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フェルメールの絵 年末に書評を読んでアマゾンから購入した。「真珠の耳飾りの少女」を、冒頭だけ読んで頓挫していた。これを二晩かけて一気に読んだ。午前2時まで読むと、さすがに翌日は目覚めに影響するのだが、止められなかった。 主人公のフリートが、画家フェルメールの家で女中奉公をつとめた二年間の話だ。フェルメールの絵「真珠の耳飾りの少女」のモデルになったいきさつはフィクションだ。しかし、驚くほど緻密にドキュメンタリーのように描写されている。 作者の トレイシー・シュバリエ は、米国ワシントン生まれ、ロンドン在住の作家で、この話は2作目だとか。 フリートの描写が素晴らしい、私は読みながら「赤毛のアン」を、何度も思い出した。ひたむきで前向き、強靱な精神力で逆境をくぐり抜けてゆく。どこにも美人だとは、書いてないのに、フリートの輝く美貌が見えるような作品だ。 不滅の名作になることだろう。久しぶりに、読書の楽しみを覚えた。
2005年01月24日
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歳月人を待たず グリム童話に「きてれつ六勇士」がある。この話は、こどもたちに根強い人気がある。昨日も、腕白5人組のラボッ子がテーマに取り上げた。 リーダーは中1の男子N君だ。Nは極めつきの腕白坊だったが、最近は心身共に成長ぶりが顕著だ。 きてれつ六勇士は、異能力を発揮する6人の男たちが、力を合わせて悪い王と対決する。当然戦闘場面がある。小学校3,4年生の男子が集まったとあっては穏やかにすむわけがない。 今日も、戦闘場面に突入するとマシンガンやミサイル様の兵器が登場して場面が変わってもどこ吹く風で戦っている。放置したら、騒ぎはどこまでエスカレートするかわからない状況になってきた。 どうしようかなと、思案したが、私は一歩退いて待つことにした。「どうした?」私の気配を察して、N君が声をかけてきた。「これじゃ、どうにもならない」、私がぼっそり言うと。「わかったよ、ちゃんとやらせるよ」と、言って皆に向き直ると、CDに沿ってやるよう注意するのだった。 少し前なら、先頭に立って混乱を助長する子だったのに。すばやく空気を変えるすべを身につけたリーダーに成長しつつある。もちろん、私が難題を押しつけようとすると、果敢に反抗する反骨精神も健在なのが、嬉しい。
2005年01月21日
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3歳児の親子とバージニア・りー・バートンの絵本「いたずらきかんしゃちゅうちゅう」で遊んだ。機関車「ちゅうちゅう」は、炭水車と石炭車だけをつけて一人で走り回りたかった。人々が自分だけを見て、賛美してほしかったからだ。 彼女は、(機関車は女性名詞)縦横無尽に走り回ったのだが、やがて廃線の鉄路に入り込んで動けなくなる。そこへ大型最新式の機関車が駆けつけてくるのだが・・・・。 ラボ・パーティの英語と日本語で語られるBGM付きの物語で遊んだのは、3歳児のY君。ちゅうちゅうになったY君は、動けなくなって線路で待っている間、とても心細そうにしていた。今にも泣きそうにしてじっと助けを待っていた。ようやくお母さんの機関車が駆けつけると抱きついてそっと目を拭いた。 彼の物語に溶け込む状態を、なんと形容したらいいのだろう。実に感動的な情緒が育っている。
2005年01月20日
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物語をつむぐ言葉があり、音楽がある。聞けばイメージできるけれど、それをメンバーたちが目に見える形に作り上げてゆく。大道具、小道具は一切ない。 場面にふさわしい動きを練り上げ、登場人物のセリフを磨き上げる。個人の努力とグループの集中力を高めて一致させるのは並大抵のことではない。言葉のある者ない者、役のある者ない者。ここでは全員が主役。誰か一人でも気を抜くとイメージは崩れて形を成さなくなるのだ。
2004年02月11日
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楽しいクラスだった。どういうわけか生徒は、男の子ばかり。以前は女の子の方が多かったのだが。 2歳児のクラスで絵カードを初めて使った。一対のカードを何組か裏返して置く。2枚づつ表に返させて同じならもらえる。神経衰弱で遊んだのだ。 ついでに、絵カードを見せつつ CAT DOG ELEPHANT などと言わせるのだ。彼らは知っている単語は英語で答えてくれた。ところが、蛇のカードが出てきた時、英語を知らなかった。一人の子が迷うことなく、「へび」と、言った。私が SNAKE と言い直すと。続いて彼は「SNAKE へび!」私「SNAKE」彼「SNAKE へび!」面白いなあ。あくまで「へび」に、こだわるY 君だった。 小学生クラスの男の子たちは、暇さえあれば子犬のようにじゃれ合う。どうしてあんなにくっつきたがるのか?思えば男というものはいくつになっても遊びたがるもののようだ。 じゃれ合う彼らをからかいつつ本筋へ誘導する。彼らの笑いのツボを刺激すると、無邪気に笑い転げて喜ぶ様に、こちらまで楽しくなってくる。あっという間に時間が過ぎて、気が付くと私の鬱が吹き飛んでいた。
2004年02月04日
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研修と総会 宿舎は、富士吉田の「エバグリーン富士」 17日から一泊で行われた、組織の総会。翌朝、目覚めると窓いっぱいに富士が、迫ってきた。 一年の計は正月にあり。今年は良い年になりそうだろうか?
2004年01月20日
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日本の伝統芸能「狂言」だけれど、字だけみるとなにやらおぞましい。日常的な使い方を考えても、「あれは狂言だった・・・・」うんぬん。ろくな事ではなさそうだ。 ラボのCDに狂言「三本柱」、「柿山伏」がある。もちろん日本語と英語で語られている。ラボのCDは通常、英語が先で後に日本語がくるのだが、狂言に限っては、日本語が先だ。 先代の野村万蔵一家が朗々と語る狂言は、ずしりと腹から声が出ている。現メンバーのこどもたちが、狂言に触れたのははじめてのこと。聞きなれない狂言にどんな反応があるかと恐々としていたのだが。意外なことに平然と活動に取り組んでいる。 大果報の者。天下治まりめでたい御代なれば、上々のことは申し上ぐるに及ばず、下々までも存ずるままの、めでたい事の重なった折からでござる。それにつき、某この中作事を致いたが、・・・・・ 上の文章を、現代日本人に読めるだろうか? ここに打ち込んだところ、申し上ぐる、も、致いたが・・・・も変換すると「申しアぐるも、位タイたが」になってしまった。 狂言の言葉は、我々には難解なので、まず日本語の学習から始めた。実は、英語の方がストレートでわかりやすいと、年かさの子はいう。 小学校2年生と2歳の兄弟が「三本柱」を家で聞いている。違和感がないどころが、何箇所も出てくる掛け声「えい、えい、えい、えいっ」を一緒に言って楽しんでいる、と、母親から報告があった。 今日の活動は、台本の日本語の現代文を読む事をした。私が調子をとって狂言らしく言おうとしていたら、「テューターのは、CD通りではないよ!」と、耳のいい子に指摘された。その子も家で聞いているのだ。 新年初のクラスは、狂言で始った。今年は狂言にはまって行きそうだ。25日には、八王子で演じられる、「茂山狂言」をラボッ子と鑑賞する予定。
2004年01月15日
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2歳児のクラス・プレイルームでフルーツソングをやった。これをやる時、いつもミニチュアの果物を使う。おままごとで使うようなビニールのくだものだ。オレンジス アップル ペアーズ バナナ・・・・。これは、フルーツだけが次々に出てくる歌だ。間で、What do you like? と、問うと、I like strawberryなどと好きなくだものを答える。今までの2歳児はお母さんとテューターがやりとりしているの聞いていた。今日は、本人にも問うてみた。すると、I like こっち! と、チェリーをつまみあげた。私は嬉しくて背中に戦慄が走った。これって、凄い! 彼は I like の意味を理解したのだ!チェリーが言えなかったのでとっさに”こっち”と、言い換えたのだ。これって、まさに言葉を獲得する瞬間ではないだろうか?しかも、状況に合致する英語と日本語で半々に応えたのだった。2歳児の成長は目覚しい。前回できなかったことが、嘘のようにできてしまう。その瞬間に出会えるこどもたちとの活動は最高だ!
