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昨日は日記をサボって寝てしまいました。なにせ週末の二日続けての研修会のあとに、夜の6時からバレエの先生の公演があって行ってきたのです。「踊りに行こうぜ!」という素敵なタイトルでしたが、つまりは、クラシックバレエとか、モダンとか、日本舞踊とか、ダンスとか、そう言う枠にはまらない踊りを楽しむという趣向だったのでした。5組が20分ずつ踊るという構成でしたが、はじめの2組は特に若さが伝わってくる感じでした。ダンスというと、どうしても激しい動きを想像してしまいますが、このパフォーマンスは、どれもゆっくりした動きが中心でした。なので、次にどんな動きが来るのか、固唾を呑んで見守るって感じなのです。イメージとしては、小劇場のお芝居が一番近いです。無言劇(パントマイム)のような感じです。面白かったです。ちょっと疲れたけど。こういう形の踊りもあるのかという発見。私はどうも「ことば」で表現することになれているので、言葉を使わない、身体表現というのが新鮮でした。人は体の動きだけで、これだけ伝えられるのかというオドロキもありました。そして、もっとフシギだったのは、プログラムの最後の人の踊りが、まったく何も訴えかけてこなかったのです。集中できないというか、共感できないというか…これが本当にフシギでした。勝手な推測ですが、演じ手がかなりキャリアのある方で、見る人にアピールするという事をしていなかったのではと思いました。なんというか、「わかる人にだけわかってもらえばいい」という散漫さが伝わってきたのです。これにはびっくりでした。私の勝手な印象なので、他の人はどう感じられたのかは不明ですが…舞台の上に上がるとき、大事なのは、立派に演じようとか、すばらしい舞台を作ろうということ以上に、「伝えたい」という思いなのかも知れません。国際通りの真ん中にできた「てんぶすホール」なかなか上等でした。ここで何かやってみたいな~と思わせるいい感じの小劇場でした。久しぶりに生の舞台を見た感動がよみがえってきました。観客の平均年齢も20代でしたからね~私もちょっと若返ったかも…
2004.11.29
今日は朝から、那覇市で開かれたNPO指導者研修会に行っていました。NPO法人「風のうた子育て支援ネットワーク」の一員なので…午前は講演会二つ、午後は事例発表とパネルディスカッション。面白い変則型のパネルディスカッションでした。真ん中に椅子を6個用意して、意見を言いたい人が真ん中に出てくると、真ん中にいてもう意見は言い終えたという人が帰っていくのです。普通のパネルディスカッションのように、壇上の数人だけが話をするミニ講演会にはならないのです。スタッフもドキドキの初の試みだったそうですが、意外にうまく行きました。だって、会場から、普通のお母さんや、普通のおばさんがどんどん出てきて発言しはじめたからです。でも、中には、人の話を間違って受け取っている人などもいて、みんな自分の話はしたいけど、人の話は適当に聞いているのね…と。私もそうなのですが…面白かったのは「地域」の話でした。みなさん「地域」ってなんだと思います?地面のつながり。同じ空間を共有している人のつながり。中には、同じ価値観を持っている人同士が、場所は違ってもつながるのが地域と言ってもいいのではと言う意見がありました。なるほどです。そうやってつながっていけば楽ですね。実際に活動している人からは、でも、現実に同じ場所にいることも大事という話もでていました。結局のところ、地域とは人のつながりの場なのでしょうか。「地域の教育力が低下している」とか言われるのは、「人のつながりが少なくなっている」と言うこと?私が聞いていた限りでは、つながりは十分にあると思いました。むしろ問題は「人の話を聞かないで、自分の話をしてしまう」事の方なのかなと思いました。誰かを助けてあげたい気持ちで子育て支援をするのは良いけれど、どうしてほしいかを聞かないでやってしまう事もあるのでは?助けてほしいと思うけれど、どうしてほしいか言っていないのでは?こういったズレはなかなか修正できないもの。でもどんな時でも、その人がどうしてほしいかを聞いてからやるのは大事だと思うのです。お節介と親切の差はそのへんにあるのかも知れません。
2004.11.27
一時間目の授業に、もう一月ほど出てきていない学生が数人います。出席を取るとき「Aくんはどうしたのかな?あまり休むと、あとが大変だよと伝えてね」と言ったら、誰かがメールをしたらしく、30分遅れくらいで教室に入ってきました。途中で、二人組で会話の練習をしている間、私は教室を回るのですが、Aくんに「久しぶりだね。フランス語忘れてるでしょう」と声を掛けると「そんなことないすよ。これにはふか~い訳が…」というので、「あとで聞くね」と言いました。今日の授業は、バス停で、ばったり会った男の子とおばさんの会話です。比較的スムーズに授業が流れました。毎時間、授業のあとに、その前の週に出したプリントをやってきて提出することになっているので、教卓は混雑します。提出する人と同時に、前の時間休んだ人は、プリントを取りに来るから。Aくんも「プリントください」とやってきて、一ヶ月以上講義に出てこれなかった理由を話してくれました。それは生物実験という科目のレポートが大変で、金曜日が提出なので、それに追われているという話です。なんでも非常に厳しい先生で手抜きは許されず、毎年この必修科目で留年生が出るらしい…と、言いながら、自分で「でも、言い訳ですよね」と言っている。そうだよ、大変だと思うけど、でも言い訳だよね。大学生は授業にやって来ない限り、連絡先も知らないし、呼び出すこともありません。それが高校までと大きく違うところです。授業を休んでも、誰も何も言いません。でも、もちろん、厳しい先生はいて、「3回休んだら不可をつける」という人もいるし、レポートの採点が厳しい先生もいます。学生たちは当然、厳しい先生のところへは真面目に行くのですが、これはどう考えても、外側からの力で動かしている気がして、スキではありません。