全24件 (24件中 1-24件目)
1
もめるわけもめごとが解消をする方法はあるのです。それは、相手が言っていることは、感情だ、と気が付くこと。たとえば、「あなただけ、こんなふうにああして、こうしてこんなんで、ずるい」というときに皆さんは、「そんなことをしていない!!!」と、事実を証明するために戦ってしまうのです。でもあらゆる人間の、さまざまな、葛藤や争いって感情から出てきているものです。寂しかったり、恨んでいたり、怒っていたり。だからここで戦ったって無理です。さらに、あなた自身も、「それって違う、自分はそんなことしていない」という「感情」に則られているので、実は感情は事実と違うことを必死になって言うので双方がすれ違います。だから、気持ちとしては、「あなたはそういうことがしたいんだねそういうふうに不公平と思っているんだ」という「気持ちがあることは」認めでも、私はこれと、これは、こういうつもりでこうしていてこうだから」と言い切ることで、争いは収まります。この言い切るときには、ここがコツなのですが、「相手が分かってくれないと」という感情を捨てないとならないです。相手が分かってくれないと、怖い、と思うときって反応なんです、つまり、動物として戦う本能です。だから相手も動物として戦ってきます。(ACRの理論です)なので、相手が分かってくれないと、ではなくて「私は、(私にとっては)これとこれは、こういうつもりでこうしています」と言い切って、その後のひどい争いには耳をかさずにすこしお互いに頭をひやしましょう、と距離を置くことです。実はこれは、自分自身にも何が起きているのかを知る良い訓練ではあるとは思います。更にこの、相手の感情は相手の感情、自分はこうでこうと言い切れる精神状態になるご褒美は、こういう話し方をできる方っていずれ相手が意地悪をしている人でも、急にあなたを理解してくれる時がたくさん出てくることです。そのきっかけは、あるときにその人(あなたか相手のどちらか、あるいは双方)は泣いてしまうかもしれません。あるときから、感情が湧き出て今までにない言葉をかけるかもしれません。今までにないことが起きて、その中で、さまざまな新しい段階や理解や流れが生まれたりもします。
2016.01.30
無料相談です。何件かいただいているのに、ご相談に乗れなかった方々には本当に申し訳ないです。1月28日のブログ「寂しい」を読んでいて気になったので相談させてください。最近、妹の不機嫌っぷりが半端ないです。彼女は彼女で事情があるのだろうし彼女が不機嫌なことは問題ありません。それを気にしてしまう自分に困っています。妹が不機嫌だと自分も不機嫌になり、妹の不機嫌に同調してしまう自分が嫌です。彼女の顔色をうかがってしまうのでその場から離れてみたりもするのですが、毎日なので気持ちが滅入るのと囚われてしまう自分がいます。妹が他の家族と打ち解けて話しているとどうしてこんなにも自分にだけ不機嫌なんだろうというふうな方向に行き、私は相手が温かく機嫌よく話してくれないと受け入れられていないと感じわたしのことが嫌だからこうなんだと思うみたいです。こんな自分をどうにかしたいです。もし良ければ、相談にのってください。よろしくお願いします。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーとても興味深いことに、実は問題の解決って一つではなく時間軸に従って回答方法がそれぞれ瞬時に出てきます。いまから説明をします。まず最初に、ACRでは、皆さんのさまざまな感情は「幼少期に見て学んで自動的に起きてくるもの」だと理解をしています。たとえば、ほかの動物に育てられたお子さんたちはそれが幼少期であれば、後から人間的な生活をするのが難しく、動物同志の会話を学んでいます。そしてまた、犬に育てられた猫は猫っぽく (しぐさが猫です)猫に育てられた犬は猫っぽくなります。 (犬のようにはあはあ、呼吸をしたりします)皆さんは、トラウマ、と思っておられるんですがそれ以前に「さまざまな対話方法や愛情の示し方問題解決の仕方を「プログラムされる、なぜならいちいちそれを考えていたら、混乱をするから」ということなんです。そのために、なめなめをするのが愛情だと育てばそれが幼少期であれば、頭を撫でられるよりももっとなめられるような感覚のほうが、愛情を感じるそれが幼少期に動物に育てられたお子さんたちの姿です。そして、吠えるのが悲しみの表現だとしたら、吠えます。また犬に育てられたら、的に対しては牙をむくという怒りの感情を感じて恐怖というよりも戦う方にっ訓練づけられるようなことはあると思います。さて、問題解決に際しては、何度もここでお伝えをしているように、まず、自分の問題と人の問題をきちんと整理をして区別をしないとうまくは解決ができないです。ある程度まではうまくいっても、そこに限界があります。人とその人との関係性の中でそのためにとても大事なことは、「距離を置く」ということが確かにあげられます。その人自身が、その人の解決のために時間や空間を置いて落ち着かないと、二人でごったごったになるということなんですね。しかし同時に、(ここが複数の解決方法が同時に起きるという意味ですが)あなたの心の中で、「これをしたほうがいい、したい」というのがあるはずなのです。それが、とても大切です。自分の正義のために、それはしていかないと自分が不安定になります。しかし問題は、その解決方法が皆さん、出ないんです。出にくいんです。なぜなら、今お話をしたように幼少期からの、感情のパターンがあるために、感情が勝手に湧いて、勝手にどこか違うところへ引っ張ってしまうからです。だから、「あ、こういうのがいいな」と思う前に、勝手に感情が湧いていろいろ制限をかけてしまうのです。感情は最初の感情だけが正しいとされていますが、(そういう理論もあります)そしてその次からどんどんわくのは、思い込みによる感情です。たとえば、叱り飛ばす、相手が不機嫌だと怒鳴り散らしていた家族に育てば、その人を叱り飛ばしたり激しい喧嘩になってしまうため、もう何がしたいのか、わからないです。それであれば、その人の本質から出る回答がわかることはないので、距離を置いた方が良いです。あるいは、自分を犠牲にして、全部自分が犠牲にならないと凄い罪悪感が湧いてしまうのを見て育てばそうなります。すると、相手が不機嫌だと必死に媚びる場合もあるでしょう。それも、感情に巻き込まれすぎでその人が本当にしたらいいことがわかっていないために距離を置いた方が良いです。なぜならこの場合の行動は相手のためではなく、完全に自分の恐怖心に操られた一時的に問題を隠してしまうような回答になるからです。また、介入をして理性で説教をするような姿勢をどこかで身に着けてしまっているとすると、それを相手はとても負担に思っているとしても効果的ではないとしても、自分が説教をしてしないと、という感情に巻き込まれてしまっています。そして冷静に見守っていい部分や、時間がかかる部分がわからいままに説教を続けたりする方もおられると思います。つまり、その人は、距離を置くだけではなく実はその人本来の対人関係をうまくする方法があるのですが、勝手に幼少期から学んできてしまった何らかの感情が動いて其方に引っ張られるため、本来の力が使えていない、ということなんです。そこからいえば、距離を置くことは正しいのですが、もしあなたが、そういった、怖い、何とかしないと、というような感情からではなくそれらはそれらとしてあるなあ、とそのままにして置いたのちにふと、「ああ、こんなことはした方が良いな」と思ったときにそれは回答の一つだからすればいい、という事は言えます。通常、自分の心がかなり穏やかであると、次の日にはさまざまな回答が押し寄せてくることがあります。これは睡眠を深いレベルで取った脳の自然な働きには思います。しかし回答が湧いてくるのって、年月をへて、ふと、ああ、そうだった、こうだったなあ、と気づくこともあると思うのです。しかし、今のところ、私が良いな、と思うのは彼女は貴方に助けを求めていて、彼女の問題をあなたに整理をしてほしいというような感情をお持ちに思います。そのために、「不機嫌でこっちも嫌なんだけれど。あなたが不機嫌で何か解消をしたいならば私に説明をするのは、あなたがしないとならないよ。」とまず、彼女が感じている気持ちを解消をしたければ彼女から働きかけなければならない訓練はしないとなりません。彼女は今、不機嫌であなたに何かを言いたいのですがその責任を放棄したまま、どこか感情的な部分に行ってしまったのです。そのうえで、彼女が説明をするかしないかは、彼女の問題、とそこは区切ってよく、八つ当たりしたいのはわかるけれど、でも私はいやだから、としっかりこの部分はもっていてよく、家族の中で誰の問題かわからないままに、皆がごっちゃに不安になっいるなあという自覚をしたうえで、穏やかにいる工夫をします。そのうえで、何をどこまで助けたいかそのうちにわかってくるでしょうからそれをキチンと伝えることです。また、彼女が仮にいろいろと言ってきたとしても、あるいはその問題が出た時に、あなたのせいに何かをしているのであれば、「これとこれはあなたが整理をしないとならないねでもここについては、あなたがこういう事を回復するためには手伝うよ」というような方向ではあるのだろうと思います。まあ、これって、表面上で答えているだけなんで、これらをしようとすると、問題がちゃんと浮き彫りになるでしょうから、そこから、距離をちゃんとおく、誰の気持ちの問題(つまりその気持ちは誰が持っているのか、持っている本人が解消をする)なのかをきちんと区切る、そのうえで、自分ができることとできないことをしっかり見極めておく援助をするとしたら、相手の自主性を重んじて相手の問題を自分が解決をするのではなく、相手が解決する手伝いをすること、気持ちは楽にたもっていい、何度でも巻き込まれる自分の感情に注意をし、そこから行動ではなく「あ、今怖がっているなあ」「妹の感情で不機嫌になっているなあ」とそれをただ湧いたらほっておく、そこから考え込まない、そして自分の好きなことをする。ということをふまえながら、次の段階に行くのだと思います。無料相談は acrsoudan(a)yahoo.co.jp にお願いします。(a) を@に変えてご送信ください。なお、相談内容はなるべく短めに、それと、その方の状態を全部聞いているのではないので「その段階でわかる回答」になります。また、皆さんにご回答はできませんが、すみません。ただし、どんな相談でも、私は偏見をもったり変な人、とは思わないほうではあると思うので、そこは安心をされて良いかと思います。http://www.acoreading.com
2016.01.30