2003年12月03日
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南青山ル・アンジェ教会で芝居を見てきた。 演目は二つあった。「幸福な王子」と「身も心も捧げた友」原作オスカー・ワイルド後者が、先に演じられた。これが曲者で、はらわたが煮えた。濃いエキスを飲まされたよう気がした。総勢6人が軽やかに楽しげに演じた内容が、観客を怒らせた。演出と演技力の勝利だろう。 色とりどりの花を育て生計を営む貧しい”ハンス”と大金持ちの”粉屋”の偽りの友情。粉屋はハンスの人の良さにつけこんで悪逆の限りを尽くす、友情の名の下に。ああ、今思い出しても腹が立つ。 「幸福な王子」は、ラボ・パーティのライブラリーにもあって、我々には親しい物語。モダンな教会ホールの正面に十字架より目立つオブジェがあった。当然、教会のデコレーションだと思っていたのだが。これが、幸福な王子の開演と共に巻物を解くように開いた。シュールな教会のオブジェだと信じていた物が舞台装置だと判って驚いた。この装置は、王子を抽象的に現したものだった。実は、この装置は物語の終盤ひどく破壊される。美しい紋様のある紙だった。舞台美術家の力を感じた。 ホール中央の空間には何もない。二人の女優と3人の男優が自在に演技して物語は進行する。音楽はクラリネット奏者がステージ脇に一人。演技者たちの発声で擬音やBGMが奏でられ。携帯ドラムや鈴類、カスタネット様の楽器が時に応じて雰囲気を盛り上げた。 物語は、リアルなセリフの交差の間に抽象的な動きや舞踊が加わり、見応えがあった。聴衆は演技を取り囲むように壁際に配置されたベンチから鑑賞した。 高い台座の上に据えられた王子の像は泣いていた。生前知ることの無かった世の中の苦しみを、多く見て苦しんでいたのだ。彼の願いを聞いて手助けした者、それは台座で憩った”ツバメ”だった。 ツバメは病や貧困に苦しむ民たちに、王子の願いのままに、王子の像を飾るルビー、サファイア、金を次々に配って歩く。 時を失して南へ帰りそこなったツバメと残骸になった幸福な王子の死で物語りは閉じられた。会場の隅にすすり泣く女性がいた。演出だと思ったのだが、これは本物だった。 芸術がもたらす豊かさに感動したひとときだった。
2003年11月27日
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Nくんは、ちょっと遠くからラボ・パーティにやってくる。お母さんがピアノを教えに近くまで来るので、一緒に来る。そして、お迎えを待って帰って行く。 この日は遅くなるので、宿題と弁当を持ってくる。クラスが終ると、宿題をやり弁当を電子レンジで温めて食べる。順番が変わることもある。炊き込みご飯が主な母の心づくしが伝わってくる弁当がおいしそうだ。 彼は、デザートのみかんや葡萄を必ず私に分けてくれる。おかずを少し食べないかとすすめてくれたりする。 3年生の彼の宿題は、算数の計算や書き取り、それに朗読などもある。朗読には、実行表の用紙があって聞いた者が○や◎をつける欄がある。彼の朗読は、感情がこもっていてすばらしい。思わずほろりとさせられる内容をしっかり伝えてくれる時など、私は、待っていたように拍手する。そして、張り切って◎を書いてあげる。 彼が宿題をやったり、弁当を食べている間、私は家事をやったり新聞を読んだりする。初めて彼が来た頃、こんな事を言った。「女も新聞を読むんだねえ」「えっ、Nくんの家じゃ新聞を読まないの?」「うん、おばあちゃんもお母さんも、読まないよ」2世代同居の彼の家には祖父と祖母がいるのだ。 女も新聞を読むのだねえ、と、言った彼の、「女」に、ちょっとひっかかる私がいた。おじいちゃんの影響かな?今度、お母さんに尋ねてみよう。新聞を読まないのかどうか?
2003年11月26日
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6時に目覚めてゴミを集積場へ持っていった。小雨が降っていた。戻り道、空を見上げると電柱の上にカラスがとまっていた。なんだか嫌な予感がした。 夫の出勤時間になっても雨は降り続けていた。最近、「バス」が遅れる。ひどい時は15分も遅れてやってくる。こんな日は、更に遅れるのだろう。 夫へ申し出た。「駅まで送るよ」「えっ?」案の定、夫は意外だったようだ。不意を突かれたような顔をしたが、喜んだ。 道路は、いつもより渋滞していた。バスで行ったら2倍ほど掛かるだろうと思えた。冗談じゃなく、車の列は遅々として進まない。 せっかく発案をしたのだから、なんとしても電車に間に合わせたかった。それで裏道を行くべく道を変更した。ちょっと狭い道だけれど、幹線道路の渋滞が嘘のように車が進んだ。 対向車がいつもより多かった。通勤時間帯だから、みんな殺気立ったようにすれ違って行った。一台の車が突っ込んで来た時、こちらも強気で、塀際に寄せて進んだ。すると、”ガガッ!”と、音がして車が止まった。塀に側面がぶつかったのかと思ったが、そうでもなかった。何かが引っかかっているような気がしたが、乗り越えるように車を出した。 ガラ、ガラ、ゴトン・・・・。車の下から妙な音が響いてくる。細道を抜けて広い道路に出た時、停車して点検した。左前輪がパンクしていた。 スペアータイヤを取り出す、ジャッキーをセットする・・・・・。慣れない作業器具に戸惑って。JAFへ電話すると、到着に35分位掛かると言う。 足に力を掛けられない夫は、こんな時ほとんど期待できない。作業は、私がやるしかない。どうやら設置できたジャッキを使って車体を上げるのが意外に手間取った。組み立て式のジャッキがすぐ外れてしまうのだ。そして、ボルトが固くて中々緩まない。 夫が傘をさし掛ける下で、もくもくと作業した。やればできるものだ。JAFも渋滞で近づけないのだろうか。やってくる前にタイヤ交換は終ってしまった。 結局、夫は講義に30分ほど遅れて到着したそうだ。
2003年11月23日
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使ってない部屋を掃除しようと、障子を開けたら床の間の脇の雪洞が灯っていた。誰も点けたわけではないのに???ドッキリして、障子を閉じた。大声で家人を呼んで障子を開けた。直後に、わが目を疑った。床の間に、時代劇の御殿の奥で使われるような華やかな夜具の中に日本髪の女性が、横たわっている。雪洞も寝姿も透き通ってぼんやりしているのだが、はっきりと見える。 家人一同、幽霊だと直感した。すると、掛け布団が持ち上がって”女”が立ち上がって来た。こちらへ向かってくる。あわてて障子をしめたら、障子紙が勢いで破けた。覗くと、その穴からこちらを見ている”女”の目。 キャー、キャーッ!幽霊ってほんとにいるのだ!初めて見た。ほんとうにいるのだ!気がつくと、私はフトンに起き上がってぼんやり反芻していた。幽霊っている・・・・・。 夫が、尋ねた。一体どんな夢を見ていたの? 何回も叫んでいたよ。目覚めても迫ってくるような怖い夢だった。
2003年11月22日