自由意思の中で、「やらねばならぬ」と思って頂きたい。私がやさしい教師であるのには、それなりの訳があって、厳しい教師であっては、学ぶ力をつけるのには、あまりメリットはないと思うからです。高校生まではそうやって、外側からの力でやらされているのだから…私は叱ったり責めたりしないのですが、それは、叱ったり責めたりすることで、先生の問題になってしまうからです。先生のためにやるとか、先生に叱られるからやるとか、「学ぶこと」には、そんなことは関係ないと思うから。自分がどうするかだけなのですから。そういってAくんに、自分で考えるように言いました。本人が一番良くわかっています。行かねばならない授業、結構スキなフランス語なのに、つい、サボってしまう自分に嫌気がさしているのは本人です。まあでも、ちょっと脅かして、「これ以上一日でも休んだら単位あげないよ」と言ったら、もっと出てくる気になるのかも知れません…そしてそれもひとつの背中の押し方なのかも知れませんが…ただの甘い教師であるのかも知れません…
2004.11.26
昨日何人かで話しているとき、運転中の携帯電話の話になりました。運転中に携帯電話が鳴ると、つい出てしまいたくなるんだけど、最近道路交通法が変わって、違反になるのだそうです。それは私も知っていましたが、「信号待ちの時はいいらしい」というのは初耳。車が停止状態の時はいいと言う意見と、それもダメだはずという意見がまっぷたつ。う~ん、考えてわかるわけでもなく、困っていたら、ちょうど今日オットが免許を更新してきました。「あ、それ質問した人がいたよ」というわけで答えが判明。みなさんどちらだと思います。停止中はオーケーが正解です。が、ちょっとでも動き出したらダメだと言うことで、ほとんど電話は無理かも。まだつかまった話は聞きませんが、危険なのは間違いなく、運転中は電話をしないのが無難です。まあねえ、タイミングが悪い事ってあるからな。気をつけなければ…ところで、携帯の留守電も「ただ今運転中です」というのがありますよね。最近、免許を持っていない友人の携帯がこれになってました。「うそだ~」と叫んでも仕方がなく、思わず笑ってしまいました。
2004.11.25
昨日の夜は、久しぶりにピアノのコンサートに行きました。夫も息子もつきあってくれないので、鍋一杯のおでんを作って一人車を走らせます…娘がいると良いのになあと思いながら…チラシを見ると、演奏家はスイスとフランスの音楽院の教授なのだそうで、生まれはリオデジャネイロと書いてあったので、何となく想像がつかなかったのですが…果たして舞台に登場したのは、悪いけど背の低い、風采のあがらない感じのおじさまでした。一曲目は静かな曲。あれ、なんだか音がこもっているような?私の耳が変?と思いながら聞いていました。2曲目がモーツアルト。そして3曲目のベートーベンの「熱情」。これははすごく良かった。情熱あふれる感じでした。休憩をはさんでドビュッシー、リストと来たのですが、このリストのソナタはきっと難曲なのでしょう。すごく早くて手の動きはすごく、しかも、音もフォルテからピアノまで…すごっ!見とれていたのですが、時々何とも言えないいい音なのです。う~ん、もしやどんどん調子に乗ってきたって事?多分そうなのでしょう。観客の拍手に答えて、3曲もアンコールでした。アンコールの静かな曲も、抜群に澄んだ音でした。コンサートをこんなふうに演奏家のコンディションを推し量りながら、聴いたのははじめてです。最近はすっかりご無沙汰ですが一時期ピアノを習っていたことがあって、はまっておりました。譜面を読むのは簡単だけど、弾くのは難しいモーツアルト。譜面はやや難しいが、感情を込めて弾くとサマになるベートーベン。ドビュッシーは私には無理で、リストは譜面を見る気にもなりませんでした(涙)リストは手が大きい人でないと弾けないらしい。めちゃ大きい手形が残っているそうです。テレーズの場合、手の大きさでなく、実力の問題ですがね。つまり昨日の演奏家は、なんでもござれの演奏家だったわけで、それもすごいなあと思いました。音楽院の教授というのはそうなのでしょうか。最後にすごく乗ってたから、沖縄の滞在も楽しんで行かれることでしょう。泳ぎたいって言うかもね。
2004.11.24
今日は朝から、某デパートの開店時刻に間に合わせて車を走らせるという、私にしては珍しい一日のはじまりでした。お目当ては東京・アンジェリーナのモンブラン。沖縄に来るのは珍しいのです。今日から一週間、毎日限定350コだそうです。このモンブラン、パリにある、同じ名前のサロン・ド・テで出てくるのとまったく同じです。ただしパリのヤツは二回りくらい大きいのですが。パリのお店も列ができていて、待ちきれないので、テイクアウトしてホテルで食べました。甘かった~が、何とも言えない濃厚な味が忘れられなくて、沖縄に来ると聞いたら、心がさわさわと…メレンゲの上に生クリーム、その上に栗のペーストなので、ちょっと他のモンブランと違うのです。車を止めるのに手間取って、あわてて行ったときは既に長蛇の列!ひぇ~一体買えるのかしら。店員さんが、「とにかく並んでください。整理券を配ります。」というので並んでいました。来ました整理券。でも、その後が長かった。なかなか長い列です。他のところを見て、後で買ってもいいのですよと言うのですが、特に他を見る気もなく、並んでいました。ふと見ると隣に、ベビーカーのチビちゃんを連れた人が…大人が立ってるところで座ってるから、息苦しいよね~と思って、坊やとお母さんに話しかけました。福岡から転勤でやってきて一年半何です。あら、私も福岡の出身よ。20年いるけどね。と言うわけで、モンブランを待つ間しばしのおしゃべり。子どもを連れていけるところが限られて…なんて話をするので、時々子連れの講演会や勉強会してますよ。良かったら案内を送ります。と、住所を交換し、お互いモンブランを抱えて帰ってきました。案の定、ギョッとするくらい甘いモンブランでした。でも、これがフランスのお菓子。私は満足です。夕方、メールボックスに、くだんのお母さんからメール。なんだかモンブランが取り持つ不思議なご縁ですが、何かがつながっていきそうな気もします。パリのモンブラン恐るべし。
