の方です。ジープニーに乗って、その方の自宅へ行きました。妻がその人と話しました。ときどき英語を混ぜるものの、やはりビサヤ語がお互いに通じます。どのような結婚式をするか、何人参加するか、予算などを聞いて、結婚式に必要なもの、結婚披露宴に必要なものをリストアップしてくれました。妻によると、その人はバクラ(おかま)とのことでした。品がよく、やさしい語り口ですが、フィリピンではおかまは隠しませんし、差別もあまりありません。さあ、リストアップしてくれたものの用意です。・楽団(結婚式と披露宴で、歌い、演奏してくれる人たちです)・招待状(印刷屋)・花嫁衣裳、花婿の衣装、フラワーガール、ベストマンなど結婚式で重要な人たちの人選と衣装(衣装店)・披露宴会場の手配(レストラン) 料理 ケーキ ブーケや、その他小物(小物を売っているところ)・結婚式に呼ぶための、ジープニーや自動車の手配(それぞれの車のオーナー)・結婚のための後見人の依頼(花婿側3人、花嫁側3人)まだ他にもあると思うのですが、たくさんあって忘れてしまいました。日本と異なるのは、すべて別の場所で別の人に注文をしなくてはならないところです。数日かけて、1件1件あたりました。すべて回るのが厳しい場合は、妻の母親や兄弟にお願いしました。結婚式は教会で行うことになりました。その後の披露宴は、自宅で行うか、レストランを貸しきって行うかのどちらかです。フィリピン人の結婚披露宴は、たいていは自宅で行うそうです。聞くところによれば、自宅で行う場合は、料理人を雇い親族総出で料理の準備をするそうです。前日までに食材を調達して、朝早くから豚を数匹殺して、レチョン(豚の丸焼き)をつくり、100人分以上の料理を用意するそうです。妻によれば、それはそれでとても大変なことらしいです。しかも披露宴は新婦の家で行うのが普通だそうです。私たちの場合は、披露宴は結婚式場の教会に近いレストランで行うことになりました。100mぐらいの距離です。双方の家族のためにはベストです。日程と参加する人数と料理、ケーキを決めます。3月27日12時~15時として、150人分の料理。一人あたり50ペソ(200円)、ケーキは2段のバタークリームで400ペソだったと思います。今では日本でも食べられるウェディングケーキですが、こちらは食べられるのが当たり前です。でも生クリームではないので、そんなにおいしくはなかったです。150人分というのは、招待したのは50家族ぐらいですが、近所の人や飛び込みも多いのです。普通の食事に少しましという程度です。日本と違って、祝儀は後見人以外は必要ありませんので、みなさん気楽に結婚式に来ます。楽団は、セミプロ級の人がアルバイトでやっています。結婚式と披露宴で見事に生演奏と生で歌ってくれました。招待状は、印刷屋へ行って見本を見せてもらいました。その見本を元に、どのメッセージを書くかを決めます。後見人や結婚式のベストマンやフラワーガールなどが決まらないと印刷できないので、後日印刷の依頼をします。花嫁衣裳などは、衣装屋で注文をとりました。私はバロンタガログというフィリピンのスタイル。新婦はウェディングドレスです。後で知ったのですが、フィリピンでは新婦はウェディングドレスを作るそうです。一生に一度だけ着るものとして作ってもらい、結婚式に着て、後はそれを大事にしまうそうです。服の貸し借りがよくあるフィリピンでも、姉妹や親族にも貸したりはしないとか。日本ではレンタルが当たり前だと思っていたので、フィリピンでもレンタルだと決め付けていました。結婚式後、それを知って妻に尋ねたところ、!!!!。12年後の今でも、妻はそれを少し恨んでいます。「どうせ、あのときお金がなかったんでしょうって」結婚式や披露宴で使う小物は、デパートに行くと売っていました。最後に後見人です。本来は私が自分の後見人を3人探さないといけません。日本から連れてくることはできないので、妻の知り合いの人から3人の男性を選んでもらいました。妻側も3人の女性で、計6人です。一人一人自宅を訪ねて、後見人のお願いに行きます。そのたびに、英語で挨拶をします。「お前は何している?どこで出合った?」何度も何度も質問攻めです。これだけの準備だけでも、ほんとに10日間ぐらいかかりました。ここのボホールでは電話が少ないので、電話で在宅かどうか確認するというわけにもいかず、とりあえず行ってみる。留守だったら出直すという感じで、時間がかかります。次は、結婚のセミナーです。
2006.03.28
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今日は12年目の結婚記念日ですが、自宅で妻がご馳走をつくってささやかに祝いました。娘が私たちにノートとペンをプレゼントしてくれました。娘には感謝しています。自分でつくった、楽天日記バックアップソフトを使って、1年前のブログを読んでいました。誕生日は自分で言っていたのに、結婚記念日はだまっていたみたいです。ちょっと照れくさいのか、それともどうどうと胸を張る気になれなかったのか、自慢話をするのが嫌だったのか、照れくさかったのか、、あまり自慢話をしても聞く人には気持ちがいいものではないと思います。だから辛い話も失敗話もなるべくするようにしています。-------------------------------------------------------------------------------結婚までの経緯を簡単に述べます。妻と知り合ったのは、12年半前の夏1993年8月でした。それから手紙をやりとりして、1994年1月に妻の実家で再会しました。フィリピンのボホール島のロアイという街です。私は「かわいい子」に会いにいくというぐらいの軽い気持ちで行きました。彼女に会う前に、自分の英語力がそこそこ上がっていて、外国人と初めて英語で気持ちの交流ができたことに感動していました。そこで、たまたまあった「かわいい子」と少し会話をしてみたいなという気持ちぐらいだったのです。男ですからそこには多少のロマンスもあればいいなと思ったぐらいでしたが、2週間ぐらいの滞在で、彼女と結婚することになってしまいました。この年の4月から大学院の修士過程の社会人入学する予定だったので、結婚はまだ先のことだと思っていたのですが、彼女は本気になっていて、このまま「結婚しない」と言ったら私は彼女の親族に殺されてしまうかもしれない。いやそれよりも彼女の気持ちを大事にするべきだと思ったので、結婚を承諾しました。一度日本に帰国して、大学院の先生や友人、会社の元同僚にも、「結婚する」と伝えました。みんな電光石火のごとく結婚するなんて、驚いていました。この前大学院に入って研究するといっていたではないか、自分でもわけがわからず、事務的に結婚の準備を進めていました。両親は意外にも結婚に承諾してくれました。私は風船のように風のおもむくまま、気のむくままふわふわと飛んでいきます。将来はどうなっているかわかりません。私自身に錘をつけたほうが良いかなと思ったかもしれません。結婚というとラブロマンスなはずですが、事務手続き上の難題がたくさんあったので、それどころではないと思いました。結婚にあたって、難題がいくつも横たわっていました。・大学院への受験はパスして、1994年4月から名古屋大学大学院へ入学すること。・入学するときに、入学金免除と学費免除を申請すること。・結婚の手続きをすること・彼女が来日できるかどうかの対策を調べること・結婚の日程を確定すること・両親が結婚式に参加できるように、ツアーの準備をすること・自分のフィリピンへの航空券とお金を用意すること・妻に結婚準備のお金を事前に渡すこと・結婚前に、妻がフィリピンで自動車免許をとること<大学院の手続き>大学院のことは自分で書類を書いて、あとは両親に託しました。細かいことはフィリピンからの手紙と国際電話で指示しました。当時はインターネットがなく調べるのに難儀しました。結局、外務省と東京のフィリピン大使館へ行って、いろいろな質問をしました。電話だって、ジープニーに乗って30分かかってタグビラランという州都へ行くか、5分かかって電話が一つしかない田舎の電話局出張所へ行くしかなかった。紙に相手の名前と電話番号を書いて、10分ぐらい待つと読んでくれる。そして初めて電話ができるような感じです。今では携帯電話が普及しているので、そのとき携帯電話があれば自分で買っていたでしょうね。そうでなくてもICテレフォンカードを使う公衆電話がありますから。ちなみに妻の実家の部落には電話が引かれていなくて、もし日本からかけるとすると、、、、、電話局の人が専用のジープニーで迎えに来てくれます。そのジープニーに乗っていって、電話を受けます。電話を受信するだけで大仕事です。少しお金を持っている人は、無線で話したりするか、専用のアンテナを用意して電話局から電波でやりとりをします。<結婚の手続き>結婚の手続きは、法律的な手続きと宗教上の手続きがあります。フィリピンの結婚制度は、宗教とつながっております。妻の宗教はカトリックなので、フィリピンのカトリック制度に基づきます。最初結婚式には、最低1ヶ月かかるといわれたので、私は結婚のために6週間滞在しました。私は大学院に入る直前だったので、そういうことができました。普通のケースは、時間調整をした簡略的な結婚式になります。2月23日、私は市役所で自分の戸籍謄本を持って、フィリピンへ行きました。妻に手紙と電話で指示して、マニラで待ってもらうように頼みました。彼女は船で3日ぐらいかけてボホールからマニラへやってきて、マニラにいる親戚の家に泊まっていました。空港まで迎えに来てくれました。彼女以外に親戚の男たちがボディガードとして来てくれていました。女性や外国人がマニラで夜に行動するのは危ないのです。その日は2人でモーテルに泊まりました。私は男たちに少し小遣いを上げました。1人1000円ぐらいですが、1日の稼ぎとしては悪くないと思います。結婚前の若い男と女がモーテルで泊まったのですから、若いっていいですね。翌朝、日本の円をフィリピンペソに両替して、日本大使館へ行きました。「結婚具備証明書」というのをもらうためです。これは戸籍謄本を日本大使館が保証して、この日本人が独身で結婚可能だということを証明するものです。そして、フィリピン航空の事務所へ行って、ボホールへ行く飛行機を予約します。2日後ですが、妻にとってははじめての飛行機です。50人乗りのプロペラ機です。片道1人5000円ぐらいで、安いです。妻の親戚にあって、お土産を渡します。私はお金をあまり持っていないし、結婚後の生活もあるので、かなり節約していました。彼女がマニラに滞在するときは、いくばくかのお金を払って、親戚の家に泊まってもらうように頼みました。翌日、日本大使館へ行って「結婚具備証明書」を受け取りました。午後、彼女とマニラの街をデートしました。マニラ公園へ行ったりしたと思います。途中、彼女の家に電話をかけたと思います。これも電話局へ行って、妻のお父さんが仕事している隣の家に電話をかけます。そして、「明日、ボホールへ帰るね」と伝えます。その後日本から電話をしたりするのが不自由なので、お父さんの職場と実家に1台ずつ電話を買ってあげました。最初の料金が5000円くらいで、毎月1000円払えば同じ地域はかけ放題というシステムです。しかし、妻の弟がマニラにいる女の子へ長距離電話をかなりかけてしまって、お金が払えず電話はなくなってしまいました。2/25、彼女の故郷のボホールへ飛行機で行きました。プロペラ機はうなっていてうるさく3時間半かかりました。今はボーイング737が飛んでおり2時間かからないのですが、昔ですものね。空港は僻地にある掘っ立て小屋みたいな感じですが、家族が待っていてくれました。その日は、妻の家族に挨拶をしました。一番上のお姉さんとは映画が通じたので、やりとりをしました。私の発音はわかりにくいと言われました。2/26 フィリピンの結婚の手続きです。フィリピンの結婚は結婚式をしないと認められません。日本は書類一つですみますが。結婚式は教会でやるか、裁判所です。ほとんどの国際結婚のケースは裁判所で行います。正式な手続きは裁判所で結婚式を行った証明書を発行してもらいます。その後で、次回にフィリピンへ行ったときに教会で再度結婚式をするというケースが多いと思います。裁判所はお金がかからず、手早くやれるので、妻の兄弟の多くも裁判所で行います。私は結婚式に最低1ヶ月かかるといわれたとき、びびりました。どうやって、結婚するの?私のカトリックの結婚式の準備はこんな感じです。まず役場へ行って、結婚式の申し込みをします。結婚具備証明書を提出して、結婚申請ができます。その後、2週間役場にこの2人が結婚するという告示がされます。重婚だったり、違法行為を犯していたりする場合は、この期間中に結婚の異議を唱えることができます。結婚申請のときに、結婚式は教会でやるか裁判所でやるか聞かれました。このあたりは、英語で会話ができて文書も英語なので助かりました。わからないことは妻と2人で尋ねて、一つ一つクリアしていきました。同じ日にすぐに、教会へ行きました。役場からもらった申請書のカーボンコピーをもって、まず彼女の教区の教会へ行きます。どこで結婚式を挙げるか、その日は詰まっていないかを確認するためです。