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お疲れ様です。みなさんにご心配していただいてありがたく思います。本人はいたって元気です。無理しないので疲れもなくなぜか1日がはやく過ぎ、1週間はあっという間にすぎてしまって驚いてしまいます。気づかないうちに一人前を普通に食べれるように元気になり、まただんだんヒザも楽に動くようになりました。ゴールデンウイークあたりに平塚の自宅に戻って学校に通おうかなと思っています。また寄れるようになったら顔出しますのでよろしくお願いします。
2004年03月24日
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退院して最初の外来診察の時に病棟へ顔を出した。3日前までは自分のベットがあった部屋も、もう帰る場所ではないと寂しいような感じを持った。3日ぐらいで変わるものでもないけれど「元気だよ」と一言だけ看護婦さんに答えて言葉が続かなかった。「やさしくしてもらってありがとう」おかげさまで退院出来ましたという気持ちで胸がいっぱいだった。 それから2ヶ月毎週外来診へは行ったけれど、病棟に顔を出すことはなかった。入院中はつらいとか感じることなく、楽しく過ごすことが出来ていた。そんな気の知れた看護婦さんと会いたかったけど、だんだん入院中を客観的に思い返すようになっていました。 入院中に撮った自分の写真を見た時、すごいことしているなと目を背けたくなりました。見舞いに来た人も表情の裏には、『直視できないほど悲惨だ』と思ったことでしょう。私の事を励ましてくれていたんだと思いましたが、とてもいろいろな事に向かい合う気持ちになれませんでした。 退院して2ヶ月間はあっという間でした。頭が朦朧としてはっきりしない状態でもありました。どうやら遊びに行く事と再入院する事をごっちゃに考えていたみたいです。またお世話になるかもしれないという不安があったからでしょう。可能性が無くなった訳ではないけど、時間がたつと不思議と自信がついて気力も上がってきています。 最後にこの場を借りてお世話になった方々へお礼の言葉を記します。退院して2ヶ月間も元気にしてたのに顔を出さずにすいませんでした。私の面倒を特別見てくれた担当の○美ちゃん,○もぴー,○ねちゃん!! さりげなく励ましてくれてありがとう。ナースコールにスッ飛んできた看護婦のみなさま、お世話になりました。主治医の先生はじめ病棟医の方々心から感謝いたします。家族へ長々とご心配かけました。これからも少し面倒をかけますがよろしくお願いします。
2004年03月23日
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お疲れ様です。海に潜るのって大変なことだったんだと今更驚いています。私は体力だけはあったのでこの程度ので済みましたが、1年も入院していると普通の人なら動けなくなりますね。いまだに外来で「良くなっているけど治ったわけではないので療養するように」きつく言われています。血液検査で00さんなんかは異常値がないでしょうけど(自分もなかった)現在まだ桁違いで、普通ではありません。貧血も基準値の5分の3だし。また一緒に潜って仕事が出来る事を目標にさせてください。
2004年03月17日
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現在の私の状態と外来診察の結果もあわせてお知らせいたします。3月15日月曜日は2週間に1回になって初めての外来診察の日で13時30分の予約が16時30分まで待たされました。3時間はないんじゃない?待ち疲れしてしまうよな。でも待ち時間にお世話になった病棟へ行って看護婦さんや知り合いの患者さんと楽しい時間を過ごしたので良しと納得です。「太ったね」「すっかり普通の人みたい」と言われうれしくなりました。 退院して3日後の外来の時も病棟へ行きましたが、その時は『なんか病室を見るのもいやだな』と感じて次の週から行かなくなっていたのです。本当は外来に行く度に看護婦さん達に癒されたかったのですが・・・ 退院したらしばらく時間があるので社会復帰のリハビリとして、いままで看護婦さんや先生、普段の生活の写真を撮りためていた物をプリントしてあげようと思っていました。実際にはだるくて起き上がれず横になっていましたが、2週間位してからパソコンを開く気が少し出てきて電源を入れると、楽しく過ごしてたはずの看護婦さんと一緒の映像や自分の姿を見るのがつらくて、写真の整理は進みませんでした。 その後2月末日になって1ヶ月経ってから同じものを見た時、自分がルートをつけて輸液ポンプを繋げている自分の姿に涙が出てくるようなセンチな気分になってそれ以上見る気にはなれなかったのです。 しかし昨日病棟へ行った時には、顔なじみの患者さんに『治るように希望をもって』と心に思う自分がいました。つらそうな姿から目をそむける事なく話すことが出来たのです。いままで自分を明るく見舞ってくれた方々もせつなかったんだなと思いながら話していました。患者の時のほうが気が楽で気づかなかったけど・・・ もうすぐ退院して2ヶ月がたとうとしていますが、体力が思ったほど回復していなかったことに苛立ちを感じています。 客観的には、階段を一段づつ降りていたのが交互に降りれるようになり、ラジオ体操が割りとしっかり出来るようになっています。散歩も4キロを1時間で歩き続けれるようになったんです。しかしまだイスに1時間座り続けるのはだるいし、立ち上がる時ヒザや踵が痛むのでおっくうな状態が続いています。 血液の移植した患者さんに聞くと退院して半年は寝ていたとか、ゆっくりあせらずにと慰められますが、こんな時は自分の足に「もっとしっかりしてくれよ」とののしり、言い表せられないイライラ感があって落ち込んでしまうのです。精神安定剤を使う事は少なくなりましたがまだたよらなければ耐えられない状態です。今日までを振り返ると、いままで何をしたわけでないくベットに横になってテレビを見るか本を読むくらいだったのでもったいなかったと思ったりします。本も活字を追う事がかったるくて身につかなかったし・・・なんか愚痴になってしまいましたスイマセン。 主治医からはこういう話がありました。「血液のデータは少しずつよくなっていて経過は順調です」そこで「プールで体力作りはできますか?」と聞くと、「よくなっていると思いますが、治ったわけではないです」と軽くさとされ「アルコールは?」と冗談交じりのつもりで聞くと「薬を飲んでいるうちはだめです」「痛み止めの貼り薬のせいか眠くてだるいのですが?」「確かに現在の量は1日で60mgのモルヒネを飲んでいるのと一緒ですから、健常者ならお腹の動きは止まるし大変です。いい状況なので半分に減らしましょう。しかしまだ痛み止めがあるうちは車の運転は止めてください」「電車に乗って学校に行くことは?」「電車はいいですよ、疲れると肺炎を起こしやすくなるので無理をしないこと。真菌やウイルスが原因で死に至る事は現在も一緒です」と言うことでした。何かあるとまたやり直しなのであの時無理しなければ…と後悔しないように気をつけないといけないわけです。うれしいことに「今年は無理ですが、移植から2年たって来年の夏には海に潜れるかもしれないので今年は無理しないでしっかり療養してください」と励まされました。しかし今までは自分の財布でなんとかなったけど、これからは生活費を何とかしないといけないけど、仕事は中途半端だからしないようにして親に甘えようかな。生活保護もらえるのかな?まだ失業手当もらってないし。なんとかなりそうだ。 今後の目標として、仕事は海の仕事を続けていきたいので、私としては復帰を来年の春を目標にして人並みの体力をつけて行きたい。頭脳労働に耐えられるよう出来るだけ研究室へ通って勉強したいと思ってます。ここで勉強をあきらめてしまったら何もせずに、仕事も出来なくなると恐怖を感じます。当然無理しなければ修了出来ないと思っています。こう書くと難問山積みだったんですね。一つずつ片付けなければ。なんか今日は調子いいので片付けを始めよう!!4月5月からしっかり出来るように片付けやリハビリが大事だと思いました。
