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2019年05月02日
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ラ・フォル・ジュルネってカタカナで表記するなら、TOKYOなんて表記しないでオ・トーキョーって表記すればいいのに。

 なんてところから入るあたりからまぁお察し下さい。今日のところは超ネガティヴ。

 というわけで、明後日には始まります、LFJJ2019ですが、まぁ、どういやぁいいんでしょうね.....

 あ、今年もボランティアはありません。まぁ、オリンピック後まで、多分無いでしょう。その後もどうかは分かりませんが....

 で、LFJですがね。
 そもそもここまで何も書いてなかったところからもこれまたお察し下さいなんですが、なんというか、ますます何したいのかわからなくなってきた感はあります。本当に来年以降やらないんじゃないかとかなり本気で危惧してます。まぁ、毎年のことといえばそうなんですが.....

 とにかくですね、まず、露出が少ないんですよ。全然戦略的に考えてる節がない。
 で、今年は、琵琶湖、金沢、新潟が手を引いてしまって、しかも琵琶湖と金沢は「独自」に音楽祭をやると言っている。新潟も確かそういう構想があるんじゃなかったろうか。その琵琶湖と金沢は、実のところ、内容的に従来とそう変わってる節も無いんですよね。つまり、LFJというフォーマット、あるいはブランドに愛想尽かしされた、と言われても仕方ない。これを別の言い方をするなら、でも、やろうとは思ってるわけです。つまり、客を集める上で、LFJのタイトルはいらない、って判断されたわけで。

 そして、過去何年かの迷走の末、今回は池袋も無く、相田みつを美術館もない、小規模開催に戻ったと。今まで色々やってきたことは殆どやめてしまった。まぁ、それも一つの判断なんですけれども.....


 小曽根真は出るよ。でも、最終日のホールA。チケット取ってみたら2階席なので、もう戦意喪失です....
 他には色々買いましたよ、勿論。でも、ねぇ......
 行けば行ったで楽しむし、聞けば聞いたで楽しむのは解ってるんです。でも、このラインナップ.....

 なんでこう思ってしまうかといえば、前にもちょっと触れましたが、「音楽祭同期」の東京・春・音楽祭に、すっかり負けてしまってる気がするんですよ。それは、個人的には行ったことないし行く気もあまりないんだけれど、調布国際音楽祭とか、或いは出て行ってしまった金沢や琵琶湖とも通ずるのかなとも思うんですが、つまり、「誰が」「何のために」「やりたい、という意思を持っているのか」というのが、やはり希薄なんですよね。
 やりたい、という意思の不在。

 そう言っちゃなんですが、私が「音楽祭」と言う時に想定しているのは、過去に自分が行ったことがある音楽祭で、つまりは、ザルツブルグとか、エディンバラとか、ルツェルンとか、シューベルティアーデとか、プロムスとか、ペーザロとか、ヴェローナとか(バイロイトは行ったことないのよねー)、正直言うと、もう「誰が」「何のために」「やりたい、という意思を持っているのか」なんて今更問わずとも惰性でも成立しちゃうようなところを想定していたりはするのですが。でも、残念ながら、今回も、「意思」は日本側ではさっぱり感じないんですよね。
 それは主催側だけでなく、出演者も、お客も皆同じで、消費者っちゅーか、「お客さん」なんですよね。まぁ、お客さんが消費者で「お客さん」なのは仕方ないといえば仕方ないんですが、それにしても。
 東京・春・音楽祭は、正直どうなんだろうなと思わないでもないんだけれども、よちよち歩きで満身創痍ながらも、「なんでこれやってるんだろうね」というものがどこかに意識されるようになってきた気はするんですが.....LFJJはねぇ.......

 皆「お客さん」のままにはしゃいでるだけに終わっちゃうのかなぁ、今年も。
 あの、バイトくんのバイト感覚が典型的だと思うんだけれど、愛情と知性が足りないんですよねー。そう言っちゃなんだけれど。なんか、送り手側も受け手側も、口では当然愛情を言うんだけれど、本当にそれ大事だと思ってる?と思わず訊きたくなってしまうような軽さをどうしても感じてしまうし、それを考える知性の働きが無い。だから皆お客さん、なんだよねぇ.....
 こじつけでなく、だから、ラ・フォル・ジュルネTOKYOなんて軽薄なタイトルに平気でしちゃうんだよ、きっと。そこには愛情も知性の働きもない。なんでかというと、多分、愛情も知性も持ち合わせてない、というのが半分としても(いやー3分の2くらいかねー)、あとは、愛情も知性も注ぐような気がない、からではないかなと。国際フォーラム地下のファミマの店員の方が真剣に取り組んでると思いますよ。割と本気で。


 まぁ、どのみち行くけどねー





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最終更新日  2019年05月02日 01時19分41秒
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