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どうも、今年の畑は天気に見放されているようです。2回目の講習会も日曜日の人は雨。。。前回の失敗があったので、今回は土曜日に出席したので無事、作業もでき、しかもその直後の雨で、キャベツの苗もちゃんと活着してくれることでしょう雨は降っていないけど、砂漠のように乾燥した畑で大風の中、文字通りどろんこになりました小松菜とほうれん草の種まきとキャベツの植え付け。。。作業としてはそれほど大変ではありませんでした。隣の区画の友人も2年目、そのムスメちゃんも3歳で2年目。。。3人でかなり余裕の作業でした^-^あっちこっちでテキストとにらめっこしてがんばっている人がいます。。。1年生ですね~だんだん要領がよくなって楽になるからがんばってね♪GW明けの初収穫の時にはきっと感動することマチガイなしだよん♪年度契約のため、スナップエンドウや絹さやができない寂しさがありましたが。。。今年はオプションで昨年のうちに園主さんが種まきをしたものを収穫するだけ・・・のほんとにお気楽収穫隊です。1株おねがいしました。。。さっと茹でてポリポリ・・・たのしみです^0^ 3歳なりに何か考えながら作業中父の意識がなくなって5日がたちました。たった5日、だけどもうひと月くらい経った感じです。母も、弟も、私もだいぶ落ち着いてきました。音には反応してくれます。先行きはまったくわかりませんがこれを受け入れて日々過ごしていけるようにしたいと思います。動転した状態で書いた日記にたくさんの励ましのメッセージを頂き、感謝の言葉もないくらい励まされました。皆さんのあったかい気持ちを胸に家族みんなでがんばっていきます。
2007年03月25日
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夕方、今日の検査の結果と今までの経過を聞きにいきました。父は昨日より呼吸の荒さはなくなり、静かに寝ているようなかんじでした。弟や私が声をかけると、薄目を開けた目が動くので、何かしらには反応を示す様子。。。甥っ子の名前を言うと反応がいい気がするのは、自分たちの願望でもあるのか。。。再入院からの経過、今後の見通しを説明してもらいました。もう、家に帰ることはできない。記憶に関するあたりが全て梗塞を起こしているので、記憶はないだろう。等々、明るい展望のある話ではありませんでした。植物状態で長いかも知れない、でも、すぐにかも知れない・・・とにかく、海外にいる妹は早いところあわせたほうがいいとのこと。昨10月に本帰国するはずだった妹は、ちょっとした拗れから絶縁状とも取れるメールを送ってきた。父は最後までそのことを気に病んでいたようだった。弟が、何度か妹と電話し、彼女もだいぶほぐれてきた様子。息のあるうちに、そしてまだベッドに横たわる父の姿に元気な頃の面影があるうちにあわせたい。末娘に会うまでは・・・と意識の底でがんばっている様子がわかる。今日のDr.の話で母も、弟も私もだいぶ落ち着いた。何が、父にとって、母にとって、私たち姉弟にとって、そして伯父にとって一番いい方法なのか・・・残された時間が長いのか短いのか、誰もわからない。ただ、父が元気だったらどう言うか、それを考えながら家族の時間を過ごしていきたい。今日はさすがに仕事もなかなか手につかなかった。朝、社長に報告すると、たった3ヶ月目の一介のパートにありがたすぎるほどに気を遣ってくれた。それがうれしかった。パートだけど、ここには私の居場所がある。昨日の日記に頂いたたくさんの励ましの言葉。。。今日は携帯に受信したそれらの言葉がとても勇気づけてくれた。昨晩よりはだいぶ落ち着きました。今、目の前にある現実を受け入れ、そこで最善のことを選んで、父を見守っていこうと思う。ここに私の気持ちを綴る場所を持っていてよかった。。。
2007年03月22日
