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きのうの朝、静岡の母方のおばあちゃんが亡くなりました。なんと97歳。長寿です。天寿をまっとうした感がありました。大往生ですね。前日まで 普通にお話をしていたというおばあちゃん。その翌日の朝、母のきょうだいが起こしに行くと、息を引き取っていたとのこと。たぶん、安らかに眠るように亡くなっていったと感じました。清らかな美しい風吹く秋の日のことです。おばあちゃんのことは 大好きでした。自律していたひとだからです。小さい頃、わたしは親戚の集まりが大嫌いでした。比べる意識が強くって親同士 いろいろと言うことが 子供ごころにこころに響いて辛かったです。でも、おじいちゃんとおばあちゃん そして柴犬のコロがいてその3人(一匹あり)は 一緒にいて穏やかになるのでした。おばあちゃんの肩をもむのは一番うまいのは 子供と孫の中でこのわたしです。よくお小遣いをくれていました。おばあちゃんが生まれた大正から昭和 そして平成・・・。激動の時代。戦争を乗り越えて、昭和の時代を生き、5人の子供を産み10人の孫に恵まれ・・・。でも 笑顔で『あんまり長生きするもんじゃあないね・・・』と5年前におじいちゃんが死んでから 庭を眺めていたあの光景を忘れることができません。農家でしたので、緑茶、みかん、米やたくさんの野菜を創っていました。人一倍働き、長男が離婚しても 女手ひとりで 孫たちを育ててきた。一度もぼけたことがなく、人の世話になったのは 90歳を過ぎてそしてここ数年、排泄の世話をまわりのひとたちにしてもらう、それ以外は まわりに世話をかけることはありませんでした。亡くなるときも おじいちゃんは わたしがずっとそばにいて手を握ってあげるほどに 怖がりだったのにおばあちゃんは誰にも 看取られずに ひとりで 眠るように亡くなっていきました。今、おばあちゃんのように 逞しく 強く 生きることのできる女性になろうと思います。そして これからの 激動の時代を生き抜くひとりの女性でありたいです。おばあちゃん ありがとう。今週末に 静岡にかえります。
2008.10.30
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きょう。武蔵境から会社に帰る途中の出来事でした。駅構内に行くと、遠くに電車が止まっており 特快なのになぜか止まっている。ん??と思っていると、レスキュー隊のような人たちがきて「目撃者はいませんかー」と何度も ホームで呼びかける。運転席から運転手が降りてきて、そのうちに 駅のレスキュー隊が線路に降りるような格好をする。その状況を見ていて 血の気が引くようにぞっとしてきました。上司が 「いこう。」 と タクシーで近くの田無駅にゆきました。実は わたしは この始終を見ていたいと思いました。とても云えませんでしたが。何が どうなって どうしたら このようなことになるのか。そして どうしたら このようなことを防げるのかを考えました。最近取引先が中央線沿いにあり、中央線を利用することがとても最近とても多いのです。人身事故直後に遭遇してしまいましたが、私のような人間はそういうことに遭遇すると、ほんとうに 考えてしまいます。余計な想像力というのか、広がっていってしまうのです。どうしても。あの異様な空気。ひとの生命が 一瞬にして 絶たれたあとのあの空気。忘れられません。 最初は何があったのかわからない。けれどもだんだん、状況が把握できてくると、「あってはいけない」ことが起こってしまった事に気づいてしまう。そのひとはなにをやっていた人なのか、飛び込みだったら どうして死ななきゃならなかったのか。社会的な出来事の重みを一気に考える。タクシーのなかでも運転手さんが、「自殺は個人的な出来事として社会問題として取りあげられませんもんね」とおっしゃり構造改革 から 痛みを伴う 改革の「 犠牲者 」ということを考えました。年間3万人以上の自殺者の数。ある作家は、電車に飛び込んでゆく人々のことを日本が太平洋戦争当時、零戦に乗り込んでゆく特攻隊と重ねていました。意味合は違くとも、ある意味、不条理な社会システムの犠牲と言えるのは同等のことであると思います。以前も書きましたが、その数、比べるのもどうかと思うが イラク戦争の犠牲者と米兵の死者数でさえ 遥かに凌駕する死者数。でも殆どの人はこの問題をそらす。暗いことは考えたくないと問題を後回しにして、犠牲者に目をつぶる。このことが 泣くほど悲しいです。わたしの母親には 私が小さい頃から考えすぎることで怒られました。でも私はなぜひとはそうやって「死」を どうして 避けてひとは生きてゆくんだろう。と疑問でなりません。犠牲者が明るみに出たら 都合の悪い人。それは誰だろう。と。こたえは・・・問題をすぐに解決する ということはできないかもしれない。けれども。 一刻も早く 伝えるべきことが出来るのであれば人を助けられることをしてゆきたいしその空間づくりを 推進していかないと 未来をどんどん創ってゆくことが答であると思いました。 それは 自分自身が犠牲になるのではなく、自分自身が輝いて生きることです。そのためには 出来る人間にならなければ。まずは フリーランスを目指し、邁進いたします。未来のために・・・どうか 誰か 思い悩んでる人がいたとしても このブログが誰かの目に触れるとしたら 嬉しいです。そして どうか 死なないでほしいです。
2008.10.29
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人間の生命は尊い。尊いものは 誰もが尊重しなければならぬ。ところが、自分の生命が尊いことは分かっても、他人の生命もまた尊いことは忘れがちである。ともすれば、私心に走り、私利私欲が先に立つ。つまり、自分にとらわれるということで、これも人情としてやむを得ないことかもしれない。しかし、これでは ほんとうに お互いの相互の繁栄は生まれないであろう。人間本来の姿は生かされないであろう。やはり、ある場合には、自己を没却して、まず相手を立てる。自己を去って 相手を生かす。そうした考えにも立ってみなければならない。そこに相手も生き、自己も生きる力の力強い繁栄の姿がある。尊い人間の姿がある。自己を捨てることによってまず相手が生きる。その相手が生きて、自己もまたおのずから生きるようになる。これはいわば 双方の生かし合いではなかろうか。そこから繁栄が生まれ、ゆたかな平和と幸福が生まれてくる。お互いに、ひろく社会の繁栄に寄与するため、お互いを生かし合う謙虚なものの考えを養いたい。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。自分自身もきょう感じたのですが、自分がやってる というのがあると人間ほんとうに傲慢になったり・・・なんと愚かなのだろうと気付きます。人間としての原点・本質に目覚め、縁を大切に生き、命を生かすように自分だけじゃなくて ひとが生きるように 自分を生かしてゆこうと痛感します。きょうのあるサロンで気づき、昨日もある方との出会いで気づき、経沢さんのセミナーでも気づき・・・。昨日は、君、ほんとうの自分で生きていないね、僕は不満だ!と喝を入れられました。凄いですね、見抜く目が違いますね。共通しているのは、すべて社会で責任をもって 企業を運営している経営者であることです。最近、自分と社会との接点、どう生かせるか。何が自分の強みなのかを考える機会が多く訪れています。こういった方々に巡り合える幸運、もっと人に役立てるようにしたいです。まずは、鏡を見、姿・心 見て 磨いてゆきます。恵まれた幸運な人生に感謝・・・ ありがとうございます。
