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……あとでいくら考えてもわからない。 なぜあのとき、橘さんに招かれるまま、兵藤の家に足を踏み入れたのか。 邸宅の中は、外見の期待を裏切らない見事なつくりになっていた。 内装のどれも品がいい。 掃除も行き届いて、隅々まで磨かれていた。 部屋数も多い。 橘さんの後に続いて歩いていると、畳敷きの部屋をいくつも目にした。 橘さんは、私がついてくるものと信じているようだった。 疑っていないから、後ろを一度も振り返らない。 『……入る?』 そう言ったきり、橘さんは何も言わない。 かすかながらも小さく頷いた私を見て、わずかに目を細めると、背を向けて歩き出した。 ついておいでとも、こっちだとも言わない。 私は焦って、橘さんのあとに続いた。 足音は聞こえているだろう。 距離をおいてついてくる私の気配も感じているだろう。 なのに、橘さんは無言のまま。 足取りはゆったりと時間をかけている。 いつもの黒のスーツ姿。 見慣れてしまったはずなのに、後ろ見だけだと、本当に橘さんなのかと不安を覚える。 次第に不安が膨らんで、「あの」と声をかけそうになったとき、橘さんは足をとめた。 続いて私が立ち止まると、橘さんは部屋に入った。 遅れまいと部屋の前に面して――また、足が止まってしまう。 客間なのだろう。 8畳ほどの和室に、重厚な趣のある四角い卓が置かれている。 ほとんど黒に近いこげ茶色だけれど、わずかに認識できる木目が綺麗に浮き出ていた。 その卓に向かい、橘さんは座布団に座っている。 立ち尽くす私を見上げると「入らないの?」と問いかけるように、私を見つめた。 ……息が詰まりそうだ。 緊張で体が強張っている。 動悸も早い。 緊張で軽いめまいもかんじた。 家の前で会ってからここまで、橘さんとはまともに会話をしていない。 なのに、私は橘さんの意図を察し、橘さんは……私の思いに気づいている。 ……答えが、ここにあるのか。 私はつばを飲み込むと、意を決して部屋に踏み込んだ。←78 80→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月31日
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バナーを製作。(リンク先は、倉庫として作り始めたホームページに繋がってます)作り始めると「こうしたい」「こういうの、作ってみようかな」とも考えて、つい時間をとられてしまう。今回のバナーは私にとっては変り種。青系のものばかり作っていたから。今回は初めから、オレンジの基本として作ってみたかった。久しぶりに、いろいろと素材系を作りたくなった。※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月31日
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どうして気づかなかったのか。 自分のうかつさが恨めしくてならなかった。 これまで、あの庭に関する夢を何度か見ていた。 空想じみたところもあったけれど、庭で見た女の子も、確かな記憶として残っている部位と照合できる。 なのに、あの女性が庭に関わっていると、なぜ思わなかったのだろう。 それが悔やまれてならない。 夢は不確かなものだ。 あり得ない出来事を含んで、疑似体験をもたらす。 現実とかけ離れた事象を映しながら……ところどころに否定しようのない現実を落としていく。 夢の中でも、庭に関するものは特殊だった。 いくつかの手がかりがちりばめられていて、目覚めて思い返し、総合的に考えると庭の夢だった。と、あとで思い至るのだ。 たとえば、静謐(せいひつ)とした空間。 たとえば、広い日本家屋の、凛とした佇まい。 たとえば、強すぎず、弱すぎない、心地よい爽やかな日差し。 たとえば、そのときの私は、五歳前後の幼子だということ――。 今日の夢も、それに合致する部分があった。 いま考えると、庭の夢だったのだと思える。 誤算は、兵藤美菜恵しか出てこなかったこと。 これまではずっと女の子しか登場しなかったというのに。 女性と呼べる年代の人が出てきたことなど、一度もなかった――。 考えるより先に、体が動いていた。 事実を確認したくて、衝動に任せの行動をとっていた。 一度うちに帰って教科書などの荷物を置いてから、家を出た。 どこに行くのかと、おばあちゃんが聞いていたけど「ちょっと出てくる」と答えるに留めた。 家から公園へ続く長い階段を降りて、地元の人間しか使わないような小道――場所によっては、他人の敷地を横切る――をいくつか通り抜けると、意外にあっさりと、兵藤の家のある住宅街にたどりついた。 私の家は高台にあって、兵藤の家は平地にある。 車道をつかうと車で20分もかかる距離も、公園の階段や抜け道を使うと、人の足でも5、6分でたどりつく。 実際、足を運んで確信した。 幼い子供でも、充分にたどり着けると。 兵藤の庭を囲う立ち木を、呆然としながら、眺めていた。 ここまで来たけれど、何をしたいのか、自分でもわからない。 ただ、どうしようもなく胸が漣(さざなみ)だって、確かめずにはいられなかった。 確信を持ったいま、どうしたいのか。 全てを知りたいと思いながら、躊躇する私がいて。 ――視界の隅に人影が映って、つられるように顔を向けた。 橘さんが、立っていた。 庭木の前で立ち尽くす私を不審に思う様子もなく、なぜ、と、不思議がる様子もなく。 兵藤の家の前にいる私を、当たり前のように……前からわかっていたように、静かな眼差しを向けている。 こくり、と喉がなった。 からからに干上がった喉奥。つばを飲み込むと、喉元が大きく動いた。「……入る?」 そう言って橘さんは、兵藤の家を示した。←77 79→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月30日
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保管庫と倉庫を製作中。 昨日は、いろいろ整理したり試したり、ボタン(TOPとかNEXTとか)作ったりで、時間がかかった。 ホームページを製作中です。 小説用を。「クチナシの庭」がおもったより長くて、フリーページ枚数足りるのか? って心配がでてきたので。 フリーページ、100枚までだから。 おさめはできるだろうけど、一ページがとてつもなく長くなるのも、私的に好みでないんで。 素材はひさびさに作ると、何だかいろいろ作りたくなってくる。 画像、使い回しが多いんで、また新しくつくろうかな。※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月30日
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古すぎる新聞記事は、図書館でも倉庫の方に直されていて、カウンターに座っている係りの人に頼んでの閲覧になった。 館外への持ち出しも禁止だと渡された記事を、慎重に抱えて空いてる席に向かった。 平日の午後は、休日に比べて人が少ない。 いつも席探しに苦労するけれど、今日は探し回ることなく見つけられた。 百科事典のように分厚い冊子になった地方紙の綴りを、少しずつめくっていく。 一冊がちょうど一年分となっている。 お母さんははっきりとした年月日を言わなかったから、探すのに苦労した。 根気よく三冊目をめくっていって、ようやく記事を見つけたときには、目が疲れてしょぼしょぼした。 見つけたと、安堵の息をついて、目をこする。 数時間の間で視力か格段に落ちた気がしてならない。 しばらく目を閉じて、目を休ませてから、記事に目を通していった。 話のあらましは、お母さんが言ったとおりだった。 初めは大きく扱われていた事件も、亡くなった兵藤美菜恵さんが精神的病を患っていたと知ると、急速に取り扱い規模が縮小され、いつのまにか記事にさえ掲載されなくなった。 お母さんの話によると、週刊誌も大々的に取り上げていたという。 全国誌にのぼるほど、人々の目には奇怪なものとして映ったのだろう。 見落としのないよう、ゆっくりと記事全体を読んでいたけれど、橋川の名も橘の名も、一度も見ることはなかった。 しばらく記事にならない日が続いたあと、思い出したように、兵藤美菜恵に関する小さな記事が掲載された。 それは事件当初の一面の半分を大々的に占めていたころと違い、事件を扱うページの隅に指で囲えるほどの小さな記事だった。 気づかず、見落としてしまいそうな……小さな記事。 ふと目に付いたのは、そこに掲載された顔写真を見たから。 小さな違和感は、写真だけでは気づかなかった。 何気なく、横につづられた文字を見て―― 私はとっさに、冊子を閉じていた。 分厚い冊子が、強く閉じた表紙に盛大な音を立てる。 静かな館内に響いた音に、迷惑そうな視線が周囲から向けられた。 肩をすくめて、それらに「すみません」の意味をこめて頭を下げる。 冊子の表紙に顔がつきそうなほど頭を下げたまま、しばらく顔を上げることができなかった。 脈打つ心臓が痛い。 どくどくと高鳴る心の音を感じながら、私は困惑していた。(……どうして……) 兵藤美菜恵として掲載された顔写真は。 今日、夢に見た、あの女性の顔だった。←76 78→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月29日
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先が見えずに書いていた小説「クチナシの庭」も、メインが見えてきたところ。 話もようやく事件性をはらんできたし。 最初に思いついたのが、事件がらみのところなんだけれど、ここまで来るのが長かった。 サスペンス風にはなるだろうけれど、推理小説っぽくなるかはいまだ不明。 ……ならないだろうなぁ。 推理小説の定義が、イマイチわかんないけど。 ナゾ→解く人→トリック暴き→解決。 が、推理小説の根幹だとしたら「解く人→トリック」の部分が薄いんで。 トリックはないけど、ナゾはめいいっぱい振りまいてます。 先が見えず書きながら、どうやってまとめよう……。 と心配だったけれど、どうにかまとまりそう。 メインは見えてきた。 ラスト付近も見えてきた。 あとは着地を成功させたい。 ……あ、メインが見えてきたといっても、私の頭の中の話。 小説の中では、今度くらいで足を踏み込むかな。ってところ。 今日はもう一つUPできるかな?※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月29日
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9 綺麗な女性がいた。 ぱっと見、華やかな印象を与えながら、静謐(せいひつ)とした雰囲気を纏っている。 軽く波打つたおやかな髪は、日差しを受けて茶色に見えた。 染めていたのだろう。 肩まで届く髪は、私の目線に合わせて膝を折るさい、ふわりと前方に落ちてきた。 あどけない子供のような笑みを浮かべて、私の頬をさすり、口を開いて何かをつぶやいている。 声を出しているだろうに、何を言っているのか、聞こえない。 ぼんやりと、私はその女性を見ていた。 年のころ30代ほどの女性だ。(――夢だ) そう感じるのに時間はかからなかった。 眠りが浅いと、時々、夢の中でもそれが夢だと認識できる。 夢とは不可思議なもので、女性と向かい合う私の姿が、第三者の視線としてとらえることもできた。 女性と向き合う私は、幼いころの様相だった。 それで「夢だ」と認識できたのだけれど。 彼女は何かを繰り返しつぶやいている。 頬をさすり、穏やかな表情と眼差しを向けながら、私に何かをつぶやき続けている。 ゆったりとした仕種、ゆったりとした口調。 ……なのに、私は不快感をおぼえていた。 次第に体が強張っていって、彼女から目をそらせなくなる。 彼女は声なく、何かを言っている。 いや、声は出しているはず。 でも聞こえない。 ……聞きたくない。 ――はっと目が覚めて、目の前の情景が自室の天井に一転した。 突然切り替わった視界に、気をそがれたように緊張が抜けていく。 ぼう、としばらく天井を見つめ、目覚めたのだと認識する。 深く息を吐いて体を起こすと、寝汗でじっとりと濡れている。 ……冷や汗……なのだろう。 肌に張り付く衣服が気持ち悪くて、シャワーを浴びることにした。 体がひどく重かった。 疲労感も強い。 体中、筋肉痛のような奇妙な痛みを感じた。 昨日は激しい運度はしていない。 目覚めの様子から考えて……眠っている間に、体を強張らせていたのだろう。 これまでにも何度か経験している倦怠感(けんたいかん)をかかえて、湯気のたつ飛沫(しぶき)に体を任せる。 暖かさに、体の強張りがほぐれていった。 ……そう。緊張していたのだ。 眠っている間に体を緊張させているのは、これまでに何度か経験した。 いつもナゼかわからなかった。 夢を見ていたからだと漠然と感じ始めたのは、高校生になってからのことだ。 ……夢の内容を、覚えているようになってから。 きっと、昨日聞いた話が印象に残っていて、あんな夢を見てしまったのだろう。 地名も知らないような、遠くで起きた事件なら、さほど気にしなかっただろうけど。 町内であった事件となると、認識が違ってくる。 自分でも思っていなかったけれど、兵藤の家の事件は、私の心に深く根ざしていたらしい。 熱いシャワーで体をほぐすと同時に、眠りかぶった頭を目覚めさせる。 いつもどおり学校に登校した後、帰りに県の図書館に寄った。 兵藤の事件に関する、新聞記事を読んでおきたかった。 それで橋川と橘さんが、兵藤の家にどのように関わっているかわかれば。との希望を抱いて。 本人たちに話を聞くのは……気が引けたから。←75 77→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月29日
