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2020年10月11日
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カテゴリ: オペラ
新国立劇場 14:00〜
 4階左側

 ​ ブリテン:夏の夜の夢 (詳細は10/8)

 というわけで、2回目です。まぁ、元々この一回きりのつもりだったのでね.....

 今回はちゃんと舞台も観ています。
 で、やはり、これは「オペラ」じゃないよなぁ、と思うのですね。音楽劇。そういう意味では、これは新国立劇場のお客にとっては、かなり前衛的に響くんですかねぇ。
 いや、とにかく、お客の反応が悪い悪い。前回も思ったんですけれど、そもそも、皆、「真夏の夜の夢」って読んだことも観たこともないんじゃないですかね、ひょっとして。それこそあらすじくらいは知ってるとしても。殆ど笑いも起きなくて、起きるのは、精々が最後の劇中劇が滑稽だと笑うくらい。1幕も2幕も、確かに幕切れが分かりにくいのではあるけれど、まるで当惑したような拍手だし。
 まぁ、「オペラ」って視点で見ると、各幕の最後にフィナーレなりクライマックスなりが設定されているわけではないですしね。盛り上がらないのは確か。音楽も、如何にも「終わりますよ」っていう親切なものではないし。そういう意味で、前衛的に聞こえるのかも。無論、20世紀後半に書かれてるという意味では、相当「新しい」作品ではあるんですけれどね。


 原演出を、現状に鑑みて、リモートで演出を付けながらの「ニュー・ノーマル時代の新演出版」なんだそうです。
 具体的には、舞台は「アテネ近郊の森」ではなくて、「森の中を思わせる大きな廃屋」と言ったところでしょうか。まぁ、この辺の舞台設定は、そもそもが妖精が出て来たり、人がロバ頭になったりする劇ですからね。それはそれでいいんじゃないでしょうか。正直、あまり格別な意図は感じなかったと言えばそれまでなんですが。突っ込み始めたらキリはないんです。お屋敷程度でそこまで皆が訳もわからずバタバタするものか、とも言えるし、まぁこの辺はたとえば大きな廃城だとかする手もあるし。むしろ、大きな月が掛かっているのですが、こっちの方がまずいといえばまずい。というのも、そもそも原作でもこの話の時節を「あと数日で新月」と言っているのですね。
 ま、細かいことは言えば幾らでも言えます。問題はそれが物語を阻害するのかどうか。
 そういう意味で言うと、物語そのものは損なわれてはいないんだと思います。
 と言うよりは、そもそもブリテンのオペラ自体が、やはり原作にかなり忠実に作られているんですね。いや、むしろそれ以上に、シェークスピアの「真夏の夜の夢」という戯曲を舞台で上演するために書いた、と言ってもいいくらいなのではないかと。無論、これは、「歌劇」です。歌手はレチタティーヴォとアリア、というような、はっきりした「歌」は歌わないけれど、セリフを喋るのではなく、基本的には歌います。その意味では、音楽的な和声などはともかく、ヤナーチェクのオペラに近いかと思います。いっそベルクに近いと言ってもいいかも知れませんが。
 ブリテンのオペラとしての物語は、かなり原作に忠実です。原作にあるアテネの街、宮殿での場面などは割愛されているし、幾つかの場面の順序を入れ替えたりすることはしていますが、台本は原作に忠実であること、たとえばヴェルディの「オテロ」なぞよりは遥かに上です。いや、「オテロ」もかなり忠実なのですが、ブリテンの場合はやはり「戯曲を上演するため」に書いている節があります。ヴェルディが「オペラ」を上演するために書いたのとは、多分、そこが違う。
 それは、やはり、ブリテンが英語を母国語とするイングランド人である、というのと大きく関係すると思います。ブリテンには多分シェークスピアの作品自体を改変する気はなかったのではないか。それは、決して、ブリテンが自分の作品としてのオペラに興味がなかったということではないでしょう。「現代音楽」的ではないにせよモダニズム全開の(そりゃ1960年の作品なのだから当たり前と言えば当たり前なのですが)音楽で書かれているに関わらず、この作品は歌手の歌っている、或いは語っていると言ってもいいくらいに、何を言っているかがよく分かる。そういうものとして書かれています。

 であるだけに、ちょっとね、英語の発音がね......
 元々は主役級を来日組に預けるつもりだったので、代役だから仕方ないとは言え、もうちょっと歌手は発音に気を付けて欲しいのですが、英語になってないとか、何言ってるか分からない人がいましたね。普通のオペラなら、まぁでもしょうがない、で済むかも知れませんが、この作品の場合はやっぱりそれではダメでしょうね。これはまずオペラである前に何よりも芝居であり、しかも、ひょっとするとオペラですらないかも知れないので。ま、殆ど二期会会員だし、多くを期待しちゃいけないというものですがね。

 やっぱり、お客さん、あんまりよく分かってなかったんじゃないですかね。私は最初観に行った時に逆に舞台が見えない分だけその点が分かってしまったので、そういうものとして観てたんですが、「オペラ」を期待して来た人達はあまり面白くなかったんじゃないですかね。コロナ下だからキャスティングが、というのはあるにせよ、そもそも開幕にこれを配したというのは物凄くエッジの立ったことをやっていた、ということじゃないですかね、実は。ただ、それに対してお客がついて来ていたのかというと、ちょっとどうなのかなぁ。
 以前から、日本のオペラのお客は、そもそも舞台というものに馴染みがなくて、見方がよく分かってないんじゃないだろうか、と思っていたのだけれども、これはそれがはっきり出てしまったような気もします。





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最終更新日  2020年10月11日 02時00分31秒
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