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我が地区の子ども会は、学期毎、終了式の日にお楽しみ会をする。子ども会という名前ではあるが、決して子どもが企画運営しているわけではない。代々のしきたりを「たいせつ」にしながら、場所取りおやつの購入等は年度始めに集めた会計から、その年の役員が行う。今年はその役員。大体1人1回4人がこの役回りを引き受けなければならないが、中身がどんな様子かは誰も知らない。毎年子どもの地区長が中心になって何やらやるらしい。親はお膳立てのみ後は子どもたちに任せるのが慣わしだ。この地区はこの町の中でも中心地にあたり、子どもの数は比較的多い。40名くらいが地区の公民館に集まった。一応、その長の子に「何か考えておいてね~。」と打診はしてあった。何より、毎年参加しているのだから、その辺のところは子どもたちの方がむしろよく知っているだろうと、たかをくくっていた。「今日何かやるの?」聞いてみた。「考えてな~い。」「そう・・・・・。」(どうするつもりなのかなあ。)「せっかく集まったからみんなでなんかやれば。」(これじゃ口うるさいおばさんになってしまう・・・。)結局、掛け声を掛けるでもなく、「自由に遊んでくださ~い。」ということになってしまった。町の中で遊び塾をやっていることを知っている子どもたちもいるので、私に「これからなにやるの~?」と聞いてくる。私がやればどんなに楽なことか…。40名も集まって、さてみんなで何をやるか・・・と考えるのがスタートラインだと思うが、どうも違う。何かやらなくちゃいけないか、やらなくてもいいかこの選択から始まった。こんな前例だとこれからも「それがいい」になるんじゃないかなあ。みんなで遊ぼうか~。と問いかけると、必ず「え~自由でいいよ~。」という声があがる。男の子たちは程なく、はやりのカードゲームを片隅で始めた。こんな予定ではなかったので、わざわざ家に取りに帰る子まで出現。「子ども会って何~?」と叫びたくなってしまった。「おまえたちのためにわざわざ仕事の日程までずらして来てやってんだぞ~!」子ども会ですら、やらされている、やってもらっている活動になっているような気がした。…特に高学年。せめてもの救いだったのが、やっぱりみんなで遊ぶことを大切にしていた子がいたこと。ちゃんと低学年も呼びかけて、外で「だるまさんがころんだ」をはじめた。私は端の方で入れないでいた子と、新聞紙でゲームをしてみた。でも、これだけ子どもがいろんな方向向いてくると、子どもがみんなをまとめるのって、難しいだろうな~。わんぱくキッズ自然塾でも全員でルールのあるゲームをするというのにものすごくパワーがいる。…というより全員で…は無理!と時として思ってしまう。こんな子ども会行事意味があるのかないのか疑問に思うが、その中でしっかり遊べた子どもたちには大いに意味があったと思う他ない。
2004.12.22
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今年度お仕事で最後のクリスマス会。一品料理に自分の子どもへのプレゼント。これが毎年恒例のイベントとなっている。先生、保健師さん例外なしでみんな一品料理持ち寄りなので、悩んだ悩んだ昨日の夕方から…そのことで頭がいっぱいだった。きっとお母さんたちもそうなんだろうな。こういうのってホントアイディアとセンスが問われる気がする。私ってつくづく発想が貧弱なのね~(-_-;)遊びに関して次々浮かんでくるんだけどなあ。どうやら人には得意・不得意分野があるらしい。でも、手作りプレゼントは、ペットボトルや牛乳パックを利用したものも多く、却ってそういうもので子どもの興味を考えて作ったものの方が、すごく喜ばれていた。一生懸命作ったのを子どもが持って歩き回っていたりすると、それだけで「こんな簡単なものじゃ…」なんて心配していた気持ちが吹き飛ぶよね。また、こんなとき普段目立たないお母さんが光って見えたりする。洗剤のスプーンを利用してのサンタさんの飾りは本も見ずに考えて作ったんだって~。これ、当教室のお母さんたちみんなにプレゼントしてくれたんだよ! 私たちが勝手に名誉会員にしてしまった元児童委員の方はみんなのためにデコレーションケーキを作ってきてくれた。やっぱ永久名誉会員だね~。クリームとイチゴの飾りつけ、みんなよ~く見てたよ。内緒で幼稚園を休んで当教室OBも来てくれたり、わざわざお料理持ってきてくれた人もいるんだよ。感動だア~(^O^)/この教室、今参加してくれる親子はみんなそれほど心配の要らない人たちなんだ。もちろんその中で成長はたくさん見られるけどね。簡易マザース(公的な療育教室)と併用している人や、保育所に入所しながらことばの教室でがんばっている人とか実はいっぱいいる。一品料理や子どもへのプレゼント作りが負担で参加できない人もきっといるだろうな。これをなくすのは簡単だけど、こういうのでつながりが強くなるんだよね。大きくなったら絶対忘れないだろうな。