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当時、小学校中学年だった少女は、家政婦が遺体を発見したとき、動かなくなった母の側で呆然と立ち尽くしていた。 家政婦の悲鳴を聞いても、茫洋とした眼差しを向けるだけで、何の感情も浮かんでいなかった。 周辺の住人たちの証言から、少女に対する虐待があったのではと、警察は疑っていた。 女声の悲鳴や奇声は、虐待を受ける少女のものではないのかと。 虐待に耐え切れなかった少女が、思い余って――身を守るために包丁を手にし、もみ合いの末、兵藤美菜恵を刺してしまったのではないか。 虐待に気づいていたのではないかとの聴取を、家政婦は強く否定した。「そのようなことはありえません。奥様はお嬢様を溺愛なさっていました」 それこそ、少しでも側から離れようものなら、あてどなく探しさまようほどに。 警察はその証言を信じなかった。 悲鳴や奇声は、少女のものだと思い込んでいた。 家政婦は思い悩んだすえに、兵藤美菜恵が心が病んでいた事実を明かした。 美菜恵の家族に了承を得て、少女への疑いを晴らすために、虐待がなかったと示すために。 その事実が明らかになって、捜査は自殺へと変容していった。 家族からも、美菜恵の病についての証言を得、かかっていた精神病院のカルテも得られた。 そうして、事態は時間の経過と共に、噂も下火となり、いつの間にか収束していった。 葬儀は家族だけの密葬で、密やかに行われた。 そうして一様の終焉を迎えた事件だったが、現場からさほど離れてない周囲からは、今でも疎んじる様相が漂っている。 我が家も、その一つだ。 お母さんは「気味が悪い」と眉をひそめ、おばあちゃんは「醜悪」と下碑する。 部屋に戻りベットに腰を下ろすと、体の力を抜いた。 重力にしたがって、体が後方に倒れる。 軽い衝撃を背中に感じながら、枕を抱きしめた。 何かをつかんでいないと、心もとなかった。 貧血気味の頭で、思考がうまく定まらない。 気を抜くと、何でもしゃべってしまいそうだ。 胸のうちの思いを、全て口から吐露してしまいそう……。 そんな中でも、庭について明かさなかった自分に安堵する。 あの庭を知っているかも。などと、口走らないでよかった。 あれほどお母さんとおばあちゃんが嫌悪する家だ。 私が兵藤の家に行ったことがある可能性を示唆すると、余計な不安を与えてしまう。 ……兵藤。 ……迷い込んだあのとき。 驚いたように、私を見た女の子。 反芻するうちに、ふと、思い出したことがある。 ……その子は頬を濡らして…… ……泣いていた。←74 76→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月28日
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数年前――私が高久見を離れていた頃、兵藤の家の女性が亡くなった。 胸を包丁で刺された姿で。 名は兵藤美菜恵(ひょうどう みなえ)。三十代の女性だった。 死因は肺を損傷したことによる窒息死、もしくは出血多量によるものと見られていた。 事件の少ない、穏やかな高久見には、衝撃的な話題として報道にものぼり、人々の口にも噂としてささやかれた。 死因もさることながら、現場の異常性が、人々の関心を呼んだ。 亡くなった女性には女児がいて、第一発見者である、家政婦がその場を見たとき……。 その子供が衣服を血で濡らし、呆然とした様相で立ち尽くしていたのだという。 警察はまず、事件性を疑った。 荒れた部屋の様相から、物取りの強盗を疑って捜査、鑑識をおこなったが、第三者の足跡も指紋も形跡、痕跡も見つからない。 凶器の包丁からも、家人の指紋以外見つからなかった。 包丁は、家政婦が調理に普段使用していたものだった。 もちろん、家政婦の指紋もついていた。 それは日常的に使われていた道具を示すもので、他から持ち込まれたものでないこと、第三者が使用後、指紋をふき取ったのでないことを示していた。 その後、捜査が進むにつれて、自殺との説が浮上した。 兵藤美菜恵が、精神的に病んでいたことを、家政婦が証言したのだ。 それまで家政婦は、その事実をひた隠しにしていた。 兵藤美菜恵の人格をかばって、口にしなかったのだ。 家政婦は「普段は優しく穏やかで……花のような人なんです。私にも気遣ってくれて、よくしてくださいました。……ただ……。本当にごくまれなのですが、つじつまの合わないことを口にされたり……おかしな行動をとられたり……することもありました」 奇行はごくまれなのだと念を押して、家政婦は口にした。 彼女は、自殺の疑いを考えていたが、精神的な病を警察には告げずにいた。 故人の人格を守りたかった。突発的な奇行さえなければ、兵藤美菜恵は人格者であったから。 そう、家政婦は告げた。 その家政婦が、兵藤美菜恵の奇行を話すに至ったのは、警察からの事情聴取で、隠し通せなかったからではない。 周辺の住人から、奇声を聞いたり、暴れているような物音を聞いていたとの証言が寄せられていた。 その件について、警察から何度訊かれても、家政婦は「知らぬ、存ぜぬ」で押し通した。 その家政婦が不承不承、事実を告げたのは、現場に居合わせた女児に、疑いが向けられたからだった。←73 75→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月27日
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それは……奇妙な言い回しだった。 人はいつか命潰(つい)えるものだし、とりたてて嫌悪するものでもない。 殺人などの事件性をはらむのなら、お母さんとおばあちゃんの態度もわかる。 けれど「殺された」と、お母さんは言わなかった。「亡くなった」とだけ事象を告げた。 「……どうして?」 不幸な事故でもあったのだろうか。 特に何の意図もなく聞くと、おばあちゃんが乱暴に食器をテーブルに置いた。「いらんこと知らんでええ」 温和なおばあちゃんからは考えられない、粗暴な態度だった。 私も、お母さんさえ、面食らっている。「ご飯がまずくなる」 そうおばあちゃんはこぼして、食事を切り上げた。 お母さんと私、二人がぽつんと食卓に残された。 お父さんはまだ仕事から帰っていない。 おじいちゃんは、自治会主催の旅行に出ている。 お母さんもため息を落とすと、まだ残っているのに、夕食を終了させた。「もう?」「……食べる気失せたわ」 お母さんは食事に関して口うるさい。 残すな、好き嫌いするな、など、食事中のマナーにも厳しかった。 人にうるさいだけでなく、自分にも厳しい。 食事を残すとは、よほどのことだろう。 ひとり残された私は、残っている料理をもそもそと食べていた。 無理して胃に詰め込んで自室に戻ると、ベットの上に体を横たえた。 体が鉛のように重い。 仰向けに寝転がって、天井を見上げる。 見ながら、お母さんとおばあちゃんの態度を思い出した。 ……予想外の反応だった。 記憶に触れる事柄だと、神経質になるかと思っていたのに、そんな態度は微塵も感じない。 まさか、不機嫌むきだしの態度をとるとは思っていなかった。 ――人が、亡くなったの。 お母さんが言っていた言葉が、頭の中で何度もよみがえった。 何が……あったんだろう。 疑問はあっさり解けた。 あとでお母さんに訊いたら、不承不承、話してくれた。 思い出したくもない。 そんな態度をのぞかせながら。「リツはこっちにいなかった時期だから知らないだろうけど……あの家で亡くなった人がいてね。……当時は自殺だ、いや他殺だ、事故だって、ちょっとした話題になっててね」←72 74→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月26日
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圭介から隠れて聞いてしまった、私が記憶をなくした前後の話。 あの話を聞いてから、家族の前ではクチナシの庭に関する話題をさけていた。 いつもの私なら、関係のあるかも知れない名を、食事の場で切り出しはしなかった。 そのときは何も考えず、聞いてしまった。 それほど思考能力が低下していた。「兵藤?」 お母さんが怪訝な顔をする。それはどこかと、見つめる目が言っている。「すごく大きな家の――」「ああ」 それでわかったらしく、お母さんは得心顔でうなづいた。 けれど、忌々しげに眉間に皺をよせている。 この反応は予想外だった。 クチナシの庭に関係する事柄だから、シラをきるか、刺激しないよう温和に話を切り上げるかのどちらかと思っていた。 うなづいたお母さんは、すぐにハッとして私に詰め寄ってくる。「まさかリツ、あの家に行ったんじゃないでしょうね」 その張り詰めた表情に押されて、私は反射的に首を振っていた。「近くを、通る機会があったから」「……近く? どうしてまた……」 あの周辺は住宅街だから、住人に用がない限り、足を向ける場所ではない。 またその住宅街は、「高級」の頭文字がついても差支えがない邸宅が並んでいる。 私の知り合いには、あの住宅街に住む人はいないから、用などあるはずがない。 『ラ・クォーツ』の関係で近くを通ったのだと話すと、お母さんは安堵した様子で「そう」と息をこぼした。 由里子と知恵と一緒におごってもらった話はしてある。その際、橘さんの車に同乗したのも話していたから、すぐ納得してくれた。「で? 兵藤が、どうかしたの」「すごい家だなって……思って。……知ってるの?」「……名前くらいはね」 何だか歯切れが悪い。 歯に物が挟まったような言い方だ。「あんなところ、行くもんじゃあ、ありゃせん」 ポツリとつぶやいたおばあちゃんを見ると、お母さんと同じように眉間に皺を寄せて、何やら難しい顔をしている。 お母さんも同意してうなづいた。「何かあったの?」 聞くと、お母さんとおばあちゃんは顔を見合わせた。「……リツは、こっちにいなかったから知らないかも知れないけど」 言いにくそうに、お母さんは声を潜めた。「あの家ではね……人が、亡くなってるの」←71 73→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月26日
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橘さんが立ち寄ったあの家が、彼本人とどんなつながりがあるのか、正直わからない。 由里子と知恵は、表札には気づいていないようだった。 橘さんが車を交換に行ったのだから、本人の家だろうと、単純に考えただろう。 私も橘さんの家だと思っていた。 去り際、確かめるように門を眺めなければ、気づかなかっただろう。 灰色の御影石(みかげいし)の表札に、黒く刻まれていた「兵藤(ひょうどう)」の文字。 ……ますます、わけがわかならなくなった。 その名はこれまで目にしたことも、耳にしたこともなかった姓だ。 橘でもなく、橋川でもなく……白石でもない。 明らかに、兵藤の家に関係している橘さん。 その橘さんと奇妙な関わりを持つ橋川。 そして……クチナシの庭の住人だと思っていた、幼い頃に見た兄妹。確信はないけれど、二人の姓はおそらく白石。 白石という人の家がクチナシの庭だと思っていたけれど……今日感じた既視感(きしかん)は、幼い日に見たあの庭だろうと、感覚が告げている。 あの家が白石宅だと思っていたのに、表札には「兵藤」の名がかかっている。 クチナシの庭を知っている橋川。 橋川とつながりのある橘さん。 橘さんは……私を試す感が、見え隠れしている。 ……考えても、出口が見えなくて。 貧血と疲れとめまいで、頭もうまく働いていない。 思考を放棄したとき、一階からおかあさんが「ご飯よ」と呼ぶ声が聞こえた。 食欲はなかったけれど、何も食べないと体調不良の症状が悪化するのは、経験上わかっている。 必要に迫られての食事だから、手もなかなか進まない。 もそもそと食べる私に、お母さんはいい顔はしなかったけれど、体調不良とわかっているから、とりたてて小言をこぼすこともなかった。 ……あの時の私は、本当に頭が働いてなかったのだと思う。 そうでなければ、食事の場であんなことを聞いたりしなかった。「ねえ、兵藤って家、知ってる?」←70 72→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月25日
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軽いめまいで、体が揺れそうになる。 おばさんにも圭介にも気づかれまいと、足に力をこめて踏みとどまった。 ケーキの包みを抱えて、ダイニングに向かうおばさんと入れ替わりに、圭介が玄関口に来た。 けれど不機嫌だった表情は、私の顔色に気づくと不安に翳(かげ)った。 開きそうになった口は――すぐに閉じて、言葉を飲み込んだ。 再び剣呑な感情を宿した瞳が、私に向けられる。「なに?」 低い声は、圭介の心情を表していた。 その圭介にカエからの頼まれ物を渡すと、予想通り、怪訝な眼差しを受ける。 事情を話すと、迷惑そうに眉をひそめた。 どうやら、強制休養がとけたわけではなかったようだ。「余計なまねして……」 圭介もカエの意図に気づいている。 カエに届け物をする名目で、グランドに足を運ばせようとの魂胆だ。 意味がない。と、圭介はこぼした。 今回の休養は、意気込みがないからとらされたものでなく、有り余ってるからとらされたものだ。 カエとしては「意気込みを見せれば」と考えたのだろうが、根幹が間違っている。 返される前に、後方に数歩下がって、圭介と距離をとった。 箱を持って突き出した圭介の手が、虚しく空に留まっている。「こんなの、知るかよ。勝手なことしといて」「私の方が関係ないよ。私が持って行っても仕方ないじゃない。好奇の目にさらされるだけだし」 圭介も同じ事を思ったのか、しぶしぶ箱を持つ腕を下ろした。「頼んだからね」 と、一言告げて、その場を後にしようとして――。 玄関口から半身、体を出した状態で「ねぇ」と圭介に訊いた。「兵藤(ひょうどう)って……知ってる?」「……ひょうどう?」 潜めた眉から、発音から、何のことかと圭介の目が語っている。 その言葉が何を意味するのか、それさえわからない様相だった。「なんでもない。知らないならいい。カエのケーキ、よろしくね」 背を向けて外に出ようとすると「リツ」と圭介の声がした。 反射的に立ち止まり、振り向くと、こちらをうかがうように見る、圭介と視線があった。「……体調……」 続く言葉は「大丈夫なのか」。 でも、声としては出てこなかった。 それほど、今の顔に色味がないのだろう。「……大丈夫」 どうにか、口元だけに薄い笑みを作ると、逃げるように玄関のドアを閉めた。 家に帰り、自室に戻るなり、ベットに突っ伏した。 くらくらする。 めまいがひどい。 体調は最悪だった。 もうすぐ、月のものが始まる。 それに伴う体調不良だけれど、昼間見た、あの邸宅と庭が、それに拍車をかけていた。 車を乗り換えて、邸宅を後にする帰り間際。 その表札には『兵藤』の文字が刻まれていた。←69 71→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月24日