2004年03月16日
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川崎沖お疲れ様でした。昨日江の島に行ってきました。今まで走るように岩場を飛び跳ねていたのに、現場につくまでの階段でバテバテでした。それでも11時半から15時30分まで約4時間もうろうろしてました。植物園から岩屋方面へ足を引きずりながら歩いていきました。以前なら2時間くらいで回れた量ですが・・・本当に体が動かせてよかったです。きっと明日筋肉痛になるでしょう。今日は採取してきたアズマネジモクのスケッチをしようと思います。またメールしますね。2004年3月10日
2004年03月10日
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印象派を感じられる写真ありがとうございました。水中もいいですが、東北の厳しい冬に春の日差しを感じられるよい画ですね。遥か沖という題名がまさにぴったりです。お互い体がガタガタになるのは仕方ないですね。 昨日月曜日週1回の外来に行ってきました。問題もなく、順調に回復しているようです。3月は外来が2週間に1回になります。まだ歩くのもかったるくジョギングはかなり先の課題です。・・・帰りに東京事務所に寄ってきました。模様替えしていてなんか不思議な感じでした。最近散歩でも行こうかと思うようになったのに今日は寒いのでストーブの近くでセンターで撮り貯めた写真でも整理しようかななんて思っています。 また芸術的な写真送ってください。(私も撮ったら送ります)2004年3月2日
2004年03月02日
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毎朝ラジオ体操をする習慣がついた。まだジャンプが出来なくて動きがぎこちない。 外来診察は採血と採尿、精神科、疼痛科、幹細胞移植科と回る。精神科は退院後の不安感など精神的なケアをしてくれる。疼痛科は痛み止めの調整を相談して処方してもらう。それらを総合して幹細胞移植科では自分の担当医師が薬の調整や次の外来の予定を立ててくれる。今回体重は、58.8キロ体脂肪は8.7%脈拍が76 血圧は97-61。順調だということで薬1種類シプロキサンがなくなった。 昼食は築地市場内の豊ちゃんでカツ丼を食べた。退院したら必ず行こうと思っていたのでおいしく頂いた。ごはんもおいしく食べられるようになったし、自分の部屋で不安も感じなくなってきた。
2004年02月23日
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お疲れさまです。そっちはあったかい? 日本は寒い!!と言うより埼玉は寒くて夜中トイレに目が覚めても布団から出たくない。でも足が少し動くようになって面倒くさいことはなくなってきたけど。体重も確実に増えています。やばい脂肪だけが付いたどうしよう。でも気をつけて少量づついろんな種類をバランスよく食べるようにしています。食欲があってばくばく食べれるので驚いています。 1日がとても早く過ぎる気がします。お風呂や夕食の準備もしたりして気分転換しています。自分のやるべき事を何もしてないのでそう感じるのかもしれません。9日月曜日から朝のラジオ体操を始めてて昨日まで筋が痛くてでヒーヒー言っていたんだけど、今日はそれほどでもなく、なんかいい感じです。なんかだんだん陽が延びて暖かくなっていく気がしています。春は間もなくやってきます。君も気をつけてがんばってね。
2004年02月12日
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お見舞いに来てくれた人へのお礼メール ついに幹細胞移植病棟を退院いたしました。入院中はお見舞いと、励ましのメールを頂戴しありがとうございました。新年を迎え少量づつですが食事も食べ物らしく変わり点滴もはずれ、血液検査も自分自身で体内に栄養を吸収している数値になって顔色もよくなったので退院して自宅療養に決まりました。もちろん全快したわけではなく『自宅で療養するという自覚を持って』とクギをさされました。慢性GVHDで皮膚が黒ずんでいたり、腹部にかなりの量の痛み止めのシールを貼っていたりであせっても仕方がないけれど、後遺症がなくなり薬の量も減り、体力が戻るようにがんばって耐えるしかないと思っています。 主治医をはじめ看護士さんいろいろな方のおかげで退院できました。1年も連続して入院させる事は、本当にまれで大変な症例で見てくれたのだと思います。1年は長くじわじわと体力も随分落ちました。実家の階段の上り下りが危ないし、荷物も片付ける気力も起きなかったのです。突然襲われる不安は病院に慣れてしまったからだと思いますが、やりすごすのに精神安定剤を使わないと耐えられないほどでした。1日3錠とか使わなくなって1日1錠くらいに減りました。おかげさまで一昨日ぐらいから、食欲も出て来て身体を動かすようにして気力が少しでました。パソコンも面倒くさくて仕方なかったので退院のお知らせが遅れご心配おかけしました。※ちなみにまだ生ものお酒は禁止です。
2004年02月07日
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退院して10日がたち、食欲もでて下痢も無くきわめて順調に体力の回復を感じています。入院中の荷物もボチボチ片付ける気力も出てきた所です。昼の暖かいときに近所を散歩したい気分になります。 退院前に病室で寝ていたのと、自家の自分の部屋にいるのとあまり変わらないのに、身体のちょっとした違和感から急に不安を感じてパニックになったりしてびびった事が何度かありました。1週間くらいは1日に1回は大きな不安を感じてました。起き上がっている時に特に感じて精神安定剤を1日中飲んでいたのに、日を追うごとにだんだん少なくなり、昨日は飲まなくても不安は感じなくなりました。今日の昼間はファイルの整理ができました。私はまだ免疫抑制剤など飲み薬が多いので一粒でも飲まなくなるとほっとします。薬を飲むと安静になれるけどその分ボーっとするので何も出来なくなるので恐ろしいですね。 入院生活後半は活字を追うのもかったるくなって不本意ながら病人になってしまったけど、そのかわり身体はゆっくり休んで治り具合も加速してよくなったような気がしました。検温の時間以外はひたすら寝ていました。人間熱があったり自己免疫が防衛反応をしている時は寝れますよね。普通の時に1日中寝ている事は絶対出来ません。絶食していた時はこんな状態がいつまで続くのだろうか?もう食事の楽しみは来ないんじゃないかとか思ったり、痛い検査やだるい治療はいつまで続くのかとか・・・いろんな事を考える事も面倒臭いとまで思えたのです。退院してみると1年は過ぎてしまうとなんて早いのだろうと改めて感じています。もっと本も読みたかったし、パソコンゲームをやりたかった。ちょっと後悔してしまいました。この心境は社会復帰への第1ステップはクリアしたところでしょうか!? 今後も無理をせずやれる事からはじめて、ゆっくり活動の範囲を広げていきます。まだ電車での通院は認めてもらえないので車での移動になります。(とても電車で通う体力はありません)2月は毎週1回外来通院になりそうです。