本当は彼女の教区の教会で結婚するのですが、私の両親と妹が参加する予定なので、タグビララン市で行います。そして、教区の教会で紹介書のようなものをもらって、タグビララン市の教会へ行きます。古いつくりの教会がよかったのですが、オープンエアーの教会となりました。こちらの方が気持ち安いみたいです。近くにレストランがあり、結婚式後の披露宴も妻が考えていたようです。私はこのあたりはまったくわからずじまいで、妻の後を付いていきました。オープンエアーの教会で神父さんにあいました。ジーンズとTシャツ姿だったのですが、妻から「神父さんだよ」と言われてびっくりしました。結婚式の日程と手続きと準備の確認です。日程は空いていまして3/27(日)の11時からだったと思います。10時くらいに洗礼があり、その後ということでした。3/27(日)に決まったのは、2つの理由です。結婚式に1ヶ月かかるということと、名古屋からセブへ飛ぶツアーが3/26(土)発だったのです。名古屋からマニラへ飛ぶ飛行機はあるのですが、セブへ飛ぶのはチャーター機です。たまたま大韓航空で見つけて、それを予約しました。そしてセブからタグビラランへ飛ぶ飛行機も予約できて、その飛行機の到着時間が結婚式に間に合うという、いくつかの条件が会うのはそれしかないのです。3/28(月)も可能ですが、日曜日の方がたくさんの人に来てもらえるし、私の家族も結婚式後にゆっくりできるだろうということで、3/27(日)11時、これがベストとなりました。教会での結婚式も時間がかかる理由は、毎週日曜日のミサで「この2人の結婚を宣言する。みなさん祝福すしますか?」という宣言があります。最初のミサの宣言を、First Callingといい、2回目のミサをSecond Calling、三回目のミサをThird Callingといい、この3回の宣言が終わると結婚式を開催してもよいということになります。ミサは1週間に1回ですので、最低でも3週間かかることになります。神父さんから、いくつか質問がありました。式は英語でやるか、ビサヤ(セブアーノ方言)か、タガログ語か?英語にしました。結婚セミナーはいつにするかと聞かれました?来週の水曜日になりました。あとは手数料を払いました。私の宗教のことが問題になりました。一応仏教と答えました。すると、仏教は結婚について、何か特別なことはあるか?うーん、よく知りません。特別なことはないと答えました。私個人の宗教観は、いろいろな宗教が混じっていて、どの宗教についても尊厳の気持ちを持っています。どの宗教が正しくて他の宗教が間違っているということは思いません。どれも正しい、それでいいじゃないかと。次は結婚式の準備です。ここまででも複雑なのに、結婚式の準備も大変でした。
2006.03.27
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今日は誕生日。 41年前に母が痛い思いをして、私を生んだ日だ。 母には感謝している。生まれていなかったら、こうしてみなさんとお知り合いになれなかったし、自分が主人公のドラマである人生を演じることができなかったからだ。 せっかく母が産んでくれたのに、40歳を過ぎると誕生日がうれしいという気持ちが起きない。 だんだんと死の淵に近づいているのを実感しているのか、年々老けているのを感じるせいなのか。 白髪は多く、はげつつあるし、体型も崩れているが(恥)、年齢より若く見られるといわれる(おせじかな)。 独立して1年と少したって、ストレスをまったく感じなくなったせいだろうか?好きなことをやっているせいだろうか?日々、どうやって稼いでいこうか試行錯誤しているプレッシャーはあるのだが、ストレスを感じないようだ。 実は、明日が結婚記念日でもある。 誕生日よりも、結婚記念日の方がずっとうれしい。結婚記念日の方が、いろいろなことがありながら一緒に12年の年月を経た誕生日のような気がする。結婚というモノが、12歳になったような気がする。 ささやかながら、妻がケーキを買ってきてくれた。 子どもも祝ってくれた。 そして今晩は家族でブロンコビリーというレストランで、ステーキを食べに行った。 実は私はビーフステーキを想像したら気持ち悪くなり、チキンステーキにした。妻は高めのステーキを食べたが、少しだけ譲ってもらった。おいしいことはおいしいが、サラダバーの方がおいしいと感じる。やはり歳をとり、味覚も変わってきたのかな。 20代の頃は海外旅行して新しい体験をするのが唯一の楽しみだったが、今は家族で普通の生活をおくるのが何ものにも替えがたい価値がある。子どもと話をする一言二言が一万円二万円の価値があり、家族と人生をともに過ごすのが一億円以上の価値がある。 この時間を過ごすことができるのを素直に感謝したい。
2006.03.26
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高校生のときぐらいだったか、「はまる」ということについて研究したいなぁと思ったことがある。 医学的には「依存症」症状で、英語で-holicという。 アルコール依存症や、薬物依存症、ニコチン依存症、仕事依存症、パチンコ依存症、競馬依存症などがある。 英語でも、alchoholic, dragholic, nicotinism、workerholic,gambleholicなどという。ニコチン依存症だけはholicと言わないがなんでだろうか? 医学的には、お酒を飲んだり薬物を摂取したりして快楽を得る。この快楽というのは、脳に対して脳内物質を生成する。ニコチンは、脳内物質としてもともとあるものらしい。煙草を摂取することで、脳内物質を増やすということをするが、やがて自分で脳内物質をつくることをやめてしまう。アルコールは脳を麻痺させる。仕事依存症も、パチンコ依存症も、競馬依存症も、何かに快楽を得て体内でドーパミンを多量に作らせる。その状態を脳が記憶して依存症となるのだ。これらは、快楽中枢であるA10神経というのがあり、ここでドーパミンが伝達することで、「気持ちいい」と感じる。 私たちは、本当にお酒が飲みたいからでも、薬物が取りたいわけでも、煙草を吸いたいわけではない。ギャンブルも心からしたいと思っているのではない。その一瞬の快楽を再現したいために、それをやるのである。 依存症にならないほどで、あることをすれば快楽に結びつくということを考えれば、結構的ではないだろうか?英単語を一つ覚えたら、「あー気持ちいい」と快楽に結びつける。人を褒めたら「あー気持ちいい」。ゴミをひろったら、「あー最高だ」と前向きなことを快楽に結びつける。 人間にとって、一番の快楽は性衝動である。自分の目的を性衝動に結びつければ、こんなに楽なことはない。人からいじめられたりいじめたりして快楽をえるSMは、まさにこの例である。辛い修行に励んで身体を酷使する人は、痛みや辛さを快楽に結び付けているのかもしれない。 私はずっと、この「はまる」という性質を分析すれば「快楽」商品に結びつくことができるのではないかと思っていた。実際に広告業界では、商品が人にどのような影響を与えるかということについて深く分析をしている。ギャンブルもギャンブル依存症させた上で破産しないようにいくら金をむしりとるのかということが重要である。
2006.03.25
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IPA未踏の筆がすすまん。A4で10枚ほどなので量はたいしたことはないんだけれど、書けば書くほど深みにはまっていく。 誰をターゲットに書けばいいのか。 PMの先生?一般の人?内容は固まったし、いまさら新しくてよいアイディアが出てくるとは思えないけれど、日常とおもむきを変えて、10kmぐらい歩いたり、身体を動かしたり、いろいろやっているけれど、出てこないのね。 なんていっているうちに、"Age of Empire III"をやってしまった。 これで頭を真っ白にして、疲れを伴い、いけるかな?------そんなわけないじゃん。 まじめにやろっと。 "Age of Empire III"は、グラフィックがきれいだけれど、以前のシリーズとさほど変わらない。 このシリーズが好きな人はいいかもしれないが、新しい発見はないようだ。ちょっと残念です。 (すみません、どたばたしているので力はいっていません)
2006.03.24
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↑新しいオフィスです(まだ何もない状態ですが、書棚を3架入れました)あいちベンチャーハウスの第1期生の卒業報告会がありました。私は新入居者なので参加させていただきました。今から3年ちょっと前の2003年2月頃に入居された人たちが、この3月に3年が経ち卒業され(←追い出されたともいう)ました。2002年8月に愛知県が新栄にある旧県税事務所を改装して、一般募集しました。54社(個人事業主を含む)が応募したそうです。そのうち1/3の18社が認められて、入居しました。そのうち6社はいろいろな理由で途中で退去されて、12社が卒業ということになりました。6社の中には成功して早く出て行ったところもあるし、放漫経営や脱落、病気というものもあります。今回卒業できた12社も順調にいっているかどうかはわかりません。しかし、ベンチャーの生存率は、3/1000と1%にも満たないので、その数字に比べればまずまずとはいえるのではないでしょうか?卒業報告会は、卒業文集と発表会が中心でした。卒業式にありがちの涙はありません。部屋中、社長のオーラで満ち溢れていました。さすが、話し方も人間性も小なりといえども社長なんだなと思いました。入居されている社長どおしも、仲が良いようです。ベンチャーというと、アイディアと技術と勇気はあるのだけれど、人材や資金など資源に恵まれません。お互いにそういう状況の中で、励ましあい、アイディアを出し合いながら、やってきたのかなという気がします。みんなIT関係ですが微妙に分野が異なり、競争相手はいないようです。今日一期生を見ていると、そんな思いがします。少し残念なのは、このあいちベンチャーハウスには私のやろうとしている、ソフトウェア開発は少ないです。受託開発や、Webサービスや、人材派遣のようなところが多い気がします。また私の分野がここでは特殊なので、直接一緒に仕事がやれる仲間が見つかりそうもないこと。一般の業務でもITという特殊なところがあり、さらにその中で特殊なんて。競争がないのは良いのですが、ちょっとさびしいです。4月3日から入居しますが、ずっともくもくと開発に専念することになるのではと思います。午後はこの卒業生の中から書棚を残していく人がおり、荷物の梱包を手伝って、書棚を3架もらいました。以下は15平方メートル(9畳間ぐらい)に持ち込もうとしている物品である。ある意味、自分の私物(衣服を除く)が追い出されることを意味している。自分の机(高校生のときに買った事務机を25年使っている)自分の椅子(ブログで紹介したしゃちょうイス)デスクトップパソコンノートパソコンハブとLANケーブル電源ケーブル事務用品月刊誌や専門書など多数冷蔵庫(知人の知人から若干のお金で譲ってもらえそう)ポット(購入予定)電子レンジと掃除機(自宅の古いのを持っていって、自宅ニアh新しいのを買う予定)湯飲みやカップ類(自宅のものと、5月にあるフリマで探そうかな)大きなテーブル(物色中)椅子2つぐらいソファ(両親がお祝いに買ってくれるといっている。泊まるときはここで寝なさいという意味でもある)寝袋(知人宅にあるものを引き上げようかなぁ)PS2+ゲーム多数(検討中)よし、これで住める。 違うって。
2006.03.23
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Rubyのソースを実行プログラムにする、RubyScript2Exeというのを発見。このツールを使うと、簡単に実行プログラムが作成できますね。とても簡単。http://www.erikveen.dds.nl/rubyscript2exe/index.html同じようなソフトでexerbというのがあるのだけれど、こちらは外部ライブラリがうまく取り込めていないようでうまくいきませんでした。実行プログラムはここにあります。以下のリンクからダウンロードして、解凍してください。そしてコマンドプロンプトから、rakuten_backup ユーザー名 開始日 終了日 とタイプして実行します。(例)私の日記の場合は、 rakuten_backup solis 2006/1/1 2006/3/22 です。すると、楽天日記サイトから日記を1日ずつダウンロードして、ユーザー名がついているフォルダに保存されます。他の類似のツールはHTMLで余分なデータも保存されますが、純粋なテキスト文書になっており再利用しやすいと思います。http://www.solisart.com/rakuten_backup/rakuten_backup.zipコマンドプロンプトがわかりにくい人もいますので、VisualRubyの力を借りてGUI版をつくろうかな?