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「彩雲国物語」。現在、BSのNHKで放送中ですね。土曜日、朝九時から。なんと言うか、好きです。こういう国が関わる話。現実、非現実関係なく、国の根幹に関わる話が好き~。和洋中、ジャンルを問わず。ライトノベルでもハードブックでもなんでもいい。でもってフィクションで。ファンタジーで。魔法とかは頻出度、激低で。適度な非現実性で留める程度で。頻繁に出てくるのは、ついていけなくなったりするから。予想を反するどんでん返しとか、機転が利く子が出てくる話が好きです。このシリーズは一気に読めてしまった。新刊出てたのに気づかず、昨日購入。いま少し読んだところ。……頭が前の話に追いついていないよ……。おおまかにしか把握してないから「……だれ?」というような名前もあったりなんたり。これから読み進めていこう。※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月24日
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その日はそのまま、橘さんに連れられて『ラ・クォーツ』へ向かった。 庭のこと、橋川のことを、橘さんに尋ねる気にはなれなかった。 由里子と知恵がいたからというのもあったけれど、私自身、自分の気持ちの整理ができていなかった。 店に着くと、由里子と知恵は嬉々としてショウケースを眺めている。 私はその様子を、他人事のようにぼんやりと眺めていた。 なぜだが……現実味がない。 他人事というか、夢心地というか、私という人間を遮断した情景を眺めているような、奇妙な感覚が体に染みていた。 ぼんやりしていると、橘さんに声をかけられて――それで我に返った。 現実に引き戻され、必要以上に体をびくりと震わせた私に、橘さんはいつもの温和な笑顔でバイト代を手渡した。「遅くなってごめんね」 そう言って苦笑する。 ……普通だった。 身震いした私に、由里子も知恵も「どうしたの?」と首をかしげているのに、橘さんは気づいていないのか、反応を示さない。 ……一番間近にいたのだから、気づかないはずがない。 あえて、そ知らぬふりをしているのか。 一つの懸念は、疑念を次々と生み出す。 これまで気にならなかった些細なことでも、目について疑ってしまう。 橘さんへの、言動に出さない警戒心が、体の中にあった。 由里子と知恵が選び終えると、私は携帯電話をもう一度確かめた。 あれから何度かメールをいれているのに、カエからの返事はない。 練習中らしい。 しかたなく、カエに頼まれたケーキ一包みと、他にもう一包みを頼む。 品を受け取って『ラ・クォーツ』で由里子たちと別れた。 帰り道、圭介のうちの前にきて、もう一度携帯電話を見たけれど、返事は入っていない。 目を閉じながらあきらめの吐息をついた。 しかたない。なるようになれ、だ。 私は意を決して目をあけると、インターホンを鳴らした。「あら、リッちゃん」 出てきたおばさんに圭介を聞くと、おばさんは家の奥に向かって圭介を呼んだ。 圭介は私を見て、驚いたものの、すぐに不機嫌そうに眉を寄せた。 ……それは予想の範囲。 おばさんに手土産の『ラ・クォーツ』のケーキを手渡すと、顔をほころばせて喜んだ。 けれど、すぐに怪訝そうな顔をした。「いいの? こう何度ももらっちゃって」「いいのいいの。これもおごりだから」「……おごり?」「バイト代。さっきようやくもらってね。遅くなったお詫びにっておごってくれたの」 そう。結局、橘さんはカエの分も何もかも含めておごってくれた。 そういう事情なら。と、おばさんは喜んだけれど、また、訝しげに眉をよせた。「……大丈夫? 顔色、悪いけど」「……そう?」 気づかないフリをした。 貧血気味だとの自覚はあったから。←68 70→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月23日
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今日は朝から、体調不良でひどいめに。初めはなぜか、わからなかったけれど、とにかく気持ち悪い。胃がむかむかして、吐き気があるのに、胃の中空っぽだから、どうしようもない。なんで? どうして??二日酔い?いや、確かに飲んだけど、チューハイ一杯でこんなにはならんよ。と、考えて、とりあえず胃腸薬飲んで、寝込んでた。それで様子を見たけれど、始業時間に間に合いそうにない。経験上、胃もたれに近い吐き気だったんで、薬飲めばどうにかなるだろうと思ってたんだけど。仕方なく、職場に電話して、午前中お休みもらった。こんな体調で接客なんて出来るわけないし。で、眉間に皺刻んで、うなりながら寝ていていると、母の「昨日甘酒、作ったの」の声。聞いただけで、気持ち悪さ倍増。で、何となく、理由がわかった。チューハイ飲んでるときに、母が作った甘酒を味見で食べて。……そう、食べた。液体状でなく、作る途中のものを。そのときは特に何もなかったけれど、後になって気持ち悪くなって。私の場合、アルコールと甘酒は相性悪いです。まあ、普通は一緒にとらないだろうけどさ。お通夜が立て続けにあったり、体調不良だったり、予定が混みすぎてたり。結構最近いろんなことが不調ぎみ。※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月23日
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『ケーキは田上(たがみ)にあずけて』 一瞬、文末に添えられた一文の意味がわからなかった。 明日が土曜日で、学校が休みだと気づいてから、カエの意図がわかった。 圭介に預けて、土曜日に受け取ろうというのだ。 これまでなら何ら問題はない。 けれど今、私と圭介は絶縁状態、おまけに圭介自身は強制的に休養をとらされている。 圭介に預ける意味がない。 すぐカエに、その旨を書いたメールを送ったけれど、返事はなかった。 由里子と知恵に聞かれるまま、質問に答えていた橘さんが、いったん話を打ちきって申し訳なさそうに口を開く。「ちょっと、寄りたい場所があるんだけど、いいかな」 乗せてもらってる身で、反論などあるはずがない。 同意する私たちを見て、橘さんは安堵の微笑を浮かべると、目的地へ向かった。 高久見(たかくみ)には、にぎわう商店街が二つある。 一つは大型ショッピングモールを中心とした市内地、もう一つは二つの百貨店と商店街で成り立つ駅近辺。 この二つは、十キロほどの距離をおいて存在していた。 橘さんは、私たちを拾った市内から、『ラ・クォーツ』のある駅前商店街へ向かう途中、住宅街に入り込んだ。 どうやら、そのあたりが橘さんが向かうところらしい。 住宅街と言っても、人通りがまるでない。 立ち並ぶ家々は見えるけれど、路地に入ってから人の姿をまったく目にしていなかった。 こんなところに、何の用があるのだろう? 三人で顔を見合わせていると、橘さんはその中の一つの家に車を乗り付けた。 一見して広い家だとわかった。 目隠しの木々で見えないけれど、その木々がずらりと並ぶ長さを見れば、どれほどの面積があるか、推測からうかがえる。(……?) 道に面した木々を目にしたときから、何ともいえない不思議な感触が胸に広がっていた。 何とも表現しがたい、むずがゆいような、奇妙な感触だ。 自分自身、それが何かわからなくて、首をひねってしまう。 橘さんはその屋敷に、木戸口から敷地内に入り、車庫に車を入れる。 庭に面した車庫には、他に車が2台、あった。 そしてあと2台ほどとめられるスペースもある。 外見からの予想を裏切らない、立派な邸宅と庭だった。「悪いけど、下りてもらえるかな。車、乗り換えるから。……この車だと、駐車場止められないんだよ」 苦笑して運転席から降りる橘さんに続いて、私も由里子も知恵も車から降りた。 降りたとたん、胸に残る奇妙な感触は、一段と強くなった。 庭は庭園と呼べるほど、手入れが行き届いている。 ツツジや松ノ木などの庭木は剪定(せんてい)され、岩や敷き詰められた石灰石も、庭全体を一つの造形物として作り上げている。 庭に面した家屋も、風情のある日本家屋だった。 少し鄙(ひな)びた様相を漂わせながら、整然とした凛々(りり)しさを感じる。 「すごいところね」と、由里子が私たちに耳打ちした。 知恵はその情景に見とれながら、うなづいて同意を示した。 私はただ、呆然とするばかりだ。 胸に巣食う、奇妙な感覚が何か、わかった。 ――既視感(きしかん)。 私は……この家を……知っている……?「立川さん?」 呼ばれて、びくりと体が震えた。 我に返って声のほうをみると、橘さんが怪訝な顔をしている。 由里子と知恵はすでに小型の軽の車に移っていて、立ち尽くす私を不思議そうに見ていた。 ……唐突に、理解した。 あの日、橘さんと橋川が話していた内容を。 確証もない、ただの推測だ。 けれど、事実だったら。 推測が当たっていたら。 そう考えると、ひやりと背筋が冷たくなった。 小さく息をのんで、ただ、ただ、橘さんを見つめる。 ――この人は――あのクチナシの庭に関係している。 そしておそらく――橋川も。←67 69→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月22日
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三学期が始まって二週間たったけれど、橘さんとの都合がつかなくて、まだバイト代をもらっていなかった。『ラ・クォーツ』に預けてもらえれば、私がとりに行くと言っているのに、なぜか橘さんは直に手渡したいらしい。 私としては、正直、会いたくない。 あのバイトの日に聞いた、橋川と橘さんの会話は、今も胸にひっかかっている。 気になってはいるけれど、追求するつもりはなかった。 余計な波風を立てたくなかった。 カエが意気消沈して登校した翌日。『ラ・クォーツ』を訪れる約束を橘さんとしていた。 その日なら、橘さんも空いているらしい。 朝からカエは落ち込んでいたけれど、それでも部活に出ると、重い足取りで陸上部に向かった。 久しぶりに私と由里子、知恵の三人で放課後を過ごす機会が出来て、市内に繰り出して時をすごした。 商店街を歩いていると、私たちの側に黒い車が横付けされて、クラクションを鳴らされた。 驚いて、互いに顔を三人で顔を見合わせていると、車の助手席側の窓が開いて「立川さん」と聞き知った声が車内から聞こえてきた。「……橘、さん」 開いた窓から中をのぞくと、確かに橘さんだった。 柔らかな笑みを浮かべて、彼はこう言った。「ちょうどよかった。ごめん。明日駄目になったんだ。今日でよければ、店に寄れないかな。店まで乗せていくから」 橘さんを知らない由里子と知恵が、小声で「知ってる人?」と聞いている。 それにうなづいて答えたものの、一人で車に乗るのは気がすすまなかった。 それを察したように、橘さんは苦笑する。「よければ、友達も一緒でいいから。時間がかかったお詫びに、商品の一つ、おごるよ。……もちろん、そこの友達の分もね」 由里子と知恵は、ますます意味がわからないと、怪訝な面持ちになる。 私は橘さんが『ラ・クォーツ』の専務であることと、お正月に一日だけバイトしたことを簡単に説明した。 そのバイト代の支払いをしたいのだと、橘さんが言っているのだとも。「じゃあ商品って……『ラ・クォーツ』のケーキ!?」「うそ、タダで!? おごり!?」 ここにも『ラ・クォーツ』の虜がいた。 二人は嬉々として「ぜひ!」と意気込んでいる。 そのまま、小躍りしそうな由里子と知恵に背を押される形で、三人で後部席に乗り込んだ。 私が橘さんを知っていること、『ラ・クォーツ』の店員だと確かなことから、警戒心は抱かなかったらしい。 私としても、一人で会うより気が楽なので、取り立てて異論は唱えなかった。 そのまま、なし崩し的に車に乗ると、橘さんが車を発進させた。 由里子と知恵は、楽しげに橘さんに質問している。 新作のケーキはどんなものか、限定シュークリームは開店後、どれくらいで完売となるのか。などなど。 ふと思いついて、カエにメールを入れた。 カエは私が正月にバイトをしたこと、バイト代をまだもらっていないことも知っている。 クリスマスに『ラ・クォーツ』のケーキを食べていらい、カエもその虜となった。 『ラ・クォーツ』に行く機会があったら、買ってきてほしいとも頼まれていた。 橘さんと偶然会って、今から店に向かっていると説明に打ち込んでから、ケーキは何がいいか、尋ねるメールを送る。 返事はすぐに返ってきた。 ……信じられない一文を添えて。←66 68→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月22日
