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毎年6-7回バンコクへ行くのだが、歳とともに億劫になってきている。11時発のタイ航空はチェックインの開始が8時半である。チェックインは10時ごろまでにすませばよいのだが、一般に、国際線は2時間前に空港へ行きなさいということになっていて、一応それに準じている。そうすると、8時ちょっと前くらいには名鉄の名古屋についている必要があり、そのためには桑名を7時過ぎには出る必要がある。私は朝食をきちんととる習慣があるので、5時半には起きることになる。いつも起床は5時半なので、早起きは良いのだが、重い荷物をもって電車に乗っていくのがつらい。この時間は通勤時間で座れない。荷物の重いのもいやだ。若いころ、20kgのカバンなど、どうってことは無かったが、77歳の今15kgでも重い。特に、早朝重いものを持つと動悸がする。桑名駅までは女房に送ってもらう。しかし、冬になって雪が降ると女房は車に乗らないし、桑名は雪が積もったらタクシーは電話してもない。ということで、今年も冬が近づき、さて、どうしたものかと考えた。対策は二つ、一つは前日に空港に行ってホテルに泊まる。もう一つは、クロネコ宅急便で大きい鞄を空港に送っておく。名古屋空港にはホテルが3つある。東横イン、ホテル・セントレア、COMFORTである。東横インは5,500円で泊まれるが、とんでもなく部屋が取れない。まず、今からだと、1月中旬まで全室満員に近い。ほかのホテルは最低12,000~14,000円である。1万円を超えるようなホテルに泊まるほどのことは無い。それでは宅急便はというと、出発の2日前に荷物を出すこと、そして、料金は桑名からだと、通常料金(700円弱)に空港使用料(1,400円)なるものがかかる。足して2,000円強である。これなら、我慢できるかなあ??今度やってみることにしよう!!!
2016.11.26
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先日高校のクラス会に出席した。1957年に卒業したから、今年で59年目になる。私は皆勤ではないが、このクラス会は卒業以来毎年やっているので59回目になる。名古屋大学付属高校5回生である。小さな高校で、1学年2クラス66名だった。現在、50名。13名が無くなり、3名が音信不通である。私たちの担任の先生はお二人いた。お一人はかなり前に亡くなられたが、もうお一人は93歳でご存命で、昨年まで皆勤であった。しかし、今年はついに欠席された。まだ、ご存命だが、一人で行動しにくくなり、人の手を借りて動かなければならないので、他人に迷惑をかけてまで出席するのは遠慮したいということのようである。50名のうち出席したのは14名。この歳(78歳)になると、出てくる人は同じ人だけになる。今年までは、クラス会の案内を往復はがきで全員に出していたが、来年からは少し運営の仕方を変えようと思っている。もう案内もいらないよ、という人もいるからだ。そんなクラス会の世話を来年は私がすることになった。皆の意見を聞いたり、名簿を整理したり、なかなか大変な仕事です。いつまで続くかなあ~~~そして、誰もいなくなった!!という時までやろうよ、という元気な人もいる。
2016.11.24
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もう20年以上、頻尿である。頻尿に悩んでいると言えばそう言えるが、さほど深刻ではない。尿漏れはないし、粗相をしたこともない。しかし、外出すると用心して頻繁にトイレに行くし、飛行機では通路側座席を確保しないといけないし、長い休憩のないバス旅行はできない。先日、ためしてガッテンで頻尿を取り上げていた。その要点は次のようだったと思う。1)年齢とともに膀胱が収縮し、弾力性が無くなり尿をためる量が少なくなる。2)通常の膀胱では300-500ccためられる。3)膀胱が小さくなるとともに、おしっこがしたいという信号がでるので、頻尿になる。4)でも、お尻をすぼめる運動をやると、膀胱の弾力性が回復し、おしっこを我慢すると膀胱も大きくなってくるので、お尻すぼめ運動とがまんで頻尿は克服できる。さて、ここで、私にとって新しい知見は「おしりすぼめ運動で膀胱の弾力性が回復し、がまんで膀胱が大きくなる可能性がある」ということ。一旦、弾力性の亡くなった膀胱は回復せず、おしっこをためる能力は改善できないと思っていた。しかし、改善の可能性があるならやってみようと思った。以来、おしっこを我慢することとおしっこの量を計ることをやってきた。約1ヶ月やってきて分かったこと。(1)現在の私の我慢の限界は270ccである。(2)膀胱の弾力性が回復して来たとか、ためれる量が多くなった実感はない。(3)しかし、がまんを続けていると、トイレに行く頻度はわずかだか減ってきた。(4)おしっこが作られるスピードには変動がある。大体、朝食後お昼までは1時間に100-150CCくら いはおしっこがたまるが、夕方になると150ccできるのに3時間くらいかかる。(5)おしっこができる量や速度は日によってかなり変わる、などなど・・・我慢限界300CCを目標に”お尻すぼめ運動”を続けようと思っている。
2016.11.22
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9月4日のブログに首筋と肩の凝りが治らないので、逆療法でアスレチックジムで鍛えて治そうと思って、アスレに入会したと書いた。その後、なんと、首筋の痛みや肩の凝りが本当に治ってしまった。ただ、それが、アスレチックを始めたからなのか、そろそろ治るころだったのかはわからない。兎に角、8月中旬からアスレチックに行っている。私のメニュウは、初めに15-20分ウオーミングアップのために歩く、次いで筋トレを2サイクルやる、最後に自転車を15-20分こいで終わりにする。シャワーで汗を流す。ところが、10月30日に、タイで風邪をひいてしまって、タイへ行く前の10月20日ころから今日まで約1ヶ月アスレに行っていません。1ヶ月4,500円まるで使っていないです。もったいないですね~~~~明日はいけるかなと思っています。
