2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全29件 (29件中 1-29件目)
1
大学生に「あなたにとって必要なテストを一緒に作ろう」というと、すごくびっくりします。(27日の日記参照)それはきっと、大学にはいるまで、テストのために勉強するということを疑いもしなかったからでしょう。小学校に入った子どもたちは、たいてい勉強が大好きです。参観日にのぞいてみると、目をキラキラさせて授業を聞いています。それがだんだん、勉強はあまり好きじゃないというようになるのは、テストや評価のせいなのじゃないかと思っています。それで、うちの子どもたちが小学生の頃、テストをもらってくると「何点だった?」と聞かないようにしていました。そうでなくても点数が悪いと一番がっかりしているのは本人だから…点数が悪いと叱るのは最悪です。うっかりすると悪いテストが学校の机につまっていたりします…悪い点数でも、見せてくれると、「どこが間違ったかよく見て、もう一度解いてごらん。できないところがわかるのが大事だよ」といっていました。ときには、間違った問題を書き出して、解かせたりもしていたように思います。つまり、テストは、どこがわかっていないか、どこが身についていないかを調べるためのもので、点数を競うものではないのです。テストというのは、もともと何かを調べるもの。自分の力がついているかどうかを調べるものです。少し前に新聞に「最近のスポーツは勝ち負けにこだわりすぎる」という記事が載っていて、それによればもともとスポーツはなんでも自分を鍛えるもの、自分との戦いなのです。武道を考えるとわかりやすいと思います。日々鍛練を積んで、自分の力を高めても、自分がどのくらい成長したかは自分ではわからない。だから、相手にお願いして「試合」をするのだといいます。試合とは相手を使って自分の力を試すものなのです。試合で自分が勝つことができれば、相手より力がついたということ。負ければまだまだ鍛錬が足りないということ。勝ったらうれしく、負けたら悔しいというのは、ちょっと違うかも。だから、相手に礼を尽くすし、負けてもお礼をいうのです。戦う相手は、昨日の自分なのです。たぶん、学ぶということも同じだと思います。それくらい自分が学んだかは自分ではよくわからない。できていないところを知るためにはテストは必要。テストはテストです。点数が悪いと悲観するより、自分ができなかったところを知ることができたことを、ラッキーと思えばいいのでしょう。だって、そこをいまから学べばいいのですから…昨日、真剣にテストに向かっている大学生を見ながら、テストも「自分のため」とわかっているのだったら、悪いものじゃないなと思いました。「試されている」のじゃなく「自分で自分を試している」のですから。
2004.07.31
今日はテスト。自分が学生のときは、必死で勉強しておりましたが、教師になってみるとテストは楽ちん。一時間じゅう立ち番というのは疲れはしますが…その代わり、前の日は必死で試験問題をパソコンに打ち込んでおりました。実はこの日は、私にとってはちょっとだけワクワクの日なのです。というのは、この半年間を振り返っての感想を一人ひとりに書いてもらうから。どんなことを書いてくるのかドキドキです。試験問題を配ったら、さらさらという鉛筆の音がするばかり、たくさんの学生が一斉に集中している空間は、なかなか心地いいものです。名前を書いているか確認で教室を一回り…それから、まさかとは思うけど、カンニングはしていないよねともう一回り。教壇に立って、ボーっと見ていると、ときどき中に目線を浮かせている学生がいる。思い出せない単語やスペルがあるに違いない。水面に浮き上がって、息を吸う魚のようで、ちょっとかわいいのです。試験はできた人から教壇にいる私のところに出して、教室を出て行くことになっています。歩いてくる学生に向かって、笑顔で「できた?」と聞くと、みな一様に首をかしげるのがおかしい…私が早く見たいのはテストよりも感想だったりします。ちらちらと試験中の教室に目線を走らせながら、すばやく感想を読んでいきます。試験の時に出すからと言って、よいしょしないように、「これは評価と関係ありません」と書いてあるのですが、結構みんないいことを書いてくれます。「正直フランス語の授業がこんなに面白いとは思いませんでした」「最初の一、二時間は不安で仕方がなかったけど、だんだん面白くなって、いまは簡単なフランス語はしゃべれると思います」「先生の授業を受けて、習うんじゃなくて学ぶのだと言うことがわかりました」「留学生との授業、楽しかったです。いい経験になりました」中には「時間通りはじめて、最後にあわてなくていいようにしてください」なんて言うのも…一時間目はいつもちょっと遅刻なんです。ごめんなさい。後期はもっと早く行きます!「先生のすごいところはなんといっても全部の学生の名前を覚えているところです」「先生の授業はフランス語のことだけじゃなくて、いろいろ心に残ることがありました」学生たちはやさしいのです。いつも「学ぶ」事を大事にしながら試行錯誤の授業をしている私に、エールを送ってくれます。感想を読みながら、ちょっとうるうるしそうになりました。中に「実家はブルーベリー園です。ホームページ検索してください」というのがありました。名前はありすくん。男の子なので不思議に思って、一番最初に名前を覚えました。帰ってから検索してみたら、北海道のアリス・ファームというところの息子でした。だからありすなのか…おいしそうなブルーベリージャム…さっそく注文しようかな。なんと不思議な人の縁でしょう。教師と生徒の出会いも、考えてみればご縁としか言いようがありません。この半年、一緒に授業を作ってくれた学生たちに感謝です。さあ、採点だあ。
2004.07.30
なんの予定もない一日、最近体重が増加傾向。昨日バレエのときのレオタード姿が心なしかいつもより太め…よし、プールかジムに行って運動しようと思っていたのに、パソコンに向かうとズルズルと時間がたっていきます。明日の試験を作らないと出掛けるわけにいかないし、でも、なんだかやる気がない…そんなところにかかってきた一本の電話は、矯正下着なるものを売っている友だち。この人、セールスの腕はぴかイチ。年収はお連れ合いを上まると言うだけあって、勧めるのがうまいこと。ひと月ほど前に誘われて、身体中のサイズを測ってもらい、危うく15万円分の下着を買わされそうになるところを、かわして帰ってきました。今日の電話は、下着を買った共通の友だちが最近やせたという話。ウエストが6センチ減って、体重が2キロ減…はあ、すごいねといいながら何ともいえないいやな気分。その後はとりとめもない話をしたのだけれど、どうもすっきりしないのでした。昨日の日記に続いて「ものを売る友だち」の話ばかりで恐縮ですが、私の交友関係の中では、この二人だけです…が、なかなか気が重いのでした。15万出して試してみればいいのかも知れません。もしかしたら、やせるかも…でも、どうしてもやりたくないわけがあるのです。それは、西洋の女性のコルセットの歴史を調べればわかります。女の人は男の人の気に入るように、美しく、細く、しかもオッパイを大きく見せるため、苦しくてもコルセットをしたのでした。小説の中でときどき「気を失う」女性がいるのは、実はコルセットで締めすぎていたからだともいわれています。か弱いのが女性としていいとされていたからです。ジョルジュ・サンドは男装の麗人と言われていますが、その時代のほとんどの女性は相変わらず男の人の目線を意識して、か弱く細い体を作っていたのです…女性の服装の歴史はそのまま、いかに地位の高い男性に気に入られるかで人生が決まってしまった女たちの悲しい歴史をあらわしているのです…20世紀になって、やっと女の人は窮屈な下着から解放されました。それは同時に、女の人も人としての権利を持ち、男の人と同等の地位につくことができるということでした。いまでも、女の人は男の人の目線を意識して服装を決めるところがあります。漠然としたものですが、それは女性を性的な対象としてみることを容認していることでもあるのです。たいていの女の人は美しくありたいという気持ちを持っています。それはどこまで自分のためなのだろうか…作られた「美しい女性」というモデルに自分をあわせようとしているのではないのか…そんなことをフッと思うのです。だから、美しくなるため、男の人にとって都合のいい女になるためにやせるのは別にいいよ、と思うのです。それより、健康のためにやせたいから、運動してやせたいよ~下着をつけてやせるのだけはかんべんしてほしい…でもなあ、こんなことを言ったら、負け惜しみだと思われるんだろうなあ。