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翌日、カエは落ち込んだ様相で登校してきた。 いつもあっけらかんとしているカエとは思えない様相に、私も由里子も知恵も、驚きを隠せない。 聞けば、今日の放課後まで待ちきれなくて、圭介の携帯に電話してじかに聞きだそうとしたのだという。「とりつく島もなかった」 うなだれるカエを囲んで事情を聞く。 圭介の件と知ると、由里子と知恵は一瞬私の方に目を向けた。「関係ないって言われてね。……わかってるけど。確かにそうだけど。しょうがないじゃない。ほおっておけないんだもん。何か、痛々しくてさ」 机に頬をつっぷして、カエはぽつぽつとつぶやいている。 朝のホームルームが始まって、いったん、話はそこで途切れた。 後でカエと二人になったとき「やっぱリツじゃないと駄目だ」と苦笑交じりに告げた。「私でも相談乗れると思ってたけど。余計なこと、したみたい」 私だって圭介の相談にのったことなど、ないに等しい。 そういうと「リツが気づいてないだけだよ」とカエに返された。「だから……よかったんだね」 私は何とも答えられなかった。 その圭介とは、何かの拍子に出くわしても、目をそらされているのだ。 眉間に生じる皺が、不機嫌の度合いを示していた。 教室では橋川と接触しないように気づかい、教室外では圭介とも接触しないように気をつける。 常に神経を張り詰める状況が続いて、精神的な疲労がたまっていった。 さらに追い討ちをかけるように、橘さんとも会わなければならなくなった。←65 67→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月21日
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何も言えないでいる私にしびれを切らせ、圭介は背を向けて歩き出した。 ……もう、呼び止めることはできなかった。 その日の夜、カエから電話があった。『田上……自分で言ってた。調子が悪いって』 携帯電話から聞こえるカエの声は、いつになく暗かった。 ベットに膝を抱えて座り、カエの話に耳を傾けていた。 圭介の不調は、本人だけでなく、部員も顧問の水島先生も感じていた。 今日、圭介の帰りが早かったのは、がむしゃらに走りこむ圭介を見かねた水島先生が、強制的に休養をとらせたのだという。 意気込みはあっても、体とうまくかみ合っていない。 空回りしているのは、誰の目にも明らかだった。 気が急いているのもわかっていたから、少し頭をひやせと、水島先生は言ったのだという。「そう」と相槌をうつ私を、カエは怪訝な声でたずねた。『……驚かないんだ』「……今日、いつもより速くうちに帰ってたのは知ってたから。……鉢合わせになってね」『……どう、だった?』「ピリピリしてるのは……感じたけど」 けれどそれが私に対してだけなのか、他の人にも同様なのか、それがわからない。 沈黙の後、カエは言いにくそうに聞いてきた。『ホントに、何もなかったの?』 カエが圭介を心配しているのはわかっている。 同じ学年で、同じ部員で、共に練習に励む姿を見てきたから、他人事と思えないのだ。 「……口げんか……みたいなのは……したけど……」 携帯電話の向こうで、息をのむ気配がした。『どうして? なんでそんなふうになったの』 それ以上は答えられなかった。 沈黙する私に、カエは立ち入った内容だと感じたのだろう。『そう』と小声でつぶやいた。「けど、圭介が調子が悪いの、そのせいじゃないよね」 たったあれだけのことで、圭介がスランプに陥るとは思えない。『それは……本人に聞かないとわからないけど……。可能性としては、あるんじゃないかな』「……まさか」『……田上に聞いても、本人もわかってないと思う。思うようにいかなくて、それでイライラして、またうまくいかなくて。堂々巡りしてる感じだから』 とにかく、明日、田上と話してみる。 そうカエはいって、話を終了した。 通話を切って、息をつくと天井を見上げる。 なんだか、みんなでかみ合わない歯車を、懸命に回そうとしているような、そんな感じがしていた。←64 66→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月21日
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どうして、圭介が。 驚きに足が止まる。 だってついさっき、グランドで練習していた圭介を見たのに。 部活の時間は終わっていない。 いつも日が暮れるころまで練習していたのに。 ――田上、調子が悪いの。 そう言っていたカエの言葉が脳裏をよぎった。 ジーンズにトレーナー姿の圭介は、呆然と立ちつくす私に気づいて、軽く目を見張った。「部活は?」 思いはそのまま、言葉となって出ていた。 私が圭介に声をかけるのは、クリスマス以来だ。 そんな私に、圭介は虚をつかれたように数度、目をしばたたせ、バツが悪そうに視線を落として小声で答える。「……切り上げた」「どうして?」 返事はない。 圭介は玄関を閉めると、無言で私のほうへ足を進め、そのまま横を通り過ぎた。「圭介――」 振り返り、その背に声を投げると、圭介も足を止めて振り返った。 その表情を見て、私は何も言えなくなる。「関係ないんだろ?」 そう告げた圭介には、何の感情もなかった。 無表情で――私からの関わりを拒否しているのが、ありありと見て取れる。「リツが、そう言ったんだろ」「そうじゃなくて――」「へぇ。じゃあ何」 皮肉めいた口調に、再び閉口してしまう。 こんなつもりじゃなかった。 圭介に、余計な心配をかけたくなかっただけなのに。←63 65→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月21日
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廊下の窓から外を眺めると、眼下にグランドが一望できる。 放課後のグランドでは、陸上部の部員がそれぞれの練習に勤しんでいた。 その中にカエと圭介の姿を見つけて、校庭を見ながら歩いていた足を止めた。 圭介は中距離走の選手で、カエは短距離走の選手だ。 顧問の水口先生を部員が囲む形で、何やら話を聞いている。 指導を受けているようだ。 話は終盤だったらしく、すぐに部員は散会した。 それぞれの練習スペースへ向かうのを見てから、私はその場から離れた。 放課後は始まったばかりで、校内には多数の生徒が残っている。 教室に戻って、職員室に行った知恵の帰りを待っていた。 知恵は忘れていた数学の課題を終わらせ、提出しに行っている。 由里子と二人で帰りを待っていたけれど、その時間も虚しく終わった。 教室に戻ってきた知恵を見計らったように、彼氏が迎えに来たのだ。 そしてまたタイミングよく、由佳里にも彼氏の迎えが訪れた。 二人とも、私に悪いと気にしたようだったけれど、ここで変な気を遣われたほうが気が重い。 本気で気にしないでと、強く言って、由里子と知恵を送り出した。 私を気遣って何度も振り返る、由里子と知恵にひらひらと手を振って、二人が教室を出てから時間を置いて、私も教室を後にした。 一人で帰る道にもなれた。 カエは部活があったから、一年のときは由里子と知恵の三人一緒だった。 そのころは、時間が許す限り、三人一緒に過ごしていた。 市内の商店街を眺めたり、ショッピングモールに繰り出したり、カラオケに興じたり。 それが一年生後半に知恵に彼氏ができ、二年生の春に由里子にも彼氏ができた。 それから、一人の下校が始まった。 特に用がない限り、学校を出るとそのままうちに帰る。 二人の彼氏伝いに、友人を紹介しようかとの話も、何回か来た。 彼女が欲しいという人に会ってみないかとの場合と……私自身を見知っていて、よければどうか。との話と。 どちらも、断っていた。 まったくの初対面の人と話すのは苦手だった。 特に、何のつながりもない場合は困ってしまう。 恋愛に関しても、興味はあっても熱は感じない。 それぞれの彼氏と楽しそうにすごす、由里子と知恵を見ると、羨ましいとは感じても、それを自分に当てはめようとは思わなかった。 特別、気になる異性もいない。 紹介を断る私を、由里子と知恵は圭介が気になるからと、誤解していた。 何度か否定したのだけれど、照れ隠しだと二人はずいぶん長い間、思っていたらしい。 友人以上の進展もなく、私も圭介もきっぱりと友人と宣言するのを見続けて、ようやく理解してくれた。 理解したけれど、納得はいかないと、時折もらしている。 私と圭介は、それほど近い場所にいたのだ。 馴染んだ住宅街を歩いていると、圭介の家が見えてきた。 その家のさらに数百メートル先が、私の家だ。 ぼんやりと歩いていると、圭介の家の、玄関のドアが開いた。 おばさんかな。 そう思って見ていたけれど、中から出てきたのは、私服姿の圭介だった。←62 64→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月20日
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8 私と圭介が疎遠になったとの噂は、密やかに、静やかに、周囲に広まった。 とりたて仲がよかったわけではなかったから、噂もささやかなものだ。 小さな好奇心にかられる程度で、強い興味をひくほどでもない。 距離をおいたことで、圭介の周囲が少し騒がしくなったけれど、それも短期間のことだった。 圭介が無視を決め込んでいたから。 由里子と知恵は、静観に徹していた。 そうさせる雰囲気を……私がかもし出していたから。 それは自分でも感じていた。 話が進めば、込み入った事情を話さなければならなくなり、そうすると橋川の件、幼い頃の記憶にも及ぶ。 今の私には、それを上手く話せるほど、自分の中で整理しきれていない。 それどころか、わからない箇所も多々存在する。 初めは不思議がった二人が、理由を聞いてきたけれど、私が話をはぐらかすのに気づくと、それ以上、深入りはしてこなかった。 けれど、カエだけは違った。 カエは小学校時代からの、私と圭介の関わりを知っている。 なぜ。どうして。何があったの。 どんなに話題を転じても、カエはしつこく詰め寄ってくる。 最後には口を閉ざすしかなくなるほどに。 沈黙する私からの答えを、カエは辛抱強く待っていた。 けれど私は、いつも答えられなかった。 そんなことが何度かあってから、カエは深く息をついて「実はさ」と、おもむろに話し出した。「田上、ホントに調子が悪くてね。……多分、リツとのことが……影響してると思う」「……まさか」「ほかに考えられないよ。時期的にもその頃だし、リツとのことからかわれて機嫌悪くするのなんて、これまでなかったし。今まで冗談で返してたのに、そんな余裕もないかんじ。ずっと……ぴりぴりしてる」 圭介の雰囲気が変わったとは……私も感じていた。 けれどそれは、私に対してだけだと思っていた。 気遣いを無にするような、恩を仇で返すような言動を、私がとったから。←61 63→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月20日
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追求してこないカエに便乗して、私も何も言わなかった。 カエが、圭介が私を避けたと感じたのなら、それはおそらく本当なのだろう。 いずれカエだけでなく、由里子も知恵も気づくだろうけれど、彼女たちが自分で気づくまで、私が先んじて告げる必要はないと思った。 その日は始業式と、簡単なホームルームで一日を終えた。 終わるなり、部活組みは練習を勤しむべく、それぞれのフィールドへ赴く。 どの学年も一斉に放課後を迎えるので、靴棚や玄関はちょっとした混雑に見舞われていた。 部活に出席する人、帰宅する人、遊びに出る人、アルバイトへ行く人……などなど。 運悪く、その場に居合わせた私と由里子、知恵は、人の波が引くまでと、その場を一時退却した。 カエはすでに陸上部に行っている。 部活に勤しめるのも、今年の夏まで。 インターハイへ向けて、カエは懸命にがんばっていた。 校舎の側にしつらえてあるベンチに、三人で腰掛けた。 遠目から眺めていても、人の波が引く気配がない。 意味のない時間をもてあまし、「のどが渇いた」との話になり、飲み物を買って来ようということになる。 おつかいを決めるジャンケンで、私が負けてしまった。 仕方なく、売店側の自販機に行き、それぞれが希望した飲み物を購入する。 由佳里はお茶、知恵はコーヒー、私は紅茶。 三つの缶ジュースを抱えて、由里子たちのベンチに向かう途中、ふと上げた視線の先に、圭介を見つけて、思わず足が止まる。 部活へ向かうところらしく、ジャージ姿でシューズを手にしている。 進行方向は、私と逆。 窓の外を眺めながら歩いていた圭介は、人影に気づいてふと、こちらに視線を向けた。 ……驚きに、目が見開かれる。 足を止めた私につられるように、圭介も一度立ち止まったけれど、すぐにうつむきぎみに視線をおとした。そして歩みを再開し、手をのばせば届く距離まできた。「……あ……」 クリスマスの日から、圭介とは会っていない。 何か声をかけようとしたけれど、何を言えばいいのかわからない。 言葉が出てこない。 そんな私の傍らを、圭介は無言で通り過ぎた。 すれ違い、離れていく背を、思わず振り返ってしまう。 ……わかっている。 この状況を望んだのは私だ。 確かに、私が望んだけれど。 息が詰まるせつなさで、胸が苦しかった。←60 62→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング ☆ web拍手 ☆
2006年10月19日