おもしろいと思いませんか?何もかもうまくいかない、と思っている方でもほかの心配事があるときって、もう片方の方はうまくいかせられたりします。今までうまくいかない、と思っていたことでもすこしアドバイスをすると、うまくいってしまうんですね。しかもかなり!!たとえば、仕事が今までうまくいっていない人で恋愛ですごーく悩んでほかの悩みが消えてしまったりして。すると、仕事のほうは少しコツをお話しすると、それがすんなりできていたりします。どうも、心配をして、アドバイスに逆らう余力がなかったり、ほかの事が心配すぎると、その問題が気になっていないで考えずに動くからに思います。逆に仕事で悩んでいる人は、こちらばかり深刻だとすると恋愛はなんとなーくうまく進められます。今までなかったようないい塩梅のことも経験をしておられるのです。悩み事が大きすぎて見えていないみたいなんだけど。上手く言っていて、今まで会えなかった仕事に出会ったり今まで恋愛が始まらなかったのが始まっていたりします。だから気になって仕方がない事って、余計なきばりがあるんだろうあと思います。それと、心配ってどうしてもしないとならない癖がある方だと、そちらを悩んでいる方が、人生がバランスを取れてしまうのかもしれません。子どものことを真剣に悩めなくなって、夫の浮気ばかりが気になったりとか、子どものことが気になっているから、夫のことはどうでもよいなど。それを思うと、心配は貴方を助けてくれていることもあるのでしょう。そうなんです。実はその問題は、ほかの問題を避けるためというときもあるのです。それと、心配だけどなんとかなるだろうというように持っていくことは重要です。おもしろいゲームとしては、「私の悩みはこっちなんだよねー」と頭を抱えてほかの事を悩んでいるふりをしたら、つまり、ふりです。そっちは(うまくいかせたいことは)余り困っていないと暗示をかけるんです。片目で問題をみます。そうしたら、上手くいかせたい方が回りはじめたりもあります。
2016.01.29
おはようございます。本当に面白いと思います。皆さんが嫌だな、と思う事柄って、ある感情にとらわれてしまって、実は自分の本当にしたいことが分からなくなっている事だからです。自分につながらなくなってしまってどうしていいのかはわかっていないけれど、嫌なのはわかっていて。そしてそれが相手が、環境がこうかわれ、とイライラしていたり、「ある感情」に結びついてしまっていて嫌だ、あの人は嫌だ、となってしまっていることだからです。あの人、いやだなーと思った、とします。こんなふうに言うなんて、あんなことを言うなんて。でもそれは、あれ、これをこうしたかったんだ、と気づくためであってそう気づいたとたんに、その気持ちは全く変化をします。ただ、この経験がないんです。ないからセッションで幼少期に戻って経験をするのですね。 常識的に言ってここは心配な部分怒る部分、悲しい部分というのは、訓練づけられていて当たり前です。しかし、そういったことのとらわれから抜け出られたとすれば、ああこんなすっきりするんだな、ってそうすると現在もできるようになるからですね。近日私にあった例をあげるならば、急に本が読みたくなって、3冊購入をしました。すると、全部言っていることは、合っているんですが、全部「何かが」違うんですね。こういうのは初めてで、通常、私は、どんな本を読んでもそれがきちんと整備をされた本であるならば、その人なりにちゃんと信じていることを書いているならば、うん、この部分はわかる、と思うのですが、何か違うんですね。なにか楽しくなはははい!と感じてしまいこれは初めての感覚だったので、あ、何か新しい局面に来たな、と思いました。というのは、何か違うことが起きているとき、常に私は新しい発見がありました。大きなことではなくても自分にとっては大事な発見であったからです。そうしてそういう何か抜けるときって、プラスの感情ではなくてマイナスの感情が湧くことも多いんです。本を並べて、なんで3冊とも違うんだろう、と思ったときに、急に気が付いたんですね。3冊、無意識に手に取った順ですぐに買ってきたのに、、同じことを、三方向から見た本だったんです。一つは、科学的に成功をするための本。全く引き寄せの法則などを否定し、そして、どうやったらやる気が出るのか、というのを実験検証により、解き明かしている本。もう一冊は、なるべく科学的にという方向から書いた、引き寄せの本。それを実験により体験によりわからせようとしている本。もう一冊は完全なスピリチャル、完全に「科学的な」アプローチを否定して、あるがままに、を勧めている本。全部私にはわかりますし、でも全部違和感がありました。私としてはおそらく軽い違和感に感じましたが、でもこういう違和感って過去はもっと違う感情で感じてしまったかもしれません。たとえば、人によっては、「え、この本、いやだぁ、深くない」と感じてしまう感覚なのだと思います。そして、ご両親が何かと強い非難をしたり、テレビを見るたびに悪口を言っていたら、そういう感覚は体にしみこみます。そして本人も、何かと2チャンネルに書き込む方であれば、「嫌いだな、この本」とアマゾンに書き込んでしまうやや強めの、いやだ感覚、嫌悪感に引っ張られがちかもしれません。(つまり違和感がくせによって違う方向に行っているという事)あるいは、自分を責めるタイプの人がこの感覚を感じると、「ちょっと変な感じがする。私はわかりたいのに、分からないから、うまくいかないんじゃないかな?」と必ずなんとなく不安となんとなく知らないとという感覚に陥ります。「私はこれをわからないとうまくいかないんじゃないかしら、ベストセラーなんだから」と感じるような感覚だったのだと思います。(面白いでしょう?同じ感覚が、その人のくせで感じる感情が違っちゃうのは)そうしてその違和感がなぜ湧いたかと感じるときに、ちょっと目の前が明るくなった、というか。私にとってはこの3冊は全部真実だけれど、ほかの事柄を否定しながらなりたっていて、でも実は全部、ちゃんと説明がつくし、全部ちゃんとこういう場合はこちらを使うという、全部を使わせてくれる本がない、という事に気が付いたからです。「この3つは全然矛盾をしていなくて、しかも適切に全部の要因を、わかりやすく伝えること」を私はしたくて、でも、今はそれがどうできるかを、待っている状態で、しかもカウンセリングでちゃんとそれらについてきちんとした方向付けをして取り入れたいのだと思います。あ、でも実はもっと違う方向です。そこはだんだんと今後クリアーになっていくことでしょうけれど。まあ要は理屈はどうでもよくて、「ああ私ってこういうひとなんだこういう方向性があるんだな」と、普段気が付かないことに気が付くと問題が違う局面に変化をしていくということなんです。そしてそれはイヤーな感覚からわかるんですが(望んでいる方向ではないと教えてはくれている)、でも自分のくせの感情に引っ張られるからそれが気づけない、という話でした。そしてそれを分析しようとせずに気楽にいなさい、ほかのことをしていなさい、というのは、スピリチャルの考え方でよいと思います。(考え込んだり分析をすると、変なほうにとらわれるから)その時の気づきはやがて勝手に叶うことでしょうから。気づきがセッションやセミナー、そのほかであった方は書き留めておかれ手も面白いとは思います。いつの間にか時間をかけて叶っていることも多いでしょうから。http://www.acoreading.com
2016.01.29
寂しくて温かなことばを聞きたいときにはそれをわかってもらえないとこころが砕けるように辛いですよね。以下の文章は、寂しくてわかってもらいたい方々には少し不向きかもしれません。もう少し、孤独があるなあ、抜け出られたらなーと力が出た時に読まれてみてくださいね。こんにちは。最近人との仲良くなり方がわからなくなりました。友達ってどうやって作るんやったっけ?ってなります。私には癖で重大に思えることが、癖がない周りからみると、大したことないことで大げさに傷ついたり無理したりしてみえるのかと思うと、とても恥ずかしくて、素直に私の癖を告白することもできません。癖から抜け出せてないし、癖のある今の自分を恥じる気持ちもあって、人と何を話して良いか分からないです。今は孤独に耐えるしかないんでしょうか?こんにちは、感情は物事を大きく見せてしまいます。しかもそれは、かなり個人的な世界です。そこから抜け出られると、たくさんの良いことが起きるのも事実です。つまり、感情は勝手に湧いてきてそしてそれは感情なのにいつの間にか人はそれを真実だと思ってしまうのです。さて、大したことがないので大げさに傷ついたり無理をしたりというのはぜんぜん恥ずかしいことではありません。別に告白をすると言う大げさなものではないんです。言っても別にいいけれど、言わなくてお別によくてそして言ったからといって誰にでもあることですからあまり極端にお考えにならないようにね。ご自身が、人との関係性の中で、起きている事柄一つ一つにお気持ちを砕いておられるのはよくわかります。でも、何か人と仲良くない、うまくいっていないとそこに意識が行きすぎておられるご様子もうかがえます。小さな、人と話をしていて、相手が笑わないとか、そういう出来事があるたびに、うまくいっていないと感じる感受性が高いのです。ご相談者の方は、ご結婚もされておられるし、お子さんもいらっしゃるとのこと。それであれば、友達がいなくて孤独、というのは、孤独だという思いに語らわれすぎてしまうのだとは思います。うまくいっている世界がたとえあったとしても、ずっとずっと孤独なのは、人と仲良くなれないからではありません。あなたは、ご結婚をされたらこの孤独が消えると思ったかもしれません。同じように、友達ができてもこの孤独は消えないのです。そして同じように、今結婚をしていない方々が孤独だと感じているのであればそれは不思議とまたあらわらわれてきたりもします。あなたご自身が常に、「うまくいっていない、仲良くない私が思っているのと違う」と何かと比べている限り、その問題は常にあなたにつきまとうでしょう。あなたには会社で普通に話せる人々が周りにいてあなたには、家族もいてあなたには、実は一人で静かに痛い個性かもしれないのに何か大騒ぎをしてくれないとか、話が乗れないとか、そこから、「孤独なはずだ」「こんなにうまくいっていないはずだ」という囚われもおありに思います。ほかの方々もそうなんです。別に人と交わりたくもないのに一緒にいないとさびしくてならない時、いつ頃からかあなたは孤独なはずだ、という事にとらわれて抜けられなくなってしまったのです。こうではないから孤独なはずだ、という感情はつよく人を縛ってしまいます。幼少期、これであれば、ご家族といても自分だけが受け止められていない感覚はおありであったことでしょう。たとえ親が一緒にいても、別に大きな問題がなくても孤独なお子さんたちはたくさんおられます。そしてこの問題は、結婚をしていないで孤独である方々、友達と大騒ぎをしていても心が分かち合えないで孤独な方々、と言った方々へも通じる答えであるとは思います。あなたが孤独だと信じているのはなぜですか?どんな幻想が、どんな理想が、今のままのあなたを楽しませてはくれなくなりましたか?わんちゃんやねこちゃんは、その場にいて大好きなわんちゃんやねこちゃんと、楽しんでいます。彼らは決して、「相手がこの通りではないからこんなに孤独なはずだ」という幻想にとらわれはしないのです。今のあなたが孤独でないと気づけば、毎日の会話の中に「ああ孤独だ」「この人は受け止めてくれていない」とこころにひきこもる代わりに、小さな喜びを見いだせることでしょう。その時には、人は貴方と一緒にいたという事に気が付くこともあるのです。人がいないから構ってくれないから孤独なのではなく、人がいないとかまってくれないと私は孤独だという思いが人を遠ざけてしまうのです。かまってくれなくても、人がいないときも、別に孤独ではないとわかっている人々は人がよって来たりします。御おしろいですよね。私もその孤独は、同じ癖を持っていましたからよくわかります人が自分を入れてくれない、ぜんぜん関心を払ってくれないように思えるのですよね。焦らなくてよいです。でも気づいてくださいね。今のあなたには、実は何も問題がないことを。寂しいんだな、悲しいんだなでも問題がないのかも。寂しいなあーそして自然にいるときに、どんな暖かい関係ができるかも試してみてくださいね。無料相談は acrsoudan(a)yahoo.co.jp(a) は、@ に変えてください。まで お願いします。短くお願いします。全員にお答えできませんがすみません。http://www.acoreading.com天野