2008.10.28
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マインドマップってご存知ですよね。数年前から書籍がはやりだし、勝間和代さんも使っていると言われているあのマインドマップ。半信半疑で、ようやく本を購入し、すべて読んだわけではないのですがこんな感じかなぁ・・・と 7色の虹色のペンと 画用紙を用意して日曜日の夜に書いていました。中心には「ハート」を書いて、私のこころを真中に、かかわっている仕事やNPOの事業などをまずは書いて。そこから派生して、世界に広げてこんなことをやりたいんだ、あんなことをやりたいんだということを自由に書いていったのです。シナプスがつながってゆくように、ネットワークが構築出来ていって、マップの中で「システム」の構想が出来上がっていて未来の「仮説」ができました。未来に出会いたい人、という仮説もできました。それにしても わたしが表現したいこと、実現したいことは 平和でした。それは こころとこころ いのちといのち つないで世界中にネットワークを 築くことでした。自分でも漠然としたことが、明確に見えてくる、潜在化するものが顕在化するそれを「マインドマップ」で表現できた感があります。表現もどんどんしてゆこうと感じています。いろいろと出会ったこと、感じたこと、よいものはこれから さらに表現してゆくことにします。
2008.10.26
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久々にNスペを見ました。世界の中での「日本の位置」、世界をリードする日本、という視点で。番組は、力に陰りを見せる米と今後どう向き合ってゆくのか、を経済の視点でとらえた今日のテーマでした。(以下HPより抜粋)金融危機に直面し、凋落するアメリカ経済。その米企業を買収し、グローバル競争を勝ち抜こうと賭けに出る日本企業が急増している。その先駆けとも言える動きが、東芝による原発メーカー・ウェスチングハウス社の買収。日本国内だけでは成長が望めず、新興国への市場拡大をめざす中で、米企業の販売網やネームバリューをそっくり取り込もうという戦略だ。日本側が培ってきた“もの作り”の技術を生かしながら、米企業をうまく使いこなすことができるのか、買収後の経営の現場に密着すると、日米間の葛藤も見えてくる。これまで日本企業にとって米は、輸出先として依存し、また貿易摩擦やバブル期の買い漁りで競争し対立を繰り返す相手だった。世界経済が大きな転機を迎える中で、アメリカ企業と、日本企業はどう付き合っていくのか。新たな関係を模索する日米ビジネスの最前線を取材する。番組を見て、日本企業の強みと弱点、ということを考えました。日本人の国民性ということも。昨今、三菱東京UFJがメリルリンチを、野村證券がリーマンを買収、など特に金融界の動きが目立ちますが、日本が世界をリードするにあたり、今回の番組を見た感想は、感触がまだ危なっかしい・・・が「がんばれニッポン!」ということです(感想になっているのだろうか・・・)。結局、各国の企業が お互いの違いを分かり合うこと、で番組の最後が締めくくられていました。日本のよさは、その技術力と高い信頼というのがあると思うのですが、自信のなさというか、そんなものが映像からにじみ出ていましたね。そもそも議論が苦手な日本人はその教育システムに問題があるのですが・・・。しかし団塊の世代の方でも、学生運動に没頭し、日夜闘っていた人々とお会いしたことがありますが、議論する力はそこで鍛え上げられたとおっしゃっていました。が、現行のぬるま湯というか、教育体制では、主体性は磨かれないなぁと感じています。今の会社も常に外資コンピュータ会社との競合を強いられ、外資のコンサル力には本当に及ばず、しかもスマートな外資のイメージもあり、ちょっとださい、、と思われてしまうらしく、それも分かるような気もします。以前の米の金融もセンスはよく、若い人たちのお客様も多かったです。そんな外見に惑わされるな。 なんて、侮れず、センスとイメージをよくしていくことも、世界戦略のひとつかな、なんて生意気ながらに思いました。特に若い女性たちの心を掴み、興味を引くにはこの「センス」は重要です。男たちの世界でありながら、その政治力の背景には女性たちがいて、結構力になっているのではないかしら・・・などと考えてしまいました。番組の最後のほうで、今、日本が米経済のかげりから米企業の買収をする時期にあるが、今後はインド・中国がそういった動きを展開してくるだろう。だから今は日本の機会なのだと言っていました。今後抜かれることになるのでしょうか?日本はバブルの経験から慎重であるのもわかるけれども、自信をもって世界をリードしてゆく 日本であってほしいと感じました。日本の強みはやはり「技術力」です。その繊細な感性、優しさ、思いやり。その 中心の精神はやはり「和」です。以前のアントレプレナーの講義で私も感銘し、涙したお話を聞きました。それは 東アジアに「高句麗」という国があったお話です。日本に隋が攻めてこようとした時があった。これは聖徳太子のいた時代でした。が、結局攻め入れずに 隋はあきらめることになった、と。その理由です。蘇我氏(蘇我氏が小野妹子だった気がする・・・スミマセン)が高句麗 好太王の遣い・大使に『日本が攻め入られずに済んだのは、高句麗という国があったこと、そして日本海があったことだ』と。つまり、世界の中で 一国 強国があれば 平和は保たれるということです。 私はこの話を聞いて、「勝ち続ける意味」をはじめて命で理解し、私の血脈までこの話を理解したように 深く胸に染み入り、涙しました。世界経済の逼迫。社会システムの歪。それゆえの貧富の差。まだまだ たくさんの世界の問題が山積しているなかで、人の生き方が変わること、真実に気づくこと、真理に生きること。それがどれほど大切な時代か。目に見えぬ世界で どれほど経済を支える人たちもいることか。目に見えぬ 人間関係。経済優先の社会において、内面に 心に 中心を持って行くこともきわめて 大切な これからの時代になってゆくのでしょう。番組をみて、現在 多国籍企業の一従業員として働いていますが、原子力の案件ではありますが、やはり そのビジネスのスタイルが似ていて、理解出来たことが今回嬉しかったです。どんな現場にいても、学ぶことは多々あるのだと改めて気付かせて頂き、番組を見て感謝を致しました。制作スタッフの方の御苦労もわかり、ほんとうに 命懸けで仕事をされているひとたちがいることも分かりました。そのうえで自分が何をするのか、考えた機会でもありました。