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余人がいる筈のない風呂場で夫が誰かと話している。「あのね、そこで暮らせると思ってるの?だめだよお湯がかかるから」あんまりしみじみと話しているので、不思議に思って見に行った。タイルの洗い場に丸々としたコオロギが1匹、長い足を曲げていた。夫は、それに向かって話しかけていた。 ストーブが必要になる頃、必ずコオロギが現れる。決まって風呂場なのだ。どこからやってくるのか判らない。下水管でも伝わってくるのだろうか? 入浴の湯を避けるように右往左往して、しばらく棲みつく。つまんで外に出しても、同じコオロギがどうか定かではないが、又やってくる。 相手は虫だから無視しても、裸身に近づかれると気味が悪いからつい邪険にはらいたくなる。ほおって置くといずれ足が欠けたりなぞして、最後は潰れたようになって隅に骸をさらすことになる。 飼い猫ズッケがいた頃は彼女が相手していることもあったっけ。
2003年11月19日
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近くの小学校で、ネイチャーゲームのお手伝いをした。この小学校は、我が家の4人の子供たちがお世話になった学校だ。私も、PTAとして、通算15,6年通った学校だ。 小学校の1校時は短時間だったけれど、午後のひとときを”縦割り班”の、1年生~6年生30余名とネイチャーゲームで遊んだ。何週間もかけて、準備をしたのは、6年生のリーダーたちだ。 この辺りは、自然が比較的残されているので、恵まれている。なにしろ、学校の前は川。後ろは樹木に囲まれた忠霊塔が奉られている。 今日のネイチャーゲームは、フィールドビンゴで遊んだ。カードに記された鳥の羽、赤い花、風の音、カラスの声、木の実、何かの食べ痕、水の音、等など、自然の中にある16種類の目標を探しに行く。 見つかった物に丸をつけてゆき、縦横、斜めに列が揃えばビンゴというわけだ。 チームはリーダーたちによって2,3人づつ、1年生と6年生、5年生と2年生、そして3,4年生に分けられていた。笛の合図を待ちかねるように、数人のチームに分かれたグループは、蜘蛛の子を散らすように探し始めた。 ね、ねぇ・・・これはなんだ?忠霊塔で何をやるの?と戸惑っていた子達も、すぐにアイテム探しに夢中になった。落ち葉を踏んで歩き回るのは、なんだか嬉しい。ビンゴができたグループ? ハイハイッ!バンダナの角を結んだ袋を開くと、あるある、キノコ、木の実、鳥の羽、カマキリ、草花、虫の食べ痕のある葉、昆虫の抜け殻などなど。思いがけない戦利品に、子供たちは上気しているようだった。
2003年10月30日
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近くの小学校でネイチャーゲームのお手伝いをすることになった。たてわり班活動と言って、1年生から6年生が一緒に様々な活動をする時間に実施する。担任の先生と、リーダー格の6年生と打ち合わせに伺った。 ネイチャーゲームは、説明するよりゲームを実行した方が面白さを実感できる。いくつかのゲームを手短にして、感覚をつかんでもらう。 この小学校の裏側は小山になっていて、樹木のある小公園になっている。ここを使って、ゲームができないかと模索した。それで、宝探しをやってみた。樹木の間を歩きまわって、ちくちくした物、匂いのする物、食べ跡のあるもの、音の出るもの、面白い物などなどを探す。 10分くらいの間に、男女5人の6年生が、集めたものはすばらかった。中には、生きたバッタを捕らえた者も。担任の先生は、なんと中身の入ったイガグリを拾ってみえた。 楽しいひとときだった。3週間後には、6年生がリーダーになって、ネイチャーゲームを実行してくれるだろう。 それにしても、6年生は、男子がまだ稚なさを残している。女子がしっかりリードしているのだった。
2003年10月09日
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先週、街のキッズマートで絵本を買った。谷川俊太郎文、元永定正絵。シンプルな線ときれいな色の絵だ。今日、2歳児たちに絵本を見せた。 真っ青なページに「しーん」とだけ書いてある。どのページも、擬音が一語だけ。「もこもこ」「にょき」「ぱく」等など。音を真似ながら彼らが寄ってきた。絵に吸い寄せられるように。 圧巻は、太陽のような色のページだ。二人とも顔を、ぺたっと本にくっつけてしまった。その後のページも声を合わせてたのしんだ。 こどもと絵本の感動的な出会いに立ち会って、驚喜してしまった。
2003年10月08日
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友人のお誘いでコンサートへ行った。会場は東京オペラシティコンサートホール。指揮・現田 茂夫 演奏・東京フィルハーモニー交響楽団 司会・朝岡 聡ソプラノ:腰越 満美 半田 美和子 メゾ・ソプラノ:岩森 美里テノール:伊達 英二 井ノ上 了吏 バリトン:久保 和範 第10回 京王音楽祭 こんな催しがあったことをはじめて知った。指揮者 現田 茂夫の指揮は若々しくて、まるでスポーツを観戦しているようだった。 軽やかに、エネルギッシュにタクトを振る姿に、草原を駆け抜けてきたランナーが、丘を駆け上がり、駆け降りて、ビシリッと止まる・・・・そんなイメージを重ねた。 オペラシティコンサートホール すばらしい演奏の数々を堪能した、スポーツ後のような爽快感だった。ロシア料理は番外編 夫が中国地理学者グループの来日レセプションで、都心に来ていた。終了後、新宿で落ち合った。友人を食事に誘いたかったのだが、早朝から新宿で受講後のコンサート鑑賞だったので、遠慮させていただいた。加藤登紀子のお母さんの店「スンガリー」、何年ぶりだろう。いや、何十年ぶりだろう。店内はすっかり改装されていた。BGMも、昔はバラライカ演奏の雰囲気だったが、ジャズになっていた。現在の経営者は、誰だろう? 店も増えていてチェーン店になっている。スモークサーモンとキャビアのクレープ包みを食べながら、ロシア旅行の思い出を語り合った。お酒は、勿論トロリと冷えたウオッカだ。
2003年10月04日
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八幡町教室の近くの目抜き通りに、高層マンション「ビュータワー」が、完成した。バスから眺めていると、1階に食品マーケットや、各種商店が、通りに面してある。「キッズマート」は、その中の一つだ。子供用品やなのか、玩具店なのかが不明。 今日は、そこを覗いてみた。おしゃぶり、おもちゃ、ベッドサイド玩具、ベビーカー、キャリーバスケット、ベビーシューズ、服、育児用品、などなどが、安価で売っていた。ここは、子供用品のリサイクルショップだった。 ビデオや絵本、育児関連本などもあった。音の出る英語の絵本を1000円で、もう一冊は、谷川俊太郎さく、本永定正え 「もこもこ」を、買った。 「もこもこ」を、開いてページをめくったら、折り曲げられたページがあった。店員にそのことを伝えると、200円になった。 子供用品は、使用期間が限られている。リサイクルに最適な用品だろう。