2004年02月03日
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今日は1日お疲れ様でした。退院して1週間今年も八幡様にお参りに行けてよかった。生きてお参りできたのは、まさにお蔭様と感謝です。買い物も疲れずドンドン歩けてびっくりしましたね?!37回目の誕生日をケーキで祝ってくれて感激しました。本当に感謝です。うれしかったありがとう。Special Thank you!!これからもう少し時間かけるけどよろしくお願いいたします。 家について足が痛くなり精神的に不安になっていました。
2004年01月31日
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無事退院出来ましてありがとうございました。1年もの長い間洗濯物を運んでくれ、看護婦さん達にも「パパ」と呼ばれ苦労を顔に出さず励ましてくれた父上様。いま口では胸が詰まって感謝の言葉が言えないので文字でスイマセン。・・・本当にありがとうございました。 仕事があってなかなか来れないのに栄養のあるスープやご飯を持って来てくれ、わがまま言い放題の私のリクエストを聞いてくれた母上様ご心配かけてスイマセン。私のつらい様子を見て心配しているのに、涙を止めて明るく見舞ってくれていた日々はつらかったと思います。さすがに長くなってからは涙が止まらず一緒に悔し泣きをしましたね。・・・本当にありがとうございました。 まだ完治いた訳ではないし、再発は怖いし祈るしかないけれど無理をせず、気長に治していこうと思いますので、これからもわがまま言い放題の私をよろしくおねがいいたします。2004年1月24日
2004年01月24日
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今後の予定について。最近は治療することがなくなって看護婦さんも検温に来るぐらいで面倒をかけなくなってます。今週末に退院出来そうだという感じです。以前のようにぬか喜びしたくないので、まだ誰にも言っていません。水曜日は両親が来るし、木曜でもいいけど、退院が金曜になるかもしれません。希望は土曜日だけど、しばらく実家で静養するけど春からはしっかり平塚で生活しようと考えています。将来に向けていろいろクリアーしなければならない事が多いので、ゆっくりあせらず一緒に考えて下さい。とりあえず栄養付けて身体を戻すことを当面の目標にします。2004年1月19日
2004年01月19日
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3日の夕方から4,5日の夕方まで帰って来ました。4日は問題なかったけど、5日は朝の温めた牛乳と卵調理パンを昼過ぎにもどしてしまいました。おもゆと味噌汁,コブ巻きがおいしかったですね。ゆっくり噛みしめて味いました。居心地はなんか自分の部屋じゃないような違和感を感じました。まあ寝ていただけだけど、トイレに苦労したし寒くて体温調整に苦労しました。布団も大げさに重く感じたし・・・以前は冷たく重い布団が好きだったのにね。体力が無くなったから!? ちなみにセンターでも今日の夕飯から三分粥になり豆腐もつきました。9日楽しみに待っています。風邪ひいて来れなくならないように! 2004年1月6日
2004年01月06日
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思いもかけず今年の初日の出は、センターで迎えることになった。姉ヶ崎方向がオレンジ色に染まり、ビルより高くなるまで一時間近く眺めていました。19階の展望休憩室には20人ぐらいの患者さんが集まっていて「病院で正月は初めてです」などと下品に話していて、私は『何回もあるわけ無いだろう』と舌打ちをしてその場を離れ写真を撮ったりしていました。私は初日の出や桜を今年もまた見れた事に感謝する人間なので、来年もよろしくと手を合わせたので今年も生きているはずです。本当は仕事がしたいけど今年は潜れないので頭を鍛えようと誓いをたてました。2004年元旦
2004年01月01日
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今年もお疲れ様でした。58日の絶食に慣れて調子も良くなりました。クリスマスプレゼントとして、おもゆが始まりました。ほとんど水分でガバガバになります。も少したら調子がいい時に1日外泊出来そうです。このまま行けば正月過ぎには退院出来そうな感じです。2003年12月26日
2003年12月26日
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心配かけて悪かったね。何か入院が長くなって、何気ない事にも泣けてきます。食えないからいじけている訳ではないけど普通に食事している人を見ると涙が出たり、君の声を聞いただけで言葉に詰まったり。看護婦さんが仕事終わって行っちゃうとさみしくなったり。普段はストレスも感じないなんて思っているんだけど・・・神経まで細くなってだいぶこたえてきてるのかね。 いっぱい儲かると良いね。それでは(^0^)/~~またねぇ♪2004年12月20日
2003年12月20日
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なんと外出してビックピーカンに行ってきました。携帯用の小さなプリンターとタブレットを買いました。久しぶりのおもちゃなのでいい時間つぶしになります。1時間店内うろうろしたら疲れてそうそうに引き上げてきました。ハンバーガーを口に含んで味だけ楽しんだ後、飲み込まず口からはき出しました。カフェオレは少し飲みこんで味わいました。なんかたいしたことじゃないけどうれしかった。
2003年12月10日
