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本日、セッションにきたかたが、意地悪をしているモラハラがあった会社で、その状態がまったくなくなった、と、報告をしてくださいました。 セミナーでも、そんなことをお話ししたときにわ、私にもあった、と言ってくださった方がおられて、潜在意識が変わると、状況が変わること(上司がいなくなったり)が、案外あります。そして、絶対に怪傑をしないだろう、と思った状態が変わっていった方もおられて、すごく興味深いです。ある男性が絶対に結婚は無理、ということだったんですが状況が変わった方がいました。 さて、そんなふうに、何か信じ込みが変わると状態が変わることがありますが、そんな信じ込みである潜在意識、というものは、私は記憶、だと思っています。そうして、記憶のなかで、「こういう意地悪をされるんだ」と思っていると、その状態を経験をします。そのような状態を作り出してしまうのです。 その整理の方法ですが、私は、記憶の整理で、双方向からの整理をすることがあります。 たとえば、あなたが、「友達が親切すぎて一緒にいるのが心苦しい」としますよね。で、「一緒にいるのが心苦しいけれど、一緒にいてあげないとかわいそうだ」というのがあるから、かえってよく付き合えないとか。つまり問題には、「自分の立場から感じること」と「相手がこう感じるだろうから、できなくなっていること」双方があるんですね。双方とも、「自分の中に出来上がっている信じ込み」です。人が違えば状態は違ってくるし、本当はたくさんの選択肢があっても、一つしかできないということが人にはあります。 セッションでは、年齢を、下がっていくのですが、私の場合は、筋肉の反射、というものを使ってその方から年齢をしてもらいます。 で、そうすると、ふしぎと、双方向の年齢が出てくるんですね。 双方向、というのは、「相手の立場と同じように、一緒にいてくれなくてかわいそうだった自分の年齢」と、「親切すぎて、重たいと思った、今の立場と同じ自分の年齢」の双方です。 人がある状況を引き寄せるとき、というのは、要は、嫌なんだけれど、相手の立場に立つと、何かかわいそうでその状態を離れられない、という心境の双方が働いて引き寄せていることがあるからです。 先日は、何歳、何歳、複数年齢が出てきたのが「自分が親切にされなくてかわいそうだった」年齢と、「相手が親切すぎて重たく感じた」年齢が交互に出るセッションがあってとても興味深く思いました。 その双方がクリアーになると、重たくならずに親切にされ、そして、悪気なくスマートに親切から抜け出もできるし、というような行動が、さくっと、、できるようになります。相手にも良い影響が生まれます。 なお、とても複雑な関係を築く方々は、そのとても嫌な相手に、その相手に対してかわいそうだとか自分が悪いとか、何か無意識での絡まりを持っていることが多くあります。 暴力を振るわれていた人が、そういう人と出あわなくなった方なんかはこの整理が進んでいったときです。 http:.//www.acoreading.com
2017.01.30
子育てと、男性育てで最も大事なこと子供を育てることと、ダメンズをよい方向に向けることとは似ています。で、子育てで、上手にいかないなーとなってしまう原因の一つに、「自分がしてあげないとならないんだ」という罪悪感があります。そういう罪悪感があまりありすぎると、子育てに一貫性がなく、そのために子供に一貫性ができなくなることがあります。たとえば、自分でしてほしいことがあるので、自分でしてくれないのを、叱った、とします。でも結果、「私」がやってあげてしまうのであれば、どんなメッセージが相手に伝わるでしょう?そこには、相手に伝えたり意思を通すのがめんどうだ、という、怠惰なお気持ちもあるのかもしれませんし、あるいは、やってあげないといけないのでは、という弱さが働いてしまうのかもしれませんね。あるいは、文句を言うだけや責めることばかりで、相手に何も変わる方針が示されていないのかもしれません。自分でしてほしいことをしてほしいのであれば、してくれないときに自分が必死になって相手を説得をしたり、自分から動くのではなく、してくれた時に自分も動く、という一貫性をもっていってください。子供がうまくできたときに、親が動けば、そこで子供は動くようになります。親が方針が一貫をしていたら、子供も一貫性を持つこととなります。例えば、トイレに子供が自分で行ってくれない、どうしても行ってくれない、とします。しかし、文句を言うだけなのであれば、子供は何をしていいのかかりません。親は伝えているつもりでも、萎縮をしてしまいます。そうすると子供たちは、おどおどしてしまうし、言い訳を言ったり嘘をついてやったよ、というようになります。それは大人でも一緒です。あるいは、しかり飛ばしても、最後はやってあげてしまうであれば、叱られてそしてやってもらうのが愛情、と子供は記憶をしてしまうかもしれませんね。ダメな子供と立派な親、という役割分担もできてしまいます。非常に叱られたりしても、しかし、最後は親がやってくれるんだな、ということを脳に記憶をさせてしまうのです。トイレに行かない、自分で行かないとしたら、行ってほしいならば、トイレに行ってみよう、から始めないとならないかもしれません。一歩でも、トイレに向けて歩くまで忍耐強く待ってください。できないならば無理に叱り飛ばすよりも、自分のしたいことをしていてもいいでしょう。子供が、トイレに向けて、何らかのきっかけに動けたときに、とてもほめてあげたり、一歩動いたらその時にサポートをされるとしたら、子供は動く方向に意識を向けてきます。さて、皆さん、男性もこれは一緒です。案外、逆効果、動かなくなることを、人は相手にしていることもあるでしょう。http://www.acoreading.com
2017.01.30
子供と一緒に遊ぶのが苦痛、というお母さまがたは多くおられます。子供といても、息苦しかったり。子供の要求をどこまで受け止めていいのかわからなかったり。でもそんなふうに、遊んであげられない自分が申し訳なくもあったりしますよね。 でも苦手なことがあれば、親御さんだって、お子さんたちに正直モードが必要なのかもしれません。叱るよりも、「これできないよぉ、教えてね」とか「お母さんこれできない、休みたいよ」などのようにです。そしてもう一つは、しないことはしません、と言い切って相手がごねても、罪悪感を感じないことが、大事なときもあります。「わがまま言うんじゃありません!!」と言われれば悲しいことでも、「私はしません」というと、成長をしていくとその親を受け入れていくお子さんたちもいます。 正直に伝える勇気と、そして、言い切ってどっしりとしている度量、この二つを持っていたら色々なことが、うまくいくことでしょう。http://www.acoreading.com
2017.01.30
急に落ち込んだりする理由というのは、人それぞれです。今日は、エニアグラム、という9つの性格判断から、気が付かない、隠れた落ち込みの理由があることを、ご説明しますね。エニアグラムというのは、9つに性格を分けて理解をするものなのですが、それで、そのタイプ別に落ち込み方の特徴があります。ACR(こちらでしているカウンセリング方法)の中でも、わかりにくい、人の心の働きを説明するために、このエニアグラムも、使います。さて、今回は、タイプ6、という方について説明をしますが、これは皆さんにも若干ある心境でもあるため、関心のある方は、お読みくださいね。この、タイプ6は、権威者に無意識に従うことで、自分を守ろうとする、という潜在的な要求があります。しかしながら、一見は意思が強かったり、意見がつよい方もおられるので、とても権威に従っているなんて、自分でさえも、わかりにくいこともあります。でも権威がある、と思った人が、自分と違う意見を言うとそこに、葛藤が心の中に起きてしまいがちな部分は、とても特徴があるな、と思います。ああ、あの人はこういう意見だな、ここは受け止めてまあ、ここは良いでしょう、というのが思いにくく、もともと生真面目に話も真剣に聞くタイプ6ですから、「権威者が言う以上、それが正しいかもしれない」「でもそれって、私が悪いというのか?」というようになりやすいのです。「いわれた以上、逆らわないでしたほうがいいのでは」という葛藤が生まれていきます。「これは、私が社会でも認められない部分なのでは」と恐れてもいます。もちろん、こういったことは、ほかの人々でも起きますが、タイプ6の方ですと、たとえ自分が嫌いな上司でも、尊敬をしていない人に対しても起きてしまったり、本当はもう、できていて、気にしなくてよいところにもそういった葛藤が起きてしまったり、あるいは、何が起きているのかわからないけれど、何か心ががちゃがちゃしたりします。こういうことが起きるのであれば、「ああ、私の癖」「権威がある人が(たとえ全然私が認めていないひとでも)、自分の方法と違うと、(気づかないうちに)自分は社会で生きていけないのでは、という不安になる癖なんだな」とその癖を知っておくとよいでしょう。さらに、自分の力をもう少し信じる、ということが、タイプ6の課題でもあるようです。http://www.acoreading.com
2017.01.29
家の中で動けない、という相談喫茶店とかでは動けるのに、家の中では動けなくなる、というご相談がありましたがJ・K・ローリングスは、喫茶店でハリーポッターを書き上げましたよね。ということで、じゃ、外でやろうっか (笑)要は、家での姿勢なんですが、ちゃんとした姿勢をとっていないんです。机に座るとかしてても、家だと姿勢がぐたぐたになるとか。あなたが何かをするには、環境もする要因だ、ということです。でも外でしかちゃんとした姿勢になれないならば図書館、喫茶店、どこでもいいから、そこですることはできます。あなたが、未来、家の中で何かをしなきゃならないと思うか、それとも夢を叶えたいのか、どちらかによって変わっていくでしょうけれど。家の中で何かをしたいという目標ならば、家でちゃんとした姿勢になれる工夫をしましょう。何かを成し遂げたいならば、できる場所でやりましょう。● 要は、「何かまだ夢に向けて無意識が動き出せていないと」「どうして家でできないんだろう」と原因を探し出そうとし、● 要は、「もう夢に向けて無意識が動き出していると」「どうしたらできるんだろう」と発想が変わる。実はセッションでも、その双方を見てはいるんです。だから原因探しをしているようで、原因探しに陥ってしまう心境の深い部分を整理をすることも多々あります。http://www.acoreading.com
2017.01.26
虐待を受けた方々虐待については、今回は、「安心をしているときになんの理由もなく殴られた」などとくに安心をしているときに、理由もわからずに、ということについて書きます。こういった寝ているときとか、安心をしているときに何らかの暴力を受けた方々は、「安心をする」ということが、ひどく危ないことだ、という感情を深く持つようになります。そのため、もっと安心をして実力を出していいことがわからなくて実力を出せなかったり、何か不安があると、動揺をして人に聞き続けたり、不安があると、ずっと人に絡んでいったり、ということも起きてきたりする方もおられます。あるいは、ずっと我慢をすることが身を守れる、と思ってしまうと意思の疎通がうまくいかなかったりするかもしれません。これは深い問題ですから、私が一言二言添えただけで癒されるなんて思ってもいませんしただ言えるのは、本当に自分が安心をする能力は取り戻そう、と思ってください、そこを思えるか、どうかです。私は、全部に緊張をしなくてもちゃんと守られ進んでいけることができる、私は、本当に、人との関係で、安心をしている時間を多く持てるようにしていくそのようにできるときに、あなたの周りに信頼をできる人々が集まってくることでしょう。今まで不安からかかわっていた人々から、安心をしてかかわれる時間が増えてきて、その結果安心感を基として集まる人々とも付き合っていけます。また、自分はここを安心をしてみる、と思うことでできることが増えたり、自分は力があることを取り戻していけるかもしれません。どうぞ、自分の中にある、自分を守りたいためにある不安さや不安定さそれに心から耳を傾け、ああ不安なんだ、小さな事柄でも全部怖いんだ、怖いんだな、安心をできなかったから安心をしてはいけない行けないって言っている声がある。大丈夫、ここまでね、今日はこの2、3分、本当に身をゆだねてみるね新しい私自身の力を取り戻すために。その勇気が出てきた、としたら、あなたには何かが国府子をできていくのかもしれません。心の傷が癒されることを願いつつhttp://www.acoraeding.com
