2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全27件 (27件中 1-27件目)
1
ここ数年、よく相談に乗るのが男女の恋愛話です。失恋と離婚。以前、40歳を過ぎた女性に離婚後の心情を吐露されたことがあるのですが、実は最もつらい。本人が全く出口を見出していないこと、他の相談内容ならば解決できそうであるものなのですが、男と女がらみの話になるとなかなか埒が明かない。最近ではつらいのでどうにかしようと本を読んだり、自分でもものを書きながら道を開いてゆこうとします。レバノンに行ったときの話なのですが、離婚をしたある女性の話を聞いたのです。色んなものを綺麗にしたら色々と見えてくることもありますよ、と部屋を掃除したりすることをお勧めしました。すると、分かってるわよ、といわんばかりに何も言わなかったのですが、思いを感じました。逆恨みっていうのかな、聞いている自分にも問題がある、ということは否めないのです、自分にも古いものにこだわる意識が恐らくあったのでしょう。その夜、アレルギーが激しく出てしまい喘息に近い状態とアトピーがでてしまいました。同じ部屋に寝ていた女医さんは私の状態を感じ、「死」とか「殺す」とかそういうエネルギーがまとわりついているのを感じたの、私もつらかった。大丈夫だった?と聞かれました。その女医さんは救命病棟の医師で、これら男女の関係が起因して呼吸困難を起こして運ばれてきたりすることがよくあるため、私が離婚した人のつらい話を聞いた、というと察知したようでした。なぜなのか考えました。胸の中に感じるのは相手の愛ではなく「思い」であるからです。しかもその思いが「うらみ」になっているから。男女の関係というのはそれほど諸刃の刃というか、愛憎表裏一体、とかいうんでしたっけ?そうなってしまうのでしょうか。好きになったからってなぜ、期待をかけるのでしょうか。見返りを求めるのでしょうか。(私も過去には経験があるから言うのですが・反省)。ひとに一方的に好きになられてもつらいということがあります。その好きというのは「思い」をかけている状態なので、その思いがかぶってきて、その世界の枠組にはめられるような嫌な感覚がするのです。「所有」しようとする意識です。それらの葛藤の行き着くところは「死」なのです。意識は集まると戦争を生む意識となります。核を造るものはきっと、こういったことからはじまっているのです。これに関しては将来探究したいところなのですが、日本では明治時代に「恋愛」という概念がはいってきて、それからそもそもあった日本の男女の美しい文化や歴史が歪んできてしまった、と見ている専門家もいるようです。それまでは純粋にひとを恋い、ありのままの互いとして認めていたといいます。恋愛はひとつのものでなく、恋も愛も別のものだった。好きならばそのひとが、御互いが輝くように道を創っていかなければ。それでも恋が未来を創るのです。先のある関係、未来のある関係を築いてゆくこと。誰しもが生きられる道を創ってゆくこと。魂ふれあって、男も女もいい男、いい女であり続けること。それが本当の自由だと感じます。ずっとあえなくても、一緒にいられなくとも、存在を認め、未来を見つめて生きる。失恋? 離婚? 自信ない? いい機会じゃないですか。もっと素敵なひとが現れるということなのだから。愛と情を分けて考えてみてください。本を読んだり、もっと綺麗にしたり、輝けばもっと素敵なひとが現れるのだから・・・。恋人がいない期間は自分を磨く時間にすればいい。PS 土曜に会ったMさん。あなたのことではありません。むしろ、あなたとの対話は、私が色々と知り、アクションを起こしてゆける大きな大きな一歩とさせていただきました。何が必要なのかわかった機会となったのです。ブログを読んでくださってありがとうございます。
2006.01.30
コメント(1)