2016.01.28
曖昧な言い方と具体的な言い方 具体的に問題の解消をするように書いていくことはブログのアクセス数を集めたり、人に文章でわかってもらうためにはとても大切な技能です。 しかし、曖昧な言い方が役に立つことがあって、それは、その人たちが自分たちの答えを出すのに妨げにならない点です。 具体的に話をしてしまったとき、その人がまだ、そちらに行きたいことが確定をしていなかったとします。 まだ、ほかの経験が必要だったり、そちらに行きたいとはしても、ちょっとずれていてそのずれの修正をしないと成功をしないとか。そのために、まだ、たくさんのことを経験をしている段階だとします。 そういう場合には、具体的に言ってしまうことで、余計なほうに引っ張られてしまう事があるのです。相手は、具体的に聞いたので答えはわかっているのに、うまくいかない、という事が出てきます。 たとえば恋愛で、人に優しく、傷つけないように、と権威者が言ったとします。すごーく具体的に、1から10までこう優しくしなさい、と言ったとします。それが恋愛が成功をする方法だと。 そうすると、曖昧に優しい方がいいよね、みたいに言われた場合、その人は頭の片隅にそれがあって優しくはしつつも、相手が自分を好きになれるのかとか、それから、時には自分が意見を言っても受け入れてくれている相手もいたり、自分の感覚にもしたがってその答えを使っていきます。だから多角的にいろいろ見えていることがあります。 しかし、1から10までの方法を聞いて、それを全部しないといけない気になってしまった、としたら、とても狭い視野で頑張ってしまう事が出てきたりもします。相手の状態や自分がしていくとでてくる局面が見えなくなって「これが当てはまっている?あれは当てはまっている?」ということしかあたまになくなったりします。 これはあらゆる分野で出てきているかもしれません。1から10まで素直にその方法を使って成功をするときそれはその方法があっているときです。あっているものです。でも1から10までその方法を使って成功をしないとき、それはそれに縛られずに、もっと違うことが起きていることを見ていかなければならないときなのかもしれません。そしてそれは、「こうすべきだ」という考えがあっては見えない何かなのです。 そういった意味で、曖昧な文章は、その人の長きに渡って役にたつことがあります。具体的な1から10までしたらいいよ、という書き方はとても役に立つ方法で使いやすくはあるのですが、「その人にとっては」ということを考えて使わせてあげる必要はあるように思います。--------------------- 貴方が今、何かに使っている方法は有効ではないのかもしれません。潜在意識からの答えを探します。http://www.acoreading.com
2016.01.28
どうして失敗をするのに聞かないのかの直し方相手を見ていて、どうして相手がそんなに失敗をするのに直らないのか、とイライラしてしまう事があるでしょう。セッションでは時々、面白いことが起きるんです。それは、ぐちゃぐちゃな状態で、言うことはぐちゃぐちゃでもやっていることが、しっかりしていることが出てくるんですね。たとえば、仕事なんて大嫌い、世の中の人皆いなくなれ、みたいなぐちゃぐちゃなことを言っていて書くのは2チャンネルに悪口、とか。強烈でしょ?でも、その方々だってセッションをしていると、同じことを言っているのにすなわち、ほかの人から見たら、表面上は何にも直っていないのに、行動はちゃんと就職を始めたり、ちゃんと好きだという態度を表していたり、しかもそれを、気が付かないうちにあっていたり、そして感情がないと思っていたのに、セッションであの人に悪かったなーと泣いたり、いろんなことが起きてきます。これは何の話をしているか、というと、皆さんは言葉だけで相手を理解しようとしたり、言葉で相手を説得しようとしすぎていることがある、という話なのです。私たちの脳は、思い込みにより縛られている、ということが近年言われています。確かにそうです。そしてその思い込みは、言語と関係がある、とする考え方もあります。言語の脳は発達をして、私たちは豊かな生活を得られるようになりました。しかし同時に様々な苦しみや思い込みも生まれるようにもなったのです。たとえば動物は、暖かさがあって一緒にいて、これが愛です。深い信頼というか、そばにいて楽しいなというのがあって。かたや人間は、お手伝いをしないのは愛情じゃない、話をしないのは愛情じゃない、話をしすぎて傷つけるのは愛情じゃない、観念がありすぎて見落とすことが出てきてしまったのです。さて、相手はこんな方法を使っていて、それはまずい、こういうのってすぐにできるでしょう?と言ってダメな場合相手の行動を理解をしていないのです。たとえば、近年のお子さんによくあるのが、(大人でもいらっしゃいますが)どうしてすぐにこれをしないかなー如何して嫌なことから、すぐに逃げるのかなあーこのままじゃ将来心配でしょうーといったようなこともあるんでしょう。でも相手に言えば言う程、大変なことが起きてしまう場合、あるいは、「わかってるよぉー」と言っても何もしない場合、相手は、どんなに苦しんでも、その方法を取りたいのです。さらに、どんなに困ってもその方法を使っている、としたら、将来困っても、その方法をいまは使いたいんだ、その人が将来困って学ぶのは本人の自由、というのは認めないとなりません。その人の思いを深いレベルで理解をしようとしたとき関係性に変化が起きます。そしてそのうえで、相手に有効な方法を探せるのです。押し付けではなく、興味関心から、一体何をしたいのだがね、と初めて見られます。相手がそれをしたいんだ、と認められて愉快な奴だ、とたのしめば、初めて相手と対話が(心からの)できるのです。たとえばそういったことに縛られないでいるときに初めて相手のほうほうがわかってきます。「失敗をしてもいいから、考えてみたい」だったり、じゃあ、沢山失敗をして学べる機会を提案をしたらいいのです。「焦らないでやるだけのことをやっていたい」だったり、じゃあやるべきことはやりつつ、焦らないでやることもさせてあげればいいのです。大人からみて、賢いあなたから見て、それは確かに今有効な手段ではないのかもしれません。しかしその方法にそって、じゃあここはこうしていこうここは口を出さないけれど、あるいは、私はこう思うけれど貴方はこういう方法なのね、と認められたうえで話をするならばその関係性はもっと違うレベルで成長を遂げていきます。凄い深いレベルで、ぜんぜん気が付かなかった新しい方法はとても有効なものでしょう。ここで邪魔をするのは、その、直したい本人の思い込みです。相手の声が聞こえなくなっている何かを取り外せばいろんなものが、手段が分かっていくのです。そしてその変化のときは、言葉を超えます、すなわち、言葉ではなんと言おうと、相手は変わっていくのです。だから、言葉でいちいち、「そんなこと言ったって!!!」と激怒をしないことも、大事になることでしょう。http://www.acoreading.com
2016.01.28
相手に何かを悟らせよう、わからせよう相手から何かをさせようとする曖昧さはそれがうまくいかない時には、相手には使ってはならないものです。使ってはならないことはありませんが、役にたたない習慣を貴方がわたしにしている、と相手が見せてはくれているのです。「私はこういうのはいやだから」「あなたはこうしたいんだね、私はこうしたい」と言う事ができない方々は、曖昧に言って相手に動いてもらおうとします。あるいは誰かをだしに使うかもしれません。「誰々さんはこうしたんだって」「私はいいんだけれどね、あの人がああいっていた」というように言った場合、相手の個性によるのですが、相手がちゃんと話をした方が楽な人の場合は、ぜんぜん言っていることがわからない、と言って素通りされたり、相手が正直な方の場合は、何か持って回って言われたことで、なんとなくその人がいや、繊細な方だと、ずっと何か私に言いたいことがあるんだわ嫌いなんだ、とくよくよはさせてしまいます。たとえ表面上うまく言っていてもあなたのいう事は、なんとなく聞きたくなくなってしまうことさえあります。親御さんがそういう話し方をしてきた場合、もう無意識に、「自分は正直に話をしたら絶対にダメだ」という禁止が掛かってしまいます。しかし、自分がその人と違う局面に行ったりあるいは、その問題が違う局面になるためには、そこは整理をしないとならないこともあるでしょう。そしてまた、こういう曖昧さは、自分自身にも起きてしまっているのです。何か自分がしたいことがあっても、なんとなくわからないそして、何かほかの人の事ばかり見えたりして、自分に集中ができない、そんな癖と脳の中ではつながってしまっていたりもします。自分自身の潜在意識にある癖を整理します。http://www.acoreading.com
2016.01.27
今年起きることを書いたところ、ご質問をいただきました。今年は、何か変化が生じるとし、みたいなことを書いたと思います。それについて、---今までならしなかった選択や、決断をするということですか?それとも、行動や思考でしょうか。それは例えばどんなことでしょうか。教えて頂けましたら嬉しいです。------------------------------それはたとえば、新しい決断を下すこともそうです。でもそれは、無理をして新しいことをしなくっちゃ、というよりもああ、やってみて、大丈夫だったんだ、と気が付いた時に失敗のない、新しい決断をします。どうしてやってみて大丈夫だったんだ、という心境に変わるか、というと、何かうまくいかない時に、別にそこにこだわらずに、こっちを創り出してみよう、というこだわりを捨てる機会を経験をしているからです。いくつかそういう段階を知らず知らずにうちに踏んで何かに自信がついてきているのです。自分が思ったことをして大丈夫だという経験からくる真実の自信とも呼べない、ただ、普通にしてしまうような本当の自信です。こだわりを捨てるとき、それは、新しい今までにない思想と言うよりも今までにない感情なのです。今までにない、「これって無理」「これって恥ずかしい」「これって嫌だ」という感覚から、違う感情を信じてみよう、やってみたいという気持ちだったり、もういいや、それにこだわりたい気持ちをほっておこうという感情だったり、新しい感覚の選択なのです。え、やってみてもよかったんだ、という気持ちに至るのは、恐らく、今までの自分のそうしないと怖いという気持ちの整理や自分自身をそのまま受け入れる自分への許しも無意識には行われているのです。人はすばらしいものです。セッションの時に人がその心を開いていくと、さまざまな輝きが見えます。http://www.acoreading.com
