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1年ぶりに病院に行ってきた。手術してから1年半経ちましたが、その後の経過をみる定期健診。ここ最近の私は冬のはじめに立て続けに3回も風邪を引いたものの、それ以外はいたって元気だ。1年ぶりに主治医のヒロシと再会。「どこか気になるところはありますか?」「ありません。」・・・終わり。・・・ってワケではなく、いちおー超音波だとか血液検査だとかの検査を一通り受けてきた。この検査は一生受け続けるんだろうな、きっと。ヒロシにも「この検査はこれからも続けていきましょう。」とゆわれたし。今日の検査に備えて昨夜はアルコールも抜いたし、若干睡眠不足気味なものの元気バリバリなので、だいじょびだろう。まずは2週間後に出る検査の結果次第ですな。それにしても、元気いっぱいの状態で病院に行くのもヘンな気持ちだ。この時期に病院に行くと、風邪とかもらってきそうでちょと心配だし。ヒロシもたまにゴホゴホゆってたしなー。おまけに待合ロビーがすげーーー寒くて、ホントに風邪引いちゃうんじゃないかと思った。
2007.02.17
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今から1週間ぐらい前の話になるんだけど、恩師が先月亡くなったことを知りました。大学時代の担任の先生で、当時は英文科内でも名物のものすごーい恐い先生だった。90分の授業で、当てられると1人平均60分質問攻め。答えられないとものすごーーーく怒られる。私も何度も「英文科やめろ!」と怒鳴られた・・・。自分がいつ当てられるかわからないので、予習は完璧にしとかないといけない。スリルとサスペンスの授業だった。また、街で会って挨拶しないとすげーーー怒られる。ほかの授業をサボっていても怒られる。私はよく授業をサボってサークルの先輩たちとグラウンドでキャッチボールとかして遊んでいたけど、「授業さぼってボール遊びばっかやってっからダメなんだ」などと叱られたこともある・・・。授業に3回遅刻すると罰としてみんなの前で歌を歌わされる。その歌がへたっぴだとさらに怒られる。この先生の授業は1年のときの一般教養の英語、3年になってからの英語史があった。どちらも必修科目なので避けて通れない道のり。でも私は他にこの先生の英語学のゼミを専攻していた。授業のときと違って、ゼミのときの彼はとても優しかった。ゼミの忘年会では、年末の仙台市の光のページェントのせいで交通大渋滞になって先生が1時間も遅刻し、真剣に「ページェントなんかやめろ!」と怒っていた。(飲み会大好きな先生だった)ふつーの授業と違って、ゼミではわからずにしどろもどろでも親切に教えてくださるし、担任の先生だったということもあり、私の就職時もとても親身になって相談にのってくれた。就職して社会人になって、その様子を先生に手紙で知らせたりしてたけど、先生は「おまえの話はとても参考になるから、就職課に見せに行った」とお返事をくださったりして、おつきあいは細々と続いていました。すんごーい恐い先生だったけど、私はこの先生が大好きだった。今から10年ぐらい前、先生が定年で退職され、そのときのパーティーでお会いしたのが最後になってしまった・・・。最後にお会いしたときの先生は、確かに年とってたけど、でもまだまだ元気バリバリだった。年賀状でのやりとりは毎年行なっていたし、あんなにパワフルな先生が亡くなったなんて未だに信じられない。先生の訃報を知ったその日は、仕事をしてても涙があふれてくる始末で、久し振りに自分の感情をコントロールできずに過ごした。天国に旅立たれた先生が、今の私の生活を上の世界から眺めて、なんて思うだろう?けっして褒められるような生き方をしていない今の私を見て「相変わらずバカだなー。」と思っていらっしゃるに違いない。私もいつかこの世を去って、あの世で先生と再会を果たしたときに、先生にちゃんと顔を合わせられるような生き方をしないといけない・・・と、途方もないことを感じた次第・・・。いやー、それにしても久し振りに落ち込んだ数日だった。心の支えのひとつを失ったような虚脱感。かといっていつまでもメソメソしていたら、ますます先生にご心配をかけることになるし、頑張って前向きに生きていかなくちゃ!先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。ってことで、フランス語のレッスン、毎日頑張ってますし。久し振りの更新の日記がずいぶんとしんみりしたものになってしまいました。
2007.02.12
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