2008.10.26
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仕事はどこへいっても同じ。 でも、ひとが育つのに 環境の大切さも身にしむ日々です。会社の風土・環境があっているのもあっているのか、元気なことに気付きました。同い年の男性たちと仕事をしているせいか、とても話が通じるし、とてもやりやすいのですね。きょうは、チームで某外資系のコンピュータ会社と競合し、ほぼ負けと言われていた大型案件の受注がほぼ決まりました。システムは何億というお金が動くので凄く大きいのです。凄くうれしかったです。私はそうでないけれど、夜中の1時2時3時まで仕事をしている社員たち。各部署あるけれども、たいてい朝から深夜まで働いているそうです。日本の製造業が日本を支える大きな力なんだということを知りなんだか 日本の産業を豊かにしようとしてこられて がんばってきた今まで生きてきた人たちに感謝の気持ちがあふれてきました。そして、ライフワークバランスと今いわれていることと、そこで何が出来るだろうという連想もついでにしました。さて「チームワーク」から起業理念にあります「和」の精神を感じます。できないひとのフォローもきちんとするし、おたがい、足りないところは補い合い、ひとつのチームが存在する。企業の強みは、チームの「和」と日本の「匠の技なる技術力」だと感じます。対する外資の強みはコンサル力(頭脳)です。けれども、製品のひとつひとつの細やかさはやはり、日本のほうが上であると勝手に自負しています・笑。米金融からの転職でしたので、さらに日本のよいところへの理解と感動が深まっているのかもしれません。 「和」聖徳太子はシステムの天才です。聖徳太子が考えた国創りは 現代人の頭では到底理解することは難解だけれども、「和」を中心にこころから考えていけばなんだかわかってゆくような気がしています。そんなこんなを考えてから、家にたどりつくと、、、申し出た契約のお給料交渉が成功していて、最初からお給料がアップしていました!すごい!なによりも 好きな人と生きられることひとりじゃないっていうことが 強みです。
2008.10.24
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人生でもっとも 一番過ごしたい時は すきなひとといること です。好き というのは 元気になって 未来に希望を感じるひとのこと。それはもちろん、同性でも 異性でも ありです。好きなひとの声をきけるだけで 不眠症が治ってしまいました。聞くと、向こうもそうだったみたいで またこれ、笑えました。好きなこと。元気がでて 人の役に立てることです。でも、これまで好きなこと=ワガママ、自分だけのことという頭が ありました。が。好きなこと= 永遠・普遍、社会のためになることというふうになってきましたら、矛盾なく、生きていけることを実感しています。最近、毎朝起きると 幸せでなりません。1日はじまるまえに ときめいて仕方がないのです。きょうも 明日も そして 明後日も・・・まだ見ぬけれど いつか出会うひと 出会うこどもたち命のともしびをつないで・・・愛宇宙とつながる 源の光愛
2008.10.22
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ひさびさに彼と電話で話しました。驚くことは、わたしは一週間前から不眠症だったのですがまったく同じ状態であったこと。むこうが徹夜をしていれば 私も同じような状態になり、むこうが海外に行けば 同じ時差で生活しているような面白い身体の状態になります。風邪をひけば あってもいないのに同じ症状で風邪をひいています。 ちょうど考えてることが同じだったり・・・みんな夫婦のかたってこういう状態なのかなところで。最近 わたしが見事に変わったことは 豊かになること、幸せになることに前進していっている点です。それが少し前までは、どうしてか後ろめたかったんです。お金を稼ぐことは汚いことだ、、、 とか。いつからこんなことを刷り込まれたのかしらと疑問です。でも いまは・・・より豊かに より幸せに 生きようと ブログを読んでいても感じるのですが、元気な明るい言葉で表現しているひとが、そう生きてゆけるし、マイナスな言葉を使えばそういう生き方になってしまうのです。運が悪ければ、運がいいひとに会いに行けばいいし幸せになりたかったら 幸せなひとと交流をすること。きょうは、偶然 丸の内の書店にゆくと、経沢香保子さんのセミナーがありました。以前も参加したことありましたが、本1冊買えば無料だったのでいってきました。ビジネスマンの方も多くびっくり。ビジネスとしての自立的意識が高く、質問も一歩進んだ方が多く刺激を受けました。最後に少しお話をしましたが、ほんとうにチャーミングでかわいい女性です。とても二児の子持ちとは思えない。。。いつも考えさせられるのは「経営者脳」になること。常々、ビジネスモデルやアイデアを浮かばせたり、連想ゲーム的に頭を発想させること。難しいことありません。面白いことなのです。また、詳しく書きますね。。。 ということでいのち素直に こころに素直に生きればいいパワーアップしたら、自分がひとに差し上げればいいわたしは 彼に これから差し上げられる空間を 差し上げるつもりでいます。あげられるものなら たっくさん・・・ 笑未来から 来る エネルギーに。。。きょうも ありがとうございます。
2008.10.21
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A nouveau jour, nouvel emoi.C'est ma deveise .Ah, c'est merveilleux vous ne trouvez pas!Et ce qu'll y a de plus mervellesx,c'est qu'elle ne dure pas toujours.1日にひとつ 、何か新しい心のときめきを、というのがわたしの モットーなの生きているって 素晴らしいことだわでも 人間って いつまでも生きていられないから生きるってことが もっと素晴らしくなるのね! Colin Higgins 'Harold et Maude'
2008.10.20