2017.01.26
先ほどの記事の続きです。 あすなろの木は、明日こそは、杉になろう、と思った、だから、あすなろ、という名前だ、という言い伝えがあります。背伸びをして、明日こそは憧れの杉になろう、杉の木になろう。明日こそは、ちゃんと杉の木になろう。 それが、自分をささえてくれる目標で、自分がいつも光をいっぱいに浴びて、栄養を取り、すくすくと伸びる目標であれば、頑張れた、ということでは、役に立っています。 しかし、いつか杉になろう、という目標が、本当は、この山で、この山の景色を高い杉のように見てみたいのであったのであれば、彼は、杉になりたがるべきではなかったのです。山を見渡すために、杉になろうとするのではなく、ちゃんと目を見開き、僕はこの山を見てみたい、全体を見てみたい、どんな風になっているんだろう、どうしたら見えるんだろう、それを恥も臆面もなく、本当に心に秘めて、それを望み、そうしていたら、彼は山全体を見渡す目標が達成をできたのです。その時には、杉に彼はなりたかったのではなく自分自身に大いなる誇りも持っています。何かになれるから幸せなのではなく自分が自分自身に忠実であったからこそ、叶った夢です。山の木々は、彼の望みにこたえて、霧を晴らした時もあるし、彼の望みにこたえて、森の奥の木々を光で照らすこともありました。杉になりたいと望んでいたら見えなかったもの。全然見えなかった森の秘密に彼は接したのでした。そうして多くのあすなろの木は、いつの間にか、山全体を、ここから見渡したかった夢を忘れてしまうのです。そうして残るものは、明日こそは、杉になろう、明日こそは杉になろう、という、ふわふわとした、それを願うとワクワクをする気持ちだけでした。 あなたは、どんな望み方をしていますか? 人がやってくれる 立派になれば果たせるはず きっとこう思っていたら自然に、 そうですね。縁もやってくるし、立派にもなれるかもしれません。自然な引き寄せは事実あります。しかしそれは、憧れの杉になろうとするからではなく、山全体を見渡したいという彼の望みに、心から忠実であったからなのです。-----------------------自分の潜在意識を読み解くお手伝いをしています。とても不思議なセッションでかなり心が軽くなります。また自分自身が変わっていきます。http://www.acoreading.com
2017.01.26
叶う夢と叶わない夢が今すぐわかるー叶えるには?その人の行動を見れば、あるいは考え方を見ればその人の根底で動いている無意識(潜在意識と呼ばれその人の今現在を作り出すといわれています)がわかりますそれで、同じ行動に見えても、全然違うものがあり、同じ行動をしているのに、叶う人、叶わない人がいるので説明をします。まず最初に、看護婦さんになりたいから、看護学校に行って勉強をする。看護婦さんになります。なれます。では次。海外旅行に行くので、海外旅行に現実に行っていて、健康が大事なので、健康にも気を付けている。海外旅行に行けますか?行っています。健康に良い習慣は、身につくでしょうか?続けていたら身に付きます。では次。海外旅行に行きたいので、海外に行けるようにお金を貯めてある時期になると行く習慣があります。海外に行けますか?行けます。というか、行っています。だって、本当に「潜在意識から行きたい」」からです。では次。海外旅行に行きたいので、健康が大事なので健康がもっとよくなったら、海外旅行に行きます。行けますか? こういった方々の潜在意識は時々海外に行くかもしれませんね。でも、「準備をしたり、夢を見たりするのが慰めになる」というのが本当の夢で、それを叶えていきます。どんどん夢を見てそれを考えることが、叶うんです。心の慰めになるから。だから、海外にもっと行くようにはならないけれど、それについて考えて自分の時間をつぶす夢はかないます。本当に海外にそれほど行きたいわけではなく、海外に行けたらいいなあ、ああどんなにいいだろう、とあこがれることに意義があるというモティベーションの持ち方です。 お金がたまったらあれもしよう、これもしよう、これは叶いますか?着実にもうするために貯めていて、それが現実的なものならば叶います。しかし、お金があれば、これをする、という信じ込みには「いろいろやるのが面倒だから、夢をみていたら、自分が慰められるから」という潜在意識特有の、慰めてそれでおしまいにする夢が含まれていることがあります。そうするとお金を貯めていても中途半端、何かエネルギーが、どこか変な方に向かうような望み方です。では次。英語ができるようになったら、もっといい就職先が見つかると思うんで、英語を学び続けています。よい就職先は見つかりますか?どこへ行ってもなかなか不満だと思いますよ。何が違うんでしょうか?それは、その人の思考のパターンなんですが、 •何かを得るために何かがないとダメ、とそちらに行く場合には、「本当はその夢そのものは大事じゃない、夢を見て焦ったり叶えたいとずっと望んだり、それが心の慰めになっている」 というからくりがあります。本当は解決をしたい問題があってもそれが面倒で、ほかのものを探している可能性もあります。 例えば恋愛をするためにずっと美容整形をしていたら、もはやおかしいわけです。恋愛で起きてくること、傷ついたり、を避けていて、準備をずっと夢を見て、ということをしていくのですね。だってさ、実際に動くと能力の不足とか、できていないこととか、ダメなこととか、泥臭いこととか、ここから始めないとならないとか、いろいろ見ちゃうわけだから。自分自身に何か、隠した自信のなさがある場合、物事にちゃんと向き合わないで、常に逃げつつも、「これがあったらもっと幸せになる」という発想になります。 例えば看護婦さんになりたいから看護婦さんの勉強をするのと、外交官になりたいから英語が必要なのと、ほかの夢を叶えるためにいろいろしながら、英語を学んでいるのと、「英語ができたらもっと何かできるはず」という発想とは全く別物です。そしてそういう発想があると、全部に何か中途半端で、もっとこれがあれば、こうなれば、もっとこれができるのに、という夢ばかりが増えていきます。そして、ご自身がなにか虚無感だったり、もっと何かがあればキラキラできるのに、というように、「自分から逃げ出したい」「もっと外側にあるはずだ」ということで、探している夢なのかもしれません。 ほかの部分で引き寄せが起きても、そう望んでいる部分だけ欠けが出てくるかもしれませんね。でも自分に合っているものだと、すぐに引き寄せが始まるんです。同じことを考えている友人が現れたり、資金が得られるようになったりです。 「何かができたらもっと何か自信を持てるはず」という目標だったり、「もっと充実ができるはず」という目標である場合には、その人の「もっと何かあるはずだ、と捜していると、今が慰められて、生きていける」という潜在意識の声であることもあります。こういった夢はかないませんが、自分を慰めて希望になっているので良い夢ともいえますし、もし本当に現状を変えるのであれば、とても自分の中の整理をしないとならないことはあるのです。^^^^^^^^^^^^^ 自分の潜在意識と話をします。とても不思議なセッションで、自分の気づけなかったたくさんの面に接していきます。http://www.acoreading.com
2017.01.26
正直であることの強さ正直であることの強さ、って経験を経ていかないとわからないことです。そして、ある意味、すごく本当の意味では、正直であることということが、何なのかの理解が難しいことではあると思います。何かミスをしたときに、ミスをした理由をきちんと把握をして言えばそこは事実は許されます。これは面白いと思います。しかしどこかで、自分をかばっていると、相手とうまくいかないものです。説明の仕方はいろいろあると思うよ。でも本当に自分に起きていることを責めずに俯瞰できる力が正直さではないでしょうか。しかし信じ込みの中に、「自分をカバーするための言い訳」を言うようになっている、としますとね、正直に話せば話すほど、馬鹿を見ます。この、無意識に自分を守るためについている嘘が、自分をカバーをした内容が、相手とまったくすれ違っていくということになります。例えば、正直に言う、というのは、「こういうミスをしました、こういう理由です、ここまでは修復をし、ここは、手が必要で、ここは、自分としては他の事柄を改善をしないとならないと思います。ここからは自分の責任ではありません」みたいなことですね。これを全部話をする必要はないけれど、敵意なく、全部を見られる能力が正直さかな、と。でも、自分の中で、ある部分が正直さが受け入れられていないと信じていると、つまり、そういう関係性を学んでいると、そういった信じ込んでいる部分が変な説明をさせるので、信じているような現象(つまり人によっては正直に話をすると付け込まれる、とかであれば、その信じている通りに)なります。例えばその人が、ミスは受け入れられないで非難をされる、と思い込んでいると、正直に話をしているつもりでも、ミスはしているけれども、貴方は非難をするんでしょ、という説明になります。非難をしないでよ。という説明になります。その言い訳の部分に、相手がカチンとして非難をする、といったようにですね。ミスをしたら非常に切り捨てられる、と思っていると、説明が、「切り捨てないでよ、怖いから、やめてよ」という気持ちが説明に入ります。その部分、一生懸命説明をする部分が、「んーなんで余計な説明が入るのかなー」と、相手が切り捨てるような何か、冷たい感じを生むような何かをさせてしまいます。この正直さは、催眠療法士さんや、あるいは、心理の現場にも非常に必要になってくると思います。もし誰かが、相手の行動が嫌いだった、とします。親と同じ姿勢であるからです。しかし、それを「あなたの心境がこういうことだから」と言ってしまえば相手を傷つけることさえあります。すると、ずっとその人は、先生先生、と呼びながら、自分の問題を、親との関係を、相手に映し出して、その嫌な気持ちを相手のせいに問題をしてしまったものだから、潜在意識は葛藤を起こしてしまい、相手がいうことを聞かないような関係ができていきます。一生懸命なのに変わっていかないで結果逆らっていくようなことですね。無意識の領域だけれど、嘘をつかれたことに怒っているのです。しかしそれが、「私はあなたがこう感じると思っていてここはまずいと私が思う」とか、「本当にその姿勢はいかんし、嫌いだよ」と、自分が感じていることを、相手にせいではなく、相手を信頼しつつ、自分の考えとして伝えられたら、そこは潜在意識もかなり開いていきます。さまざまな今まで見えなかった問題さえ提示をしてくることもあります。自分がミスをしたのであれば、「ごめんね、おっちょこちょいで他意はない」といえれば誤解が解けますが何か本当の理由を避けて一生懸命に話しているとき、自分は正直に話しているはずなのに相手の反感が取れない、ということは起きていきます。世界の平和を目指す時、正直に接する模範がいてくれて世界が変わったらどんなに素敵だろうと思います。例えば、「ごめん、、今さー自国に問題があって、お宅の国と、もめていることを原因に、目をそらしたいんだよねー」みたいに、ちゃんと事実を認められて、でも本当に問題を解決しよう、と思えたり。他国のせいにせずに問題を解消をしようという勇気があったり。いや、我が国の大統領馬鹿でさあ、、隠さないと、と思って、言論制限してるんだよねーというのが、いや、馬鹿な大統領ですが、こんなことはちゃんとしています。とちゃんと同意を得られるような人間の弱さ、正直に言えない弱さは、どれだけ問題を生み出すものだろう。一時的に問題が解決しているように思えても、解決方法は常に、自分を守ること、嘘を本当らしく見せることそして相手がちゃんとやってくれないことにいら立って、その攻撃に変わってしまうものです。嘘をつくとそれを守るために、ほかとけんかをせざるを得ないんです。正直さは、いろんな問題を解いていきますが今までの人間が、まるで経験をしたことがない胸中を通らなければなりません。そして常に、何ができるか、今何ができるのか、正直にそして利益を受けるために、と考える新たな方法は必要ではあるのです。しかしそれができてもいいんじゃないの、個人レベルで。個人レベルでできたものは、いろんなレベルで広がっていくものだから。いろんな人を、ものを、世界を変えていくきっかけになるものだから。あなたが、成長をすると、いろんな成功が見えてきます、現実化しやすくなります。それと同時に、いろんな仕組みを変える力があることにも気づいていくことでしょうhttp://www.acoreading.com