2016.01.27
今年は何か、皆さんが、今までの形を整えていくような印象があります。今まであったものから違う物を創り出すためにいったん古いものを捨てないとならないかもしれません。古いものは、いったん違うと気が付いてしまうと、あれほど役に立っていたものが一時的に役に立たなくなったり、今まで通りの力を持たなくなるので一寸混乱するかもしれませんね。見えにくいとは思うのですが答えが見つかるとなーんだ、そんなこと、と思われるかもしれません。そしてすんなりと成功をしていくところもあるでしょう。ちょっと今までの経験を離れて新しい要素や新しい分野を取り入れないと回答がわからないかもしれません。なぜ皆さんにこんなことが起きているのか、私は占い師ではないのでわからないのですが。何かの流れなのでしょうね。ただし、回答は、「今までは絶対にそっちはなし」という分野から、すこし柔軟に答えを取り入れていかないとなりません。いままではそっちはやりたくない、とかあわない、とか、やりたくても絶対にできない、とか、笑われるなどの理由で手をつけなかったことろをどうしたらこれもできるかな、と考えると同時にいろいろな問題が解決をしていくこともあるでしょう。----------------------個人の潜在意識は答えを持っています。過去の歴史や思い込みを整理することでそれらがでてきます。http://www.acoreading.com
2016.01.25
でも今回、わかりにくくても、ちょっと思ったことを書こうと思います。潜在意識の整理をするととても安心をすることがあります。静かに何かが変わっていくこともあります。ーーーーーーーーーーーーーーーセッションで、ぜんぜん別の問題が整理をされることがありますよね?これは面白いと思います。たとえば対人関係の整理にいらした方が、帰り道にぶつからなく歩けるようになったことに気が付いたり、よく見えるように感じたり、ある特定のことが気にならなくなったり。如何してこんなことが起こるのでしょうか?さて、すごーく前に、無料相談で(すみません、ずっとお答えしていなくて) 自分を威張るかなんかの人が嫌い、ということについて書いてあったので、記憶をたどるし自分が気が付いたことを書いていくので、ご相談そのものへの正確な気づきを説明するのではありませんが書いていきたいと思います。まず最初に、たとえば、「威張りたい人」と「威張りたくない人」といた、とします。よく、潜在意識のブロックとか、巷に言われていますが、皆さんは、「幼少期に母が父がこうしたから、これができない」とおっしゃるんですが、それも確かにそうなんですが、とても大きいんですが、それとは別に、無意識に自分が引き寄せたり、作っているものは、もっと違うレベルで無意識に刻まれている事のほうがたくさん起こしていたりもします。そして、それら(通常問題がないと思っているものが微妙に自分を妨げているもの)に気が付いた方たちもたくさんあって、この「威張りたい」と、「威張るのははずかしい」というような両極端の考え方の双方も、つまり、一件反対と思われる良い悪いという気持ちの双方とも気持ちを解消をしていくことが有益であることもわかってきているので、それに基づいて、さまざまなセラピーが現在、行われています。たとえば、セドナメソッドでは、好き、と嫌い、も手放して行きます。好き、を手放すのは、ちょっと一般的には抵抗があると思うのですが実は、さまざまな感情は、何か思い込みとくっついていることもあって、その人の真実求めているものを、よくわからなくしてしまいます。そのため、良いと思われている感情にさえ、色々なことが潜んでいて、その感情に紛れなくなると行動がすっきりとしてくる面は確かにあります。さて、威張りたいと威張りたくない、で説明をしますがたとえば、威張りたい人がいて、その人が微妙にそれに気が付きながらも頑張ってよい大学や就職をしたいために、その気持ちを利用して入る、とします。この時には、この気持ちは有益に働いていることもあるでしょう。また、威張りたくない人が、そのために、枠から出ずに協調をしていて、うまくいっている、とご自身が信じている、とします。これもこれで、いいのです。うまくいっています。しかしある時期に、その人はつっかえることが誰でもあります。つっかえるときって、案外楽に抜けられるのです。でも抜けられないのは、同じ考え方がベースにあるからなんですが。その時には「何か」に(それぞれの時期に別のことに)気が付くとすぐに抜けられたりします。たとえば威張りたい人が、無意識に(これは本当に無意識にしています)選択をするときに、「これって威張れないから嫌だ」「こっちは立派にみられるから凄いきらきらするぅ~」と選んでしまっていて(この気が付かない感情をわかせている本当の考えが潜在意識)、しかし意識では、「こっちの方が自分に向いている」と理性的に感じていたりするんですね。ある時期には、そうではないものを選びたいと本質は知っているんだけれどその繊細な(とても穏やかな気持ちですから)気持ちを感じる、もうそれどころではなく「こっちがいいんだ」とやっていて、失敗をする、としますよね。それであれば、その解消(威張りたいときにわくこわばった感じ取り方から行動をする癖に気が付くように体感をしていくこと)をその時にすると、選択肢がひじょうに広がります。つまり、ほかの考えから来ている感情があって、そこからまたわく思考があって、そこに則っているとうまくいかないけれどそれらが手放せてくると、真実何がどうなっているのかが明確だということです。今までの失敗を繰り返さなくなったり、何かが明確にわかるようになったりします。あるいは、威張りたくないと思っている人が、それはそれでよかったのですがある昇進の時期に、その人は、もっと前に出て説明をしなければならなくなりました。しかしその時に、「自信過剰にみられるんじゃないか」という無意識があって、考えでは「いや、こんなの、おかしい、説明が足りていない」という不安と思いが湧いてしまって、準備をしてもしても焦点があわないとか、なんだか説明が長くなってしまうとか。すると相手に伝わらなかったりね。論理がずれるから、その場合はこの、、威張りたくない気持ちに対してセッションをしていくことになります。すると、説明がうまくなったりします。多くの方が、たとえば、仕事でうまくいかない時に、仕事の成功が怖いんだ、とか、これが怖いんだ、とかいう事でご両親がこれを押さえたから、あれを押さえたから、というストーリーから考えやすいと思います。しかし、仕事がうまくいかないことで、よく話を聞いているとその方の中で多くの、禁止事項は、それまで良いと思われていたものが今は制限をかけているということが多くあります。そしてそこがひじょうに人によって違うのです。それで言うならば、幼少期を見るのは、親のせいでこうなった、ということではなく、自分が幼少期に、親といた関係の中で何を無意識にどちらに無意識に動くようになったかということを知っていく必要のあるものです。たとえばほかの例を挙げるならば、威張らないようにしよう、親が威張りん坊だった、これは一件、反面教師でよいように聞こえますがやはりある時期に制限をかけるものです。先の説明が長くなったり、なんだか「これでいいのか、これでいいのか」と分からなくなったりですね。これは、一つの考えかたで説明をしましたが同じことが起きていても、皆無意識に動いている何かは別と思ってください。あらゆる、その人にとっての無意識レベルでの政策は、「この人と、この関係において、今の時期の、これにおいて」もうここはこれに気が付いてこう変えたら楽に行くということがあるものなのです。先のセッションの、違うところが整理をされるのって、仮に、最初のセッションの始まりは、「仕事」がうまくいかない、にしましょうか?色々セッションを深めていくと、たとえば、「母親が優しくて、私も優しく接しないとならない」と感じていた、とします。実は自分の方は幼少期にそれほど優しくされると、不自然な感じがしていたんだけれどお母さんが優しくてそれもうれしい気持ちもあるから、それには気が付いていなくて、いいかというのが無意識にあったとしましょうか。すると今、自分の本来の力は、人に強く接することができるのに無理に優しくしないとダメだとなっていて、やっていることがごちゃごちゃしていて上手くいかないとかがあるけれど本人は気が付かない、とします。幼少期で、お母さんに、そんなになでなでしないでこれやってみて、と一緒にやってくれる方が本当はうれしかった時、それは、お母さんが優しくしないとならない、かわいそうだと思っていたりあるいは個性で優しくされる方が好きなんだけれどその子どもは何か別の資質を持っていたけれど気が疲れなかったということですが、何か、その人にとってすごごくうれしい方法を学びます。ここが、できてくると、その時にその人は、とてもとても安心をしている気持ちになっています。初めて自分の奥底にあった自分らしさに触れるからなんだと思いますが。すると失敗に対して、自分は、一緒にやってあげたほうがいいんだときがつき、今まで部下に対して、失敗をしてもイライラしながら何かうまく言えずに叱っていたものが、これとこれはこうして、私はこうするから、みたいに処理の仕方が変わっていきます。それと同時に、優しくしないとダメだという思い込みから来ていたものが変わっていくことがあります。たとえば、今までは、何かどこかへ寄り道をしていたのがすっと帰れるみたいなですね。逆の場合もあるでしょうね、親はよかれと思ってやっているのだけれど自分の個性はそうではなくて、こうしたかったんだと気が付くのはそして、ああ、本当にそれだ、凄い楽しい、これが私だ、という感情が湧いたときにつく整理は深く、とても有益ではあるのです。こころと行動はつながっていて面白いと思います。上のことは単なる例です。例ですが、自分が深いレベルでいろんな気づきがあるとそれは非常に面白いと思います。http://www.acoreading.com
2016.01.22