2004.12.21
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就学前の子どもたちは大体「新版K式」という検査をしてみる。認知やことばの理解を見るにはわかりやすい。…と思う。こんなことを暴露していいのかわからないが、私は決して検査が得意ではない。というより経験が少ない。一口に検査といっても色々な種類がある。それぞれ視点は違うが、正直中身はそうかわらない。学校の先生…とくに養護学校の先生は検査ができて当たり前。と思われているかもしれないが、とんでもない。日々の指導の中で1人取り出して2時間くらい1対1で検査するゆとりもなかなか作れない。まして検査後それを分析して、普段の生活に生かすということはものすごく労力がいるといっていい。というわけでいくつかやったことはあるが、どんな検査だったかすら忘れてしまったり、初めてお目にかかりました…というのも多い。以前いた先生や他の先生の得意な検査は、器具があるが、自分が唯一わかるのはなかったりする。検査はまさに「郷に入れば、郷に従え」的なところがある。何と頼りない話だろう…。検査の研修ってまたバカ高い受講料をとる。1回3万とか当たり前。教育センターでやる研修はいつもいっぱい。私も教員時代希望したが当たったためしがない。でも、私は思う。「これは場数だ!」できる人にくっついて、一緒にやってみて場数を踏むのが手っ取り早い。「新版K式」は幸い一緒にやってる言語聴覚士の先生ができる。といっても成人しか経験がなく、一緒に幼児の場数を踏んでいる感じだ。やりながら、いかに自分で分かりやすくできるか分類したり、用具を順番に整理したり…に余念のない私であった。でも検査はあやふやな部分を客観的に見ることができる。きちんと使うえるのならやるといいと思う。具体的にいい部分を生かして、できない部分をがんばれるからだ。よく他の教室から来た子どもの引継ぎで、数字だけ渡されることがあるが、これは全然分からない。数字はあくまで平均値であることが多く、「何が」が見えない。数字を出すことも大切だけど、やっぱりその間のやりとりを知ることの方が後で役に立つと思うな。子どもも親も明日に生かせる検査をめざしてみよっかな。
2004.12.20
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2日続けて3歳児健診。普段25組くらいいるけど、今日は対象が少なかった。出生にも時期があるらしい…。2組目に面接した親子。別にことばがどうこうではないんだよなあ~。見せた絵カードもまあほぼOK。でも待ち時間みんながおもちゃで遊んでいても、その中に入れない。いろいろ手を替え品を替えようやく乗ったっと思ったら、些細なことで、すぐへそが曲がる。なかなか加減が難しい。一人になると急に黙々と遊び出した。インドア派の引っ込み思案の子かなあ~。と思ったら、そうでもなく外遊びが大好きで一人で消えてしまう。いすに座ってられず、落ち着きもない。保育園にも行ってないので、同世代の子どもと遊ぶ経験がないからかな。保育園にも幼稚園にも入る予定もないし、どうやらお友達に慣れることが必要そうだ。最終的には保育所の子育て支援事業でやっている遊び教室を紹介した。でも、お母さんすっごい渋い顔。別に発達がどうこういったわけじゃないんだけど、何でかなあ?「これは行きませんなあ」と直観した。後で聞いたら、町の職員の関係だったとか、自分の町のサービスを受けることに抵抗があるのかなあ。でも、もしかしたらことばの教室に誘った方が良かったかも。実はことばの教室につなげるべきか否か、とっても悩むケースが急増している。ことばの教室は満員状態なので、極力誘わないですめばそれがいい。多動の子どもたちも何で多動なのか判断が難しい。ADHD(注意欠陥多動性障害)などたくさんケースを見ているので、おおよそ「そうかな?」とは思うが、「そうかな?」と思って声をかけたら、すぐに指示を聞けたりお話が聞けたりする子だったりする。その子が元から持っている特徴なのか、はたまた育ってきた過程なのか。