2004.07.29
おとといの日記にでてきた友だちは、副業としてのビジネスだと言って、パソコンが使えない人のために、テレビに接続してインターネットを使える機材を売っています。とはじめは思っていたのだけれど、どうもそれは、機材とともに代理店の権利を買うらしく、その権利を買っておけばこれから会社が本格的に稼働しはじめたら、何もしなくてもお金が入ってくるという話なのでした。年金もどうなるかわからないし、老後の不安もあるし、いま40万円払っておけば、将来毎月5万円くらいにはなるわよと言われ、ちょっとだけその気になったときもあります。40万というのは主婦がこっそり使うには大きな金額なので、夫に相談したとき、夫が首をかしげて言いました。「なんにもしなくて儲かるわけないだろ。そりゃ、たぶん、いろんな人を勧誘しないといけないんだよ。そんな生き方したいの?」大学でフランス語を教えてちょっと稼ぎ、お金は入らないけど「教えない教育」のNPOでワクワクする時間をすごして、母でもあり、とりあえず妻でもあり、遠くに暮らす年老いた両親のたった一人の子どもで…やることはたくさんあります。お金のために人を勧誘して回る仕事は、どう考えても私にはできません。きっぱりとお断りしました。友だちは本業そっちのけで、日々勧誘の仕事をしています。でも、ばっちゃんがコメントに書いてくださったように、友だちがセールスマンになってしまったのです。いらないものを売っているからと言って、友だちしないわけにも行かないし、あうと、セールスしたいみたいだし…なんでも、マルチ商法というものなんですね。自分の下にたくさんの人を勧誘すると、自分の収入が増えるという訳…これってどんなに頑張っても最後に破綻するのじゃないだろうかと老婆心。でも、もしかしたら友だちが成功して、老後は左うちわなんて事もあるのかも知れませんが…「その時、あら私もやれば良かったと思わないように、いまのうちに入りなさいよ」というのが友だちの殺し文句です。お金がないと大変だけど、でもやっぱりお金より大事にしたいものがある…未来にお金が儲かるという不確かな事のために、いまを犠牲にする事はしたくないのです。第一、私の老後って、あるかどうかわからないもの…
2004.07.28
まず、マンゴーの話の続きですが、郵便局員立ち会いのもと開けてみた小包は、一個黒い斑点の出たものがあって、「こりゃダメだ。損害賠償の手続きをしましょう。」ということになったそうです。で、現物はというと、持って帰っても仕方ないのでそちらで処分してくださいということで、郵便屋さんが帰って、よく見ると鮮度は落ちているものの、ちゃんと食べられそうだという報告でした。完熟で甘くなっていると思います。というわけで、マンゴーはただになり、無事お腹におさまるということになりました。めでたし、めでたし。ご心配かけました。で、今日の日記。今日はテスト前の最後の授業です。毎年、この時期に評価の話とテストの話をします。それはこんな話です。本当に間違いのない、客観的評価というものはない。だから、あなたたちがこれまでもらってきた通信簿や成績表というものは、教師のある視点から見た偏見のようなものです。そして、その評価をつけるための道具としてテストが使われてきました。でも、私はそれがいまいち好きではないのです。テストというのは本来、何か実験をして、どんな反応がでるか調べるのと同じ事のはず。だから、試験を受けて、できなかったところがわかるのが大事。できなかったところが、あなたがこれから学ぶべき事。できたことはもう、身についているからいいのです。でも、みんなテストがあるというと、いい点を取らなくちゃと頑張る。何点取れるかに、関心がいってしまう。でも、これは本当はおかしい。何点取れても関係ないのです。できなかったところがはっきりわかるようにテストをするのだから…だからテストのために勉強するのではなく、勉強した後、どれだけ身についたかをテストしたい。そんな話をしてから、「でもみなさんはテストがあるっていうと勉強するよね」と言うとうなずいています。「だから、この際それを逆転させて、自分がどうしても身につけたい、これだけはできるようになりたいということを、テストに出しませんか」と持ちかけました。そんなわけで、学生たちと一緒にテストを作るのです。これはなかなか面白い。一番やりたくない、テストに出てほしくないと思っている事を、真っ先に出してくるのですから。だって、話を聞いて一番苦手なことをやるべきだと思うから…フランス語で数字を読むのがむずかしい。だからこれが真っ先にでてきました。ふふ。それから、自己紹介。誰かを紹介する、カフェでの注文の仕方…と続きます。「どんな問題にする?」と聞くと、最初漠然としていたのが、どんどん具体的になっていきます。そこで少しだけ、「何を身につけたいか」によって問題が変わってくることなどを説明します。もし、教師になろうと思っていたら、これはとても大事なことなのです。試験は自分で作るんですから…はじめて試験を作ったときは冷や汗ものでした。こうして90分の授業が終わったら、大まかなテストができていました。私の仕事も楽になるし、学生たちははじめてのテストに関する不安がずいぶん和らぐと思います。うふふ、今回もなかなかうまく行きました。満足満足。後はちょっと手を入れてパソコンに打ち込むだけ…
2004.07.27
マンゴー事件解決しました。大阪の郵便局の冷蔵庫で眠っていたのです。郵便局員に起こされましたが、配達先の人が今日は留守なので、明日、配達して立ち会いのもとで開けて見るそうで、そこでマンゴーの安否(食べられるかどうか)が分かるということです。なんでも「不在表の入れ忘れ」なのだそうで、恐縮している郵便局のかたでしたが、一体私が連絡しなかったらこのマンゴーはどうなったのだろうとおそろしいものがあります。送り返されてもねえ…それにしても、何となく「届いたってメールも来ないのはよっぽど忙しいのよねえ」と思っていた私と、「マンゴー送るって電話あったけど来ないなあ。こっちから電話すると催促するみたいだし、もちょっと待ってみるか」と思った先方の思いのズレが、マンゴーを行方不明にしたのでした。教訓。気になったら、いいにくくても言ってみる事。話はドッと飛んで今日あった友だちのこと。ネットワークビジネスを展開中。なんだかやつれているので気になってしまったのだけど、本人は仕事が忙しいし、充実感もあるらしいのです。そういいながら、話はビジネスの勧誘になっていきます。もう一年くらい、この勧誘をのらりくらりとかわしつつ来ていますが、さすがに疲れる。それでも、こういうビジネスって、寝る間も惜しんでやらないと儲からないんでしょうかねえ。私から見ればなにやらうさんくさい仕事。本業に専念すればいいのにと思うばかりです。こういう仕事って、「私がやってとってもいいからあなたもどう?」って勧めるんでしょう。「私が儲かるから、あなたも儲かるわよ」って。共感してあげないと相手を否定しているみたいだし、かといって、お金を40万も出す気はしないし…私はあなた自身と話したいので、仕事の話はあまり聞きたくないとはっきり言いました。でも自分と仕事が切り離せないみたい。仕事の悩みを相談したかったみたいなんだけど、話しているうち勧誘になっていくのです。前のような良い関係にはなれないんだと思ったら悲しくなりました。でも、暗くなるのはやめよう。人を変えることはできないのだから。そのうち時間が来ればまたもとのようになれる日も来るのかも知れません。それまでのらりくらりでもいいか…
2004.07.26