2004.11.23
今週は講義を持っている火曜日がお休みとあって、週の前半は、のんびりしています。月に4回、水曜日のバレエレッスンですが、第一週は風邪でダウン、二週目は東京行きでお休み。たった一回しか行っていないので、イレギュラーの月曜日に出掛けていきました。いつもなら10時半からなのですが、先生が来週の公演の関係で、一時間遅れのスタート。しばらく時間があるからと向かったパソコンで、突然、アイデアが浮かんでぱたぱたと文章を書きはじめてしまいました。実は、カメハハ指南による「お母さんのプチ起業講座」最後の課題である、小冊子の作成がなかなか進まなかったのです。この日記もその手がかりとしてはじめたのですが、書きたいことがなかなか定まらないまま、時間ばかりがたっていました。今朝になって突然、書きたいことが浮かんできたのでした。栃木のたんたんカフェという小さな集まりの中で、育児休でのんびり子育てをしているお母さんから、教師に戻ったら子育てが不安で…と聞かれたことがヒントになりました。私は、子育ての中から、教師としてのヒントをもらい、教師をする中の体験を、子育てに使って、母親と教師を行き来しながら、自分の仕事をしてきたと言うこと。そんなふうに、教師と母親が重なる様になった背景は、「教えない教育」とであったからだと言うこと。それを、私の小さな、個人的体験を書きながら、検証してみようかなと思ったのでした。理想の教師にはとてもなれないのですが、自分の仕事にちょっとだけ誇りを持っています。つらいことだってもちろんあるけど、仕事が楽しいと思う瞬間がたくさんあります。そう思えるまでには、時間と、それから、「教えない教育」による発想の転換が必要でした。そんな話を書いてみようと思ったのです。パソコンを打っているうち出掛ける時間になって、やめて書き続けようかと迷いました。頭の中を文字が浮かんでは消える中、ちょっとだけ考えて、バレエに行きました。体を動かして消えてしまうのなら、それだけのアイデアでしかないと思ったからです。帰ってきても無事頭の中にありましたので、いま、ぼちぼち書き進めているところです。しばらくは日記が手薄になるかも知れませんが、ご了承ください!
2004.11.22
いいお天気の日曜日、久しぶりの買い物へ行きました。お目当ては掃除機。愛用の掃除機が、ちゃんと動きはするものの、ばらばらになる寸前。「もう限界」と言うことで、オットと新都心の家電専門店へ。最近、サイクロン掃除機というのが流行で、いいのかも知れないと思っていったのですが、ちょうど店の年配の店員さんが、おばさま二人に熱弁をふるっているところでした。サイクロン掃除機というのは、ゴミを吸い込んで渦巻き状にして処理するということらしいのですが、店員さんが一言「めんどくさいのが嫌いな人には向きません」紙パックがないので、時々洗わないといけないのだそうです。掃除機は毎日使うものですから、汚れたら洗うというサイクルが定着すればいいのかも知れませんが、どうもそうしそうにない、怠け者の自分を自覚しています。というわけで、二人のおばさまたちとともに、普通の紙パックの掃除機を買うこととなりました。その間約10分くらい。いつも買い物にきて迷っているのですが、今回は早かった。隣で説明していた若いお兄さんの迫力のなかったこと!それにしてもプロというのはいるんですね。久しぶりに「売り手」のプロを見ました。「めんどくさいのはダメ」という人は多いだろうな~うまく主婦の心をつかんどるな~と思った次第です。
2004.11.21
午後からPTAの役員会でした。校長先生のお話や、進路指導の先生のお話などを拝聴した後、メインの話し合いは「バザーについて」なるべく重要な仕事に就きたくないと逃げ腰のテレーズは、静かに座っておりました。こういう「教育」と直接関係のない仕事は苦手なんです。と、例によって、保護者から引き出などの家に眠っているものを提供して頂くコーナーの話をしながら、みなさんから集まった不要品は…と、不要品、不要品と連発しております。不要品ねえ。そういえば何年か前のバザーで「うちのばあちゃん出そうかな」と言っていた、不謹慎な嫁がいたなあと思い出していました。誰だ、うちも、って思った人!ん?不要品って言い方は、マズいよね。隣の役員が「提供品」にしたらいいんじゃないの、と一言。「不要品」なんて言うから、ゴミ出しと間違ったのではと思えるものが届くのかも知れず…「言い方変えた方がいいんじゃない」「あら、お手紙にも不要品って書いてるわ」と副会長。「それ、やめません?」結局、「提供品」と言うことになりました。モノは言いようです。イギリスに一年いたとき、セカンドハンドショップが日常的に利用されていることにとても感心しました。お古でもいいなあと思えるモノは、セカンドハンドショップで買うのです。半額くらいかな。息子は学校の行き帰りに通る、ほこりっぽいセカンドハンドショップのショーウインドーでチェスセットをねらっていました。お小遣いで買えるくらいの値段でした。500円くらいだったかしら。子ども部屋の時計や、台所の額絵、なんだかちょこちょこしたモノを買い、帰るときに売ってきました。大した値段にはならなかったけど、ゴミに出すよりずっといい…こんな風な自然なリサイクルが出来るといいなあと思うのですが…もっとも、慣れないので、モノを売ると言うのはなかなか神経を使うところがありますが…思ったより安かったりしてね。結構ムッとするものです。それで、オックスファームという、非営利でやっている団体があって、売り上げは貧困な国の人たちへの援助に使われていたので、いらない日本語の本や、一冬だけ使うつもりで買った冬の衣類は、全部そこに置いてきました。モノを大切にと言うことばが、いつの間にか死語になって、ゴミになったら始末が大変だからと、モノを買わない様になりました。大量に消費しないと成り立たない経済は、もうそろそろ止めにしても良いような気がします。あなたのいらないモノも、誰かの役に立つかも知れません。が、一体バザーで何がでてくるのやら、怖くもあります。ハリーさんとこは熊の置物がでたらしい…