ただ、子どもの主体性…といえば聞こえがいいが、子どもの要求に振り回されていることが多いかもしれない。食事で立ち歩いても怒らない…とか、欲しいといえば買ってあげるとか。しつけ…て奴だなあ。あんまり子育てはこうあるべきだ!なんて論じたくないけど、ものの良し悪しの基準がちょっとずれているような…。働きたいから子どもは見られない…とか嫌がるからやらせない…とか「しつけ」って実は自分の価値観を試されているし、根気のいることだよね。食事の時はテレビを見ない…と言ったところで自分の見たいドラマがあると、今日は特別♪なんてなっちゃう。でも大人がもうちょっと我慢できたり、基準変えたら変われる子どもってたくさんいそうな気がする。
2004.12.17
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3歳児健診。対象20名ちょっと中訪れたのは15組程度。歯医者さんが暇になって、廊下をウロウロするくらいだった。この季節になると、どこにいっても風邪での欠席が目立つ。やっぱり小さいともらいやすいんだね…カゼ。ことばの教室お兄ちゃんが来てくれているその弟も受診していた。私の顔を見てすぐにお母さんが「せんせ~」と手を振ってくれた。この瞬間、たまらなく嬉しい。最初の面接で自分の育て方が悪かった…と泣いてたんだよなあ。そのお兄ちゃんももうすぐ小学校。お母さんが「お金払うから、来年続けて欲しい~。」と、嬉しいけど複雑な訴えをしてくれた。今年度からはじめった教室なので、就学直前の子どもたちが結構いる。何回も関わっていないので、確かにここでやめてしまったら意味がない。でも、この町には小学校に言語指導教室がない。地域の指定になってる学校があるが、私もその町のことばの教室に行っているから、どのような状況か分かる。他の市町村を受け入れる余裕はないのだ。もう覚悟を決めて、来年度内緒で通ってもらうか~。就学前と就学後は何かと、管轄の所在が邪魔をする。まあ、ここは理解のあるところなので、「本来の就学前の子どもたちの指導に支障がなければ、OKでしょう。」と寛大なご判断。これで、「来年度も続けて様子を見ますよ~」とお母さんにいえるよ~。うっなんか自分の首を絞めたような・・・。3歳児になるとことばの心配も結構出てくる。ことばはやっぱり発達のバロメーターなんだね。教室ができて、しかも自分がやっているので、随分誘いやすくなった。「私がいるからね。」やっぱり顔が見えないところに行くのって不安だよね。ここの遊び教室も心理相談もみんな私…。こうなったら全部引き受けてやる~!と半分やけだが、もし私と気が合わなかったら、その時はどうすりゃいいんだ。違った視点や受け止め方のできる人に関わってもらうのも必要では…。と考えちゃうんだけどな。
2004.12.16
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*市の教室のクリスマス会だよ~ん。私、今年度4回目。音楽遊びでみんな輪になって手拍子してもらった。私が歩けば手を叩いて、止まればやめる。単純だけど、「見る」ことと「動く」ことの連動である。他の教室でやっても受けが良かった。今回は年齢は同じぐらいだが、発達に心配のある子どもたちの教室ということで、どのくらい乗れるかちょっとチャレンジ。実はこれは「ムーブメント教育」日本の大御所、K先生から直々に見せていただいた、指導法である。ピアノの音も手伝って、みんな食い入るような視線を私に向けているのがわかった…というよりお母さんの視線がバッチリきていた。「タン・タン・タン・・・」…ピタッ…「し~ん」この緊張感と一体感がたまらない。駆け足すると速く、スキップすると弾んで。ついついこちらも乗ってきてしまった。できた~\(^o^)/スタッフによる保育士さんが考えてくれた脚本で「てぶくろ」のお話の劇や栄養士さん他何人かでがんばってくれた、クリスマス用のおやつは素晴らしかった。一教室でここまで~!と驚くほどのごちそうだった。保健センターの上役さんがやってくれたサンタ。馬だかトナカイだかわかんないけどこれもサイコー。本当に保健センター一丸となって開いたクリスマス会だった。ここはスタッフになる保健師さんも保育士さんも言語の先生もみんな信頼できる。心理の先生も親の気持ちをとっても上手にいい方向に持っていける、素敵な方だ。でも、たくさんの参加者がいるから、たくさんのスタッフがいればケアできるもんじゃないな…。と思う。カンファレンスでもみんな同じ気持ちを持っていることが分かった。