緊急ですが、2月14日にセミナーを行います。以前のセミナーを受講された方々からセミナーを行ってほしいとご依頼があり、また、別途、引き寄せの法則のレベル2ご希望のお声をいただきながらなかなか伸びていて申し訳ないです。3月か、4月に必ず 引き寄せる、のレベル2を行います。引き寄せの法則は、誰にでも効果が上がる方法をつたえたかったのもあり日程が伸びました、引寄せの人を引き寄せる、などの部分は、そちらは、レベル1を受けた方が対象となります。2月14日のセミナーは、単発のセミナで、どなたでも受講は可能ですが、「あの人との関係」を見ていきます。その人は、上司、母親、父親、子ども、彼、今望んでいる仕事との関係など、様々な人とものが入ることでしょう。親しくなりたい人、そして嫌な人、双方の関係性を見ていくことができます。自分が相手とすれ違うのは、実は、それぞれの「資質」「本質」が違うからです。愛情、喜び、楽しさ、人は良いものを求めているのは違いないのですがそれにしても、個人の傾向性(資質)の違いが、多くの誤解となり、すれ違いとなっています。そしてこれらの違いは、非常な葛藤を起こします。たとえば片方の人の方が、向き合う意欲が高い、とします。すると問題が起きた時に、話し合いをしないとならないと突っ込んでいきます。話し合うことこそが、大事なことに「その人には」思えるからです。しかし片方の人が、問題があるときにはそっとされていて、気持ちが落ち着いてからようやく物事が整理できるとしたらどうでしょうか?その人は、何か「強制をされている」と感じてしまうのです。片方は「向き合ってくれない」と思い、片方は「強制をされている、自分が穏やかに気持ちを落ち着けて向かいたいことを尊重をされない」と感じていきます。大事なあの人との関係性の中で、一体何がすれ違っているのでしょうか?一体自分のどんな個性が、人ともめごとを起こしたり、そこにトラウマが潜んでいるのでしょうか?どうしたら、あなたは、より良い関係性を個性を生かしてなれるのでしょうか?そうして、その個性に対して、どんなトラウマがあなたの生き方を妨げているのでしょうか?毎回セミナーの内容が深入りをして、色々な方向に行くことがあるのですが、今回は上記に沿って行っていきます。自分にどのようなことが起き、どのような誤解が生じているのか本質の力をどう使えばいいのかを見ていきます。急にセミナーを決めたために募集の日数が少ないです。まだホームページなどを整理をしてあげていないのですがまた急な募集のため、人数が少ないなどのことがあれば、オフィスで行うことも考えられます。が溝の口で一応予定をしています。日にちは2月14日、午前10時から午後4時ごろまでを予定しています。お申し込み並びに問い合わせは、 acrsoudan(a)yahoo.co.jp まで(a) を@に変更しての送信をお願いいたします。お願いいたします。詳細はそちらで個々の対応をしていきますが、お返事に、3日ほどいただくことをご了承ください。できれば、写真があると望ましいです。天野
2016.01.21
一流の芸術家の方々は、必ずこの、頭ではない感性を使っています。それは、「理念、価値観」で好き、ではなくて自分にとってはこういうのが、いい感じ、というのを信じる信頼、からくるものです。一流の芸術家などは、ここを使っている、と言われますが、私が接している中で感じるのは、お仕事などで成功をされる方々もここは使っています。で、ぜんぜん関係がない話なんですが、昨日気づいてしまったんですが、私のアクセサリーの選び方って、美味しそうかどうか、も重要みたいです。何かにまよったら、つやつやで丸くて、おいしそうな方を選ぶと飽きずに身に着けるようです。あとは、カラスと一緒。キラキラぴかぴか。基本、子どもなのですね。私の味蕾(みらい)は、若干人より多いそうです。なので、味が敏感なことからしても、(今は衰えてきたけれど)味覚でいろいろ、感じているのかもしれませんね。あなたは、どこの感覚で、何を知っていそうですか?それを信じることは、貴方自身を取り戻すために自分を知るために、とても大切なことなのかもしれません。● ACRでは、どんな感覚をどう使えばうまくいくかということもフィードバックして使えるように訓練をしていきます。● ACRの生徒さんたちへセッションをする際に、どの感覚を使っているのかクライアントさん自身が、幼少期に何を使っているのか仕えていないのか、信頼をしていないのかというのは、「本人が」観察をして気づく必要があります。よく、本質に触れると涙がでるでしょう?あのほっとした感覚は、この、感覚を否定しているものを取り戻していく過程でおきます。この仕えが、何かのトラウマと関連があることがあります。セッションでこの意味を考えてされていくと、面白いことが起きる事でしょうからhttp://www.acoreading.com
2016.01.21
昨日、親友と会っていて、いや、楽しかったのなんの。でその帰りに気になる言葉を聞いたので、ちょっと分かち合いたいと思います。なお、電車の中での会話をつまみ聞いたとはいえ、個人が特定されないように、場所や会話の内容は変えてあります。「スケート(内容は変えてあります)にみんなで行くんだけど、行きたくないなあ」「断っちゃえば?」「断れないよ、、、どうしよう、、、」ということで二人が話し合って出した結論は、ぎりぎりまで行く、と言っておく、そして、ぎりぎりになってから、身内の何とかとか、かんとか、とか、嘘をついて行かない。という方法でした。―――――――これって、一番まずい方法なんだけどー、と私は思いました。で、何がまずいか、というと、引きのばしてしか断れない人って、最終的には、うっとうしがられます。緊急になってから、断るんだよねー先に断ってくれたら、その人数でこうしよう、ああしようと考えていたことが、無駄になる。奇数だったら、皆で楽しめるように偶数にするとか(たとえその人たちは考えていなくても、それぞれ計画を)考えていることもあるし、そういった計画も無駄にしてしまうのです。本人は、ああ嫌われずに断られた、とほっとしているけれど、緊急だから仕方がない、と相手は思いやってくれているだけで納得をしているわけではないため、緊急が何度も続くとその人がいやになってしまうのですね。優しい人だとそれは大変だねーと思いやってくれるものの信頼をして話す相手はほかの人、と言ったことになりかねません。断るのが怖いという方は、日本人に多いと思うのですが、実は、「興味なーい」「行きたくなーい」もあってよいと思います。西洋人はそうですしね。私の一人の、親友のアメリカ人も、若さもあって、まあ、言いたい放題、時々「ぬああぬぬぬあ?」と私も思うものの、彼とは面白い会話ができます。そういう友達も面白いです。そういう方々は、正直な方なので、ちゃんとそれが分かったうえで付き合いやすいなという人が寄ってくるので、正直な同士でよいと思います。しかし断るのに思いやりがある日本の在り方はとても美徳ですからうまく使いたいものですよね。それから、断るのを引き延ばすばかりではなく、断るときに「これがああで、こうで、こうで、、、」と長く言い訳を言っているかたがたって、もう、「この人、社交辞令だな」とわかるので会話は暖かくても、何か心が空々しくお互いになります。相手に与える影響だけではなく、本人も気疲れをします。ご本人は気が付きにくいんですが、体がこちこちになっていて人といると疲れているんですね。あ私はこんなに怖がっているなあ、という気づきは必要かもしれませんね。思いやりを持って断りたかったら、「これは行けないけれど、こういうのは楽しいから行きたいな」「これはよくわからないなあ、でもこっちがいいな」とほかのオプションをだす方法もあると思います。正直であれば、相手に信頼もされるし、気持ち良いお付き合いもできます。「この日は出かけたくないけど、こっちだったら」とかね。あるいは、「私はその時の気分で行きたいときに行く!」という方もいてそれであればそれをしっかりわかってもらうと、ちゃんといいお付き合いをしています。まあ、行きたくないから、と言える人はそれでいいんだけれど怖いのであれば、ほかのオプションをだして、それを楽しみましょう。いやいやながら断れずにいたり、断るのが怖くて嘘をつくと相手が嫌いになったり、いろいろあるけれど、正直に自分が選んで、それに責任を持てると、心も成長をするということでした。そういった、なるべく簡潔に、したいことを伝えたりきちんと断れる訓練をされていると、長い年月の間に、お付き合いの内容にも、大きな違いが出てきます。長年にわたって相手の言う事だけを聞いていたり、気遣いすぎて断るにも嘘をついていると、途中から相手ともめたり、その人と会うのが億劫になったり、時にはもめて、嫌いになっていたものが正直にいて、笑いと喜び、楽しみが湧く関係性に自然となるから、あら不思議。そんなあなたを見て、相手もあなたを好きだから、あら不思議。昨日いた、親友とはそんな関係です。大学の時にはちょっとあわない面もあったのに、自分がだんだんと心が解放をされて、正直になればなるほど、あら、不思議。相手のことを好きになって良い部分がよくわかるようになりました。でもこれって、「自分が思った通りのことを言ったら嫌われる」という自分の中の鏡を捨てないとならないです。自分の中の鏡に映る相手の姿は、ぜんぜん思いやりのない姿です。だって、言ったら凄い拒絶をされるんでしょ?そう信じているならばそうなのでしょう。でもその人に、正直にこれはこうしたいな、と言えていい関係の人もいると思うので、観察をしてみてください。そあなたが相手に信じている姿は、相手は必ずそれを映し出します。それとこれはとても面白いんですが、上記のことができていると、もてます。異性との調整がうまいためと思われます。自分の中の潜在意識の誤解を解いて本来のあなたで引き寄せますhttp://www.acoreading.com
2016.01.21
一般的には、女性との対話では、女性の気持ちを聞いてあげましょう、ということが言われます。 この相手の気持ちを聞いてあげることは、しばしば見過されることもあります。 というのは、女性たちは、男性を立てることを、無意識にできるようになっています。そのために、気持ちよく話を自分がしていても、相手がどんなに喜んで聴いてくれているんだ、と思っても、やはり自分の自慢話ばかりであれば、相手は疲れていることもあります。しかし、相手はあくまでも喜んでくれている様子だったりするからです。更によくないのは、女性によってはしてほしいことを、熱心に相手にし始めてしまうこともあります。それなのに、相手は心を開いていないこともあるでしょう。でも気持ちを聞いてあげることで、女性はその相手を信頼することができます。 男性同士の会話とはちがい、事実関係を伝えるだけではなくて、情報を伝えることだけではなくくて、裏側にある気持ちを察しての話は、女性たちにとっては、「改善策の提示をしてしまう」よりも、ずっと励みになります。 女性が恋愛に陥るとき、「深い話ができたから」「信頼関係ができたから」という方が多くいて、要は「自分の気持ちがどうもわかってくれている話し方をしている」ということなのです。 もちろん、お互いに会話は気持ちよくなることが大切なので、親しくなると、自慢をしたり、認めてもらえることも、恋人や夫婦では、必ず重要になってくるでしょう。まあ男性は威張るものです。(笑)お互いに双方があれば、理想的ではあるでしょう。 しかし、もっと親しくなると、楽しかっただけの会話が、もっと入り組んだ様相を呈していきます。二人の間の問題が親しくなると現れてくるからです。これはどんなに相性がよくても、運命の人であろうとも、出てきます。 たとえば女性から、奥歯に物が挟まったような言い方をされる場合。この時には、言いたいことがあるのだけれど、言えない、と信じていますから、「言いたいことがあれば、しっかりと言うことも大切だから言ってみてもいいんじゃないか」と時間を取ってあげてください。 その際にも、自分が負担を感じるほど相手に親切にやりすぎてしまうと、後々面倒になりよくないので自分でできる範囲を決めておきます。 すなわち、男性が「何が言いたいの?」と聞きだしてもいいのですが、それを続けているといつも聞きださないと話さない甘えがでてきて親切はして当たり前、相手からしてくれて当たり前、と相手も思ってしまうのでいったんはそれでよい関係になっても、後々よくはないのです。対等な良い関係が築けません。また男性は、問題について聞いてしまうと、なんとなく話し合う方法がわからなかったりします。たとえば、「私はあなたの、こういうところに怒っているあなたの、こういう事がいやだ、改善をしてほしい」というようなことが出てきたときのことなどです。 今まで親切で向き合えた男性が向き合えなくなる、と感じるのもこのようなことをはなした際です。 そうしたときには、女性は気持ちを話したいのだから、あなたはそうなんだね、でも僕はこう、と聞いてあげて、しかしあまりに理不尽だと思うときにはそれを正論でまくしたてるのではなく、「僕にできる範囲はこれ、この気持ちはあなたが解消をすることしかしその手伝いはする」というのが、一番二人の関係を、複雑にしないで、年月を追うごとによくなるようにはしていきます。老後の夫婦の関係がうまくいかなくなっているのは(女性の側からすると)長年にわたりそういった話し合いができていないことが原因となっていることがよくあります。男性が、「相手がむちゃくちゃ言っているけれど、もめないように何も言わない」というのは、確かにもめはしませんが、見捨てられている、と感じさせてしつこくさせていることも、知っておくとよいでしょう。もめている当事者との関係性を修復します。http://www.acoreading.com