2006.03.22
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楽天日記のバックアップは人気ないです。。・゜゜・(≧д≦)・゜゜・。エーン!!他のシステムはHTMLで保存するけれど、こちらは純粋なテキストです。mixiのバックアップソフトもあるけれど、こちらもHTMLだし。Rubyで作ったので、exerbというソフトを使って、単独で動くプログラムにしまーすね。もちろん、機能アップしていきます。乞うご期待。
2006.03.21
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ワールドビジネスクラシックじゃなかった、ワールドベースボールクラシックで、日本は優勝しましたね。今日のブログはその話題が一番多いと思います。私はスポーツがあまり好きではないのですが、野球を10年ぶりぐらいで見てしまいました。イチローらみなさんすばらしいですね。 だけど、妻も娘も息子も「つまらなーい」です。我が家はそんな家庭です。おめでとうございます。ところで、今の世代の日本人が世界に通用しているということですね。サッカーもそうですね。ニートだとか、覇気がないとか、いろいろ言われていますが、20代、30代の方が私たち40代以降よりも優れているかもしれません。そのためにも40代以降は、彼らに後を任せるにしても、迷惑をかけないように少しでも良い世の中にしていかないといけませんよ。
2006.03.21
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題名: 稼ぐ人 安い人 余る人著者: キャメルヤマモト出版社: 幻冬舎ISBN4-344-90013-8定価:1400円+税とても軽妙で読みやすい。またうまくまとまっているのでわかりやすく、自分の考えと一致する部分が多かったです。自分が会社を興そうと思っているので、大きな自信となりました。さて内容ですが、今の時代は稼ぐ人、安い人、余る人がはっきり選別できるようになりました。誰でも「稼ぐ人」になりたいですよね。ではそれらは何なのか?稼ぐ人 = 給料以上に働いている人。会社を辞めても他の会社で収入がアップする、市場価値のある人。余る人 = 会社で余っている人。給与をもらいすぎの人(優秀でも利益以上に給与をもらっていたらあまる人になる)。安い人 = 誰がやっても差が付かないような仕事、差が出ては困るような仕事に付く人です。勝ちパターンの企業形態は次の2種類あるといわれています。一つは、システマティックな企業セブン-イレブン、マクドナルド、ドンキホーテ、ブックオフなどの会社かな。これらの会社は、市場価値が3である「安い人」を雇って、7のバリューを出せるシステムあるいは仕組みを使う。そこで「稼ぐ人」がシステムに磨きをあげていく。もう一つは、シリコンバレーのベンチャー企業や、コンサルティングファームや、ベンチャーキャピタルに代表されるモデル。「アメーバ増殖組織モデル」といい、自律と自己責任の自律経営を行います。仕組みはつくらないようにして、人材のクリエイティビティや高度の専門性が価値の源泉になる。私は後者を目指します。アメーバーの一細胞です。それでは稼ぐ人になるのは、どうすればいいか、リストアップします。そして自分はどんな状況であるか書いてみました。著者と考えが似ているので、結果は悪くないですね。でも遊びですから、許してください。1. 志が高く明確である会社や上司に言われてやるような人は、「志」はありません。はっきりとした「志」や「夢」を持っています。 ―私の場合はAIをやりたいと叫んでいます。定型的な仕事はすべてノウハウを人工知能に渡して、人間はクリエイティブな活動に専念するべきだ。それこそ生きがいだと思っています。しかし、人工知能を実現するのは難しいですね。当面は情報洪水を整理することから、一歩ずつ歩んでいこうと思っています。2. 現実を直視する力夢を実現するステップとして、現実はどうだというのを正確かつ沈着冷静に見極めることです。現状把握がうまくできなければ、どこへいけばいいのかわかりません。 ―現状では、人工知能を実現するには技術的な課題がエベレストのようにそびえています。それを続けるのに、能力的・時間的・金銭的な制約があると実感しています。3. 成果へのインスピレーションがわく現状から夢へ向かって、いくつもの道を見つける能力です。第一の方法だけではうまくいかないと悟るかもしれません、続けて第二の方法、第三の方法へと仮説を立てていきます。誰も同じ環境、同じ方法では実現していないわけですから、一回目の方法でうまくいくとは限りません。 ―プログラムを作るときは、いろいろな方法を探ります。でも一つのところに陥ってしまうことが多いですね。そのときは時間を置いたりして、全然違う発想を生むことがあります。ただ、いつ思いつくかはわからないのですが。起業戦略も、地道にソフトを作ったり、インターネットテレビで宣伝したり、IPA未踏プロジェクトでやったり、いろいろやるのですが、、、どうなることでしょうか。4. 失敗しながらやりぬくタフネス失敗しても、失敗しても、また失敗しても、成功するまでやり続けることです。やり続ければ、失敗ということにはなりません。青色発光ダイオードの中村修二さんは、こういっています。「壁をよじ登ってでもやりとげてみる。時間がかかってもかまわない。もちろん、下手でもつぎはぎだらけでかまわないのだ。完成品をとにかくつくりあげること。このことが非常に大事なのである」自信を持って、肩の力を抜いて、たんたんとめげずにやりつづけることが大切です。 ―もう20年間のテーマです。途中休んでおりましたが、諦めずにいます。死ぬまで楽しみながらやるしかないですね。5. リードし、リードさせる人をその気にさせて、その人に勢いを持たせる才能です。野球の野村監督か、長島監督かということです。野村監督は管理者として一流です。長島監督は、リーダーとして一流です。どちらも必要なのですが、起業かはリーダーとしての性質が特に必要です。 ―これは辛い話です。私が先頭を切って、何人が後についてきてくれるでしょうか。リーダーとしての才能はないみたいなので、先陣を切って歩きやすくすることぐらいでしょうか?娘や息子が付いてきてくれるかも不明です。私のやり方で私自身が成功すれば、一人ぐらい「あのやり方でも生きていけるんだ」と言ってくれればいいのかな。6. 学習が早いどれだけ早く新しい情報・知識を身につけ、使いこなし、しかもそれに囚われないか。ビジネスはスピードが大切なので、即座に新しい知識や技術を身につけていく。そして新しい環境に移ることができる。そうしたことが繰り返し繰り返し展開されていくこの能力を持っているかどうかということになります。基礎的な能力もさることながら、重要なところでは専門的な能力も必要となります。 ―当たらし物好きなので大丈夫かな。でも専門バカみたいなところもあると思う。7. 仕事で遊んでいる遊びならば命令されなくてもやり続けます。そして遊びは創造を作り出します。 ―まったくそのとおり。遊びが仕事です。昔、なんで人は仕事をしなくてはいけないのだろうかと悩んでいました。でも一生遊んでいいよといわれたら、楽しんで遊びますよ。このブログも思いっきり遊んでいます。ここではすべてにおいて語りつくせませんが、自分が考えている起業イメージが書かれているようで、とても安心しました。「自己責任の上で、楽しく、プロフェッショナルで仕事をする、アメーバ増殖組織モデル」でいく。以下は著者のホームページです。http://www.camelyamamoto.com/
2006.03.20
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サーバーに載せると環境が変わってしまって、まだ不具合があります。でも、とりあえずアップしてみました。http://www.solisart.com/rakuten_backup/バックアップをとる開始日と終了日を入力し、ユーザー名(ディレクトリ名)を入れてください。少し時間がかかりますが、テキストでバックアップがとれます。バックアップ終了後は、バックアップした日記の一覧のページにジャンプします。もし移動しなかったら、http://www.solisart.com/rakuten_backup/ユーザー名/ を直接入力してください。私の場合は、http://www.solisart.com/rakuten_backup/solis/ となります。私がリンクさせていただいている、日記のいくつかをテストさせていただきました。不具合があるもの、とりあえず動いています。何か不具合のところや、ご注文、ご意見があったら、コメントに書いていただけるとうれしいです。今後の課題と展望は以下のようなことを考えています。課題点・バックアップしたファイルの圧縮(lzh, zip, bzipなどで)・リンクしている画像のバックアップ・太文字などのタグをどうするか?・楽天日記以外のバックアップ手段のないブログのバックアップ、livedoorなどをやるか将来的な展望・リストア(バックアップしたものを復活させる)・日記のアップをいろいろな手段で実現する・ブログのマルチエントリー実現(自分のサイトと楽天日記を同時に更新、修正する)※そもそもデータベースのデータを直接バック取れたほうが、楽チンなんだけれど。
2006.03.19
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これまで夢を語り、そして未来予測をして、あたったこともあるし外したこともある。ちょっとそれを振り返ってみた。・バイトと並行して株の投資をはじめる(1994年)○ 貯金とバイトで貯めた100万円を元に、株の投資を始める。当時は100万円ないと投資ができなかった。2割ぐらい利益が出たら売るというのを繰り返して、200万円ぐらいになったかな。バイトも含めると21歳のときには300万円ぐらい持っていた。・NTT株の第一次放出は化ける(1986年~1987年)○ 運よく2株買うことができて、1株だけ119.7万円→257万円で売る・NTT株は1株400万円になる(1988年)× 海外旅行中に母に400万円になったら売ってといっておいたが、300万円を超えたぐらいで失速した。その後150万円で売ろうとしたら、母が欲しいといったのでその値段で母に売る。その後100万円を切った。・中国の将来はわからないが、インドは伸びる可能性があると思った(1987年~1990年)○ 中国の本屋とインドの本屋へ行った。インドの方が本屋にある専門書が充実しているのに感激した。アメリカやイギリスにある専門書を許可を得て、英語の本を発売していた。もとより、インドは数学や哲学が盛んなところでコンピューターにおいて伸びる可能性があると思った。インドを旅行中、Prologの本を1000円ぐらいで買って勉強していました。× 中国はインドのように貧富の差を割り切ることができない、建前上は平等の共産主義なのでむずかしいかなと思った。1987年当時は中国で中国語を勉強する本をたくさん買って帰国後に中国語を勉強しようと思ったけれど、環境や語学の才能がなかったのね。その後天安門事件があったのでだめかなと思ったが、いまは中国は伸びている。予想が外れた。・研究しながらビジネスができる方針を立てる× アンダーセンコンサルティングに入った目的は、研究志向のビジネスコンサルタントになるためだった。夢は大きかったが、英語と才能が足りなかったかな。環境にも恵まれなかった。その方向性は間違っていなかったが、現実とのギャップが大きすぎたと思う。ドクターを取ってアーサー・D・リトルへ行くべきだったか、それともやはり才能がなかったか。・これからはインターネットメールで地方でも都心でも変わらない状況になる(1993年)× アンダーセンを休職して、名古屋へ戻ってきた。これからは名古屋も東京も変わらない時代がくると思った。インターネットが花咲く前に、NIFTY-Serveからインターネットなどとメールの交換ができ始めた時代である。しかし、メールやリモートでは限界を意識しながら、仕事をする必要があると感じている。バーチャルリアリティが実現できなければ、難しいと感じている。・インターネットがビジネスに結びつくとは思えなかった(1994年~1995年)× 大学院時代は、MosaicやNetscapeに触れることができた。また海外のホームページを見ることができた。そして自己紹介するホームページをつくったこともある。だけど、ホリエモンと違って、インターネットがすぐにビジネスになるとは思えなかった。