一人のスタッフが決まった親子をケアしているわけではない。だから、逆にいろんな親子に気を配ろうとすると、その濃度は分散してしまうのだ。お互いを尊重しあう分、他の先生がもし違う考えだったら…と思うと、思い切ったアドバイスもできない。かといって、担当者を絞り込むと、今度は関係がギクシャクしてしまうかも。一番いいのは、自然にいい関係を作れることだ。人数の少ない教室なら、一手に引き受けるしかないのでそんな悩みはあまりない。この教室は私にとって歴史が浅い。でもスタッフみんなとはとても馴染んでいる。なのに、何となくまだよそ様の家にいるような気持ちでいるのはこのためなんだなあ。教室に通っている親子ともうちょっとギュッと関わりたいな。そうなれば自分の存在価値ももっと見えてくるような気がした。
2004.12.15
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保健センターに行くと、大きなクリスマスツリーに壁にたくさんのクリスマスオーナメント。すっかりクリスマスの雰囲気ができあがっていた。保健師さんもがんばったなあ。クリスマスツリーはわざわざ社会福祉協議会から借りてきてくれたんだって。小さな町なので育児サークルはなかなか育たない。自主サークルができた年もあったけど、主体になっている人の子どもが保育所に入ってしまうと、消滅してしまう。そんな中、この町は保健センターがサークルの代用を果たしている。といっても場所を提供して、集まる日を月2回決めて、後は自由に遊ぶ。その中で、年間6回だけ呼ばれてテーマ遊びをしている。1歳半や3歳児健診の後のアフターの場所もないのでそれも兼ねて…。ということではあったが、ほとんどが自主的に参加している親子が多い。クリスマス会というとお菓子を食べて、クリスマスの歌を歌って、プレゼントをもらって…という感じではあるが、対象が小さい子どもだと、見るばかりの活動や、座って何かやるだけの活動は飽きてしまう。あえて新聞紙遊びを取り入れてみた。行事プログラムってホントどうこじつけるか悩むのよねえ。七夕とかひなまつりも。ジングルベルで丸くなってくるくる回って、赤鼻のトナカイで楽器遊びをして、五味太郎さんの「まどからおくりもの」という仕掛け絵本を読んでみた。学生の頃から、五味太郎さんの絵が大好きだった。わかりやすいし、ほのぼのする。仕掛け絵本というのは、子どもの心理もくすぐる。実は同じ町のほかの教室でも読んでいて、同じ子も参加していたが何度もびっくりしてくれるから、嬉しくなっちゃう。新聞紙は最近、大きな遊びが多かったが、今日はしみじみ細かくちぎってみた。新聞紙は細かくちぎると、本当に雪みたい。パラパラと軽く舞う感じがいい。しばらく頭の上から降らして遊んでいられる。細かくちぎる時、おとなは黙々とはまるからおもしろい。雪の上を新聞紙の上に子どもを乗せて、ソリにして走るのも楽しい。これは結構体力使うけどね。もうみんな遊び慣れていて、ガンガン付いてきてくれるから嬉しいわ。前回2ヶ月前にはじめて参加した男の子。全然ママから離れなくて、よく泣く我が子に「お願いだから声をかけないでください。」という感じだったけど、それから毎回この集まりに参加して、今日は見違えるように慣れていた。やっぱり始めは輪の中に入るの嫌がったけど、一本橋こちょこちょなんてケラケラ笑っていた。お母さんもずっと明るくなってた。帰り際、「また来てね。」と声をかけたら、「また来る!」と元気な返事が返ってきた。初めてあったときはちょっと気になったけど、子どもの成長はわからないなあ。3,4歳頃までって、少し気になるところがあっても、それが環境によるものなのか、もともと持って生まれたものなのか…つまり障害なのか、養育によるものなのか本当に判断しにくい。まあ、この教室ではどっちでも親も子も集団遊びになれて、遊び方が上手になってくれればいいや。
2004.12.14