2003年10月03日
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ラボセンターに集う、秋の研修は多くのテューターに出会える楽しみな場だ。明るい活動的な仲間たちと、ナーサリーライムやゲームに興じ、各自の得意な分野をシェアーする。こどもたちとの触れ合いをを赤裸々に語り合う。 話は、果てしなく続いて、時間がいくらあっても足りない。成長を物語るこどもたちの作品を見せるTさん
2003年10月02日
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外国語の音読練習をやって痛感することがある。それは、黙読と音読の違いについてだ。黙読は、視覚を通して意味を理解すればいい。音読は、どうだろうか?意味理解に加えて、声音の調節、アクセント、イントネーションが正しくないと、伝わらない。音読は想像以上に情報が含まれている。 ラボの新刊CDに「バベルの塔」がある。この話には、様々な外国語が、出てくる。慣れ親しんだ英語は、読めても、初見の外国語が読めない。アルファベットで綴られているのに、表音方が異なると、まるで歯が立たない。 CDで散々音を聞いた後でも、すぐには発音できないのだった。 SMIRGY MUF BA DOOGLE. BOKA BOKA NU. GORDY HAPA KU! JADAJADAGRIMSUPPUI!. これをどう発音するか? 会得できるまでひたすら聞くしかなかった。言葉は、”音声”が、文字より先にあったのだと感じた。
2003年09月26日
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起床時の「真っ向方体操」と「ヨガ」のポーズは、欠かさないが、最近、筋力強化の運動から遠ざかっているのが気がかり。今日は、プールにと決心していたが、夫のお迎えコールに捕まった。もう10分早く、出かけていれば良かったのだが・・・・・。 携帯に、カツカレーが食べたい。と送られてきた。この要望に応えるには、食材が不足だ。買い物と、夫の帰宅方向は重なるので、プール行きをあきらめて予定変更した。 貴重な木曜日は、暮れていった。思い出のシーン ー北欧旅行からースカンディナビアの列車には乳母車や犬がすっぽり納まる スエーデンのエテボリからデンマークのストックホルムへ向かう数時間、この子はほとんど寝ていた。
2003年09月25日
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ママと一緒のプレイルームクラスは、2才児の可愛い仕草に思わず目じりが下がってしまう。しかし油断は禁物。 緩急自在に手を動かして、かいぐりかいぐりが出来た瞬間、緊張がほぐれて駆け出す H君、つられて就いて歩く Y君。奔放な彼らをいかに惹きつけるか、勝負どころだ。動きつかれたところで、絵本の読み聞かせやボールゲームで、気分を変える。 ”魔法の袋”に見立てた黒い合切袋にタネを仕込んでおいて、時におうじて取り出すのが、独楽、指人形、ぬいぐるみ、ミニチュアの果物セット。それに、ままごとのティーセットなどなど。使い終わると、一緒にお片づけをする。彼らも納得して、習慣になったのが、嬉しい。 午前中のちびっ子が終わると、午後は時間が空いて、夕方5時から小学生がやってくる。彼らは入室すると、絵本に突進する。好みの絵本を取り出して、メンバーが揃うまで楽しんでいる。 今日は、「きてれつ6勇士」をとりあげることになっていた。これをやりたくて狙っていた N君が大張り切りでストーリーテリングを展開した。
2003年09月24日
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バスで会合に出かけた夫から電話が入った。「今日は、お彼岸で渋滞していて、バスが来ない!」春と秋のこの日は、終日道路が混む日なのだ。 車のエンジンをかけて、ベランダの鍵をかけ、コーヒーを車用のマグカップに入ていると。また電話が鳴った。「なにしてんだよう。まだか~~~い」と、夫の催促。最近、夫の気が短くなっているのを感じる。 バスを待つ人々の列を離れて、夫は待機していた。渋滞している時は、裏道を使う。休日なので通勤の車が出ない裏道は、空いていた。 彼岸に墓参りする習慣から遠のいている。寺参りを欠かさなかった母を想った。高齢の彼女、さすがに最近は、墓参できずにいる。ロシアの上を10時間飛んで往復した旅で、父を懐かしく感じた。 今日は、機上からシベリアの夕日を見たのを思い出した。 この地のどこかに父が眠っている
2003年09月23日
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寝室の電気スイッチが壊れた。夫の説明によると、足がふらついて壁に肘を突いたところ、ちょうどスイッチが当たったらしい。以後、電気が点かなくなった。 寝室の明かりは、あまり必要がないけれど、夜間トイレに立ったり、服の着脱時に、暗闇は困る。簡単な修理は夫の得意なのだが、ちょっと問題があった。修理の為にブレーカーを落とすと、パソコンの電源をオフにしなければならない。家庭内LAN構築で、夫のパソコンはサーバー状態。これをオフにして、すんなり元に戻せるかどうか自信がなさそうだ。 スイッチの電気配線は、壁の中だ。家を建てた時のまま状態なら問題は無かったと思われるの。しかし、我が家は、電気容量を上げるために、ブレーカー器具を幾度も取替えた。したがって、電気の配線状況を把握してない。と、夫は言う。元になる大ブレーカーが1個、そこから8個に分けられている。 冷蔵庫、電子レンジ、トースター、炊飯器、ポット、洗濯機、エアコン、私のパソコンや音響機器等などの、家電機器が集中するキッチンと居間は、時にブレーカーを落とすことがあるので、はっきり判っている。 その他のブレーカーが、どの部屋にどう配線されているか、判らなかった。我々は、原始的な方法で、「壊れたスイッチの」ブレーカーの配線を1個づつ確かめた。1階と2階の全室を点灯して、ブレーカーを上げたり下げたりテストした。 その結果、サーバーパソコンと壁のスイッチが、同じ電気配線に属していると判明した。午後から初めて、スイッチの取替え作業に取り掛かる頃には、日が暮れて闇になっていた。私は、大型の懐中電灯で夫の手元を照らしたのだった。 寝室のスイッチは直ったけれど、パソコンはインターネットと繋がらなくなっていた。リセットで簡単に戻ると思ったのだが。甘かった。思い出の風景ボリショイ劇場
2003年09月22日
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外出先から書き込み中です。近日インタ-ネット復帰予定で鋭意努力してます。よろしく!