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ひょんなことがきっかけで 週に1回くらい、銀座の小料理屋さんの女将のお手伝いをしています。60歳近い女将さんのお客さまは、日本を支える大手商社やゼネコンの重役のお客様を持ち、いろんな方との出会いがあります。でも年金暮らしの方がほとんどなのです。時々、ふとお話をするのですが、先日は美智子皇后のいとこが見えられました。とても上品な方で育ちの良さを身にしみました。西武グループの堤氏のいとこさんで元商社の重役の方は学習院時代、麻生総理も大学にいて、麻生総理の弟・次郎さん(故人)も大学に通っていて、よく知る方でした。麻生総理の弟はヨットで航海中に遭難し、亡くなりました。太郎氏より評判がよく、誠実で優秀だったと伺いました。伊藤忠で丹羽会長とともに働いたことのある方もいらっしゃり、そのお仕事ぶりに感動、こうして尊敬している方々と仕事されている方とのご縁があることに感謝します。女将さんは、5年前までの10数年間、赤坂の土佐料理屋を経営していました。板さんが、やめられたことをきっかけに、今は銀座で軽く小料理屋さんをやっています。お客様によっては、しゃぶしゃぶやすきやきを出したり、ほんとうにおいしいお料理を創られます。そんなところで、私もお料理の勉強をちょっとだけしたりしています。女将さんの尊敬するところは、この不況下で、お店の経営が困難な時にでも、介護資格を取り、昼には介護のお仕事をされ、32人のご老人の方の面倒を見ているそうです。たまに『きょう介護されているかたが死んだのよ・・・』とお店に出てくるときもあります。でも、その昼間の稼ぎの分を家賃にあてているとのことでした。殆どボランティアで小料理屋を経営されているそうです。お客様も年金暮らしの方ばかりです。あと建設会社の方がどうしてか多いです。テレビ局T社の関係者の方も時々来られます。ところで・・・。女将さんがどうして結婚していないのか、不思議でした。ところが最近、突然話し出したのです。18歳で福岡から東京に出てきて、しばらくして外交官を目指すある人と、結婚することになったそうです。婚約してから結婚式の3ヶ月前にその彼が米・ロスで交通事故に遭い、婚約者の方は亡くなってしまったそうです。それ以来、そういうひとが現れず、大手のゼネコンの会長秘書をされ、30代になって、赤坂に料理屋を開いたとのことでした。30歳ながらに、開いた料理屋。知り合いの取引先の方にお手紙を書き、布石を築いていったと聞きました。すっごく面白いひとです。逞しく生き、辛さや悲しみひとつ見せずに、お仕事をされているおかみさんの御姿にとても感動を致している次第です。女将さんのまわりはみんな出世したり、幸せになっていかれる方が多くって、人の痛みをわかるひとは人を幸せにできるのだと懐の深さを感じます。ほんとうにひょんなことからなのですが、「縁」の不思議さを感じ趣味のような形で週に1回か、2週に1回かぐらいではあるのですがちょっと不思議な世界を見ています。また 書きますね。
2008.10.19
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東京駅前の横断歩道をわたり、丸の内のオフィス街へ通勤しています。あの、テレビの資料VTRで「労働人口調査」とかいうのででているやつですね。横断歩道を渡ろうとする前、3歳くらいの男の子がわたしめがけて突進してきたんです。あるいてなので、通り過ぎるのかしらと思ったらなんと わたしの足に抱きついてきました。びっくり。あぁぁと思っていると、しばらくし私の顔を見上げ、笑うでもなく、なにするわけでもなくお母さんが遠くの方で笑いながら「ゆーた!」と呼ぶと 子供はお母さんの方へ去っていきました。おかあさんと間違えられたのだろうか。。。ちょとおもしろかったです。わたしは うら若き乙女のころ、大人の男性にいきなり街中で抱きしめられ本当に怖い思いをしたことが何度かあるので、この年齢になってこどもに抱きつかれるようになってよかったーと内心思ってしまいました。わたしは身長がそんなに高くないんで、こどもにとっては身近な存在なのでしょう。そういえば、ちょっと前、小学生のおんなのこが泣いているのを 思いっきりだきしめてあげると こどもが泣きやみました。でも あのふわりとした こどもの感触ってなんでしょうね。。。純粋なひかりをまるごと抱いているような・・・こどものころを お母さんとお父さんは一生忘れられないんでしょうねきのう、ある50代のサラリーマンに 君は笑顔が素敵だねお父さんとお母さんに愛されて育ったんだね、といわれました。こどもは 愛 なんですものね。愛の証なんですもんね。いま、まわりにいる素敵なひとたちとの出会いに感謝をささげ希望、未来に広がり、新しい時を生きています。
2008.10.16
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― あなたに差し上げれば差し上げるほど、 それだけ私の愛も増す道理だわ、 だって、どちらも限りないんでしょう - by juliet愛がうまくいかないのは、求める愛ばかりで与える愛を忘れていたことに気づきました。ある言葉を表現して、自分の気持ちがわかりました。それは愛です。表現することで、おとこのひとの気持ちがはじめてわかりました。どんなに好きでも経済基盤がないと、結婚しようと思わない。自分に自信を持てない限り結婚しようとはいえないんだなということ。でも、待つのはやめました。自分から機会を、生きる場を創ることに決めたのです。私にとって、好きでもない人と結婚することは「死」に等しいです。愛を貫こうと決心をしました。彼はその言葉を聞いて、困るとか、無理だよ、と言うことを予測したのですが『それはすごくうれしいね』という返事が返ってきました。どう考えてもそのひと以外好きになれないから。どう考えてもそのひとを幸せにしたいもの。好きという気持ちをおさえずに、気持ちを育ててゆく希望が今、わたしの胸に生まれています。
2008.10.14
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社会が風邪をひいている状態だからなのでしょう。 風邪をひいて、熱を出しています。個人的なかぜだけじゃなくて・・・ これ、社会の状態とこれまでのいろいろなものが噴き出しているような状態。 というのも、わたしの友人に看護師さんがいます。彼女は難病の子供たちがいる病棟で仕事をしているのですが、社会の状態と子供たちの命の状態が同時だということを伺っていました。今日電話をすると、やはり子供たちが熱をだしたり、わたしと同じように鼻水がひどくでたりする子供たちがとても多いのだそうです。9月おわりころからということで、金融不安ではないかと彼女とお話をしていました。イラク戦争開戦の際には、多くの子供たちがけいれんやひきつけをおこしたり、高熱を出したり・・・。大きな地震のときにもそのような状態があったそうなのです。わたしの生命もこのことは痛くわかります。わたしたち おとなはこの子たちが、生きられる 社会と未来を創らなればなりません。みんな おとなたちは 自分がうまれた あとに生まれた人たちがちゃんと 生きていけるようにする 責任があります。 何をなすべきか 意識の問題です。そう生きているか。生命中心か。愛を中心に考えてゆけるか。 どんな場所でも どんな時でも。 終わるやりかたはもう通用しないのです。 変わらなければ 生きのびれない 時代はきています。 と、わたしにも肝に命じて 今という時を突っ切って 明るい未来にまいります。