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毎年恒例今年で3回目。落ち葉の遊び方はバリエーションも多い。落ち葉集めに、落ち葉のプール、一輪社レースに、しめは堆肥作り…。しかし、わんぱくキッズ自然塾も子どもたちの様子が変化している。メンバーは実は大幅には変わっていない。落ち葉にはつきものの焼き芋。焼き芋を食べるためには、いもを洗ってぬれた新聞紙でつつみ、最後にアルミホイルで包む…という作業が伴う。誰かが始めると、みんなで寄って来て、一緒に作業していた。でも、悲しいかなみんなのためにする作業は労働になってしまう。焼き芋を焼くための枝集めは、ちょっとばかりゲーム性を持たせて、ひとり20本神社から集めてきた。落ち葉遊び。友だちと競い合って落ち葉を集めたり、雪合戦のように落ち葉を撒き散らすのが楽しい。定番の落ち葉プールも楽しい。もちろんそれ自体を楽しみにしている子どもたちもたくさんいる。幼児や低学年の子どもたちはひとつひとつを楽しんでどれも無邪気に遊ぶことができる。年齢によるものなのか、普段の生活から来るものなのかわからないが、高学年の子どもたちの中には、こちらが用意した遊びに代償を求める。落ち葉で遊ぶことでどんな見返りが受けられるか。落ち葉で遊んだ後、ひとりが質問してきた「この後、この落ち葉どうするんですか。」ここは農園。この活動ではここで収穫した野菜で毎回何かしら作っている。「腐葉土にするんだよ。」「ふ~ん。」といってその子はその場から離れてしまった。できた腐葉土はもちろん農園の肥料として活躍する。しかし、あえてみんなを労働者にして作ってもらおうなんてちっとも思っていない。腐葉土を作る過程を体験することなんて、そうあることじゃないから、みんなに体験して欲しい!という思いがあるから、プログラムに入れているだけだ。その作る過程を楽しんで欲しいのだ。はじめてみれば見返りなんか考えずに、ただ腐葉土作りに没頭できる子どもたちもたくさんいる。こちらが用意したプログラムに乗れない子どもたちは、どうしてもそれがやらされているものと考えているようである。例え、みんなと一緒にやるゲームであっても、強制された労働として捉える。ここの活動が合わなければ、無理して参加しなくても…と思うのだが、参加し続ける。自由に遊びたいのだ。陰に隠れてカードゲームをしていたり、自由に使える道具や材料を使って、好きなようにやらせて欲しいのだ。この活動は参加費をもらっている。毎回、イベントのようにメインの活動があるので、その材料を購入するためだ。自由にやるなら、別にわざわざ集めなくても…とも思う。だが、参加者はここに求めている要求が2分している。新しいことやその日のプログラムに期待してくる子ども。一方は、自由に遊べる空間を求めてくる子ども。どちらかを重視するとどちらかが不完全燃焼に終わる。今までどちらの要求も満たしてあげようとがんばってきた気がする。わんぱくキッズ自然塾を新しい形でスタートするなら、今の子どもたちが飢えている、自由な空間を重視した方がいいのかもしれない。決められたことをやらなければならないことにストレスを抱えている子どもたち、人のために何かをすることを避けたがる子どもたち、そうならないために、そんな子どもたちが発散できる場所として、ここは存在価値があるのだろうか。
2004.12.11
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ちょうど幼稚園の就学を控えた頃、その親子は久しぶりにこの教室を訪れた。お兄ちゃんも、この教室経験者。今度は弟のことでやってきた。お兄ちゃんと一緒のときも、とにかく気になる子だった。目は合わないし、こちらから提示した遊びには全く乗ってこない。さらにくるくると自分勝手に回っていた。経験のある人ならみんなが自閉症を疑う。私も多分自閉症ではないかと思った。私たちは療育現場にはいるが医師ではない。医師ではないから診断はできない。ただ、障害の特徴を捉えなければ、接し方に配慮しにくい。1回目は様子見て、2回目に病院をすすめた。発達を見られる病院は少ない。すすめられてから予約を入れても今では半年待ちが当たり前になっている。2ヵ月後に幼稚園入園をひかえている彼らにはそれを待っている時間はなかった。今できることをやる必要があると思った。でも、少々焦りすぎてしまったなあと反省している。3回目にお母さんに図解したものを見せながら、彼が自閉症の症状に非常に近いことを告げた。自閉症であったとしても、療育で治ることはなくても改善されることを伝えたっかた。自閉症の特徴を理解して接すれば、今まで不思議だったことが解決しやすくなることを伝えたかった。彼女は自閉症ということばが受け止め切れなかった。お兄ちゃんのときもそうだったが、決してがんばりの聞くお母さんではなかった。根気良くというのがもっとも苦手だと自分でいっている。でも、改善のために根気良くが何よりも必要とされる。あるところから私が自閉症ということばを出したのがとてもショックだった。と聞いた。だからこの教室には来られないと。それを聞いてわたしもショックだった。一人のこどもの可能性を奪ってしまったかも…。