2003年09月21日
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5時半に目覚めてしまった。・・・・午前2時に寝たのに・・・・・。やるべきことは山のようにあるので、意をけっして寝床を離れたのが6時。今日は、八幡町のクラスで生徒のSさんが待っている。その準備もしなくてはならない。はて、お土産はどこへおいたかな? 洗濯機を動かして、パソコンにスイッチを入れる。写真の整理が進まない。昨夜、夫がノートにあった写真をCDに入れてくれたので手元で見られる。眺めていると、興が乗って次々に開いてみる。旅の日々がよみがえる。 写真の仕分けをしていたら、洗濯は、とおに終っていた。良い天気なのに、写真に没頭していて干す気にならない。眠気が襲ってきて、時計を見ると11時になっていた。 夫が起き出す気配を感じて、あわてて味噌汁を作る。出汁はとってあったが。朝ごはんも食べずに、パソコンに向かっていたのだ・・・・。 味噌汁とごはんが無類においしい。納豆がおいしい。梅干がおいしい。食事をすませたら、めまいがするほど眠くなった。たたみに転がると・・・・・。気がつくと出かける時間になっていた。 Sさん、ごめんなさい。朦朧としていました。
2003年09月12日
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ホテルのベッドで目覚めた気がした。昨夜は一度も目覚めることも無く熟睡したようだ。我が家のフトンは、なんと言っても最高だ。 今日は生ゴミの日だ。9時過ぎだったが、大丈夫だろうと・・・・。行ってみたら、もう収集がすんだ後だった。先月まで 集塵車がくるのは午後だったのに、シフトが変わったのだろう。 せっかくまとめたのだけれど、ビニール袋の口を硬く縛って裏口に置いた。古新聞も溜まっている。玄関前には、新聞販売店に留めて置いた新聞が18日分届けられていた。郵便物も郵便局からまとめて届けられた。期待していたノルウエーのTORMSOから送った荷物は無かった。 夫が起き出す前に野菜や米、牛乳を買いに生協へ出かけた。戻ると、夫が味噌汁を作っていた。「卵を買ってきた?」「あっ、忘れた!」「はるみさんから電話があったよ」 はるみさんの心当たりは・・・・何人かある。意を決してNAVIちゃんに電話した。大当たり、電話は彼女だった。彼女の近況と旅の報告で盛り上がった。 パソコンに向かうとやるべきことがありすぎて、ついゲームに逃げてしまう。さあて兜の緒を締めねばなるまいて。
2003年09月11日
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みなさん、ご無沙汰しています。niftyのローミングサービスをようやく繋ぎました。デンマーク、モスクワ、サンクトペテルブルグ、ストックホルム、寒かったです。人々は、行く夏を惜しむように半袖で闊歩しています。明日は、ノルウエーへ向かいます。
2003年08月30日
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昨日コペンハーゲンで撮った人魚姫少年が人魚姫に近づこうとしていた 今日は、モスクワへ発つ日だ。今回の旅行目的の一つに、モスクワがある。夫の後輩が我々の到着を待っている。時間は充分にあった。 ホテル「コンフォートヨーロッパ」は、コペンハーゲン中央駅へ数分の距離。到着時は街への出口を間違えて遠回りしたけれど・・・。国際空港・カルトラップへ難なく行ける。 駅で切符を買ったが、利用便のプラットホームが判らないので構内の案内所で尋ねた。後で考えると、国際空港行き列車の出発時刻を確認するべきだった。ホテルでも、駅でも英語は普通に通用する。 ホームには、アンデルセンゆかりの地 Odense 行きの列車が発車を待っていた。頭上の電光案内板には、行き先と発車時刻が何行も表示されている。残念ながら読めないし、空港方面行きがどれだか判らない。心許ないので通りかかった案内係に尋ねて確認した。空港行き電車は反対側へ来ることが判った。 待っていると大きなスーツケースを押しながら乗客が続々と集まってきた。通勤らしい人々もいる。引率者に伴われた少年少女たちもいる。合宿に行くのだろうか? ふとラボッ子達が頭をよぎった。旅支度の人々は皆、空港に行く人々だろうと安心した。 間もなく到着した電車に、人々は吸い込まれた。2階仕立ての電車だった。階上は、ビジネスクラスで別料金がいるらしい、ほとんど空席だった。我々は階下で入り口付近の席を占めた。若い男性一人女性二人が、向かい側の席で歓談していた。男性が「イケメンだ!」、ハンサムでかっこいいコペンハーゲンの「イケメン」を、Iちゃんの為に撮りたかったが、正面からカメラを向けるわけにゆかないので我慢した。 発車して、すぐに次の駅が来た。あれれ、昨日の間隔と違うぞ? 次の駅はもう少し遠かったような気がした。不安がよぎった。窓外の景色を詳しく覚えているわけではないが、なんだか違う。次の駅を過ぎた地点で、折良く検札の女性が巡ってきた「国際空港」行き電車であるかどうか尋ねた。 「Oh,No! It’s a wrong train!(これは違う電車です)」、即座にそう言って時計を見ると、「次の駅で降りて電車を乗り換えなさい、そこから二つ目です」と、教えてくれた。我々は、飛行機が飛び立ってゆく幻影を想像して震えてしまった。 次の駅では大勢が下車した。ホームに降りて進行方向が判らなくて戸惑っていると、なんと先ほどの”イケメン君”が「国際空港へ行くには、エスカレーターで上がって向こう側のホームで電車を待てばいいです」教えてくれた。コペンハーゲンのイケメンは親切なのだ。 次の電車は何時に来るのだろう? 通勤途中らしい女性に尋ねると、電光掲示版に案内してくれた。これは手でタッチすると場面が変わって、行き先と時間が出るコンピューターだった。 教えられた電車に乗ると、空港到着予定時間が確実に30分ほど遅れると思われた。途方に暮れたけれど、大きな駅でタクシーが駅前に待機していることが判ったので。急遽タクシーを使うことにした。 どこの国にも、気さくで優しいタクシードライバーがいる。アラブ系らしいドライバーは、我々の話を聞くと、「電車を間違えるのは、あなた方が初めてではないよ、デンマーク人だってよく間違えるよ」と、慰めてくれた。 モスクワ行きの飛行機には、無事搭乗することができた。入国審査に1時間半! 悪名高い入国審査に遭遇した。パスポートを調べるのに最速で一人2分。多くて5分かかる。暇をもてあまして計ったのだ。係官は女性、コンピューターでデーターを呼び出しては何かを調べている。入国者は黙々と並んで待つのみ・・・・・。ようやく通過した時は、安堵して不満を忘れた。おとぎの国の城のようなクレムリン我々の宿泊したHotel Nationalは、この真向かいにあった。
2003年08月25日
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DiaryAugust 24, 03出発 起床5時。快晴。バス、電車の乗り継ぎがスムースに行った。新宿には、予定より1時間近く早く到着した。「成田エクスプレス」の発車時間まで、朝食用の弁当を買ったり、構内の「ドトール」でコーヒーを飲んで時間を調整した。 成田空港に到着するとやるべきことは多い。国際線出発ロビーは広い。順番に巡るだけで歩行距離が伸びる。スカンジナビア航空のカウンターで、搭乗手続きをして荷物を預ける。レンタル携帯電話を受け取り、使い方の説明を受ける。これが意外に時間がかかった。 続いて通貨の現金交換をする。今回は、日本円をデンマーククロネと米ドルにして用意した。構内には、様々な銀行の両替所があったが、どこも長い列だ。 出国審査を受けて搭乗口へ、歩行用エスカレーターを乗り継いで数分かかる。トイレで用を足す。こどもたちへ”携帯番号”を知らせていると、もう搭乗時間だ。ハンサムなスチュワードやスチュワーデスが笑顔で迎えてくれた。 離陸すると、すぐに各種サービスが始まる。本日のメニューが配られる、飲み物のワゴンを押してスチュワードやってきた。英語でビールを頼んだ。返事は日本語だった。続いて食事が配られた。初めてのデンマーク語で 「Tak!」(ありがとう!)と、ドキドキしながら言ってみた。ところが、スチュワードは「どういたしまして」と、日本語で返事するので、やや拍子抜け・・・・・。それでも私は、食事が済むとバッグからデンマーク語の本を取り出して復習。容器を下げにきたスチュワードに、言う。「Det smager godt!」(おいしい) 過去形にできないのが残念だが、さんざんCDを聞いたからイントネーションはOKの筈。しかし、またもや・・・・。「どういたしまして」今日の”イケメン”スチュワード氏は、断固日本語をしゃべりたいらしかった。到着 今朝11時45分に成田を発って飛行10時間余、デンマークに着いた。6時間の時差があるからまだ24日の夕方なのだ。しかも日が暮れるのは10時前後。まだ、日は高い。コペンハーゲン市内に着いて、荷物を置くと”人魚姫”像のあるビーチへタクシーで出かけた。
2003年08月24日
