2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全27件 (27件中 1-27件目)
1
「教育現場が…」と書き出した昨日の日記は、なんだか尻すぼみで終わってしまいましたが、書き終えてなんでかな~と思ったら、ひとつ思い当たることがありました。一般論として、高校生の援助交際のようなことを新聞や雑誌で読んでも、身近に体験したことがなく、私はちょっと安心しているところがあるんだと思います。高校生に娘とフランクに話したことが何度かあって、大丈夫だなと思っているのですが、もう一つの安心材料は子どもが通っていた、小学校・中学校の養護の先生が性教育について真剣に考えていたのを知っているからです。学校の「保健室」って、なかなか不思議な場所です。「保健室登校」なんて言うことばがあるように、不登校の子どもにとっては、教室には行けないけど、保健室に行けるという学校の中のオアシスみたいなところなのです。小学校も中学校も担任の先生の影響力は大きいですが、唯一手の届かない(手が出せない)ところが保健室で、担任とあわないと逃げ込んでくるのも保健室だったりするようです。他の学校ではどうなのかよくわからないんですが、生徒たちのあらゆるSOSに対応できる場所が保健室でした。自分が子どもだった頃を思い出しても、保健室に逃げ込んだ記憶はないのですけどね。ときどき娘が熱を出して、保健室に迎えに行くことがあって、保健の先生と話をする機会がありましたが、さまざまな形で性教育が進められていることも聞きました。あまり私たち親の目に触れることはないですが、いろんなところで、研究会や研修がなされていて、性教育もずいぶん様変わりしているようです。学校って、ホントいろんな事が起きます。男の子が女の子の生理ナプキンを取り上げて、笑いものにする事件があったり、体育の時間の着替えを嫌がって体育を休む子がいたり…その度に会議では話題になり、対策がたてられていたようです。「学校保健委員会」というようなものがあるのです。もちろん、すぐに変わるというわけでもないでしょうが…娘が6年生の時でしたか、女の子のちょうちんブルマー(?すごく短いブルマーです)が、短いズボンに替わったときは、アッと思いました。沖縄全体で、少しずつ改革がなされているようでした。PTAの行事で保健の先生に話を聞く会を企画したりしていましたから、子どもに困ったときは保健室に行きなさいと教えていました。お漏らしの時の換えのパンツもチャンと用意してあるんですよ。生理用品もね。からだの成長の早い子どもを持ったお母さんは、生理がいつはじまるか、すごく不安みたいです。学校ではじまったらどうしようとか…私はいつも、保健室の先生のところに行ってみたらいいよ、と勧めていました。そうそう、男の子のお母さんから、大きい子達がたくさんいくキャンプに行って、性行為のことをたくさん教わって来て、家で卑猥なことばかりを口にして、どうにも困っていると相談されたこともありました。この時も保健の先生のところに行ったようです。お母さんの不安を取り除くことも大事ですからね。私たちは性に関する知識は仕入れることができても、子どもの年齢にふさわしい伝え方がよくわかりません。絵本もたくさん出ていたりして、チャンスを見て必要な情報を与えてくれるのは、教師が上手だったりします。それに、性については、伝えるのは他人の方がいいのかもしれません。高校生の娘と、きちんと性について話ができたのは、それまで、チャンと性教育を受けてきたからなのかも知れませんね。学校教育をあなどるなかれ。これからは、私の仕事のようですが…
2004.09.30
性教育の話は、確かに真剣に考えるべき時なのかも知れません。教育の現場が、対応しきれなくなっている感じもあります。小雨さんの書かれた「イヤという練習」はたぶんCAPという団体の活動だと思います。子どもへの性犯罪の多くが、近親者、顔見知りによって行われているという報告もあるようで、イヤという練習は大事ですね。学校でワークショップをやることも多いようです。自分の身は自分で守るという発想が必要なのでしょう。きゃらめるさんが書かれているように、女性が圧倒的に不利になることが多いので、そのへんも大事だと思うのですが、私が一番大事だと思っているのは、性について、困ったとき、SOSが出せることです。できれば親がいいのでしょうが、親でなくても、身近な大人に…学校の性教育というのは、どうも、受精の仕組みであるとか、妊娠から出産までの経緯であるとか、そういった生物学的なことに片よりがちですが、大事なのは精神面なのじゃないかとずっと思っています。よく、性教育というと、子どもに「お母さん、赤ちゃんはどこから来るの?」と聞かれて、詳しく説明する例が育児書に載っていますが、私はそういったたぐいの話をした覚えはありません。気がついたら知っていましたね~子どもたち。ふむ。子どもってなんだか鋭いから、わかるのかな~と思っていました。もちろん、親の知らないところで情報交換しているのでしょうけど…パリに連れて行ったとき、私の知り合いのフランス人のアパルトマンに行ったら、なんと彼は男性と同棲中でした。帰ってきてから、子どもたちが、「あの人たち、男と男で結婚しているんだよね」と言ったときはビックリ仰天。何で男二人のただの同居ではないとわかったのかはいまだに謎です。ちなみにパリでは同性愛も多く、それ自体は困ったことでも何でもないのですが、たまに地下鉄で男性が誘われたり、触られたりするのです。研修で一緒にパリに行ったTくんとKくんは、どちらも若い妻帯者だったのですが、地下鉄で迫られてすごくこわかったそうで、「テレーズさん、ぼくたち、手をつないで歩きます」と言っておりました。それから、授業の中では、旅行に出掛けるときは、男の子にも、性犯罪に気をつけるように言っています。犯罪のことは言いやすいけど、避妊や性病の話はちょっとね。母親と娘は「性」の話でもなんとかできても、ハリーさんのように男の子だとむずかしいかも知れませんね。私は息子とはちょっと、さしで話す気がしません。幸い、ガールフレンドもいないようなので、そんな話になりませんが、大学生になったら言わなきゃいけないこともあるかも知れません。でも、兄弟というのは結構情報交換をしているから、娘から伝わるかな。どうもこの辺のところは、手抜きの母です。
2004.09.29
ついさっきまで娘と電話をしていました。大学生になってから、私の実家に住み始めた娘は、後期の授業を目一杯とって、時間がないとちょっと愚痴の電話でした。仲良しの女の子が夏に彼氏ができて、一緒にいる時間が少なくなったというのも、元気のない理由のようです。「ねえ、どうしたら、彼氏できる?」って娘に言われてもねえ。「お父さんでガマンしときなさい」と言って夫に電話を渡しました。友だちは半同棲のような生活をしているようです。親も知っているらしいけど、止めるふうでもない…私ならどうするでしょうか。「お母さんは許すはずないよ」と娘は言います。今日はPTAの集まりがあって、仕事の後にいつものようにいろんなとりとめのない話をしていました。その中で特に話題になっていたのは、性のモラルの問題です。新聞に大学の先生が未成年の女の子に売春をさせ、逮捕されたというショッキングな事件があったのです。逮捕もショックですが、売春もショックです。まさかと思うけど、高校生。性のモラルは、どうすれば教えられるのでしょう。こういうのは本当は「教える」ことのできないたぐいのものです。なぜなら、体を売ることで自分が傷つくという感覚すらなかったりするらしいので…確かに、効率のいい「稼ぎ」なのかも知れないのですが…自分が若い頃は、軽蔑してそれで終わりだったのですが、子どもを持つとちょっと視点が変わってしまいます。どうすればモラルが伝わるのかって。こういう子は、要するに自尊感情が低いのだと言われたりするのですが、どうなのでしょうか。教育の中で、何かできることがあるのでしょうか?ひとつだけできることがあるとすれば、家庭の中で性をフランクに語れる環境を作ることかなと思います。折に触れて、話をしていれば、伝わることがあると思いたいのです。「性」もとても大事なことで、汚いことでもなければ、お金と引き替えに売ることができるものではない。「生きる」ことととても結びついているのだと言うことを…それから、どうしても伝えたいのは、性犯罪の被害にあったときはためらわず大人に相談すること。取り返しのつかないことにならないために。娘が授業でディベートをしたとき、妊娠中絶がテーマでした。あれこれ質問するので、いろんな話をしました。どこまでが命かということからはじまって、もし、育てられない状況だったらどうするのか、などなど。私の思いを伝えるいいチャンスだったと思います。何の根拠もないのですが、小さい頃から愛情に囲まれている子どもは、援助交際にはいかないような、そんな気がするのです。甘いかなあ。
2004.09.28