2017.01.26
「ずるい」と思うと、良いものが来なくなる理由「ずるい」と思う癖があると、自分にとって最適に得られるものが、得られなくなるんです。説明をしますねくまさんとウサギさんがいて、ウサギさんが、家で飼われていて、そしてニンジンを毎日もらうんですね。それをくまさんが、毎日ニンジンをもらって、「ずるい」と思った、とします。そうする考え方の人々は、「自分にあるもの」がまったく見えなくなり、感謝もしなくなります。その結果どうなるのか得られなくなります。味方がいなくなります。具体的に言うと、「ずるい」と思うのって、「その部分だけ見てずるい」と思う癖がついているんですね。「その部分だけに非常に反応をして」ずるい、と訴える感情になっています。それで、ほかの人から見ると、ずいぶん、一方的な、思い、というのもあります。しかしずるいという考え方がある方からすれば、「私がほかの何を得ようとも、その人に比べたらくだらないものなんだから感謝も適当でよいし、この部分だけをみて相手を責める」という癖がついてしまうんですね。実は、そのくまさんには、自由があります。その地域の人々が、くまさんは狭い檻にいると窮屈だから、と外に出させてあげているんですが、そんなもの、くまさんにとっては、すごくつまらないものです。そのニンジンを上げている人々が、くまさんには自由をあげていると考えている、としても、くまさんは、ひどく不服です。時々、魚も実はあげているんですが、くまさんはニンジンを毎日もらっているウサギと比べているから、それはつまらないものです。ほかの人々はくまさんに何をしても感謝をされずニンジンを毎日くれない、と言われることに、辟易をします。つまり何を上げても、「ウサギに比べれば足りない」とマイナスに思われているんですね。上げる意味を失います。その結果、周りの人々から、くまさんはついに忘れられていきます。そういった問題があちこちで出てしまうんです。ずるい、というときに、くまさんは、ウサギさんがかわいいせいだと思いましたし小さくコンパクトにまとまれない自分の体のでかさも、いやになりました。そう思えば思うほど、自分を見失い、自分にある武器も使えなくなりませんか?くまさんの毛深い手には、蜂に刺されても大丈夫なほど密集をした毛があったためにはちみつも食べられました。そんな大きな手、くまさんにはやっかいものです。だって、こんな大きな体のせいで、手のせいで、密集をしたかたい毛のせいで、小さな折には入れずに、人間にかわいがられずに、ニンジンがもらえないんだからね。はちみつをとれるのは当然。そしてニンジンがもらえないことが気がかりでニンジンをもらうウサギ君を毎日見に行っては、抗議活動をします。はて。くまさんの中には、「ああ毎日楽しいな」と思うくまと、「ああ、ウサギに比べて、自分だけがない」とはちみつを食べながら思うくまとがいたりなんかします。それが人間です。今あなたにあるもの、それがすべてです。そこから始めませんか?人と比べずにずるい、を、「私だけは愛されないんだ」あるいは、「私だけが●●なんだ」とすごく怒って抵抗をしている感情があるんだな、に言葉を変えてみてください。そして相手は、私をひょっとしたら見てくれていても、私はそれを認めない、と怒っていることも。あなたの潜在意識が動き出します。● 比べてしまうことの弊害は、あなたを押しとどめます。自分だけしてもらええない、という感覚は、幼少からの心の感情で痛みです。潜在意識からそれらの解消をしていきます。http://www.acoreading.com
2017.01.26
生きる知恵ってどうやって出すのか、という質問をいただいたので行くよっ 早口で書くよっ(笑)自分の癖をしりましょう。どういうときに、どんな感情に囚われて、どちらに行きますか?「自分を今にとどめている感情」です。怒りか、動かないほうか、焦って動きすぎるほうか、心配をして考え込むほうか。そしてさらに、「事実と思えている事柄」を言い訳として考えてみましょう。周りはこうする、誰かはこうする、社会とはこういうもの。あまりに当然でどう考えても事実としか思えないもの。これらを自分を今のままにとどめている絶対に外さない絶対にそこから動きたがらない癖として考えてみます。さらに親も、この癖をやっていたとみてみます。すると事実が見えてきます。「私が」ここにいるための保持するための、強い強い脳の仕組みだと考えてみます。ここに気づけた、として、違う感じ取り方をさせてくれる考え方が、あなたにとっての、生きる知恵です。そのヒントはよくよく読むと、常に私はメールカウンセリングでは伝えています。そこさえできれば、維持できれば、必ず変わります.http://www.acoreading.com
2017.01.25
いじめを完璧になくす、ということは いじめを完璧になくす、としたら、かなりいろんな意味で、人々が成熟をする必要がある、と思います。例えば、いじめをなくすことは、人を、画一の人格に教育をすることではないはずです。もし、いじめをなくすために、ある個性を抑え込む、としたら、その抑えられた人格は、ある時期、長い時間を経て、反発をします。いろんな社会問題を生むかもしれませんし、あるいは、ある時期から逆に、強くない人は生きていくな、みたいな反発した現象が生まれてきてしまいます。歴史、あるいは人の長い歴史の中で、一つの何かを抑えてしまった場合、それは悪い形で反発となり強くなっていくことがあります。社会が安定をしないのは、一つの良い世界を築くためにもう一つを押させてしまっている、ということによって反発が起きてしまうからです。さて、こういった問題をなくす、としたら、人は一つの型にはめられないことをよく知らないとならないのだ、と思います。例えば、「いじめがいけないよ」ということを教えるのは、いじめる側の子供が、幼少期でまだいじめになっていないときに、例えば、強い部分がある、としますよね、その強い部分があって、ちょっとほかのお子さんを押してしまうようなことがあるときに、絶対にあなたのそんなのはダメ、と止めてしまうことではありません。貴方がだめなんだから、とダメな子認定をすることではないはずです。この場で押すな、押すなら惜しくらまんじゅうの場で、という知恵だと思います。そうしてしまえば、自分がとても強く意見を言ったりする子は、自分が止められてしまったイライラで陰でいじめをするようになります。あなたは、強く意見を言うところがある、その力を生かしなさい、ただし、そこはどこで生かせるのか、どんな場では人を傷つけることがあるのか、傷つけたらどう謝ればいいのか、という教育が必要です。こういった教育は親御さんにも必要になるかもしれません。たとえばジャイアンタイプのお子さんをお持ちであれば、その子が悪い、と押さえつけてしまうと、社会全体が弱いものになっていきます。そしてお母さまはいつもわが子が悪いこと言われるから、かえって、敵対心を持って社会に接するようになります。そうではなく、ちゃんとそのエネルギーを生かせる場や強くなって人々を守る強い人格に育てていかないとなりませんよね。誇りをもって、しかし、正しくないことは正しくない、といえるように親御さん自身が成長をしていくには、やはり親御さんも受け止められる必要があります。そしてまた、逆に、とてもとても繊細な子であれば、ちゃんと表現を安心をしてできる場を設けてあげたり、また、物事の見方が、「自分がいじめられている」と思いすぎな面があれば、「事実何が起きているのか」を正確にみられる目や、相手が怖い、悪い、だけではなく、それらを正しく「表現をできる方法」「守られる場」をどこで選べるか、などが必要になっていくかな、と思います。双方がいろんなタイプに対して、いろんな共感を持てるように、という工夫も必要になります。もちろん、いじめの問題ってもうそんなレベルではないいじめもありそれには私も断固、反対をします。話が変わりますが、 実はうちの子供たちって面白くって、真ん中の子が、気が強い面があります。また、積極的に物事を推し進めていく力がある分、ガサツなところはあります。うちの一番下の子は、繊細で、ちょっとしたことも、傷ついてしまいますし、穏やかな環境ではないと、自分にたいして周りが悪意があるのではないか、という面が幼少期はありました。その二人のすれ違いの整備をしながら、両者が誤解をなく育てていく過程は私には非常に参考になりました。もうお互いにすれ違うことは多くあったと思います。幸い、わが子たちはタイプが全然違っても、お互いを理解をできていて、すごく仲良しで真ん中の子は自活をしています。が、いまだ休みになるとお姉ちゃんと弟を(そして時には私も)、「おい、今からこいや」と急に!!! 呼び出して、泊めたりしています。兄弟が泊まりに行くと、一晩中笑っているみたいなんで、ご近所に迷惑にならないように、と言い聞かせていますし、それは注意をしているようですが。片方が悪いから、と押し込めてしまう場合、実は長い目で見て問題の整理にはならなくなります。相手がわるいと思えばその相手は押し込められた社会で、反発を育成させてしまいます。もし長男を、私が責め立てていたら、彼は弟を愛せなかった、と思います。もし下のことをかばってばかりいたら、下の子は、兄を理解できなかったかもしれません。もし私が、下のことをだめだ、もっと強く、と言っていたら自分自身が強くなれなかったかもしれません。もし私が、上の子だけをかばっていたら、上の子は弱いふうにみえてしまう、下の子の良さをわからなかったかもしれません。 現在出てきている様々な社会での問題は、押し込めてしまったものが、悪い形で成長をしてしまったからでもあるのです。国通しであれば、お互いの文化を理解し、違いを理解し、双方がきちんとした個性に基づいて誤解を解きつつ成熟をしていく場、そうなるために、という考え方で物事を進めなければならず、そうすると、今までの方法では立ち行かない面があります。真の意味での聡明さがないと、厳しい世の中です。先生の育成であれば、片側を嫌い、片方を見捨て、という先生は物事をうまく見られませんから、自分自身の問題を整理し、偏った意見ではなく双方を見て調停を勇気をもってできないと、逃げ腰にはなりますし、大変な責任だと思います。そんなことで、もう一度教育を考えていただけると、大変にありがたいです。 ● お子さんってセッションですごく変わりやすいんです。心境の変化はすぐに表れ、長きにわたって変わっていくこともあります。 行動を変化させることもできやすいんですが、早急に【1回のセッションで】行動が変わった場合には、維持をする方法も考えていった方がいいとは思います。行動の変化は、習慣化をしていないのであれば、1回で変わってしまうと、維持させる力を身につけないと、もとに戻る面はあります。● 強いエネルギーをもつ方々は、社会を変える力を持っています。 いろんな人の気持ちがわかる人々は、平和を作り出す仲介者の才能を持っています 繊細な方々は、芸術性、やさしさ、それらを生み出すこともできるっでしょう。しかしいずれにしろ、自分たちの中にある、傲慢さ(社会を変える人)や自分の意見が言えないこと(平和を作り出す人)、自己憐憫などを整理をする(繊細さを持つ人々)といった過程を通して成長をしていかないとそれらの才能が開花しにくいのです。http://www.acoreading.com
2017.01.25