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今日の昼間は、親戚のオバちゃん夫婦が来て「知らなかった大丈夫」なんて言って見舞いに来ました。おかげで知り合い2人が来たらしいけど「元気ならいいです」と帰っちゃって、せっかく楽しく話そうと思っていたのにプンプン。もっと別の日に来てくれよとくやしく思いました。夕方先生が来て、「点滴ではなく栄養リキッドを飲んで吸収出来るようにするのが次のステップです」と言われ、試しに1本飲んでみました。うまく飲み込めないので時間がかかるし、なんか粉っぽくてまずいのです。たくさん飲むと身体が早く治るみたいな事を言われました。オヤジとオフクロにも味見させたら、昔の脱脂粉乳みたいだと嫌そうな顔していました。先生の論点は一つで飲んで欲しいだけ。私が「いつぐらいまで続くのだ」と聞くと話をはぐらかして「冷やして飲むと飲みやすい」とか「外来の患者さんでおいしいと言って6本飲む人もいますよ」とか言うんだよ。下痢も治そうとしているのに冷たくして飲めるか!他のジュースだって常温で飲んでるのに・・・ ベットを長く使うとよくないので早く退院してもらいたいからというのもあるだろうし、矛盾することも言うしはっきりしないところもあるしで頭にきます。 最近なんかむしゃくしゃします。おかげで髪が抜けて枕によく落ちてます。特に前髪がハゲてしまい困っています。なんかいい薬かなにか見つけて来てください。クリスマスまで帰ってきて見舞いに持ってきてね。2004年12月3日
2003年12月03日
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早いもので緊急手術から1年がたちました。悪性リンパ腫と病名が決まって他のガンに比べて入院が長くなると言われていたので多少覚悟はしていましたが、いくらお気楽な私でも寝ている事には飽きました。 先月は腹痛がしばらく続きましたが、今月は先端技術のPET検査や苦痛最悪の小腸造影検査・CT・上部(胃)下部(大腸)内視鏡検査に胸部骨髄の血液を採取するMALK検査、その他フルコースの検査をしました。 本日18時からこれらの結果を評価して担当の先生から現状と今後の話がありました。面談要旨 2003年11月18日 【治療の現状】1)同種幹細胞移植 ミニ移植後210日目2)腹痛・発熱(時々)3)肺アスペルギウス症【検査結果】10月1日 下部消化管内視鏡:GVHD病変のみ軽度10月16日 胸腹部CT:明らかな異常なし10月27日 腹部エコー:上腸管膜動脈周囲リンパ節腫(最大2.4cm大多数)10月31日 腹部MRI(MRCP):胆道へのリンパ腫の浸潤を否定できない11月4日 PET(東病院)1.左上腹部の集積 2.左中咽頭の集積 3.骨髄へのとりこみ11月6日 胸腹部CT:明らかな異常なし11月10日 小腸造影:小腸粘膜の一部のヒダの消失11月13日 上部内視鏡:肉眼的な問題なし【病状説明】 小腸が広汎に傷害されたために、腸管の運動が悪く腹痛,下痢が起こるのではないかと考えられます。胆のう炎が軽度にあり、発熱腹痛を繰り返していると思われます。…ということで、あとどのくらい治療が必要とか今後の話はなく、両親も不安になり心配しています。 最近まれに39度ぐらいの熱が出たりしますが、体調はとてもいいです。またもう一度腸をきれいにするために5週間絶食しました。 今後の予定としてあと2週間ぐらいしたら栄養剤のエンシュア・リキッドから始めて、次におもゆになり、おかゆになり普通のご飯を食べれて退院になります。病院の年越しは遠慮したいのですが・・・ 2003年11月18日
2003年11月18日
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小腸は口や肛門から入れても内視鏡が届かないので、映像で症状を確認出来ないのでブラックボックスと呼ばれている。レントゲンを撮るにしても特別な準備が必要で胃のレントゲンを撮るのとはレベルが違う。 小腸造影は検査の癖に痛く苦しいので麻酔をする手術よりはるかにきつい。痛い検査はいろいろあるけど、身体に負担をかけないように時間がかからないように配慮されている。 撮影するまでの準備の時間がとても長かった。まず鼻の奥から十二指腸まで1時間もかけてチューブ管を入れた。痛くて苦しくてそれだけで胃液がゲロゲロに出ました。身内の人間が見てたらかわいそうで耐えられないね。 その後も1時間以上かけて小腸のなかをバリウムがはやく大腸のほうに降りるように左右に動いてくださいと言われた。とてもそんな事は出来ないもうやめてくれと思ったが、せっかくここまでやったのだから最後まで我慢しようとあきらめました。目に涙いっぱい溜めて吐き気止めに痛み止めを点滴してぐちゃぐちゃになって…撮影台は硬い板だし、寒いのにタオルケット1枚で… もう孤独で悲惨でいつまで続くのか、とにかく意識が朦朧としているのに80%降りるまで1時間経つのがとても長く感じました。 撮影も乳房のマンモグラフィーみたいにお腹を押されたりして吐き気止めなんて全然効きません。10分ぐらいいろいろな角度で撮影してから終了の声を聞いたら脱力しました。明確な結果が出なかったら、2度とやんないからな!!と心底思いました。 午前中はまるまる小腸造影だったので、午後はゆっくり寝ていました。バリウムがお腹のなかにあるようで気分が悪かった。終了直後プルゼニド(下剤)を飲んだので、夜中牛乳のような便が出た。今週はいろいろな検査をして評価しますと先生は言ったけど、結果は抽象的なんだろうなと思いました。
2003年11月10日
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私の移植が終ってから、1ヵ月後の評価をする検査として予定されていましたが、私の体調が悪かったのでキャンセルし今日まで延期になっていました。1日に検査できる人数が決まっているので1ヶ月以上前に予約が必要です。装置が大掛かりで予算もかかり、国内で稼動している施設が少なく予約が大変みたいです。【PET検査とは】 今日はPET検査に行ってきました。ガンセンターの中央病院にはPETの施設がないので、千葉県の柏にある東病院へ父親の車で連れて行ってもらいました。PET検査のPETとはPositron Emission Tomographyの略語で、「ポジトロン断層撮影」、「ポジトロンCT」と呼ばれている新しい検査法の一つです。x線CTのような装置で人体を断層画像としてとらえ病気の原因や病状を的確に診断する新しい検査方法です。 この検査では、ポジトロンを放出する薬を静脈から注射したりして体内に吸収して、薬が体の中を移動していろいろな器官に集まる様子を撮影し、がんなどの診断が出来るものです。【PET検査の特徴】 ○ミリ単位のがんやリンパ節転移の診断が可能です。 ○臓器ごとの検査ではなく、一度に全身のがん検査ができます。 ○腫瘍の良性・悪性の判定ならびに悪性度の診断に役立ちます。 ○苦痛や不快感が伴わず、着衣のまま短時間で検査できます。【検査の信頼性】 FDG-PETを用いたがん検診では、見つかりやすいがんと見つかりにくいものがあります。見つかりにくいものとしては、尿に出てくるFDGと紛らわしい腎臓や膀胱にできるもの、勝胱の近くの前立腺や子宮の小さいもの、原発性肝癌の一部、消化管の粘膜内がんなどが挙げられます。この種のものは見逃される可能性があるそうです。しかしがんの存在の有無や病巣の大きさなどがわかり治療法や治療範囲を決めるのに役立つのです。結局万能な検査ではなくエコーや内視鏡検査の方が有効な場合もあります。