2004.11.20
沖縄は昨日あたりから急に寒くなりました。このくらいが普通。これまでが暖か過ぎたのだと思います。息子の制服もやっと長袖になりました。今日も2コマの授業をして、お昼からは主婦です。午後は久しぶりにのんびり本を読んでいました。授業の中で、「一日のスケジュールを話す」というテーマがあって、「私は○時に起きました」という文章を作ってもらいました。ポンポンと当てていったのですが、5時という答えがあって、思わず「早いね~」と言ったら、レポート書いてましたと言う答え。感心して次の問題、「私は○時に大学に行きます」という文を作ってもらったら、「3時」という答え。「?」「レポート書くために、3時に大学にきました。一晩中空いている部屋があるんです」「!」昨今の大学生は勉強しないと言ったのは誰ですか!会話を教えると、一人ひとりの素顔がチラリとのぞくのも、授業の楽しさです。2時間目が終わった後、この日記のアドレスを聞きに来た女子学生が約一名。先週、ちょっとインターネットの弊害の話をして、この日記のことをしゃべったからです。Aちゃん無事に見に来れたかな?先生らしくない日記に、仰天していないことを祈ります。教師になって最初の頃は、自分をちょっとでも偉く見せたいと頑張っていたものです。それが「教えない教育」と出会ってから、何でもできる教師が良い教師とも限らないや、と言う視点が生まれ、どんどん肩の力が抜けてきました。先生と言っても、うちに帰ればただのおばさんですからね。と言うわけで、今日もおしまい。金曜日の夜が一番スキかも。
2004.11.19
昨日はオットの誕生日でした。朝からお赤飯を炊き、オットと息子の弁当を作り、夕飯はリクエストの手巻き寿司♪と、頑張っていたのですが…夜、娘からおめでとうの電話がかかって、「で、お父さん、ケーキは?」その一言でハッと気がつきました。ケーキ買うの忘れた~~息子が「あ、なにやってんの」とあきれ、娘が電話の向こうで「お父さんかわいそ~」とのたまい、私はひたすらごめんなさい。しっかりしているようで、そうでもないのですね。自分でいってりゃ、世話ないか。というわけで、今日、買ってきました。誕生ケーキ。「お父さんお誕生日おめでとう」ろうそくは大きいのが5本と小さいのが5本。近くのケーキ屋さんは、できたときからのつきあいで、何かあるときのケーキはもっぱらここです。生クリームがあっさりしている。今日選んだのは「抹茶ロール」。息子がチョコレートを食べないという変なヤツなので…さっき、しっかりハッピーバースデーを歌いましたとも。来年息子が高校3年で、その次の年は、お父さんと二人なのだろうか…うーん、ショートケーキになるのかも…ま、先のことは考えるのをやめて、オットに感謝です。ケーキを忘れてても、ぜんぜん怒らない人ですから。
2004.11.18
旅の話の続きです。不思議なペンションに泊まった翌日、友だちが「ちょっと珍しい料理がでるところにところに連れて行きます」と、車で走ること一時間半。途中で二人合流して一行は4人。連れて行かれた道ハズレの一軒家は、うまいこと庭にかくれている古めかしい建物でした。築30年くらい経っているでしょうか。ちょっと風流な作りですが、実はちょっと車酔い。すぐゴハンがでてくるのはつらいな~と思いながら、お座敷にあがりました。予約制で、一日一組のお客さんしか取らないのだそうです。お茶が出てきたものの、トイレに行きたくて、教えられた廊下のハズレのおトイレは、昔なつかしいポットンの…う~む、ここもなかなか不思議である。接客業であるはずなのに…早く帰りたい人がいて、私の思いとは裏腹にどんどん料理が出てきます。最初はキノコの小鉢が3つ。それからキノコのお吸い物…料理人は年配のおばさんで、お手伝いの人を一人雇っているのか裏で声がするのですが、料理は一人で作っているらしい。その小母さんが、料理を下げにくるとき、お皿をじろりと見ていきます。あ、残すとヤバいかも…空腹ではないのですが、少しずつ頑張って食べました。おばさんが合間に「どちらから?」と言うので、みんなが私のことを沖縄からと紹介します。おばさんの注目はそれからひたすら私に注がれているのを感じました。向かいに座っているNちゃんが、おばさんが料理を下げたスキに「あのおばさん、戦ってるわ!」と言いました。あ、確かに。「それもテレーズさんとこにいってるわよ」あ、これも当たってる。お店につれてきてくれたFちゃんは「あたし、戦わない主義だから…」と言うと「ダメよ、おばさんは戦いたいのよ~」とNちゃん。あ、そうだよね~わかったよ、応戦すればいいんでしょ。と言うわけで、器をほめたり、料理の作り方を聞いたり、頑張りました。料理も頑張って食べましたとも。おばさんはこれ以上薄く切れないと言うほど薄く切ったカラスミを「これは沖縄からきた人がいるから特別だから」と出してくれました。アケビに鶏の挽肉を詰めたものとか、自然薯の天ぷらとか、珍しくはあったのですが、味はそれほどでもなかったと言ったら、おばさん怒るだろうな~極めつけは5日間煮たというおいなりさん。真っ黒でした。最後に手打ちそばが出ておしまい。いくらだとお思いですか?6000円でありました。高いような、妥当なような…金を払っているんだから、残させてくれ~と私は叫びたかったです。もらった名刺の墨の字もいまいちでした。帰りの車の中で、押しつけがましい料理の出し方について、ひとしきり話に花が咲きました。「う~ん、あの料理だと3000円がいいところだな~おばさんの戦いっぷりに3000円」とテレーズ。「私はおばさんは1000円。帰りの車の中での話に2000円」とNちゃん。今日もまた多いに笑い、多いに食べた一日でした。しかし栃木にはクセのあるおばさんが多いんだろうか?