喧嘩のお作法喧嘩で勝つためには、感情でまくしたてると、大抵、社会という枠組みでは負けてしまうのではありませんか?あるいは大事な関係を壊してしまったり、何か不満が残る解消になってしまったりしますよね。それは喧嘩のお作法に乗っ取っていないからです。喧嘩をするためには、「感情」という力だけで押していくと、いずれ破たんをします。かなわないことが出てきます。しかしかといって、「理性」という枠組みだけで言っても、無理がかかります。「理性」だけでも通じない問題が出てきます。きちんと自分が「諦めたくない」という気持ちに乗っ取りながらも、共通の目的を相手と捜していく知恵が必要になります。あなたがどんなに言ってもここは譲れない、というのは、しっかりと目的を持っていたら、大事な感情です。けれども、感情ばかりですと、相手には全然通じないから不思議なもの。相手の立場に立って利益をきちんと伝える知恵が出てくるのは感情で、「こんなに相手はわかってない」といういら立ちや憤りの気持ちを乗り越えて客観性を持つ必要があるのです。ここには、感情的過ぎることが、「何かを壊す」「自分だけが守られたい」ということが目的になっていた、としたら「何かを築く」「共通の目的を探す」という目的に変えることも、気持ちを乗り越えることに入るのかもしれません。しかし、逆に、感情を捨てて知恵ばかりで行こうとすると、本当は感情的な自分に気づけません。自分ばかり理論武装をして正当化をして相手を傷つけてしまったり、空々しい説教にしか、相手には、聞こえないかもしれません。相手の「こころ」を動かせないことも出てきます。ちゃんと私にある感情を知り、それを知恵で相手に伝えていく力を持つこと感情と知恵、その二つがあれば、どんなことでもできていきます。なおこれは、「協力者を集める」ときにも、同じです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー自分の潜在意識のプランを知り、解明をし貴方に合った方法を探します。とくに深いレベルでの潜在意識の整理は、非常にこころが安定をしていきます。http://www.acoreading.comセッションの感想です。ーーーーーーーーーーーーーーー以前セッションで相談していたことなのですが‥最近、元カレから連絡が来てびっくりしました(元カレには幸せになってほしいけれど、私はもう連絡するきもちはないです)。それと(ほかの彼)は、あれから(相談以降) ずっと連絡をくれます。いつでも私が困った時に助けてくれる存在です。でも今夏のような焦燥感や揺れるきもちはもうなくて、安定をしました。(感想をいただいたのが夏終わりだと思います貯めといちゃう癖があってすみません)その2人との関係をみてると、幼少の頃の私と父と母みたいだなって思いました。母を気にせず、ただ父と仲良くしたかったんだなって。なんとなく、このきもちから卒業できそうです。経過を聞いてもらいたくなってメールさせていただきましたこれからも天野さんのご活躍をお祈りしていますね☆ーーーーーーーー何かが整理をできると、関係が変わっていくので連絡が着たりということはあります。複雑な関係性から新たな関係性へ、行くことをお祈りしています。なお、感想は、許可をいただいたもののみ、載せています。たくさんの方々の感想をありがとうございます。http://www.acoreading.com
2017.01.25
自分が成功をしたいとしたとして、何かイメージングをしても、それが変わらない、としたらその方法は間違っているのかもしれません。さて、自分が成功をしたいと願うとして、自分の心の中には、それとは別に、ほかの考えがあります。その、「自分はこういうものだから、ここから出ない」という考えや感覚があれば、そこから出ていくのは、とても大変です。そしてイメージングが、逆に邪魔をしてしまうことさえあるのです。例えばなんですが、ある方が起業をしたくなった、とします。そして動き出すと、様々なことがわかります。例えば動機です。自分では、仕事が成功をしたいと思っていると思った、としても(これが感じ取れる意識、顕在意識と呼ばれています)行動がちぐはぐな面が、出てきたりすることでしょう。その人が、プランを立てても実行に時間がかかり、そしてそれが、周りのことを気にしているからだ、とします。また、周りの意見で集中ができない、としたら、そこに、その人にとって、は、、ひょっとしたら、その人の、深い無意識レベルでは、「私は成功をするよりも、周りに見捨てられないように、しがみつくことの方が大事だ」と思っているのかもしれません。つまり、行動を見れば、その人の心がわかるのです。その人たち自身が感じていない、としても、「成功をするプログラム」よりも、「ほかの動機の方がひっかかってしまう」のであれば、心はとりもなおさず、成功よりも、そっちの方が重要、と言って動いてしまっています。人間の頭はとても良いので、理由は後からくっついてきます。それらは本物らしく見えるのですが、要は理由は変われども、同じことを人生で繰り返してはいないでしょうか?そう言った無意識のさまざまな心境に動かされていることに気付けることが、気づき、と呼ばれていて、気づけた、としたら、その後、自分自身がその状態から抜け出るようにしていこうとします。こういったことは関係性でも起きやすく、例えば、「幸せになりたい」と言っているのに喧嘩ばかりなのであれば、幸せになりたいのではなく、「こういう姿勢が許せないから戦いたい」だったり、いろいろなほかの動機に引っ張られてはいるのです。気づきを得るためには、自分の行動(あるいは毎回起きている同じ出来事)を見てみることが、突破口になります。自分の行動をみて、動機に気が付くためのもう一つのポイントは、自分がその場から出られない、でない、と無意識に決めていることは、必ず人のせいか、状況のせいにして考えています。「相手がこうしてくれない」とか「社会がこうだ」と言っているということは、「こういったほしいものよりも、こういうふうに自分を守る方が心地がいいんだ」と言っているということでもあるのです。ですから、それを逆に、「私はそういう人を見つけて感情的になってそこにしがみついて、もっとできることから離れているのかもしれないなあ」という自分の望みとは一見逆の、自分を守る無意識の決意としてとらえてみると面白いのです。私は評価をしてくれない限り、行動を起こさない、かもしれませんし、私は愛してくれない限り、私らしさを見せない、恋愛に進まない、でも愛されないだろうから私はずっと待っているよね、という決意かもしれません。それと逆に、自分がこだわっているしたいことが、ほかの動機に突き動かされていることさえあります。例えば、自分の根底に、「自分の成績や、何ができるかでしか認められないだろう」というのがあれば、自分が本来したいこととはそれて、すごい認められたいことが出ていて突き動かされたりもします。しかしそういった動機で成功をしていくと、偏りが出てきたりもします。そして本来の自分の力を使うことを、妨げられることさえあります。さて、自分の行動や繰り返される何かから、自分がどう動いているか、に気が付けたら、そこから抜け出ようとするときには、どうしても葛藤が生まれます。あまりになじんだしないことがあったりすると、それがぬるま湯の状態から抜け出ようとしている状態ですから少しつらいこともあるかもしれませんが、この、気づきからの一連の成熟を、目覚め、とスピリチャルで呼んだりもします。整理がつくと、それらに引っ張られなくなると、かなり楽になります。それらを、さとり、と呼んだりするところもあります。また、自分らしくしていくことが、とても乗りやすいですし、成功もしやすいものです。セッションがかなり楽になる、と思うのですが、不思議とこういった自分を守るぬるま湯にしている考え方はご自分に苦しみも生んでいたりします。それを整理することで相当に楽になることが多くあります。これがセッション後、何か楽になっていく心境です。•全然心当たりがない心境でも、繰り返している行動がある、としたら隠れている動機があることもあります。•それに気づくことは、前進の第一歩になります。•行動が変わらないイメージングをしている、としたら、自分にとって逃げるためのイメージングで、潜在意識に届いていない甘えるためのものなのかもしれません。•心境が変われば行動が変わりますし、その行動が小さくて気づけないことであっても、状況が変わります。•イメージングや潜在意識の整理の方法には、自分の今を維持するために逆に働いているものもあります。•自分がそれらに気が付いて、前向きに考え始めたときに、今まで無効であったイメージングが有効になることさえあります。気が付かないで操られている部分を整理をすると、人生が変わります。http://www.acoreading.com
2017.01.24
はぁ?私が悪いっているのか、というときには、意見が聞いてもられなかったりしないでしょうか?そういう時には、まず感情的になりすぎで自分が悪くはない、ということを伝えようとしすぎているときではあるのです。相手がわるい、悔しい、わかってもらえない、というのが強すぎると、自分がしているいろんなことがわからなくはなります。自分のこういう面は確かにあったけれど、と認めるのは、それが自分のせいだ、と認めることではありません。何かそういうところがあるかもしれない、と考えられることはとても大切なことではあるのです。なのでそこはしっかり認めないと、相手から大人として信頼をされません。そのうえで、ここは譲らない、ということは大事です。しかし逆に、「私はこうだったこうだった」と認めすぎて相手が全然反省ができないようなのであれば、論点を譲りすぎて、きちんと伝わっていないことがあるのでしょう。相手が感情的過ぎてしょうがない時には、冷却期間を置くか、感情で押し合わなければならないときも出てくるかもしれませんね。あらゆることで、そのバランスは大切です。〇話し合いがうまくいかないときには、何らかの会話のパターンがあります。 潜在意識を見直すと、そういった関係が変わります。http://www.acoreading.com 本日、の2件のセッションで、「セッションを受けて自分が変わると親も変わった」というのをお伺いして、面白かったです。それとブログに、先日のセッションの流れを書きましたが、(2回見た年齢のことを書きました)その方から先日感想をいただいていました。許可をいただいていたので載せます。その記事には載せていない年齢のことも書いてくださって見直しになりました。なお、この方は人生に深いつらさを持っておられた方です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーこんにちは。月曜日はセッションありがとうございました。セッションの終わりにその日のセッションの内容を聞くことができて、私が思っていた以上に細かいところまで、セッションがされていたことについて、まるで魔法だと思いました。ありがとうございます。セッション時に1歳11ヵ月まで遡ったのですが、家に帰ってから、「自分のタイミングでやりたいときに、やりたいことをやりたかったんだ」ということに気づきました。 何はともあれ、まだルンルン気分で過ごせています。〇〇なことも、(今まで落ち込んでしまうような内容も)落ち込まずに聞くことができました。今のところ毎日楽しみを待ち遠しく思いながら、楽しく過ごしています。。 今年もお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします^ ^(暮れにいただいたメールです)ーーーーーーーーー感想ありがとうございました。^^セッションって深いところまではいりますが、なかなか、その内容を伝えられないのが残念です。今年もよろしくです。http://www.acoreading.com
2017.01.23
転換期 - 今までの方法ではうまくいかないよどんなに成功をしている、(と思われている)仕事でも、転換期、というのがあります。転換期には、何かが動かない、今迄の乗り越えられ方で乗り越えられるんだけれど不安だったり不満、というのが出てくるかもしれません。転換期は今までのやり方を変える時期ですが、それはやっていることを全部変えたり、方法を全部変えたり、ということではないときもあります。おなじことをするにしても、違う選び方を採用をしたり、やってきた動機を変える、ということだって、転換期をうまく乗るための大事な事な場合もあるのです。今までと全く同じに思えた行動でも、今までとは全く同じに見える仕事でも、選ぶ動機や基準が変われば、それが回答になることもあります。ある意味転換期は、動機に見直しが出てきたことを意味します。特に大きな成功を収めているのに、それが急激に上がって下がってしまう場合には動機が貴方にはあっていないのです。自分に合わない方法なのに、自分をあおりませんでしたか?人に影響をされませんでしたか?自分に合っている方法なのに、採用をしていないことはありませんか?