「絵本の読み聞かせ」はあちこちで学力を上げる方法として推奨されているみたいですね。みなさんの書き込みを読みながら、そんなことを思いました。今日、本屋さんで手に取った教育書にも、そんなことが書いてありました。「親は子どもが本に触れる環境作りをすべきです。親が本を読んでいる家庭というのが理想です」と書かれた後に、「でも、自分は本を読まないけれど、子どもは本好きに育てたいという場合がありますね。その場合有効なのは読み聞かせです」あのね、と思わず突っ込みそうになりました。立ち読みなのに…親が本を読むのが嫌いなのに、子どもは本好きにしたい?子どものことを言う前にまずは自分でしょ!なんか、こういうのがとってもダメなのです。自分のことを棚に上げて、子どもをなんとかしようと言うのが…そりゃ、気持ちはわかります。私はずっと体育は苦手で2ばっかりでしたから、子どもはなんとかスポーツをさせたかったですよ。でも、「好きじゃない」のを無理にさせようとするのはおろかです。だいたい遺伝子というものがあって、私の子なんだから、体育が5のワケはないです。せいぜい嫌いにならないように気をつけるのが関の山。(娘は大学生になって心底ホッとしているようです。体育は必修じゃないからね。)話がそれましたが、学力云々はともかく、本を読むのに抵抗がない子どもというのは、身の回りに本がたくさんあるというのは言えるような気がします。子どもが小学校になって私が目をつけたのは図書室でした。図書室で本をたくさん借りてくれればあまり本を買わなくてもいいかも…という姑息なねらいもありますが、生徒だった頃、私にとって図書室は、知らない本に出会うための大事な場所だったからです。はじめての参観日に、ついでに図書館ものぞいてびっくり。絵本はほとんどなくて、同じ本がズラッと40冊…どおりで子どもが借りてくる本が何とも面白くない本ばかりだったわけです。図書室に面白い本がないだもん!小学生は絵のついた本を読まないという先入観でもあったのでしょうか。そのあたりから私はじわりじわりとPTAに足を突っ込みはじめました。正解は「誰も本の選び方を知らなかった」なんです。司書とは名ばかりの事務処理の人がいて、本の購入は教師に任されていて、先生も何を買って良いかわからないから、めんどくさくなって、教科書に出てくる本を、40冊…図書室で授業をするためだったのでしょうか…何度か図書室に通って偵察をする度、がっかりでした。しかし、一介の母親が、先生に向かってこんな本を入れた方がいいですよって言えるわけもなく、一計を案じて、レポートを書きました。この中では思いっきり書きましたよ。「本を読むことは学力向上につながる」と力説しました。それから、読み聞かせのことも…その下に「よい絵本」のリストをつけました。絵本が特にひどかったので…この計画は結構うまくいきました。先生方も気にはなっていたんでしょう。何でも、タイミングよく図書券の寄付があったとかで、リストがそのまま通って、図書室に絵本が入りました。年度初めに3年くらい書いたでしょうか、この推薦本のリスト。最初は自分の知っている本、子どもが好きなのを確認済みの本を並べればよかったのですが、だんだん困って、知り合いの絵本やさんに相談しました。子どもの本だけを扱っている本屋さんがあって、私は子どもに絵本を買ってやるときはそこに連れて行っていたのです。だって、子どもが「これ買って」って選んでくる本を、次々「それはダメ」って言いたくないでしょ。ダメな本というのは明らかに商業ベースで発行されている本のことです。ゲームのキャラクターを使った本とかね…その絵本やさんには、オーナーの方針でそういう本は一切置かないのです。だから、どの本を選んでもOKでした。その絵本やさんのオーナーに、子どもの図書室を見てくれるように頼み込んだのです。「こりゃひどい!」ということになり、彼女を司書に紹介して、購入業者に加わり、推薦本を持ってきてくれるようになって、図書室はどんどん変わりました。椅子と机だけだった図書室の一角に、子どもが座ったり、寝そべったりして本が読めるような空間を作ったり、絵本を並べる本棚を表紙の見えるものに変えたりして…いまはどうなっているでしょうね。私がお世話になった絵本やさん「花の小人」は数年前閉店してしまいました。オーナーは大学講師になって、絵本を通して幼児教育を教えているようです。書きながら、「図書室をなんとかしたい」と思っていた自分を若かったな~と思います。
2004.09.27
昨日の日記で「本を読むことで現実から逃げてしまう」と書いたのですが、朝から台風で閉じこめられているのを幸いに、ハリー・ポッター5巻、上下2冊を読み終えてしまいました。昨日の夕方から読み始め、夜はチャンと寝たけれど、朝から洗濯機に洗濯物を放り込んだまま、読みふけってしまいました。何というか、本の魔力にとりつかれると、家事が一切できなくなってしまうのです。コレ母の病気です。途中でトイレに立ったとき、頑張ってお皿を洗った以外は何もせず読みふけっておりました。やっぱ病気に近いですよね。椎名誠が編集している「本の雑誌」の初期の頃、活字中毒の症状という特集があって、「夕飯にカレーやシチューといった煮込み系の料理がでてくるときは、かみさんが日中家事をしないで、本を読みふけっていたなとすぐわかります」という投書があって、思わず私のことかと笑ってしまいました。さすがにこの頃は、途中で皿を洗うことができますが、昼ご飯は、うどんを作る間も本を片手に、さらにできたうどんを食べながら読むという離れ業。変ですよね。夕方4時半頃読み終わっていて、息子が「早い!ちゃんと読んでる?」と疑っていましたが、ちゃんと読んでおります。自慢じゃないですが、読むのが早いのです。このビョーキを自覚しているので、最近はあまり読まないのですが、ハリー・ポッターには負けました。まず娘→夫→息子→私と回ってきたのです。私が読まないと、結末を話できないんで、「早く読んだら」と言われていたというわけです。こういうビョーキは子どもには伝染しない方がいいと思われたことと思います。私は小さい頃からそうでしたから…母がよくあきれていました。それでも、出産の後、しばらくは本が読めませんでした。特に小説が。アレは何だったんだろうといまでも思います。目が疲れるだけじゃなかったんです。感情のバランスがとりにくくなっていたのか、小説を読んでも感情移入できなくて、集中できなかった時期がありました。子どもが小学生になった頃から、また本を読む日々が戻ってきました。最近は子どもと同じ本を読んで、いろいろ話ができるのがなかなか楽しいことです。「ヤツはドラコ・マルフォイみたい」と言ってすぐわかるのは快感です。本を媒介にしたコミュニケーションと考えると、絵本の読み聞かせは大いにやったらいいなと思うことです。「子どもの教育のため」なんて思わないで、絵本を楽しんだらいいんじゃない。があこさんみたいに、自分が絵本を好きになるなんて、いいですよね。最近の絵本は子どもだけに楽しませているのはもったいないです。ちなみに、いま、「いい絵本」としてあげられている絵本のほとんどは、私の子どもの頃にはありませんでした。私の大好きだった絵本は、実は「良寛さま」なんです!「子どものために」って思ったら、ちょっと立ち止まった方がいいかもしれません。「子どものために」自分が無理をすると、何か起きたとき、子どものせいにしかねませんから。ちなみに、「正しい絵本の読み方」も怪しいものです。ある講習会では、感情を移入せずたんたんと読め、と言われ、別の本では、子どもの頭に情景が浮かぶように、リアルに読み聞かせた方がいいと書かれていました。たぶん、どっちもハズレです。読んでいる人が、楽しんでいるのがいちばん。どんな絵本を買おうと思っている人、椎名誠の『えほん探検隊』(クレヨンハウス刊)お勧めです。
2004.09.26
よい母になろうという試みはとっくに挫折したのですが、一番はじめにそれを感じたのは、「絵本の読み聞かせ」の会でのことでした。友だちに連れて行かれた絵本の研究会(?)でした。いま、あちらこちらで絵本の読み聞かせは盛んになっていますが、その頃はあまりなかったように思います。15年くらい前のことです。絵本が好きな人たちの集まりでしたが、「小さい頃から絵本を読み聞かせると、子どもが本好きになる」とか「いい絵本はこんな絵本です」という断定的な話に、かなり反発を感じ、そのうち行かなくなってしまいました。絵本を読み聞かせると子どもが本好きになるかというと、あまり関係ないような気がします。小さい頃、お母さんが熱心に絵本を読み聞かせていても、大きくなったらぜんぜん本を読まない子を知っています。読むけど、漫画ばっかりという子もいます。かと思うと、幼児教育に無関心なお母さんでも、本を読む子は読みます。私は子どもが小さい頃、毎晩絵本を読み聞かせていたのですが、それは、子どもを寝かすのに都合がよかったからです。遊びに夢中だったり、なんだかテンションがあがっていて落ち着かなかったりするとき、「絵本を読むよ~」と言うと、おとなしく布団にはいるのです。就寝儀式という感じだったのでしょう。絵本は子どもが本棚から選んでいました。息子と娘、それぞれお気に入りの本があって、最初は私が二人分交互に読んでいましたが、だんだん好みが違ってきて、ついに、夫は息子に、私は娘にと、二人で絵本を読んでいた時期もあります。同じ本を毎晩持ってくることもあるし、いろいろですが、子どもの選んだものをそのまま読んでいました。「いい絵本」というのは確かにあるんだろうと思います。絵本の研究書を読むと、いろいろもっともらしいことが書いてあります。例えば、絵だけを見てストーリーがわかるのが良いとかなんとか。でも、子どもの好みは一人ずつ違っていて、ある絵本研究家が「この絵本はいかん」と書いているものを好んで読んでいるときがありました。どの絵本研究書にも絶賛されている本で、子どもが見向きもしなかった本も何冊かあります。「好き」に理屈はないんですよね。だから、あまり気にしませんでした。買うときには、自分が読んでつまらない本は、かわなかったように思いますが…だって、絵本は高いから。息子も娘も、ある日突然、「自分で読む」と言って読み聞かせを卒業しました。二人とも同じ頃だったように思います。小学校に入学する頃でしょうか。理由を聞くと「自分で読んだ方が早い」ということでした。なるほど。で、どうなったかというと、大学生の娘はあまり本を読みませんが、ときどき何かのきっかけで読み出すとはまって読みます。文学部に進んだので、これからたくさん読まされるでしょう。息子は、いつも本を読んでいますが、ミステリーが多いかな。どちらも、本が好きで好きでたまらないというふうにはなりませんでした。私にはその方がよかったのです。みんな「本の好きな子に育ってほしい」と言うけど、きっとその裏には「本が好きな子は勉強が好き、成績もいい」という思いがあるんだと思います。何を隠そう、私は本が好きで、勉強しているはずの時間に本を読み、高校受験、大学受験にことごとく失敗しました。でも、それよりもよくなかったのは、人と関わることより本を読む方が好きだったこと。というか、嫌なことがあると本を読んで、別の世界にいくことで現実から逃げていたからです。大人になると現実から逃げるわけにもいかないので、貴重な体験だったのかも知れませんが…本箱に入りきれなくて、絵本のほとんどは押入に詰め込んであるのですが、ときどき、何かの拍子に絵本を手に取ることがあります。何気なくめくりながら、ホッとすることがあるのです。「絵本の読み聞かせが子どもにいい」「いい絵本に出会うことは子どもの成長に必要」それは確かにそうなのかも知れません。けれどそんな親の思いとはぜんぜん別のところで、子どもが「これ読んで」と持ってきた本を、「今日はどれ?」と言いながら、一緒に寝ころがって読み聞かせていた瞬間の、楽しい記憶だけが、子どもには確実に刻まれているのだと思います。もっと絵をよく見たくて、ぴったりとくっついてくる子どもの体温や、意外な場面に息を呑む子どもの仕草や、思わず一緒に笑い出してしまったこと…私にとっても大事な記憶。そうやって、何度もお皿を洗わずに寝てしまったことも、いまやなつかしい思い出なのです。
