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丑寅の二人旅 第90弾 紅葉と歴史・文化を福島・栃木で 3日目11月19日:栃木県は足利市です鑁阿寺(ばんなじ)、1197年に足利義兼が創建した真言宗のお寺元は足利氏の宅邸堀と橋と山門のバランスが良い塩梅国宝の本堂(赤丸)、御本尊は大日如来様、覗きましたが見えなかったです鐘楼とモミジ多宝塔とモミジとイチョウと鑁阿寺の隣、足利学校です幾つかの門がありますが、これは「学校門」「学校門」の脇、これは矢来ですよね侵入者を阻む為? 今で言う「有刺鉄線」こちらは講堂足利学校、日本で一番古い学校ですが、その創建に就いては諸説在って、定まっていません一番古いとされる説では、平安時代初期、ハッキリしているのは1432年に上杉憲実が足利領主になってから学校の再建に尽力した事です南庭園北庭園字降松(かなふりまつ):学生が読めない文字に出会ったとき、それを紙に書いて、この松の枝に括り付けておけば、和尚が振り仮名や注釈を付けてくれたらしいです宥座の器(ゆうざのき)、2本の鎖でぶら下げられたバケツ目一杯に水を入れるとひっくり返って、全ての水が溢れます「程々を知る」「中庸」を教えたらしいです ー 「第90弾 紅葉と歴史・文化を福島・栃木で」終了です ー
2020.11.20
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丑寅の二人旅 第90弾 紅葉と歴史・文化を福島・栃木で 2日目11月18日: いわき市の北西部、夏井川渓谷ですゴツゴツした白い岩で出来た渓谷20km程続いているらしいですが、車を止めるところと、渓谷に降りるところが見つからず、右往左往川のところまで降りて、川伝いに数百m歩けば、赤丸の滝の袂に行けたのですが・・・いわき市から本宮市(郡山市の北)に移動花と歴史の郷 蛇の鼻です四季折々の花をメインとした庭園ですが、それにしても、凄い名前ですね「蛇の鼻」 地名から来ている名前らしいですが、「矢の花」から「蛇の鼻」に変化したみたいですモミジが今盛りです池に映る(鏡面)紅葉を狙ってみました(クリックで拡大します)菊の時期でもあるので、菊の品評会も大きなモミジ、「秋の女王」との銘が幹周り2m、国内最大だとか晩秋の薔薇薔薇と紅葉のコラボを狙いました(クリックで拡大します)コチラは公園の一角にある「蛇の鼻御殿」の敷地、石塔「蛇の鼻御殿」の玄関「蛇の鼻御殿」駐車場、何故か「キングコング対ゴジラ」が ー 3日目に続く ー
2020.11.19
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丑寅の二人旅 第90弾 紅葉と歴史・文化を福島・栃木で、 初日-2白河市からいわき市に移動します最初は、中釜戸のシダレモミジ(枝垂れ紅葉)国指定の天然記念物です(クリックで拡大します)大小二つの樹です、 幹がクネクネで瘤もボコボコ、そして枝が見事に枝垂れていますどうやら突然変異らしいです、種としてはイロハカエデですシダレモミジ、観音堂の敷地に生息午前中の陽があたっている時間だったら、もっと見応えがあったのに残念です歩いて5分程度のところに、8台程度止められる駐車場があります同じくいわき市、国宝 白水阿弥陀堂1160年に建立、正式には願成寺 白水阿弥陀堂となりますいわき市屈指の紅葉の名所、モミジの赤とイチョウの黄色のコラボ写真右のお堂が白水阿弥陀堂、これが国宝、中には阿弥陀様が本堂は、少し離れたところにあります池の畔に2体の仏様、左の仏様、お顔が溶けたみたいに、チョット怖いのですけど池の鴨さん、ほかに亀さんもいっぱい今宵はいわき市に泊まります、GoToキャンペーン利用して、最上級会席を土瓶蒸しの中身、地鶏・蟹爪・真鯛、出汁はメッチャ濃くて美味しかったのですが、出汁が出た後の具は、やっぱ食べるものではないですね ー 2日目に続く ー
2020.11.18
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丑寅の二人旅 第90弾 紅葉と歴史文化を福島・栃木で11月17日:今回の福島県の主戦場は南部のいわき市と白河市、いわき市はスパリゾート・ハワイアンズのフラダンスで全国区になってます私個人としては、「いわき市石炭・化石館ほるる」が好きです一方の白河市は影が薄いですね最初は白河市の南湖公園一応福島県での紅葉の名所ランキング10位に位置します、今モミジが見頃の真っ赤なんと、南湖公園、日本最古の公園と言われています「公園なんて、平安時代でも奈良時代でも、若しかしたら縄文時代でもあったのでは、空き地・野っ原で子供が遊べば公園じゃん」と思うのですが、公園制度は、1873年太政官布告により定められました、南湖公園はそれ以前の1801年に松平定信によって造成されており、第1号認定されたみたいです。南湖公園に併設されている日本庭園「翠楽苑」、池泉回遊式庭園です池・泉が在って、庭を歩き回りながら楽しむ庭園松が際立っていますモミジと緑と水の流れ茶室です 障子で模様付け茶室玄関、お迎えの活け花茶室床の間ではないですね、兎に角活け花こちらは床の間のメインの活け花、茶室らしい「花入れ」これが翠楽苑自慢の眺め、茶室からの眺めがベストになるように造られています(クリックで拡大します)南湖公園に建つ南湖神社の紅葉続いて、白河小峰城ですさほど有名なお城ではないですが、南北朝時代の1340年に結城親朝が築城ですから、結構古いお城です城主は目まぐるしく変わっています、秀吉の時代は蒲生氏・上杉氏・蒲生氏、江戸時代に入ったら、丹羽氏・奥平松平氏・阿部氏等7家21代が城主に 江戸幕府にとっては、奥羽地方からの敵を迎え撃つ拠点だったのですね。1868年戊辰戦争で落城焼失石垣が高く、いかにも堅牢、凸凹がなく整形されています(クリックで拡大します)お城からの白河の街並み白河市での最後は、白河の関奥州三関のひとつ、他の2つは鼠ヶ関(ねずがせき)(山形県鶴岡市)と勿来関(なこそのせき)(所在地が分かりません、諸説あって、存在自体を疑問視する声も)白河関は陸羽国に通じる東山道の要衝に設けられました関所は丘の上にあったみたいです、今は雑木林「土塁跡」こちらは、「空堀跡」どう見ても、街道から少し離れた丘の上で、土塁があって、空堀があって、箱根の関所とか中山道の関所みたいに、街道を塞ぐ様には設けられていません??? 砦だったのでは? 不思議です芭蕉の像、西行もこの関を訪れたみたいです再現された関所番屋の「人見女」白河関の森公園になってますので、児童公園も併設長い滑り台 ー 初日-2に続く ー
2020.11.17
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