2016.01.19
一貫性のないボスの扱い方 一貫性のない上司、というのは扱いにくいものですね。「おいこれをしておけ」という割に、次にこれをすると、もう違う話になっている、という場合です。 さて、一貫性のない人は、すぐにアイデアが湧いてすぐにそれが変わっていきます。 一貫している人にとっては、これはたまったものではありません。さらに意見が変わらないその人が、計画を準備して練っていくタイプであれば、自分が真剣に向き合ったことがすべてダメになるようで、「もうこの馬鹿ボス!」と怒りが湧いてしょうがないこともあるかもしれません。 でも、こんな考え方もあります。どうせ、意見が変わるんだから、まだあだこれには本腰を入れなくてよい、落ち着くまで待っていよう、という考え方です。それとタイプによっては、ただのやる気が好き、という方もおられるので、それはいいですね、こうしましょう、と言いながら、様子を見る、ということもできます。恐らくその方は、何かやりたいことがあるのですが、まだまだ固まって行ってはいないのです。その方待っていない部分をいら立ちでぶつけているので全部を叶えようとするのではなく、一体何がやりたいけれどまだ固まっていないのかなーと言うことを聞き分ける力が必要です。「こことここを整理したらこれってできますよね」と計画を建てられる方で、その人を、より良い方向に導くことも不可能ではないでしょう。 長きに渡ってパートナーシップを築けている人の中にも、片方は外交的で、話し上手で人を引き付けるけれど、ころころと変わっていくエネルギーを持っていて片方は、計画ができる人で助け合っている、ということもあります。ーーーーーーーーーーACRでは、自分のタイプと相手のタイプを浮き彫りにしたうえで問題の解決をはかります。http://www.acoreading.com
2016.01.18
成功する仕事の方法ほかのセラピストの方々のことはよくわからないので、一概に言えないのかもしれないのですが,高学歴だったり、社会で成功をしている方々も大勢いらして、なので精神的なケアーもさまざまな層の方々に広がりを見せてきたり、浸透をしつつあるのかもしれません。それで、個人事業主で大きな成功をしている方々に触れていると、一つ明確なことがあります。ご自身で事業をされる方々の場合、完全な計画を立ててから実行をしているのではなくて、お金のかからない範囲で、できる範囲で、まず動いて実践を通じて経験をして、その経験を次に生かす形で雪だるま式に成功をしていく、というほうが、多いんです。そのため、そのつっかえを取ることが、仕事で成功をしたい方々への対応に私にはなるわけです。つっかえている考え方の中には、1) 最初から完全な計画を練ろうとしたり、2) 最初から売るなら売れないとダメだという恐怖心を持っていたり、要は、大きな計画からいきなり始めようとしたりそこらへんに何か、自分自身の感受性を信じるというところがブロックが掛かっているように思います。そのため、考え方としては、大きく成功をできるために、大きな計画を練るとかこの大学に入らないとダメだと決めつけてしまったり、良いものが書けたら書きあげて、小説家になる、などというよりも、今手に入るものを手に入れてつかって、どんどんと進んでいける、行動をしていく方向のほうが、成功をしやすいですし、そうできる事柄のほうが、向いている、ということは、言えるのかもしれません。もし大きな計画をいっぺんに練るとしたら、そういった細かな、「感覚を信じて小さくやってみた(つまり小さなことなど、良いと思うことをやって自分なりに成功をしやすい方法としにくい方法を知っている」経験がないと、難しくはなってしまいます。そういった今ある資質を生かして小さなことができなくなるのは、自分に不満だったり、自分の人生に欲求不満があったり、自分が小さなことをするのに、そんな自分を見たくないようないら立ちなど、恐怖心が隠れているとそうなってしまうところもあるようです。さらに、自分は非難をされると信じていると小さなことに目がいかなくなり、今ある資質が目に入らなくなるようです。大きな何かが得られたら非難をされなくなるというところに、意識が行ってしまうためと思われます。ここら辺の解消が個人が成長をしていくうえで役に立っています。小さな事柄をしてみられる勇気、そこに出てくる問題で止まらずに変更をできる勇気、そこにつかえがない状態にしておくことは、大切なことでもあるのです。http://www.acoreading.com
2016.01.18
あなたなら、いっぱいのことができるでしょう?すぐにでも、できるでしょう?そうできない、としたら、あなたがあなたでいられないからでしょう?もしあなたが、物事の切り替えが早くて、多くのことをいっぺんにする人で、その方が心地がよくて成功をしているならば、その力を取り戻さないとならないでしょう。たとえどんなに周りの人々が、「一つのことを、しっかりしなさい」「あなたは落ち着きのない子ね」と言われたことがあったとしても。何かの趣味だったりをしながら仕事もしたり仕事もこっちからあっちへ切り替えるとうまく動けるのであれば。もしあなたがそういう力を持っているならば、年月を振り返ったら、多くのことを同時にしているほうが動きがよかったはずです。でも逆に、じっくりする性格なのに、早く早くとせかされたらあなたは、心の中でせかせる声を常に聴くようになっているでしょう。落ち着いてじっくり一つのことをしていけば、あなたには成し遂げられることがあるはずです。私が言いたいのは、多くのことをするか、一つのことをじっくりするか、そのタイプの違いの話ですか?いいえ、あなたは、傷ついてきているのです。本来の力とは反対を使う訓練が、だれもにされています。だから、体がきゅっとなってしまって、緊張をしてしまい緊張をしながら、方向がわからずにいます。一つの方向しか行けないように思えているあなたを、どう引き戻すかその話をしているのです。こころの声はとても濁ってしまっていて、聞き取りにくくなっているものです。そうして一つの方法が良いと思うものだから、罪悪感(こうしないとこうなってしまうという強い信じ込み)によって、聞えなくなった感じ取れなくなったことがあります。でも、「こうしないとこうなってしまう」「こうではないとこうはできない」という信じ込みや教えではなくて、自分はこちらのほうが向いているんだな、とそこを超えて感じ取れるようになることは、とても大切なことなのです。大きなことから探そうとすると失敗をします。理屈を知ってから動こうとすると間違えます。ただただ、ああ、今はこっちが向いているなあっちが向いているな、その要素を少しでいいから入れてみてください。諦めずに。たとえば、これをして、と言われても、此方を続けてある程度やってから、という選択をしたいかもしれません。そうしたら、今まではそれなのに、すぐにそちらを終わらせないと大変になるという考えのもと苦しいのに頑張っていたり、そして仕事がいやになったりしたいたものをふと「あと5分後に始めますね」と言えたらとても心地がよくなるかもしれません。続けて今の仕事をやりたかったのかもしれませんし。たとえばこっちをやってと言われて、感覚を信頼をしたら、色々すぐにやるのが心地よいかもしれません。それなのに、中断をされた怒りから、その波が探せずにいるのかもしれません。そんな小さな簡単な選択肢がわかってくるほど、貴方はあなたというものがよくわかるでしょうから。自分とつながっている人々は効率よく物事を進めています。しかし同時に、とても楽そうに見えていると思います。------------------ACRでは、今の問題の解決を図りながら、本質の声を一緒に探して行きます。本来のあなた自身の方法に触れたとき、静かな涙が流れる方もおられます。別に感情はわかないのにその静かな心境は、きっと、自分らしさに戻れた自分を発見できた、何かなのだと思います。http://www.acoreading.com
2016.01.18
騙されやすい人、というのもいるかもしれませんし、騙されやすいとき、というのもあるかもしれません。騙されやすい人、というのは、信じやすい人だと思われていますが信じやすい人の中には、良い人をちゃんと選んでいて、幸せな人生を送る方もいて、面白いと思います。人の好さは信じていても、決定はご自身でされているのだと思います。 逆に、相手を悪く見すぎる人、というのも、事実を見抜く力が弱かったりもします。大事なところで、信頼ができる関係が築きにくいことを見受けたりもします。相手を悪く見すぎてしまう人は、おそれがあるのでしょうけれどちょっとした言動に、「これもあれもまずいことが起きているのではないか」と、踊らされてしまいます。そのため、それらはひょっとしたら些細なことでかもしれず、ひょっとしたら人間性と関係がないところで騒いでいるのかもしれません。聞いた話では、お子さんをとてもよく育てているお母様なのに、ご主人はすこし店屋物を取っているだけで、「虐待をしている」と大騒ぎをした、という方もおられるそうです。そのように、何もかも信じにくい方々は、相手のどこを見たらいいか、というのがわからなくなります。きちんと相手を見ていない、ということがあるのだと思います。 騙されやすいとき、というのは、自分の力で何かをしたくないときです。どこかで、相手に頼っていて、どこかでこの何かが私を助けてくれるという依存心は何か見るものが見えなくなるようでもあるのです。 人は見たいものを見て、聞きたいことを聞く、と言います。不安から、これはまずいのではないか、という調べ方をしたら小さなところにこだわって、それがたとえあなたにとって価値があるものでもわからなくなることさえあります。 親御さんがひじょうな心配性で、何もかも悪口を言ったり疑っていたりした、としたら、その影響は受けていることもあるでしょう。そこから抜け出るためには、何もかも疑っていると気が付いたら、親が疑っていた時に、不安だった私の気持ち、とつぶやいてみてください。そこから落ち着けば、真実が見えてくることもあるでしょう。今は動揺をしているな、静まってから、調べること、聞くことを考えてみよう、と落ち着いて対応をしてください。つまり問題は、何もかも疑う方々は、逆に真実ではないものを真実だと思ったりもしてしまうので、真実を見る目を養わないとならないのかもしれないのです。通常は、わからないことは、その当事者と本人に聞かないとややこしくはなります。また意見を聞くとしたら、片側だけの意見を言う人ではなく、双方の物を客観的に見て、その相談者の意思もきちんと聞いてくれる人が望ましく、その方の利害が絡んだことを聞いたら、やはり良い意見は聞けませんから、その問題に対して、冷静である人が望ましいでしょう。絶対にこう、と言い切ってしまう方であるとしたら、その意見はとても良いものであるかもしれませんが、影響を受けない強さを盛ったうえで相談に乗ってもらうほうがいいかもしれません。相手は悪いだろうと信じて、その信じたまま聞きまわったら一緒に悪口を言う人を寄せ集めてしまい、真実がわからないままに、騒動が大きくなることもあります。そうして、逆に真実ではないもののほうがとても豊かに見えたりして、騙されてしまう心境もあるのだと思います。ある判断に迷うとき、セッションをすると決められることが多いです。それは、さまざまな思い込みを取り除くと事実その人が分かっていることが、浮き上がってきたり自分の良いと思うものに、自信が持てるからなのだと思います。http://www.acoreading.com