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中央高速道・日野のサービスエーリアに山梨の屋台が出て久しい。先日は、みずみずしい葡萄につられて、母への手土産に一箱求めた。 今日は、品薄だったが、桃が何種類かあった。珍しい黄色い桃が目についた。店主に尋ねてみた。「これは甘いですか?」「・・・・酸っぱくはないよ」何故か口ごもって歯切れが悪い。他に適当な品が無かったので、ゴールデンピーチと銘がついた桃を求めて母を訪ねた。 桃を姉に手渡しながら、酸っぱくない・・・と言った、桃売りのことが頭を掠めた。それで、言い訳めいて「この桃は、おいしくないかも知れない、この前の葡萄はどうだった?」「実は、あの葡萄は酸っぱかった」申し訳なさそうに姉が言った。 やはりそうだったか、。「甘いか?」と訊ねた答えに「酸っぱくないよ」とは。いったい、この桃はどんな味がするのだろう。後で聞いたところによると。驚愕の不味さだったそうだ。今年は、雨続きで果物の糖度が低いそうだけれど、ちょっと心のこもらない贈り物になったと、じくじたるものがある。
2003年08月22日
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航空券、ホテル宿泊、その他の予約や購入を「HIS」に依頼した。担当の女性の的確な対応には、いつも感心した。落ち着いて静かな物腰で、ロシア大使館でのビザのとり方、スケジュールの不備を訂正する等など、会うたびに夫と感嘆したものだ。化粧っけのなさ、細い手足のプロポーション。長男の嫁さんだったらなんて、叱られそうなことを夢想したものだ。 ただ、ふ落ちなかったのは、外国で使える「携帯電話」を借りる件だった。この電話は現地で使えるし、日本との通信が可能だ。料金なのだが、当初、一日200円、保険料300円。紛失や破損した場合50000円弁償しなくてはならない。保険を掛けておけば良い、と聞いた。 18日間の料金を考えると、J-Phonで売り出し中のVodaphon購入を検討したが、実際は実物が品薄で入手困難と判った。そこで、あらためて携帯の借用を申し込みに行くと、別の社員から、保険料込みで一日200円だ、と聞かされた。後で判ったのだが、貸し出し制度の方が変わっていたのだ。この制度は、頻繁に変わるらしい。お陰で、半額以下で借りることができた。 この携帯、実は・・・・夫とはぐれた時の為に借りて行く。我々夫婦は、興味の対象が違うので、現地では別々に行動することが多い。特に大きな本屋では、迷子になること必定なのだ。
2003年08月21日
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夫がパソコンの調整を長男に頼んだ。どうにかうまく行って帰ったのは、昨日のことだった。ところが、今度は音が出ないと、夫が騒ぎ始めた。音が出ないと、ゲームのファンファーレが聞こえなくてつまらないそうだ。 午後早く長男がやってきた。夫に呼び出されたらしい。「なんで毎日ここへ出勤しなくてはならないのですかね?」と、言いながら鍵を開けて家に入ってきた。それでも夫の書斎に直行してPCを開いている。 夫は会合があって留守だった。帰りは遅くなるだろう。夕飯の買い物をするついでに、私はプールへ寄った。ひさしぶりのプールだ。雨が降る連休中なので、空いているかと思いきや。そこそこ混んでいた。 ウイークデイは女性のスイマーが多いのだが、週末は男性が断然多いのだろうか。それも、様々な年齢の男たちだった。 最近、プールへなかなか足が向かない。週に1回どころか、月に1回もやっとだ。泳ぎの勘を取り戻すのが短時間では難しい。やはりどこかのクラブへ加入してレッスンを受けた方がいいのかな?と、ビート版を持ってバタ足をやりながら、考えたのだった。
2003年08月16日
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スエーデン初日の夜、ストックホルムでシュリンプとサーモンディナーを船上でとる予約をすることにした。現地の案内所に電話をかけた。長いコール・・・・・・・の後、「xx△:○x?*:xx?」。当然スエーデン語なのだろう。???まるで判らない。恐る恐る英語を話すか?と、訊ねた。「少しできる」と答えてくれた。ものは試しと「日本語は話すか?」、「ノー」、即座に言われた。 英語で予約を申し込むと、名前を尋ねられた。綴りをアルファベットで言った。TOSHIYO KITAMURA を言い直してくれた担当者の発音が・・・・??? 私の知るアルファベットの発音とまるで違う。そして、何回も言い直してもらったが、納得いかない。更にクリスチャンネームは何であるかと訊ねられた。あせった私は、叫んだ。「私は日本人だから、クリスチャンネームはない!」すると、「ああ、日本人。ちょっと待ってて」と、担当者が去った。 しばらく待っていると、さっきより鮮明な英語を話す女性が現れた。最初からやり直しだ。ところが、アルファベットの綴りを言ってもらうと、????? 又判らない。名前はもういい、予約番号を言うから、そのナンバーを持って現地に来てください。出発15分前までに到着してください。と言われた。 はてさて、うまくいったかどうか・・・・現地でのお楽しみだ。
2003年08月15日
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8月24日から、18日間の北欧旅行を予定している。したがって、その間9月2週までラボを休まなくてはならない。それで夏休み返上でクラスをする。 昨日は、母と幼児のクラスをやった。夏休み帰省で2週間休んだSさん親子も、参加した。H君は、今月の終わりに2歳になる。6月に初めてきた時は、ママの胸から離れられなかった。CDから出る音に興味をしめしているのが判った。動かせる絵本「バス」が気に入ったのが印象的だった。 あれから1ヶ月、英語のライムや歌をどんどん吸収している。ママと一緒に動きも懸命に真似る。最初は見ているけれど、次の週からはやる。この辺が幼児は、面白い。目を開いてじっと見ているのは興味を持ったからだと思う。 今日は、2週間前にできなかった動きがしっかりできるので、驚喜した。Open Shut Them (むすんでひらいて)ができた、できた!続けて、絵本もちゃんとお座りして聞いている。以前は、なかなか興味が持続できなかったぞ、と思っていたら、後半になって飛び跳ねだした。 あわてないでじっくり行こうね。おちびさんたち。
2003年08月13日
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三日目のお楽しみは、コーナーめぐり。クイズ、身体活動、工作アート、全力疾走水クグリ等などのコーナーが待ち受ける。 どこから巡ろうか?相談しよう。そうしよう! 様々な楽器を使って、「あなたもミュージシャン」のコーナーでは、合奏も体験。私は、そろばんマラカスを演奏? 持参のカマボコ板に名前を書いてロッジ「ナイル3」の記念に残すのだ。 キャンプでお楽しみの一つが”バザー”人だかりで品物が見えないよ~~~~! これこれ、これがなくてはキャンプと言えないね。なんといってもキャンプの最後を締めくくるのはキャンプファイヤー。闇を赤々と照らす火を囲み3泊4日を反芻して名残を惜しむ。初めて参加した小学校2年生、3年生、ホームシックにかかる暇もなかったかな? 食欲旺盛。罹患することもなく、頑張った。夜の活動も協力しあって、眠気とも戦った。また会う日まで、みんな元気でね”ラボッ!”
2003年08月10日
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この日は誰もが台風10号を心配した。幸い小雨がぱらついただけだった。ラボッ子たちは、昆虫とり、マウンテンバイク、野尻湖周遊、森の画家コース、幼児にはイモホリ等などさまざまなフィールドワークに飛び出していった。 黒姫登頂コースは、頂上付近の天候が悪く中止となった。 野外活動の日は、ロッジの外で朝ごはんを食べてから出発。 いつ来ても穏やかに迎えてくれる”黒姫山” 黒姫童話館では、松谷みよ子、ミヒャエル・エンデ展を開催していた。 野外活動”黒姫の芸術家”コースへ参加した子の作品。
2003年08月09日
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3泊4日のキャンプの始まり。 東京新宿からバスに揺られて数時間、台風10号の進路へ向かって来たのだが、黒姫は穏やかだった。 今年は韓国から国際交流で来日中のキャンパーが参加している。ハングルの歌や挨拶に多く触れることができた。 キャンパー一同が集ってこれからキャンプが始まる。
2003年08月08日
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携帯から日記の初更新します 来週は外泊が多いので 携帯から多く発信予定
2003年07月30日
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母子一体で発表する幼児たちの楽しいひと時。 CDは持っているだけでは”だめなのよ” 聴いて動いて動いて聴いて 聴いて動いて聴いて動いて動いて聴いてなかみを あたまや こころに いれなくっちゃ・・・・・おや? 誰かさんの”ことば”みたいだけれどね?!