2017.01.18
(個人が特定できないよう、内容を少し変えています。)セッションの内容(1時間から1時間半の間に起きていること)●実際にはいくつもの年齢に整理でいっていますが、今回はその2か所をピックアップし、お伝えします。● 目標 人ともっと良いかかわりを持てるようにする。 前段階で、「どうせこうしないとならないんでしょ、うまくいかないけれど」という経験が何らかの影を落としているかもしれない、という潜在意識が明らかにした部分もあります。しかし、セッションでは出てきたことのみを扱っていきます。筋反射で、行く前に何かをしらないとならない、とあがる。結局探していって、今通っている運動の習い事、のことについて、話をすることとなる。全く(潜在意識がこの事柄を出してきて)何を言わんとするのかわからないのですが、ヒントをもらいながら、話をしていろんな質問をしていくと、 身体が動くことについては、いやだ、と最初は思っても、習ったりやってみて続く。体がやろうと動かないのに、無理をしたことは、続かないか、とてもいやなことが起きる、という事がわかる。学び この方の癖として、人間関係、恋愛、すべてにおいて、動かなくても無理にやろうとしていることは、うまくいっていない。でも、同じいやだ、とは最初思っても、いやだ、やりたくない、と文句を言っても、何かをしている、動いていることは、結局よくまわっている。そこをもっと信頼をしてよい。 そこについて、理屈だけでは変えられないところを、そちらに向かって動けるようにしていく。Ex. 異性との関係でも、いやだどうせだめなんでしょ、と思っていても、身体が動いて接していた人には、結局最後に本当に彼が彼女を好きだったことを、相手からいってもらえる経験などが過去にある。だけれど、それは無意識に行われていて自分を信じていないので、そういった学びなのだろうと思います。 ●自己不信から、彼女のこのエネルギー (自分が動けることは正解だ) がつかえていない可能性がある。 彼女の場合、動かないところには徹底して動けないだけなのに、それは必要がない行動なのに、「どうせだめなんでしょ、どうせ〇〇で」と必要以上に理由付けをして、自分をいじめて成功に行かなくなっている可能性がある。 すると、いやでも動いて成功をするときにも、自信がなくなったりする。この二つを分けて感じ取れる感受性を取り戻す。 セミナーで言えば、「この部分は体が動かないなー」というところは(ワークですが)気軽に適当に、楽しく聞いても、聞き流してもよかったんでしょうし、「この部分はやってみようかな―いやだけれど」という部分が現れたらそこのみ、参加をしたらよかったのかもしれません。仕事の会議なんかでも起きていると思います。なお、このクライエントさんは、過去にお母様との葛藤があり、自分らしく生きることはできない、ととても禁じておられた時期があります。その時が、絶望感がひどかった時期です。● 人は、その人にとって、その人にしかない法則があります。それを探すのが、セッションの目的です。そしてそれを過去のデータから探したときには、「頭の情報」ではなくて、ああ、なんだ、こうすればいいんだ、と過去にしてきたことですから、脳が自然とできるようになります。まあ、過去のトラウマにも、成功事例(しかももう無意識化に押し込められて使わなくなっている方法)にも、見直しは図るわけですから。年齢を下がる許可が、この話し合いの後で、でる。(いくつかのうち、今回は一つをピックアップして説明をします)18歳、高校男子 かっこいい男性がいるけれど、話しかけられない、(ここはノートの書き込みがあまくて、記憶が定かではなく、全部正確ではないですが)何かたしか、いろいろ見直して最後に彼女が、気が付いたのが、正面から見ていると、うまく話しかけられなくて、横から話をすると、うまく話しかけられていい感じになる、といったような気付きだった気がします。 ここには、話しかけるとはすんなり思えなくて、いろいろほかの年齢でほかのことを整理をしてからわいてきたことであるかもしれません。通常は、そうは思えないんだけれど、というところをいったん整理をしてからその年齢に戻ると、自然とこうしたい、というのが出てきます。● 彼女の姿勢の中で、うまくいかない、どうせうまくいかないんでしょ、というのがあって、誘われていても、誘いに乗らなかったり行かなかったり、ということも、ありました。それは、気軽に接することができないあり方なのですが、正面から切って話すとそういった姿勢になり、彼女の場合は、横から話をすると何か気軽に自然体で行けるという事がわかりました。ちなみに、その人の視線によって心理状態が変わることは、様々な所で研究をさています。例えば尊敬をする人の思い出話をするときに、右上の1メートル先ぐらいを見て話をする人であれば、そこを見る眼球の位置をする時が尊敬を感じる脳の使い方をしている視線なので、じっさいに右の1メートル先に入って催眠術をかける、などのこともあります。すると無条件に尊敬をされる、とかです。あるいは、嘘を見破るのにも視線が使われたりしますよね。この視線を変えることで、彼女が何か、今迄と違う方向に行く可能性があります。なお、このセッションでは確か、彼女の中の信じ込みに、どうせ無理なんじゃないの、というのと、性的ないやらしさ、というのも出てきて、それらの整理もしています。彼女の場合、何かとても開けてきたことがあって、過去には夢でさえも暗い夢しか見ないから、せめて夢だけでは明るい夢をと考えていました。叶った夢を見られたそうです。何か進展が望めると思います。ちゃんと明かるいことも起きる、と信じられてきているからです。で通常のセッションでは、「何かを苦しんでやらないとならないし、でもいやだ、本当にいやだ、いやだから、やりたくない、ああいやだでも手に入らない」か、「やらないと無理をしてもああ、無理をして我慢をしても何も得られない(この信じ込みは、特に過去に、彼女に強くありました)」、と厭世的になる部分の修正です、しかし、そこを目指していないのに、意図せずに入ったのが面白いと思います。 そのセミナーの流れからの続きになっていますよね。セッションの内容には、いろいろ、感じるところがおおく、話さないことが多いですが、本人は年齢を下がって何かを変えられるととてもすっきりとします。そして、無意識レベルで、「動けるところはもっと信頼」「動けないところはしなくてよい、全部を捨てなくてもよい」というのをやっていて、なおかつ、何かまじめにとらえすぎることに対しての整理をしています。 本日はワンセッションでいくつか見直した年齢の、その一つの解説を許可をいただき、解説をしています。なお、この方については、お母様の個性が強い方で、とてもその点で精神的にご苦労をされた面もありました。その整理は、過去にしています。その下地があってのセッションです。です。 今までのあなた いやでもしょうがないんでしょ、できないんでしょ、あーあ、でもできないんだよね、でも頑張らないと、頑張っても得られない、というのが止まらなくって、なおかつ、その心情に入って行動がしにくかった部分を、 あーこれはいいかな、やる気ないし。あ、これならできそう。やっていこう、という明るさを持ったあなたに、選択をするあなたに、というセッションです。そこにいろんな出会いがあるし、いろんな引き寄せも始まるでしょう。
2017.01.18
今回は、セッションの記録です。これは許可をいただいています。ある方が、あるセミナーで、とても沈み込んでおられました。そのために何が起きているのか気になって、話をすると、「自分はこれをしなければならないのか、とワークをみたとたんに暗く沈んだ」とのことでした。これは、とても興味深く、その方の、すべての問題の表出でした。私のセミナーって面白くて、その時に起きていることを、否定せずにすべて丁寧に扱っていきます。なぜなら、そこに生き方の在り方が出てくるからです。そしてその結果は悪くはありません。というか、かなりいいです。彼女は、過去に、とても暗い感じ取り方をもっておられた、、と思います。ある種、絶望、みたいな感覚です。もうなぜ生きているのか、というような感覚も持っておられたように記憶をしています。また、彼女の心は開かなかったのを覚えています。「だって、どうせ過去は変わらない、過去は変わらないんだから私は変わりっこない」というすごく強いこだわりを見せられ、私は、「過去は変わらない」という強い過去への執着を取り外す作業にかかりました、その後、過去の見直しがはかれ、ああ、本当にそうだったんだ、というあたたかさがこころにちゃんと浮かぶようになったことを記憶しています。そしてあたたかさや、楽しさも感じ取れるようになっておられるとは思います。その方が、一つかなっていない夢があって、しかし、そうは言うものの、何かが変わるごとに、人々とのかかわりができたり、異性に、ある意味、愛されたり、信頼をされているという事をちゃんとわかっていく、という、夢に向かっていくような、経験をされていくこととなりました。さて、今回、彼女が話してくださったのは、ワークを見て、「これとあれをしなければならないのね」と感じたとたん、それがいやになり、でもその方の生き方を見ていると、全部が集約をされています。つまり、常に、「これとこれをしないとならないんでしょ」と絶望をしながらやり続けてきた期間が過去にあるし、今もその傾向がある、ということなんです。ああ、そうだったんですね、「これとこれをしないとダメなんでしょ」というのがあなたが暗くなる理由なんですね、そんなことをお話したと思います。こういった話し合いをしたところが、すごく何かできなかったことが、できるようになりました。それは、今迄自分からは離れにくかったマイナスにとらわれなくなって、それを客観視して離れることができるようになったんです。そこからこの方のご希望で、セッションをしますが、そのセッションは、ある意味通常のセッションと同じです。私は皆さんに、できる限り質の高いセッションをしていく心づもりですしその内容は相手には何をしているかわからない、としても、変化をしていかれる方や時間をかけて浸透をしていくこともあります。でも、今回のセッションで、一つ違うのは、彼女から要望があったことです。そのクライアントさんから、息子のセッションの様子を書いたブログを読んだのでその内容が衝撃的で、そんなことが行われているならば、ぜひ自分に起きている内容も、知りたい、ということでした。なお、息子のセッションの様子を書いたものについては、「なんであんなにしゃぶしゃぶに薄められてるん?」と言われましたがなんせ覚えていないんでね、覚えていることだけ書くとそうなります。そのくらい、セッションの内容は色々深いところがあると思います。今回は、ですから、セッションに上がってくるすべてのことを彼女に解説をすることになりました。その部分が違う部分です。解説をしたために、何を私がしたのか、わかりやすかったので、記録に残しておこうと許可をいただいた次第です。http://www.acoreading.com続く