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せわしなく過ぎた短い冬休みも終わり、2年生としての最終学期を迎えた。 冬休み明けの教室は、特にどうと、はっきり言えないけれど、普段の生活の中に一筋の緊張を常に宿しているような、そんな張り詰めた雰囲気が、教室内に存在した。 三年生……高校最終学年を間近に控えた緊張なのだろう。 就職を選ぶか、進学を選ぶかの進路も、今月1月中にははっきりする。 カエと由里子、知恵と私は、共に進学を選んでいた。 短大や国公立大、専門学校と、進路先には細かな違いがあるけれど、来年一年も3人と一緒のクラスだろう。 2年から3年へうつるクラス編成には、希望進路が大きく関わってくる。 2年の段階で、文系、理系と別れているから、これに進路先でまた別れ、それ以上の細分化はないに等しい。 ……おそらく……橋川とも同じクラスだ。 そして……圭介とも。 3学期が始まってそうそう、カエは眉間に皺を寄せて開口一番、私にこう言った。「田上(たがみ)と何かあった?」 カエは人を苗字で呼ぶ。 圭介は名前や名をもじったニックネームで呼ばれることが多いので、「田上」が誰が、思い至るのに数秒、考えてしまった。「どうして?」 詰め寄るカエに、自然と体を後方に引きながら、驚きに目をしばたたせる。 カエは確信があって聞いたのだろう。 自然な驚きをのぞかせる私に、一瞬言葉を詰まらせた。 カンがはずれたと、思ったらしく、バツが悪そうに、一度目をそらした。「……何か、あったの?」 心あたりは……あった。 あったけれど、あれだけのことで、圭介に何かしらの変化があるとは思えない。 カエは言いにくそうに、ぼそぼそと小声でつぶやいた。「特にどうとは言えないんだけど。調子悪いし、何か……ね。いつもイライラしてる感じで」 冬休みの間中、そんな感じだったのだという。「何かあったのかとは思ってたんだけど。で、さっき、田上がリツを避けるような素振り見せたから、そのせいかと、思ったんだけど」「……避けた?」 問い返す私に、カエはわずかに目を見張った。 今日は、圭介を見ていない。 そんな行動をとったということも知らなかった。 カエは、私が気づいていなかったとは思わなかったのだろう。 失言に気づいて、慌てて「そうよね」と言い募った。「田上がリツを避けるなんて、ありえないよね。ごめん。私の勘違い。田上もリツに気づいてなかったんだよね」 引きつった笑みを浮かべるカエに、私はただ曖昧に相槌をうつことしかできなかった。 否定も肯定もできない。 避けられる心あたりは……確かにあるのだから。←59 61→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月19日
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お昼休みの間中、橋川の声が耳から離れなかった。 困惑したまま、けれど時間だけは確実にすぎていった。 休息の時間が終わると、重い足取りで店頭に向かった。 橘さんとレジに並ぶと考えると、気が重くてならない。 ドアの前で一つ息を吐き、気持ちを切り替えて扉を開いた。 けれど意気込みに反して、レジに橘さんの姿はなかった。 変わりに調理スタッフの一人が、レジに立っていた。 私に気づくと「お昼、もう大丈夫?」と声をかけてくる。「はい」と答えて、周囲を見渡した。 店内のどこにも橘さんの姿はない。「あの……橘さんは?」「専務? なんか急用が入ったとかで、さっき出ていったけど。……あ、そうそう。無理いって頼んだのに、自分が先に抜けることになってすまないって、謝ってたけど」 さっきの電話で呼び出されたのだろう。 顔をあわさずにすんで、内心ほっとしていた。 どんな顔をして会えばいいか、正直、わからなかったから。 困惑は胸のうちに残っているから、時を隔てずに近くで接っすると、ぎこちない態度をとってしまうだろう。 それは橋川の件で……経験済みだ。 ケーキのほうも、製作のめどがついたので、調理スタッフのほうにも余裕ができたという。 穴をあけた橘さんの代理として、スタッフの人が交代でレジに並んでくれた。 そうして閉店まで、私は残っていた。 本当ならこれで終わるはずだった。 バイト代も、その日のうちに精算すると橘さんが言っていたから。 けれど。 よほどの急用だったのか、単に忘れていたのか、アルバイト代の件を、スタッフの誰も知らなかった。 勝手に支払うわけにもいかず、おまけに金額もわからない。「また専務から連絡があると思うから。……ごめんね。無理行ってきてもらったのに、手間取らせちゃって」 心底申し訳なさそうに、スタッフの人が、顔の前に手を合わせて謝った。 私は「気にしないでください」と、ぎこちなく笑うことしかできなかった。 その笑みを対応の悪さに対する苦笑いととったらしく、スタッフの人は、さらに頭を下げて謝った。 私は誤解を受けたと気づくと、慌てて「違う」と訂正した。「ちょっと、疲れただけです」 そう言い募ったけれど、信じてくれたかどうか。 半分本当で……半分ウソだから。 無理に笑うとき、頬が引きつったのは対応に関してじゃない。 また橘さんに会わなければならないのかと、そう考えて、気が重くなったからだった。 ←58 60→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月18日
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昨日は疲れた。 仕事で、変り種の案件が重なって。 一つはもう何十年前のことを調べて欲しい。ってなふうなこと言うし。 もう一つも、一年近く前からいままでの取引を調べて欲しいといわれるし。 さらに。できないことをどうにかならいかって言われるし。 最後に関しちゃ、できないものはできない。一応、法があるんだから。 どれも話し込む内容だったから、気遣いで精神的に疲れた。 まだ、普通のお客さんが少なかったから応対できたけど、これで混んでたらどうなってたか。 そういう話を一手に背負うところがあるんで、精神的にきつい。 上司とかにも頼れるけれど、私の判断とかが関わってくるからなぁ。 もう少し、仕事を分担できないものか。 ※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月18日
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人の気配が遠ざかるのに安堵したものの、頭の中は混乱していた。 考えれば考えるほど、わけがわからない。 年下の橋川に、敬語を使う橘さん。 年上の橘さんに敬語を使わないどころか、名を呼ぶとき、敬称もつけない橋川。 店頭では、橘さんはなじみの客に話す口ぶりで橋川に話していたのに、さっきの会話にはその様相がかけらも感じられなかった。 はっきりと線引きされた、上下関係さえ感じた。 それも……橋川が上としての。 橋川に対しての疑問もある。『ラ・クォーツ』の内情に詳しすぎる。 アルバイトの子に連絡が取れるなんて、店の関係者としか思えない。 アルバイト経験者か、今でもしているのか。 そうも考えたけれど、それにしてはほかのスタッフの反応がまったくない。 橋川に声もかけなければ、ほかのお客と大差ない応対をしている。 橋川と橘さんのつながりさえ、困惑のきわみなのに、さらに二人の会話が追い討ちをかける。 剣呑な雰囲気の中、私のことを……話していた。 それも、信じられないことを。 橘さんが、バイトの子がいないというから、ピンチヒッターとして入ったのに、橋川はそれを否定した。 口汚く言えば、仕組んだとも取れる状況を告げていた。 投げられた質問を、橘さんは否定しなかった。 明言しなかったものの、暗に肯定する口ぶりだった。 なぜそんなことをしなければならないのか。 理由がわからない。 確かめる? なにを? 直接聞けないこと? なぜ、こんなおかしな状況を作る必要があるの。 お昼休みの間中、答えのない疑問をずっと考えていた。 ←57 59→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月17日
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昨日から制服が衣替え。 当番で6時まで残っていたら、外がすっかり暗くなっていた。 日が短くなったのを実感。 ついこのあいだまで、半袖の制服で充分だったけれど、今はつらい。 特に朝。 季節の変化を肌で感じる。 それにしても急に変わりすぎる……。 服の調整が難しい。 ※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月17日
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まさか。だって。どうして。 いろんな疑問符が頭を占領した。 足は凍りついたように、強張って動かない。 動かそうとも考えられなかった。 橋川の声が、信じられないから。 速まる鼓動で胸に痛い。 呼吸のしかたを忘れたように、吸気と吐気がうまくかみ合わなくて、息が苦しかった。 橋川の声は……確かに聞こえてくる。「わざわざ立川にバイトまで頼んで」「急な休みの穴を埋めてもらったんだって、さっき話したでしょう?」「急な休み? 『今日は来なくていい』とバイトの子にわざわざ告げたのが?」「……確認済みですか。手回しの早いことで」 呆れたような小ばかにしたような、そんな橘さんの声が聞こえてくる。 ……本当に、橘さんなのだろうか。 どこか皮肉めいた口調には、これまで橘さんから感じていた誠実さを感じない。「どういうつもりなんだ」「別に。単なる確認ですよ」「必要ないと言っただろ」「なぜ言い切れるんです。本人に聞きました?」 返事はなかった。 代わりに橘さんの喉奥で笑う声が聞こえた。「できやしないでしょう。 感情を抑えられずにぶつけて、結果、必要以上に警戒心を強めてしまった。 ……聞かなくてもわかりますよ。 あの子の態度を見ていたら。 かわいそうに。 あなたを見ただけで脅えるようになってしまって」「橘」 橘さんを制するように、橋川が低い声で告げる。 話は、そこまでしか聞けなかった。 調理室から出てくる人の足音が聞こえて、私は慌ててスタッフの控え室に逃げ込んだ。 「専務。電話が入ってます」 そんな声が、扉を隔てた先から聞こえた。 やがて事務室から出てくる複数の足音が聞こえて、足音が遠ざかると、しんと静寂の空間に包まれる。 扉に背をもたせかけ、息を詰めていた私は、人の気配がなくなったのを感じると、そのままずるずるとその場に座り込んだ。 ←56 58→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月16日
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最近、手のおもむくまま、一日に結構な量の更新をしていると思ってたけど。 でも、それでも「記事の投稿は一日5件」と思ってた。 始めた頃は「一日3件」だったし。 で、15日は5件投稿し終えてたんで、今度の投稿は16日の分になると思ってたら、記事の投稿のところに「15日新規投稿」の欄がある。「あれ?」っと思ってヘルプで確認すると。記事の投稿は一日50件できます。 ……とある。「……はい!?」 ってな、寝耳に水的心境だった。 いや、何件も投稿できて嬉しいけれど、一日50件って、一体どんな量なのさ。 一応、これでも「5件」に気をつけながら投稿していた。 これからは気にしなくていいんだけれど、あんまり一日に何回も投稿するのもどうかな。 ……と、正直、考えてる。 一日一件が、ホントはキリがいいんでは……。と思ってるんだけれどね。 どうなんだろう? ※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月15日
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なぜ。 声には出さなくても、橋川の目がそう尋ねている。 私はとっさに言葉が出てこなかった。 橋川の疑問に気づいたのか、橘さんが先んじて答えてくれた。「今日だけ頼んだんだよ。……そういえば、クラスメイトだっけ」 尋ねる橘さんに顔を向け「……はい」と小さく答えた。 今度は橋川が橘さんに訊いた。「何で立川が?」「だから今日だけ――」「どうしてそうなったかって聞いてんだけど」 キツイ口調に、私はまた体が固くなる。 橋川が機嫌が悪いのも当然だ。 行きつけの店に、嫌っている相手がいるのだから。 橋川の棘のある物言いにも、橘さんは動じる様子もなく、肩をすくめただけだった。「他のバイトの子が全滅でね。この前、短期でしてくれた経験のある立川さんに頼んだんだ」「……全滅?」「ほら。時期が時期だから」 正月だから。との答えに納得したのか、そうでないのか。 橘さんのほうに顔を向けているから、橋川の表情が見えない。 いま橋川を見ることなど出来なかった。 どうにか表情に出さないようにしているものの、体が強張ったままだ。 「で? 今日はどうする?」 尋ねる橘さんに、橋川は眉をよせて、ショウケースを眺めている。 そして「チーズケーキ2つ」と橘さんに頼んでいた。 それを聞いて橘さんはケーキをとり、私はレジ打ち作業をする。「280円が二つで……560円になります」 さぞかし、橘さんは不思議そうな顔をしているだろう。 クラスメイトに敬語を使うのだから。 正直、どう告げようか迷った。 バイト中だからとの判断から、敬語を使うことにした。 ……そう、自分に言い聞かせてつくった逃げ道だ。 橋川は無言でジャケットのポケットから財布を取り出すと、千円札を渡した。 受けとって440円のおつりとレシートを、橋川に触れないように渡した。 なるだけ、橋川を見ないようにして。「……ありがと」 小さいけれど、確かに聞こえた声に、思わず顔をあげてしまう。 一瞬、橋川と目があった。 互いに驚いて、すぐに目をそらした。 目があったことにも驚いたけれど、私は別なことにも驚いていた。 剣呑な眼差しで見られていると思ったけれど……橋川の目に負の感情は見えなかった。 橋川は顔をそむけながら、その足で橘さんのところへ向かう。 橘さんは、梱包し終えたケーキ箱を橋川に渡した。「はい。……妹さんによろしくな」 橋川は眉を寄せて、頭一つ分高い橘さんを睨むと、無言で受けとって店を出て行った。 その背に礼のあいさつをかけ、橋川の姿が見えなくなって、橘さんはため息をおとした。「……仲、良くないの?」 反射的に体が震えた。 誰と誰のことを言っているのか、聞かなくてもわかる。 ごまかす前に、体の反応が答えを教えていた。「……あんまり……話したことなくて……」 当たりさわりのない返答をしたけれど、橘さんはそうとはとってくれなかった。「そのわりには、体、かちこちだけど」「……緊張、したから」「人見知りするようには見えないけど。あいつ、何かしたんじゃないの?」 苦笑交じりに告げる橘さんに、私はそれ以上、何もいえなかった。 もう、口にしたくない話題だったから。 無言を通すと、橘さんも意図を感じたらしく、それ以上の追及はなかった。 出来なかったと……言ったほうが正確か。 調理室のスタッフが「専務、電話です」と取り次いできたから。 橘さんは奥の事務室に向かい、私は話題から解放され、ほっと息をついた。 クリスマスのときも来ていた橋川。 まさかそう頻繁に来店するとは思わなかった。 橘さんとのやりとりからして、年季の入った常連なのだろう。 私も来店回数の多いほうだけれど、橋川と遭遇したことなど一度もなかった。 運がいいのか、そうでないのか。 とにかく、これからは気をつけよう。 ……などと、考えにふけっているとき、不意に肩を叩かれ、思わず悲鳴を上げてしまった。「お昼どうぞ。……何か考えごとしてたの? 彼氏のこと?」 スタッフの一人が、昼食の休憩を先にと、声をかけてくれたのだ。 彼氏の件は否定して、礼をつげてから昼食に入る。 お手洗いで手を洗い、休憩という安らぎ浸りつつ奥のスタッフ専用の控え室へ向かう。 その途中に事務室があり、中から橘さんの声が聞こえた。「別に。そんなつもりはありませんよ」 電話にしては声が大きい。 そう思いながら前を通り過ぎようとしたとき、もう一つの声が聞こえた。「だったら。どういうつもりだ」 ……足が、止まってしまった。 脈打つ鼓動を耳のそばで感じながら、まさかとの想いがぬぐえない。 扉を隔てているけれど。 鮮明には聞こえないけれど。 確かに、橋川の声だった。 ←55 57→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月15日