2003年07月25日
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手のひらに乗るサイズのカメラを買った。光学ズーム付きで、動画も連続30秒撮れる。私の携帯が100グラムだから、それよりちょっと重いくらいのカメラだ。 夫のポイントを、一部利用させてもらって買った。二日後に販売店の”○○デンキ”から電話の問い合わせがあった。私の買ったカメラの型番を教えて欲しいという。それで、答えると「実は、間違えたカメラをお渡ししました」と、言う。とても良く似たカメラで光学レンズのない物があった。「それをお買い上げいただきました」と、言う。 なにい?そんなわけはない、散々吟味して決めた上で、買ったのだ。それで、思い出した事がある。支払いをする時に、製品を薦めた店頭販売員がレジスターまで同行して係員に在庫品を持ってこさせた。その時レジ係が、最初に持ってきたカメラが間違っていたのだ。販売員が、それを指摘して再度指定の品を持ってこさせた。 新人らしい女子のレジ係が二人いた。揃って製品について熟知してなかった為に、伝票を書く時間違えたのだ。最初に持ってきた品を書き込んでしまったのだろう。 電話の主にその事を告げると、浮かない声で「それでは、こちらで処理します」と、言った。以来○○デンキからは何も言ってこないけれど、なんだか落ち着かない。だって、あの伝票どおりに支払ったとすると、数千円安く買ったことになるのだが。ポイント残高端数を切ったり、SDカードだの、他の付属品などを買ったので、引いたり足したり細切れに支払ったから、得した気分がしないのだ・・・・・。
2003年07月24日
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2歳児に本の読み聞かせ。どの子も興味を持つのは動く絵本。自分で動かしたがる。バスのドアーが開閉する。車輪が動く。窓が上がり下りするしかけ絵本がお気に入りだ。 ママの補助がないと難しいけれど、何回もやりたがる。内容が判っているかどうかは不明。 ディック・ブルーナの英語の絵本を開いて見せた。犬の絵、言葉は「DOG」とだけ。猫の絵「CAT」、MONKEY、DUCK、等など。 言葉に鳴き声を添えて聞かせた。2歳児たちは、鳴き声に惹かれてか、聞いていたが、マネし始めた。しめたっ!こちらには嬉しい瞬間だ。鳴き声だけでなく言葉も真似る。 動物がいろいろ出てきて、「SNAIL」かたつむりは鳴かない・・・・・・。私は緊張して咳が二つばかり出た。すると、そっくりに「ゴホッ、ゴホッ!」大人たちの大爆笑に彼はきょとんとした。 なんでも真似る時期に言葉の学習は最適なのだと思う。
2003年07月23日
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今夏ラボ・パーティが出版したCD「ギルガメッシュ」の絵本は、名高いカナダのアニメーション作家 Ludmila Zeman作だ。彼女が出生地チェコから現地に移住したのは1984年。 父親のアニメ作家Karel Zemanから、メソポタミア遺跡から発掘された「ギルガメッシュ叙事詩」について、子供の頃から聞かされていたらしい。 この不死を追求するギルガメッシュ王のテーマを深く理解したのは、愛する父を亡くした喪失感からだった。この話を、子供向けの絵本にしたいと、念願してメソポタミア文化研究に数年を費やしている。 絵本「ギルガメッシュ」は3分冊で、精密なイラストは 子供たちを魅了してやまない。ラボのCD発刊前からの現象なのだけれど、絵本を開いてあきずに眺める子供たちの姿が印象的だった。 Zemanさんの講演会では、失言して真っ赤になるなど、彼女の飾り気のない率直さにとても感銘を受けた。イラストは全て遺跡から発掘された遺物、彫像、壁画等などから寸分違わず写されている。それは、大英博物館の絶賛でも証明されている。 話を聞いてなにより感動したのは、彼女のこどもたちへ向ける眼差しの温かさだ。幼い子たちにとって、親しみ難いであろう古代の事物を描く為にユーモアとジョークを随所にちりばめていた。 論より証拠、絵本をじっくり眺めてほしい。温かい画風の間から楽しく発見できるだろう。
2003年07月22日
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エリザベスの長男が日米高校生海洋交流事業団の代表6人の1人に選ばれた。彼女が彼を見送りに成田へ伴って来たのが昨日のこと。 長男君の参加の決意を彼のサイトから無断借用してきた:***************************この研修では米国側と日本側がそれぞれ一人ずつペアーになり、20日間24時間一緒にいることになります。 使用は英語のみ。この交流は予想以上に重要なもののようです。米国側のバックが海軍記念財団であるため、米国政府の様々な施設に特別に入れてもらえたり、体験させてもらえたりするようです。しかし費用は無料。とにかくこのプログラムで経験を積む、それが目的です。毎日のように貴重な、このプログラムでしかできない機会があるので、すごくハードなのだそうです。 それでも頑張ってきます!*************************** 愛車「NOA」を駆ってどこへでも気軽に出かけてゆくエリザベス、今日は芦屋への帰途、我が家へ寄ってくれた。パソコン教室の運営をしている彼女の生徒さんのコロちゃんも、ご一緒でした。 昼食をはさんでしばしの歓談を楽しみました。
2003年07月20日
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クラスが始まって直ぐに、事前調整が不足だったことが顕著になった。今日はホームパーティを離れて、市内の会場で主なメンバーが集った。来週に迫ったイベントの練習と打ち合わせをすることになっていた。 いつものことだけれど、会場が変わるとこどもたちはどちらを向いて活動していいか判らなくなる。そして好き勝手なことをはじめる。指示を待つことなく子供たちが活動を開始するように仕向けたいと心を砕くのだが・・・・。予定時間は1時間しかなかったので、充分な説明をはしょって練習を開始したものだから混乱はすぐに始まった。 加えて、常に留意している個の発想を尊ぶべき点が裏目に出た。自発性を促すべく意見を言わせると、窮した子供は安易な方向へと偏よりそうになる。それは、何をおいても阻止しなくてはならないと私は確信しているから、ダメ出しをすると、阻止された子はムクレテ収拾がつかなくなった。 こどもたちの活動は、あくまで前向きに明るく力強くあって欲しいと願っているから、これからリーダーになるべき子の消極的な意見は断固却下しようと私は決めているのだ。 リーダーの高校生が期末テストと体調不良で何週間も休んだことも大きく響いた。年少の子達が相談して作り上げてきた活動を熟知せずして、高校生たるもの活動をリードしなければならないと、力んでくれたのだ。 久しぶりに活動を共にする成人会員Sさんは、こどもたちの様子を把握した上で活動を合わせてくれたり、意見を言ってくれたりする。高校生リーダーは未だ成長途上にあることが垣間見えた。当たり前なのだけれど・・・・。 後で高校生と話し合った。最近、彼女が自説を主張し始めると膠着状態になる。それをほぐすのに多くの時間を費やさなければならないことが顕著だ。理屈で議論できる高校生年代の活動と、小学生たちの活動は、おのずから違うと、私は言いたかった。小学生年代の子達と、まともに取り組んで勉強して欲しいと、私は主張していた。彼女は微妙に表情を変えながらおとなしく聞いていた。 ラボで、年代の違う様々なこどもたちと付き合うことは、苦痛と喜びが半ばしている。実は、うまく行かなくて苦しんだ後に大きな発見があることを何回も経験しているから、この楽しみを高校生にも実感して欲しいのだ。高校生だって、ついこの間まで小学生だったのだから。
