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保険の異端児・オサメさんComments
この日、25年ぶりに上高地の地を踏んだ。上高地バスターミナルでバスを降りた瞬間、感慨深く、思わずこみあげそうになるのを抑えた。北アルプスの登山基地として、かつて幾度となく訪れた上高地も最後に訪れてから早や四半世紀。年月の流れるのは早い。
勿論、大きなリックに登山靴、防寒着に雨具、とそんないでたちではない。しかし、北アルプスを再び目にしたいという気持ちを長年持ち続けていた。特に、ここ数年は「今年こそは!」との思いを持っていたので、この度の3連休、まさに思い立ったが吉日、直前にしてホテルの空きがネット上に現れたのを逃さず、行くことを決心する。
大正池にバスがさしかかると25年ぶりに目にする穂高連峰は低く垂れ込めた雲の中だった(下左)。ターミナルでバスを降りると、荷物を持って梓川河畔へと足を運ぶ。その速い流れに引き寄せられ、その上流に目をやると河童橋の姿が(下右)。それはかつて見慣れた景色。まるで25年間のブランクも無かったかのように記憶は蘇り、我が愛する場所に帰ってきたなあ!と思わず嬉しさがこみ上げてきた。すると、家内を後方に取り残し、河童橋へと向かう足も自然と加速していくのであった。

さて、この日、松本を松本電鉄、いやアルピコ交通の鉄道に乗って新島々に向かったのは12時44分。新島々でバスへと乗り換えると、一路、上高地へ。稲核(いねこき)、水殿(みどの)、奈川渡(ながわど)と三つのダムを通過点に順調に高度を上げていくと共に、目の前の景色を過去の記憶と重ねながら、一つ一つ噛みしめていた。あらためて凄い場所を走っていたものだと思う。万が一、ガードレールを外したら、谷底あるいはダムの湖底へと沈むだろう。それを思うと緊張感さえある。
しかしその一方で、25年の歳月が、上高地へのアプローチに変化をもたらしていることにも気付かされた。まずマイカー規制で沢渡(さわんど)に設けられた駐車場の規模の大きさに驚いた。バスが駐車場を結んで、ピックアップしていく光景などはかつては無い。ほんの1ケ所の沢渡バス停があるだけだったが。。。沢渡と上高地との間はバスのピストン輸送で、駐車場に停められた車の数が観光客の多さを物語っていた。かつては季節限定のマイカー規制だったが、今では通年だ。
そして、いよいよ上高地へのアプローチもクライマックス、中の湯へとさしかかると、梓川を挟んだ対岸、中の湯温泉が視界に飛び込んでくるのを待ったが、見落としてしまったのか、それが無い。そして、最後のクライマックス、釜トンネルへと入っていくにあたり、家内にも「ここからが凄いよ!」と身構えさせたのであったが、。。。何か違う。トンネルがきれいすぎる。そして広くないか?。。。おかしい。
雪避けのスノーシェッドの先にある釜トンネル。バスが1台入ると一杯一杯の狭くて暗いトンネル。そして、そして壁面はガツガツしたむき出しの素掘りのトンネル、その石の表面が湧水に濡れて、窓のすぐそこに見えるそんな距離感だ。それは上高地に入る最後の難所であり、また名物だったのだが、この日、かつての釜トンネルをそこに見ることはなかった。
思えば、登り下りの交互の片側通行だった。信号待ちになると15分ほど、対向車が走りすぎるのを待つ。車から降りて信号が青になるのを待つドライバーもいた。片側通行は距離にして1キロ近くあったのではなかろうか、トンネルの両方の出口にはスノーシェッドが続いていて、大正池から下るところからは、遥か前方、梓川の急流が蛇行する岸壁に掘られたスノーシェッドを車列が通過するのを臨んでいた記憶が蘇る。
そして、もう一つの名物、中の湯もかつてあった場所から消えていたのであった。上高地への最後のアプローチ、バスの車窓から対岸の”中の湯”の看板と、湯煙を上げる露天風呂に入る人、そこには下山してきた登山者が良く似合うのだが、それが目に入ってくると安房(あぼう)峠と釜トンネルへの分岐も目前だ。この日もその光景を楽しみにしていたのだが、。。。その名物温泉も、中の湯と平湯温泉とを貫く安房トンネル工事のため場所を移転していたのだ。
かつてシーズンには1時間以上もかけて通行した安房峠。狭い山岳道路をバスが出会うと、前に進む1台とすれ違う地点までバックで下がるもう1台、バスガイドが欠かせない。急峻なヘアピンカーブは1度の切り替えしでは曲がれない。何度も切り返してはカーブを曲がる。まさにバスドライバーの腕の見せ処であり、またこの路線ほどバスガイドが活躍するのを見たこともない。その都度渋滞はつきものとなるのだが、それも安房峠の名物。しかし、そんな光景を今後見ることも無い。25年の歳月の重みだろうか。。。
さて、上高地に入った時には陽が差していた天気も、河童橋河畔のホテルにチェックインして一服している間に、雨模様に様変わり。当初、大正池までの往復トレッキングを予定していたが、小雨交じりの中、梓川が大きく蛇行する中の瀬園地(下左)までの軽めの散歩へと変更する。

25年前に上った西穂高岳の登山口(下左)で一人山に入っていった当時を思い出し、そしてウェストン碑(下中)、対岸の霞沢岳の三本槍(上右)を眺めた。河童橋付近の喧騒を離れて、森林浴を楽しみながら、河童橋の方へと折り返していき、ロッジの建物が並ぶのが目に入ってくるとこの日の散策も終わりである。

山の夜は早い。18時には夕食、そして21時にはホテルの鍵が閉まり、ロビーフロアも消灯する。浴場も22時までだ。食事の後、一人外に飛び出すと、ついさきほどまで雲に隠れていた焼岳が姿を現し(下左)、また穂高連峰も雲の位置がだいぶ高くなっていた(下右)。日没ギリギリまで粘ったが、残念ながらその全容を見るには至らなかった。しかし、静まり返った河童橋の上で、1日の最後、25年ぶりの上高地に私は浸っていた。

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