久しぶりになんの予定もない日曜日。息子と夫が出かけていったので、突然思い立ってクーラーの掃除をはじめました。沖縄ではクーラーは必需品…ですが、フィルターお掃除ランプ点滅中…2台のクーラーを掃除して、ついでにレースのカーテンを洗って、それからお昼ご飯を食べて、懸案のブラウスを作りにかかりました。縫い物が結構好きなのですが、普段はほとんどミシンに向かう時間がありません。後一週間で大学も夏休みと思ったら、ちょっとゆとり…実に充実した日曜日だったと安堵したのもつかの間、先週送った小包がまだ届いていないとのメールが…なにい~先週送ったのにい~しかも中身はマンゴー…しかし、郵便局はすでに閉まっているし、インターネットで見ても「不在につき持ち帰りました」になってるし…「ひぇー、どうしよう!腐ったらどうしてくれる~」叫ぶ母をみながら息子が一言「うるせい!おかあがいくら騒いでも事態はかわらん!」ごもっともです。でも、困る…どうしよ~息子は正しい。これ以上打つ手はなく、明日の郵便局の空く時間を待つのみです。30分後、ようやくあきらめる気になりました。そして、ふと思ったのです。なすすべがないと頭でわかって、体が「これで良いか」と納得するまでの時間が、「人間ができているかどうかの尺度かも…」世の中は不思議な偶然と、おかしなできごとに満ちているが故に、何が起きても不思議はない。何事も「なるようになる」と思えれば、もっと楽にいきられるのかも知れません。
2004.07.25
ここ数年一緒にNPOの活動をしている友だちのお嬢さんが、この夏からドイツに留学します。どこの街に行くの?と聞いたら「フライブルグ」との答え。聞いたことのない街なので地図を調べてみました。アレアレ、それってフランスとの国境に近い街ではないですか。私がはじめてフランスで一ヶ月を過ごした、ストラスブールのすぐそば!!思わずついていきたいと思いました。この夏は無理だけど、いつかきっとアルザスの美しい街に再び会いに行きたい…十年近く前、ストラスブール大学で、一ヶ月間の研修を受けた夏は、何十年ぶりの暑い夏でした。知り合いがみんな「フランスの夏は寒いこともあるからね」と脅すので、トランクの中は夏物がほんの少しと、春先に着るようなセーターやブラウスばかり…授業のない午後、同僚と連れだって買い物に出かけました。一緒にストラスブールに行った日本人は20人。みんなどこかの大学や高校でフランス語を教えている教師たちです。一緒に行った二人も妻と子を日本に置いての参加…フランスで洋服を買うなんて生まれて初めて…だいたい生まれて初めてフランスに来ているのですから。「お願い、見てちょうだい」と私の頼みに答えて、おじさんたちがあれこれ品定め。ブランドにまったく無知の私に、なぜかおじさんたちは結構詳しくて、KOOKAIがいいんじゃないということに…いかなる理由かいまでもわからないのですが、店に並ぶワンピースは長~いか短~いかの二種類しかないのです。156センチの私には、長いのは裾を引きずるくらい長いので、黒に白い小花模様のミニのワンピースを選びました。首まわりはゴム。お店のおねえさん、試着室から出てきた私を一目見るなりドレスをいきなり引っ張って、ゴムが二の腕の真ん中に来るまで、下げたのです。首と胸の半分が露出して、服の印象がぜんぜん変わってしまいました。自分でもドキンとしたくらいセクシーでした。日本から持ってきた長~いスカートをはいていたので、その涼しさに「このまま来て帰ります」と着てきた服を袋に包んでもらい、再び街へ。それから靴屋さんで、編み目のサンダルを買って、ダサイスニーカーも袋の中へ…昔の小説の中で、貧しい主人公の女の子が、お金持ちに気に入られて、洋服を買ってもらうっていうの、どこかで読んだ気がします。自分がどんどんきれいになっていく気がして、なんだかお話しの主人公になった気分でした。お金は自分で出したんですけどね…付き添いのおじさんたち、なんだかとても面白がっていました。変身願望って自分の中にもあるんだなとはじめて思いました。三人で公園のカフェに寄って、大きな木の木陰で、つめたい飲み物を飲みました。はじめてすごすフランスでの緊張が、少しずつ消えていく感じがしました。ある夏のとっても大切な思い出です。
2004.07.24
昼下がりの団地。ドアの取り替え工事のおじさんが三人、何か届くのを待っているのでしょうか、所在なげに階段に腰掛けて、冷たいモノを飲んでいました。前の駐車場では女の子が4人遊んでいます。一番上は6年生?チビは幼稚園くらい…異年齢の集団は沖縄ではぜんぜん珍しくありません。縄跳びの縄を持ち出してゴム飛びのまねをしていた女の子に、突然おじさんが「走らないね。タイムはかってあげるよ。」と持ちかけました。洗濯物を干しているベランダから一部始終が見えるので、どうなるかなと興味津々。チビの女の子が「え?」おじさん「ほれ、よーいドン、やらないね」「ウン」となぜか交渉成立。おじさんが駐車場のハズレに立つように指示します。どこからか取り出したストップウオッチを持って、「はい、よ~い。おっと、その前に深呼吸三回ね。よ~い、ドン」女の子たち、ゾウリの音をぱたぱたさせながら走ってきました。「はい7秒。はやいね~」早いんだかなんだかわからないけどチビ大喜び。その横でおねえさんは恥ずかしそうにしていました。連れのおじさんも笑ってみています。沖縄には人なつっこい子どもと、なんだかこども好きおじさんがたくさん…今日の授業に、この前の時間休んだMくんが来ていました。先週「おれ、京都に帰るから休みます」と言いに来たので、どうしたのと聞くと、おばあちゃんが危篤らしい。今朝顔を見るなり「おばあちゃんどうだった?」と聞くと、「意識がもどらんねん。おれ、わからへんかった。最後の日にちょっともどったけど…」肺ガンの末期なんでしょうね。これから試験のMくんが帰るまで持たないだろうとのこと…なんだか、あまり深刻そうでもなくそんな話をしてくれました。現役で大学生になったのでしょう。教室でため口で話しかけてきてもいっこう止めないので、なんだか話し方もかわいいMくんなのです。おばあちゃんは会えてよかったと安心しているでしょうか…もう少し残ってほしかったのじゃないかしら…何人かの人がいたら、確実にその数の喜びと悲しみ、幸せと不幸せがあります。どの人もかけがえのない大事な存在で、その人のことを大切に思っている人が必ずいるはず…今日の新聞の見出しに、「自殺者3万人」ドキリとしました。なぜそれほどまで思い詰めてしまうのか…人は決して一人で生きてはいないのになあと思います。
2004.07.23
肩こり治っています。筋肉痛は確かにあります。それで、二日遅れで来ていますから、今日のはボウリング?ということは昨日のバレエは明日??さて、明日の授業の準備をするのにパリの地図を引っ張り出してきました。教科書がちょうど「道を聞く」というところなので、地図をコピーして使おうかと思ったのです。私がはじめてパリに行ったとき、日本人の友だちが教えてくれたのがミシュランのNO11、インデックス・パリという縦長の本になった地図です。パリに限らずフランスの街はどんなに小さな道でも名前が付いていると聞いていたのですが、本当にそうでした。そんなわけで、ブルーの表紙のこのNO11の地図を片手に、行きたいところを探しては出掛けていきました。パリの住所というのは、何々通り何番地というシンプルなモノです。ということは、通りの名前を索引で探せばよろしい。後は、最寄りの地下鉄駅を調べて、そこで降りる。降りた後、目的の道までひたすら歩く…それらしき道についたら、上を見上げて、紺色の道の表示を探すのでした。その道と間違いなかったら、後は番地を探すだけ…これで見つからなかったことはないのです…町並みを壊すような工事も、道路の拡張もないから、実に見事なくらい正確なミシュランなのでした。この手で外国の街に行くと地図を買うのが習慣のようになっています。フランスもイギリスも、自分の足で歩くのがいちばん。大学生にも地図の見方を教えてあげようと勢い込んでいましたが、ふと思ったこと。みんな地図は読めるよね~かつて「地図の読めない女、話の聞けない男」というタイトルの本が本屋にありましたが、もしかして地図の読めない人って多いのかしら…それだと授業が成り立たない…ま、いいかと思い直しました。私が教材に使わなければ、一生、フランス語で書かれたパリの地図なんて、見ないかも知れないのですから。ところで、人は地図の読み方をどこで学ぶのでしょうか?小学校で習ったっけ??