2004.11.17
11月17日はオットの誕生日です。もう、日付が変わってしまったのですが、あたふたと明日の朝のお赤飯の準備をしています。母の習慣を私がそのまま受けついで、家族の誕生日には朝、お赤飯を炊きます。子どもたちが学校のウイークデーはあわただしい朝ご飯ですが、炊飯器でたくお赤飯なので、タイマーをかけて準備しておきます。母のやり方で、餅米と普通のお米を半分ずつ。小豆を四分の一カップ、前もって煮ておいて、その煮汁に水を足して水加減をします。その後、煮えた小豆とお塩を小さじに半分くらい。サッと混ぜて炊飯器にお任せ。明日の朝にはできあがりです。それとおめでたいときのおなますを作ります。今、高級品の大根(一本380円です!)とにんじんを千切りにして、塩をしておき、水気が出たらぎゅっと絞って、お砂糖、酢、白だし少々を加えてよく混ぜます。これも冷蔵庫にポンと入れておいて、明日の朝はできあがり…オットは55歳になります。特に大きな病気もせず、ここまで来られたこと、感謝しなければと珍しく愁傷な気持ちになっています。明日の晩御飯はオットのリクエストで手巻き寿司。どこかでトロの刺身を探してこなくっちゃ。日頃何もしないので、こんな時くらいは頑張らなくちゃね。しかし…プレゼントが浮かばないのよね~一体何がほしいのかしら。娘に「お父さん何がほしい?」と聞かれて「時間」なんて答えていたから。え、日頃マメに家事をするツマなんて言わないでしょうね!
2004.11.16
林檎園に泊めて頂いた翌日は、塾に子どもを通わせるお母さんたちや、他の「教えない教育」の仲間たちとの交流会でした。一品持ちよりで、和やかな雰囲気の中、私はゲストということで、大学でやっていることを話しました。ちょうど育児休暇を取っている学校の先生がおられて、「仕事に戻ると子育てが手抜きになってしまいそうで心配です」と話されましたので、「大丈夫ですよ。私は子育てから、大学での仕事のヒントをたくさんもらったから」とそんな話をしました。実際、子どもとの関わりが、大学生との関わりのヒントになったり、その逆もあります。仕事と子育てがつながっていることがわかると、一石二鳥で、楽になるのです。それにしても子どもが小さいときのお母さんは、本当に熱心です。いろんな話をぐんぐん吸収していく感じがあります。ちょとうらやましい。さて、迎えにきた年若い友人に連れられて、林檎園を後にしました。行った先は塩原温泉というところです。ペンションの予約も車の運転も、全部やってくれて、持つべきものは友ですね。しかし実は私たち、ゆっくり話したのは2回目!おかげで、夕食をはさんでずっとずっとしゃべりまくっていました。このペンションには露天風呂があって、「後で入ろうね!」と言っていたのに時間は11時をまわり、支度をしてお風呂におりていくとすごい寒さです。おまけに脱衣所までが屋外。「え~っ!これじゃ風邪引いちゃうよ」と部屋に戻ってお風呂を入れました。私が先にお風呂に入り、ベッドに入って、何かおかしいぞとずっと考えていました。相棒がお風呂から上がってベッドに入って、ハッと気がつきました。ツインのベッドの位置があまりに近いのです!「ね、ここ、ペンションと言うより、モーテルなんじゃない?」と思わず叫んだら、隣でも「あ!ホント!どこか変だと思ってた」と納得。お風呂と洗面所のしきりがガラス張りだし、部屋のドアに書かれている部屋番号はびっくりするほど大きいし…う~ん、間違いなくモーテルの作りです!「知り合いが経営してるんですけど、感想を聞かれたらどうしましょう」って相棒が言うのですがさて…二人で思わず笑い出してしまいました。露天風呂も何となくカップル仕様。だから「静かにしてください」って書いてあったのね…私でゴメンね~と言いながら、二人でしゃべりくたびれて眠りに落ちました。
2004.11.15

東京・上野駅から鈍行列車で向かった先は、宇都宮。そこからローカル線に乗り換えて、矢板です。矢板には、「教えない教育」をやっている仲間がいます。教えないでも自分で学べるプリント・らくだ教材を使った塾を開いているのです。そして、さらにユニークなのは、この先生はりんご園をやっているのです。というか、りんご園を経営するかたわら、塾も開いています。その岡本林檎園で、生まれて初めてりんごをが木になっているのを見ました!九州育ちで、沖縄に20年住んでいる私は、りんごがなっているのを見たことがなかったのです!北国の方は、みんな「え~っ、見たことないの~」と言いますが…これがりんごの木です。沖縄のみなさんに特別公開。 青々とした葉っぱに、赤いりんごがなっている風景は何とも言えず美しかったのです。「テレーズさん、おいしそうなりんごを一個とって食べていいよ」と言ってもらったので、いそいそとりんご畑の中へ。「おいしいりんごは、向こうから呼んでいるよ」と言われたけど、りんごの言葉はわからず、一番赤いりんごを選びました。手を伸ばしてつかんだら、スッとつみ取れてしまったのは、食べてくださいと準備完了だったのかも…その場でナイフを借りて割ってみたら、密がたくさん入って、皮を剥くのももどかしくかぶりついたりんごのおいしいこと…こんなおいしいりんご、生まれて初めて食べた!と大騒ぎ。ヨーロッパでは、一日一個のりんごを食べると、医者はいらないと言うそうです。でも、沖縄で買うりんごは、正直あまりおいしいと思ったことはありません。ミカンの方が好きなのです。木で完熟したりんごは、香りが違うのですね~ひたすらりんごを堪能したテレーズでした。幸せ~♪
2004.11.14