芥川賞候補になった都立高校在学中のとき、私も駆け出し記者の頃、島本さんに取材をしたことがありました。原稿にするのに「リトルバイリトル」を読みましたが、確か姉妹とか家族のお話で文章からはあったかくてかわいらしいものがにじみ出ていると感じました。ご本人はまだ高校生で写真で見るよりかわいさがにじみでて透明感のある子のような気がしました。確か石原都知事が「期待の新人だね」とコメントしていたことに対してどうかということを質問して恥ずかしげに「はい、とても嬉しいです」と応えてくれたことを思い出します。あれから5年。あの女の子が恋愛小説を書いたと。しかも「一生に一度しかめぐりあえない究極の恋」を表現するという・・・。正直、若いし面白いものを読めるのかと少し疑問だったのですが、なぜかふと買ってみて週末に読んだのです。ナラタージュとは映画などで過去を回想するあのシーンのこと。そんな形でストーリーが展開されてゆきます。文章に、穏やかで静かな波を感じました。波というのは恋、心の揺れ動き、なのですが、凄くひとに共感できるものを書いているなぁという感じがしました。まだ20代前半なのにこういうひと(究極の恋)に会ったのかなぁと凄く不思議に感じました。私も今、ものを書いているのですが、小説に触発され、自分で感じたこと、過去の想いがエッセンスとしてあふれ出てきます。というのは私自身も経験したことがあるから共感できるのですが。そのあたりがうわーっと噴出す感じがしますね。押し込めていた繊細な部分があふれてしまう。教師と生徒、家族、友人、後輩・・・ 人間関係の微妙さをうまく描いています。リトルバイリトルを読んでも感じたことなのですが、島本さんは素敵なご家族をお持ちなんだなぁということです。お母さんとの関係については優しく、男女の関係のことにも愛情あふれて娘さんに接する部分が描かれているところからもそういったことが見えてきました。舞台が大学時代の青春時代(とは今いわないか)。爽やかで日常の中で感じる五感がよく文書に現されているなぁと関心致しました。シンプルで爽やかな印象を受ける文章、五感で感受しながらストーリーを辿ります、そして最後は激しく熱い波が押し寄せる、そして読み終わったあとは不思議な余韻が残ります。読んだあと、優しい哀しさが残りほろほろと涙が溢れました。小説の中で共感できたのは、この主人公と最も愛する人である教師の方との出会いとあり方そのもの。たぶん私は、この先付き合うひとが現れても、一生好きでい続けるのではないかなと感じのです。ただ、それは現さずに、胸の奥に秘めて生きてゆくんだと思います。そんなところに共感した「ナラタージュ」なのでした。
2006.01.29
コメント(2)
朝目が覚めると 優しさの海が広がっていた 優しさは 愛 愛は命の光 ひかりの海 ひかりの世界 地上では鳥達が歌を 天では天使達が舞う 春のやわらかな風の中に 愛しい人の声を感じる 優しい笑顔と 瞳の奥の世界に遥か彼方の宇宙を感じる 遥か遠い 宇宙 天の彼方の世界とつながる今 愛に満ちた経験を 世に伝えること 広めることが 真の未来をひらく 礎となろう 恋やまぬ 明日への希望 不安 恐れを融かし 未知なる 宇宙の彼方へ 届けよ ひとを恋やまぬ 神を恋やまぬ 激情 そなたの生きる糧となる 聖なる愛は やがてこの世を照らす光となり 世を救う 人を救う道となろう 愛の柱によりて 天地 いやさか 大いなる 宇宙を胸に抱け 遥かなる未来をその身に抱けよ 恋がそなたの未来の糧である
2006.01.28
コメント(2)
霊とかなんとか書いているうちに書きたくて書きたくて仕方がなくなってきました。この1年で随分自分の内側が移行してきたのか、新聞や週刊誌そのほか論文調のものを読むことが主体だったのですが、小説や映画、など感性にふれるものの方が自分の中に入ってくるようになってきたのです。マスコミ時代は小説がなぜか全く入ってこなかったのです。今は 日本の文学小説とか、凄く面白く読めます。詩も深く感じ、感受しています。7年前、ジャーナリスト事務所で修行の身の時にジャーナリストに言われたことがあります。「ある程度書ける様になったら 何処へ行っても同じだ。社会面でも政治面でも海外ニュースも。でも そこから先は『感性』だ。若いうちは色々と経験して修行して苦労しろ。