2004.07.22
ボウリングの筋肉痛は右足の付け根に来ております。それだけじゃなくって、右腕も変。今朝の目覚めはめちゃくちゃ悪かったのです。疲れすぎていたのか、夜にかかってきた母の電話が悪かったのか…うつの状態がよくない母の電話を受けると、どうもその気分が伝染するようで、気力低下も甚だしく、やりかけの仕事も放り出して、寝るときはノックダウン状態でした。フッと机の上に出したままになっていた蔦森さんの名刺を見て、気功の治療してもらおうかなと思いました。私は結構臆病モノで、はじめての人に電話をするのはちょっと苦手。でも、何となくつながらないような気もするし、つながらなかったらそれでも良いし、つながったらラッキー、と思って蔦森さんの携帯に電話をしました。案の定留守電で、ホッとしたようながっかりしたような…留守電に入れたら、なんと折り返し電話が来ました。そして、明日から東京に行くから今日の夕方来ませんかとのこと…おっかなびっくり出掛けていきました。1時間半くらい気功で治してもらっていまかなり元気です。すっごく不思議ですが、筋肉痛以外の痛みが消えています。アレアレって感じです。実は私は体がゆがんでいるのです。整体でもバレエでもそう言われるのですが、自分で治すことができません。鏡を見ると確かに腰の位置が変で、立ち方がおかしいのですが、治そうとしても、すぐ戻ってしまうのです。蔦森さんにもそれを指摘されました。だけど、だけど、気功というのは、気を送るからぜんぜん触らないのに、体の中に何かが伝わってくる感じがあって、体に腹筋をして限界に達したときのようなふるえが来るのです。う~ん、私の骨が勝手に動いているのであろうか…テレビで気を送っていると体が傾くのを見たことがあるのですが、自分の体も揺れている感じがありました。勝手に動かないでよって感じ…何とも不思議な体験でした。立ち上がってみたら、腰の位置がちゃんとなっていました。バレエできちんと立てたときの感じ…すっくと立っている感じ…前屈をしてみたら、びっくりするほど曲がるんです。あれれ~そんなわけで、気功ってホントに効果あるんだと実感しています。このまま良くなるんだったら、すごい!そんなわけでと~っても不思議な気持ちです。頑固な腰痛や肩こりなどに悩んでいる方、試してみる価値ありますよ。(「黄色い種」でホームページを検索してみてください。)
2004.07.21
20年ぶりでボウリングをしました。ボウリングが嫌いというわけでもないんですが、特に誘われることもなかったので、ず~っと縁がないままでした。ところが、息子の通う学校の30周年イベントで、チャリティーボウリングのチケットを売る羽目になり、どうせならみんなでボウリングをやろうということになりました。かつては、自分が「お堅い」人間だったように思うのですが、最近は割合と頑張らないで楽にやっていけるようになっています。そのコツは、たぶん「提案に乗る」という生き方にあります。お金が絡むことだけは例外としているのですが、それ以外はたいてい提案されて、やってもやらなくてもいいのだったら、やると決めています。数年前の私だったら、「やらない」方を選んでいたと思います。それがガラッと変わったわけは、「教えない教育」で学ぶとき、自分が好きなこと、やりたいことだけをやっていると、とんでもない迷路にはまりこむことがわかってきたからです。誰か自分を導いてくれる人がいるのであればいいのですが、そうでもなく学び続けるには、まわりの人との関わりがとても大事です。「提案」というのはどうも、必要なときに来るのかも知れまいと思っているのですが、案外、「提案」を受けて、自分のものにできるようになってきているのかも知れないと思います。たかがボウリングでそんなことを言うのもおかしな話ですが、2コマの講義のあとにもかかわらず、ボウリングに出掛けていったのはそんなわけです。楽しかったのは間違いありません。疲れたけど…ガーターかと思うと、ストライクがでるという妙な成りゆきに、まわりが唖然。まぐれがときどき来るだけなんでしょうが、よく考えてみると、コースがうまくいくとストライクなんですね。これって、何かに似ているよと思いました。人の人生ってちょっとしたコースの違いで、ストライクかガーターかになってしまうのかなと…大した違いではなさそうなのに結果はさんざんだったりします。どうも、敗因を一生懸命調べても、よくわからなかったりする…要は落ち込んでもそれをちょっとだけ楽しめる余裕かなと思ったりします。5人の中で一番スコアが低かったけれど、まあ人生そんなものです。とりあえずボウルを投げてみないことにははじまらないとそんなことを思った一日でした。楽しい仲間たちに感謝!明日は筋肉痛がこわい…
2004.07.20
今日は「海の日」。だからと言うわけでもないのですが、久しぶりのんびりしている夫と、知念半島にドライブと洒落込みました。知念半島は南部、糸満の東の方。観光の人たちが出掛けるビーチは、北部やリゾートホテルの建ち並ぶ恩納村の西海岸なのですが、知念もなかなかいい感じです。今日はとてもいいお天気。開通して2年もたたないニライカナイ橋から見る海は絶景です。リーフの外側は深い青、リーフの中はコバルトブルー、ところどころグリーンが混じって、その美しさは、息を呑むほどです。夫が思わず「そ~いえば沖縄に住んでいたんだったねえ」なんて…笑ってしまいました。結婚してすぐ、それから子どもたちが小さかった頃、良くビーチに行ったものです。日ざしがあまりに強いものだから、夕方くらいまでどこかでのんびりして、日が傾きかけた頃から海に出るのが沖縄に住んでいる人間のパターンです。ホテルのビーチに行ったら、観光客に混じって、思いっきりリゾート。子どもたちが大きくなると、出掛ける機会も減って、30分のドライブで海に出掛けられるなんて、すっかり忘れていました。それでも日焼けがこわくって、海に入る勇気もなく、海辺のレストランから美しい海を眺めていました。沖縄で生まれ育った友だちが、自慢できるものは海の色と言っていたことがありましたっけ。日ざしが強ければ強いほど色鮮やかで、夏が一番美しい。私の大好きな沖縄の色です。それから、知念に窯を構える陶芸家のギャラリーにいきました。涯山窯。陶芸家は古い友人の玉木弘一さんです。ちょうど窯出し展の真っ最中で、たくさんの作品を見ながら、玉木さんの世界を満喫しました。知念に引っ越して来たときは「どうしてこんな田舎に」と悲しくなったという奥さんが染めた藍染めもあります。昔の木の電柱の廃材を使って建てたというギャラリー兼自宅は、緑に囲まれた場所にあります。実はここは私が疲れ果てたときのとっておきの癒しの場で、おいしいコーヒーを飲みながら、緑を見ていると、心のどこかがほぐれていく感じがするのです。もし、知念半島の方にいかれることがあったら、お勧めの場所です。私は大好きな粉引きの大鉢を買いました。我が家の食器は最近粉引きばかりになっているのですが、暖かみのある白がどんな料理にも合うので、ついついこればかり使ってしまいます。帰ってきて、大鉢に水を張って氷も浮かべて、冷や奴を盛りつけました。いい感じ…海のブルーと陶器の白、なんだか大好きな色に囲まれた一日でした。ちょっと幸せ…
2004.07.19
昨日、子どもの通う高校のPTAで、クラス行事に呼ばれて、インタビュー・ゲームをしてきました。インタビュー・ゲームは「教えない教育」を提唱している平井雷太さんの作ったゲームで、とても簡単なルールのゲームなのですが、とても面白いゲームなのです。二人組でお互いにインタビューしあうのですが、たった15分ずつのインタビューなのに、すごくいろいろな話が出てきます。私はこのゲームの中に、人と人とのコミュニケーションのエッセンスがあるように思うのです。クラスの役員さんから、「中学から数えて5年目なのに、お父さんお母さんがお互いをほとんど知らなくて…」という話を聞いて、インタビュー・ゲームを提案しました。インタビュー・ゲームにはルールが三つ。一つ目が「何を聞いてもいい」。普通、人との会話は、相手を見て、こんな話をしても大丈夫かな、と考えながらすすんでいきます。結婚してますかとか、子どもさんはとか、結構気を遣うものです。でも、このゲームは何を聞いてもいいのです。なぜなら二つ目のルールが、「聞かれたことに答えなくても良い」だからです。もし、聞かれたくないことだったら、相手が「それはちょっと」と言ってくれるから、大丈夫。そして三番目のルールはインタビューする人が、どんどん自分の聞きたいことばかり聞いて、話をしたくてもできないということにならないように「聞かれてないことでも話してもいい」というルールです。