2016.11.21
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今年は我が家のかりんは実がみんな落ちてしまった。一方、ボケが豊作で、ボケ酒を作ったと10月9日のこのブログに書いた。しばらく前から、我が家の近くの家の前庭に大きなボケのなっているのが気になっていた。我が家の周囲は住宅街だが、空き家が多い。実はそのボケのある家も空き家であることが分かった。そのボケの木には実が二つなっていたが、一個が落ちてしまった。ボケの実ももう落ちるような季節なので。ボケの実がほしい私は、ついにその実をこっそりもらってしまった。空き家だからいいよなあ~~~ということで、今年もボケ酒を作りました。もう季節はずれなので、このボケの実はすごく硬かった。ボケの実は5ミリ厚くらいに細かく切り種は取りました。種をの除いた後で450グラム。氷砂糖500グラム。ホワイトリカー1.1リットル。ホワイトリカーは0.9リットルでも良かったと思っています。10月に書いたボケのはちみつ漬けは少量だったので10月末までに全部飲んでしまった。2013年に漬けたかりん酒も全部飲んでしまった。昨日、数日前から飲んでいた赤ワインが空になった。それで、今日からは2014年に漬けたかりん酒が晩酌です。せいぜい、お猪口に2杯くらいですね。
2016.11.19
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司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」を読了した。文春文庫、全6巻である。主人公は幕末、蝦夷地(北海道)との北前貿易で財を成した高田屋嘉平の物語です。この物語に行きつく前に読んだ本は子母澤寛の「勝海舟」新潮文庫全6巻、その本に触発されて、司馬さんの「胡蝶の夢」全4巻、そしてこの「菜の花の沖」となる。高田屋嘉平の物語は、彼の生い立ちから北前貿易の成功へ、そして北海道でのロシアとのトラブルへとつながっていく。高田屋嘉平という人物には大いに感心させられる。ただし、この3つの小説から私が初めて強く認識を新たにしたことは徳川幕府体制のどうしようもない腐敗と武士が支配した社会の不思議である。武士という階級は何も生まない。農民は食料を作る。漁民は魚を捕る。商人はそれを流通させる。士農工商の最上級にある武士は何も生産しない。その何も生まない階級が社会を支配できたという不思議である。武士がしていたことは政治である。しかし、その政治は国民全体を生かすための政治ではなく、武士階級を存続させるための政治である。現在に引き写して考えるとどうなるのだろうか?国は、県は、市は、政治家と官僚で動いている。ただ、建前として、士農工商の垣根はない。実際には家柄、資産、という目に見えない垣根がある。一つはっきり思うのは、幕末に生まれてこなくてよかったなあ、という感想。私の祖先は水のみ百姓だったらしいからね。兎に角、幕末徳川幕府の無能は恐るべきものだったと強く感じています。明治維新はある意味必然だったのでしょう。
2016.11.18
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今年は年初から鼻詰まりと首筋の凝りがあった。鼻詰まりは、結局、手術して治った。首筋の凝りは、8月中旬からアスレチックジムに通い、逆療法で、10ヶ月ぶりに治った。これで万全、体調OKとおもったら・・・・風邪を引いた。風邪を引いた日は10月30日。バンコク郊外に行った。原因は冷房の効いた部屋と30℃を越える外の間を何回も行ったり来たりしたことと、その日の帰りに車の冷房で足が冷えたこと。31日に日本に帰ってきた。明らかに風邪をひいたと思った。以来、3週間、約20日。高熱は出なかったが、鼻水、のどの痛み、咳、たん、だるいなど。悪い峠は11月5-9日のころ。漸く昨日16日から治ったかなという感じになった。歳をとると治りが遅い。今年というか、この冬の風邪はこれだけにしたいね。風邪のせいでインフルエンザの予防接種ができていない。明日、行こうかな!!
2016.11.17
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しばらくブログに書き込みしてないなあ・・・と思っていたが、1ヶ月以上も書き込みしてなかった。77歳の老人でもいろんなことがあるもんです!友人の一人が亡くなった。動脈瘤破裂だから、ほとんど即死だったそうだ。そのことについて、実に奇妙な縁があります。彼は奥さんと二人で名古屋に長年住んでいました。奥さんの高齢のお母さん(90歳以上)が福島にいて、東電の事故で疎開。その面倒を見るために、奥さんは旦那を名古屋に置いて4-5年仙台に行っていた。そのことを私は知っていた。彼とは年に数回雑談する。久しぶりに会いたいと思い12月9日の朝メールした。いつも、メールにはすぐ返事が来る。しかし、返事がないので、10日の朝電話した。いるはずのない奥さんが電話に出た。一瞬、私は奥さんのお母さんがしばらく前に亡くなって、奥さんは名古屋に戻っているのかと思った。しかし、奥さんは私が「和田です」というと、驚いたようで「誰に聞きましたか?」と言われた。「ご主人はおられますか」と言ったら・・・「一昨日の夜亡くなりました」という。ええええ~~~~ということになり・・聞いたら、8日の夜名古屋の病院から電話があった。それで、9日に急きょ名古屋に戻り、葬儀の準備などしていた。10日私の電話の時は、ちょうど葬儀社から彼の写真を探すために家に戻っていたという。その日にお通夜に伺った。私が久しぶりに会おうかな、と思わなければ、彼の死は知らなかったことになる。奥さんも、和田さんに連絡しようと思っていたが、電話番号を書いたものが見つからなかった、と言っていた。偶然にも彼の死を知ったのですが、これは、一種の何かの不思議だなあ・・・彼の霊が私を呼んだんだな!合掌!!
2016.11.16
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