2017.01.18
にくい、という言葉は、とても強い色を持っています。今迄積み上げてきたすべてをダメにしてしまう強いエネルギーを持った言葉でもあるのです。相手が助けてくれようとしたことも帳消しにし、すべてがこの言葉で免罪符になってしまいます。つまり、相手がこうしたんだから、私がこうして当然、というように、生きかたさえ歪んでしまうのですね。にくい、の根底には、「私を助けるのはあなただから。あなたが全部やってくれればいいんだから」という別の信じ込みが働いていて、この信じ込みは、「自分はこれができる、してみたいな」という自分が生きるエネルギーをすべてもぎ取ってしまうものでもあるのです。「相手がこれとこれをして、相手がこうしてくれれば幸せになるんだから」というところに、凄いこだわりができてしまうのかもしれません。それがひどくこじれると、私はあなたが不幸になるまで平安を感じ取るものか、というこだわりになります。にくしみに生きた人々は、豊かになることよりも、復讐をしていくことに、無意識に行動が向かいます。その無意識レベルの復讐には、「あんたが幸せにしないんだったら私だって幸せになんてならない」という強いエネルギーを持っていることさえあります。これを乗り越えるためには、相手が過去に何をした、としても、私は今から幸せになっていく、その許可を私に与えます。相手が全部私を幸せにしなおす、と未来永劫に向かってかけた自分への呪いを解かないとならないのかもしれません。相手が今の私を幸せにしない事を私は許さない、というような妙な、相手への、こだわりと、歪んだ愛を捨てます、という一言に尽きるのかもしれません。あなたの愛は、未来に向かっていますか?それとも、何かをとどめてしまっているのですか?http://www.acoreading.com
2017.01.18
わかっちゃいますが、これがなかなかできなかったりします。涙好きな人には甘えたくなります~甘えていいんですよ~ 甘えると、よい感じになることもあります。ですが、上手にね~うまくいかないときには、視点を変えてほしくってね。しているアドバイスは前もって学んでも意味がないです。しているときに読んでみて、やってみて、初めて意味がわかるものですから。天野
2017.01.16
人を信じる、という事のパワーと嘘人を信じる、という言葉は、何か偏って使われることがあります。子どもなどと、異性との関係で、書いていきます。信じることは、とても大切なのですが、「子供の能力が高いと信じる」とかいうのは、本来の意味で信じる、という事ではありません。そのように信じられた子供たちは、立派に見せようと躍起になったり、あるいは、その能力に足りていないときに、親は信じている、というんだけれどだんだんと力を失います。それができないと、僕は価値がないって意味ねというように、メッセージを親から受け止めますから。ほかの力を生かす勇気がでなくなります。そのように、「能力を信じることが子供を信じること」だとすると、すこし偏りが出る部分がある、と言われてもいます。本来の意味の、信じてもらう、のではなくて親の希望ができる、という信じる、なのですが、親の期待通りではなくても、あなたはどういう過程で何を決定しましたか、という過程を信じられたときに初めて子供は、自分本来を信じることができるようになります。あるいは、異性との関係で、「彼が私を愛していると信じる」ということを信じることだと思っている方がいて、でもそれって、相手から愛していると言われた、とか、こういう未来を作りたい、とお互いがちゃんと共通のものがあって信じるならいざ知らず、つきあってもいないのに、盲目的に「信じる彼を」というのは、可笑しな話です。信じる過程においては、お互いにわかったことがあるから信じられる、時間の経過、というものがあるはずです。例えば、長いお付き合いの中で、「ああ、まあこういうときには、メールをしない人なんだな、でもこういう時には優しい人なんだな」とか憎まれ愚痴をたたく癖があって、だけれどデートがあって真剣な話をすれば向き合ってくれるな、とわかっている、とかが大事になります。人間性や考え方がわかっていて、そして、そうなんだよね、私わかっているよ、というのが信じられる根底になっていきます。もちろんそこには、疑いすぎている人は、そもそも相手が幻想で見えていないので、癒す必要はあります。いずれにしろ、こういう時間に裏打ちをされた事実があって、そして、「ああこういうときには、こう感じているんだな」という下地などがあり、そして、その相手そのものをわかっていて信じる部分はあります。あなた方の信頼がどこかで安定をしないでぐらぐらする、としたら、今はお互いがわかりあっていく段階なのかもしれません。それか、信頼が裏切られた、としたら事実に基づかずに相手の人間性をみずに愛情だけを信じようとしたのかもしれません。ちゃんとお互いにわかっていって、言葉ではなく行動でわかりあえてして何をどう信じるかは、自然と起きることです。時には言語化をされていないことさえあります。それは、相手のことをまだよく知らないのに、「私を愛しているはずなんだから」というよりも、もっと深い理解に基づいた信頼です。信じ方を間違えた時、それはいろんな意味で、人間関係に葛藤を起こしていきます。あなたはいったい、何を信じているのでしょう?相手の人間性やあたたかさ、そして、彼らが何か彼らなりによい判断をしてくれるだろうという信頼や 自分自身もよい決定ができるだろう、という信頼、それに勝る信頼はないのかもしれません。ーーーーーーーーーーーーーーセッション後はいろんなことが起きます。セッションを受けてしなやかにたくましくなった、という感想をいただきました。もう一件の感想です。先日はセッションありがとうございました。セッション前の数日間と、会場までの道中も、だるくてたまらなかったのに大笑いでセッションを終えて、足取りも気分も軽く帰りました。そしてこの方からは、ご主人に初めて傷ついた、といえて、そして彼も受け止めてくれた、と報告がありました。傷ついていたことが自覚できずにいたために、買い物やほかの物に言っていたお気持ちについて、貝てありました。この方のセッションでは、ご自身の中に泣き止むところに止めどころがわからない、という子どもの時代が出てきました。そのことも書いてくださっていて、[セッションンで扱った、「泣き止むのに止めどころがわからない」件とは、一見違った形で効果?が現れたのですが、何より「泣き止むのに止めどころがわからない」には大笑いしましたし、]潜在意識は不思議です。泣き所がわからない彼女が何処かで止める方法を学んでおられるのかもしれません。信じ込みを変えると行動が変わり、それは思わぬことだったりしますがとても現状を変える力があります。感想については、許可をいただき載せています。ご協力をありがとうございました。Http://www.acoreadin.com
2017.01.16
「親切」と「重い」の境目「親切」にしてあげたり、話をわかってあげたり、それは相手にしたら、うれしいことですよね。かといってやりすぎは、重過ぎたり、相手に負担がでるもの。言葉では有難う、というものの、なかなかうまく親しくなっていけないこともあります。では、親切と重たい、その区別はどうしたらいいでしょうか?もちろん、相手の様子を見ることは前提の上で話をします。1) 援助は、「やりすぎ」よりは、「引き算」のほうがうまくいく好きな人ができたら、何でもやってあげたくなるのは人情です。でも、親切にする場合にも、まず相手の意思を、尊重してあげてください。相手を尊重するとしたら、これ、助けてあげよう、助けて上げたい、と思うとしても、何でもしてあげようとするのは違うでしょうし、「これする?あれする?これもしてあげる?」と、何度も聞くのは聞きすぎです。そのたびに、会話をしていると、疲れる人もいます。特に相手が男性であるならばこういったコミュニケーションはとりませんから、一回「これしようか?」と援助が必要かをきいて、「大丈夫」というのであれば、そこはほっておいてください、。それも、力量というものです。相手が落ち着いてつきあえる人格を指します。なお,親切、というのは、自分がしてほしいことを相手にしてしまいます。自分が相手になんでもしてあげようと思いすぎていると、本当は自分が依存的なところがあったり、何かをしていないと自分は好かれない、好きになってほしい、という動機に動かされているのかもしれません。すると、相手には、「あ、この人、すごくべったりくっつきたいのかな」と思われたり、「関係性が重たくなりそうだな」「何か弱さを感じるな」と無意識にさっちをしたりします。会話ってちょっと変えるだけでかなり関係性が変わるのですが私は正しい見方から会話をできるようにしていることが、多いと思います。2)おなじ話題をずっと話さない興味がある話については、同じ話をしてもいいのですが、同じ話題や、悩み事にだけいつも自分が話題をふるのであれば、「常に同じことが気になっている自分がいる」ことに注意をしておいてください。あの人がいつもこんなふうでいやだ、と話し続けたら「心を開けてくれてありがとう」とは、相手は思いません。しかし、何か自分に解消をできていないことは、自分は話しをすると相手を大好きになる、という不均衡が生じます。 もちろん、相手が好きでいてくれれば、こういった会話に耳を傾けてはくれますが、お互いの親しさを生むことはありませんし、「この人は、こういうことに恨みを抱きやすいんだな」と思われたり人格が安定していないところに付け込まれたりする方もいます。どうしてもしたくなる会話には、「自分の弱さ」も含まれていることを知り、それを話すことが適切かどうか、どの程度の時間ならば話しをしていいのか、あるいは、自分でも整理が必要か考えてみましょう。そして、話をしても、助けてもらっているな、と知って会話をしてくださいね。「私のこんなところを出しているから、気分がいいし、相手ともわかりあえた」と思い込んだり、「私の悩みは苦しいんだから、聞いてくれて当然」と思ったりするのと、「私はこれが気になっていて、話せって良かった、ありがとう」と思うのだと相手に与える印象がとても違います。また、引き寄せる関係が全然変わっていきます。•こういった、自分自身がずっと気になっていることに執着をしてしまうことを、相手に解決を望む姿勢のまま、ご結婚をされてしまうと、後が大変です。「不満が解消をできない、相手がきいてくれないから」となってしまい、伴侶は伴侶で、「なぜずっと不満を自分でも解決できないのか、そして、そういった話を不機嫌にふってくるのかわからない」という葛藤に陥るご夫婦もいます。なので上記の見方は、より夫婦関係を、安定させるためにも、学んでおくとよいと思います。とはいえ、あらゆる関係性はバランスなので、そういった不満をぶつけながらも一緒にいられるのおであれば、お互いの欠点はあってもよい夫婦です。3) 心配になったときに、相手の同意を得ようとずっと話をしない心配になってしまうと、相手と何とかかかわろうとしてしまいます。しかしそういうときの会話ほど、まずいことはありません。一度落ち着いてから、その内容っているかな、と考えてみてもいいのかもしれません。上記の項目をしっかりできていくと、不思議なことに、魅力的になります。なんとなく頼れる友人だったり、年下の男性が年上の女性を好きなときというのは、こういった資質に惹かれる面もあります。素敵な親切のコツ、ヒント親切には、ちいさな負担にならないことを、そっと差し伸べると、とても相手の心が開くことも、とても感謝をされることも、あります。なかには小さなことなのに感動をして、何年も覚えてくれていたりということだってあります。まあ、親切しすぎて重たくても、「この人のキャラだから」というのもあるかもしれません。自分の個性を生かしながら、よいバランスをとってみてくださいね。 ----------------------自分の関係性を潜在意識からみなおします。http://www.acoreading.com