東京のアトリエ(分科会)の時に、一番前で聞いておられた方は、どこかの大学でフランス語を教えている先生のようでしたが、たくさんの悩みがあったようでした。懇親会の時、「ちょっと聞いてもいいですか」と質問を持ってこられました。「どうしても言うとおりにしてくれない学生がいるとき、テレーズさんはどうされていますか」と聞かれるので、「言うとおりにしないって、例えばどんなことですか」と聞いてみました。そしたら、授業中ノートをとらない学生がいるのだそうです。大事なところは板書をして、ここはノートにとりなさいと指示を出すにもかかわらず、じっと見ているだけだというのです。この先生はノートをとってほしくて、宿題を出しにきたときにお説教したのだそうです。「私だったら、まず聞きますね。どうしてノートをとらないの?って」と答えました。詰問ではなく、あくまでも質問。「なぜ?」という単純な疑問です。だってメモした方が楽に思えるから…だけど本人はどんなつもりか、聞いてみなけりゃわからない。そこからはじめて対応が見えてくると思うのです。「もう一ついいですか」と聞かれたのは、教室の後ろで漫画を読んでいる学生の事でした。「どうやって叱りますか」と聞かれたので、学生に恥をかかせるようなやり方はしませんと言いました。二度と来なくなったりするからです。だから、その学生に近づくために、何かの作業を指示してから、おもむろに近寄って耳元で「私の授業はそんなに面白くない?」って聞きます。この時大事なのは怒りの感情を出さないこと。だって勉強しないのは本人の問題で、私が困ることではないからです。怒ってしまうと、私が困っていることになってしまう…でも、ホントに不思議です。こんなふうに問われてはじめて、自分の対応を振り返ることができました。私はなかなか珍しい教師かも知れません…
2004.11.13
今日からしばらく、旅のおみやげ話を書きますね。土曜日、東京に着いたのは午後でした。ホテルはお茶の水の駅から歩いて5分。神田明神という神社の横を入り込んだところにありました。インターネットで見つけた宿でしたが、静かなプチホテルでした。「トレティオお茶の水」このところホテルパックを利用して、大きなホテルにばかり泊まっていたのですが、プチホテルは値段も手頃。フロントの人との会話がなんかいい感じです。パリのホテルを思い出しました。ホテルのフロントは会話の練習にはかっこうの場所で、友だちと泊まったホテルで、シャンティイ(地名)の発音を直されたのを思い出しました。「シャンティイ?」「ノン。シャンティーイ」しばし発音の時間でありました。もちろんお茶の水のホテルは発音練習はなしです。代わりにお勧めのレストランを聞いたら悩まれてしまいました。が、それもそのはず。駅のそばまで行けばレストランだらけでした。途中で神田明神にお参りをして、翌日の発表の神頼み。扇子型のおみくじは中吉。ふらふらとホテルから歩いていくと、なんと本屋がいくつも…楽器屋さんが並ぶ明大通りを抜けたら、神保町の古本屋街です。久々に本や巡りを堪能し、翌日にそなえて、すばやくゴハンを食べてかえって寝ました。明けて日曜日はアテネフランセ。ジュルネ・ペダゴジックというのは「教育の一日」という意味です。全国でフランス語を教えている教師の勉強会という感じ。私はそこで「教えない教育」を使ってやっている授業の話をするのです!ちなみに参加者の半分はフランス人です。9時開始なのですが、私の出番は3時頃。お昼ゴハンを食べたあたりから、またも緊張が…肩が凝る~分科会形式なので、私がもらった部屋は小さな部屋です。10人くらい集まればいいかなと思いながら、部屋に入って、落ち着かないので、一人ひとり資料を手渡していました。ところがだんだん人が入ってきて、気がつくと椅子がなくなっていました。大体20人くらいです。幸い日本人ばかりですが、緊張しているときの私の癖で、自分のことから話しはじめます。「今、緊張ですごく肩が凝っていて、今日これが終わったら、栃木に行って、温泉に入ります」と言ったらしい。後で、講師があんなことを言うなんて珍しいと言われました。でも、聞いている方も緊張が解けたようです。40分くらい話をしてから、質問をとったら、どんどん質問が出てきました。話の中身は、って?「内発的動機」の話です。とりあえず単位が取れればと思っている大学生を相手に、どうすればフランス語そのものを学ぶことが面白いと思わせるかという話。一緒にテストを作る話、宿題を自分で選ぶ話。日記にちょこちょこ書いていますよね。聞いている人のなかには「目から鱗」と言う人もいたようです。会場は次第に、学生との関わり方についての困った話など出てきて、いい感じです。私はいつも、教師は自分の弱みを安心してさらけ出して話せる場が必要と思っています。自分を偉く見せようとして、勝手に疲れ果ててしまう人があまりにも多い。わからないことをわからないと言えたら、どんなに楽かと思います。そんな場が作れたことに満足でした。沖縄では教師仲間がほとんどいないので、他のフランス語の先生と話ができたのもうれしかったのです。何かが伝わっていった手応えがありました。うれしかったからなのかも知れません。ビールをちょっとだけ飲んだのに、なかなか寝付けず、ベッドの中で、来年も発表しようかなって考えていました。まったく、準備段階で苦しかったことをすっかり忘れてしまうあたり、お産と同じ…産みの苦しみだったのかも知れません。やれやれ。旅の続きはまた明日。明日はりんごの話です。
2004.11.12