【PETを受診して】 この検査は、フッ素・18(18F)という放射性同位元素で標識されたフルオロデオキシグルコース(FDG)の100~200MBq(2cc程度)を注射し、一時間の安静後約40分間体を動かさないように固定されて、全身の断層画像を撮影します。検査は撮影中に安静に寝ているだけで終了しました。MRIみたいに音はしないし、40分間体を動かさないようにしている事を除けばとても楽な検査です。検査の危険性として放射線被爆がありますが、放射線量は、一回あたり約2~4mSv(ミリシーベルト)でx線CT検査よりも少ない量です。この線量で放射線障害が起こることはないそうです。【検査結果】1.左上腹部の集積 2.左中咽頭の集積 3.骨髄へのとりこみ 腹部はそのあたりに穴があいて原発だったのでわかる。喉は転移なのかわからない。骨髄へはどの場所でどれくらいかわからない。結局しばらくしてもう一度やってみないとわからないという事みたい。明確に認められるよりは良かったけど、なんか後味が悪かった。なんでもない人には「問題ありません」と言うはずだけど。
2003年11月04日
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先週から元気なんですがお腹が痛くて、外出出来ないくらいでずーっと寝てました。またお腹が痛くなったのは残念です。好転反応だと信じていますが。 今日は病室の引越しがあり4号室の4人部屋に移動しました。期待したほど気分転換にならなかった。早くある程度治ってくれるとうれしいんだけどな!明日はDVDでも見てゆっくりしよう。2003年10月8日
2003年10月08日
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いろいろとご尽力いただきまして誠に有難うございます。先週からたいへん不快な腹痛で、疼痛科の先生ももっとはやく色々な痛み止めを試してみたかったと言っています。昨日は大腸の内視鏡検査でした。良くなっているといいのですが… 退学届けの書類を入手していただける予定だそうで、私も決して退学イコールボイコットではなく、休学では休学期間も在学期間に含まれ、かつ授業料も納付しなくてはならいことから、それを避ける方法であることを認識しました。授業料も納入せず休んでから戻っても同じ立場でいれるなんて感謝しなければなりませんね。 退院後の体調は自宅で安静にしながらなら仕事が出来ると思います。復学後半年で卒業ができることにしたいと思っています。 休学または退学にしろ、書類は提出します。私のケースでは病気のためということが明確にわかっていることなので「入院証明:いつから現在まで入院中でさらに入院治療が必要である」というを「診断書」をもらいます。なるたけ早く書いてもらいます。治療費等がかなりかかるので学費を払うかどうかは大きな問題でした。しばらく仕事できないのだから、退院したらしっかり勉強しようと思っています。お手数かけますがよろしくお願いいたします。2003年10月1日
2003年10月01日
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この病棟はある程度よくなるとすぐ退院させられます。退院する前日も吐いていた人も、もう少し治ってからがいいと言っていました。外来で通院するのつらいみたいです。私は退院したいのにまだまだみたいです。腸で栄養が取れてないし腹痛があるのであきらめています。来週はまた大腸カメラがあります。外来で大変な思いをするよりいいですが。 昨日はビオトープ管理士施工1級の試験を学習院に受けに行ってきました。薬と痛み止めを机の上に山積みにして試験を受けました。異様な光景でした。せっかくなので最後まであきらめずにがんばりましたが見事に玉砕でしょう。社会復帰しても身体に無理がきかないので、柄にも無く頭を使って仕事出来るようにしようと思っています。2003年9月29日
2003年09月29日
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単刀直入に言うと築地のがんセンターにいます。昨年の11月から悪性リンパ腫の疑いがあって検査を続けて12月の末に、腸管型T細胞リンパ腫(難治性)と診断されました。日本で4症例目で、世界でも症例報告がとても少ないそうです。今年の正月明けから抗がん剤治療をはじめて、予想通りあまり効果なかったので弟からから血液幹細胞をもらって移植しました。後遺症(GVHD)とかウイルス性の肺炎などを一つつづ治してこんなにかかってしまいました。まだ入院治療が必要みたいです。でももう少しで治りそうな感じですけど。それではまた連絡入れます。
2003年09月26日
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なんとか落ち着き、元気が戻ってきました。長い入院生活をしていると足腰が弱くなるらしく、指先も動かないし、1時間外出するとすぐもどって横になって休まないときついです。 先週からCRP値(炎症反応)が3,4,5と高くなったのでどんな症状が出るか心配してたら、15日月曜日に腸炎になって苦しみました。最高で11まであがってびびりました。今日やっと6まで下がり、お腹の痛みもおさまってきました。体温も下がってきましたし、よくなったり悪くなったり本当にいやになります。 2003年9月18日
2003年09月18日
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29日金曜日の夕方5時から退院後の生活についてのガイダンスをしてくれるそうです。金曜日予定があれば来週にしても良いという事なので、いずれにしても連絡が必要です。そのまま一緒に帰ってお泊りしようと思ったのですが、そのつもりで痛み止めを携帯するテストをしていなかったので、お泊りはまた来週にします。差し入れの桃は缶じゃなくて、天然物が旬の時期で出回っているはずです。他には退院が近そうなのでありません。ではよろしく 2004年8月27日
2003年08月27日
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私は外出出来るまで元気になりました。サイトメガロやアスピルギウスなどのウイルス性疾患も完治したので、もう少しで退院でしょうか。炎症反応などの検査数値も改善されて、良い状態になっています。免疫抑制剤やモルヒネ等の痛み止めが持続でなく内服薬になれば、輸液ポンプがはずれ退院となるわけです。8ヶ月たってやっとここまできました。体重は55キロになりました。最近は髪の毛も伸びました。移植から4ヶ月だといろいろな制限が緩和されますが、私はまだまだで刺身などのなま物や飲酒はもう少し我慢です。 今回の勉強会は、気仙沼湾や室根山にも行くのでしょうか?大変ですね。山田湾には大きな河川が流れ込んでいませんが海が豊かなのは、まわりの山を見れば、森が海を育てて元気にしている事が直感的に感じられますからね。以前北海道大学の松永教授が主張された「フルボ酸鉄」の不足が磯焼けの原因説は、確かに全てじゃないけど理解は出来ますよね。森と海を実際に調査してみたら、もっともっと勉強になりますからね。本当に勉強会に参加したかったです。 2003年8月21日