2017.01.16
コメントやご質問、ありがとうございます。読んでいただいたり、関心を持っていただくことは大変にありがたいです。こちらに挙げてお返事を、と思っていたりしますが、もしお返事がなくても気軽にご質問くださいね。それで感情が体に反応が出てしまう、というかたがおられて、身体にまで色々な事柄が出ると、きついですよね。パニックを起こす方々などは、やはり少し整理の内容は深くはなります。でも考えてみると、何かパニックを起こされて電車に乗れなかった方なんかが、おさまっていたりすることはあります。ある方は、ご実家の問題の整理をするにつれていつのまにかなくなっていたのですがまずは、身体に出てしまうことをいやがらず、身体が反応をこうしても大丈夫、というように、状態を受け入れるとともに、そういったときに、呼吸をまずしてみてください。そして自分のパターンをしっかりつかんでおくことです。どのくらいの時間そうなるのか知っておけばその時間を過ごすことはしやすくなることでしょう。http://www.acoreading.com
2017.01.13
● 利用をされているように感じる時には、自分が何かを避けたくて、相手に無理をしている生き方をしていることに気が付いてみよう。女性の中には、相手から利用をされているように感じる時があります。これはおもしろくて、深い意味では、「自分が自分を利用をして」しまっているのです。説明をします。もし、優しさを示していて、それがすこし無理をしていて、でも、無意識に、「私がこれをしたら、同じように彼もしてくれるはず」と思っている、としますね。すると、相手は違う考えの人であることがあります。例えば、もっと、自然体で付き合いたいとか。特に男性は、お付き合いで女性よりも正直な部分もあります。男性同士が、「あなたって素敵ね~この髪型~」みたいにやって「あらぁん、いやあん、あなたこそ、素敵よぉ~」なんて会話、友達同士で聞いたこと、ある?これは、女性の親しくなるやり方で、お互いに、「気を遣って、【ちょっと無理をしてでも】相手をほめたら、相手も受け入れてくれて、同じようにほめてくれるから」みたいなことをしているんです。男性はあまり、友達や親しい人になると、これをしないです。なのに、お母様がお父様に何もしてほしいことを言わないままに、何かしてくれないと怒っていて、「気が利かないんだから」と文句を言っていたりすると、その方法はうまくいかないのに、女性として。その方法を学んでしまいますよね。女性の会話に、「優しく(少し無理をして)しているんだから相手がしてくれるはず」とか、「私は、こうしてって、言えないんだから、相手から察してやってくれるはず」とかがあると、「自分が無理をして自分で自分の何かを利用」しようと無意識にします。相手に荷物を持ってね、ではなくて、自分が一生懸命に、どんなに苦労をしているかを語ったり、自分が荷物をもって重い、重い、と嫌がらせのようにやってみたり。疲れていることを一生懸命に見せたり。自分の行動を利用をして相手にわからせようとしてしまうのです。そしてそれに見返りがないと、、、私ばっかりが我慢をしている(だって怒られるのも嫌われるのもいやだから、伝えないで相手にわからせようとして何かの行動をしてしまっているから)やらされている、利用をされている、となってしまうのです。じつは、相手は、あなたがそれほど気遣いをしなくても貴方を好きな場合、好きです。これは不思議なほど、そうです。なのに女性は、自分を好きになってくれるのは気遣いをして無理をしているからだ、というように信じ込んでいる場合があり、これが、自分に対する不信感です。潜在意識にある、無理をしないと愛されないだろう、という予測があるために、考え方がどうしても偏ります。かえって意地悪な方法を使ったり勝手に相手がやってくれないとイライラしたり、自分が言いたいことや、やりたいことをカバーして相手にわからせようと意味深な言葉をつかったりします。自分が本当にしたい親切を。そして、自分が無理にしたくないときには、いやがらせをすることなく、のびのびと、そばにいる訓練を。それらができたとき、ああなんて対等で大事にされているんだろうそんな関係を築く力ができてきます。● 利用をされているように感じる時には、自分が何かを避けたくて、相手に無理をしている生き方をしていることに気が付いてみよう。http://www.acoreading.com
2017.01.12
セッションでは、とても素敵なことが起きるので感想をいただいたり、それから、セッションでの出来事で書いてもよいと了解をいただいたり、というのがたまっているんですが。すみません、対応をしていなくて。。もうさ、このアバウトさ、誰か愛をもって叱ってぇ~。それでかなり前、セッションで、記事に書きますね、という話だったんですが。でもね、メモに残っているのが、感情もエネルギーも流していく!水に流す!なのになぜしない?Why japanese people~~!! ??? だけでね、内容すべて忘れてしまったぁ~んだけれど、一つ思うのは、感情って自分が認められたら人もあなたを認めるようになります。で、要は、感情に巻き込まれています。人類皆。そして、感情が支配をしてしまっているんです。感情は、かなり偏って物事を見せます。例えば、日本人だから●●みたいに。事件があるから、青少年はみな悪い、みたいに。一般化をして、全部そうとしか思えない。そうかよ、そんなこと、ないよ。傾向性はあっても若者にも、日本人にも、たくさんよい人々はおるでしょう。こんなことを私たちは、常日ごろします。こうだから、こうだ、とか。その理由は、実は正しくないこともたくさんあります。そのように、感情があると、一つのことしか真実に思えないです。・自分の中に、権威を頼りたい気持ちがあれば、権威を持っていない人は全部だめに思えるし、何かに傷つけば、男性全員がおかしいとおもえてしまったり、いろんな不安が国内にあれば、その感情がほかの他国をさげすんだり、対応が変になり、根柢の問題を改善できないまま相手を力で抑え込む、という弊害が今、地球に現れています。だから、要は、感情が私たちにある以上、出来事が歪んでしか見えないんだ、という自覚が必要です。でね、「相手がこうしてああして、こんなふうに復讐をしたい」と思った、としましょうね。そうすると、相手はそこまでひどいことをしていなくてもわからなくなりますよね。そして、その相手のことばかり考えていきます。しかし、感情的にならない、というと、「だったら私が我慢をすればいいの?」とか、「だからあいてをやり込めたい」の二択になりますよね。これが感情が縛っている状態です。「相手がこんなに悪いことをしたから、やり込めてやる」という「悔しい気持がある」=相手がひどいことをした、という事実に思い込んでいたり、「悔しい気持の整理をする」=自分の感情をダメで我慢をしないとならないとおもったり。双方とも、感情に縛られすぎている対応なんです。ではなくて。ですね。悔しい気持がある、こんなに悔しい気持がある。感情がある、そして感情がどんなストーリーを見せてしまうのかとにかく感情があって、そこから頭が働き始めありとあらゆることを考え始めそこから、二択しかなくなり、やるか、がまんをするか、しかないけれど、そこに巻き込まれず、しかし感情が流れていくなあ流れていく、あるんだな、本当にある。そういう感情があって、ストーリーがある二つやるかおさえるか、自分が悪いのか相手が悪いのかという二極に行き来する感情があるけれどそれとは別にいますることをしながら流しておくこれが感情を認めることです。感情を認めるのは、何か誤解があって、例えば、「言いたい」気持がある、としますよね。でもそれって、「言いたい」という何か言わないとならない感情があって、それは幼少期の何かかもしれないし言いたい、という感情を認める、ということは、だから言う、ということではないんです。うまくいかない人々は、「言いたい気持ちがある」を認めるのはいう事だと思ってしまったり、言えないことが感情を抑えることだと思ってしまったりします。言いたいな、という気持ちがあって、すごく絶対に言いたい、という気持がすごくある、という認めが、感情を認める、です。これが私を動かし、人生を縛ることがある、という気づきです。言いたいから、言うか、そして言って何か問題を起こしたりわかってもらえないとイライラしたりあるいは言わないならば我慢をするしかないんでしょ、と気持ちが認められない思いになったり、双方とも、「感情が事実と思い」「感情と一体化し(スピリチャルの世界でこういう言葉を使います)」感情に動かされている事態です。でも、言いたいんだ、すごく言いたいんだ、言いたい気持ちがあって私がそれに突き動かされて、ストーリがわき、感情がそれをするかしないか、そのことばかり考えている自分に気付きほかの作業をしていて、ようやく感情が癒されそののちに正しい判断が来ます。正しい判断が、本来の、感情に紛れない自分自身の本質が出す答えです。そして感情は、その時に初めて意味を持ちます。本質からの声は、私たちは、言語にさらされて読み取ることはできません。言いたいことがある、と思ったら何が何でも言いたい感情が出たリ何が言いたいのか考え込んだりしてしまい、そこからは、もうストーリにはまるんです。言いたい言っても受け止められない、とか、行ってわかってもらえないとだめだとか、そうではなく、そういった感情に縛られないとああ、これだったんだ、と言わずにすっきりすんだりあれ、これをこのときに言えばいいや、ととても小さな問題で大事なことがあることに気付けたりします。という事をたぶん、言いたかったんじゃないかなーと思うざんす。という事がおそらく、相手がセッションの最後に学べたのでそれで、面白いよねーという話ついでに、私の個性なんで冗談を言ったのかなーと推測をしますが、いかがでしょうか?