さて、13人のお母さんたちと先生は、最初はおそるおそる、それからどんどん盛り上がって話をしていきました。それから、インタビューの中身を相手になりきってまとめるのです。ペンの音だけがさらさらと聞こえます。できたら、一度本人に見てもらい「赤入れ」をすませてから、発表していきます。いろいろな人がいます。自分の隣にただ偶然座っただけの人も、実にいろんな人生をすごしています。インタビュー・ゲームの発表を聞くと、世の中はテレビに出たり、新聞に出たりする人の人生が面白いだけではなく、普通の人がものすごくたくさんの情報を持っていて、その話を聞くのはとても面白いと思います。一人のお母さんが、相手にまとめてもらった自分の事を読みながら、涙ぐんでいました。子どものことを書いていて、体をこわしてから食事を見直し、自然食をとるようになってようやく授かった子どもですと書かれていたところだったと思います。学校では、評価されない子どもさんなのでしょう。成績が良くないことを「できの悪い子どもで…」と言われるのです。でも、とてもやさしい息子さんとのこと。大学受験一色になりつつある学校では居場所がないのかも知れません。悩んだ末留学を決めて、帰ってきたら、次の学年に入るので、クラスに来るのは今日が最後ですとおっしゃっていました。「できの悪い子どもって言わない方がいいですよ」と言いました。どの子も親にとってはかけがえのない大事な存在。「できが悪い」というのは外側の目を意識した言い方だけど、本当はとてもいい子だと思っているはず。本人が聞いていなくてもそんな言葉は使わないで、と思いました。言葉は不思議なもの。口に出すと本当にそんな気になってしまいます。「できの悪い子ども」というのは世の中にいないんじゃないかなと思います。どの子もその子なりに一生懸命生きているのだから…きっと留学から帰ってきたら、一回り大きくなっていることだと思います。帰るとき、なんだかさっぱりしたような笑顔でした。きっと、何があっても、子どもを見守ることのできるお母さんなんだなあと、思いました。
2004.07.18
暑いです。朝、目が覚めると蝉の声。体がすでに汗ばんでいたりして、いや~思いっきり夏ですねえ。いつもはスクールバスで通学の息子も、「土曜日くらい朝寝したい」と言うので、土曜日は車で送ることにしています。なにせ進学校なので、文部科学省に逆らって土曜もお昼まで授業なんですね。いいのか、悪いのか。団地の中を通り抜けると、サルスベリがいっぱい。サルスベリって赤いのからうすピンクまでいろんな色があるんですね。小さい頃、木の肌がつるつるしているからサルスベリって聞いたとき、お猿が上れないで焦っている様子を思い浮かべて笑ってしまいました。でも、その時はこんなにきれいな花が咲くと思っていませんでした。沖縄ではことさら良く咲くのかも知れません。実家のお隣のうちにサルスベリがあって、おばちゃんが良く「サルスベリが咲く年は台風が多い」と言ってましたっけ。暑い夏は確かに台風も多いかも知れない。と思うのですが、自然の気まぐればかりは心配してもどうにもならないなあと思います。今年の沖縄は3月頃「水不足」で、節水呼びかけが頻繁にあり、とうとう給水制限一歩手前まで来ました。それじゃあと大きめのポリバケツを買ってきたら、なんと前日に雨が降って断水回避。良かったのか悪かったのか、そのままこのポリバケツ、日の目を見ずに部屋の隅に鎮座しています。その頃、非常勤室で良く会う年配の先生に「僕は水の心配なんてしたことないよ。」と言われ、羨ましいなあと思っていたら、台風4号で大量の雨が…見事ダムは満水になりました。結局心配してもしなくても、おんなじなんですねえ。どうも自分の毎日の中で、こんなことを繰り返しているような気がします。心配してもしなくても同じなことを心配するのは、心配するのが趣味だから…う~ん、確かに。心配したからって変わらないこと心配するのはやめようっと。もっと、脳天気な沖縄暮らしをしたいなあ。
2004.07.17
小さい頃の私の写真は、どれも半ズボン、髪はショートカット、というか刈り上げ、どこから見ても男の子です。蔦森さんの話からつながってでてきた記憶です。今朝になってフッとそんなことを思い出しました。それで、私が男になりたいと思っていたかというと、ぜんぜんそんな記憶がないのです。どうも、この服装、父と母の趣味だったのではないかと思います。九州の田舎町、本家で跡継ぎがほしかった両親は、たった一人授かった一人っ子の私を男として育てたかったんじゃないかと思います。でも、意に反しておとなしい静かな子どもでした。親が「これを着たら」というと「ウン」と着るような子どもだったと思います。小学校3年のとき、校外学習で、どぶ川に落ちた男の子を見ようと身を乗り出して、自分も落ちてしまったことがあります。ぬれた私を迎えに着た母が持ってきたのは、普段着のショートパンツでしたが、小学校の制服から着替えて、めちゃくちゃ恥ずかしかった覚えがあります。それにしても、今頃になって思うのは、私はもしかして男になりたかったんだろうかということです。男の子のように扱われるのを気に入っていたんじゃなかろうか…自分が女であることを疑っても見なかったのですが、小さい頃の記憶からそんな不思議なものが浮かび上がってきました。自分らしく生きることの象徴は服装かも知れません。制服を規則違反して、変形して着たがる中学生・高校生の気持ち、何となくわかります。20代からピンクが好きな私は、小さい頃紺やグレーをきせられたからなんでしょうか。どこからか“女”のアイデンティティーを持つようになったんだなあと思います。
2004.07.16
フランス語の授業を取っている学生たちが、約70人います。6月頃提案をひとつして、一人ひとりに自分の勉強の記録をつけてもらっています。A4版の紙に、一月分の日付があって、毎日自分の勉強時間を書き込んで、累計していくのです。もう、長いこと、授業中は結構楽しそうで、いつも授業中頑張っている学生たちが、うちに帰ると教科書も開かず、結局、フランス語は大好きなのにぜんぜんフランス語を身につけないまま終わっていくのが悩みの種でした。「勉強しなさい」と言うことはあまり意味がありません。言われてできるんだったら、とっくにやっているような気がします。だから、どうにかして自分で学べる具体的提案をしたいと思っていました。「教えない教育」のやり方のひとつに、毎日ひとつ何かをやると決めて、それをできたかどうか記録していく方法があります。平井雷太さんは「毎日散歩をする」と決めて、この間まで、500日あまり連続記録が続きましたが、またリセットしています。私も実はやっています。「毎日書く」というのを…実は楽天日記を毎日書こうと密かに決めているのですが…「なぜ毎日なのか」最近思っているのは「1日」が人の生きる最小単位かも知れないと言うことです。朝起きて夜寝るまでの時間に、その人のエッセンスがいっぱいつまっている。だから、フランス語もできるだけ毎日やれるように考えてと思っています。それに語学はだいたいどれも同じ。1日5時間やって一週間しないより、毎日10分やった方がずっと効果が上がるのです。今日は、そうやって一ヶ月つけてもらった記録表を、一人ひとり見ています。そうしてみていくと、本当に学び方は一人ひとり違うし、感じることも違うなと思います。毎回、授業の直前に10分だけ勉強している人が二人いて、一人は「結構勉強している。この調子だとフランス語しゃべれるかも…」と言い、もう一人は「勉強時間が足りなくて来月は頑張りたい」と言います。どっちもいいなあと思うのです。要は自分がどんなタイプの人間か気がついてくれればいいのです。試験前に焦るタイプ、毎日コツコツやるタイプ、むら気でときどきがむしゃらにやるタイプ。自分を高く評価するタイプ、あるいは低く評価するタイプ。いろいろあっても、自分の癖を知っていたら、困ったときどうすればいいかわかるから。一人ひとりの記録表にコメントを書きながら、学ぶって誰かとコミュニケーションを取りながらやるのが大事かも…と思いました。こうしてコメントを書くことで、一人ひとりがよく見えるし、関わりが生まれるような気がします。「教えない教育」って言うと、自学自習と勘違いされるのですが、教える人が、一緒に学ぶ人になるだけのこと。一緒に学ぶ人がいると、学ぶことは二倍にも三倍にもなっていくのだと思うのです。現に私がそうですから。
2004.07.15