2008.10.13
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親。10年余も離れて暮らしていると、価値観が違うので会話に相当相違が生まれる。分かり合おうとしても分かり合えない。職場が変わったことを話すと父はキャリアアップだね、と話は通じる。のに、母は職場も変われば給与の面でも、転々と変わるのは辛抱がないとか自分の意識の範囲で、余計な心配をして、勝手に困っているので許容量のない母親に話した私が間違えだったと大変後悔をした。小さい頃から困ったことがあっても、凄く大変なことがあっても親に話すことができなかった。小さい頃からよく痴漢にあっていて凄く怖かったのだけれども親にどうしても言うことができなかった。親に怒られると思っていたから。けがをしても、病気をしても、どうしてか怒られていた。優しさでうけとめられたことなど一度もなかった。だから親を尊敬したり、親のことが好きだという 子たちの気持ちが分からなかった。離れて暮らすと当然価値観の相違が生まれる。離れて暮らす私が悪いというふうになる。母にとって、子供は母の「所有物」。すべて人のせい。自己中。自分の思い通りにならないと、わがままを言う。母は安心とか、安全を好み、私のように変化を好むタイプではないしほんとうにひとの話を聞かない。それに、なにより幸せを逃すようなことばをつかうし、ひとを傷つけることばを使う。しかも。いつも間が悪い。ほんとうに。。。邪魔しているんじゃないかと思うほどに、間の悪いタイミングで一番いい時、ノッているときに、電話が入り、不快な思いをさせる。小説を読んでいても、ここぞという核心にきたときに、邪魔をしてくるというひとである。「存在が邪魔なのよ」とわたしも言ってしまい、自己嫌悪に陥る。母は父の悪口を言うのだが、わたしは父の気持ちがわかる。父は母のことをそれに対して怒ったり、文句も言う。それに対して母は親戚中やわたしに悪口を言うので、父は悪者になってしまう。でも、母は明らかに 人にものすごーーーーく嫌な思いをさせる側面を持っているし、ひとからそういうものも引き出してしまう。こんな状態だから、血で血を洗う夫婦関係。(家系が昔敵同士だったという・・・すべてではないと思うけど・・・)夫婦は敵同士。と聞いたことがあって、凄く納得がゆく。先日、カウンセラーの先生に表現したとき 親はいつか死ぬ。それもたぶんそう長くない。 自分が一人前になることが大切であって、 母親に小遣いを渡せるように なればいい とのことだった。先生は生き方を教えてくれる。それは真理であると私は考える。決して親を捨てずに、未来に通ずる生き方を教えてくれる。わたしにとっては、この先生こそが、身内ではないし、血のつながりもないけれど、父親 FATHER である。わたしはこの先生が大好きである。 誰とともに生きているか。結論はそこである。幸い、今の私には明るい未来より感じ得ない。過去や人の困りごとに心曇らすことより、何をしたら創造的でひとの役に立てることを、幸せになることをしてゆけるか。焦点はそこにしかない。愚痴というか文句から始まりながらも、書いてゆくことで結論が出ました。 血縁の父母を捨てるわけでなく、すべてのひとがむくわれ、生きる生き方を実現してまいります。
2008.10.13
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このところ、ブログを書いていて面白いことに気が付きました。ブログのヒット率はある意味、テレビでいうところの視聴率でもあるのですが、幸運とか、happyとか、幸せ、とかいう言葉を用いたときのヒット率が異常に高いのです。通常、マジメなことを書いていますので(笑)、50件以上。でも 幸運な明るい言葉を常に書いたとき 150件ぐらい。とっても良いことです。みんなが求めていること。以前は、不幸なこと、危機感を募らせるもの、そういったもののほうが週刊誌の購買率、テレビの視聴率が高かったのです。だから不幸なニュースばかりを流す。テレビ局にいたときに、特集を一緒につくった編集マンとあるとき、特集でなにを見せようか話し合いをしていました。「みんな不幸を見たいんだからさ」と。「不幸って?」と聞くと「みんな自分よりも不幸だからと比較して安心するだろ?」と言っていました。わかるんだけれども わ、わからない・・・と思いました。そして、もうひとつ全く理解ができなかったこと。人を殺すときの瞬間を探ることがたまらなく面白いといったプロデューサーの方です。わたしにはこれがまったくわからないのです。はなしがそれてしまいました。。。。某週刊誌が休刊になりましたが、これからもゴシップ中心のネタを持つ週刊誌はどんどん少なくなってゆくでしょう。週刊誌の影響力もじょじょに薄れてきてしまいましたね。ゴシップはもうひと昔前のことなのです。コンプレックスをもって 他と比較して 卑屈になる・・・他と比較するよりも、内面のこと大切にする時代がきたのではないでしょうか。創造的、マーケットでいえば、ブルーオーシャン。「公」より「私」より「個」=individual の時代。たいへんよい時代の到来となりました。みんな もっといいものに反応して より豊かに ほんとうは、不安も恐怖などなにもない 世界なのだから・・・。 人間は何のために生まれてきたのか それは 幸せになるために 生まれてきた と生まれてきてから 考えていたこと、真理 に 少しつづ 近づいていっている 今 なのです。と、、、 マーケットの流れをつかめばお金を稼ぐことも夢ではない、ということを理解したきょうなのでした。
2008.10.11
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人を幸せに導く・・・ この意味をもって 私の名前は親からつけられました。 ひとが幸せになってゆくことは ほんとうにわたしも幸せです。ふと考えると、まわりのひとも、仕事で契約をした人も、取材をしたひとたちも、みんな良くなっていってるひとが多いわぁと気づいたのです。私は高校時代、女子サッカー部を仲間と設立、最初は選手でフォワードでしたが腰があまり強くないことに気が付き、2年間マネージャーをしていました。練習メニューを考えたり、監督や後輩たちとの仲立ちをしたり・・・大変ではありましたが、1年目にして 県で3位になってしまい、静岡でしたので東海大会にも出場したのです。その成果で、横浜の学校の推薦を貰いました。不思議と、運動会や いろいろな試合があると、どうしてか私のいるチームは勝つのです。わたしがいた学校がわたしのいた期間だけ、箱根駅伝で全国1位になるとか・・・。