2017.01.12
許すこと、というのが、大事だ、とは言われています。確かに、癒す、という事を考えてみると、その過程の一部として、非常に大事ではあるのですが許しが大事だ、たって、許せないこともあるかなーと思います。許しの過程の中には、自分の心の中での経験が必要になります。憎んでいた相手に求めていた根底にある本音での愛、そんなものに気付く瞬間なのかもしれません。そういった事柄が、教えられたから、望んだからではなくこころの体験としてできるとき、自分が変わっていくことをかんじます。憎しみや恨みの根底には、自分自身のいろんな恨みや苦しみを深くたどると、その根底に沈んでいる本当の望みがあります。もっと優しい関係を築きたかった、もっと愛を学びたかった、もっと違う事をしてほしかった、したかった、そして、そんな望みを、たとえ相手が何であれこころから自分が持ってよかったんだ、と受け止められるとき、そんな純粋な波動に触れた時、人は深く涙します。それは、感動もあるかもしれないし、もっと静かなものだったり、光の中にいるような感覚だったり、という事もあるでしょう。けれどもそこに行きつくためには、「ただ愛に気付く」といった浅い理解ではなく自分自身が恨んでいることがあるな、という自分自身を認めてあげる作業や、そんな醜い気持ち、と判断をしてしまっている自分自身への気付きなども入っていくでしょう。、相手へのいら立ちを自分自身のもの、として見る時に、「じゃあ、自分が悪いというの?」という誤った罪悪感を持つのであれば、そもそも、「相手はこういう気持ちで、私はこういう気持ちでそれは気持ちなのだ」ということの奥義を、まだ理解をしてはいないのです。「自分がこんな気持ちを感じていた」という事を、認めてくれる環境になかった人々は気持を認める愛情の作業を、どちらの人が悪いのか、という視点で見ることもあります。それは悲しい歴史です。その人の気持が認められてこなかった人々どちらが正しいか、勝ち取らないとならなかったのです。そういった一つ一つを紐解いていく作業は日々の生活の中で、いろんな経験を積んで、丁寧に解きほぐされることもあるでしょう。許しの深さは、意義は、許しがあると、愛というものが相対的に、わかる、ということなのかもしれません。あたたかな日差し、そして霧のように降る雨。ざあざあ降る雨の中にも、美しい光がつねにあることを感じられることなのかもしれませんし、許しがあると、いろんな人々を、そのまま認めることがしやすくなる祝福なのかもしれません。
2017.01.12
逆バランス、 人生はバランス、一つだけを正しい方法を思わないように。先ほどの記事に書いたように深刻にならないことが大事だとは言え、 ちゃんとここは深刻なことを真剣に話そう、というときも大切な時もあるでしょう。 その時は、「自分が相手に許しすぎていて、相手が甘えすぎていて、自分も怖くて言わな過ぎていて、自分のため、あるいは、相手のためを思うとよくないとき。なのに怖くて真剣に言わなかったこと」に、自分がちゃんと相手に向きあうときなのです。 勇気を持つことで、石を投じるので波紋が広がりその関係が新たなステージに上がることがあります。人生のバランスが大きく良いように変化をする方もいるでしょう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー「頭」での回答は、常に同じ方法で同じことを行おうとします。でも人生は、あらゆるときにあらゆることが起きていて回答は別にあることがあります。そこを探すことが、思い込みを取る、というように言われている部分です。 -------------------------------------------http://www.acoreading.com
2017.01.11
彼と深刻な話をするときには、なるべく深刻にならないほうが、お得です。すくなくとも、深刻ではないふりをしたほうがお得です。 男性は、例えばあなたの会社での出来事とか、ほかの人と起きたことへアドバイスをもらうと、ちゃんと、向き合ってくれるものです。 だけれど、「彼と自分との関係」で起きていることについて深刻に話をしようとすると、脳が拒否る、という事があります。 男性は、自分たちに起きている問題を話すときに、攻撃をされているように感じる、というように脳の機能から説明をされる方々もおられるくらいです。 深刻に話をすれば相手も深刻になり、防衛的になり、けんかになり、あるいは自分が我慢をするようになり、と悪循環でしょ? である、とするならば、脳に錯覚を起こさせるのが得策。「ねえねえ、こんなことが起きてるのかもー」「もっとこうしてくれたらうれしいかもー」と御飯が終わったあとなど、楽しいときをぶち壊すようなタイミングではない落ち着いている深刻ではないときに深刻ではなく、楽に言っておくことと、 すぐに何かをちゃんと受け止めてくれなくて、その場は「そんなこと、しらん!!」といっても、逃げることを許すこと。 そしてまた話してもいいんですが、また深刻ではなく。逃げ場も用意して。、相手の「怒らせよう」という試みに載らないでちゃんと目指すべき方向だけを示します。 すると、あら、不思議!!!すると、ちゃんとしてくれていることがあります。しかもこの方法の良い点は、もめるよりも、ずっとずっと、相手がよく変わってくれることなんです。相手から善意を見せてくれることもざら。 ――――――――――――――――――――― 自分の対話方法、深刻度合いは、どうしても、脳の記憶によるところが大きいです。ものすごく、いろいろが暗く映り込んでいる方もいます。そんなトラウマを整理します。 http://www.acoreading.com
2017.01.11
とても不思議なことですが、人には、完ぺきだ、と思ってさえも、時間が精錬を加えてくれるようです。そしてその精練は、今が不完全だからあるのではありません。学べると、何か過去の自分がダメだった気がすると思うのですがじつはその時に書いた本などがあれば、読んでみると面白いです。要は、その時って今の私にはできないことをしているんですね。成熟をしたからできることがあるように、若い年月にできることもあります。今の私だからできることがあるのです。多少青臭くたって、それが、完ぺきという事だってあるのです。さてさて、何かを成し遂げる時に、起きてくることがあります。それは、内側と外側の整理です。物事の企画をするときに、最初は客観的に何かをおいもとめて生み出す方と、内側の何かをそのまま外に出す人がいます。客観的には、要は順序立てて、これがよいと思ったものを企画をして出していく方法ですよね。内側の何かを出す人は、多少粗削りで、計画が未定でも、もうその場の勢いで出していく方法を使います。それは得意不得意があって、感覚で動いている人は下の方法を使います。私もそちらのほうではあるのです。いずれにしろ、精錬というものは、外側から学んだり、内側にあるものを外側にあるものとくっつける作業をしてみて、もう一度内側に戻していく作業であるようです。外側から学ぶと感動をすることがあります。確かにそうそう、とかですね。内側にあるものを、説明をするために、外側にある学問を当てはめても、「ああ、そうそうこれだよ!!」と感動をすることもあるでしょう。しかし、そういった外側にある学問だったり方法だったり自分のものに当てはまっている、と思ったものが、長い年月をかけて、「ああ、ちょっと違うな、え、もっとこうだったんだ」とわかる感動を加えていくことに精錬があります。人が、内側外側どちらから始まるにしろ、何度も客観性と自分の内側と合わせてみることで、そして最終的には、「ああ、本当にそうだったんだ、これが私というもので、私がやっていることなんだ」というように、自分のものに作り替えていくとき、作り替えられたそれは、もはや、誰のものでもなく、自分のものではあるのです。そんな精錬の過程をたどりたいのであれば、外側に見えるものの影響を減らして、正直に自分を感じてみることです。例えばお弁当にはしをもってきていて、でもある時、この食事にはスプーンがいいな、と思って持っていったら、「え、それにスプーン?」と笑われてやめてしまった、、としますよね。辞めてしまうのが、自己否定です。ずっとずっと、自分の内側の感覚を否定することになります。そういう時期は誰でもあるんですね。悪いことじゃないです。しかし、そこに、「私はなぜスプーンがいいんだろう?」と細かく感じていく作業が、科学であったり、芸術です。ああ、口の形が私はこうだから、この食べ物だとこう落ちるなというのが科学者の視点です。ああ、私の、この食べ物と、スプーンの相性は、こんなふうに感じる、というのが、芸術家さんですね。そして、「いいんだもーん、これで、やってみなよ!!」と人に勧めるのが教育者だったり、新しい視点を持てる人、革命家かもしれませんし、「え、面白いでぇ~やってみなはれや」と笑わせてしまうのが、エンターテイナーかもしれません。スプーンはもっていかなくていいんです。^^もう恥ずかしいから、持っていかない!!!で。ただ、そこから、何が自分に起きているかが大事、という話でした。自分自身を探す作業をします。http://www.acoreading.com
2017.01.11
あけましておめでとうございます。昨年一年、皆さんにとってはどのような年でしたでしょうか?去年よりもいっそう、今年が素晴らしい年となりますように本年もよろしくお願い申し上げます。-------------------------------------------------------こころからのコミュニケーション さて、こころから親しみを感じて、楽しくなるコミュニケーションについて本日はお話をします。コミュニケーションは、あまり親しくないときには、学んだ技術で誤魔化すこともできます。また、親しくなっても、その人たちに、あまりすれ違いがない段階では、話術で何とかなることもあるでしょう。でも、親しくなってくると、ごまかせない部分がどうしても出てきます。夫婦なんかがそうですよね。^^よくルールズを使って結婚をされた方々なんかにも、こういった問題を見かけます。自分の気持を伝えることをうまく学べないで結婚をしてしまったために自分の意思さえ伝えられなくなったりするということなんですが。ご夫婦の相談にものります。そうすると、ご自身が何を感じているか、どう接するか、をお伝えしただけで関係が改善をするから、面白いものです。さて、親しくなると、(職場で慣れてきてもそうなることもあるでしょう)なぜ問題がでるか、ですが、他人ならば許せることが、許せなくなります。より良い関係を求めているために、いら立ちが多くなるのですね。例えば、夫婦になると、気にしなくていいことがすごく気になったり些細なことでけんかをしてしまったりもします。そういったときに、コミュニケーションを技術と思っていると、とても表面的な感じがすると思います。そうして何か違和感が抜けなくなったりします。そういった親しい親子だったり、夫婦だったり恋人だったりがより良いコミュニケーションをとるためには、どうしたらいいのでしょうか。一つには、自分自身の心の中の整理が大事になることでしょう。お互いに心地のよいコミュニケーションの根底は、話術ではなくて、「あり方」がとても大事になるのだとは思います。そんなあり方の整理を、今回はかきんちょ。こころの整理1)感情的になりすぎる部分が自分にはありませんか?この、感情を、相手が整理をするのが、当然だ、と思う癖や、激しいこだわりはないでしょうか?今回は一例として、嫉妬で挙げますが、ご自身のこだわる感情の言葉を入れてみてください。たとえば、相手に嫉妬をして追い詰めてしまうようなことがある、とします。そうして相手のメールも見るし、相手のなにもかもプライバシーを許せない、としたらどうしてそんなに不安?という部分の整理は、ご自身で向き合わないとならないのではありませんか。誤った前提に立って関係を築くと、(ここでは嫉妬しているから何でも疑っていいという前提)ボタンをかけ間違えます。こころの整理2)かといっても、何も伝えずにこらえてしまうことでは、コミュニケーションは図れません。がまんをしたりすることは、正しいことではありません。「そう感じること」がいけないことではなくて、「自分に起きていること」としての協力を求めていってください。 こころの整理3感情を否定をする方々がおられます。「自分が弱くてそう感じる自分が、いけないからだ」というように、感情を認められないと、自分を責めるかあいてを責めるようになっていきます。するとそもそものコミュニケーションが責めあい、ということになってしまいます。「私にはこういう感情がある」「相手に何が何でもこうさせたいし、なにがなんでもこうじゃないといけないとこだわる感情がある」ということがらは、自分自身でしっかり受け入れます。もしそこに、「そんな私の感情は、そんな感情を持っている私自身がいやで逃げ出したい」というのであれば、「常に自分の弱い感情を認めたくないわたしがいるんだな」ということも受け止めておいてください。しかし、感情を受け止めることは、「だから相手にどうしたらいいんだろう、これがいいんだろうか悪いんだろうか、どうしたらいいんだろう」と考える方向ではありません。そのように感情を何か、大げさにとらえて解消をしようとすると、、自分がもっている感情が悪いから、と自分自身を否定し始める、あるいは協力をしてくれない相手が悪いから、というように、あいてを否定し始めると思ってください。こころの整理5)ここが最も難しいことですが、「本当に伝えたいことを自分で知る」ということは、とても大切です。そして、ここが、とても難しいことではあるのです。セッションを受けるとよくわかるでしょうけれど、最初の議題から、どんどん、自分の大事な事柄がセッションの終了前に出てきますよね。本来、伝えたいことは、たった一言なんです。おもしろいですよね。^^そして、その一言はとても通じます。まずは、そこに何言も何言も重ねないとならない、とするならば何か感情的になりすぎている部分があるのだな、と知っておいてください。この一言を探すためにけんかをするという過程を、相手と経て和解をする人々もいますし、生涯の中でくっついたり離れたりして、大事な自分の一言を探す方もいます。もう少しご自身で自分の心の探索をされる方もおられるかもしれません。自分が伝えたかったひとこと、それがなぜ増えてしまうのかしら?伝わらないことを恐れているのでしょうか?正しい理由がないとならないと、正当な理屈を探しているのでしょうか?自分で何か責任を取りたくなくて、相手からすべきだと思っているのでしょうか?伝えずにコントロールをしようと、ほかの行動をしていますか?先の、例に挙げた嫉妬をする方々であれば、伝えたい一言は、自分の中にある、「信頼しあいたいね」だけなのかもしれません。^^「ああ、こころを開いて、信頼をしてみたいなあ、私が大丈夫だって信じていい気分になってみたいな」という一言なのかもしれません。そしてその一言が、真の意味で見つかれば、人生は豊かに変わっていくことさえあります。真の意味で見つかる、というのは、こころが腑に落ちる、ということですね。こころに腑に落ちたことは、相手も自然と同意をします。こころに腑に落ちる、ということは、ああ、そうだったんだ、という理解でもう他者を必要としません。今日もあなたの大事な一言が相手につうじ、そしてまた、素敵な一言に出あえますように。http://www.acoreading.com
2017.01.11
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