大きな失敗であった。・起業を試みる(シェアウェアの翻訳、1994年~1997年頃)× 失敗したシェアウェアが出回り始めていた。シェアウェアとは、ソフトをパソコン通信やインターネットで配っておいて、気に入ったらお金を払ってくださいというシステムである。Macintoshのソフトは、文字の部分だけを簡単に置き換える構造になっていた。そのため、プログラムをコンパイルしなくても英語版を日本語版に置き換えることができる。当時、オーストラリアのStairwaysという会社とフランス人などと契約して始めた。ただ絶対料が少なかったことでビジネスとしては成立せずやめた。毎月の売上が1万円ぐらいだった。同じ頃、同じところに目をつけた競争相手がいた。今でもそのビジネスを続けている。会ったこともメールでやりとりしたこともないが、たぶん日本語が少し苦手なネイティブな人だと思う。彼には物量で負けてしまった。いまでもその事業を継続していることは驚いている。http://www.bridge1.com/Googleで私の名前を検索すると、Vectorのサイトが私の名前が出てくるのはそのときのためだ。・起業を試みる(ビンテージジーンズ販売のインターネット販売、人材派遣、1996年頃)× 大学院を修了するときに、アンダーセンを休職解除して退職した。そのとき、アメリカでビンテージジーンズを販売している人とインターネットで知り合った。日本での代理店となる人を探していたが、高い報酬を私が望んだせいか、話は消えてしまった。同じ頃、人材派遣会社の技術サポートをしていたこともあり、新しい人材派遣会社共同設立を試みる。こちらも失敗。 いまにして思うと、自分の給与を確保するためのサラリーマン的な考えであったのだろう。リスクをとらすして利益を得るようなところがあったと思う。・インターネットビジネスを手伝う(2000年~2004年)× 最終的には取締役になったが、失敗。会社をやっていくことの難しさを感じた。仕事をがんばりすぎると家族との軋轢を生み、夢や将来像が重ならないと一緒にやってはいけない。ただ経営者サイドからモノを見ることができてよかったと思う。雇用される側と雇用する側は、まったく視点が異なる。モノの見方もまったく異なる、そういった訓練ができてよかった。 会社として成長するためためには、「ビジョナリー・カンパニー2」で書いている条件が必要だと信じている。 ・これから(2005年~)? 一人でビジネスを始める。私の「情報触媒」産業が必要であると感じている。誰かが、例えばGoogle、やるかもしれないが、チャンスを失うのはもったいない。実現するためには、チャンスだけではだめで、それを実現するためにやり遂げるということが必要である。自分では過去の未来予測をしてあたっているなぁと思ったけれど、書き出してみるとはずれていることが多いなぁ(恥)。失敗していることが多いことを実感して、かえってよかった。
2006.03.18
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中国人の妻の事件が続いている。 フィリピン人の妻が事件を起こしたものもあるのだが、同じように外国から妻を迎えた夫としては、辛い話です。 滋賀で起きた、衝動的に2人の子どもを殺した事件。 千葉で起きた、夫をインシュリンで植物状態に追いやった事件。 どちらも中国出身の女性が、日本人の夫の妻となったケースです。 もちろん、すべてがそうではなく幸せに生きているケースの方が多いと信じたいと思います。 ただ、妻の知人のフィリピン人では、必ずしも幸せに生きているケースの方が少ないと感じます。ひょとしたら、そういった犯罪の予備軍なのかもしれない。いつバランスが崩れて、何かを起こすかもしれない。現実的に社会の底辺に生きている人は、精神的にも金銭的にもギリギリの状態に追い込まれていますから。 私たち夫婦も、結婚した直後はお互いに常識が違っていて、自分の気持ちが相手に通じないところがありました。日本語の問題もあるでしょうし、日本文化との相違もあるでしょう。ただ、日本の生活の方が豊かであるということもを認めつつも、フィリピンに残した親族の生活を嘆き、そのギャップに苦しんだと思います。 いまは、子どもの成長とともに、子どもや家族が第一ということを夫婦で共感しています。 私は家にいることが多いので、収入は少なくても、子どもと妻と密な時間を取ることができています。 問題はこの4月から、名古屋で事務所を抱えることになります。 成功しても、失敗しても、環境が変わります。いま「成功して不幸になる人々」という本を読み始めていて、どちらに転んでも夫婦や家族との関係が悪くなるのではと心配しています。 ※たぶん昔のブログと同じようなことを書いちゃったんだと思います。 外国人による犯罪の事件が続いて、辛いということだけを言いたかったんです。
2006.03.17
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「Java言語で学ぶデザインパターン入門マルチスレッド編」を改訂して出版されるそうです。彼はプログラマーですが、さまざまな本を書いています。いろいろな本を書いて、プログラマーやSEに技術や情報を伝えている姿勢は頭が下がります。独立した私にとっての目標の一つは、結城浩さんかなと思います。この本について紹介して、結城浩さんのサイトのページにトラックバックすると8人まで無料でいただけるそうです。ぜひ、みなさんトラックバックするか、本を買ってみてください。久しくJavaと離れているので、役に立つかどうかわかりませんが、前の会社で買って読んでいた気がします。結城浩さんとはお会いしたことはないけれど、彼のホームページにある心がけシリーズやクリスチャンとしてのいろいろな記事は心がやすまります。http://www.hyuki.com/writing/index.htmlあっ、人物紹介ばかりしていて、本の紹介をしていなかった。
2006.03.17
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ネットチャンネルKYOで毎週水曜日夜11時から放送している、Cyber laborartoryの原稿です。1. 次世代DVDは、パソコンに搭載されるか?もうすぐ次世代のDVD、HD DVDとBlulayのプレーヤーや映画コンテンツなどが発売される。結局、次世代のDVDは2種類ものが並行して発売されることになってしまい、残念だ。DVDは最初一種類だったけれども、記録用DVDとして、DVD-R(RW), DVD-RAM, DVD+R(RW)の3種類が並存することになってしまった。また2層記憶の DVD-R DL2, DVD+R DL2 というのもある。こちらはディスクが高いので、映画のバックアップ以外は流行っていない(爆)もっとも新しいドライブは、これらすべて対応できるものもあったりするので、結局全部飲み込んで対応できるということだろうか。HD DVD, Blurayは最初から2種類の企画は残念だ。これをまた記録用の規格で、どれだけ複雑になるのだろうか?意外とあまりでないのかもしれないね。DVDでこれだけ複雑な規格になって、さらにたくさん乱立したら、一つずつの規格のシェアが少なくて、利益がないかもしれない。それより、映画を録画させない次世代のDVDの規格は、ニーズがないのかもしれない(爆)。ところで、次世代のDVDのドライブは複雑なハードを持ちいている。DVDがコピーされたことへの反省から、ソフトとハードの両面でコピープロテクトをかけている。とくに、HDMIという仕様で、ドライブは外部に専用のチップを必須としている。つまり、パソコンでいうとマザーボードに対応のチップが必要であるということ、それがないと次世代DVDは再生できない。そのチップを使って、次世代DVDの信号はデジタルで出力は内部しか行わない。外にはアナログ信号しか出さない。専用の次世代DVDプレーヤーは、こういった問題はおきないが、パソコンでいま次世代DVD対応といっても、ひょっとすると対応ドライブだけでは、HD DVDやBlurayの映画コンテンツは再生できないかもしれないので注意である。2. Amazon、iTunes&iPod対抗サービスを計画アメリカのAmazonは、AppleのiPodに対抗して、専用の音楽プレーヤーを発売する。韓国か台湾のメーカーに依頼して、Amazonオリジナルの音楽プレーヤーを製造販売するらしい。そして、iTunesに代わる無料ソフトで簡単にダウンロード販売できるようにするらしい。Amazonの強みは、書籍やCDなどを販売してきた顧客リストである。それぞれの顧客がどんな曲が好みなのかもわかる。日本では再販制度があってできないが、CDなども割引して販売しているので、いろいろな割引などもできるかもしれない。ただ、この方法は、私はうまくいかないと思う。音楽プレーヤーは独自のセンスが問われるが、それがない。普通の音楽プレーヤーにAmazonというロゴが入っているだけでは、オリジナル性もファッションセンス性もない。Appleの一人勝ちは嫌だけれども、もっとよい対抗馬が出てきて、よりよりサービスを提供して欲しい。3. 米議会、中国にあるウェブサイトを撤去せよアメリカに本社を持つIT企業に対して、中国の検閲制度に協力するような企業について罰則規定を設ける法案が提出された。これは、Google, Yahoo, MSNなどの中国の検索サイトが中国政府の圧力に屈して、一部の情報を載せないということに協力したものだ。中国は共産主義の国家で、言論の自由を認めていない。アメリカは言論の自由は大切なことと信じているので、アメリカの企業がそれをやっていはいけないという意見である。まあ、個人的には企業を叩くよりも、国を叩くべきだとおもうのだが。郷に入りては郷に従えだと思う。4. オリコン、音楽配信のアフィリエイトを6月開始オリコンは、音楽のランクをづけをする会社である。古い情報処理企業というべきか。この会社が、楽曲販売やブログサービスをやっていることを知って、驚いた。Yahooなどで、楽曲の売上情報などは間単に入るので、オリコン自体限られた情報を元にビジネスをしているのは、辛いのかな。
2006.03.16
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また懲りもせず、IPA未踏プロジェクトに応募しようと思っています。 応募要綱を読んで、応募書類を書き始めようとしたのですが、、、おぼろげながらやるべきことは決まっているのですが、それから書き始めることができなくなってしまいました。 こういうとき、みなさんはどうしているのでしょうか? 積読している本を読み始めたり、録画していた番組をみたり、しまいにはゲームを始めてしまいました。 日常と違うことをし始めたら、何か出てくるんではないかなと思いましたから。 だけど番組をみたり、ゲームを始めると、あっという間に時間は過ぎていきます。 夜中にゲームをしていたら朝になってしまいました。 ゲームは、Prince of Persia Warrior Withinというのと、古いPS2のエースコンバット04です。エースコンバットは飛んでいるときの景色がきれいです。 夜に仕事をしたり本を読んでいるときは、眠気を覚ますためや、お腹がさびしくなるのでついつい夜食をしてしまいます。翌日はお腹の調子が悪くなるのですが、こうやって太ってしまう。 でも、集中できる時間は静かな夜しか見つかりません。 最近は車に乗るときも、FMや音楽は消しています。街の雑音を聞きながら、走っているほうが集中できるみたいです。 応募書類かかないといけないのはわかるのだけれど、思いつかない。 心から何かあがってくるのを待っているんだけれど、そんなものはあるのかな。 それともテレビ見たりゲームをするのは、たんなる時間つぶしで役に立たないことでしょうかね。
2006.03.15