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毎日更新している小説「クチナシの庭」。 そろそろ伏線引きが終わる。 もう少ししたらメインかな。 今回は「一日一つ」の制限つけずに更新している。 とにかく、毎日続けるように。 前書いていた「氷雨」は、書けていても、制限かけて後日回しにしていた。 ストックはできるけど、それはそれでキツイ。 書きたいときに書けない制限をつけてるから。 「クチナシの庭」はメインは見えているけれど、ラストが未だに見えていない。 これまで書いてるのも、少し前が見えて書いてる状態だから、どうにかなるかな。と、安易に考えたり。 初め考えてた設定と、メインに変更が出てきてたりもしている。 のっているんで、できれば今日はもう一つ書きたいけど。 今から出かけるからなー。 間に合うかな? 間に合えばUPするけど。 ※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月15日
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そして翌日。『ラ・クォーツ』へ行くと、レジのスタッフ姿の橘さんに迎えられた。 スーツ姿の橘さんに見慣れていたから、思わずぎょっとしてしまう。 そんな私を見て、橘さんは苦笑した。「人手が足りなくてね」 ぎりぎりの状態だったらしい。 いつも、奥の事務所で経理を受け持つ橘さんが、接客をするほどなのだから。「ホント助かったよ。ありがとう」 そう、何度もお礼を言われた。 調理室のスタッフもぎりぎりの状態だったので、兼任もむずかしかったのだそうだ。「俺一人でも店番はできるけど。……でもお客がね。女性が多いから。余計な気遣いしてしまうだろうから」 なるほど。と納得できた。『ラ・クォーツ』のレジはずっと女性だった。 それに馴染んだ人だったら、男性の対応は、しり込みするだろう。 その日はスタッフの制服でレジを受け持った。 商品知識や、こまかな点で私がとまどうと、橘さんがそれとなくフォローをしてくれる。 ケーキの梱包は橘さんが、レジ打ちは私、の分担して作業した。 もともと正月明けは客の足並みが少ないので、焦ることなくスムーズに時間が過ぎていく。 人がいなくて時間をもてあましたときは、橘さんと当たり障りのない世間話をしていた。 私は家族6人であること、幼い頃、高久見(たかくみ)に住み、一度転校してまた戻ってきたことを話した。「橘さんって……おいくつなんですか?」 失礼かな。そう思いながら、おずおずと聞いてみる。 橘さんは、口元を上げて「いくつに見える?」と逆に聞いてきた。「え……28?」「おしい。35」「え……ええっ!」 思わず叫んでしまって、ガラス張りの調理室からも視線を集めた。 慌てて口を両手で覆い、ガラス越しに「すみません」と謝って頭を下げる。 お客さんがいなくてよかった。 橘さんはおもしろそうに、肩をゆらして笑っていた。「そんなに驚く?」「だって……見えないですよ……」 呆然とした心地でつぶやくと「そう?」と橘さんは肩をすくめる。「まあ、貫禄ないしね」「あ、そういうつもりじゃなくて……ごめんなさい」 年齢は誰もが気にするところだ。 若く見られて喜ぶ人もいれば、そうでない人もいる。 橘さんは後者なのだと知り、体をちいさくして頭をさげた。「なんで謝んの。上に見られるよりいいよ。この年になるとね」 違った。前者だった。「そう、なんですか?」「まだ独身だから。『いつするんだ』『世話してやろうか』ってうるさいのなんの。彼女いればまだいいわけたつけど、それもいないしねー」 心底、辟易した様子で橘さんはため息をついた。 私は「はあ」と相槌をうつしかなかった。「……と、ごめんごめん。十代の子にする話じゃないな」 言って、橘さんが苦笑をもらしたところで、自動ドアが開き、来客を知らせる電子音が響く。「いらっしゃいませ――」 反射的に挨拶をして……。 笑顔のまま、体が強張った。「いっらっしゃい」 橘さんが気さくに声をかけている。 そちらに目を向けたのち、レジの私の方に何気なく、視線を移して――。 私に気づいた橋川は、目を見開いてその場に立ち尽くした。 ←54 56→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月15日
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正月を迎え、冬休みも残すところあと五日と、終盤を迎えた。 由里子と知恵とお正月映画を見に行ったり、市内のショッピングモールで買い物をしたり、特に変わったことをするでもなく、過ごしていた。 そんな変化の乏しい日々の中、少しだけ変わった出来事がやってきた。 電話をとった母が、不思議そうな顔をして「橘さんって人から電話だけど」と子機を持ってきた。 こたつでのんびりテレビを見ていた私は「橘?」と聞かない名前に首をかしげる。 少し考えて「あ」と思い至って、子機をとった。「もしもし」『もしもし。律子さん? 『ラ・クォーツ』の橘ですけど』 やっぱり。 心配そうに見ていた母に、知っている人だと目配せしながら、挨拶をかわす。『突然で申し訳ないんだけど……明日、空いてる?』「え? ……はい」『もし大丈夫そうなら、明日だけレジのバイト、お願いできないかな。正規のバイトでない君に頼むの、おかしいんだけれど、どうしても他の子の都合がつかなくて』 なんでも、予定していた子の親族に不幸があって、急遽、休みとなったそうだ。 まだ正月気分が抜け切らない時期で、帰郷している子や親戚の挨拶関係で代わりの子が見つからないのだという。 カエにも連絡をとったそうだが、部活があるからと断られた。 正直、困った。 この前のバイトだって、両親はいい顔をしなかった。 事後報告で、決めた後だったから仕方ないとあきらめてくれたけれど。 ちらりと横目でお母さんを見ると、疑いの眼差しを向けている。 私が電話を受けていればまだしも、お母さんが一度電話に出ている。 ごまかしようがない。「ちょっと待ってください」と保留にして、私とおなじくこたつに入り込んだお母さんに、簡単に事情を説明した。 案の上、お母さんは顔をしかめた。「リツ、あんた来年受験だってわかってんの?」「わかってる。けど、一日だけだから。『ラ・クォーツ』のケーキ、お母さんだって喜んで食べたじゃない。いろいろよくしてもらったの。一日だけ。お願い」 拝むように頼むと、お母さんは渋面で考え込んだ。「……シュークリーム……」「え?」「『ラ・クォーツ』の限定シュークリームがあるの。すぐ売れ切れちゃって食べたことないのよね。それで手を打ちましょ」 言いながら、口元を持ち上げて笑みの形を作っている。(……この人!) あぜんとした。 初めから、バイト先が『ラ・クォーツ』と聞いて許すつもりだったのだ。 条件を提示するために、ごねるフリをして。 自分の親ながら、呆れて言葉が出てこない。「さ、速く速く」と交渉をせかされて、しぶしぶながら、保留音を解除した。「……あの……」 いいにくそうな私の声から察したのだろう。橘さんが先んじて告げた。『……さっきつないでくれたの、お母さん?』「……はい」『……そっか。もうすぐ受験生だし、勉強が大変だよね』 履歴書を出したから、学年も年齢も知っている。「……はい」『そうだよね。ごめんね。急に変な話ふってきて』 断りそうな話の流れに、私は慌てて言い募った。「あの、シュークリーム……」『……シュークリーム?』「あの、限定のシュークリーム! それで手を打ちます!」 恥ずかしさに負けないよう、勢いよく言って、失言に気づいた。「ああっ! って、あの、その、母が!」 受話器の向こうが、一瞬、しんと静まり返った。 それもすぐに、橘さんが噴きだす声が届いてくる。 橘さんは、すぐに受話器を口元から離したようだけれど、肩を揺らすように笑う声は、かすかながら届いていた。『ごめんごめん』 ひとしきり笑ったあと、橘さんはそう謝った。「いえ……」 恥ずかしくてしょうがない。 電話を切って逃げ出したい衝動を抑えながら、橘さんの返事を待っていた。『いいよ。手を打とう。こっちが無理言って頼んでるんだから。……あ。ホントは従業員といえ、そんな融通はきかせられないんだけど。その変は誤解しないでね』「あ、はい。それはわかってます」 二日のバイト期間中に感じていたから。 明日の日時を簡単に聞いて、電話を切った。 話が終わったのを見計らって「で? どうだったの?」と期待に満ちた目でお母さんが聞いてくる。「いいって」 半眼で告げても、お母さんは気にした様子もなく「やった!」と喜んでる。 私は恥ずかしさと、緊張の緩みでどっと疲れた。 コタツの台に顔をつけながら、深いため息をついていた。 ←53 55→ ※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月15日
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今週から新ドラマが始まった。 待ってましたの「Dr.コトー」に「CSI:マイアミ4」。 コトーは原作を全部読んでいる。……あ、最新刊はまだだけど。 けど、原作とドラマって、違うところがあるから、見てしまう。 どうなるのかなー。と。 でもまさか、いきなり山場が来るとはおもわなんだ。 もっと他のストーリーがあるのに、そっちはもうしないの? ……とか考えたり。 どちらにしても、これからが楽しみ。 そしてCSI:マイアミ。 始まり方がちょっとびっくり。 いつも事件で始まるのに、ホレイショのざんげで始まって。 思わせぶりな台詞だったし。 暗に含ませて、誰のことを言っているのかわからない。 なんだか一人、人が少ないような気がするんだけど。 ホレイショと結構対等に物話してた女の人がいないよーな。 あの人、気に入ってたから、出ないとなるとショック。 ホレイショとその人(名前忘れた)が、軸となってみんなをひっぱってた感じを受けてたから、その人がいないと、なんだか締りがなく感じて。 この二つはどちらも好きなので、毎回リアルタイムで見るだろうな。 ※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月15日
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反射的に振り返ると同時に、体が強張った。 ジーンズにコートを羽織った橋川が、店内に入っていく。 私たちに気づかない様子で、まっすぐに橘さんのところへ向かった。 話し声は聞こえないけれど、知り合いらしい様子は離れたところからでもうかがえる。 私とカエが顔を見合わせていると、ケーキを詰め終えたスタッフから呼ばれた。「長野さーん」 知っている名前だったからか、ただ単にタイミングがあったのか。 こちらを見た橋川が、初めて私たちの存在に気づいて、目を見開いた。 カエはケーキを受け取ると「あんたも買い物?」と声をかける。 呆然としてた橋川は、その声にハッと我に返ったようだった。「……まあ、そんなとこ……」 バツが悪いのか、返事の歯切れが悪い。「そっちは?」「家族に頼まれてね。リツに付き合ってもらってたとこ」「……よく、来るほう?」「私は一昨日が初めて。リツは?」「え?」 急に話をふられて、すぐに答えられなかった。「……ときどき。数ヶ月に一回くらい」「ふうん」「橋川こそ。常連なの? 専務さんとも顔見知りだし」 言われて、橋川と橘さんは顔を見合わせた。 どこかきょとんとした顔は……そう思われるとは予想外だという顔だ。「まあ、な」 けれど、返事はカエの質問を肯定するものだった。「お知り合いですか?」「学校のクラスメイト」 尋ねる橘さんに、橋川は簡単に答える。「そうですか」 橘さんもそれ以上、聞こうとはしなかった。「私たちは終わったから」 カエは橋川にそういって、別れのあいさつをする。 私も橋川を見ないまま、小さく頭を下げ、カエと連れ立って店の外に出た。「橋川がケーキなんてねぇ。……なんか予想外」「……そうだね」 むー。と、カエは考え込んでいる。 店を出る時、ふと、目の端に映った光景に振り向いた。 ドア越しの店内で。 橋川が……橘さんを連れ立って、店の奥に入っていくのが見えていた。 ←52 54→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月14日