今朝早くの飛行機で、福島空港から飛び立って、沖縄に戻ってきました。福島は12℃でしたが、さて沖縄は何度だったでしょう?なんと27℃でした。夏ですね。セーターに上着を着ていた私は、死にそうでした。東京に2泊、栃木に3泊の旅でした。東京ではフランス語教育の研究会でアトリエを開き、栃木では、らくだ教室を開いている岡本さんの林檎園で、林檎をもいで食べ、翌日は、子育て中のお母さんたちと小さな交流会でした。それから、友だちの案内で、塩原温泉、益子、那須に行きました。よく食べ、良くしゃべり、そして良く笑いました。しっかりリフレッシュして戻って参りました。明日からぼちぼちおみやげ話を書きますね。東京ではなかなかいい感じでしたので、プレッシャーも消えて、肩こりも出発前よりずっと良くなっております。旅もよし、帰ってきて我が家もまた良し。旅行は好きなのですが、旅先でぐっすり眠れないタチで、もうあくびが連発です。おやすみなさい。明日ね。
2004.11.11
先日からの肩こりは、首のあたりがめり込む感じになってきていて、亀が首をすくめているみたいです。明日から東京だし、しばしパソコンを見ないとよくなるかも…と希望的観測をしていたら、友だちから電話が来ました。カイロプラクティックというのかな。実家のお母さんがそれをやる先生を何人かでよんでいるんだけど、今日たまたまお休みが多いから、空きがあるとのこと。「体調はどう?」という電話に「まあ、生きている」と答えたものだから、予約してあげるから行きなさいよ!ということになりました。おそるおそる出掛けていきましたが、これが大正解でした。亀ではなく、ニンゲンの首になって帰ってきました。最初、足がむくんでいると言われ、日頃自分の体をケアしていないでしょ、とさんざん言われるので、はあ~と答えていたのですが、途中で「あなた何歳?」と聞かれたので、「45です」と正直に答えたら、対応が変わってしまいました。30歳くらいだと思っていたそうです。そうかぁ^^その年にしては筋肉が若いのだそうです。へえ~そんなこと言われたの、生まれて初めてです。さらに、若い頃運動してないのが良かったらしい。テレーズは知る人ぞ知る運動音痴ですから、体を動かすことが嫌いでしたが、歩くのは良く歩いていたかも知れません。最近は運動のしすぎで筋肉を痛める人が多いのだそうです。なんだか、ケガの功名みたい。あなた、肩は凝ってないわよ。首が凝ってるだけよ。というのにもびっくり。バスタオルをくるくる巻の棒状にして、ふくらはぎの下、腿の下、腰、背中、肩胛骨の下で、それぞれ何十秒か体を伸ばすストレッチを教えてもらいました。これがよくわからないのですが、足をゆらゆら動かしていたら、肩こりも治ってしまったようです。でも、これを書いているいまは、また少し首が凝っていますが…ここ数週間で、自分の体が良くわからなくなってしまいました。要するに、ちゃんと大事にしなさいって事よね。そろそろトシですから…楽天仲間のみなさんもお大事に。肩こり、腰の痛みのことならテレーズに聞いてください。あちこちご紹介します。なんて…明日から東京に参ります。7日はアテネフランセにおります。それから栃木に行きます。その間しばらく日記をお休みさせて頂きます。ハリーさんあえなくて残念ですが、この次は是非。帰ってきたらおみやげ話をいっぱいしますね。11日までごきげんよう。
2004.11.05
肩こりが一向に良くなりません。気功でずいぶん楽になったのですが、治ったのは風邪の方でした。肩こりが治らないのは目の疲れだと思います。言いたくはないのですが、年のせい。老眼がきています。それでも、仕事も日記も何もかもパソコンという生活をなんとかせねば…オットが一日2時間がいいらしいと言うので、一計を案じ、キッチンタイマーで1回30分を4回という事にしました。時間があるとついつい見てしまうパソコンですが、キッチンタイマーがしっかり鳴ってお知らせをしてくれます。どうも夢中になると時間がわからなくなる私には、結構いい方法なのかも知れません。そんなわけで今日は30分の4回目が後6分12秒でございます。その間に日記を書くぞって、今書いてるんだけどね。こういうとき「〆切」のありがたさを思います。何かを書くとか、準備をするとか言うとき、どうしてもどこまでやっても満足できないと言うことが起こります。そんな時大事なのが〆切。〆切があれば、そこであきらめることができるのです。〆切がないと、もっともっとと頑張って、結局挫折なんて言うこともありますから、「見切りをつける」というのも大事なことですね。キッチンタイマーは〆切の役割なのかも知れません。おかげで書くのが早くなりそうです。ものによってはゆっくり書く必要のあるものもあるのですが、しばらくはメモ帳とペンで行こうと思っています。パソコンの前で考える癖がついているのも災いしているようなので。カメハハさん、キッチンタイマーによる強制〆切はなかなかですよ。お試しあれ。但しこういうのは自分でやろうと思ったからやれるのです。人にやらされたら、時間で区切られるなんて最悪だな~と思っているところです。おっと、タイマーが鳴っております。また明日。おやすみなさい。
2004.11.04
はじめて教壇に立ったのは、教育実習をのぞくと、30歳のころです。教師というのは偉くなければいけないと漠然と思っていましたから、自分の弱みをかくすことを考えていました。つまり授業の中で、突っ込まれそうな事は教えないということ。準備をキッチリやって、自分の自信のあることだけを教えるわけです。初級フランス語ですから、それもできるし、最初の頃はそんな授業でも何ら困らなかったと思います。デモ、フランスに行ったことがないことをひたすらかくしていました。日常会話も苦手でした。自分ができないことを言ってもあまりひるまなくなったのは、教育と言うことを真剣に考えはじめてからです。反面教師という言葉もありますが、必ずしも素晴らしい教師がすごいことを教えなくても、人は学んでいくんだということが、少しわかりかけたからです。