2004.09.25
子どもと一緒に成長してきた感じの、私の母親業ですが、大学生と高校生になった子どもにしていることは、おいしいご飯を作ることくらいだなと思います。おいしいものを食べさせたいと言うより、自分が一緒においしいものを食べたいからなのですが。私の子どもたちが小さい頃も、育児情報は氾濫していました。特に「こうすればこうなる」という情報は、すばやく入ってきます。お腹にいるときクラッシックを聞かせていると、子どもが落ち着いた子になるとか、3歳までに英語を日常的に聞かせると、バイリンガルになるとか…音楽はなるべく早くはじめる方がよいと言われたりしていましたが、どうも、いろんな子どもを見て、いろんな話を見聞きしているうち「子育てに法則はない」と思うようになりました。どんなふうに育つかは、親の影響もあるのは間違いないのですが、どうも子ども自身が決めているように思えてなりません。学生時代からの私の友人は、私が化粧をあまり好きではなく、普段はGパンばかりはいていたので、「そんなふうにオシャレに気を使わないと、子どもが身だしなみに気を使わなくなる」とさんざん忠告してくれました。ところがところが、18歳になった娘は、眉も上手にカットし、髪を染めています。洋服も、流行を適度に取り入れた安い服を買うのが上手です。結局、母は反面教師であったわけです。もしかしたら、身だしなみに気を使わない子どもになっていたかも知れませんが、それは誰にもわからないところです。モンダイは、子どもはどう育つか、法則なんてぜんぜんないのに、それを盾に親を脅迫する発言があることです。この友だちは、私の子どもを心配していると言うよりは、私のオシャレに対する考えを変えたかったのでしょう。家を片づけることより、自分の仕事を優先しているお母さんに「そんなふうに片づけないでいると、子どもが整理整頓の下手な子どもになるよ」という人、どこかにいそうじゃありませんか?親をお手本にして「教師」にするか、親のようにはなりたくないと「反面教師」にするかは、子どもが決めることです。「子どものために」自分を変えようとすることは無理がありそうです。本当に、整理整頓をしたいと思っていれば別ですが…料理上手な人にふた通りあって、お母さんが料理がうまくて、習って上手になった人と、お母さんの料理がまずくて、ガマンならず、料理の腕を上げた人といます…どっちでもいいじゃありませんか。結果として料理上手なんだもん。人が育っていくのに、こうすればこうなるという絶対的法則はないんだと思います。やっちゃいけないことは、いくつかあるような気がしますが。子どもを育てるのだから、きちんとした人になりたいという気持ちはわかりますが、自分を追い込んでまで「良い母」にならなくても…だいたい「よい母」になることは自分には無理である。そんなわけで、「子どものお手本」になることはさっさと放棄してしまいました。子どもが脱ぎ捨てた服を「ちゃんと洗濯かごに入れなさい!」とつまみ上げた下から、自分の靴下が出てくるような生活でした。怒鳴り声が、思わず小さくなったりして…何でも先回りしてきちんとすることが、子どものためになるかというと、そうでもないみたいです。これって教師にも言えることです。教え好きの教師がいいとは限らない…「正しい手抜き」というのが、もしかしたらあるのかしら…
2004.09.24
子連れ出勤のことを書いた日記に、カメハハさんが「(子どもを預けるには)、ある意味どこまで恥をさらせるかってことじゃないかと思います」と書かれていました。きゃらめるさんのように都会で子育てをするママは、なかなか近所づきあいもなくって、大変なのかも知れませんが、子どもがたくさんのところで子育てするときは、仲間もいっぱいでいいこともある反面、人の子育てが気になるってこと、ありますよね。人に子どもを預けたり、子どもを預かったりすると、思いがけないコトが発覚することあります。例えば、素敵にパッチワークで飾られたお家なんだけど、お母さんはほとんどご飯を作っていなかったり…お父さんは、素敵なお医者さんなんだけど、休みの日は半裸でテレビ三昧だったり…子どもから聞くお家の話はなかなかの醍醐味です。子どもは「隠し事」が下手ですから。誰ですか、「今度やってみよう」と思っている人…一階のマーくんは、私が冬でも扇風機を出しっぱなしなのを見て、「うちはチャンと片づけてるよ」と注意してくれました。彼はいま、高校生となり野球部のピッチャー、めったなことでは口をきいてくれません。お母さんの方が料理上手だよ、と言ったのは、誰でしたっけ…ご飯食べさせてやっているんだから、黙って食べろ!と思いましたが。まあ、そんなこんなの子どもの失言は、うちの子もどこかでやっているかも知れず…我が家の恥がどこからか流失していたのかも知れません…子連れ出勤、子連れ外出も似たようなものです。子どもが「猫をかぶって」いられるのは一時間くらいが限界で、とんでもないことになるコトもしばしばです。つまりは自分の子育てをさらしているようなものなのかも知れません。それを続けるとどうなるかというと…どうも、自分の子育てに幻想を持たなくなります。私は立派な母であるとは思えなくなる。それは自分を振り返ってなかなか良かったなと思うところです。だって、自分の子育てに幻想を持たないということは、わが子は天才に育つかも知れないなんて幻想も生まれませんから。子どもに必要以上の期待はしなくなります。もう一ついいこと。それは子どもがたくさんの大人に出会うことです。保育園や幼稚園では同じ年齢の子どもたちとしか出会わないのですから。我が家の子どもたちがある程度大きくなって、親について出掛けなくなった頃、私は子どもたちが親以外の大人に出会うチャンスを作ることを心がけていました。親戚が近くに住んでいないこともあるのですが、私の友人や知り合い、ピアノの先生、お習字の先生など、親以外の大人の考えを知ることがとても大事と思いました。友だちの家に泊まりに行くのも奨励していました。家族がなかがよければいいほど、自分の価値観がもっとも正しいと思いがちです。例えば、子どもの発見ですが、「お茶碗が一人ずつ決まっていないうちがある」というのは私もビックリしました。が、そんな家があってもおかしくないですよね。さまざまな価値観と出会うことで、自分の中のたくさんの偏見をくずすことはとても大事と思います。若い人たちに海外旅行を勧めるのは、固定観念をくずすためにとても有効だからです。そして、小さい子どもも、連れて行かれたところで、違う世界を知り、その中で自分なりの何かをつかんでいるような気がするのです。どんなところへも子連れで出掛けていく人を知っていますが、お嬢さんはとっても一人遊びが上手です。子どもなりに、過ごし方を身につけるのでしょうか。小さい頃からいろんなところに連れていかれた子どもは、どんなところでも生きていけるたくましさを身につけるような気がしてなりません。まあ、でも、ときには誰かに預けて、思いっきり「母でない時間」を楽しむこともお勧めします。24時間母親業はそれなりのストレスもありますからね~
2004.09.23
昨日の日記を書いて、とんでもないことを思い出しました。それは私自身が子どもの頃、父の職場に連れて行かれたこと。つまり、父が子連れ出勤をしていたわけです。私は一人っ子ですが、その理由は、私を生んでから母が結核にかかり、具合が悪かったからのようです。だから、幼児期は父親ッ子でした。父も夫と同じく大学に勤めていましたので、大学に連れて行かれました。父の運転するスクーターの後ろにしがみついていたのですから、3,4歳にはなっていたのでしょう。私の通う幼稚園も大学の近くだったので、父が迎えに来て大学に連れて行っていたのかも知れません。母の具合が悪い記憶はないのですが、その頃、祖母の痴呆が進んでいたのも記憶のどこかにあるので、我が家は混乱の時期でもあったのでしょうか。私は父について大学に行くのが大好きでした。昭和三十年代ののどかな時代のことです。助手の女の人が遊んでくれたのをよく覚えています。プレハブのぼろっちい建物でしたが、研究室は、なんだか、みんなが家族のようなあったかい雰囲気でした。父は実験をしていたので、日曜もでていくことがあって、そんな時、無人の大学も好きでした。連れて行かれた子どもの記憶では、ワクワクの記憶ばかりで、ちっともつらいとか、面白くないというものがないのですから、子連れ出勤も時と場合によっては、子どもには楽しいものなのかも知れません。そして、なんと、今年の4月に、私が父に連れられて行っていたその大学に、娘が入学しました。入学式に、何十年ぶりかで大学を訪れました。私が遊んでもらった広場には、大きな建物が建って、昔の面影はすっかり消えていましたが、なんだか、とてもなつかしい感じがしました。父もとっくの昔に定年退職してしまい、いまや、80歳の頑固おじいになっていますが、私の子育てに奮闘した昔があったのか、とちょっと不思議な気持ちになります。私を愛するあまり、私が泣いたり、落ち込んだりするのを嫌がる父でした。子どもはいつも元気で楽しいものだと思っていたのでしょうか。それとも、愛する娘が悲しい思いをするのがつらかったのでしょうか。それは実はとても重荷でした。私が風邪を引くと母が叱られました。いま思っても理不尽な話です。そんなわけで、思春期までは、つらいことや悲しいこと、できないことにめっぽう弱い人間に育ったのですが、そんなことは父は思いもよらなかったと思います。いまやど~んと構えたおばさんになっていますが…おかげで自分の子どもが育つとき、苦しい経験も大事だと自分に言い聞かせました。子どもがつらそうにしていると、私もつらいのですが、自分で立ち直ることで、つらい経験が宝物に変わります。つらそうなとき、話をじっくり聞いたり、たまには抱きしめたり、おいしいものを食べにいったりはしますが、子どもがぶつかっている問題を私が解決することはしませんでしたし、もちろん、それはできない話でもあります。子どもをじっと見守っていれば、自分で立ち直る力があると思っていました。子どもの力を信じることができるのは、私自身がそうして、いじめから立ち直った経験があるからなのかも知れません。大事なことは、世間体やお金やそんなものはかなぐり捨てても、子どものことを大事に思う気持ちが、子どもに伝わっているかどうかなのかも知れません。