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まだまだ先だと思っていた・・・たった一人の孫の七五三に、どこの神社へいこうか・・・上ふたりとはずっと離れた末娘の帰国を心待ちにしていた・・・そんな父が、今朝から昏睡状態。今月はじめ、軽い脳梗塞で入院し、今週月曜日に退院してきたばかりだった。昨日、仕事を終わって会社を出ると、母からの着信があった。電話すると、今、救急車で再入院させ、家に戻るタクシーの中だという。取敢えず帰りに実家による。この前ほど楽観できるかんじではない様子、とのこと。まぁ、明日病院へ行こう、ということで私も自宅へ戻った。そして、今日のお昼すぎ、母から「すぐ出られる?」という電話。病院から「お話があるので早めに来てください」との連絡があったという。すぐにふたりでタクシーで病院へ向い、父を見てびっくりした。。。先回の入院では想像もつかなかった姿である。すぐに弟にも電話し、来てもらって3人でお話を聞いた。正直言って長いとも短いともいえない。少なくとも海外にいる妹はすぐに呼び戻した方がよいとのこと。。。母は今日から旅行の予定だった。しかも妹の住む国。父は長いこと帰らない娘に会ってきてほしい想いもあって、入院した時の最後の言葉が「明日早いんだから早く帰れ」だったそう。そんな父だから、父のために母をはじめ、弟も私も自分の仕事や予定を必要以上に取りやめるのはけっし本意ではない。だからなるべく普通に生活しようと思う。ここで父の容態で悩んで鬱をぶり返すのは、父にとってもっとも本意ではないのはわかっている。明日も仕事。。。きついけど、しっかり仕事に出かけること・・・それが父を一番安心させることだから、しっかりとやってこよう・・・ここで気持ちを文字にできることで少しでも自分の心をおちつけられたら・・・それでいいのかな。
2007年03月21日
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2007年度の畑始動です^^今年は契約の日も大雨、1回目の講習会の昨日も大雨。。。ちょっと不安になっちゃいますね~どうしよう。。。と思ったら、今日はおやすみにしてあった^0^というわけでふかふかの土を踏みながらお芋を植えてきました。半分に切ったお芋に草木灰(腐敗防止です)をまぶしてポコポコと並べて、土をかぶせ・・・間に鶏糞と配合肥料を置いてあげました。草木灰やお酢、牛乳など、自然界にあるものを使って病気や害虫を防ぐことを「自然農薬を使う」というのだそう。去年もそんな説明聞いたのかなぁ~覚えていない^^; 1年目は鍬を振り回すのも必死。2年目は少しだけ慣れて余裕の作業^^v3年目の今年は。。。肥料やクスリを使う意味なんかを考えながらやるのもいいかなぁ。。。同じ作業の繰り返しだけど、何かしら新しいことを覚えて、新しい発見があって・・ 昨日、母が甥っ子こざると電話で話したらしい。。。「ともおばちゃんの畑あるぅ~?」と言っていたそう^^うちにきたら畑で走りたいらしい???お芋ほりでもとうもろこしもぎでも何でもどうぞ!小さいうちにこういうことできるってしあわせなんだぞぉ~^0^ 大人も走り回りたいよね~^0^
2007年03月12日
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日曜日に三井の奥様やお姫様のお雛様を見に行ってきました。一昨年の秋に開館した三井記念美術館。岩崎家の静嘉堂文庫や五島家の五島美術館、根津家の根津美術館などはあるのに、三井家は美術館を作らないのかなぁ~と思っていました(三井文庫はずっとありましたけどね^^)日本橋の再開発できれいになった三井本館の中にできた期待の新美術館・・・やっと行けました^^三井のオフィスビルだった当時の部屋が一部そのまま展示室になっています。石の重い窓に、壁にすえられた銀の燭台・・・温水暖房のカバーにマントルピース、展示物よりもこっちの方が気になったりして・・・毎度です^^;愛知・犬山にある如庵は明治のおわりに京都建仁寺から三井のお屋敷~別荘へと転々として、昭和47年に今の場所に落ち着きました。そんな経緯もあって、実物大の茶室が再現されていたり、織田有楽斎の茶碗や茶杓なども展示されていました。今回の特別展は「三井家のおひなさま」三井本家の3代の女性のお雛様が展示されていました。北三井家十代・高棟夫人の苞子(もとこ)(1869-1946)、その長男高公の夫人のとし子(としこ)(1901-1976)、そして高公の一人娘・浅野久子氏旧蔵の、お雛様たちでした。