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今年度の最後になるが、小学校で息子の相談があった。 来年度において、息子の処遇について両親が特別学級に委ねるかどうかの決定である。 学校で勝手に決めることはできず、両親の依頼が必要だということだ。 私と妻はかねてから息子を特別学級に任せるということを同意していたので、改めて申し込む。 学校と家庭での息子の状況を確認すると、さほど変わっていない。 薬が効いて落ち着いていることもあるが、効かないときもある。IQは高くて、学習は問題ない。ただ、こだわりが強くて、一度はじめると終わらないと気がすまない。図工を初めると、「時間がないから来週やろうね」と言っても、ずっとこだわって作り終えないと気がすまないらしい。無理に途中でやめると、途中の作品が気になってしかたないらしい。 朝も誰かにちょっかいをかけて追い回しているらしい。朝会も突然奇声を出して、動き回るらしい。 学校での行動は、自宅の行動と違うそうだ。 自宅は家族がおり甘えられて落ち着いている。ただ学校は人がたくさんいて、人の状況はいつも変わるので、刺激が多い。息子はそんな学校を好きでたまらないが、一方で刺激にあふれるとコントロールが効かなくなるようだ。簡単にいえば、刺激を受けると、すぐに反応する。普通の人は、いったん自分の頭の中で「どうするべきか」と考えるが、それが十分でない。 スクールカウンセラーによると、4年生まででその後の人生の多くを決定してしまうという。 まだよくわからない1・2・3年生ぐらいのときに、薬をつかって落ち着くということ。そのときに自分は「褒められている、愛されている」と感じることが大切だそうです。ADHDの子どもは「叱られる、怒られる」ということに慣れてしまいがちである。自分が自分に対して「どうせ俺はだめなんだ」とか同級生が息子を「こういうやつなんだ」というレッテルを張ってしまうのは、4・5年生くらいで、そのときでは遅すぎるそうです。 多くのADHDの子どもは、自分の感情や衝動などをコントロールすることができるようになるそうです。そうなるまでに、学習の機会を失ったり、同級生とのコミュニケーションがうまくとれないことが危険だそうです。 カウンセラーはこの3月で退職されるので、このような機会はなくなってしまう。そのため将来的なことを話してくれました。 「嫌な話だけれど5年生ぐらいになったときに、友達のモノを壊したり、お店で万引きするということがあるかもしれません。普通の子どもは欲しくなったりしたときに、両親の悲しむ顔が頭に思い浮かんで留まるのですが、ADHDの子どもは先に衝動が出てしまう。もしそのときはきつく叱ってあげてください。子どもに『叱られる』とか『悲しむ』とかを強く思い浮かばせるということが大事です。」 薬と行動療法の双方が大事であるとおっしゃっていたが、行動療法の方はなかなかできない。 1年生の子どもに無理に訓練させるのも酷なので、好きなことをのびのびやらせ、愛情を深めるということぐらいしかできていない。 カウンセラーの方の退職理由は、年老いた親の介護のことだという。 私の両親も年々老いている。あと10年ぐらい経つと、父は80歳に手が届き、母も75歳。 両親もだんだんと身体と頭が老いていく、私も仕事どころではないかもしれない。 妻の母も同様だ。老人問題って、身近なところにも起きているんだね。
2006.03.14
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PHP研究所飯田史彦ISBN4-569-61801-41600円+税昔、知人が紹介してくれた本を読んでいる。なんとも不思議な人で、不思議な本だ。福島大学の教授をされているとのことであるが、1962年生まれで私より少し上の人。専門の経済学とは、分野の異なる本で「生きがい~」シリーズをたくさん出版されていて売れている。http://homepage2.nifty.com/fumi-rin/私は科学者だから、霊だの生まれ変わりなど、証明できないものを当たり前のように話すのはちょっとちがうかなと思う。しかし、研究の道を閉ざして10年以上、いつの間にか江原啓之さんのやさしい語りに引き込まれていく。そしてこの本もついつい読んでしまった。本の内容は、江原さんと同じようなことが書いてある。人は輪廻転生を繰り返す。人は学ぶために経験をつむために生まれてくる。最終的には愛を学ぶためにいきる。自分の親や兄弟、子どものように関わる人は、輪廻転生のうち何度でもまた夫婦になったり、子どもになったりする。辛い環境に生まれてくる人やハンディキャップを持って生まれてくる人は、生まれる前に自分が試練を積むためにわざわざそうしている。だからハンディキャップを持つ人を、Challenging Personともいう。などなど書いてあります。宗教でもないのですが、かといって幸福の科学のように人を集めるのでもない。飯田史彦という人はどんな人なんでしょうか?でも本の印税だけでも数億稼いでいるよね。
2006.03.13
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午前中は私の住んでいるマンションの駐車場の抽選。私が住んでいるマンションは5棟から成り180戸の家がある。一戸につき一つの駐車場は確保されている。このマンションが完成した当時は、100台分もなかったと思うが、一戸に一台はあるのが当たり前。一戸に2台あるところは珍しくなく、3台あるところもある。駐車場料金は、4400円/月である。自分たちの土地なので料金の基準は難しいが、すべて組合の管理費用となり修理や運営費用は必要である。ただここの管理組合の決まりは、公平を期すために、駐車場の位置は毎年変わるということだ。毎年ではなく、2年おきとかにしてもよいかなと思うが、毎年恒例の行事である。最初に番号のついたくじを引く。そして番号の小さい数字から、順番に好きな場所を選んでいく。去年は18番だったが、良い場所を先にとられていた。今年は111番だが、他の人がたまたま取らなかったのか、同じ場所になった。毎年4月1日に駐車場を新しい場所に変えないといけないが、場所を移動しなくてもよいことになった。午後からは、大府市にあるキンブルというディスカウント店へいく。http://kimble.kir.jp/余った品をとても安く売ったり、中古の品物も売っているお店である。駐車場はいっぱいで盛況である。私は1年ぐらい行っていないが、妻はフィリピン人の友達に連れられてその間何度か行っているようだ。100円や200円のお菓子や食品が30円で売られていたり、人気のない商品は叩き売られている。現金問屋のような性格なんだろう。新しいオフィスで使えるものはないかなと思い物色していたが、自分の探している大きめのテーブルはなかった。日本人は茶髪のお姉ちゃんがいたり、フィリピン人がいたり、ブラジル人らがいたり、中国人がいる。日本人も柄が悪い感じかな。悪く言えば、社会の下層階級が集まっているところである。昔は、こういうごちゃごちゃが好きだったけれど、安物買いの銭失いをすることが多く、品が悪いので嫌かな。言葉遣いや立ち振る舞いがなんとなく合わなくなってきているから。人の顔を見ると、生活に苦しんでいるようでいて、幸せな顔はみられない。娘や息子はやすーいおもちゃを買って喜んでいたが、言葉や環境が子どもたちの将来を決定するかもしれないと思うと、あまりこのような場所に連れてきたくない。以前のブログにも書いたが、大型モール型デパートはここよりもましだけれど、なんとなく嫌な感じがあった。先週、地元にある梅が咲いている公園へ行ったけれども、そこに来ている人の顔はみんな幸せそうで上品な感じがした。また地元で開かれる産業祭りという商工会主催のものも、同じような幸せな顔が並ぶ。明らかに人が集まる場所に、階層を感じる。昔の日本ではあまりなかったのではないだろうか?いままで、スクワッターエリア(貧民層の地域)や売春街などごちゃごちゃしているところを見るのが社会を垣間見ることができて好きだったが、子どもをそういうところから遠ざけたいという気持ちが出て来ているのかもしれないと思った。
2006.03.12
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午後から起業支援ネットへ出かける。次々と以下のようなスケジュールをこなす。2時から、起業道場4時から、起業支援ネットによるインタビュー5時くらいから、梅の家 兼 コミュニティビジネス全国サミットスタッフ打ち上げ・起業道場以前のブログに書いたけれども、グループで2時間起業相談を受けることができる。起業の学校やセミナー受講者のフォローアップという主旨で、料金は2000円。とても安くやってもらっているかなと思う。でもそれ以上の料金がかかるとすると、今は2の足を踏むだろうな。本当はコミュニティビジネス対象なのかもしれないけれど、ITベンチャーの私が入ってもいいのだろうか?今回の受講生は刈谷市の商店街活性化をされているSさんと私の2人だけで、鈴木先生。議題は私が持ち込んだものとSさんの持ち込んだものである、先に私の持ち込んだものについて進めることにする。私の持ち込んだものは、以前にブログでも書いた、人材と企業のマッチングについてです。人材派遣業や人材紹介業が、中身のない人材紹介をして利益を上げていることに矛盾を感じています。それを、自分で職務経歴書や履歴書をホームページ等にアップして、検索エンジンを使って欲しい人材、欲しい仕事をマッチングさせられないかということを考える。Googleの検索エンジンはとてもすばらしいので、彼らがオプション的な検索をして、ちょっとやればできるはずなのにと思うが、Googleがやらなければ自分でやってみようかと考えます。すごく簡単にいえば、職務経歴書と履歴書をある程度フォーマットにしてXMLファイルにする。自由文検索ではまだ難しいので、職種・場所・報酬・内容・期間などを検索できないだろうか?リクナビやスキルオークション、バイトモバイルなど、似たようなサービスはたくさんあるが、どれも囲い込みをしている。囲い込みをする必要があるのかな?と思った。個人情報保護の観点もあるし、人材紹介会社・派遣会社がクッションの役割をしている場合もある。という利点も分析しつつ問題点を出すこと。そして、いきなり職種の幅を広げず狭めて成功例を作ったほうが効果的という指導を受けました。いま自分が取り掛かろうとしている仕事ではないけれども、いまのうちに種を育ててみると世の中良くなるかもと思い、やっています。Sさんの方は、哲学的な話から入りましたが、案件について最終的に落としどころが明確に見つかったようです。商店街の活性化がテーマではありますが、全国的に大きなテーマだけに興味があります。・インタビュー起業の学校を卒業した生徒へのインタビューということで、起業支援ネットの会報誌に掲載されるものです。Wさん、Nさん、Tさん、みんな女性ばかりですが、スタートを切っていて、励みになります。それぞれの道で一緒にがんばりましょう。インタビューはちょっとサービスしたかな。とりあえずいろいろなところで顔を売っています。今年も起業の学校に生徒が集まって、うまくいくといいな。・梅の家 兼 コミュニティビジネス全国サミットスタッフ打ち上げコミュニティビジネス全国サミットの話を聞くと、自分のスケジュールを調整して行ったほうが良かったかなと少し後悔しています。自分のビジネスとは直接関係ないし、他に日程がつまっていたし、家族サービスを優先してしまった。でも今日DVDをいただいたので、どんな内容かなと見せていただきます。いつものように、起業道場からずるずると鈴木先生に心理的に起業相談をしてもらっていただくような呑み会になってしまっています。いろいろな話を聞いたり、自分の考えていることをぶちまけていくことで、間違っていないかな、問題ないかなと、補正をしようと努めています。-このブログを続けていることは信頼と看板を売るためにも続けます。-世の中の流れを意識せずに自分が正しいと思うことをやって生きます。ここからはしゃべりませんでしたが。-ずっと生きている間中、自分のライフワークを続けていきます「情報の触媒」-世の中の硬直化を防ぐため、ショックを与えます。-楽しいことをしていきます。なーんて。これから事業を起こそうとしている方ですが、みんなホームページを立ち上げたいとお話されていました。ホームページビルダーを使って楽に作るのがいいのではと言ったのですが、Google Page Creatorを使うのはいかがでしょうか?http://pages.google.com/(Googleアカウントは紹介制なので、連絡いただければ紹介します。mixiと同じように少し手間かな。。)複雑なページはできないかもしれませんが、ホームページを開きながらその場でチョコチョコと作っていくことができます。ホームページビルダーが、ホームページにあるような感じです。まだ英語メニューですが、日本語を使うこともできますし、これでイメージをつかむのもいいのではと思います。こんなURLで公開できますしね。http://アカウント名.googlepages.com/私は自分のサイトがこのようになるといいなと思います、、、とりあえず自分の事業の商品・サービスを紹介するページを自作していただいて、ドメイン名取得や、お問い合わせページや掲示板などはご相談にのってもいいですよ。成功報酬などで。起業支援ネットの方へ本陣へはNTT西日本へ連絡して、フレッツ光プレミアムの工事の団体交渉をした方がよいのではと思いました。たしか複数加入者が見込めると、建物の外まで光ファイバーを引っ張ってきてくれて、電話やインターネットなどとても安く加入できるサービスです。4月30日までならば工事費もかからないサービスです。ただ、プロバイダーから申し込んだほうがプロバイダー料金が数ヶ月無料になったりするので、お得だと思います。http://flets-w.com/hikari-p/