2004.09.22
夫の子連れ出勤をばらしたので、自分の子連れ体験も書きますが、こっちはどうも、よくない記憶です。大学に教えに行く一年前、某英会話スクールの講師を勤めました。私がやりたかったわけではなく、団地の集会所で教室を持っていた方が、転勤になったので、誰か、とさがしたのが私だったのでした。「断り切れなかった」に近いかも知れません。実は私は子どもが苦手。それも小学生が、特に。(自分に子どもがいるので変なんですが)なのに、教室に来るのはみな、小学生だったのです。ついでに言うと、英語はあまり得意ではありません。日常会話は、なんとかできますが…そんな状態で月謝をもらっていたのですから、その頃の生徒さんに謝りたい気分です。でも、某英会話スクールの講師認定のための研修はしっかり受けましたよ。マニュアルがあるので、それほどひどい授業ではなかったかも知れませんが…あまり思い出したくない思い出です。場所が団地の集会所なので、最初は自分の子どもを連れて行っていました。この辺が浅はかなんですが、自分の子どもも英語を勉強してくれればいいなんて…虫のいいことを考えていました。が、すぐに破綻してしまいました。息子は2歳そこそこで、すぐ「抱っこ」というのですから、教えるどころじゃないです。何度かやって懲りて、友だちの家に預けるようになりました。だから、やっぱり、きゃらめるさんが書かれているように、時と場合によるんですよね。私自身に「子連れではない」という選択肢があったわけですから。その頃、働く母は、いろいろ大変でした。子どもを寝かしつけながらねてしまうこともしばしば。授業の準備ができないので、目覚ましを4時にセットして、朝早く机に向かっていました。子どもが調子が悪いと、休講をせざるを得ないので、学生に申し訳なかったのです。夫と、どっちが休みを取るかでけんかしたこともあります。なんと言っても、子育て仲間の存在は大きかったです。同じ団地に、いろんな活動をしている仲間がいました。月に一度、子どもも連れてきて、料理を作る会をやっていました。大きなビニール袋に入れた粉と水を、子どもたちに踏ませて、うどんを作ったり、粉から作るカレーを作ったり…。ある時はシャボン玉を作ったり…子どもも大人も楽しめる集まりをしていたのです。その仲間の一人が、私がどうしても仕事を休めないとき、子どもを預かってくれました。最近はめったにあわないのですが、いまだに家族ぐるみのつきあいです。親元離れての子育てに奮闘していた時期、仲間たちとのネットワークが、ずいぶんと自分を支えてくれました。最近は、教えない教育の講座をしながら、あたらしい人と人とのつながりが生まれてきました。子育て真っ最中のお母さんも多く、その中から、子育ての仲間たちが出来るといいな、と思っています。そして、できたら、小さい子どもを持つお母さんだけではなく、結婚してない人も、子どものいない人も、すっかり子どもが大きくなってしまった人も、みんな巻き込んだ、何でもアリのネットワーク作りが理想なのです!
2004.09.21
昔アグネス・チャンの子連れ出勤が話題になっていた頃、実は我が家も子連れ出勤していました。子連れ出勤の主は、私ではなく夫です。娘は4歳で年中さん、息子が2歳と半分のときに、「大学で教えませんか」という仕事が舞い込みました。とにかく母親業以外のことをしたかった私は、その前の年に運転免許も取って、準備は万全でした。ただ、問題は子どもです。迷いました。保育園に預けるといっても、仕事は週に2回、朝の一コマだけなのです。収入も少ないし、ずっと子どもを預ける必要もないし…夫が、「じゃあ、僕が子どもを大学に連れて行くよ」と言ってくれたときは、グッドアイデアと思いました。夫も同じ大学に勤めていますが、常勤講師なので自分の部屋を持っています。朝の一時間半、息子を自分の部屋で遊ばせておくのは、それほどむずかしいことではありません。そんなわけで、幼稚園に入園するまでの一年間、息子は大学に通いました。その頃、車は一台だったので、私が授業開始の8時半に間に合うようにすばやく大学に行った後、夫は娘の幼稚園の支度をさせて、息子に、出掛ける用意をさせて、二人を連れて幼稚園に向かいます。娘を幼稚園に送った後、バスで大学へ。息子が前の日に小さなリュックにお菓子とおもちゃを入れて、お出かけの用意をしていたのを、ぼんやり覚えています。いまは私も夫も追いこして、一人前の高校生をしている息子ですが、実に恥ずかしがりの息子でした。お父さんとバスに乗っていると、みんなが声を掛けるので恥ずかしがっているよと、夫がよく笑っていました。親が言うのも何ですが、恥ずかしがって夫の影にかくれるのが、かわいかったのです。朝の一時間半とはいえ、夫の研究室に来られる先生もいただろうと思います。でも、どこからも苦情もなかったです。大学生が遊んでくれることもありました。私が一時間半のフランス語の授業を終えると、夫の部屋に息子を迎えに行って、連れて帰ります。子連れでキャンパスを歩いている姿は、ひょっとすると目立っていたかも知れません。アグネスの子連れが大論争になっていたとき、夫が「僕だってやってるよ」とボソッと言っていました。子どもを育てるのに、「こうでなければならない」という思い込みは危険だと思います。もし、私や夫の実家が近くにあれば、そこに預けていたかも知れません。でも、私たちには「子連れ出勤」の選択しかなかったのです。そしてそれは、いまとなってはいい思い出になっています。私にとっては、夫も一緒に子育てしてくれたことの象徴のようにも思えるし、仕事を応援してくれたことに感謝もしています。え、誰ですか、テレーズより夫の方が人間できてるって言ってるの…実はよく言われるんです…
2004.09.20
昨日「子連れで仕事をするときのこと」を書きましたが、きゃらめるさんの書き込みを読んで、書き足りないことに気がつきました。子どもを子ども扱いしないと言うことが大事なのですが、もしかしたら、話をしても、子どもは静かにしてくれないかも知れません。そんな時どうするかということが、もっと大事かも知れません。子どもがうるさいのなら子連れで来るなと言いたいのでもないし、子どもをちゃんとしつけてほしいといっているのでもありません。子どもを連れてくるときには、まわりをみんな巻き込んで、みんなで子育てしたらいいのにというのが私の言いたいことなのです。だって、子どもを育てながら学ぶことってたくさんあるでしょ、子どもが大きくなった人、子どものいない人にもお裾分けしたらいいと思うんです。実は、ちゃんと書いていないのですが、平井雷太さんの講座では、子どもが一緒の場合、はじまるときにみんなで確認するこんなルールがあります。「自分の子どもは自分で注意しない。うるさいと思った人が注意する。」なぜなら、子連れで参加している人は、それだけでちょっと気兼ねしています。だから、子どもがそれほどうるさくなくても、大げさに考えて子どもを静かにさせようとしてしまうのですね。それだとせっかく講座に来ても、気持ちが半分子どもの方にいってしまいます。お母さんはうるさいと思っても、他の人は何とも思っていないこともあるから、お母さんは注意しないことにするのです。このルールはなかなか面白いです。平井さんの講座のとき、私も一度、子どもにお願いしました。「静かにしてね」って。これって、「人の子どもを注意する練習」と平井さんは言います。あ、なるほど。余談ですが、相手が素直に聞いてくれる注意の仕方って、あるんです。伝わるようにいわないと、お互い不快です。教室で私語をしている学生に、静かにしてほしいと思ったとき、怒りではなく、注意するのってむずかしいです。だからね、何からでも学べるわけです。子連れのお母さんの立場からはどうなのか、カメハハさんが書いていたように思います。カメハハさん、気がついたらトラックバックしてくださいね。たぶん、大事なことは、まず、みんなでいるこの場所に子どもがいるということの了解を取ってしまうことなのだろうと思います。私は基本的に、子連れ出勤も賛成です。この場合、はじめにやむをえず子どもを連れて行くので、子どもが悪いことをしたり、邪魔をしたら、叱ってくださいと了解を取ればいいんじゃないかなと思います。子どもにも、親が仕事を大事に思っていることを伝えて、できるだけ静かにするように話しておけばいいんじゃないでしょうか。だって、子どもも大人も、完成した人間じゃないんだから、思わずはしゃぐこともあるし、我を忘れることもあるでしょう。でも、それも何度かやってみて、叱られたり、ほめられたりしながら、大人が真剣に仕事をしている場所でどうすればいいかわかってくるんだと思います。考えてみれば、平井さんの講座に来ていたお母さんたちは、子連れで出掛けることが多い人たちです。知念さんもいつも、会合のときは、大人の場所と子どもの場所を切り離すことをせず、うるさい子どもには何度も話をして、大人を邪魔しない練習をさせているのです。親が真剣に勉強している姿、熱心に何かを学んでいる姿、仕事をしている姿を子どもに見せることが、悪い影響を与えるはずがありません。子どもも子どもで、大事なことをつかんでいるような気がします。
2004.09.19