蔦森樹さんに会いました。沖縄に住んでおられることはおろか、蔦森さんのお名前を知ったのも最近のことです。そして「男でもなく女でもなく」という本を読んで、ジェンダーというもののやっかいさをはじめて意識しました。ところが、ときどき行く喫茶店に、蔦森さんのパートナーがあらわれて、しょっちゅうのろけ話をするものだから、この際、二人を呼んで話を聞こうよという話が持ち上がっていたのでした。そんなわけで、12人ほど集まって、蔦森さんのお話を聞く会が昨日ありました。どんな方か本で想像しただけなので、ちょっとドキドキしていたのですが、あざやかなピンクとブルーのアロハを着て、髪の毛をポニーテールにした蔦森さんの印象は、知的でおだやかな感じでした。隣でパートナーがニコニコ笑っているのがなんだかとてもいい感じでした。男、女という分け方が実はとてもあいまいで、千人に何人かの割合で、きちんと分けられない子どもが生まれるということ。その人たちはむりやりどちらかのカテゴリーに入れられてしまうこと。でも、本来胎児が成長する過程で、男と女に別れていくのに、男か女かどちらかではなく、グラデーションの様にさまざまな性のありようがあるという多様性の話を蔦森さんは最先端の科学の研究を引いてわかりやすく話されていました。男か女かというのはもともと実態のないものにラベルを貼っているようなものという話は衝撃的でした。しかもヒトゲノムの解読によって、人の遺伝子は人種、性別、民族、宗教、年齢を問わず、99.9パーセントまで同じということがわかったそうです。つまりはこれらの違いは遺伝子レベルでは何の違いもないということ。つまりはほとんどが環境によって作られていくということ…え~っと驚くことばかりでした。いままで持っていた社会通念の様なものが、ガラガラ壊れていく感じがありました。でも、こんなすごい話をしながら、実は蔦森さんはとてもおだやかで、肩の力が抜けていて、すごくいい感じだったのです。男や女というレッテルは関係なくて、一人の人と出会っている感じがしました。8年前沖縄に住むパートナーに出会ってから、自分一人では超えられなかった壁を越えたとおっしゃっていたと思います。こんな出会いもあるんだなと、とても羨ましく思いました。いろいろな話の中から、「自分らしく生きる」ことをこれほど貫いている方もいないかも知れないと思いました。蔦森さんは非常勤講師として教壇に立たれているのですが、大学の授業の中で若い人たちがたくさんの刺激を受けていることが想像できました。自分の中の固定観念のようなものが、どんどん壊れていく感じがあったのですが、それは心地よいものであると同時に、不安定な世界に踏み込んでいく怖さもあります。きっと「自分らしく生きる」ということは、一人でも大丈夫という感覚を獲得することとどこかでつながっているのだと思いました。蔦森さんは最近「気功」でヒーリングをされているそうです。いつか行ってみたいなと思っています。そうそう、カメハハさんも一緒でした。カメハハさんの日記にも蔦森さんのことが出てきます…
2004.07.14
生きていれば落ち込むのは当たり前と思っています。しかしこれがなかなかやっかいで、落ち込んでいるときにはどうやって脱出していいのかわからない感じ…そんな時の私の対処法はといえば、日中だと気分転換にどこかに出掛けるか、散歩に行く、あるいは寝る、整体に行く。体調が悪いと精神状態も悪くなりやすい気がします。要はいま取りかかっている仕事を一旦放り出すことをするような気がします。あ、でも家事は一通りむりやりやってしまうこと。そうしないと「何もできなかった」と余計落ち込むから…こんなとき、誰かに慰めてもらおうと電話をすると、最悪。電話が切れないという事態に陥ります。と、思うのですがさっき娘から思い切り落ち込んだ電話がかかってきました。母もそうですが、落ち込むと私と話したくなるらしい。気持ちは良くわかるが、結局落ち込んでいるのは自分なんですよね~。だから電話で気分が良くなるワケじゃないのに…落ち込むって言うことは要するに時間に余裕があるからだと最近気がつきました。どうも忙しいときはあまり落ち込めない。その原理を利用して、娘にも「何かやることを決めてごらん」と言いました。英語の試験の結果が悪かったらしい。それが落ち込みの原因らしいのです。自分の力がないことは認めて、これから頑張るしかない。きっとその事は本人が一番良くわかっているのでしょう。「今日からドリル5ページ」というので、「私もこれから授業の準備」と言って電話を切りました。今頃英語の勉強しているでしょうか…落ち込んでも私に電話をしてこなくなったら、きっと誰かいい人ができたときなのだろうな^^
2004.07.12
朝、目が覚めると蝉の声がうるさくてうるさくて…ワシワシワシワシワシワシワシワシ…これ、クマゼミっていうんですよね。透き通った羽が、何とも優雅で、子どもの頃蝉の王様みたいだと思っていました。私の生まれ育った久留米では、夏の初めに二回りほど小さなニイニイゼミという蝉が、ち~とかわいい声で鳴き始め、それから、アブラゼミがじ~、そして夏真っ盛りになると、このワシワシのお出ましです。捕虫網を持って追いかけるけどつかまるのはニイニイゼミとアブラゼミ、クマゼミはどういうワケか高いところにしかとまらないようで、子どもの手ではなかなか届かず、悔しい思いをしました。かつては、チョウチョを触っても平気な虫めずる姫でした。沖縄に来たら、圧倒的にクマゼミが多いのです。それも、夏のある日、突然鳴き始めます。数日前それに気がつきました。気温の関係なんでしょう。つまりは夏真っ盛り…照りつける太陽の中、選挙に行きました。気温が高すぎて、昼下がりは蝉もお昼寝中らしいのですが、選挙会場の小学校もがらんとしていました。投票率は今回も低いのでしょうね。気持ちはわかる気がします。私の一票、ちゃんと使われていない。数を理由に、やりたい放題の政治なんて、信じる気もしません。でも、やっぱり投票には行きます。これは私の権利だから。息子は16歳。「おかあ、棄権だけはするなよ。選挙に行かないヤツに政治を批判する権利はないと俺は思うよ。もし、いまの政治を批判するなら、白紙投票すればいいさ。とにかく棄権はダメ」夫54歳、政治信念は結婚したときから変わりません。支持政党も変わらず。あっぱれ!私45歳、迷いつつも自分なりの答えを出して投票には行きます。私は平和な未来がほしいだけなのです。お金がたくさんなくてもいいから、平和な国であってほしい。投票が私にできることのひとつであることは間違いないと思いながら…
2004.07.11
今日は実は友だちの仕事仲間とインタビュー・ゲームの会を開く予定でした。でも、いってみると、土曜日だからなのか「来られない」という電話が相次ぎ、結局そこにいた若いきれいな女性と話し込むことになってしまいました。ところが、この26歳の女性、なんと霊媒師でした。私は学者の家に育ったせいか、霊とかなんとか、そんなモノをまったく信じないし、ちょっと軽蔑していたりもしたのです。ところが沖縄に来てから、何度か不思議な体験をして、そんな世界もあるのだということを、何となく納得してしまったのです。戦争があって、たくさんの人がなくなったというだけではなく、もともとそういう霊感の強い人が多い土地柄なのでしょうか。沖縄の方言ではそういう人を「たかうまり」と言うそうです。この女の人も「たかうまり」だそうです。どうしても解決できないことが次々起こったり、体の不調が続いたりするとき、沖縄の人はこんな人たちに見てもらうのですが、何かがとりついているとわかると、その霊を取るのだそうです。この人の場合は、ペアの女の人がいて、その人にまずとりつかせておいてから、出すのだそうです。私にはまったく霊感というモノがありませんから、へ~と聞いていたのですが、フッと昔一緒に仕事をしていたAさんのことを思い出しました。私の住んでいるところは、小高い丘になっていて、やはり激しい戦闘があった場所のようです。団地の中を一本の道が通っているのですが、集会所の前に郵便ポストがあります。Aさんが私を車で迎えに来ると、いつも「ポストの横に女の人が立っている」というのです。ある日その人にとりつかれたのでしょうか。運転しながら様子がおかしいんです。「お茶が飲みたい、お茶が飲みたい」と繰り返し、普段はほとんどお茶など飲まない人なのに、一本お茶を飲んでしまって、しばらくいって車を止めて、自動販売機でお茶を買いました。ところが、田舎の道にあった自動販売機で、なんとでてきたお茶が凍っていました。「えっ、凍っている」と言った瞬間に霊がどこかに行って、いつものAさんに戻っていました。と、そんな話をして、Aさんは私と一緒に仕事をしなくなってから、病気したり、あれこれ良くないことが続いているみたいだけど、こんな人も何かとりついているの?