雛人形は女の子が生まれたら用意するもの・・・と思っていましたが、前のふたりのものは三井家に嫁ぐときに用意されたものでした。嫁ぐときに用意する・・・そういう習慣もあったのですね。浅野久子氏は浅野セメントの浅野財閥に嫁いだ70代の方ですが、さすがに今、私たちの知っているお雛様の習慣にほぼのっとったものでした。人形もさることながら雛道具の細かさ、精巧さにため息でした^0^名古屋の徳川美術館のお雛様はさらにさらにすごいらしい。。。いつかそのうち、きっと・・・^^古い建物を見ると、すぐに本来の目的を忘れるクセが・・・今回もしっかり出てました^^;お雛様より、在所の展示室の壁や天井ばかりが気になって気になって・・・^^;母・・・「--; あなたなに見ているの???」私・・・「壁^0^♪」母・・・「・・・・変な娘--;」外壁もいいふんいきでした~日曜日の日記です^^美術館を出てふらふらと銀座までお散歩 都心のお花畑・・・この一角だけがまるで房総のお花畑のようでした^^
2007年03月07日
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銀座や日本橋界隈に用事があって出かけると、確実に2,3駅は歩いて移動します。地下に潜って電車を待って乗って・・・場所によっては乗換も・・・また地上に戻って・・・とやっているとたいして時間はかからないのです。しかもあのあたりは、町並みウオッチングや、建物ウォッチングがとても楽しい地域なのです^^昨日は三越前から銀座まで約30分の道のりをふらふら~三越前から日本橋を渡って、右手に東京駅を見ながら京橋・・・そして銀座。銀座に近づくほど人が増えてきます。で、銀座界隈になると日曜日の午後は歩行者天国。だけど、何故かみんな歩道を歩いている。ん??? 日本橋の上には、首都高速がどーんと走っています。小泉さんがこれを地下に埋めるとかなんとか言っていましたが、地下鉄はどうするよ~???日本橋・・・江戸時代の全ての幹線道路の起点でした。今の東京駅の新幹線ホームでの旅立ちの風景はここで繰り広げられていたのでしょうか。ちなみにここは「にほんばし」大阪は「にっぽんばし」なんでしたっけ?昨日のせた三井本館ももっと撮ってみたい。。。丸の内のビルたちも気になる。。。今年は時間と体力、気力が許したら街なみ撮りをしようかな^^
2007年03月05日
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三井財閥のお雛様を見に日本橋へおでかけ。いま、東京は丸の内と日本橋にビジネスマン以外の人を呼ぼうと、魅力のある街づくりに乗り出している。丸の内は「三菱村」とも呼ばれる。三菱地所のビルが立ち並ぶ。マッカーサー元帥がGHQの事務所を置いた明治生命ビルもこの一角にある。重厚な建物が並ぶこの地域、最近は1階に世界のブランドショップが入ったり、もっとも東京駅寄りの丸ビル、新丸ビルが一大ショッピングセンターになり、かなりの賑わいがある。建物を全て新しくするのではなく、元のたてものを活かして、その上にタワーを築く建て方だから、街の景観は大正~昭和初期のまま。一方の日本橋。こちらは三井不動産の本拠地で、三井村。三越日本橋店や三井銀行本店がある。日銀本店は三越の真裏。こちらは商人の街の匂いが残っている。刃物の「木屋」海苔の「山本海苔」をはじめとしたいわゆる老舗があっちこっちに軒を出している。銀座に向って銀座通りを進むと、丸善に、高島屋、西川ふとん店に東急(今はない)意外にブランド志向だった母方の祖父のお気に入りだったお店が立ち並ぶ街です^^そういえば、母は結婚前日本橋のOLだったんだよなぁ~ 日曜日の今日は閑散としていたけれど、日本の近代化をその地でじっと見つめていた建物たちの息づかいが感じられる街。新宿や渋谷、池袋にはない落ち着いた"本当"の都心。この街がこれからも日本の行く末を見守ってくれる街であってほしいなぁ、と思った休日の午後のお散歩でした。 銀座で発見^^菜の花畑お雛様のおはなしは、また後日^^
2007年03月04日
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