2006.03.11
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書籍代と焼肉代を稼いだ、ぜぃ。知人に頼まれて、あるシステムのテスト要員として仕事をしてきました。突然、電話がかかってきました。まだまだやるべきことはあるのですが、いまのお客さんのところでもテストをしている最中です。何か得るものがあればという誘惑で、了解してしまいました。ただ、報酬については最初に相談しましたが、会長兼副社長(妻ともいう)に後で叱られました。私は交渉は下手なので、ついつい「それでいいよ」と言ってしまうのですが、後でしまったということになります。これからは会長兼副社長の承諾を得てからしようと思います。本音を言えば報酬は倍は欲しいところですが、仕事の内容ではいたしかたないかなと。でもそれなら仕事は引き受けないほうがいいのかなと頭の中でぐらぐらします。でも、次につなげたいという気持ちもありますが、次の仕事がこの時給相場で考えられても困るというところもあります。会社にいたころコンサルタントあるいはSEとして、1日10万円で請求しておりましたが、個人になって5万円、いやそれを下回っています。本音を言えば、それぐらいはいただきたいと思います。私の仕事は個人の能力に依存する部分があり、バックアップは他の人ではできないことが多かったのですから、会社にいても個人でやっても内容は変わらないはずです。いえ、会社にいたころよりも能力は上がっているはずです。その差額は企業の看板代でしょうね。ブランドというのはそういうもので、みんなそういうお金を払っているんですよ。話は戻って、テストの内容は、あるシステムの管理用Web画面のテストでした。ほぼ完成しているものの、小さな不具合がたくさんあります。システムが落ちたりエラーで先にいけないというのはないのですが、表示内容がおかしいというエラーはたくさんありました。ただ、プログラマーは自分で仕事をしていると気づかないのですよね。Javaのサーブレットでつくってあるので直接いじれませんが、PHP言語だったらその場で直せるところもあったかもしれません。もしその場で直せるのでしたら、1日5万円でも安いと思います。以前にPHPで同じようなものを作ったことがあったので、内部的なプログラムの動きを想像することができましたので、私のテストは効率的だったと思います。残念ながらテスト仕様書というのはなくて、テストの内容はきっちりとしておらず、学ぶものは少なかったです。ただ「プログラムをつくった当事者ではない人がテストをするべき」というところは、同じ意見を持っていらっしゃったので、自分の考えが間違いないことを再確認できました。7時間半テストをやって、気疲れしてしまいました。久々に自由でない環境で仕事をしたせいかもしれません。←もう気苦労をしていないのだろうか。たくさん本を買って、結婚12周年で妻がステーキを食べたいと言っているので、その費用が稼げたということでしょうか。目の前のお金にもつられてしまったかもしれません。
2006.03.10
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これから開発しようとしているシステムの一機能として、Webのデータを取り出すという機能がある。これまで調査したり勉強したりした成果の一つで、「楽天日記」のバックアップをするプログラムをつくりました。暫定的で以下の仕様となります。・日記を"年-月-日".txt の名前で保存します。例えば、今日の日記は"2006-03-09.txt"となります。・日付の範囲を指定して、日記のある日だけ保存します。ただし、1日2つ以上ある日記の場合は、2つ目は無視されます。・日記の改行以外のタグ(太文字の)などは、そのまま保存されます。・日記に組み込んだ、画像は無視されます。・結構早く、1分間に100文書ぐらい保存できます。1年分は3分ぐらい。私の日記は500記事を超えますが、5分くらいで保存されました。さて、これをどうやって公開しましょうか?他の人はお金をとって公開している。フリーウェアとするべきか、シェアウェアとするべきでしょうか?機能をもうちょっと上げてから、公開するべきでしょうか?Rubyという言語を使って作ったので、Rubyの実行環境をダウンロードしてインストールしてもらわないといけない。そのため普通の人にはちょっと面倒かもしれません。自分のサイトにアップして、そのページからアクセスしてもらい、最終的には圧縮した形式でダウンロードするような形がいいのかな?どうせたいしてお金をもらえるわけではないので、ソースを公開してもいいけれど、、、他の人が盗用して自分の製品だと宣言されるのも嫌だし。もしバックアップして欲しい方がいらっしゃいましたら、おっしゃってください。数人程度であれば、日記を圧縮してお送りします。だけど、不具合がある点は許してね。私の日記の場合、テキストで1MByteを超えていました。圧縮したら600KByteでした。塵も積もりましたネ。
2006.03.09
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夜寝る前に、妻と一緒に布団に入って、妻が寝入るまでの間に10分ぐらい話すことにしている。 妻は電気を消して布団に入ると、カトリックのお祈りをする。 何かを1分ぐらい唱えて、手で十字を切る。そして私は何かの話題を切り出す。 妻が一生懸命慣れない日本語で、今日一日あったことを屈託なく話す。 たいていは、悩み多き息子のことが多いが、フィリピンの家族のことや友達のことを話すことが多い。 私は聞いていることが多いが、年頃の娘のことを尋ねたり、仕事のことや週末の予定を話す。 最近はフィリピンの家族のことを話すことがめっきり減った。 フィリピンの家族からの電話は、まずお金の無心から始まるので、嫌になってしまう。私がサラリーマンのときは安定して収入があったので、妻の母や兄弟に多少あげる余裕があった。だけど、兄弟はそれを期待する一方で、娘の息子の教育費の問題や私の不安定な仕事のことで不安を感じ取り、フィリピンからの連絡は嫌になったみたいだ。 また、妻の友達も苦労している人が多い。 夫がいまだにフィリピンパブにはまっていて、お金を散財してしまう。その奥さんからの悩みの電話がある。また結婚したばっかりで、日本の生活になじめず、フィリピンの親族にお金を送りたいのだけど、夫に言い出せないでいる。日本人の夫と離婚した女性。まあいろいろである。 話していていつも感じるのは、日本とフィリピンの物価の差。 妻の実家があるボホールは、平均月収が1万円から2万円。農業・漁業と観光しかないところだ。 妻の親族は、なかなか生活が成り立たないという。それならば、なぜ結婚して、子どもを産んで育てているのか?現に成り立っているのではないか? 彼らのしている仕事は何か?現物のデザイン関係(ジープニーやTシャツ、お墓など)であるが、島にある会社やお店、個人相手に仕事をしている。それでは、お金はない人からない人にしかまわらない。 彼らに中国語や日本語の語学技術があればあるいはコンピューター技術があれば、市場がもっと広まるかもしれない。 そうやって市場を広げようとしない限り、何もかわらないだろうと思う。 いや限られた技術や市場の元でやっていると、先細りする可能性は高い。 彼らが能力が低いかというとそうでもない。 日本人の中で彼らより能力の低い人はたくさんいる。 しかし、収入はその日本人より10倍以上低い。 では人の価値はどうだろうか?10分の1以下であろうか? 人道主義的にいえば、いやそんなことはない。 人間は平等だというだろう。 「人の命は地球より重い」といった宰相もいた。 ほんとかい? しかし経済価値は、10分の1以下なんだろうな。 だって、報酬がそうなんだもの。年収数十億円払うCEOもいれば、年間に1万円も稼げない人がいる。 つまるところ、人の価値というのは、その人を必要とする人が価値を認めることで決まる。 自分の家族の価値は高い。自分にとって必要な人の価値も高い。自分にとって、害悪の人の価値は低いどころか、マイナスだろう。価値の基準が経済力であれば、文化的な価値でもよい、何か人々に貢献することが価値ではないだろうか?しかし、今の世の中に貢献するのではないけれど、将来貢献することになるかもしれない芸術家は、今の世の中で評価できない。それはどうしよう。 では、世の中にたくさん人間がいるが、その中の一人であるAさんの価値はどうなんだ。 Aさんの価値を高いという人がいれば、低いという人もいる。マイナスだと思う人がいる。 その価値を積算すれば、Aさんの価値は出てくるだろうか? そうやってAさんの価値を計算して、基準より不足していれば税金を払って価値を高めてもらう。価値が基準より高ければ、逆に寄付を受け取ることができる。そうやって、平準化することはできるだろうか? そうすれば、お金を得ずしても世の中に貢献している人は、寄付だけで生きていけるかもしれない。何もせずにいるニートは世の中に貢献していなければ、多額の税金を払わなければならない。それが払えないのならば、不要となる。親がニートを必要だと思えば、親がニートを価値あるものだと評価する。親は評価した分だけ自分の価値を譲り渡したことになる。 現在、これらの価値は、お金という尺度だけで成り立っているところがある。 私はそれに時間というのを加えたい。 その価値がなかったら、生きる資格はないというのは行き過ぎであろうか? 世の中は、お互いに支えあう社会である。人に頼っていて生きていてもいいんだったら、みんな頼ってしまうのではないだろうか? 一昔前は、「人に迷惑をかけない」という生き方があった。今はそれはあまり感じられない。 それならば、人間の価値というものの基準を設けてみたらいかがだろうか? いまはそれを議論すること自体がタブーにとらわれている。
2006.03.08
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歳をとってくると、身体が思うようにいかない。 10歳台のときは、2晩徹夜しても大丈夫だった。 20歳台のときは、徹夜して仕事しても変わらなかった。 30歳台のときから、徹夜すると翌日身体がこたえるようになった。 40歳台のときは、なんだろう? もう40歳をとおりすぎて、41歳になろうとしているから、怖い。ここが歳を取ってからつらいところだろうか? おまけに記憶力も危うい。 ペンなどはあちこちに置いてくる。←拾わなきゃ。 大切なもの(W-Zero3)は忘れる。スケジュールは忘れる。 起業しているのに、大丈夫か!? せめて身体を大事にしないとぉいけない。 お酒も飲まない、タバコも吸わないは、OK。 ストレスを溜めないような仕事と生活をしている。これもOK。 しかし運動嫌い、太り気味、これは改善しないと。
2006.03.07