と私が霊媒師に聞いてみたのです。ところが霊媒師とAさんがなんと遠縁に当たることがわかってしまいました。そしてなんと、最近、おかしくなった親戚のお嫁さんの霊を取ったんだけど、その霊はAさんだったのだそうです。霊感の強い人は、霊にとりつかれることもあるのですが、怨念が強くなると、自分が誰かにとりついてしまうのだそうです。霊感というのはその人次第でどうにでもなってしまうから、自分の中になるべくマイナスの感情を入れないようにしていると、その霊媒師はいっていました。そして、彼女は人に対する恨み、怒り、嫉妬そんなものがあると、霊にとりつかれやすくもなるのだと教えてくれました。誰かにとてもひどいことをされたと思っても、相手には相手の言い分があるのかも知れないと思うことで、恨むエネルギーが弱まりとりつかれることもなくなるのだとそんなことを教えてくれました。霊感というものを、丸ごと信じ切れない私ですが、霊媒師の女のひとの話を聞いていると、生き方の智恵のようなものを感じます。私よりずっと若いのですが、大切なものをもらったと思いました。実はAさんと私は、けんか別れのようになっていたのです。お互いに相手を許せないと思っていて5年が経ちました。私が恨みを持っている限り、Aさんの恨みも消えないのだとそんなことを思いました。いろいろあったけれど、私だけが傷ついたわけではないはずです。Aさんの方がずっと苦しかったのかも知れません。もう、すべて水に流してしまおう、とそんなことを思いました。「ゆるすことはゆるされること」ふとそんなフレーズが浮かんできました。
2004.07.10
週に二日、フランス語の初級の授業を持っています。受けるのはほとんどが大学に入り立ての一年生。今日は「カフェで注文する」という場面。「パリのカフェに入ったつもりになってね。私がウエイトレスをやるから、注文してください。」と言って会話練習を始めたら、「いちごオーレ」を注文したヤツがいました。「そんなのフランスにないよ」「え、じゃ、どうしよう」「カフェオレにしたら」「コーヒーは苦手です」「…」なんだかおかしなやりとりになりました。あのね、会話練習をしたいわけで、あなたが何を注文したいかはこの際あまり関係ないんだけどね…と思いつつ、でも、こういう自己表現は嫌いではありません。授業って、何かの目的のためにやるんだとばかり思っていて、その頃は、これを教えねば、あれも教えねばと気が気じゃありませんでした。ところが、「教えない教育」をするようになってから、学びたい気持ちの起きる場を作るだけで、後は学生たちの仕事だなと思うようになりました。学ぶということは、どうも何かの目的に到達することじゃないんですね。学ぶプロセスが大事と最近は思っています。だから、授業の中でも「学び方の提案」をいっぱいするようになっています。イチゴオーレで悩んだ彼は、グレープフルーツジュースというフランス語を調べました。語彙がひとつ増えたわけです。結局、自分で辞書を引いたり、発音練習をしたり、誰かと会話練習をすることで身につくのであって、授業を真剣に聞いて理解しただけではあんまり身につかないということが最近わかりつつあります。だから、懇切丁寧に説明するより、まずやってみることを大事にしています。とは言っても、単語を聞いてきても、「私は辞書じゃありません」と突っぱねることができるまで、15年かかってますから、おかしな教師です。
2004.07.09
「教えない教育」という考え方は、親や教師がこれがいいから勉強しなさいという方向付けをして受け身の子どもを育てるのではなく、子ども自身が自発的に学ぶ方法を探るということなのだと思っています。私がこれが教えない教育ですというモノを持っているというより、一人ひとりが子どもと向きあって、その子が自立できるような働きかけをするヒントになればいいなと思っています。そんなひとつが、子どもに選択権を与えるということです。どんな小さい子どもにも意思があります。それを大事にすることで、子どもが自分で選ぶ体験をさせるのは結構大事。自分で選ぶということは、受け身ではなく、自分でやるということなのですから。小学校に読み聞かせにいっているお母さんから、「子どもがなかなか聞いてくれない」という悩みを聞きました。お母さんたちは絵本の読み聞かせで子どもたちが本を好きになってほしいと思っているのでしょうか、その思いが強ければ強いほど、子どもが聞かないで騒いでいるとムッとするかも知れませんね。この本は面白いからきっと子どもも喜ぶはず、と思っているところが落とし穴かも知れません。子どもは受け身になってしまって、ちっとも面白くないのではないかしら。学校の国語の教科書で読んだ小説を、後で自分で買って読んだらすごく面白かったという経験ないですか?押し付けられたモノは、面白いと思う前に、その回路が閉じてしまうのじゃないかと思います。私だったら、この絵本のなかだったらどれを読んでもOKという絵本を何冊か持っていくかな。そして、「今日はみんなに選んでもらってもいい?」と聞いて、一緒に選ぶかも知れません。もしかすると静かに聞いてくれるかも…
2004.07.08
クラシックバレエをはじめて4年になります。バレリーナになりたかったなどということもなく、バレエにさして興味もなく、とっても精神状態の悪かったときに、たまたま知り合いにバレエの先生がいて、「体を動かすといいんじゃない。レッスンに来れば」と誘われたのです。魔が差したというんでしょう、出掛けていったレッスン場で、軽やかに踊る方たちを見て、こんなこと私にできるはずがないと思った瞬間、「来週から来ます」と言っていました。私がバレエなんてあまりに変!と思ったのが入会の動機です。その場で、止せばいいのにピンクのレオタードなど注文して、後には引けない態勢を作ってしまったのでした。やせて見えるのは断然黒です。でもね、ピンクが好きなんです、いくつになっても…と言うわけで、4年。ちっともうまくならないけれど、今日先生に「筋力はついてますよ」と断言されました。背中をスッと伸ばして肩胛骨を下げると、首のあたりのラインがなかなかいいんですよね。美人になった気分。バレエの立ち方をしていると、長時間たっても腰に来ません。足を180度とは行かなくても、120度くらいに開いて立つと、骨盤がまっすぐになるのでおためしあれ。実は自分の授業中、ときどきこの姿勢で立っています。後から入ってくる人がどんどん上手になってもやめないでいられる理由は、たったひとつ。下手でも、何でも、やめないと決めているからです。4年も続けると、それが当たり前になるんですね。不思議です。そんなわけで水曜日は10時15分になるとレオタードを着て、上からGパンとTシャツをはおって出掛けます。柔軟で死にそうに体が痛くても、リズムが取れなくても、めげないのは、運動をすると体が喜ぶのがわかるからです。本当は私は体を動かすのが超苦手。学生時代の体育は苦痛だったのに。自分がバレエをするなんて思いもよらなかったよな~とときどき苦笑しています。
2004.07.07
「自分探し」という言葉が流行ったことありました。いまの自分は本当の自分じゃない、どこかに本当の自分がいるはずってその頃思っていました。そして気がついたのは「本当の自分」なんてどこにもいないということなんです。つまり、本当の自分を捜そうとする姿勢そのものが、いまの自分を受け入れることから逃げていると言うこと。怒りを溜めていても、布団に入って泣いてばかりいても、そんな自分が本当の自分何だと認めてしまえばいい。「自分探し」をしているときは、いまの自分が認めきれなかったのだなあといまは思えます。思えば自分の考えだけが正しいと思っていたのです。本当に正しかったのかも知れません、でも、それを人にも強要する強引さをがすべてを台無しにしていました。どうしても、ある人の考えが許せなかった私は、公の場でその人を追いつめるようなことをしてしまいました。ある時、別の人から深夜のカラオケに呼び出され、問いつめられました。なぜそんなことをしているのか、と。見事におかしくなりました。生まれて初めて心療内科の門を叩きました。先生は私の話をずっと聞いていて、「病気とは言えないよ」という診断でした。正常な反応だったのかも知れません。母がよく、「時間が薬」と言っていましたっけ。公の関係をみんな断ち切ってしまったら、ちょっと楽になりました。そして自分が人にわかってもらいたいという切実な思いを抱えながら生きていたことがしみじみわかりました。わかってもらえれば幸せ。わかってもらえなくても、私は私。そう思えるようになったのはごく最近のことです。そして気がついたのは、私のこの混乱のあいだじゅう、じっと見守っていた家族の存在でした。どんな自分でも受け入れてくれている人がそばにいたのかとハッとしました。「わかってもらいたい」と思うのはやめました。そうしたら自分らしく生きられるような気がしてきたのは不思議でした。そしてこの、私の混乱の時期をきっかけに、子どもたちは精神的な自立をはじめた気がします。