2003年08月21日
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痛み止めの量(1日トータル)を減らすために、貼り薬(デュロテップパッチ)が加わった。デュロテップパッチはドラックストア・薬店などで自由に買える貼り薬とは違い、がん患者の強い痛みを和らげるために医師が処方する麻薬です。ほかの人に使ったり、譲り渡すのはとても危険で、法律でも禁止されています。 モルヒネとは別の強い痛みを和らげる(麻薬)に分類されており、1960年代から注射薬として使われているフェンタニルという成分が、皮膚からも吸収されやすい特性を生かして貼り薬に作られました。したがってお腹などに貼って3日間持続的に痛みを止められるのです。 副作用は眠気,吐き気,呼吸が苦しくなるなどです。痛みと釣り合いが取れているときは、全てが快適で問題ないのですが、症状が改善し薬が強く感じられると、私の場合は眠くて意識が朦朧としていました。 基本のフェンタネストの持続量を1.3ml/1hから0.3ml/1hに変更になりました。DOSE(早送り)ボタンは2.0ml/1回で強い痛みを感じた時はバシッと押します。3分以内に痛みがひくのがわかります。 私はモヒ水(モルヒネシロップ)が吐き気を感じるので嫌いでした。モルヒネが合わない人もいるのです。おかげてフェンタネストに8ヶ月もお世話になりました。100ml/1日というすさまじい量を使っていました。看護婦さんは2mlのアンプルを50本注射器で吸って、それをポータブルポンプに取り付けてくれます。「手間がかかるね」とねぎらうと、「こんな風に使う人はいないですよ」と言われました。 確かに末期の患者さんに使われることはあっても、治療では使わないようだ。後日先生がほかの患者で「4.0ml/1h使っても効かないけどどう思う」と聞かれて、「昏睡してしまう量ですね」と言ったら納得していました。先生も自分で試すわけにはいかないだろうからね。 自宅でもいたみのコントロールが出来て便利な薬だと思った。
2003年08月20日
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先週土曜日にお腹の激痛に大騒ぎした日から1週間、今週は検査を一通りやった。4日月曜日肝臓エコー(超音波)検査,5日火曜日は腹部CT検査,水曜日は上部内視鏡検査,木曜日は肝臓エコー検査だった。CTでは造影剤の注射で内出血して青く腫れたし、内視鏡では最後ゲロゲロにもどしたもんね…本当にまいった。 昨日は動作療法(緩和医療)といって身体をリラックスさせる体操みたいな事をやった。確かに深呼吸するとリラックスするけど、イライラしている時にやってられないよな。夜10時ぐらいに手が動かなくてイライラしたもの。 足のむくみがだいぶとれたけど今日もリンパマッサージと圧迫包帯してもらった。気持ちよくて寝てしまった。心からありがとうございました。
2003年08月08日
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早朝からご苦労様です。毎日ホヤがおかずなんてうらやましい。私は胆のう炎が出て大騒ぎをしました。(死ぬほど痛かった)おかげでまた、絶食の日が続いています。今度は飴やジュースも禁止です。我慢している自分が偉いと真剣に思います。お腹がすきすぎて全く力が出ません。やっぱり食事は大事ですよね。 今年は冷夏のようですね。海藻もいっぱい残っているでしょうね。磯を適当に撮ってメールしてください。今年の雰囲気がわかればありがたいです。では気をつけてがんばってください。 2003年8月7日
2003年08月07日
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7月24日28日の日記にイライラする日と書いてあったので、その頃から看護婦さんにどうにかしてくれと言っていた。入院も長くなってきてストレスもあったろう。しかし足のむくみと指先の痺れがイライラを増長させていたに違いない。精神科の先生は、私から何を考えているのか、飽きずに私の愚痴を聞いてくれた。今日は計画を立てる為の面談であさってからやることになった。【緩和目標】イライラの緩和【緩和計画】現在存在している焦燥(イライラ)の対策として心理療法士による面接・リラクゼーション法の導入を含めて定期的に面接を行います。状況の変化に応じ、他の治療法の必要性やその他の症状についてご相談に応じたいと思います。 来てもらった2日の土曜日から絶食が続いています。今週いっぱい食事は駄目そうです。水分もお茶までで、ジュースもだし汁も禁止です。昨日と今日の午前中まですごくつらかったけどとりあえず峠は越えた感じです。来週には痛みもひいて大丈夫だと思うけど・・・家にあるお茶とお水よろしく。
2003年08月05日
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面談要旨 2003年8月1日【現状】1)ミニ移植(2003年4月22日)後101日目2)腹痛・7月4日胃十二指腸内視鏡検査・7月10日,7月31日大腸内視鏡検査3)肺アスペルギウス症・7月3日胸部CT・7月2日,7日,25日胸部レントゲンリンパ腫と肺アスペルギウス症も軽快傾向にあると考えます。本日午後から急に高度の腹痛が出現しました。腹部レントゲン,腹部CTをとりましたが、腸に穿孔の所見は無く現時点では手術を必要とするものではありませんでした。胆のうがやや拡張し、これに伴う腹痛もある可能性があります。食事を始めたことにより、腸の蠕動運動や、まだ残存する腸病変(GVHD,リンパ腫)による腹痛が一時的に悪化したものと思います。慎重に経過を観察します。容態悪化の連絡を受けて両親が駆けつけた。本人不在のまま両親が先生から現状を聞いたそうです。両親の顔は見ましたが、朦朧とする意識の中で声をかけませんでした。痛いというより意識が飛びそうでした。
2003年08月02日
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午前中いつも通り自転車ペダルこぎを30分ほどやって、疼痛担当医の回診中に話をしているうちにお腹が痛くなってきた。持続じゃ痛みを抑える事が出来ず、ロピオンも点滴に入れることになった。昼食が来たがみぞおちが痛くて食事どころではない。ブスコパンも入れてもらって、いつもならおさまるはずが痛みがますばかり。手動で痛み止めの量増やすがだめだった。薬に抵抗力の無い普通の健康な人なら、薬が効きすぎて意識は朦朧として昏睡してる量だと思う。 私は腹巻にホカロンをいれてエビのように丸まってそれでも痛くてうなっていた。夕方から先は時間の感覚がなくなり、痛くて暴れだしたので、主治医の先生病棟担当の先生も駆けつけ外科の先生まで診に来た。ストレッチャーに乗せられレントゲンとCT取りにったり、なんかバタバタしてる先生方を一瞬見た。 家族は連絡付くのかの確認を受け、もう一度連絡しますと言われたのに駆けつけてきたようだ。心配する顔が見えたが私は余裕がなかったので、声もかけられずそのままねてしまった。また腸に穴があいて腹膜炎を起こしたのかと思ったほど苦しかったが時間が経つと、不思議と痛みはひいていくんだよな。