はじめに証券会社にいたときも、はじめて契約をとったお客様は200万円の米国債券を買っていただきました。後ほど聞くと、数年後に償還され、数十万の利益を得たと聞いています。取材に至っては、どういう運の力が働いてか、裁判が有利な方向へ進んだり・・。社会の問題を体で引き受けてる状態でもうそれは半端なく苦しいこともありました。でも乗り越えると、次、先へ行けるのです。出産と同じような苦しみでした。命を助ける仕事はこの上なく、やりがいを感じていました。恋人ができてとてもうまくいっているとき、学生時代の友人の7割が結婚相手と巡り合い、翌年は結婚式と出産ブームがおこりました。そして今・・・わたしの好きな人は 世界を舞台にとっても活躍しています。好きな人もそうだし、いろいろあるけれど、受けるのは大変だし、いやだけれど、ひとが幸せになってゆくのならわたしは大丈夫です。綺麗な命が美し命が助かってゆく未来を築ければ・・・でも・・・ひとにいやなことをしたり、他人にぶらさがってくるひとは好きじゃないのです。とっても不快です。秘書の仕事や 人をサポートする仕事をして やりがいを感じてきたのでひとの成功や ひとの幸せを 実現する 仕事をしてゆきたいと考えています。出会ったみんなが 世界に生きるすべての人が こころに幸せを感じられる世の中でありますように・・・
2008.10.10
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日々、学び、考えること。きょうは仕事をする環境について。人間関係の環境です。「人間関係」の苦労はどこにでもつきものですが、今の会社ではそのストレスがありません。人間関係が円滑にいっていると、仕事も相当スムースに動きますしミス一つ起こりません。「おまえまたやったのか」とつけこむ上司に限って部下は、また同じことを繰り返す、この悪循環にハマったことが何度かありましたが、みんな、かなしいことに愛に恵まれていないというか愛を経験したことのない人と分かりました。ほとんどが男性でしたがみんなモテません。優しさがないからです。そういひとは、機械的に仕事はできてもいい仕事ができません。かわいそうです。ここ最近、とみに職場環境に恵まれていなかったのですが、久々に職場環境の良い、といえる境遇にあります。人間関係が良くてもそこに落ち着いて居座ろう、しがみつこう、とは思わず、さらによくなろう、よくしようという気持ちが生まれてきてどんな仕事もやる気もでてきますし、その先のことを創造的に考える力も湧いてきます。人間関係を見極めるのはトップや管理者の手腕です。鈍い上司ですと、いつまでもきついままで、部署の成果はあがりません。感覚の良い、ひとのこころのことを察知するのが得意な上司の部署は関係も良く、成果も昇り基調。こころのスキルが高いか否かという点につきます。もしも将来自分が人をマネジメントするような仕事に就いたら、人が働きやすい 環境づくりを、とももちろん考えるでしょうがふときょうは、関係・環境が未来に良い成果を生むということに気づき、考えた第一歩なのでした。いやな思いをしたことがあるから、良い経験が際立ち、未来のために自分は何ができるかを考える。わたしはまだまだです・・・。
2008.10.10
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いろんな会社で仕事をして、その会社のことを研究してゆくことはとても面白いです。電気製品、システムなどの日本の技術力のパワー、細やかさ。人間的な交渉と魅力。きょうも、外資との競合に立会い、「戦略的受注」という概念を始めて知り、経営面での提示、技術面の葛藤・・・ 大きい規模の会社ならではの様々な側面を知ることができました。外資メーカーとは違い、小回りがきくというのが利点です。外資が得意なところは「コンサル」力とイメージです。日本の製品の技術者のしっかりとした製品は、安定感・安心感があり世界中どこにいっても引けを取らない存在であり、日本という国に生まれた誇りさえ感じるのです。以前、表現しましたが、マツダの下請け会社の社長さんとお会いしまして裏事情を伺いました。トヨタが絶頂期であるときに、日産はかなり引けをとっていた。その理由は、トヨタは苦境下でも、下請けの会社との取引をやめずに続けていた。が、日産はゴーン氏になってから、下請けをとにかく切るという手法を取り、結果的に負ける運びとなったというお話。外資は、人を育てるというより、お金にならなければ切りますね。みんなで繁栄していこうという日本の精神というか、こころ・・・。そのこころをもっているのに、中小企業の経営者の方が苦境に追い込まれて自殺をしていくという話は聞くに堪えず、大変心が痛みます。今の仕事をはじめて、どういうわけか松下幸之助さんのことが気になり(パナソニックではありませんが)、創業の精神、仕事とは、経営とはなにより人間とは、について今、触れる機会があり、社会の中で事業をおこすということ、働くということの意義、素晴らしさにふれて感銘を受けております。さらに。大手企業だからこそ学べる「マクロな視点」。アナリストレポートを読んでみると、どういう時代の中にその事業があり、法・コンプライアンスの面や時代が求めるシステムのニーズ、先読みしビジネスを展開してゆく見方も学んでいます。産業革命以降の流れから見ても、産業・労働の流れさえ見えてきて面白いですね。会社がひとつの帝国のように大きく、多国籍企業として世界をかけて日本の技術力が各国で定着してゆくことはとてもよいことではないかとこのたび考えました。表現が稚拙で申し訳ないのですが、一貫して【日本人に生まれた誇り】を取り戻すような実感です。特に、つい先日まで外資系にいたこともあるかもしれませんね。日本を元気にすることを していきたいと思うのです。自分ひとりじゃなくて、みんなと。。。。繁栄してゆきましょう。ありがとうございます。
2008.10.09
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経験はほんとうに宝です。この半年、米企業で分からないながらもたくさんの外人さんと簡単な英会話をしました。そして、半年間、英語の塾の先生もしました。それから全く違う業界にはゆきましたが、きょう、インターネットでとある作業をしていて英文に触れる機会や、You Tubeなんかで英語に触れるとき、読めるのです、聞き取れるのです。以前より全然・・・驚きました。縁があったところでは必ず意味があるとあとになって分かるのです。今は、システムの会社なのですが、無機質な機械なんて・・・といやだわぁと思っていたのですが、意外や意外。ひとつの会社のITシステム全体の投資動向や、そのベンダーを取り入れる背景などをひっくるめて、法律のこと、経営と時代のニーズが見えてくるのです。世の中のことと、ビジネスのことが一致するというか。営業の数字を管理する役割があるのですが、数字の背景、営業担当の手腕。SEの工数にかかる能力や人間関係の背景・・・数字に反映されるもの、いろいろみえてきます。