その親子はそれ以来この教室を訪れていない。保健師さんも町で見かけては、コソコソ行ってしまうのだそうだ。幼稚園はやはり対応に困っていた。かかりつけの病院に直接電話をかけてしまい医師にとがめられたと聞いた。子どもの好き放題にさせるのは、もっとも手がかからず、一番楽な方法である。小さい頃はそれで済むが、養護学校で大きくなった姿をたくさん見ている私は、それがどういう結果を生むか明らかであった。診断が必要かどうかはいまでもよく分からない。私たちの目から見て自閉症だと思っても、医師が診断しない場合もある。しかし、暫定的に判断しないと療育はなかなかうまくいかない。診断を受けないことで安心して、ことばの教室でのことが家で全く生かされないこともある。逆に診断されたことで、初めは泣いていた人がそれを乗り越えて、がんばりだしたときの子どもの成長は本当にすごい。就学前、彼女がまた現れることを期待したい。
2004.12.10
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先週の金曜日から怒涛のごとく仕事と大きなイベントが続き、少々くたびれてきた。確か私は常勤ではなかったのになあ…。これではほとんど変わらない。ふ~っ。この生活はいつまで続くのか。明日は久々のオフ。それを楽しみに今日はラストスパートをかけてがんばった。今日は久しぶりに教室を訪れる親子が2組いた。9月以来…実に3ヶ月ぶり。別にわざわざそうしたわけではなく、1回都合で来られなくなったため、ずっと先送りになっただけ。3ヶ月ぶりに会って、進歩が見られると「お~っ」と思うのだが、2人とも「むむっ」という感じだった。やっぱり、「継続は力なり」なんだよね。でも、日々の生活に終われる中で5分、10分ががんばれないのが現実である。それじゃいけないと分かっていても。実はわが息子。9月の運動会で膝を故障し、現在リハビリ中である。リハビリといっても、やはり腿の筋肉を鍛えるため、母と一緒にできる運動を教えてもらって実行するだけだ。…それが や・ら・な・いのである。やったほうがいいことは分かっている。1週間に1回のペースで病院に行くと「やってないな~」という先生と息子の会話が聞える。「やば~い。」その時は「やんなくちゃ」と思う。でも、今日も疲れたからいいかな…なんてつい自分に甘くなってしまう。「とにかく継続することが大切ですよ」いつもお母さんに言っているだけに、そのことばがわが身にズシリと来る。継続することが一番難しいんです。
2004.12.08
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今日もクリスマス会だよ~ん(^^♪覚えられなかった「ジングルベル」の歌詞も、段々完成形にちかくなってきたぞ~。結構、臨機応変、即興で遊びを考え出すので、私の記憶や体力が追いつかない場合もある。(フフッ)*市のとある地区から依頼を受けての親子遊び。地区の公民館に小さい子どもたち親子を集めて年2回行っている…らし。地区の保健推進委員の方や社会福祉協議会の方、区長さん…子育て支援に力を入れているなんて、なかなかがんばっている地区である。お手伝いに来ている人たちは、みなさん年配の方々ばかりではあったが、朝からおやつ作りに、クリスマスの飾りつけにおしゃべりしながら楽しそうにやっていた。前回は6月に呼んでいただいたが、その時、定期的な子育てサークルための場所の提供の要望があり、現在1ヶ月に1回集まりを呼びかけるようになったのだそうだ。本当に一生懸命。いつもの調子で親子遊びを進めてみたが、初めてまたは2回目の人がほとんどなので、ちょっと動いたら、みんな肩で息をしていた。この調子じゃ、子どもより先におとながバテそうだ。まあ、様子を見ながら、座ってゆっくり遊んだり、見る活動を入れたり…。区の方は1時間半たっぷり遊んでください。…という勢いであったがとてももちそうにはなかった。何しろ2歳前後の子どもたちが一番多かったので、設定遊びをそんなにたくさんがんばれるはずもない。途中、楽器遊びを入れて、サンタさんも登場し、もちろんプレゼントももらって、おやつも食べて、全部無料…なんだか至れり尽くせり参加しなきゃ損!という会だった。*市での私の役職は「心理相談員」だが、「心理相談員」は普通このような遊びはできるのだろうか?たまたま私はレクリェーションインストラクターの資格もありこういうのは元々好きである。終わってから、参加していた保健推進委員の方に「このテンションの高さは先生してたからなんですか?」なんて真顔で聞かれてしまった。「・・・。ほとんど”地”です。」と答えてみたが。本当は区の方は、保健師や心理相談員とお母さんたちにもっとコミュニケーションをもって欲しい…というのが察しられた。前回は円座になって、トイレットトレーニングの話などもしたからだ。でも今回はクリスマス会を大前面にという初めのお話だったので、そのような場にはしなかった。良かったのか悪かったのか。今日は「遊びの先生」に徹してみた。