2016.01.12
もし本当に、その人と良い関係であったとして(ただの片思いや1、2ど話をしたとかデートをしたとかではなくて)とても大切にされていたのに壊れた、としたら、幸せだったときの私、はどんなだったか考えて見られるといかがでしょう。その時のあなたは、楽しい話をできて内側にこもらずに、自然体であったのかもしれません。関係性というのは興味深いことに、どうしても、「こういう人だとダメだ」というのを学ぶために付き合うことがあります。ある男性がいて、掃除すきな人が好きだと思っていたけれど、実は、もっと気軽ではないと自分が追い詰められたような気分になる方もいてあるいは、もっとささえてくれる人が良いと思ったけれど過干渉よりは頭にきても掘っておかれた方が楽だという個性に気が付いたり、ある女性がいて、すきがない人が良いと思ったのに一緒にいると疲れてしまうとか、あるいは、芸術を一緒に語りたいと思ったのに本当に好きな人は、自分がのびのびと芸術を創り出せる力になってくれる人だったりです。お付き合いを通して、自分を学ぶのですそして深く自分を理解をすればするほど選択をきちんとできるようになればなるほどその賢明さに、ほかの人が惹かれていくようになります。だから、必ずしも復縁が回答ではないのかもしれません。でも、その二人が、ただ単に何らかの過ちで別れている、としたならば、あなたは貴方に戻ることです。その時のあなたに。それは心のことなのです。それは、「あり方」なのです。その時のあなたは、彼がどう感じるか、そればかりを考えてはいなかったはずです。彼に気に入られるために、取り戻すために、そういう姿勢でもありまえんでした。そう思うことで、貴方は自分の何を忘れてしまったのでしょう?自分らしさを時々出せたり、相手と私、私とあなた、というこだわった関係の中ではなくもう少し広くいろんなことを感じ取れたあなたであったのかもしれません。小さなことへの喜び、感謝、日の光の暖かさ、彼がいたから感じ取れたことなのかもしれないけれど、本来のあなたの美しさは、貴方一人でももう一度取り戻せるはずです。彼がいたから、幸せだった、だから取り戻したい、と思うとき人には、美しさが輝きが見当たりにくくなります。でも、彼がいた時と同じように自分の感受性を豊かにしているならばあなたは本来引寄せるはずであったものを見出すことができるでしょう。今こそ、自分自身に向き合うべき時なのだと思います。大事な成長のチャンスを逃さないことです。復縁で醜くなる人もいます。復縁をしたいから、美しくなる人もいます。一皮むけたな、と感じ取れたり声がかかったりします。現に、別れた時にもてるひともいらっしゃいます。それは容姿のことではないのです。ーーーーーーーーーーーーーhttp://www.acoreading.com恋愛では、いろいろな改善をすると結果としてさまざまなことが起きることがあります。通常は、家族関係が最初によくなったり、悪い関係をすぐに断ち切れるようになって来たりということが現れることが多いです。そのうちに恋愛の関係がうまくいく、ということもあります。それを目指していただいてかまいませんが協力をしますが、恋愛を、貴方を成長をさせる一つの出来事として捉えてみていくと、興味深い変化が分かりやすいと思います。復縁ですとそれを目標にしていただいていたらそれに協力をしますが自分が成長をして、その人にこだわりがなくなったとしたらもっと良い人が現れることだってできることもあります。天野
2016.01.11
お子さんを残念ながら、流産をされた方々もおられると思います。でもお子さんの立場からすると、一つ確かなことがあります。私はお子さんたちのセッションも請け負っているので小さな幼児たちが感じていることは、お母さんが辛いと僕も私も辛いな、それはとても強いのです。子どもは本能的に、お母さんの幸せを願っているのでしょう。そのため、お母さんが沈んでいることは、望んでいないのだと思います。時々、障害を持つお子さん方のなかにも聖い純粋な心をお持ちで、生きにくそうだなと思う方々もおられます。そのお子さんたちは、この地上に生まれてくる選択をされたのだと思います。お母さん方は、自分が無理をしたせいじゃないかな、とか、注意が出来なかったから、とご自身を責めることもあるでしょう。しかしさまざまな経験を見ていると、小さないのちは、何らかの理由でこの地上に育つほど丈夫ではなかったのでしょう。しかし、覚えておいてください。流産をされた方々の心はもう、立派なお母さんなのです。小さなおなかの中にいた子供を気遣い、そしてかわいそうだと思うのは、それは母の慈悲の心、そのものなのです。それゆえ、あなたは、そのお子さんのお母さんなのです。たとえ出産ができなかったとしても、母としての経験をされているのだと思います。どうぞ、お辛いお気持ちを乗り越えていかれますように。
2016.01.09
ことばで気持ちを伝える方法には、いくつかあると思います。一つは自分の我だけを通そうと、気持ちをわかってもらおうとするコミュニケーション、幼児などは、この会話方法を使っていることが多いと思います。これでも、十分に、怒っていたり、悲しんでいるのが伝わります。しかし、人に伝わらない経験を通して、人はいくつかの選択を、無意識にするようになります。この無意識化の選択と、その人の個体差があって、性格となります。ある人は、気持ちを多くは話さないようになります。そうなってしまうと、相手がわかってくれない、と相手を恨むばかりになったり話をしていないで相手を(想像の中で話すと怒ると)怖がってばかりいたりします。そのため、夫婦になってからも、うまく溶け込めない感じがする方もいらっしゃいます。ここでコミュニケーションを学ばないと年をとってから、相手を嫌いになったりします。誰でもわからなそうな人に話をするときには、躊躇をします。しかし、相手が分かってくれないならば話ができないようになってしまうと、人々といても自分だけが浮いている気分を味わうようになります。常に待ちの姿勢で、ほかの人々からすると、いじけているように感じたり、とっつきにくく、近くによっては行けない雰囲気をかもしだす人もいます。あるいは、はっきりしないあいまいな態度を取り続けているように思えたりします。相手が心地よく迎えてくれない限り話せない、と感じてしまうと、常に相手が分かってくれてから話すようになるので、わかってくれないというような恨みを持ち続けていて、若干心地よくない気持ちが解消をできません。この問題の解消には、言ってみていいんだし相手がわからなくても、そのまま、そこからひきこもるような気持ちに行かない訓練をすることで、人々と交われるようになっていきます。それどころか、相手が親切ではないと心を開けない癖の解消をしていけば、近くによっては行けない雰囲気を醸し出していた人々は、ある種のユニークさがにじみ出て面白みが出てきます。人が自分のことを好きになってくれる体験はとても意外だと感じるようです。曖昧な人だと、お喋りではない面も優しさとして捉えられるようになり、意思をつたえられたうえで口が堅いことから、信頼をされるようになったりもします。また、人によっては、同じ問題を抱えていても、自分の本心を隠しつつ相手に伝えようとする選択肢を取るようになります。この姿勢が高じると、伝えなければならないところとは、若干それているところを重要視しはじめ、必死になって伝えようとするようになります。すると、相手からすると言っている事がわからない本人からすると、こんなに伝えているのになぜわからないのか、というすれ違いを生むことになります。しかもまずいことにこの時につたえたいことは、非常に伝えたくて、正しいと思う強い感情がわきますから、こだわり続けます。(そのためすれ違い続けます)そのように、自分の気持ちにつながらないままに説得をしようとすることになってしまえば、観念的なことにしか関心がいかなくなったり、細かなところに意識が行き過ぎてしまうために、相対的に物事が見られない、ということにもなるかもしれません。たとえば、仕事でこうであらねばならないと思うばかりに、もっと良い方法が分からないけれど必死に伝えるとか、愛情はこういうかたちでこうするべきだというのが強すぎて調和ができないなどです。実はここは、気持ちの問題があって、その気持ちが自分でわからないままに「何かの事実として」伝えようとしているので、無理が生じています。そのために、感じ取れなくなった気持ちを正直に感じていく訓練が必要になります。これらの人々は、感情が起こしていること、頭が創り出している論理などが区別をつくようになると、話が通じるようになったり変な理論にとらわれずに楽に生きられるようになります。ここでは、幼少期に戻って、見て聞いた現実と自分の心の中に起きている現実とをつなぐ作業をしていくこととなります。コミュニケーションは伝える技術として学ぶこともできるのですが実は心の整理があって、初めて、通じる会話ができるのではないか、とも思います。そういった意味でも、心の中で動いている様々なブロックやこだわりは解くことで、人とつながりやすくはなるでしょう。http://www.acoreading.com
2016.01.09