あと。システムはわかれば分かるほど面白いのです。自分でも信じられません。意外にもわたしは文系よりも理数系の人間なのかもとあるひとに言われたことがわかってくるような経験をしています。これが将来、どうなってゆくのか、面白いです。楽しんで仕事をしている私なのですが 10年ほど前、松下幸之助さんのPHPの本を買い、久々に読みました。タイトルは「道を開く」。そこに、大変 当たり前のようで日々、仕事において見失いがちなことがありました。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。どんな仕事でも、それが世の中に必要なればこそ成り立つもので、世の中の人々が求めているのでなければ、その仕事は成り立つものではない。人々が街で手軽に靴を磨きたいと思えばこそ、靴磨きの将来も成り立つもので、さもなければ靴磨きの仕事は生まれもしないであろう。だから、自分の仕事は、自分がやっている自分の仕事だと思うのはとんでもないことで、ほんとうは世の中にやらせてもらっている仕事なのである。ここに仕事の意義がある。自分の仕事をああもしたい、こうもしたいと思うのは、その人に熱意があればこそで、まことに結構なことだが、自分の仕事は世の中の仕事であるということを忘れたら、それはとらわれた野心となり小さな自己満足である。仕事が伸びるか伸びないかは、世の中がきめてくれる。世の中の求めのままに、自然に自分の仕事を伸ばしてゆけばよい。大切なことは、世の中にやらせてもらっているこの仕事を、誠実に、謙虚に、そして熱心にやることである。世の中の求めに、せい一杯こたえることである。おたがいに、自分の仕事の意義を忘れたくないものである。
2008.10.07
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人は親切で心配をしてくれるけれども、実は親切は思わぬ足枷というか、ありがた迷惑になるときがあるということがきょう、はじめてわかった。心配してくれることで、こちらが前進してゆく動きがとまってしまう。自分のことは自分でわかるし事実をありのままに述べるとき、ひとはそれが怖いから心配をする事実を述べることで、自分の方が不安になるからだ。それに、心配するという意識は、対象化して「見る・傍観する・意識」。という私もかつてはそうだった。ひとが倒れていて、それは 変化のときの異常であるのにひとは、そのひとの意識、しかも自分の過去のデータしかない「意識」で判断する。わたしは、心が不安で仕方がない。だから「心配していた」という。心配からは何も良い未来をうまない。関係がはぐくまれない。心配しているからといって本人に心配をしているといって一体、何が変わるのだろう。未来ある言葉なら必要。でも心配は無用。心配するよりも、ともにいる、ということが愛ある関係ではないかということがきょう、わかった。ともにいるとはそのひとの「いのち」と一緒にいるということで心通わせ 力になる関係はさらなる未来を創るとわかるたとえ 離れていても あえなくても・・・わからせてくださったかたに感謝を致します。
2008.10.06
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わたし自身がどう生きたいか?素直に問い、生きたとき、その先には 夢が実現する未来がある。 ~ 言葉は未来に導く命 ~ 本音が未来を拓く。 本音が命を運ぶ 運命
2008.10.06
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平日は新聞とか、ビジネスの本とかシステムの本とか読んでいるのだけれども、狭い範囲で根をつめて考えるのでひじょうに頭が痛くなる。なので、週末は小説とか、感性を刺激させるものが命にしみこむ。風邪をひいていたので1つの予定しか入れずに過ごした2日間だった。図書館にゆき、何冊か興味のある本をとったのだけれども、最初はノアの方舟に関する地質学者の本、それからグラハムハンコックの本、いろんな本を手に取るのだけども、メソポタミアにはじまりエジプト文明、フェニキアの遺跡とか古代の文明とか・・・ムー大陸に関する本をたくさん借りてきた。古代遺跡は宇宙の摂理と一体した建築様式で、自然とひとつで宇宙の理を元にピラミッドや遺跡を建設していた。現代では、「宗教」は嫌がられる。という私も現代の意識においての「宗教」はかなり抵抗があった。けれども、宗教は「宇宙(天)の理を示す」という意味で、なんの胡散臭さほんとうはなかったことを分かると、現代歪んでしまったこの宗教という意識の枠によって現代人の意識が不自由になっていることも分かる。まったく新しい自分で、これらの書物を読むとき、意識が広がって以前より不思議といろいろなことを理解することができた。今回最もおもしろかった発見。エジプトの3代ピラミッドがオリオン座の3つの星に対応し、ナイル川と天の川が対応していることを指摘している。古代遺跡はみな、天空の星座を反映しているという仮説を打ち出したという。ただの王の墓ではなかった、ピラミッドの存在。また数々の神々をまつった神殿は、ほぼ「星」の働きを地上に示すために、存在していた等。ピラミッドが地球のエネルギーバランスをとっていたのかしらなどと考えた。そして現代は、それらのいわば結界のような働きを持つものが、物質主義により淘汰され、大切な感謝の心や思いやりの心、自然をいつくしむ心がなくなっているので、自然と分断された人は、苦しくて当たり前なのだと分かる。自然のことを分かる精神、感性を取り戻すことこそ大切。アンデスの天空を書いた洞窟、マヤの遺跡、太陽信仰・・・。天空の神々、地にまつり、神を中心とし、農業や土木、街づくりが栄えたと。古代日本もそう。ひとつ、ちょっとおもしろかった説がひとつ。イザナギ・イザナミによって日本が生まれ、アマテラス、ツキヨノミコト、スサノヲが生まれ、スサノヲによって出雲国家が栄える、が更に天変地異が起こり、野安(ノア)一家のみが残り、シナイ山へ渡り、始祖として国家をつくっていったと。何度も人類は、振り分けられるように、大洪水や地震災害などの天変地異により滅んできた。が、清く正しく生きた一族が始祖となり、新しい国を創ってゆく、そういったことが古代の様々な文明から、または神話から受け取ることができた。今、世界はかなりぎりぎりのラインだということもこれらのことから受け取れる。でも、不思議とこれらの本を読んでいると、大いなる存在の力というのかサポートしている力、大宇宙に抱かれるようで何も怖いものもなくなる。また、いっぱい本を読んで関心を持ったのは、地球23度の傾き。この地軸バランスによって何が起こったのか、四季は保っているが、この地軸が動く働きをすれば、おのずと温度の上昇も起こるし、さまざまなバランス変動が起こることなど、今、地球上に起こっていることを、これらの本を読むことで、前より理解することができた、面白い休日なのでした!