2004.12.07
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12月に入って、すっかりクリスマスモード。別にクリスチャンではないけれど、子どもにとってクリスマスはとっても楽しみなイベントである。おかげで、何度もクリスマス気分を味わうことができる。この教室の本番は21日。その前に、クリスマス飾り作りに挑戦した。元々人数が多くないサークルだが、カゼがはやっているらしく4組がお休み。保健推進委員の方2名に、元児童委員長の方まで入ってくれて、大勢の大人に囲まれて、なんだかにぎやかになった。元児童委員長の方は任期を終えて引継ぎを終えたばかりでも、こうしていつも私たちに得意の料理やお菓子を持って足を運んでくれる。私たちは名誉顧問と呼んでいる。児童委員長が就学前のこのような教室に顔を出すというのは、実は仕事外。前例のないことだった。しかし、この人が子どもを知る上で小さい頃のかかわりを知っておくのは大切なことだと、自分から顔を出してくれるようになったのだ。奇特といえば奇特だが、本当にその考えは正しいと思う。クリスマス飾り作りは、ダンボールをリースの形に切り、その上にマカロニや木の実、リボンなどただただ重ねてつけるだけの単純なものだ。でも小さな子どもたちには、たっぷり出した木工用ボンドの上に好きなものをポンと乗せるだけが、わかりやすくていい。1歳7ヶ月のS君は、「ポチョ」ということばも覚えてしまった。ちょうど1年前くらいに初めて参加したとき、なんとなく自信なげでうつ向き気味だったお母さんが、1年後の今、すっかり中軸となり、今日もたくさんの木の実やビーズをもってきてくれた。みんな何かに使えるかも…。と日頃から気にして集めてくれているものが色々出てきた。終了後…。ロビーで話が弾んで、なかなか帰らないなあ…と思ったら、いつかみんなに飾り付けてもらおうと保健師さんが用意していたクリスマスツリーの飾りがすっかり出来上がっていた。これには感動した。
2004.12.06
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今年度遊び教室の中で最初のクリスマス会。保育所の先生とすすめている遊び教室。前日まで仕事とプライベートでほとんど時間がとれずちゃんとした打ち合わせもできず、臨んでしまった。活動内容と材料の購入だけ分担して、細かい打ち合わせは、サッと書いたFAXのみ。話し合いの過程で、色々意見を言い合うことがスタッフの人間関係を作る中でも非常に重要だとわかっていながらすごく失礼だったなあ…。と反省させられた。しかし、みんな自分で考えて色々用意してくれる素晴らしい方たちなので、当日、それぞれがしてきてくれた準備に本当に感動させられてしまった。本当に一緒にやってくれる人たちを大切にしなくては…。と思った。クリスマスに引っ掛けてのキャンドル作り。キャンドル作りは、わんぱくキッズ自然塾でも以前やったので、この遊び教室でも是非やってみたかった。やりたいと提案したのは私だったが、ろうそくの準備や、試作品作り、クリスマス飾りみんな色々持ってきてくれたり、考えてくれたり…。おかげで部屋の中はクリスマス色になった。サンタさんも急きょ、Y先生の旦那に飛び入り参加してもらった。出番のタイミングは現代的に携帯電話。「もしもし、サンタさんですか。みんなのところに来てくれますか?」あわてんぼうのサンタクロースを演奏しながら、サンタさんの姿をみんな大喜び!2人ほど、見慣れぬおじさんの登場にびっくりして泣いてしまったが…。キャンドル作りは、市販のろうそくとクレヨンを缶にいれ湯銭で溶かして、型に入れるだけの超簡単なもの。子どもたちがかき混ぜて、いろいろな色になるのが楽しめるかなあ…と思ったら、意外にもお母さんたちがやけに一生懸命だった。みんなこの日を楽しみに一生懸命に参加してくれるので、空き容器…と持ち物に書いただけで、いろんな形、大きさのものを持ってきてくれる。色々な色が層になったきれいでおもしろいキャンドルがいっぱい登場した。