昨日は久しぶりにとある講座に出て、それが片道一時間くらいかかる場所だったので、帰ってきてから、ばったり寝てしまいました。今朝になって、とても気になったことがありました。それは、その講座を主催していた人が二人いたのですが、一人の方は4歳のお嬢さんを連れていて、その子がずっとお母さんから離れなかったのです。最初に自己紹介の時間がもうけてあって、6人の参加者と、もう一人の主催者が自己紹介をした後、その人が話そうとすると、「ママ、お話ししちゃダメ」とお嬢が言いました。他の人が自己紹介をしている間も、お母さんを独占していたのですが、気になって、「ねえ、おばちゃんはお母さんの話が聞きたいんだけど。」と言ってみました。私は、一瞬女の子が何かを言いかけたように思いました。でも、お母さんは、話そうとはせず、もう一人の主催者が話を引き取ったのです…私は、子どもにお母さんが何をしているかを伝えるチャンスだったんじゃないだろうか、と思いました。お母さんにとっては、お金をもらう講座ですから、「仕事」です。だったら、その事を伝えてもいいのじゃないだろうかと思いました。先週、平井雷太さんを招いての講座がありましたが、二日間は主催者は子連れでした。もちろん、参加者も子連れの方がいましたが、5時間の間、子どもが大人の講座の中にやってきて、邪魔をすることはほとんどありませんでした。特に、主催者の子どもたちは、4歳くらいですが、ずっと自分たちで遊んでいて、お母さんのところにやってくることはなかったと思います。これは、何の違いなんだろうと思いました。そして思い当たったのは、「教えない教育」というのは、大人と子どもの境界線のない教育だということでした。つまり、お母さんが子どもに対しても、大人にするのと同じように、「いまは勉強している時間だから静かにしてね」と説明し、了解を取ることをしていたからなのでしょう。「子ども扱いしない」というのはこういうことなのです。この話を、今日、 風のうた保育園の園長である、知念みね子さんにしました。知念さんの保育園は、異年齢保育をしています。そして、その中で、子どもが自分でいろんな事を学び取るように働きかけていく、「教えない教育」をしているのです。知念さんは今日の父母会のとき、子どもたちがたくさんいたけれど、その子たちには、お母さんや先生の勉強だから静かにしてねと伝えたといいます。みんな静かだったよ、と知念さんは言います。赤ちゃんだって、言葉がわかるのに…知念さんは、一歳の子どもにも、うるさくしていたら、ちゃんと話をします。そして子どもはちゃんと静かになるそうです。怒鳴ったり、叱ったりしなくても、ちゃんと話をするだけで静かになるのです。子どもに対して、どこかで「言ってもどうせわからないはず」という気持ちがあると、子どものゴキゲンをとってしまうのかも知れません。子どもがせっかくぐずったのなら、それは、お母さんの真剣さを伝えるチャンスと思えばよかったのに。子どもを大事にすることと、子どもの要求を全部呑んで、子どもに振り回されることとは違います。これから子どもを連れて仕事をするんだったら、考えた方がいいんじゃないかな…絶対、一度話したらわかってくれそうな聡明な子でしたから…お母さんの真剣さが見えなかったのかも知れませんね。やっぱり、私がもっとちゃんと子どもに話をすればよかったのかも知れないと、今さら思っているテレーズです。
2004.09.18
おとといの日記に書いた「一日の時間を書き込む」実行表のことなのですが、沖縄で「教えない教育(らくだ教材)」で塾を開いているKさんが、「生徒に書いてもらおうと思って、まず自分から書いている」というので、白紙の表を送ってもらいました。それは昨日のこと。パソコンの中のエクセルの表をしばらく眺めていましたが、なかなか「つけてみよう」という気にならなくて、閉じてしまいました。今朝になって、迷いながらも印刷して、書いてみました。結構なプレッシャーです。時計を意識するようになりました。実は授業のない夏休みの間、結構ダラダラして暮らしています。しかも、ダラダラが嫌なんですが、気がつくとダラダラ…それは困るというので、予定を入れると、今度は外に出ることばかりで、家の中でやる仕事が片づかないと言う悪循環…今日の一日をつけてみました。恥ずかしいので公開はしません…しかし…じ~っと眺めていると、案外充実した一日のようにも見えてきます。ダラダラも主観的なもの?それとも、一日を記録しようと考えたとたん「意味のあることをしよう」と構えてしまったのでしょうか?バレエの先生に昨日頼まれた型紙を、さっさと作ってしまいました。この表を作ったKさんは、書いているうちに恥ずかしくて仕方がなくなったそうです。それからつけ続けていくうち、「自分を変えよう」と思わず、「自分のありのままを把握することが大事」と思えてくるようになったそう…「やらねばならぬこと」があるときには、それをどこに入れるかということだけ考えればいいと思ったと言います。う~ん、どうもわかりません。いや、言っていることがわからないのではなく、実感として分からないと言うこと。いまのダラダラを改善するためにつけるのではないって?「2時間も昼寝をした私をどうしてくれる」と言ったら、「私なんて3回も昼寝した」と励ましてくれました。なぬ?Kさんは月曜日からつけ続けていると言うことで、私にも「一週間はつけてみたら」と提案してくれました。やってみるしかない。こういうのは実験だと思うしかありません。と言うわけで、この報告は一週間後になります。楽天仲間のみなさん、もし、お時間ありましたら、テレーズの実験につきあいませんか?一時間ごとに区切ったますに、自分の「やったこと」を書き込んでいくだけです。さて、さて…
2004.09.16
栃木県で子どもを虐待したあげくに殺したという事件がありました。それも中学の先輩の連れ子という話。男二人が小さい子どもを抱えて、狭いアパートに暮らしていれば、不満もあるでしょうよ。でも、殺す前になんとかならんものかと思います。昨日聞いた話です。友だちの妹さんは、旧家に嫁いで、なかなか子どもができなくて、不妊治療を10年続けたそうです。おかげで体はぼろぼろ。40歳になったので、もう、妊娠はあきらめて、里親の希望を出したそうです。私はちっとも知らなかったのですが、こうして子どものいない人が、親が育てられない子どもを引き取るのはよくあるのだそうです。希望者はけっこう多いとか。順番待ちの中、やってきたのは男の子の兄弟。なんでもお母さんは15歳で一人目の子どもを産んで、実の母親のところに置き去りにしたとか。おばあさんに当たる人は、育てていたけれど、娘が数年後また妊娠してあらわれ、また子どもを置き去りにして行ったと言います。おばあさんは二人を育てようとしたが、子連れでは就職もむずかしくとうとう公園でホームレスのところを保護されたとか。里子に出すとき、兄弟一緒が条件だったそうです。友だちの妹さんは、こころよく二人を引き取って、自分の子どものように育てました。お習字とそろばんを習わせて…それから数年が過ぎて、上の子は小学校に入学した矢先、「本当の母親が見つかりましたから、親もとに帰します」という知らせ。こういう場合、行政の決定に逆らうわけにはいかないらしい。それもなかなか酷な話です。妹さんは、悲しいけれど、仕方がないと送り出すことにしたそうです。その決定に、悲しい思いをしているとき、生後2ヶ月の捨て子を育ててくださいと言う話が舞い込んだと言います。捨て子というのは、姓に保護されたところの市長さんの名字か、地名をもらうんだそうですね。はじめて知りました。子どもの名前と一緒に書いてある誕生日は、なんとお母さんの命日だったとか…すばやく手続きをとって、里子にしたそうです。すでに親もなくなっていて、いずれは養子にするのだそうです。妹さんは子どもをとても大事にする人のようでした。生後2ヶ月の里子が来たときは、前の二人が本当の親に引き取られる前のことだったそうです。本当のお母さんのところに行くのだとわかっている二人だけど、新しい赤ん坊のために、自分たちが追い出されるんじゃないかと思うのを、妹さんは心配したらしい。不妊治療のせいでからだが丈夫ではなく、ときどき病院に行っていたので、その赤ん坊は本当の子どもで、病気でずっと入院していたけど、やっとうちにつれてこれるようになったよと話したといいます。兄弟は納得して、妹をとてもかわいがっていたそうです。なんだか心のどこかが、ホッとあったかくなる話でした。子どもが、自分の行き先を自分で決めることができたらいいのに…血がつながっていないのに、もらわれた子どもは、育ての親に顔が似てくることってよくあるそうです。そしてこの話を聞きながら、子どもにとっては、本当の親がいいと一概には言えないと思っていました。
2004.09.15
講座で出会った中学校の先生が、担任のクラスの生徒たちに「家庭学習」の大切さを教えたくて、いろんな試みをしているという話をしてくれました。中学校ともなると、自分で学習する習慣がついている子どもから、そうでない子どもまでさまざま…30人一人ずつの事を気にかけている先生は、手始めにノートに一日の生活時間を記録することを提案したそうです。24時間の自分の時間、一体何に使っているか、記録してみたことありますか?私は一度もやったことがありません。でも、その話を聞いているうちに、やってみると面白いかもと思いました。だって、みんな同じように24時間しかないのです。だけど、どんどん仕事がはかどるひともいれば、漫然とすごす人もいる…と言うことは、時間の使い方は一人ひとり違うということでしょう。中学生たちが記録してどうなったかは興味深かったです。この先生は、勉強時間を赤、テレビの時間を黄色で塗ってみるように提案したそうです。子どもたちは、書いてみてはじめて、自分がこんなにたくさんテレビを見ていると気がついたそうです。そこから、すでに勉強時間を確保することを考える子どもがいる一方で、毎日勉強時間がゼロなのに、平気な子どももいる…先生の悩みは、ちっとも自分の勉強時間がないことを問題だと思っていない子どもたちのこと。「どうすれば、勉強するようになるんでしょう。強制するとか、したくないんです」そうですよね。強制的にさせても、きっとすぐやらなくなるはずだから…平井雷太さんの提案は、「テレビの中身を書き出すことからはじめてみれば」というものでした。とにかくまず、いま抱えている問題の、実態把握からはじまります。実態を把握するのも自分、そこからどうするかも自分の問題。テレビを見たいけど、やらなければならないことがある。どっちをやるかはとても切実な問題です。だから、その葛藤を自覚させるだけでもすごいと思うのです。生きていたら、自分の時間をどう使うかはとても大事なこと。テレビの時間が多すぎると思ったら、例えばテレビを1時間にして、どれを見るか決めるように提案してみる。実態を把握したら、具体的な解決を提案してみるのが、教師の仕事かな。もしかしたら、勉強も毎日何をやるか決めるのがいいのかもしれません。簡単にできるものからはじめて、だんだん時間を長くしていくとか…本当は、これが教師の一番大事な仕事かなと思います。つまり、先生のいないところでどうやって勉強するかをつかんでもらうこと。私も大学で同じようなことをやっています。大学生でも、自分で学ぶ時間を確保するのはむずかしい。大人も似たようなものです。でも、これさえつかめばどんなことでもできる、人生の達人になれそうです。