2008.10.05
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最近。めったに見ないテレビをつけるとNHKのnewsで瀬戸内さんのケータイ小説「あしたの虹」の特集をやっていて、瀬戸内さんがケータイ小説にチャレンジしたドキュメントをやっていました。気になっていたのですが、わずかに時間ができた今日、1時間ほどで読みました。最初は、ぎこちないワカモノ言葉を読むのがつらくなり、やめてしまおうかと思いましたが、中盤あたりから瀬戸内さんの主張がありとあらわれてきて、高校生の子たちでも 男女のあいだに哲学があるというのか・・・源氏物語、、、千年経ても、変わらない 男女のあいだのこと。運命、縁、性のこと、罪、永遠性・・・瀬戸内さんが 若い人たちに 瀬戸内さんの経験をとおして表現したい 男女の愛のこと、生命の尊さ、それらを最後はほんとに涙ながらに読んでいました。感動しました。最後は こころをひきつけて 幕を閉じる・・・うわぁ やっぱりうまい!! と関心、感動致しました。読み終えたあと、おそらく光源氏をモチーフとした「ヒカル」の存在、清く真白なる美しい光を内面で感じ、余韻が残りました。NHKのニュースで瀬戸内さんは、ケータイ小説にチャレンジしたことを『若い人たちが好きだから』とおっしゃっていて、書き始めても最初はケータイでうとうとしても無理で、途中原稿用紙に切り替わりそれでも、編集者に何度も何度もワカモノ言葉に直され、大変御苦労をなさっているようでした。こういう大人の姿をみたら、若い女の子たちのこころは 動くんだろうなぁとその特集を見て感じました。瀬戸内さん、素敵な小説をありがとうございました。
2008.10.05
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システム。以前もシステムの仕事に一度だけ携わったことがあります。が、どうも苦手意識が働いてしまい・・・「数字」「機械」というとオツムが痛くなるような気がするので避けていました。が、今いる会社でひとつの会社の全体を請け負うシステムのことを色々と知るうちに、ちょっと面白くなってきているのです。SEの課長が主となった会議があり参加しました。大変スピード速く、基幹がどこのシステムにつながり、どうなれば整合性があうのか、非常に論理的な思考、今まで使ったことのない頭が働き出し、「組織」について考えました。以前、国債を扱うシステムの会社で仕事をしていました。斎藤さんの面談に行った時、家族のことで悩んでいる私の状態を表現すると、私だけでなく、働いている人たちがみな心配事を抱えながら仕事をしている状態なのでは? その状態では、システムはちゃんと動いていないように思う、とおっしゃり、確かに時々システムがとまってしまっていました。そう言われたことが今なら分かります。組織が循環しているのを今の会社にいて感じるのです。今の会社は、連結と合わせると40万人という巨大な企業です。株価もここ5年ほどの大きな変動はなく、売上もじょじょに右肩あがりです。社内の人間関係も割と良いのではと感じました。企業理念を見たとき、「和」そして「誠」というのがありました。「和」というのは調和を重んじること、そして「誠」というのは誠実、そして利益より善悪という正義感というのか、人間としての心を大切になさいという主旨があり、納得しました。起業理念・精神は、幾世代経っても受け継がれるものであると言葉の重みをとても実感致しました。先日いた外資のレッドオーシャン的な発想とはうってかわって、日本の企業の素晴らしさを今、実感しているという尊い時です。そして「起業」を考えていますが、起業することはすぐにでも出来る、でも、永続的に未来に渡り会社を創業するとしたら、この「システム」「組織」というのは欠かせないものであると考えます。組織が大きくなれば複雑化する、その仕組みを円滑に運営してゆくそんな流れを今の会社では学んでいるような感じが致します。産業構造の変換、その真ん中にいることも実感できます。ひとつの会社のシステムを請け負っているのですが、何億何十億という予算が毎年投入されています。リプレイスの作業のお話でしたが、5年スパンくらいでリプレースがあるのでほぼ永久に(今のところ)需要のある分野です。ITシステム導入は、コンプライアンスの面からいっても、資産管理や業務フローの流れを透明化するためにも不可欠であり、特に不正が蔓延る社会の中で、ニーズが高いのです。経費の流れはとどまることがなく、スピードも速く、忙しいのです。どこにいっても必要な部分であるとも。これからまだ 未知なる分野の人と仕事をする機会あり、出会いあり。未来がとても楽しみになってきました。
2008.10.04
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新しい会社、新しい経験・・・真の自分とは・・・改めて問い直した内容の濃い1日となりました。新しい会社。今日は四半期目の最初の日で、事業部全体の朝礼もあり、事業部の今期の目標や状況を知ることが出来、良かったです。それにしても・・・男、男、男、、、 見渡す限り、男。。。9割がたが男性で、私の配属された部署も男性6人のところに私ひとり女性。男性ばかりの方が気が楽なのですが、これまで女所帯にいたのでかなり異質な世界でした。ITの仕事です。営業の仕事ではありますが、動かす額がかなり大きいこと、予算を与えられ、SEを依頼、システムの構築と保守・・・そういった1つのプロジェクトを動かす統括(プロデューサーのような役割)をすることが何よりの醍醐味とのこと。それにしてもSEはどんなにいてもまだまだ需要があるとのこと。金融部門ですが、コンプライアンスの面からいっても 大企業は特に金融では、IT投資に費用がつぎ込まれるとのことですので景気の悪さなど、どこ吹く風です。これからシステムの勉強もしてゆくことになるでしょう。はっきりいって苦手です。けれども、これからどの仕事にも、必要なポイントになると考えます。一生を生きるには、好きなことをすると同時に時代の流れを掌握しながら稼ぐためにしておかなくてはならないことがあると考えます。その決め手となった理由のひとつにドラッガー氏著の「ネクストソサエティ」がありました。労働力の中核を占めていた肉体労働者、このネクスト・ソサエティにおいては、知識労働者が中核になると。それも、技術者、SEのことを特にあげていました。そして、金融システムのビジネス市場。日本の市場ではまだまだであると。6年前に出版された本ですが、現場に入ってみて、そのとおりだな、しかもまだまだあるなと感じています。たとえば、ビジネスチャンスとして。同じ派遣会社をやるにしても、普通の一般の事務系や営業系を雇う経営者もそれなりにお金を動かせますが、SEを雇う経営者になった場合、その額もやはり結構な額になることを知ることができました。SEさん自体の報酬も凄いですね。さらに今日は、高麗恵子さんの詩といだきしんさんのピアノ演奏があります「大地の声」が横浜開港記念会館でありました。アルメニアのコンサートが10月18日にあります。アルメニアはグルジアとロシアの近くにあります。ノアの方舟が下りたという、アララト山。人類が生き延びるために続く精神があると伺っています。きょうは、そのアルメニアの詩をたくさん経験することができました。最近風邪をひいてしまい、若干体調が不調でしたが、その不調の原因は、自分の気持ち・本音を生かさないからであることも分かりました。仕事は仕事として、私には幾つか本当にやりたいことがあり、そちらの方が中心であると分かったら、不調が癒えてゆきました。高麗恵子さんの詩は、本当に美しく繊細でどこまでも透明で広いです。そして、いだきしんさんの演奏は、誰の演奏家も表現できなかった次元や存在を表現する、世界でもここでしか経験できない演奏です。10月は、今日で最後ですが、11月以降にもしも機会ありましたら行くことをお勧めいたします。真理を分かってゆける経験です。こんなに面白いイベントはありません。そんなことですが、今日の日を節目とし、あと3か月 2008年を09年につなげる そして輝いて生きるときとして、明日からまた歩んでゆこうというところです。
2008.10.01
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