エネルギーが滞るのは仕事やさまざま停滞をするのは、「その方法が過去に良かったから」「それを盗まれないように、それを取られないように」する方に意識がいっているときでもあるのです。仕事がうまく展開をするとき、というのは、常に常に、新しいものを加えていくときです。つまり同じ方法を使っているようでも少し工夫が含まれているのだと思います。何かの手法を考えたり、何かを生み出したりするとそこは老舗になり、そこは自信を持ってよいと思います。しかしながら、不思議なことに、それを守ろうとすると、徐々に「同じ」ではなくなっていきます。たとえ同じことを繰り返し守っているのでも宣伝だったり、新たな何かを創作者が学んでいたり必ず新しいものが入って行かないと、衰退をするのはとても面白いと思います。それは大げさなことではなくてよいのです。ただ、怖がって守ろうとしない時に現れるほんの小さな思い付きを、楽しんで行える心境にあれば、成功は続けていけるのでしょう。● それが盗まれたくないという恐怖心の中には、自分が安全ではないという信じ込みが挟まっています。その恐怖心が湧いても、ああわいたなーと眺めてそこにしがみついてそこから考えたり、行動を起こさない非行動は、自分を広い世界に連れて行ってくれます。余りにも多くの人々が、それにとらわれ、そこから行動をすることでシンプルな方法を使えなくはなっていきます。自分の恐怖心を深いレベルで整理をしていきます。http://www.acoreading.comすごーく古い話題で申し訳ないのですがお仕事セミナーの感想を前にいただいていて、掲載の許可をいただいていたので載せたく思います。このかたは、人生で(ご家族を含めて)大きなよい変化も迎えておられました。この前のお仕事セミナーで、ちょっと動いた感じがあったんです。うまく言えないんですけど。。。9月の終わりにセミナーが終了して、1か月ぐらいたった10月の終わりごろ、雷みたいに突然『ああ、本当はそんなに大きなことじゃなかっ たのに、流せないで、私が自分で騒いで事を大きくしたんだな』って思ったんです。その時にいろいろ気づいたことがあって、すでに忘れましたけど(笑)、最終的に『でもあの時はああするしかなかったし、弱かったと思うけど、色々いつもの自分とは違う行動も起こせたし、セッションも定期的に受けることにつながったし、こうなってよかったかな』って、納得できたんです。セッションを毎月受け続けて半年目で合わない上司が休職、さらに半年後に職場の嫌な人が突然の退職、さらに数か月後に一番嫌だった人が退職。。。すごい流れです。奇跡です。今は神様?運命?を信じられます。本当にありがとうございます。ご協力、ありがとうございました。
2016.01.08
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。さて、新年にあたり、今年の目標をたてた方も多いと思います。目標は、自分だけで達成可能なものと、運がよくないとできない部分や、ほかの人の協力が関係をして、初めて達成可能なものもあるとは思います。自分だけでたてられる目標は、自分の実力と、その取得にかかる年月を冷静に判断をして、着々と現実化をすることができます。自分だけでは達成をできなかった目標も、不思議なことに、いろいろな目標はいつの間にか叶ってしまう事があります。でもそういうときって、必ず、そのことばかりをしていたのではなくてほかのことをしているものなのです。だとしたら、自分でやりやすい小さなことを積み重ねていけば運が必要だったり、ほかの人を巻き込まないとならない夢も叶っていくのです。一つの目標を立てて行動を始めたとしたら、脇道にそれないほうが望ましいとは思うのですが、その望ましくない脇道の中には、「こんなことをしていていいのか」「もっとなんとかしないとならないのではないか」「すぐに何とかしないと」と、自分を追い立てる考え方や、急ごうとする考えをしてしまうことも、含まれます。人と言うのは個性がありますから、追い立ててうまくいく人はよいのですが、追い立ててうまくいっていない場合には、追い立てていないと不安だという執着を取り除いたほうが、うまくいく方もおられます。こころと言うのは不思議なもので、ある時期にならないと決定をしない事項があります。つまり、もっとやる気で頑張ればいいのか、それが合っていないのか合っているのか、やめる必要があればやめるのかというのも、これは、頭が決めているのではなく、納得がいく時期に、心がすっと動くことで決定がなされます。要は、その期間、考えても、ある時期が来ないと、違う行動を始めないのです。だとしたら、その間に考えてこちらでもない、あちらでもない、と考える時間そのものがむだになります。今できることはしつつ、今、していないことは今はしていないんだな、いずれすることになるだろう、あるいはもっと向いていることがあるのかもしれない、今できることに集中をしよう、と心を落ち着けることが必要です。もっと向いていることがあるのかもしれない、と落ち着いてできることをできなくなってしまうと、常に幻想の夢に踊らされて、心を大きな夢に揺らがされては、何も成し遂げられないような、何か幻想に足を取られてしまう事があります。目標を途中で変えたくなってぐずぐずしてしまうのであれば、その決められない期間を、頭でこうではないか、あれもまずいのではないかと考えてしまうと、その時期が遅くなるのでほかのできることをしていると、心が定まってくる、ということでもあるのです。要点をまとめると、1) できることからしていこう2) 運やほかの人を巻き込まないとかなわない夢は、できることをさくさくしていると 流れがよくなって自然と叶っていることがある3) できないことで、自分を責めないことを学ぶことが有効である (目標を変えなければならない時には柔軟に対応をする。 変えるべき時期は行動をするなかで、だんだんとわかってくる)ということです。皆さんの夢が叶いますように心からお祈りをいたしております。ACRでは、止められない心のノイズ(マイナスの思考と思い込みを深いレベルで整理をして、自己実現をするお手伝いをしています。● 先年のクラスで、とても興味深いことがありました。生徒さんたち同士でカウンセリング方法を学ぶのですがある組み合わせは、なかなか進まない様子になっておりました。何か途中で二人でぐるぐる堂々巡りをしています。組み合わせを変えても、偶然同じ組み合わせで2日間を過ごしておりました。進まない理由をなんとなく見ていると、似ている部分があるけれど、お互いに違う理由で問題が派生をしているのでお互いが投影をされて、よくわからなくなってしまったようです。セラピストさんなどで問題が解消をしにくいかたがおられるときには、微妙に似ていて、しかしその方が違う答えを求めている、ということも多くあります。とても良い勉強になると思ったので、すこし介入をさせていただきました。二人それぞれ求めているものが、どう違うのか、ということを経験をしてもらいたいと願ったからです。そのお二人も、ご自身の求めているものが根底ではわかっていないようでした。おひとりの方は、記憶で出てきたのは、学校に行きたくないのに親が無理やりに行かせて、いやだったという思い出だったのですが接していくうちに、「本当は、学校で別の問題があり」「実は自分にはこのようにしたいことがあった」ということをこの内容はもう忘れてしまったのですが、そんな記憶が出てきたと思います。このかたの、表面の問題はいつも、ご自身の本当にやりたいことと少しずれて問題資をしている、というのと、とてもかかわりがあると思いました。その方の方は、クラス終了後の次の日にセッションをうけられて、その感想で、動けない、という問題を解消にお越しになったと思うのですが「絶対にできないよ」と思っていたものが、「どうしたらできるかな」というように方法を模索するようになられた、と報告をいただきました。さて、その方の許可を頂いて、別日程のセッションの模様を書いていきたいのですが、様々な思い出の中で、逆上がりができない、という思い出が出てきました。そして、友達が教えてくれたのだけれど、できるようになったのだけれど、また両親もいつも、頑張れ、根性、という教え方をされてきたそうです。笑われた記憶や、根性で逆上がりができるようになった記憶は私の中で、とてもこのかたの姿勢とつながりました。すなわち、能力がたくさんあっても、できなくて笑われるのを避けたくなってしまったり、根性で頑張るかしかない、という思い込みや、あるいは、不得意ならば避けたい、というような緊張度合いが生活で出てきているとかんがえました。たとえば、このかたのお仕事は、ウエブサイトをつくることなのですが、ほかの方のものであれば、どんどん良いアイデアが浮かび、すばらしい感性を使って仕上げることができます。しかし、ご自身のものとなると、とたんに手が動かなくなります。なにかー自分自身のものについては、効率よくというよりも効率は悪くても根性で頑張るようなところは、(誰にでもあるにはあるのですが)見受けられるように思います。このかたの記憶の中で、ほかの選択肢を築いていきいました。たとえば、根性ではなく、ご両親が、できないならば、できる最短の方法、逆上がりであれば、本で調べて、腕をキチンと曲げておくこと、台を使うことなどをすれば、すぐにできますから(本当にコツさえつかめば根性ではなくてすぐにできるのですから)そういった方法を記憶の中に埋め込んでいきます。記憶と言うのは面白くて、記憶にあるものを現在の生活でも採用をします。すなわち、「根性がないとだめ」という考え方が記憶にあれば、どうしても、「これはこうして、はい、次は」とは思い浮かばず「これはこうしないとならない、これはああしないとならない」という根性に根差した考えが、その人を縛って本来の力を使えなくします。記憶の書き換えと言うのは、何か頭でそれが理想だよね、抱きしめられたり愛されているところを想像をしよう、みたいな理想論だと動かないことがほとんどです。本当にその方の感性で、これがよい、ああ、これだ、これなんだ、という涙が出るような、あるいはさわやかになるような、その方の同意があったときにのみ、潜在意識は切り替わることができます。そのため、その方が本当に受け入れられるすっきりするものである必要がありました。さらに、運動は嫌いだと思っていたけれど、ゴム跳びは好きだったことを思い出されご自身のリズムで、好きなペースで落ち着いて運動をしたいことがわかっていきます。ご自身の、運動が嫌いだという思い込みは、様々な苦手意識と脳の中でつながっています。しかしながら、その方が、「自分のペースで落ち着いて運動をするものは好きで、そうではないバスケなど急にボールが来るものは嫌いだった」という新たな新しい物事の見方は、(そして苦手なのではなくてペースを守ってすることの方を選択すべき自分を再認識することは)自分がどんくさかったのではなくて、得意不得意があったこと、そして自分のリズムを大切にすれば様々なことが成し遂げられるという、正しい自分自身の理解と、潜在意識でつながっていきます。意識上の、あるいは無意識上の学びと変化はその方の生活にさまざまな変化を及ぼすこともあるでしょう。このカウンセリング方法を学ぶレベル10までをすると、大きな人生の転機を迎えられる方もいてそれは興味深いと思います。レベル10まで残って受けられるのは、(大変ですから)5名から7名ほどになるかとは思いますが、その中で毎回、ご結婚をされる方が出たり、人生でも、違う人生設計をその後に建てられていかれる方もおられます。人生は長く、いろいろな時期がありますが楽しく、豊かに暮らして行けるようにサポートをしていきたいと願っています。http://www.acoreading.com
2016.01.08
全24件 (24件中 1-24件目)
1
![]()
![]()
![]()