2004.09.14
講座ではいろんな話が出てくるので、自分が何を考えたか、何に気づいたかは書いてみないとわからないのです。一緒に講座に出たカメハハさんは、気づきをノートにたくさん書きまくっているようです。う~ん、さすがは師匠。書かないと何事もはじまらないと、体に落ちているんでしょう。私がもらった小さな気づきは、最近「書く」ことにちょっと行き詰まっていたのですが、その答えのようなものでした。 つまり「何のために書くか」の答えです。私が気づいたことは、「自分の整理のために書いている」ということでした。自分の問題に気づく方法のひとつとして、「書くこと」をあげたのですが、書いたものを誰かに読んでいろいろいってもらう以前に、書くことで、自分を整理しているということに気がつきました。というか、書かないと自分自身が整理できず、次のステップにいけないと言うことでもあります。楽天日記はついつい誰が読んでくれているかな~ときになったり、こんなことを書いたら読んでくれるかな~と思ったりするのですが、実は「自分のために書いている」ということ。だから、読んでくれる人、コメントをくれる人がありがたいということでもあるのですが…毎日書くということは、一日の自分を振り返って整理することになっているのかも知れません。よくなかったことは、そこで出してみておしまいにすることもできるし、そこから何か新しい視点が見つかるのかも。「書くこと」の力はすごいかも知れない…
2004.09.13
この三日間、午後は「学習コーディネーター実践講座」に参加していました。この講座は誰でも参加できる講座です。決まっているのは、東京から平井雷太さんという教育研究家をオブザーバーに迎えて、教育についていろんな事を話すということです。「教育」というより、「人の生き方」と言った方が近いかもしれません。講座は参加する人が作っていく講座なので、毎回何が起きるのかわからないワクワク感があります。今回も三日間、まったく違った展開になりました。講座のなかでは参加している人が、どの人も発言する機会を持ってもらいます。もちろん、話したくなかったら話さなくてもいいのですが、人の話を聞いているうち、みんなが話したくなるのはとても不思議です。話しといっても、割合と身近なことが多いのです。例えば昨日話題になっていたのは、子どもに宿題をさせたいけれど、自分でやってほしいのであれこれ子どもに働きかけるけど、なかなか、自分からやってくれなくて困った話でした。参加した人に、あなただったらどうするかと言うことを聞いていきます。みんながいろんな事を言っていきます。もちろんオブザーバーの平井雷太さんも。平井さんの話は、他の人とはかなり違った「目から鱗」の話で面白いです。子どもに対してどうするか、正しい答えがあるわけではありませんから、答えは自分で見つけるのです。でも、不思議なことに、他の人がどうするかという話を聞いていると、なんだかみんな自分の答えが見つかるようです。私も、この三日間の講座の中で、ずっと悩んでいたことに小さな答えを見つけました。答えは自分で見つけるしかないです。「生きる」って言うことは、いつも自分で答えを出すことなんでしょうね。間違った答えなんてない。とりあえず出した答えに添ってやってみて、うまくいかなかったら、また別の答えを出すだけのことです。主催する人は、そのための手がかりを講座の中でみんなが探せるように、安心して話のできるような雰囲気を作ろうとしています。つまり「教えない教育」を体験する場所なのです。この講座は全国で開かれています。もし、興味がおありでしたら、平井雷太さんのホームページにスケジュールが載っています。
2004.09.12
沖縄はなぜかこの頃天気が悪いのです。9月は台風がよく来るけど、いいお天気が多いのですけどね…そんななか、今日は夜から喜屋武のエイサーに行ってきました。喜屋武岬は沖縄本島の南のはじっこです。帰省してきている娘が、「エイサー見たい見たい」と騒いでいたら、偶然、ヤポネシアの女将にあって、女将が司会する喜屋武のエイサーが、お盆から延期になって今日あるということがわかったのです。こりゃ、なんとしてもいかなくちゃ。母は、午後の平井雷太さんの講座で、ちょっとくたびれているのですが、娘の願いを叶えてあげようと、夜9時過ぎに糸満へと車を走らせました…浦添から糸満まで、何キロあるんでしょうね~軽く40分くらいは走ったと思います。とにかく何もないところをひた走り、喜屋武と標識がでたところを曲がったら、集落が見えてきました。女将が言うには「喜屋武にいけばすぐわかります」と言うのだけど、あ、確かに。案内のお兄さんがたっていて、遠くからエイサーの音が聞こえてきます。久しぶりに本格的なエイサーを見ました。主役はやっぱり男性ですね~かっこいい~沖縄に来た頃、さんしんの音に、異国にいるという気がして、ホームシックになっていた私は、いまや音に合わせて体が揺れるのですから、時のたつのはおそろしいものです。勇壮なエイサーを二曲見た後は、老人会の盆踊り、琉舞を習っているおちびの踊りと続きます。それが子どもとは思えないうまさ。残念なことに、時折雨が降って、その度に中断。司会の女将は間を埋めるトークに必死。とうとう最後のエイサーは中止になりましたが、なんだか久しぶりに沖縄の祭りに来て、どこかワクワクしました。だってね、みんな知り合いみたいなんですよ。雨宿りしていたところで、どこかのおじさんが、おばさんに、若い男の子を「なんとかやのダイちゃん」と紹介すると「ハーあんたダイちゃんね」とおばさんびっくり…祭りのときに帰ってくる若者もいるんでしょうね~沖縄の田舎はいまだに家に鍵をかけないところも多いとか。よそ者が入るとすぐわかると言います。そんなのどかさが残っているところなのかも知れません。雨に降られはしたのですが、沖縄で子どもたちが育ってよかったな~と思いながら車を走らせました。何にもないと思っていたら、途中明かりがたくさん。電照菊です。電気の明かりにだまされている菊たち…なんと見事な明かりでしょう。幻想的な風景のなかを走ってきました。体はちょっとくたびれているのですが、気持ちのどこかがとても元気です。沖縄に移住したいという気持ち、ちょっとわかる気がしました。
2004.09.10
テストの話を書きました。視点を変えると、テストってなかなか大事なものだと思うのです。自分のできていないところ=問題点に気がつくことのできるシステムだからです。私がホームページを作るきっかけをくれたカメハハさん(つまり私の師匠です)が、今日の日記に「自分の問題点に氣づく」ということを書かれていました。実は「自分の問題に氣づく」というのは、「教えない教育」の核心に迫ることなのです。よりよい自分になりたいという気持ちは誰でも持っているでしょうが、どうすれば昨日より成長した自分になることができるか、具体的にはどうすればいいのでしょう。「できないこと」「うまくいかないこと」がその手がかりです。うまくいかないのは何がマズいかというところまで、自分を掘り下げる必要があると思います。見たくないかも知れないけど、ちょっとだけガマン。ところが、案外自分の問題ってわからないんですよね。うまくいかなかったとき一番多いのが、人のせいにすること…これは私の事です!?それから、何か別のこと(体調が悪かったとか、パソコンが調子悪かったとか…)を問題にすること。自分自身に問題があるって、あまり考えたくないのが人情と言うもの。人のことはよく見えるものですから、そうやって何でも人のせいにしている人って、なかなか自分の問題に気づいていないのがわかるでしょ~どうすればいいかというと、私がやっている方法はいくつかあります。自分でできることは、書いてみることです。失敗は早く忘れる方が良いような気もしますが、実はちゃんと処理しておいた方がいいんじゃないかと思います。変な話ですが、問題がちゃんと処理されないと、その問題は形を変えてやってくるような気がするからです。正直言って、変な怖さがあるのです。で、何が起きたか、うまくいかなかった経過を書いてみます。楽天日記もその一つですが、書いてみると見えてくることがあるのです。書いたものを人に読んでもらうこともいいと思います。他の人の目線から、見えてくるものもあります。それから、もう一つ。これは一人ではできないのですが、私に対して耳の痛いことを言ってくれる人を大事にすること。だいたいに於いて、人は相手のことを傷つけないように気遣って、問題があってもまあまあと流してしまうものです。でも、ストレートに私の問題を言ってくれる人が、何人かいます。そういう友だちを大事にすることです。ときにはムッとすることもあるのですけど…冷静になってみると、当たっていることほどムッとするような気がします。的はずれてムッとすることもあるんだけど…何でもわかってくれて、肯定してくれる友だちも大事なんだけど、ときにビシッと自分の問題を指摘してくれる友だちも大事です。年を重ねるにつれて、叱られるという体験もなくなって、とんでもないことをしていても、それを容認されてしまうのはこわいです。不思議なことに、自分が「耳の痛い話」も受け入れる気持ちになっていると、誰かが言ってくれることがあります。教師というのはどうしても、自分が一番偉い存在になりがちですから、学生の声をできるだけ聞くようにしています。耳の痛いことも言ってくれます。それを「有り難い」と思って聞けるようになると、もっと大人なんでしょうが、ムッとしながら、「でも当たってる…」と思い聞いているのが、最近の私です。まだまだ修行が足りないですね~
2004.09.09