2004.12.04
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ここのことばの教室は、個別学習と集団学習、子どもたちの様子に応じて分けている。本来、月1~2回の教室を家でも継続してもらえるよう、お母さんたちとも話す時間をとらなければならない。そのため、小集団だと順番待ちがあり、人数が多いと結構時間をとられてしまう。まあ、そのおかげで親子遊びも十分にいれることができ、充実した内容ではあるが。しかし、6組以上になるとさすがにいっぱいだなあ。ことば遊びも順番にやるが、順番を覚える学習ができていい反面、順番が回ってくるまでも、やたら時間がかかる。子どものペースもそれぞれ違うから、せっかくのってきたやる気がしぼんでしまうこともある。結構飽和状態。やっぱり、月1回はきついんだなあ。人数の分散化するため、2ヶ月に1回奇数月と偶数月で分けてやりくりしているが、実は待機している子どもたちも多い。毎回、間を縫って新しい子どもたちが入ってくる。そんな中でも、毎月来て欲しい子どもたちもいる。2ヶ月に一回って、いくら真面目にがんばろうというお母さんでも、モチベーションが続かないよなあ。教室をもっと増やせれば…。毎回思うが、町側は予算がつかない。そして、もし予算が付いたとしても、私も月2回足を運ぶ余裕がない。ここは私にとって一番遠い職場。養護学校を辞めてすぐに声がかかったところなので、快く引き受けさせていただいたが、正直、毎回観光地に来ているようである。川沿いのほとんど信号のない真っ直ぐな道をただ走り続けると、朝は眠気が容赦なく襲ってくる。財政も人的資源も本当に地方は厳しいみたいだ。こんなところにもっとお金をかけて欲しいよなあ。
2004.12.03
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*市遊び教室。今日のテーマはダンボール遊び。みんな子どもがスッポリ入れる大きさのダンボールを持って参加した。ダンボール遊びも色々あるが、全部分解してトンネル遊びはおもしろい。はじめは1個から。対象が1歳半から2歳後半と小さいので、いきなり長いトンネルは怖がる。また、ここに参加している子どもたちは、お母さんからなかなか離れられない子どもたちも多く、様子を見ながら加減しなくてはならない。行けそうかな・・・。と思ったら今度はお隣同士、ガムテープで合体。参加人数が多い教室ではあるが、逆にそれがお母さんたち同士の関係を作りにくい。どうしても自分から声をかけあうことができず、取り残されてしまう親子がいる。それをうまく誘導しながら、もうちょっと、もうちょっとと長いトンネルに挑戦してみた。自分のトンネルに他のトンネルをつなげるのを嫌がる子。長くなるとどうしてもくぐれなくなってしまう子。横から壊したくなっちゃう子。勿論、長くなったトンネルに何度も何度も挑戦する子どももいる。このような活動は、対人関係の様子がよくわかる活動である。親も子も。カンファレンスで最近お母さん自身が人付き合いが苦手になってきているのでは…。という話が出た。…最近?子どもたちの親の世代は確実に私より下になっている。ついこの間まで同年代だと思っていたのに…。一般的に統計が取れるわけではないのでよく分からないが、ここに来ているお母さんたちは確かに積極的ではない。自分から必要性を感じて参加している方もいないわけではないが、多くが1歳半健診で声をかけられている。願わくば、そのまま声をかけられたくなかったし、時間を割いて参加することが面倒だと思っている人が少なくない。積極的に参加していない場所で、積極的に人間関係を作ろうとは思わないだろうな。子どもについては心配だから対スタッフなら何とか色々話す。みんな心配で参加しているわけだから、核心に触れるまでの細かい人間関係の工程を幾分省略することができる。しかし、スーパーや他の場所でばったり出会ったときは、なんとなくよそよそしかったりする人もいる。こういう教室に通っていること自体を人に知られたくなかったり、また、私たちとの信頼関係ができていないからなんだろうな。他の町でも障害を持っていることをオープンにしていないお母さんが他の人と話をしている時、ばったり会っても、何となくこちらも声をかけるのを遠慮してしまう。また、声をかけてもはっきりしない返事が返ってくると、悪かったかなあ~。なんて思ってしまう。
2004.12.01
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