2003年08月01日
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栄養失調で足がむくんでいます。お腹がウイルス性の腸炎が続いて、1つ治るとまた別のところを治すといった感じです。お腹が痛いのは腸管がただれているせいで、粘膜が便に混じります。便の色も血液ではないですが赤黒いです。ステロイドもだんだん落としてきています。体力を落とさないように身体を動かしていたつもりですが、握力が落ちていてペットボトルのキャップが空けられなかった。しびれはなくなったけど指もよく動かないし、イライラするので計測してみたら、左右25キロぐらいしかなく、看護婦さんといい勝負だったので、ここ2日ほど落ち込んでました。最近は食いものの本をよく読んでいます。ラーメンを食べれるようになる日はまだまだ先です。 2003年7月30日
2003年07月30日
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足のむくみはアルブミン(タンパク質の一種)が足りないのが原因だ。先週の木曜日17日にむくみが気になりだしてきて、一昨日リンパマッサージを受け包帯を巻いてもらった。リンパ節切除の手術を受けた患者さんや、長期入院の患者さんに普通に見られる症状だという。 私の場合も足の先からむくみ始め、普通のスリッパが入らなくなり、お相撲さん用の30cmという特大サイズのサンダルを買ってきてもらった。それでも包帯をしっかり巻いた足先がやっと入る程度だった。写真を見るとまさに象さんの足で、見たことのない人は想像出来ないと思う。 ふくらはぎは第2の心臓で、足に回った血液を重力に逆らって心臓に戻す役目をしている。弱ったからだと栄養が足りない身体は、むくみを育むまさに良い環境といえる。 私のむくみの治療のため婦長さん自らリンパマッサージをしてくれた。他の看護婦さん達も研修のように、それぞれ来てくれて足全体に圧迫包帯をかけてくれた。私一人の為に献身的な治療であり、とても感謝しきれなかった。 もう一つ抗がん剤の治療中から指がしびれていた。オンコビンは便秘にさせるし、指は敏感になりすぎて痛かった。すでに半年はしびれているが薬がまったく効かなかった。移植の時の大量化学療法以降文庫本を持つことすら痛くて本も読めなかった。(咳で寝てたけれど)今日はパソコンのキーボードが打てなくてイライラした。末梢神経の治療改善薬はメチコバールで1日に3回2錠づつ飲んでいたが、まったく良くならなかった。単なるビタミン剤(B12)になっているので今日からやめてしまった。 足のむくみにはアルブミンの点滴が良いが、1ヶ月に3本までしか処方出来ないので、もっとひどくなった時用にとってあるのだそうだ。指の痺れの特効薬はないのだろうか?長い人で抗がん剤の治療終わってから1年もしびれていた人がいたそうだ。
2003年07月24日
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8月2日まではもちろん退院はありません。先生もいい方向へ向かっていると認めています。うんうん私もそう思います。 ご飯も1ヶ月ぐらいは、おもゆと味噌汁だけでしたが、7月17日からは3分粥に豆腐や魚がつきました。おふくろが豚汁としじみのスープを持ってきてくれました。いろいろの具材からしみでたスープは栄養つくよね。 身体もよく動かして元気です。ちなみに写真の1枚は1日に使う痛み止めの量です。フェンタネスト2mlアンプル50本けっこうな量で俺もびっくりしました。 2003年7月18日
2003年07月18日
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退院が一緒となるはずだった、同室のライバルが外来で診察に来ました。俺はそのまま退院出来なくて入院していますが、それから2ヶ月と半分たって、彼は吐き気があるものの、普段の生活が出来ているらしい。俺は薬も内服出来ないし、輸液ポンプを外していいのは、最大90分だし、なんかブルーになってしまいました。看護婦が「病気が違うんだからしょうがないですよ」と言うけれどやっぱりはやく治したいよな。 ペダル漕いだりして元気そうだけどやっぱり病気なんだよな・・・そんなに贅沢言わないから、普通のご飯が食べれればいいのに。 明日は大腸から内視鏡検査です。下剤を1リッター以上飲まなければいけないから苦しくて大変だ。
2003年07月09日
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先日実家の方へ送って頂いた住友生命の入院証明書を返信封筒にいれ7月1日に送りました。一通り確認しましたがなにかありましたらまた連絡下さい。 移植はうまくいったみたいでも、治療は時間かかるんだろうね・・・まだまだ入院させてくれそう。入院したくても退院させられる人が多いのにありがたく思わなくては。現在の部屋はお台場花火の時は特等席だと言われているのでとても楽しみです。 腸管内がただれて出血していたり、いろんな細菌などで熱や咳が出たりしますが、調子がいい時が多いのでなにかお手伝いできることがあれば声をかけて下さい。ほかの皆様にも元気だとお伝え下さい。 2003年7月2日
2003年07月02日
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せっかく短冊書くんだったら、飾りも作ろうという事になり、いいタイミングで来てもらい助かりました。みんな揃っちゃてすごい勢いで七夕の飾りつけをして驚きました。確かにこんな1日もあってもいいなと思います。看護婦さん達もすごい家族だと思ったそうです。七夕はやったけどクリスマスの飾りつけはやらないから。今日はご苦労様でした。
2003年06月29日
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握力トレーニングボールありがとうございました。緑色のボールはなんか感触も気持ちいいし。指も動いて頭も働きストレスも取れそうです。 山に行けていいな。大汗かくのも気持ちいいし、山の空気を味わうだけでもいい。そのあとおいしいつまみで生ビールなんて、最高だね。 もう一度おいしいものとお酒を自由に食べれるよう、この夏は空調の効いた病室で我慢します。
2003年06月21日
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ごぶさたしております。退院出来そうに思えたぐらい調子がよくなった後、熱が出て咳がひどくなって何も出来ませんでした。今は軽くなりましたが3週間(最近の感覚はあっという間)ほどボロボロになってました。解熱剤も1日2回しか使えず、寝てるか咳してるか、一日中咳が止まらなくて死ぬほど大変でした。下痢はGVHDであることが、胃と大腸両方向の内視鏡から決定しました。小腸の入り口付近はただれているそうです。2週間ぐらいの間に2回見て比べたわけですが、かなり良くなったそうです(良くなってなければ間隔を明けてくれ!!・・・と検査を拒否すると思う) 急性のGVHDもいろいろありそうなので退院予定がたたなくなりました。今日現在まだ絶食なので、最低3週間のGVHD専用食を我慢しなければなりません。移植による慢性のGVHDも2,3年出る人がいたり症状は人それぞれですので、これから何が出るのか?ひどくなければいいなと思っています。いままで咳がひどくてひたすら寝ていたので本も読めません。調子が良ければ活字を追えるのですが、考えるのもだるいほどなのでゆっくり休みます。