「できないこと」とか「失敗」とか、「自分の弱点」とか、そんなものから出発して、あらたな自分への挑戦がはじまるとするならば、できないことも失敗も弱点も、悪いことじゃないなと思います。いいとか悪いとかじゃなくて、その事実をただ受け止めればいいだけのこと。だって、時間はまだまだあるのですから。これから、それを「できること」や「成功」に変えていく努力をすればいいのですよね。そんなことを考えていると、テストに対する考えが変わってきたのです。自分が学生のときは、どうしても良い点数をとることが良いことで、良くない点数をとるのが悪いこと。だから、良い点を取るために勉強すると思っていました。でも、本当は違うのです。テストを受けるのは、自分の「できないところ」を探すため。自分で自分のどこがウイークポイントかわからないから、テストを受けるんだと考えると、テストってあまり嫌なものでもなくなります。つまり、大事なのは点数ではなく、丸のついたところでもなく、自分の間違えたところです。子どもたちが小学校に入って、「テストが何点だった」と言いはじめた頃に、そんなことを考えていました。だから、点数が悪くても叱ることはせずに、「できなかったところをもう一度やり直して」と言っていました。試験で間違うということは、それがわかっていないということ。自分ができていないところがわかるのは、とても大事だよと言っていました。これは本当のことです。教科だったら、自分が習得していないところがわかるのが大事だし、人が生きていくには、自分の失敗の癖のようなものがわかるのは大事です。だって、それがないと、出発点がわからないでしょう。人はみんな少しずつでも良くなりたいと思っていると思います。昨日の自分より、ちょっとでも成長できると良いなあと。自分の変化に気がつくのはむずかしいけれど、毎日の小さなできごとの中に、それはひそんでいるのかも知れません。だから、できごとをどんなふうにとらえるかはとても大事。テストで悪い点を取ってしょげてしまうと、それで何も変わらないけれど、気を取り直して、間違ったところをやり直せば次のテストではきっともっと良い点が取れるでしょう。同じように、自分の失敗や、うまくいかなかったことを、落ち込んでしまって、早く忘れようとするよりも、気を取り直して、ちゃんと見つめた方がいいんだろうなあと思います。現実はなかなかそうもいかず、すべてを忘れるために飲みに行ったりしてしまうんですけどね…(私はあまり飲めないので、食べにいくんですが…)うまくいかないことは、それほど悪いことじゃないよ。次に進む手がかりができたんだから、とそんなふうに思えたら、また前に進むエネルギーが出てきますね。
2004.09.08
今日は朝から変な感じでした。と言うのも娘が夕方7時の飛行機で福岡に帰ることになっていたのですが、台風が福岡に向かっていて、どうなるのかわからなかったからです。昨日の飛行機だったのに、その便が欠航になって、今日の飛行機に変更してもらったのでした。最終便なら跳ぶかも知れないという判断でした。夏休みなのに、こんなに急いで帰るわけは、大学で留学試験があるからだったのです。それも一次試験に合格して、二次試験の面接。台風のせいで留学を不意にするわけにはいかないと、大学に電話を掛けさせたら、親切な対応で、試験を一週間延期してくれることになりました。それは良かったのですが、それがわかったのは、すでに、今日の最終便にチケットを変更した後の話です。一週間もずれてしまったために、娘は今日帰る意味が全くない事になってしまいました。4ヶ月ぶりの沖縄。とてもいごごちがいいらしく、数日前から「帰りたくない」を繰り返している娘です。母としても、もちょっといてもいいかなと思うくらいの滞在日数。帰る?それともキャンセルする?朝から、二人でしばらくそれを繰り返していました。次に台風が来たら、さすがにそれは困るし、今日帰った方がいいかなあ。でも、急いで帰らなくてもいいのに…と迷うことしばし。悩んでいる間にも、台風は佐賀のあたりに上陸して、福岡は交通機関が麻痺状態というテレビの速報です。飛行機が飛んで、福岡まで帰り着いたとしても、その後が困るかも知れないという不安がよぎりました。二人とも踏ん切りがつかず、「飛行機が飛んだら帰ることにするよ」と娘が決めて、出掛ける準備をはじめたら、実家の父から電話で、「西鉄が全面ストップだから、今日は帰らない方がいい」という…そこで、旅行社に電話をしてみると、日程変更も可能とのこと。娘の希望通りに、12日の日曜日に変更してもらいました。はじめからそうすればよかったのですが、自分の判断で何かをするのを避けてしまっていたようです。こういう事態になると、自分が焦るのがよくわかります。焦ると判断ミスが多くなるのも自分の傾向としてわかるのですが、待つのが苦しく、早く結論を出したくて、中途半端に運任せの決定をしてしまう傾向にあるとはじめて自覚しました。どうも、最初は物事に真っ正面から向かうのですが、しばらくするとその緊張感に負けて、身をゆだねてしまうようです。途中から努力を放棄して、運に身をゆだね、なるべくしてなったと思いたいようなのです。自分が冷静でないとき、即断ができないときには、時間をもらって、もっと誰かに意見を聞くこともできるはずなのに、むりやり判断しようとしてしまいます。こういうのって、自分の癖なんでしょうね。そして自分の思考パターンのようなものをちゃんと知っておくことは大事ですね。なぜならいつも陥る落とし穴を知っておけば、次は落ちなくてもすむかもしれないからです。同じ失敗を繰り返すのは、自分のやっていることに自覚がないからなのでしょう。教えられなくても学ぶには、自分の問題点を知ることからはじまるという気がします。フランス語だって、力を伸ばすには、自分のウイークポイントを知ることが大事ですからね。「学ぶ」ことは、何よりもまず自分を知ることからはじまるのかなあと思ったりしています。
2004.09.07
「できないこと」って、ずっと悪いことだと思っていました。何が苦手って、運動くらい苦手なものはなかったのです。自慢じゃないですが、運動音痴なんですね。通信簿の体育の欄は、いつも2。大学に行ってまで、教養の体育はすれすれの「可」でした。大人になって、運動などと二度とするものかと思っていたのに、子ども二人がある程度大きくなると、運動不足だな~と思いはじめ、ある日プールに通い始めました。運動すべてへたくそなで、泳げるはずもありません。近所の水泳教室は、なぜか、お年寄りが多く、すごくきれいというわけではないのですが、ゆっくりゆっくり、優雅に泳ぐおばあさんが何人もいました。歳を聞いてみると70代…そんな事にも刺激を受けて、ビート板でバタ足からはじまって、息継ぎができるようになると、どうにかこうにか25メートル泳げるようになりました。実にうれしかったです。小学校の体育「2」のかたきをとったような気がしました。この時に永久に「できないこと」って、あんまりないのかなあと思いました。「できない」のは「やってみないから」「続けることができないから」なのかも知れません。そして、学校教育というところで線を引いてしまったために、「できない」と思い込んだまま大人になってしまっただけなのかも知れません。運動音痴のまま、バレエをはじめて4年になりますが、体がちょっとずつ柔らかくなっている気がします。できない事って大事かも知れないと最近思っているのです。「できないこと」に焦点を当てて、自分のこれまでを振り返ってみると、教習所ではじめてハンドルを握ったとき、はじめて教壇に立って授業をしたとき、はじめてフランスに行って、ホテルの予約をしたとき…自分が「できない、どうしよう」という窮地に立たされたとき、思いがけない力がでてくる事があるのです。「できない」って思い込みもあるのかも知れません。自分の頭のなかでは「できない」と思っていることも、挑戦してみることで何かが展開する事は、何度か体験しています。(実を言うと、楽天日記もそうなのです!)生まれたばかりの赤ちゃんは、大人の目線から見ると「できないこと」だらけ。でも、いろんな失敗体験を重ねながら、だんだんと歩けるようになるし、ご飯を食べられるようになるんですね~これって、当たり前のようだけど、大事なことだと思います。子どもも大人も「できないこと」から、何かをつかまえていくのであれば、できないことは悪い事じゃないと、子どもに伝えたいと思います。「できないこと」が、目の前にでてきたのだったら、それは前に進んでいる証拠。だから、「なんだ、こんなこともできないの」って言わないように…学校をずっと優等生できた人は、できないことに挑戦するのをとっても怖がると聞いたことがあります。失敗するのがこわいからなんでしょうか。オリンピックの選手たちの活躍が、あんなにも私たちの心を惹きつけるのは、彼らが常にできないことに挑戦し続けているからなのかも知れません。いくつになっても「できないこと」に向かっていく自分でいられたら…と思います。幸いにして、「できないこと」が山ほどあるので…
2004.09.06
外はすごい嵐です。今頃、台風の中心が、名護市(本島北部)を通り過ぎているところのようです。台風18号は、昨日の予報では今日の昼頃に沖縄本島に近づくということだったので、昨日はなんの対策もしないで寝てしまいました。妙に風が強いな~と思い、朝方テレビをつけたら、見事に暴風警報が出ていました。あわてて水を確保しました。台風で一番困るのが「停電」。パソコンができないのはもちろんですが、我が団地は、地下のタンクから水をポンプでくみ上げているので、停電即断水なのです。困ったものです。そんなわけで、まず、断水対策。それから、停電対策です。20年も住んでいると、年に4,5回はあるので、あわてることはないのですが…なななんと、電池が切れていることがわかり、夫と車で買い物に行こうとしたのですが、すごい風と雨です。あきらめて、今日は一日家にいることにしました。2時頃、お昼を食べ終わって、さて皿洗い!と思ったとたん、フッと電気が消えました。ヒヤーと家中で悲鳴。でも、数分後につきました。ラッキー!これじゃ、いつ停電しても不思議じゃないのです。要するに強い風に、電線その他がどのくらい持ちこたえられるかという事なので、停電は時間の問題です。停電してしまったら、工事の人が危険ですから、修復は台風が静まるまで待つしかありません。夕方5時頃、風が急に静まって、電池と食料を買いに、スーパーまで行きました。駐車場はいっぱいです。食料品は入荷がないのでしょうね。生鮮品はほとんど売り切れです。台風が来ると、本土からのものが届かないし、県内の野菜は出荷できないので、野菜がすごく高くなります。それも、沖縄に住むようになってはじめて知ったことでした。明日出発の、息子の修学旅行は延期が決まりました。明日午後、福岡に帰る娘の飛行機は、でるかどうか微妙なところです。明日になってみないと何ともわからないです。沖縄では、こんなとき「なんくるないさ~」と言います。なんとかなるよ~って感じでしょうか。心配しても仕方がないので、今日はのんびりしていましょう。おかげで、夫と娘はハリー・ポッターをゆっくり読めたようです!