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みなさん、会社の名前をつけるときにどうしていますか?名前をつけるのは大変ですよね。子どもの名前は、名前負けしないことを念頭にしています。私の名前の「猛」というのも、父親が威勢よくなってほしいという気持ちだと思うのですが、全く反対という感じです。だから、立派な名前をつけたり、流行の名前をつけるよりは、古風でも個性のあるものにしたかったです。子どもの名前は、直観で決めました。なんとなく~、いい感じかなと思って、妻と相談して決めたものです。候補としては、マリアやケンなど外国で通じる名前がいいなと思ったのですが、日本人ぽくつけようということになりました。さて本題の会社の名前は難航しています。どうしてもインターネットに絡んだ仕事をしていますので、ドメインが取れるかどうかということがキーになります。いいなと思った名前でも、ドメインが取れないと諦めています。名前を考えるときも、子どもと同じようにしています。感覚的に思いついたら、書き留めていて、いくつかバリエーションを考え、ドメインを検索しています。ドメインがとられていなかったら、すぐに取得します。.com や .netは1000円弱で取得できるので、早いもの勝ちです。これまでとったものは、こんなものです。vocalin.comsolisart.comcheepest.netai-chi.comshockby.comなんでこんなものをと説明すると急におもしろくなくなってしまいますが、vocalin.comはWebページを開いたら、自動的にリンクをつくるシステムをつくろうかなと思い、そのためのドメインをとりました。いくつか候補を挙げて、友人に決めてもらいました。その後、開発が進まず捨てました。solisart.comは、現在メインに使っているものです。もともとは、妻のほうの義理の父や兄弟がフィリピンにて個人で仕事をしています。その屋号が、Solis Artcraftといいます。Solisは妻の旧姓です。もともとは、スペインやラテンアメリカ出身の名前らしいです。Solisという名前は日本では使われないだろうと思っていたら、solis.co.jp もsolis.jp も取られていました。solisartcarft.comは長くて覚えにくいので、solisart.com というのを兄弟や親せきがホームページやメールで使ってもらえればいいなと思い取得したのですが、昨年フィリピンに行ったときにその話をしても、彼らはピンとこなかったみたいです。携帯は流行しているのですが、自分でドメインを持つという発想がなくて、残念でした。将来、彼らがインターネットを活用するときがくるまで、このドメインは持ち続けようかなと思います。solis.co.jp のサイトによると、solis という意味は太陽だそうです。知らなかった。こんなにいい意味とはおそらく兄弟も知らないだろうなぁ。私は、Sol(太陽)+ Isla(島)で、太陽の島と勝手に思っていたのですが。cheepest.net は、あるプロジェクトを遂行するために、取ったドメインです。同じような発想をしているサービスはあるのですが、まだ市場を制覇してはいないと思っているので、まだ持っています。ai-chi.comは、 AI関連の仕事をしたい。そして地元の愛知県でという思いから、aichiとAIを絡めないかなと思っていろいろいじっていたら、このドメインが開いていたというしだいです。うーん、なかなか使いづらいなぁと思っているので、たぶん捨てると思います。shockby.comは、業務の性質上思いついた名前です。情報をつなげるシステムの開発を進めています。つまり情報の「触媒」になるのかなと思いました。ただ、世の中を変えるようなものにしたい、そういう意味ではショックを与えるもの。「触媒」とショックをひっかけて、shockby 、shockby.com というのもいいかなと思ったしだいです。会社の名前をつけるとしたら、ショックバイドットコムがいいかなと思っているのですが、いまさらドットコムというのもね。(「どっと混む」という表現を使われたのを見かけましたが、おもしろいと思いました)。ショックバイだけですと、ハックションみたいですしね。ホント、名前をつけるのはむずかしい。とりあえず、今は、ソリスアート(Solis Art)という屋号にしています。カタカナは届出用と考えています。その名前を私が使用しているのは、妻は非常に喜んでいます。妻の旧姓を使っていて、妻の亡くなったお父さんを尊敬しているというので。ハイ、その点自由業でぶらぶらして妻に不安を抱かせていますが、少しは気持ちが楽になっているようです。
2006.03.06
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ゲーム開発者のためのAI入門(原題:AI for Game Developer)オーム社3800円+税ISBN 4-87311-216-8オライリーの「ゲーム開発者のためのAI入門」という本を購入した。Amazonの書評で5つ星なので、これはいい本だと思って買った。悲しむべきか、うれしいと思うべきか、本の内容はほとんど知っているじゃないの。系統立てて書いてあるし、ソースのサンプルもある。だけど、、、、ほとんど知っている。最近のゲームは複雑でよくここまで作ったなというのもある。将棋や碁、トランプのようなゲームは、解析が進んでいて人間よりも強いものが多い。だけど私たち普通の人が戦うゲームの舞台や、シミュレーションの類は難しすぎるとゲーム性が損なわれる。でも動きや考え方が人間らしいものもある。そのバランスはどうしているのかなと期待して買ったのだけど、残念ながらほとんど載っていなかった。ゲームをつくる現場ではいろいろやっているのに違いないと思うのだけれど、本当はそんなにすすんでいないのかな?数年前に、Age of EmpireというゲームにAI機能があって、ルールベースのプログラムを書くことができると聞いて驚愕した覚えがある。いつのまにゲームにこんな機能が搭載されたのだろうか、世の中進んでいるのではないかと。だけどこの本の質をみると、案外進んでいないのかもしれない。いや、ゲームを作る現場ではもっと進んでいるのかもしれない。どっちだ?いずれにしろ、残念ながら日本のゲーム開発会社ではないと思う。日本人にはその能力はあるんだけれど。
2006.03.05
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起業支援ネットの総会に参加してきました。http://www.npo-kigyo.net/昨年、「起業の学校」でお世話になった運営組織ですが、今年から起業準備会員として加わりました。起業はしているんですが、まだよちよち歩きで1人で歩けないということです。先月、NPO団体が集まるコミュニティビジネスサミットには参加できなかったので、今月は営業活動に行こうかなと思い参加しました。前半は総会です。総会って何かなと思い聞いておりましたら、株式会社で言う株主総会ですね。株式会社は株主が決議しますがNPOは会員が決議するようです。総会は良くも悪くも普通の株式会社と同じような感じです。そういはいっても、なんとなく惹かれて今に至っています。この組織はよい血の通う組織というかな、悪い人がいないからかな、癒しを感じるからかな。いろいろ課題あるものの、来年度に向かって動いています。次の起業の学校もぜひ成功してもらいたいと思います。それから、マッチング大会。またまた大恥をかかせていただきました。製品ができていない上に、夢ばかり語っても、話すのが辛いですよぉ。おまけによく訴えることができない。分野とターゲットは違うけれど、もし成功したら株のデイトレーダーをしていますよという感覚に近いかな。開発が進んでいけば、世の中を変えていくことになるんだけど、何が変えているのかわからない。「ウェブ進化論」を書いた梅田さんが、一部上場の役員に説明して理解できないのに、どうやって理解させることができるんだろうか?抽象論でおわってしまうし、具体的な話をすると論点が訴えられないしね。でも注意された言葉で、「迫力」が足りないって。それはいえているかも。威張ったり疲れたりするから抑えているけれど。やはり事業は必要かも。総会が終わってから、IT関係をやっている方たちとお茶して話していました。仕事の分野や役割が微妙に違うので、一緒に仕事ができるといいなと思います。今日をもって、彼らと一緒にNPO起業支援ネットIT分科会を始めようと思います。
2006.03.04
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先々週に、部屋の案内の通知が届いたことはブログで書きました。最初に当たった部屋は大きくて、どうしようか迷いました。1週間悩み続けました。妻と話しまして、MサイズではなくてSサイズでよかろうということになりました。会議室やトイレは共有のものがあるのですから。Sサイズでも15平方メートルあります。9畳間ぐらいです。すみません、ブログで大騒ぎしてしまいました。1人なのでやはり広すぎました。そして1年間は1人でがんばってみようと思っていますから。オフィスも決定して、駐車場は抽選ですが当たりました。あいちベンチャーハウス 204号室(2階)http://www.venture-house.jp/電話:050-5532-8816 (skypeIn) skype: ohashitakeshi です。賃料は無料ですが、光熱費等の負担分が2,500円/平方メートルかかります。204号室は約4万円/月、駐車場は1万円/月で、計5万円となります。4月3日からですので、もしよろしいければ遊びに来てください。名古屋の地下鉄東山線の新栄から歩いて5分くらいのところにあります。古い建物ですが、内装はきれいにしています。ここは、ITベンチャー関係の事務所があります。私と同じように、創業5年以内のところです。IT関係といっても分野は広いのですが、それでも共通語がもてるし、協業も可能かもしれません。自動車で行ったのですが、やっと事業の実感が湧いてきた感じです。自宅や客先で仕事をするのではなくて、オフィスを借りたことが責任を増しました。帰りの車の中で考えました。学生のときや会社員であったときは、電車やバスで通学・通勤をしていました。これまで車は怖かったのです。私はぼぉっと考えることが多いので、その間に自動車事故を起こしてしまうのではないかと思いました。ただ、車の流れに乗っていれば、そんなことはないですね。でも電車やバスは、結局自分の身を人に任せています。自分が運転するよりは安全ですが、決まった時間に乗って満員を覚悟しなくてはなりません。一方、車は渋滞に巻き込まれたりするし、事故を起こすかもしれませんが、自由です。いつ乗ってもいいし、どの道を選んでもいい。身近に、電車にほとんど乗ったことがないという人を知っていますが、そうか自由を選ぶために車に乗っているんだなと思いました。
2006.03.03
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2004年10月頃に日本人がイラクで誘拐されて、その後アルジャジーラやネットで香田さんが自分で「自衛隊に撤退して欲しい」ということを伝え、その後首を切られて殺された事件があった。 フセイン・ファハミという男がその事件にかかわり拘束されているというニュースが今日報道された。 1年半前にこのニュースを聞いたとき、20年近く前の自分を思い出した。 香田さんがどうして危険なイラクへ行ったかはわからないが、1987年6月頃パキスタンからイランを通って、トルコに行った。当時、イラン人が大量に日本に働きに来ていた。パキスタンと日本、イランと日本は3ヶ月滞在のビザ免除協定をしていて、彼らはビザを取らず日本に来て、そのまま働き続けていた。 私もパキスタンとイランへ入るにはビザは必要ない。 当時イランへ旅行できたのは、日本人と西ドイツ人、そしてユーゴスラビア人ぐらいだったと思う。 西ドイツ人とユーゴスラビア人の旅行している人にあったが、ビザの料金は高く滞在期間も1週間程度だった。日本人はもちろん、3ヶ月間はビザ代は無料だった。その時期、イランを旅行した人も年間100人以上はいたと思う。 イランへ10日間、シリアへ1ヶ月間、旅行したが、正直怖かった。 いや怖いもの見たさがあったんだろうと思う。 イラクもノリノリで行きたかったのだが、ビザが下りなかった。クエート、サウジアラビアは当然旅行ではビザは下りなかった。 イランとシリアは言葉は違うが、両方ともアラビア文字を使うので、まったく読めない。 と、ここからはフラッシュバックが起きたので、書いてみよう。 イランは、パキスタンの西にあるクエッタという都市から行く。 クエッタはアフガニスタンからの難民があふれていた。クエッタからイランへ行くには、バスか鉄道。鉄道は3日に1本しかない。バスは24時間走りっぱなしで大変だと聞いたので、鉄道で行く。鉄道は砂漠を走る。食べ物を持参したが暑く乾燥しているので喉が渇いた。 途中汽車が1時間ぐらい止まる。モノ売りも来るが、水を売っていない。 同上のパキスタン人に水はどこで売っているかと尋ねると、井戸の水を飲めて言う。 駅といっても、砂漠にある駅なので、小さな小屋があるだけなのだが、そこに井戸がある。 そこへ行って順番を待って、水をくみ上げた。砂が混じっている。自分の水筒に移して、砂が沈殿するのを待つこと3分。見た目は透明になった。しかし、上澄みを飲んでも口がじゃりじゃりする。 翌日、国境駅についた。ここからはトラックの荷台に乗って、国境へ行く。 パキスタン側の国境はボロボロの建物。