2003年07月18日
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時間的、気分的余裕がなくて、母の状況を知っても見舞いが遠のいていた。夫が気にして、自分の方は大丈夫だから、”行ってこい”と言う。そうは言っても、着替えや受信したメールの内容によっては、夫へ届けないわけに行かない。 あいにく母の病院へ通じる中央高速と夫の病院は反対方向だ。病院から高速道へ通じる別のルートは、高速なら10分だが、走ると1時間は掛かりそう。結局、引き返して我が家の側を通って高速に入った方が得策だ。 母の病院へ近い地点で電話が入った。次女からだった。「今、おばあちゃんを見舞って来たところ。これから仕事場へ戻る」。彼女が行くことは知らなかった。行き違いになって残念だった。 母が彼女の来訪をどう伝えるかちょっと意地悪な興味を持った。母のベッドを覆うカーテンを覗き込むと、「あら、今・・・ 来たわよ」と、母が言う。「誰が来たの?」「あんたの子供よ・・・」。やっぱりな、名前が出てこない。 母は、次女にプレゼントされたという突起のあるボールを握っていた。つぼの刺激や握力強化になるだろう。彼女の選択のよさに感心した。場所はとらないし体力のない寝たきり老人のおもちゃにぴったりではないか。 母と1時間余過ごした。古い話や、最近の話が往復した。あきらかに記憶違いの話もあるのだけれど、母がなにがしかのメッセージを持って言いたいのだろうと、感じて聞いた。どの話にも、心理的プレッシャーを感じたり、安堵したりする。 30年前に母へ起きた事柄が、わたしに起因することが判って、複雑な心境になった。母は、とりとめのない話をよそおいながら、長く言えずにいたことを伝えているのだ、と感じた。
2003年07月17日
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クラスの合間に夫を見舞う。昨日の検査結果は未だ知らされていない。それは、バリュームを肛門から空気と共に送り込んでレントゲン撮影したそうだ。特に不快なことはなかったようだ。 クラスの準備と掃除で食事を摂る暇がなかったので、夫を誘って病院のレストランへ行った。定食ランチを注文した。中華風の料理が出てきた。豆腐をつなぎに使ったらしいキャベツロールのあんかけは、病人食のように薄味だった。 夕方のクラスの為に、早めに辞したが眠くて仕方が無い。駐車場を出る前に少し睡眠をとった。5分ですっきり目が覚めたような気がした。ところが、出発していくらも行かないうちに生あくびが出てきた。 なんだか前方がかすんで見える。一度どこかで仮眠しようと思ったが。道は空いているので、ちょっと我慢すれば帰宅できると思って・・・・・。 危うい運転で帰宅。ベッドへ直行する。気がつくと1時間ほど爆睡していた。 夜半、病院の夫から電話が入った。直腸にポリープ様のものが見つかったと。それで、金曜日に内視鏡で様子を見ながら施術するそうだ。 退院はそれが済んでからはっきりするだろう。
2003年07月16日
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トロカデロ モンテカルロ バレエ団を見てきた。ダンサーは全て男性だ。本来、夫と楽しみにしていた日だった。ピンチヒッターは長女。母娘は、すばらしいバレエのテクニックとユーモアを堪能した。バレエを楽しみながらこんなに大笑いするのも稀なことだ。 観客は中年以上の女性が圧倒的。それと、バレエを習っているらしい子供たちの姿も多くあった。男性観客は、交通標識の数ほど?に、見えた。しかし、演し物は万人が楽しめるショウだったった。 芸術総監督の話によると、非常に生真面目にバレエのテクニックと伝統を守ろうとしている。それに、楽しめるユーモアのセンスを重視しているとのこと。 失われつつある古典的要素を誇張して表現すると期せずしてパロディとユーモアが発生する部分も見逃せない。一糸乱れぬ群舞に入るハプニング。うっとりするペアーのデュエットに予期せぬ出来事。 正統派バレエちょっと誇張するとおこるユーモアのチャンスを逃さない演出。実にサービス精神旺盛なコメディダンスショウに送る拍手で手が痛くなった。興味のある方はこちらhttp://www.sound-c.co.jp/trox/
2003年07月12日
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夫が不調を訴えたのは昨夜だった。好きな晩酌は進まず夕食も半ばで止めた。来訪中だった義弟が去った後、本人は入浴などして回復を待っていたらしい。 思えば先週の金曜日から兆候があった。夕食を全て吐いたのだ。腹痛はあったが下痢はなかった。土日はニラ粥などを食べて過ごした。週があけてから多忙だった。本人は、回復したと思ったようだが、食は細かった。 午前零時を過ぎて、不快は増すばかり。便意はあったも排出できない。「夜間診療を探して欲しい」と、悶絶しないばかりに頼まれて、私もやっと事の重大さを悟った。 救急車の出動を依頼するのを、躊躇して。夜間医療救急センターへ問い合わせた。教えられた2,3の病院を当たった。以前にも診察を受けたことのあるT総合病院が引き受けてくれた。午前2時を回っていた。 T総合病院では、応急処置とレントゲンをとって貰った。看護士がかかりつけの総合病院へ行かなかったことをしきりに不審がっていた。今にして思えば、救急車を頼んでかかりつけの総合病院へ行くべきだったのだ。 夜が明けてから、かねて夫が通院する医療センターで受診した。状態は昨夜と変わっていないので、入院となった。これから各種検査が待っている。 子供たちへ知らせると、またかといった反応だ。それで、なじってみた。「猫の具合が悪いとみんな飛んで帰ってくるけれど、父さんでは誰も来ないねえ」すると、仕事を終えた末息子が駆けつけてくれた。夫が嬉しそうな顔をした。病室を辞す時、夫は息子に「何かおいしいものを食べさせてもらいなさい」と、声を掛けた。 息子を伴って、私は近くの回転すし屋へ行った。成人した息子には、特に食べたいご馳走などないようだった。
2003年07月10日
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2歳児とつきあっていると、ドキドキする。こどもの成長ほど感動させられるものはない。子育ての醍醐味を幾度も味わえるのは、幸せこのうえもない。 Yちゃんは、お母さんと教室へやってくる。家の玄関には、置物のフクロウ「ふくちゃん」が居る。人が通るとセンサーで感知して「ホーッ、ホーッ」と鳴く。Yちゃんは、ふくちゃんがお気に入りだ。鳴き声をきくと指差してよろこぶ。側を通りながら言った言葉があった。「ふく・・・」「ああ、ふくろうね?」と訊ねると。「ふくろう」。Yちゃんは、はっきりとそう言った。 お母さんが、丁寧に言葉を反復して言って聞かせる日常を垣間見ている。今日は、Yちゃんが、急速に言葉を獲得しつつあることを強く感じた日だった。子供は聞いた音を無邪気に反復して言葉を獲得していくようだ。温かい安心できる環境が整っているなら、聞こえた通りに臆せず発音するから、不足な部分を補足してやると瞬時に理解して反復する。こどもの発達時期と機会を丁寧に観察することが肝心なのだと思う。逃さずにいたいものだ。
2003年07月09日
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