ニンゲンって不思議なもので、何がきっかけで学びはじめるのかよくわかりません。普通は上手に教師が誘導するものだと思うのですが…教師が素晴らしいニンゲンであれば、それで良いのですが、普通はだだの人です。その教科について、他の人より少し勉強しているだけのことで、知らないことは山ほどあるはずなのです。だから、私は、自分の間違いやできないところを学生の前でさらすのを、あまりマズいと思わなくなりました。苦手だとあまりやらなかった会話や作文も、自分も勉強しながらやればいいかと思えるようになりました。教育って、何か教科を教える前に、「どう生きたらいいか」を教える事なのだと思うのです。だから、大学生にはいっぱい悩んで考えてほしい。教育って何なのか、学ぶって何なのかを考えているうち、生きるとはどういう事かにつながってくるような気がします。それが自分の中で確信としてあるから、弱みを見せることが大丈夫になったのだと思います。学生が「この教師はダメだ」と思ったとしても、これから先、どこかでハッと気がつくのかも知れないし、何らかのメッセージは残っているんだろうなと思います。最近つくづく思うのは、どんなに工夫してやっても、すべての人にとって有効な教育法というのはないと思います。いろんな人がいろんな事を言って、教育改革とかするけど、あまり変わらないのは、みんなおんなじ方法ではダメと言うことかなと。どんな人も学ぶ権利があると考えると、いろんな工夫をするのが教師の仕事なんですけどね…だから、いろいろやってみるということになります。授業の一時間目に、ここでであったのも何かの縁だから、半年間で何をやれるかやってみようと思うのです。デモね、苦しいこともあるんだけどね。めげないでチャレンジする教師の関わり方というのが、もしかしたら彼らが一番ほしいものなのかも知れません。みなさんの書き込みにエネルギーをもらって、東京でこの話をしてきますね。
2004.11.03
先々週の金曜日、なんだかもたついた授業をしてしまいました。原因は、定冠詞についての質問に答えられなくて…日記にも書きました。質問をした男の子は、いかにも受験勉強頑張りましたって感じ。う~ん、テレーズはもの足りない教師だと思われたんだろうな。それから2回の授業に出てきません。一コマ40人×2なので、80人の学生を見ていますが、実は結構一人ひとりがわかります。毎時間のプリントや、授業の中のこえかけ、後、いろんな事を書かせるので、一人ひとりが見えてくるのです。が、この生徒、まだ把握しきれていなかったみたいです。キッチリ質問に答える先生が良かったんだろうな~私の授業なんか出なくても、自分で勉強した方がいいと思ったはずね~と思いました。毎年一人二人、どうも歩み寄れないくらい、私の授業に反感を持つ学生がいます。たぶん「教師とは威厳を持っているもの」という考えを持っている学生たちだと思うのです。だけど、教師もやっぱりニンゲンで、わからないことはあるんだけどね。多少の個人差はありますが、それをかくすか、かくさないだけの違いです。新聞の書評欄にうつ病になった先生の本が出ていました。「良い教師であることに疲れた」というのが悲しい。教師がありのままを出してもOKなところに、学校がなるといいな。頑張って虚勢を張らなくてもいいように…先生が何でも知っていて、何でも教えてくれると思うのは、小学生くらいまでで良いような気がします。後は一緒に勉強すればいい。というわけで、彼の期待に応えられなかったテレーズは、おとといからフランス語の文法の本を読んでおります。先生を「勉強しなくちゃ」という気にさせてくれる君たちはエライ!
2004.11.02
最近寝付きが悪いのですが、夜中に目が覚めることも多くて、体調不良。主な原因は肩こり。朝、目が覚めると、肩から上が思い切りこわばっていて、蔦森さんに気功の治療をしてもらうため、予約の電話をしました。夕方から、治療してもらったのですが、前回の治療で首のヘルニアは治っています。なので、どう考えても「肩こり」肩こりだったら運動でなんとかなるかもと考えていたのですが、やっぱりダメでした。気功の治療をしてもらうと、肩のあたりがじわ~っと熱くなってサロンパスを貼ったみたい。二度目ですが、私にはなぜ気功が効くのか、半信半疑です。蔦森さんは骨の図などを見せて、説明してくれるのですが、触らないでどうして骨が動くのか、ホント不思議です。でも、先日どうしても体が動かないと悩んでいたバレエの先生に紹介したところ、見事復活していましたから、効果があるのは間違いなしです。一時間以上かかって、「メンテナンス」してもらいました。原因はやっぱりパソコンによる目の使いすぎ。ですよね~。40秒の魔法の体操を教えてもらいました。肩胛骨を動かす様に意識して腕の付け根を回す運動。蔦森さんによれば肩胛骨というのはどこの骨とも繋がっていなくて、筋肉で支えられているのだそうです。だから、肩胛骨のまわりの筋肉は意図的に動かす必要があるのだと言うことです。(当たっているでしょうか、ちょっと心配)クロールをする時みたいに、腕を回すと効果的だそうです。パソコンに長時間向かっているみなさん、私のようにならないために、時々肩胛骨を意識して腕を回してくださいね。それから首も…もう少しで頭痛!という感じで治療に行きましたが、スッキリして帰ってきました。ついでに喉もじがじがが良くなりました。不思議なことに体が楽になると、気持ちも楽になります。なんだか、来週の東京行きもプレッシャーより楽しみが勝ってきたみたいです。気がゆるみすぎている気もするんだけど…今日の教訓:パソコンはほどほどに!
2004.11.01
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