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2019年04月07日
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カテゴリ: クラシック
東京文化会館小ホール  11:00〜

 このマラソンコンサートは、解説が曲間に入ります。いつからかそういうスタイルに。まぁ、正直無くていいやと思うんですけれどね。でもまぁ、そういう話が曲間に入る。
 で、3公演目の曲間、解説者が解説してる、舞台上では設営してる、そういう時にですね、けたたましくも下品に女性の笑い声が聞こえてきた訳ですよ。他の声高な話し声共々。一応PAが入っている解説が聞こえなくなるくらいに。

 この瞬間、この公演は論評に値しないものになりました。

 これね。実は、率直に言うと、今時どんだけの人が判るものやら、と言う気がするんですがね。でも、まぁ、書きます。やはり大事なことなので。

 私個人としては、このマラソンコンサートの曲間に入る解説、正直つまらないしいらないや、と思ってます。でも、それは「公演の内」なんですね。だから、そこまで含めて「公演」なんです。
 で、「公演」というものは、「お客さんに聞かせる」ものなんですね。お客様は神様....なんて言い方はしませんが、しかし、お客さんに聞いてもらうことが第一で、出来るだけいいものをお客さんに聞いてもらう、というのが、公演に携わる者の最優先目的である筈です。
 舞台裏、というのは、「公演」の中には入りません。最近はやたらと舞台裏を見せたりするのが横行しますが、本来、それは見せない筈のものであり、だからある種の出歯亀願望も含めたお得感の演出でもあるけれど、しかし、お客さんの前に出すものではないものが舞台裏。その舞台裏で大騒ぎしてるのを聞かせるものではないのですよ。しかも、はっきり言って、未だ続いている「公演」の邪魔になる程に、というのは、もう人前で演奏したりして聞かせる資格無し。これは上手い下手以前の問題です。他人に聞かせるということをまるで理解していない。

 実は、最近、人前で歌って聞かせることがたまにあります。小さいマンションの小部屋みたいな「ホール」を借りて、特定少数の人にお声掛けして、聞いて頂く。お捻りカンパを頂戴することもありますが、基本お代は頂かない。それで思うことがあります。よくアマチュアでも勘違いしているのだけれど、お金を頂かずとも、お客さんは時間というリソースを使って頂いている訳です。だから、聞いて頂くのは、誰が何と言おうと「有難いこと」なのです。

 君らにお客さんの前で演奏する資格はないよ。お客さんに失礼だよ。きっと言っても判らないだろうけれどね。多分、一生涯判らないんじゃないだろうか。誰も教えてくれてないんだろうし、それを感ずる感性も無いんだろうから。

 このコンサート全5公演で、3公演目でこれをやらかしやがったので、本気で帰ろうかとも思ったんだけれども、実はライナー・キュッヒルが出てましてね。3公演目は居なかった。4公演目と5公演目は出てきて、しかも5公演目は出ずっぱりだったので、結局最後まで聞いたけれども、5公演目でも、舞台裏でチューニングしていて、特に管の音が滅多矢鱈とでかい音で、話が聞こえ辛いくらい。これも同罪です。ただ、率直に言えば、話よりは演奏の方が大事で、演奏の為には仕方ない、という判断があったのなら、まだしも赦せる余地はあるかも知れないけれど、不見識には変わりない。それなら舞台に上がってからチューニングすればいいのであって、それは普通で当たり前の事だし、第一舞台上と環境が違うかも知れない舞台裏でチューニングするのは本来じゃない。全部で8人くらいしかいないんだし。やはりものを判ってないと言うべきだし、それを許したのならキュッヒルも同罪。許しちゃいけません。まして散々舞台のことを知ってる身なら尚の事。

 東京文化会館の小ホールは裏が狭くてね、とかいうのは言い訳にもなりません。なら静かにしろと。馬鹿話したいなら外に出てやれと。チューニングは舞台に出てからゆっくりやれと。そうすりゃいいだけのことなんだから。それがステージマナーというものであり、人に向けて舞台に立つ身としての当たり前の約束事というものです。

 こっからは邪推ですが、3公演目までは二期会系の歌手が出てたんですね。4,5公演目では出てないけれど。あいつらじゃないかなぁ、とちょっと思う訳です。あのアマチュア歌手互助会の質の悪さはよく知ってるし、あいつらならやりかねん、とは思ってるんですけれどね。ま、邪推ですが。


 ともあれ。そんな訳で、演奏については全て論評しません。論評されるべき人もいるのかも知れないけれど、でも、誰がどうなのかまでは分からないし、だから、まとめて「論評に値しない」で済ませます。

 キュッヒルの演奏は良かったですよ。だけど、誰か知らないがこの不見識をやらかした奴ら、及び5公演目の管楽器一同(舞台裏で馬鹿でかい音でチューニングやらかしてた奴ら)にははっきり申し上げたい。金返せ。そして二度と人前で演奏するな、と。上手い下手ではない、人間としての問題、何かに、誰かに、この場合は話をしている人とそれを聞いている人とに、敬意を払うということを知らない、という問題だと。





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最終更新日  2019年04月07日 00時40分10秒
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