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ホントに入り用があったのね。 思いは口にせずにおいた。 『ラ・クォーツ』に着くと、普段に比べて店内は混雑していた。 今日はクリスマス。 イブは昨日だったけれど、今日クリスマスケーキを求める人もいる。 『ラ・クォーツ』では23、24日しか発売しないと決めているけれど。 ホールでなく単品でいいらしく、カエはショウケースに並ぶケーキを眺めていた。 ショートケーキにミルフィーユ、ガトーショコラなど、家族の人数分ともしものときのためにプラスアルファとして2個、カエは選んだ。「あれ? あなたたち……」 選んだケーキを頼むと、私たちの顔をみたスタッフの一人が目を丸くした。「昨日のバイトの子よね? どうしたの? 専務に用?」 専務とは橘さんのこと。 昨日までのバイトのことで用があると思ったのだろう。「いえ。今日はお客として」「昨日のケーキが家族に評判で。買ってきってって頼まれて」 そう言ったのに、スタッフの人は「専務ー」と奥にいる橘さんを呼んだ。「どうかした?」「昨日のバイトの子たちが、買いにきてくれたんですよ」 言われて私たちのほうを見た橘さんは、驚いた顔をしたけれど、嬉しそうに顔をほころばせた。 カエの予想通り、昨日のケーキの感想を聞かれた。 カエがあたりさわりのない感想を述べ、私がそれを補う形で、細かな感想を述べる。 スタッフの人は、賛辞に嬉しそうに顔をほころばせ、ケーキを1つ、おまけしてくれた。 梱包が終わるまで、他のお客さんの邪魔にならないように、店の隅の、出入り口付近に移動する。 店内は終始、十人ほどの人がいて、待っている間の時間がなんとも居心地が悪い。 自動ドアが開いて、入店を知らせる電子音が鳴る。 邪魔にならないように、カエを押してさらに隅に移動しようとすると「あれ」と驚いた声が耳元で聞こえた。「橋川」 ←51 53→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月14日
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話はこうだった。 もともとカエの家族は甘いものが苦手なだった。 だから『ラ・クォーツ』のケーキも同様だと、カエは思っていた。 昨日、帰宅したとき、バイト先の話となって『ラ・クォーツ』の短期バイトだと知ると、話にとびついてきた。 さらにお土産としてケーキをもらったけれど、友達にあげたと知ると、カエの家族は目の色を変えたという。「なんで『バカっ!』ってののしられなくちゃいけないの……」 さしものカエも、昨日の疲れがとれていないらしく、眠たそうな顔で、あくびを1つ漏らした。 結局、カエに付き合うことにして、駅で待ち合わせたのち『ラ・クォーツ』に向かっている。 『ラ・クォーツ』のケーキは別物だと、家族に熱弁をふるわれたらしい。 ――甘すぎず、けれどふんわりと風味が口の中に広がる心地よさ。「んなの、誰がわかるかっての」 と、成り行きを説明しながら、カエは悪態をもらした。 カエの家族が唯一、気に入っているのが『ラ・クォーツ』のケーキだった。 そのクリスマスケーキは、入手困難で知られている。 甘いものに興味はないとはいえ、『ラ・クォーツ』のクリスマスケーキはいつか食べてみたいと、思っていたらしい。「そんなの、知るわけないじゃない」 カエは『ラ・クォーツ』のケーキを食べたことがない。 それに部活動で帰宅が遅いので、家族との――特に兄姉との――会話もないに等しい。 そんな事情で、家族の情報を熟知していなかった。 家族としては、棚ぼた的に食す機会のあったものを、カエが無残にも放棄したため、落胆が大きかったのだそうだ。 その落胆は怒りに変わり、理不尽にもカエに向けられた。 喧々囂々(けんけんごうごう)の口論のあと、なぜかカエが『ラ・クォーツ』のケーキを買いにいく羽目になったのだそうだ。「うまくのせられたとしか思えない」 ……と、本人は不満そうだが。「だいたい、なんで私が買いに行かなきゃならないの? 私がもらったものだから、どうしようと私の勝手じゃない」「ホントにねぇ」「食べたきゃ、自分たちで行けばいいのよ」「そうだねぇ」「ホント、わけわかんない」「できればそれを、家族に言って欲しかったなぁ」 そうすれば、私も巻き込まれずにすんだのに。 あくびをかみ殺しながら言うと「できないからグチってるの」と逆に怒られた。 お兄さん、お姉さんには逆らえないところがあるらしい。 眉間に皺を寄せるカエの機嫌は悪かった。 商店街を歩きながら、吹き付けた木枯らしに首をすくめた。 このあたりは建物が密集しているから、風もそれほど強くない。 とはいえ、日が南の空に昇りきらない冬空の下は、底冷えする冷気が残っている。 肌を刺す寒さに、思わず体をすくめた。「私としては、そこの店のケーキを食べたこともないのに、よくバイトする気になったもんだって、そっちのほうが気になるけど。店のこともよく知らなかったんでしょ?」「先輩から聞いてたから。時給がいいって」「ほんとに時給だけで決めたの」「短期で高収入。……それを狙ってたしね」 ←50 52→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月14日
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7 クリスマス当日。 精神的にも肉体的にも疲労困憊で眠りについたというのに、その日は携帯電話の呼び出し音で目が覚めた。 正確に言うと、頼んでもいないモーニングコールで、たたき起こされた。 夢の中なんだか、現実なのか。 そんなこともはっきりとわからない、判然とした夢心地の中、ディスプレイを見ると、カエからの着信を知らせていた。 時計を見ると午前9時。 休みだというのに、なぜ快適な睡眠をさまたげなければならないの。 寝ぼけていたのも手伝って、電話に出る私の声は、不機嫌極まりないものだった。「もしもし?」「リツ? ……もしかして寝てた?」「うん。寝てた。まだ眠りたい」「起こしてごめん」 そうカエは謝ったものの「ホントにごめんなんだけど」と続けた。 そこでカエの声が、いつになく暗い事に気づいた。 寝ぼけていた頭も目覚めてきて、ぼんやりとしていた思考も多少すっきりしている。「……どうしたの? 何かあった?」「たいしたことじゃないんだけど……今日、予定なかったら付き合って欲しいトコあるんだけど」「……ないってわかって聞いてんでしょ?」「そんなんじゃなくて。リツだから聞いてんの」 ……よく意味がわからない。 少し考えて「どこ行くの?」と尋ねると、カエは重々しい声で「ラ・クォーツ」と答えた。「……はい?」 間の抜けた声だとわかっているけれど、思わず声が漏れた。 カエも私の呆れた声に気づいたのだろう。「何を言いたいか、わかってる。わかってるから何も言わないで」と続けた。「昨日も行ったじゃない」「だからわかってるって。だからリツに頼んでるの」 ますます意味がわからない。 沈黙する私に、受話器越しにカエのため息が聞こえた。 困惑しているのがわかったのだろう。「……昨日ね、家に帰ってからケーキをもらったって言ったら……。 家の家族が目の色変えてさ。 『どうして持って帰らなかった』って、剣幕がすごくて。 で、話の流れで買いに行くことになってね。 けどそうすると、お店の人に感想聞かれるかもしれないじゃない。 食べてないから、ごまかしがきかないかもしれないでしょ。 ……だから、リツにフォローして欲しいなぁ……って」 ←49 51→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月14日
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私は……圭介に負担をかけたくなかっただけなのに。 ベットにもたれたまま、固く目をとじる。 この前……圭介が橋川と、私のとぎれた記憶の件を話しているとき、正直驚いた。 なぜ圭介が、そこまで私を気遣うのかと。 圭介とは家が近いから親しいだけの友人だ。 互いへの恋愛感情などないと、圭介も私も思っている。 これまでも圭介が、私を気遣ってくれているのは感じていた。 友人としての範疇だと思っていた。 けれど――。 橋川との話は、明らかに友人として心配している枠を、超えているように思えてならない。 私の知らないところで手回しをし、障害物を取り除こうとしているのだから。 それも、私の知らない過去の記憶を話してまで。 どうして、そこまでするの。 困惑しながら同時に、これまでも圭介が同じようなことをしていたのではないかとも考えた。 橋川のように、秘密裡の話までしなくとも、私の知らないところでフォローしてくれていたのでは。と。 そう考えると、足元がすっと寒くなった。 この前の圭介と橋川の話だって、偶然耳にしなければ気づかなかった。 同じようなことが、これまでずっと続いていたとしたら。 圭介の気遣いも知らず、私は――。 何も知らず、置き石のない場所を、それが当然のものと過ごしてきたのだとしたら。 そう考えると、いたたまれない思いで胸がざわついた。 そんな気遣いをさせたくなかったから、圭介と距離をとろうとした。 あからさまな態度をとってしまったのが悔やしい。 もっとうまく立ち回れていたら、圭介に気づかれもしなかったのに。 深く息を吐くと、円卓に置かれた圭介の分のコップの隣に、自分のコップを置いた。 二つのコップがのったトレイを持って、台所へ下りていく。 触れ合うコップが、ガラスの澄んだ音をたてていた。 ←48 50→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月14日
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一応、日付がかわらないうちに更新できた。 ホントにぎりぎりだったけど。 用があって、帰ってきたのは10時。 私用をかたづけてから書き始めたんで、こんなぎりぎりの時間になってしまった。 間に合ってよかった。……のかな?※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月13日
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「ホントに?」「他になんの理由がある?」「忘れ物をしたら、橋川のとこによく来てたのに? クラスが隣だから、便利だって言ってたのに、三つ離れたクラスの友達のところまで借りにいくのはどうして?」 問いただすと、圭介は目をそらした。 圭介は、追求をウソで平然とかわせるほど器用な性分ではない。 それは昔と変わりないようだ。「そんなこと……別にいいだろ」 言いにくそうに告げる圭介に、私はひきつった笑みが浮かぶ。 自嘲じみた……嘲笑だ。「圭介がそうだから……離れようと思ったんじゃない」 言いながら、胸が痛いほど鼓動が高鳴っている。 言うべきではないと、心のどこかで思いながら、徐々に高まり始めた興奮で、言葉が止まらない。「どうしてそんなに庇うの? かまおうとするの? 橋川の件は私がどうにかするから、圭介は気にしないでよ」「……なんだよ、それ」 ムッとしたように、圭介は眉をつりあげた。「だから避けたって? 意味わかんねーよ」「ほっといてって言ってるの」 圭介にしてみれば、理不尽な言われようだろう。 気遣った相手に無下(むげ)な態度をとられるのだから。 深い苛立ちを表情にのぞかせて、圭介は「……わかった」と立ち上がった。 低い声。 圭介が、怒っている証拠。 そのまま圭介は、振り返ることなく部屋を出ると、十数センチあけていたドアを少々乱暴に閉めて、部屋から出て行った。 閉じたドアをしばらく見つめたあと、私は空気の抜けた風船のように、へたりと背もたれのベットに体重を預けた。 ……どうして、こうなったのだろう。 ふと、その想いが脳裏をよぎる。 ←47 49→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※ ブログランキング
2006年10月13日
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目覚まし時計の設定ミスで寝坊。早朝更新できません。すみません。今日中の更新はできるようにしますんで。※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※
2006年10月13日
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リアルタイムに書いて更新している、連載小説「クチナシの庭」。「いつかくるだろうな……」と思っていた、行き詰まりを経験中。 まあ、これまで行き詰らなかったのが、私としては不思議だけれど。 この小説は、ホントに大まかなすじも何も考えずに、行き当たりばったりで書きはじめたので、どのように話が転ぶのか、私自身ナゾ。 最近になって大筋は見えてきたけれど、小道は一文ほどでかたづくものもあって(私の頭の中のあらすじ)、今、まさにそこに、用意もなく、煮詰めもせずに入り込んでしまって、さあ、困った。って状態。 なまじ「書き直すなら、以前のものを二つ三つ削除しなければ……」ってな感じだったんで、それが困った。 掲載していなければ、書き直しですむけど、すでに書き上げたものの削除だけはしたくなかったんで。 いまも煮詰まってるけど、削除だけは絶対しない。 何度か読み返すうちに、出口が見えてきたんで、まあ、どうにかなりそう。 この話はミステリアスっぽく……。を、想定して書きはじめたもの。 初めの構想とはすでに違っている箇所が、何箇所もある。 で、ラストもいまだ見えずじまい。 ラスト手前くらいは、見えてきたけど。 とりあえず、毎日更新でやってきます。 あ、明日は早朝更新かな?※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※
2006年10月12日