2004.09.05
ロシアの事件にショックを受けています。学校がテロの標的になったら、親はどうにもできないなあと…子どもを失うことほどつらい事はないのじゃないかと思ってしまいました。教育について、子育てについて、あれこれ言っていられるのも、平和だからなんだと、あらためてそんなことを考えています。気を取り直して、教育の話をもうちょっと。小雨さんの書き込みにもありましたが、「自分の学び方を学ぶ」というのは、すぐにできるものではありません。私自身にしても、いまだに試行錯誤中です。それでも、おぼろげに自分なりの何かをつかんでいるのは、これまでたくさん失敗してきたからです。三日坊主でやめてしまったこと、数知れず…勉強に限りませんが、小雨さんの書かれているように、「子どもは失敗しながら学んでいく」のは間違いのないところです。どうも、「親心」というのは、お節介に、子どもの失敗しないような道を作ろうとしがちです。つまずこうとすると、先を越して、手を出したりする…けれど、多かれ少なかれ、失敗のない人生なんてあり得ないのですから、失敗体験のないまま大人になったら、失敗をすごく怖がる様になってしまいそうです。なんというか、子ども時代に失敗の体験を重ねることってとても大事だし、親にできるのは安心して失敗できる環境を作ることなんじゃないかと思うのです。失敗したとき責めたりせず、「うまくいかなくても大丈夫。どうすればいいか、一緒に考えよう」ということができたらいいなと…うまくいかないことはあるし、うまくいかないことが悪いんじゃない。何が問題かを考えて、次はちゃんとできるのなら、そっちの方が大事だと思っているのです。要は、自分で問題を解決する力というのは、失敗をすることと、それを自分で引き受けて、対策を練ることでつくような気がするからです。娘は学校で友達を作るのが苦手。ときどきトラブルを起こしていました。そんな時、PTA役員をやっていた私は、直接先生に訴えていたのですが、あまりうまくいかなかったのです。中学生になったのを期に、そういう形の援助を一切やめました。娘の話を聞くだけにしていました。最初は「お母さん、学校に行って」と言っていたのに、「中学生だから、自分でどうするか考えてね。」と諭すと、自分で解決を探しはじめました。子どもがつらそうにしているとき、親はもっとつらいのです。子どもの失敗は、失敗そのものが嫌というより、失敗してつらそうにしている子どもを見るのがつらいから、ついつい手助けをしてしまうのかも知れないと思います。この時の事を娘が後から、「すごく大変だったけれど、あれがあるから大人になれた」といっていました。この時の苦しい体験から、人との関わり方を学んだようでした。経験からしか学べないことがたくさんあります。だから、失敗体験というのは貴重だなと思います。小さい子どもを見ていると、どんなことにでも果敢に挑戦していきます。何度も転びながら歩けるようになっていくのだから、人は本来、失敗を重ねながら、学んでいくようにできているのかも知れません。大学も含めて、教育の現場というのは、「安心して失敗できる空間」であるべきなのかも知れません。フランス語の授業では、みんな、安心して間違えています。だって「はじめから間違えないで話せるんだったら、授業に来る必要はないよ。間違えるから、大学で習っているんでしょ」と私が言うからです。はじめからちゃんとできるんだったら、学ぶ意味もないでしょ?失敗することは、つまり、できないことに挑戦しているということの証でもあるんでしょうねえ。
2004.09.04
最近、周囲に中学受験をする子どもが多いのですが、「中学受験は親の力」というのは、かなり当たっているような気がします。小学生の間は、親が勉強のコントロールをするのは、さほどむずかしくないような気がします。ところが中学生になると、ほとんど親の強制力も届かなくなるようです。「小学校のときは、『もうやめて寝たら』と何度も言うくらい勉強していたのに、中学になったらほどんどやらなくなった」という話を何人かのお母さんから聞きました。子どもが勉強しなくなる理由はさまざまですが、こういうとき、子どもの勉強は誰かがコントロールするものだと思っていると、困ります。中学生になると脅しもきかないし、『勉強しなさい』と言い続けることで、親子関係を深刻なものにしてしまうかも知れません。反抗期という名の自我の芽生えを迎えるまでの間に、「学ぶということは、誰かにいわれてやるものではなく、自分のためにやるものだ」とどこかで感じてくれるのがいいのだろうと思っています。結局、人はどこかで自立しないといけない時が来るからで、学校や教師や受験といったものと関係がなくなっても、人は学び続けるからです。かくいう私も中学受験をしたくちです。40年前に…ちなみに、中学受験は合格したものの、高校受験、大学受験と失敗を重ねました。敗因はいろいろありますが、だいたいに於いて「コツコツ」が苦手でした。いま振り返ってみると要領が悪く、集中力がないのに加えて、むら気で、やりたくない事はやらない主義でした。自分自身が学校や受験と縁のなくなった今頃になって、自分のフランス語の力を伸ばすにはどうすればいいのだろうと、かなり真剣に思っています。中学以降の教育は、どうも「科目の内容を学ぶ」と「学び方を学ぶ」の二本立てでやる必要があると思います。総合学習などもその視点で進めていくと実りが多いように思うのですが…私が最近大学でやっているのは「フランス語を学ぶ」と「フランス語の学び方を探りながら一人ひとりが学び方を探る」というようなことです。学ぶ方法は一人ずつ違います。どのやり方が自分にあっているか、その人にしかわからないことです。だから、いろいろな方法を提案するのですが、決めるのはその人自身ですある日突然会社で「次のTOIECで、450点に満たなければリストラの対象になります」と言い渡されたとき、あなたはどうしますか?これは、実際に聞いた話です。どうやら、自分をどうコントロールするかが、これからの時代には重要になる気がします。やりたくなくてもやらなければならないことは、たくさんあるのです。要は自分で自分に「強制力」を働かせる方法を会得することなのだろうと思います。
2004.09.03
カメハハさんから、子どもさんの宿題についての書き込みがあったので、自分の子どもに関しては、私もあれこれ迷いながらやってきたことを思い出しました。「教えない教育」なるものを提唱する平井雷太さんにであったのは、かれこれ4年くらい前のことですから、子どもたちが小さいときは、自分なりに悩んでいました。いま大学生の娘が小学生のとき流行っていたのは、岸本裕史さんの『見える学力、見えない学力』という本です。いま流行っている、『百マス計算』で有名な陰山さんは岸本さんのお弟子さんです。百マス計算も確か岸本さんの考案だったと思います。岸本さんの理論は、ものすごくコンパクトにまとめてしまうと、「子どもの学力は、毎日の積み重ねである」という事であり、日々の学習習慣をつけることや、テレビを見る時間を管理したり、食事をきちんととるようにすることが学力に直接関係があるというようなことでした。子どもの通う小学校の先生とずいぶん話をしましたが、小学生の間は、誰かが家庭での学習の習慣を作る手助けをするのが一番いいようです。もちろん、長い時間をやる必要はなく、簡単にできるものが良いような気がします。要は「勉強させる」ではなく、子ども自身が毎日机に座って勉強するのが当たり前という感じに持っていくこと。子どもの通う小学校では、必ず日記を書くことになっていました。それと国語の本の音読。私はそれに岸本さんの作った算数のドリルを買ってきて、子どもと話して1日1枚と決めていました。ピアノを習っていたので、それにピアノの練習が10分くらいでしたっけ。全部で30分もすればいい方でしたが、なるべく毎日やるように声掛けしていました。学校の宿題が多いときは、それによってうちでやるものを減らしていましたし、体調が悪いときはもちろんパス。小学生には毎日の勉強の計画を立てるのはむずかしいので、「ドリルを一日一枚」みたいな決め方がいいのかもしれません。「その日の復習をしましょう」なんていわれてもきっと困りますよね。強制的にさせていた覚えはあんまりなくて、学校から連れて帰って、おやつを食べさせたら、しばらくして「はい、今日の分の勉強は?」と声を掛けて机に向かわせていたのです。この話を他のお母さんにすると、「うちの子は絶対やらない」とか「テレーズさんちは優秀だから(ホントは違います)」と言われていたので、誰にでも使える方法かどうかは定かではありません。はじめた時期は小学1年生からだったので、子どもが勉強や学校や宿題が新鮮だったからうまく行ったのかも知れません。2年目以降は、ほとんど「勉強しなさい」と言った覚えがありません。ただ、夏休みは、宿題を済ませてから遊ぶという約束を取り付けて、結構うるさくさせていたようにも思います。実家の父が「教育ママだなあ~」といっていましたから。強制力が必要なのは、「学ぶこと」には段階があって、ある段階まで行かないとおもしろさがわからないということがあるからなのだと思います。算数の計算は、何度か繰り返してスラスラできるようになると、おもしろさがわかってきます。漢字なども、ある程度読めるようになると、本を読むのが楽しくなるのですが、読めないものが多いといやになるんだと思うのです。ピアノやバレエのようなものもそうで、基礎的な事をある程度身につけないと、本当のおもしろさがわかるところまでは行きません。これを「わかる」から「できる」への転換と言ってもいいのかもしれません。「できる」というのは「身につく」事で、たぶんそこに行くまではある程度の時間、続けることが必要で、それを助けるために、ときには強制力を使う必要があるのだろうと思います。「強制力」というのは、強い薬のようなもので、使わなくてよければそれにこしたことはありませんが、ここぞというときには必要なのだろうと思っています。
2004.09.02
全27件 (27件中 1-27件目)
1