2004.07.06
先月のこと、大学生になったばかりの娘がちょっと元気なかったのです。電話で聞いてみると、新しい友だちとなかなかうまくいかないとのこと。女の子の多い学部なので、何人かの仲間ができているようなのですが、いない子の悪口が出てきたり、友だちの取り合いになったり…昔からそういうことが苦手な子だったなあと思い出していたのですが、人との関係は自分で作っていくもの。ましてや遠く離れた母にはどうすることもできません。フッと、友だちが作っているピアスを送ってあげるよと約束していました。住宅地の中にこじんまりしたアトリエを構えた、若い友だちがいます。彼女はもともと東京で服飾関係の仕事をしていたけれど、思い立ってフィレンツェに行って、デザインの勉強をしてから、沖縄に戻ってきた人です。とてもセンスが良くて、ビーズ細工のネックレスやピアスがよく売れているみたいなのですが、この前あったとき「うちのピアスを買っていったお客さんが、みんな彼氏ができたと評判なの」と笑っていました。冗談でなく、本当にみんな報告に来るそうで、雑誌の取材まで受けたそうです。そのピアスを娘に送ってあげると約束したのでした。娘の声が電話の向こうで心なしか弾んでいました。雨模様の日、静かなアトリエに行って、ピアスを選びました。娘にはピンクの石に小さな緑のビーズがあしらわれたものを、そして娘の高校からの同級生で一人暮らしをしている仲良しのKちゃんにはきみどり石のピアスを選びました。娘に送るというとアトリエの主は、「彼氏ができるかどうか責任重大」と笑っていましたが、素敵にラッピングをしてくれました。帰り際に思いついたように庭先のバジルを一枝切ってくれました。「水にさしておいて根が出てから土に植えると簡単に育つみたいですよ」と言い添えて…うちに帰ってから言われたとおりに花瓶に挿しておいたら根がたくさん出てきました。一週間ほど前、思い立ってプランターに植えたそのバジル、元気に葉っぱを茂らせています。昨日、3,4枚ほど摘んでトマトに載せて食べました。植物の力ってすごいなと思います。お日さまの方へぐんぐん伸びているあざやかな緑を見ていると、元気をもらうような気がします。ピアスを受け取った娘も、どうにか元気になったみたいです。でも、彼氏ができたという報告はまだ受けていません…
2004.07.05
夏の日ざしが照りつける7月の沖縄は、私の沖縄旅行お勧めシーズンです。店先に見事にグリーンのゴーヤーが並びはじめ、もうすぐマンゴーの季節。それからパイナップル。いまは大好きな沖縄ですが、結婚してここに来た頃はカルチャーショックで、帰りたくて帰りたくて、毎日ベランダから遠くに見える海を見ては、ホームシック。机の引き出しにふるさと福岡までの片道航空券代、23000円をしのばせておりました。夫も、たまたまここに職を見つけて住みついた口で、親戚があるわけでもなく、困ったとき助けてくれる人もなく、新婚旅行から帰って、第1日目。夫が「いってきま~す」と出掛けた後、泣きそうでした。はじめて声を掛けてくれたのは、公務員宿舎のとなりの階段に住む年配のおばちゃん。トラックで野菜を売りに来る八百屋さんの店先で、「これがゴーヤー、これがエンサイ」と見たこともない野菜の説明をしてくれて、「うちに遊びにいらっしゃい」と誘ってくれました。自分が不安定だったからなのでしょう。いまのようにさっさと家事を片づけることができず、何かしてはボーっと考え事をしていました。友だちや実家に電話をしたいけれど、それも電話代が高いから毎日というわけにも行かず、ふらりとおばちゃんのところへ。ある時「那覇に買い物に行こう」と誘われ、バスに乗って公設市場へ。活気あふれるおばちゃんのいる市場で、値切り方を教えてもらいました。年も違うし、話もあわなかったと思うのですが、子どもと離れて暮らしていたこの方は、きっとどこかで自分の娘さんのことを思い出して、私に親切だったのだろうと思います。結婚仕立ての26歳は、さぞ子どもっぽかっただろうなあと今頃ふり返ってそう思います。仕事をした経験もなく、学生のまま結婚したのに、なんとそのまますぐ妊娠してしまいました。いろんな人に助けられながらの19年、でも、親元離れてのこの時間がなかったならば、私はちっとも自立できなかったに違いないと思うのです。私は沖縄に育ててもらったのかも知れません。ちょうどこの季節、新婚旅行から帰って、私が当惑していた季節です。梅雨明けの沖縄。大きく息を吸い込むと夏の匂いがします。私の第二のふるさと、大好きな沖縄の一番いい季節です。
2004.07.04
忙しさのまっただ中だった月曜日、レモンを切ろうとして、うっかり小指が包丁の刃に触ってしまい、指先が切れてしまいました。イタッと思った瞬間血がにじみ出してきて、あわててティッシュで押さえました。夫と息子がとんできて、大丈夫?と気にしています。結構血が出ているけど、よくよくみれば、大したけがではないようです。こんなとき、自分がひどく疲れていることに気がつき、うっかりするともっと大きなけがをするかも知れないと、神さまがサインを出してくれているのかも知れないと思います。一年中、ほとんど毎日車を運転しています。ほとんど慣れた道を走るので、ぼんやり考え事をしていたりするのですが、ときどき、ドキッとすることに出会います。バイクがいきなり追いこしていったり、ボールを追っ掛けて子どもが飛び出したり…ドキッとしたら、あ、いまぼんやりしていたから、気をつけなさいと言うサインかも知れないと思うのです。小さなけがや小さな失敗は、自分の状態を見るバロメーター。そんな時はめげないで、ちょっと自分を甘やかそうと思います。どんな小さなことでも必要だから起きると思っています。
2004.07.02
お母さんたちの間で、子どもとテレビのことが話題になっています。子どもにテレビを見せると良くないのだろうか…うちはつけっぱなしだけど…私はテレビが好きじゃないからあまりみないけど、子どもに見せないとみんなの話しについて行けなくならないかしら…わかります。わかります。子どもといるとテレビって結構問題。忙しいお母さんが、小さい子に子守がわりにテレビを見せておいたら、ことばの発達がおくれてしまったとか、そんな話も聞きますが、本当に子どもにテレビが良くないのか、きちんとしたデータがあるわけではないようです。でも、私が大事だと思うのは、お母さんがどんな子どもに育ってほしいかだと思うのです。テレビばっかり見ている子でもいいのか、自分で見る番組を決めて、テレビを上手に活用できる子どもになってほしいのか、それともぜんぜん見ない子どもになってほしいのか…私はテレビと上手につきあう子どもになってほしいと思っていました。そこでお母さんが、いいと思うテレビを決めて、それ以外は見せないように子どもを叱ったり、なだめたりしてコントロールするのは「教える教育」です。子どもと一緒に話し合いをして、どのテレビが見たいか、例えば1日に番組3つと決めて、子どもに選ばせる。それ以外のものは見ないという約束をして、子どもが約束を守れるようにサポートするのが「教えない教育」のやり方です。どんなに小さい子どもでも、自分の見たいものはわかっています。一緒に決めてみたらいいと思います。それ以外のものをみようとしたら約束違反ですから、叱るのではなく、約束を思い出してもらって消す。そうやって、子どもが自分で見たいテレビを決めて、ちゃんと決めたことができているのか、できていないのか、自分のことを自分でわかるように持っていくのが結構大事と思っています。我が家ではそうやって見たいテレビを申告制にしていたら、いつの間にかテレビの優先順位が低くなって、ほとんどテレビをつけないようになりました。子どもたちが学校で話題についていけないなどということも特になかったみたいです。たまに「いま話題になっているドラマ、ちょっと見てみよう」とつけることがありましたが…お父さんがテレビをつけて、子どもに「うるさいからボリューム落として…」と言われていることもありますね。だからNHKの受信料を払うとき、もとを取ってないなと、ちょっとムッとしたりもしますが…
2004.07.01
全29件 (29件中 1-29件目)
1