2003年06月17日
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昨日から咳が本格化した1日中咳き込んで苦しい。咳がすごい。体力を消耗する。胸のCTとレントゲン検査も車イスで行った。夜中も咳き込んでいた。異常なほど一日中、寝ぼけながらながら咳している。隣の人もいい迷惑だったろう。ごめんなさい。
2003年06月02日
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保険関係の書類もらいましたありがとう。退院だと信じていましたが、予定より1ヶ月ぐらい早くGVHDが出て、普通は1ヶ月ぐらい自宅静養してから、再入院したりするらしい。まあ続けて入院出来てめんどくさくなくてよかった?! 身体のほうは、気管支炎のセキや40度ぐらいの高熱があり、薬や解熱剤である程度下がりますが、1日中寝ている日もあります。面会は移植の時ほど気をつける必要ないので、いつでもどうぞ。でも危険な細菌,ウイルスは持ち込まないで下さい。病棟は12B移植病棟で変わっていません。現在退院は未定です。
2003年05月29日
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昨日26日は胃の内視鏡検査、胸部レントゲン。なんか血なまぐさい咳が出始める。お腹はみぞおちよりへその下のほうが痛く感じた。 今日は胸と首のCT検査があった。お腹の痛みより血なまぐさい咳を何とかして欲しい。昨日の検査の結果で「胃が良くなってきてますね」って言っていたけど、病変はまだ残っているみたい。
2003年05月27日
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18日日曜日に吐いてお腹痛くなって以来、口から食べ物とってないけどまだお腹痛いんだよね。水物でも十分痛いんだから、いつまでこの状態続くのかね?ああ・・・ 注文があります。インスタントの飲み物で一回分がステックにわけられているタイプをのをお願いします。ひとつは「ミロ」麦芽飲料でコーヒーではないので身体にいい。あと「ホットレモン」と「ほうじ茶」のパックがいいです。しばらく固形物は食べれないし、あったかいものでも飲んで我慢するよ。
2003年05月23日
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面談要旨 2003年5月22日【現在の病状】・血球は回復しているが腹痛,下痢が増えてきた。・内視鏡の検査では、名残のようなものとGVHDのような免疫反応が検出されている。・現在の症状は病気の再燃とGVHDの免疫反応によるものが考えられる。・今後症状の悪化があると腸に穴があくことがある。・抗がん剤は移植の効果をなくすことになるので、なるべく使わないようにしたいが、穴があく危険性が十分ある。【今後の方針】1)抗がん剤を使用2)移植による免疫反応を期待して抗がん剤を使わない3)免疫抑制をする抗がん剤を使う(少し弱い)・あまり症状が強くなるようなら1),3)の選択もありうる。・抗がん剤の治療を続けるとだんだん効果がなくなってくる。・2)を期待して経過を見たいと思うが、当然原疾患の悪化等による急変も時にあると思う。・免疫効果があるとある時をピークに症状が頭打ちになると思われる。・明らかな悪化があれば、抗がん剤を使わざるを得ない場合もありうる。
2003年05月22日
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一昨日から24時間痛み止めモルヒネを使っているので、お腹は楽になりました。シャワーなどの時は外す訳で、1時間ぐらい外すとお腹が痛くなってきます。下痢も黒っぽい緑だったり異常状態が続いていて、黒イ便は胃や十二指腸などで出血していたりしているそうです。大丈夫?なんて聞かれても困るけど、口から固形物とってないしここではだれも心配していません。墨汁みたいな色で知らない人が見たらびっくりすると思ってもけっこう普通みたいです。 皮膚をとって調べた結果もGVHDだってちょっと早いかもという事ですが、一時退院より手続きもめんどくさくないしよかった。よってこれから免疫抑制剤を落としていってもっとGVHDを出していくことになりました。場合によって腸が破れ緊急手術あるかもしれないので、22日木曜日また家族の呼び出しがあります。予定は大体2週間から1ヶ月それ以上の場合もあるそうです。
2003年05月20日
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先月22日に移植して早いもので27日経ちました。無菌室から一般病棟に引っ越して、しばらく経過を見てから先週ぐらいに退院出来る予定でした。退院しても自宅で入院してるのと同じで、問題があればすぐ入院という条件付ですが。 5月10・11日に外泊許可が出て、実家に外泊しました。次の日の午後から調子を崩して、はやばやと病院へ戻ってきました。そのまま微熱が続き、頭痛もひどくベットから起き上がれず、下痢がひどく、お腹も痛くなってきました。そこで先週は大腸の内視鏡,胃十二指腸の内視鏡,頭のCTを撮ったりして外来で行うはずだった検査を前倒しでやってます。(予約表の日付が6月になっていた)結果は見た目良くなっているらしい…生検の結果は今週中かな? とうとう昨日は、ヒザを折って横になっても我慢が出来ないほどお腹が痛くなり、決定的だったのは、免疫抑制剤を飲んで30分後に胃液と共にもどしたので、再び24時間持続の点滴治療になりました。午後も看護婦さんが痛み止めや内服薬の代わりを点滴してくれていたようですが、気づかずにひたすら寝ていました。モルヒネの持続点滴で痛みがなく夜も熟睡でき、今朝はうそのように気分爽快です。1日で天国と地獄を見ました。よって退院は白紙に戻りました。 とにかく弟の造血幹細胞が私の身体のガン細胞をたたく免疫療法なので、時間もかかるし治るほど後遺症もきつくなるでしょう。病気したことがない人から「頑張れ」とメールを貰いました。横になってひたすら耐えているだけの病人がこれ以上何を頑張るんだ?と不思議に思います。 昼間から高熱でうなっても、寝てしまえばどうにかなるけど、お腹の痛みは寝ても我慢できなくて、もう駄目かも・・・とか、楽にしてくれなどと思ってしまいます。 自分に負けると終わりなので、先生方を信じて気をしっかりもって社会復帰を目指します。お父様にもよろしくお伝えください。2003年5月19日
2003年05月19日
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