木造の掘っ立て小屋に、机が並べてあり、そこでパスポートを出す。ビザのスタンプを押してくれて、イラン側の国境事務所まで歩く。数百メートルぐらいかな。 イラン側の国境は、国境を2重の有刺鉄線で南北に走っている真ん中に突然鉄筋コンクリートの建物が建っている。建物の上には、イランの国旗らしきものがあり、入り口は自動小銃を持った見張りが2人立っている。明らかに、パキスタンの人をイランへ入れたくないような感じである。 イランの国境事務所は、入り口を通ってすぐ右側の鉄筋コンクリートの事務所であった。 建物の中はエアコンが効いているし、ウォータークーラーがあった。 パスポートを預けると、すぐにスタンプを押してくれた。 建物を出ると、「どこにいくのか?」と聞かれたように思う。イランの言葉である、ペルシャ語はまったくわからない。 イランの地名、古いモスクのある地名をいうと指を指した。 数百メートル歩くと、バスの切符売り場があるようだ。 そこで、その地名をいうと首を振った。じゃあ「シラーズ」、オーケーという。 パキスタン側の国境で、$20のお金を両替していて、それで十分だった。当時、イランの通貨は闇レートで10倍くらいだった。そして旅行客はほとんどいなかったので、国は通貨規制をしていなかった。共産主義の国や通貨の弱い国は、両替率が公定レート、経済レート、旅行者レート、闇レートなど、いくつもの両替率が存在している。 たしか、シラーズまで1000km 以上あるのだけれど、$3ぐらいではないだろうか?$はもちろんアメリカドルである。後で聞いた話によると、飛行機に乗っても$8ぐらいだという。え、1000円ぐらい!! イランは産油国なので、国内のガソリンはめちゃめちゃ安い。たぶん1リットル10円ぐらいではないだろうか?それに闇レートで考えると1リットル1円。 バスは夕方6時出発の2階建てのバスであった。 たしかメルセデスベンツのバスで立派なバスである。ただ西側が輸出規制をしていたので、部品がなかったらしい。だからバスは少し古く、ない部品は自分たちで作っているという話を聞く。見た目は良いが、少し安全面で不安である。 バスが出発するとき、ペルシャ語で何を言っているかわからなかったが、運転手が大声で何か唱えると、乗客らは大声で答えて、最後に「オー」と雄たけびを上げた。ちょうど、イラン・イラク戦争のときで、街には戦争のポスターがあちこちに張っていたので、ひょっとしたら戦意発揚の言葉ではなかったかと思う。 翌日のお昼頃、シラーズに着いた。 バスの乗り心地はよく、ほとんど止まらなかったと思う。イランは高速道路があり、おそらく時速100キロを超えて走っていたのではと思う。 シラーズは、ペルセポリスが郊外にある街である。シラーズは、イランを代表する詩人を2人生み出した街ということをイラン人に教えてもらった。その詩をイラン人はそらんじて見せてくれた。 バングラディッシュから出稼ぎに来ている、お医者さんに会いました。 完璧にペルシャ語を話しているようで、年収を尋ねてみたら4万ドルとのことでした。 400万円強。日本の物価では安く感じたのですが、バングラディッシュやイランでは高いサラリーなんでしょうね。フィリピンの雇われ社長は、年収300万円ほどです。すると、日本に出稼ぎに来ている人たちは、辛いながらもかなりの高収入なんですね。 それから首都のテヘランへ行きました。 テヘランへ着いたのは、木曜日でした。翌日の金曜日はイスラム教では、安息の日です。お休みです。 ホテルはバングラディッシュの人に紹介されたところで、わずか6ドルくらいで100ドルくらいの素敵な部屋でした。その後テヘランの街角でインドで一緒になった人と偶然会いました。イランでは喫茶店のようなものが見つからず、とおりで話をするのもなんなので、私の部屋に来て話していました。彼が泊まっているユースホステルのシャワーが壊れたので、シャワー借りてもいいかというので、私は貸しました。すると、ホテルの人がノックして入ってきて、苦情を言いました。 英語やフランス語で「どの言語だったら、君はわかる?」と言っています。 英語ならば少しわかる。 「ホテルの規則で、泊まっている人以外を連れてきてはいけない。」といいました。 たしかにホテルの規則はそうなんだけど、、、、 「ひょっとして、私の行動を見張っていたのかな?そして私は男を売春すると間違えられたのかな?」 と思いました。 その後、私のジーンズが砂漠などを通って10日以上洗っていなかったので、部屋で洗って屋上に干して寝ました。翌朝、屋上に行くと、私のジーンズがありません。私は荷物を減らすため、長いジーンズ一つと短パンしか持っていません。イランは短パンで足の肌を見せて歩くとつかまることはわかっています。私は短パンしかないので、外に出られません。 なくなく短パンで、1回のフロントまで行きました。フロントには、「君は刑務所に入りたいのか?」と怒られました。しかし、私のジーンズがないことにはどうしようもありません。フロントは電話をかけて、部屋に戻っていなさいといいました。私は部屋に戻りました。しばらくすると、大きな身体のおばちゃんが、ジーンズを持ってきました。なんか軽蔑するような目を向けて、何も言わずベッドのそばにおきました。 これ以上のトラブルは起こしたくないので、翌日このホテルを出て行きました。 1ヶ月くらいイランにいようと思っていたのですが、トラブルが多く言葉が通じないこの国は不吉な気がしたので、トルコへ急いで抜けていきました。 入国のときに自分の持っている外貨をすべて報告するのですが、$50をだまってもっていました。国境で、ボディチェックを受けて、ポケットに入っていた$50を見つけられました。隠して持っていることよりも、$50が取られるのが惜しくて、「返して」と訴えました。すると、最後には$50を返してくれました。 国境からアンマン、イスタンブールへ向かうバスがありました。私もそれに乗ったのですが、同乗したイラン人に驚きました。バスに乗るなり、女性はヘジャブを取りました。そしてお化粧を始めています。とてもきれいな女性がたくさんいました。そして、男性はひげ面なんですが、国境のお店で買ったビールやワインで乾杯しています。彼らと話すときれいな英語を話します。 彼らは資本主義そのままで、イスラム国家をあまり望んでいないようでした。今のイランはあまり好きではないといっていました。イラン人って、イスラム国家でも中身はわれわれと同じなんだなと思いました。イランはイスラム革命前は、ワインをたくさん作っていたんですものね。 トルコで会った日本人に聞くと、イランの親切な人と知り合って1ヶ月間、家に泊めてもらったりした人もいました。反対に、バスの中から写真をとって、スパイとして検挙された人もいたとか。 僕自身は10日間のイラン通過は怖かった。狂気を感じましたのですぐに出ました。 イラクはそのイランよりも狂気だと思います。 そのイラン滞在が短かったので、いまだに疑問に思っていることがあります。 1987年当時、イランの都市間の交通機関でバスが大活躍していたのですが、バスの会社が No.1, No.2 ~ No.15 というようなナンバー付きの会社でした。会社の名前ってないのかな?なくなったのかな? もう一つ、イランの通貨の単位はリアルです。しかし人々はリアルといいません。 10リアル=1トマンといういいかたをします。つまり1000リアル札を、100トマンといいます。何で? これって、中国が元(yuan)といわず、塊(Kwai)というのと似ているかな? 3元を、サン クワイ チェン といいます。 余談でした。 つまんないフラッシュバックですみません。
2006.03.02
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ブログで紹介した私の買った社長イスです。NEC Directで売っています。6300円+送料です。イスの購入リンクこれでビジネスはしていません。許してください、楽天さん。
2006.03.02
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NC-KYOの3/1 23:00より放送されたサイラボの原稿です。そろそろ1年になります。ずいぶん長くやってきたなぁ。1. スクエア・エニックス、FFXIのリアルマネー業者の摘発有名なオンラインロールプレイングゲーム「FINAL FANTASY XI」で、荒稼ぎしているリアルマネー業者を摘発しました。リアルマネー業者というのは、ゲームの中で使われるアイテム(武器や道具など)やお金を、本物の円で売る業者のことです。これはアメリカや韓国で始まっていて、日本でもあるサイトで売買されています。ヤフーオークションでも売買されています。売買しても刑法に反するわけではありませんが、ゲームの規約に反するとのことです。今回、スクエア・エニックスはそのような業者がもつIDを強制退会することにしました。特に不正にアイテムやお金を入手していたので、こういう強制措置に踏み切ったわけです。あまりこういうことが極端に起きると、ゲームとしてはおもしろくないですよね。ゲームでアイテムを得たりお金を得る手段は決まっていて、強いキャラクターが独占してしまうことがあるのですから。こういうことはありうることだなと思います。現実の世界と仮想の世界が往来しているのは現象としてはおもしろいと思います。仮想の世界は、まだゲームとしての手段が限られているとても過去の話です。それが、いろいろな手段でお金を稼いだりすることができるとおもしろいですね。ロールプレイングゲームなのに、鬼ごっこやったり、サッカーをやったりする自由さがあるものであれば、とてもおもしろいと思います。この2つは別のロールプレイングゲームでやったことがあります。娘も「おいでよ動物の森」で鬼ごっこをやっているそうです。もし仮想の世界で、音楽や映画を製作してみたらどうなるんでしょうね。現実の世界の法律が適用になるんでしょうか?仮想の世界で、盗んだり人を殺しても、罪にはなりませんが。現実の世界の音楽を仮想の世界へ持ち込んで、仮想世界のキャラクターが聞いているという場合は?ひょっとすると、不思議な世の中になるかもしれません。もし私がよぼよぼになって、脳だけ生きている状態だったら、仮想の世界で生きていくというのもイイかもしれない。それこそMatrixです。2. IBM、Wi-Fiの10倍の小型チップセット開発 IBMが無線で通信ができる1円玉ぐらいの小型チップを開発しました。Wi-Fiの10倍の速度が出るそうですので、100Mbps以上の高速なんでしょうね。これが画期的なのは、30GHz~300GHz(ギガヘルツ)という、かなり高い周波数を使っています。Wi-Fiが2.4GHzあるいは5.4GHzあたりを使います。低い周波数は、国の法律で規制されていて、ほとんど開いていません。30GHz以上は、高いので規制がないのかな?これまでこの周波数を使う機器は、大きかったり高かったりしたが、IBMが安く小さいものを作った。これからこのチップを使った機器が発売されるかもしれません。ただ周波数が高いので、直進性が強く距離が届かないという性質はある。何に使うのだろうか?無線LANの代わりになるのかな?3. 「アンチ広告ゲーム」のちょっとヤバめな主張いろいろな企業のサイトに行くと、単なる企業の商品の宣伝ではなく、ゲームをさせるものがある。お菓子などのページやキャラクターグッズはそれが多い。以下のページは、そういった効果を応用して、反社会的な効果を狙ったものである。単調な仕事や環境問題を考えてもらうために、わざわざゲームをつくった。Persuasive Gamesの「Disaffected!」。http://www.persuasivegames.com/games/game.aspx?game=disaffectedこのゲームでは、プレイヤーがFedEx Kinko'sの架空のフランチャイズ店を経営する。その結果、Kinko'sというのは単純な仕事で、この仕事の問題点を体験してもらおうという主旨のゲームである。マクドナルドのゲームhttp://www.mcvideogame.com/index.html授業で先生が教科書を使って教えることは大切だが、ときには飽きさせない工夫が大事だ。それがゲームのようにおもしろかったら、たくさん学べるだろう。経営を学ぶことをゲームでやったり、軍隊の戦術もいまやゲームで行う。まだまだゲームは現実とは異なるが、現実に一歩でも近づければ楽しいものになろう。
2006.03.01
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