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「そうやって、いつもとぼけんだな」 口元をゆがめた笑みに、私は何も言えない。「知らないフリしたほうが、丸く収まると思ってる? ……だったらひどい勘違いだ」 勘違い? どういうこと。 と、ふと顔を上げると、まともに圭介の視線とぶつかって、どきりと身がすくんだ。 圭介は正面から私を見ている。 ただ、じっと見ている。 いつも表情のどこかに含まれている柔らかみが、まるでなかった。 喜怒哀楽、その表情とも結びつかない……無表情。 橋川の、関心のなさからくる無表情でなく、表情を押し殺した顔だ。 圭介のそんな顔、見たことがない。「圭介に……悪いから」 その表情にせかされるように、つぶやいていた。 ウソではない。 根底を占めるのはその想いだ。「悪い? なんで?」「余計な気遣いばかりさせてるから」 わからない。と言いたげに、圭介は眉を寄せる。 ほら、だから。 無意識のうちにしているのだろうから、わざわざ告げることではないと思っていた。 接触しなければ、圭介が気に病む事態にもおちいらないと思っていたから、距離をとろうとした。「橋川のことだって。前はよくうちのクラスに来てたのに、文化祭以来、こなくなったじゃない」「それがなに?」「どうして?」 逆に聞き返すと、圭介は言葉に詰まった。「……別に用がないから……」 ←46 48→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※
2006年10月12日
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さっさと歩いていく圭介に、私は遅れてついていった。 自分の家に帰るのに、人の後をついていくなんて、変な気分だ。 最近、圭介との接触を避けていたから、なんだか居心地が悪い。 圭介も、私が避けていると気づいているはず。 聞かれたら何と答えよう? ……などと考えているうちに、自宅についてしまった。 玄関口で、私に先を促す圭介の横を通りすぎながら、胸のうちでため息を一つこぼした。 なるようになれ。だ。「ただいま」と告げながら家に帰ると、リビングにいたお母さんが、顔だけのぞかせ「お帰り」と答えた。 私が『ラ・クォーツ』のお土産を渡すと、喜びながら、複雑な表情を浮かべる。「もっと早くわかってればね」 見れば食卓にもクリスマスケーキらしきものが残っている。 私の分も含めて半分近く残っていた。 家族4人には、ケーキ1ホールは少々大きい。 毎年、二日がかりで食べていたのに、今年はさらに上乗せが来たのだ。 お母さんは圭介に気づくと、一言二言声を交わして、一体何事かの視線を私に向けた。「課題のことで、ちょっとね」 カエからもらったケーキを、圭介のうちのおばさんにあげて、圭介が送ってくれるついでに課題の相談に来たのだと説明する。「そう。……最近、また仲がいいのね」「お母さんまで。やめてよ。そんなんじゃないから」 投げかけられた意味深な視線に、うんざりとした心地でため息を落とす。「ま、そうよね。いまさらよね」 簡単に納得して、玄関に立つ圭介に、リビングから声をはりあげて礼を言っていた。 ケーキを手渡して、圭介をつれだって部屋にあがる。 円卓に座る圭介に、数学の課題を渡すと、飲み物を取りに、いったん、ダイニングに降りた。 数学は圭介のクラスより、うちのクラスの方が進んでいる。 それを知っているから、圭介はよくうちのクラスに訪れて、橋川からノートを借りていた。 だから、今日もそれの延長で、変な勘繰りなどないのだと、自分に言い聞かせながら、オレンジジュースを二つ持って、部屋に戻った。 圭介は黙々とノートを写している。 よどみなく動かす手の動きに、少し不安をおぼえた。「……まさか丸写し?」 圭介は数学が得意だから、答え合わせに来ているのかと思っていた。 ジュースを差し出しながら聞くと「うん」と簡単な返事が返ってきた。 「写すだけ写して、後から考える」 勉強方法はひとそれぞれなので「そう」とだけ返事をしておいた。 ベットを背もたれに座り、ジュースを一口、二口飲んだところで、圭介の手が止まる。 課題を閉じて、私の課題を返してきた圭介に、私は目を丸くした。「もう終わったの?」「ああ」 言いながら、自分の課題もバックにしまい、私が出したジュースを口にする。 感じた嫌な予感は、すぐ的中した。「俺、なにかした?」「……なんで?」 そう返すと、圭介は一瞬だまりこんで――苦笑に口元をゆがめた。 ←45 47→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※
2006年10月12日
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浅井の表札の側にあるインターホンを押すと、少しの間を置いて、小柄な女性が玄関のドアを開けた。「あら、りっちゃん」「こんばんは」 彼女は圭介のお母さん。 身長だけは無駄にある圭介の母親とは思えない、小柄な人だ。 夜にどうしたの? と不思議がるおばさんに、手にしていたケーキをひとつ手渡した。「さっきまでバイトしてたから。その『ラ・クォーツ』のおみやげ」 言いながら渡すと、おばさんは目を丸くした。「『ラ・クォーツ』の? やだホントに?」 箱に記された店名を確かめると、おばさんは嬉々とした表情で喜んだ。「あのお店、予約がなかなかできないのよ! ……あ。けどいいの? りっちゃんの家の分じゃない?」「一緒にバイトしてた友達からもらったから」 そう告げると「あそこのケーキを食べないなんて」と不満そうだったけれど、そのおかげで自分たちが食べれるのだからと、機嫌を直した。 用事を終えて、早々に立ち去ろうと、体を半身ひるがえす。「上がっていかない?」との声がかかるまえに、帰ろうとした。 圭介との接触を避けたかったから。 けれど「ちょっと待って」と言うなり、おばさんは家の奥に向かって、圭介の名を叫んだ。「あんた、りっちゃん送ってあげて」「い、いいよ。すぐそこなんだから」 慌てて止める私に、おばさんは呆れた顔をする。「すぐってったって、道が暗いじゃない。最近は住宅街でも何があるかわかんないんだから」「ホント大丈夫だから。懐中電灯も持ってるし、チカン撃退スプレーだって持ってるから」 そういうと、おばさんは顔にのぞかせた呆れを深めた。 「そういうの準備しなきゃならないトコ、通ってたの?」「そういうわけじゃないけど……。もしものときのために」「そんなの、いざとなったら使いもんになるかわかんないだろ。りっちゃん自身が使いこなせるか、わかんないじゃない」 などと、押し問答をしているスキに、すっかり出かける準備をした圭介が玄関まで来ていた。 おばさんは圭介に「ほら。『ラ・クォーツ』のケーキ」と嬉しそうに話している。「りっちゃんがくれたのよ」「知ってる。聞こえた」 防寒用のジャンバーを羽織ながら、圭介はうんざりした眼差しをおばさんに向ける。「よく食えるよな。さっきのケーキ、半ホールは一人で食ったくせに」「甘いものは別腹♪ 別腹♪」「別じゃなくて同類だろ……」「『ラ・クォーツ』は特別なの。別にスペースもとってあるし」 と、本気なんだか冗談なんだか、つかめない口調で、おばさんは自分のおなかを指差した。「……もしかして、今日食うの?」「その日のものは、その日のうちに♪ よ?」 言って、半身ひるがえすと「りっちゃん、ありがと」 そう言っておばさんは、鼻歌交じりに奥へ下がっていった。「あ……」 呼び止めようとして上げた手が、空でむなしく漂っている。 呼び止める声も出ないまま、私はその場に立ち尽くした。 圭介は先にすたすた歩いていく。「あ、ついでに数学の課題、見せてよ」と、半身振り返ってのたまう圭介。 よくよく見ると、肩にバックをかけている。 課題と筆記用具が入っているだろう。 疑う余地もない。 ←44 46→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※
2006年10月11日
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予想通り、当日24日は想像以上のめまぐるしさだった。 路上販売と言っても、『ラ・クォーツ』の場合、直売りでなく、予約を受けた人々をさばくものだ。 注文表と照らし合わせて確認したのち、ケーキを渡しては注文表にチェックを入れる。 中には確認のとれないお客も出てきて、その時は側にいたスタッフの人や橘さんに即、変わってもらった。 長い列を並んだ後、さらに確認に時間を割いては、お客の気をさなかでかねない。 なれない私たちが話をこじらせるより、専門の人たちに任せたほうが話が早くつく。 予約分のケーキの受け渡しだけで、店の前が煩雑するのだから、これを店の中でしていたら、混乱の極地に至っていただろう。 目の前の仕事をこなすことが精一杯で、人の波が引き、一息つけるころには閉店時間間際になっていた。 そのあとは、まばらに訪れる予約客をさばいて、とりに来られなかった分を店内に持ち込む。 持ち出した機材、レジ、机、椅子等を片付けて、バイト終了となった。 『ラ・クォーツ』は、今日だけは一時間延長で店をあけている。 何かしらの事情で、ケーキを受け取りにくるのに遅くなった人たちのために。「特別な日だからね。がっかりするより、楽しんで欲しいから」 そう、橘さんが言っていた。 閉店のあいさつと共に、スタッフの人たちにもあいさつをすると、意気消沈とした様相のなか、どうにか笑みを浮かべてあいさつを返してくれた。 橘さんは私とカエを呼ぶと、スタッフルームから少し離れた事務所で、バイト代の入った茶封筒を手渡した。「それと、これも」 そういって橘さんは、今日、私たちが散々手にしたケーキをそれぞれに1つずつくれた。 きちんとバイト代ももらったのに、悪い気がして、私とカエが顔を見合わせて躊躇する。 それに気づいた橘さんは小さく笑った。「例年恒例だから。今日の売り子さんへのお餞別」 なら。 ……と、ありがたく受けとった。『ラ・クォーツ』から出ると、夜空が深みを増している。 白い息を視界に見ながら空を見上げていると、店から離れたところでカエにケーキを手渡された。「あげる。家、ケーキあまり好きじゃないから。一応、今日は買ってるみたいだけど、毎年、食べ切れなくて近所の子を呼んであげてるくらいだから。ありがたいけど、もったいないし」「家だって。こんなに食べきれないよ」「おばさん、ケーキ好きなんでしょ? だったら大丈夫よ」 いくら好きでも、一人で一ホールは無理だ。 反論する暇もなく、わかれ間際に渡したケーキをそのままに、カエと道を別れた。 どうしたものかと、ため息が落ちる。 『ラ・クォーツ』のクリスマスケーキは評判だ。 今日、もらったときにはとても嬉しかったけど、あいにく家にもケーキがある。 いくらなんでも3ホールは無理だ。 しばし考えていると、もう一人のケーキ好きを思い出した。 その人にあげようと考えながら、星の瞬く空の下を歩いていった。 ←43 45→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※
2006年10月11日
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駅前の商店街にある『ラ・クォーツ』は、関東を中心にチェーン店を広げている洋菓子店だ。 ケーキを主体に、焼き菓子、チョコレート、それらにあう紅茶やコーヒーもそろえてある。 味がいいと評判の店で、訪れる客足は途切れるところを見たことがない。 そんな評判のお店だから、季節の行事になると、人の列が生じ、時には満員電車のごとく店内に人が溢れる。 クリスマスも例にもれず、イブの予約にもれた人々が、変わりにと店が準備した23日製作のケーキを引き受けに列を成していた。 24日にクリスマスケーキを買うのが一般的だけれど、23日でもかまわない人々が、今日訪れている。 クリスマス用のケーキを買いに来た人、ショウ・ケースに並んだケーキを買いに来た人。 油断すると、その二つの列が混ざりあってしまう。 そうならないように注意しながら、ケーキの梱包はスタッフの人に任せて、私とカエは、ひたすらレジに集中していた。『ラ・クォーツ』の閉店時間は8時。 私とカエは、時間になると、飲食用のテーブルを拭いたり、軽く掃除機をかけたりと、簡単な掃除を終えて帰ることになった。 厨房は完全に隔離されているので、掃除を終えた今、扉を開けることも出来ない。 空に舞うほこりを遮断するために。 寝ずの作業になるだろう、スタッフの人にあいさつもしないままの帰宅が、なんだか気まずかった。「ごくろうさま。明日もよろしく」 静かに微笑む支配人の橘(たちばな)さんに帰宅の挨拶をして、私とカエは店を出た。 見上げる空には星が瞬いている。 首に巻きつけたマフラーに、顔の下半分を埋めて「橘さんってさー」とポツリとカエが話し始めた。「若いよねー」 確かに。見た目は三十前後。そして年齢不詳の男性。 スタッフの人に聞いたけれど、橘さんの年齢を知る人はいなかった。 カエは「信じられない」と上司の年齢もしらない『ラ・クォーツ』のスタッフに呆れていた。 見た目は若いけれど、落ち着いた物腰は、とても30前後とは思えない。 今日も、ちょっとした発注ミスによるトラブルが生じていたけれど、橘さんは瞬時に的確な指示を出し、ことなきを得ていた。 「スタッフの人にちょっと聞いたんだけど。あの人って、いくつか店を受け持ってるんだって。で、この時期、一番忙しい店にいるってさ」 ……それはつまり。「……明日は地獄?」「そういうこと」 夜空を見上げながら、カエはため息をついた。 空に向けられた息は、白く後方にたなびいた。「やっぱ、世の中甘くないわ」 高い賃金にはそれだけの理由がある。 今日は予備戦だったというのに、すでに疲労が体に蓄積されている。 陸上部のカエでさえ「筋肉痛になるかも」と酷使した足を見下ろし、そうもらした。←42 44→※ 参加中。お気に召したらクリックをお願いします。 ※
2006年10月10日
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