若いうちに開花したのは 段々 引き出しがなくなってくることがあるから 若いうちは下積みで いろんなことを経験するんだ」と。半年このひとについていましたが、事務所に指のないヤクザは来るし某宗教団体の幹部は来るし、銀座のクラブには呑みに行くわで なんだかんだゆって結構楽しい日々を過ごしていました。毎日、刺激が激しすぎて知恵熱を良く出していたほどです。余談になりましたが、過去が蘇ってくる経験をこの2週間ずっとしていてあぁ なんだ 今にそうつながっていたんだ・・・ などということが分かっていくようです。取っ掛かりというか、なんというか。書き始めてあきらめていたものを再度やってみようと思います。1つ創っちゃえば早いんですがね。。。思えばいろんなひとにあってきました。一番テレビ時代にネタをふってくれた記者の先輩(在日朝鮮人の方でした)は「若いときはマズイもん食っといた方がいいぜ」。あの頃は つらかったけれども 今は分かります。。。すべてのことをひっくるめて 作品を生み出してゆきます。これで ちょっと変わった 力を生かしてゆけばいいのだなぁ
2006.01.27
コメント(2)
久々にテレビ局に行ったのですが、困ったことがありました。局での滞在時間は2時間でしたが、帰りに身体が重くなっていること、そして帰り道に霊が結構大量に見えてきてしまったのです。霊っていうのはどうやって見えるのかというと、道を歩いていて気配を感じるのですが瞬間的に人の形であったり、姿が見えて瞬時に消えてしまいます(私の場合は)。これは両親の家系譲りで、父も霊が見え、人のまわりに覆われるオーラのようなものが見えたり、UFOを見たりという人なのです。母親の家系もその気があって、霊が見えるいとこが結構います。私も3歳くらいの頃から家の近くで事故がある前や台風や何か起こる前にはわけもなくなきわめく子供でした。10歳の頃、さらに霊感に目覚めてしまい、同時にアトピーになりました。中学校1年の頃にはおばあちゃんが亡くなる前から高熱が出て、同時に毎晩女の人のすすり泣く声が聞こえたのです。おばあちゃんが亡くなってしばらくは金縛りにあう連続。首を縛られるように本当に痛いのです。金縛りだけではなく、当時ハンガーにかけてあったコートから手が出てきたりと結構その当時は恐かったですね。しかもいわゆる「幽体離脱」ということもやってしまい、身体が1mほど宙に浮いてしまい、あの時は恐かったです。家を新築するために他の家に移ったときからなくなりました。一番はっきりと霊を見たのは高校3年生のとき。南箱根で勉強研修をした施設近くで。宿泊した施設の隣は廃墟となったホテル。好奇心一杯の私は友達達と探検しにいったのですね。先陣を切って、10階建てのホテルに入り込みました。プールの跡のコンクリートは割れていて、つたがいっぱい絡まっていました。それで、ホテルのらせん階段をのぼりテラスへ出ました。のぼりきったとき、テラスから景色を眺める男の人の姿が。ん?と瞬時にぱっと消えてしまいました。一瞬頭が止まり、次の瞬間「でででででたーーーーーーっ!!!」と一目散に研修所に逃げて食堂に入り、おいてあった塩を頭からふりかけていました(お祓いの目的で)。忘れもしません。ボーダーのシャツに青色のズボン。瞬時に確かにはっきりと目に見えたのですが次の瞬間消えていました。そして研修所の管理人のおじさんに「隣のホテルはなんですか」と聞くと「お化け屋敷だよ へへへ。あそこは10年前に廃業したけど、3年前に東京からある人が来て、飛び降りをしたんだよねははは。女性だったと聞いているよ」といっていました。ところが明らかに私が見たのは男性だったのです。そこで 近所を散歩する人々に聞き込みを続けていました(このときから取材記者でした・笑)。するとおばさんが「あぁ男の人よ。死んだのは。若い人」と確かな証言を得たのです。そんなことで小さい頃から時々こういったことが相次いでいた私。それでテレビ局に行くと、報道フロアにはいないのですが廊下ですれ違うんですね。霊と。どうやら 霊はプラズマというか、電気の気質を持っているので電波を通してテレビ局に集まるらしいのです。だからスタジオに出たーということがよく聞かれるわけなのです。あと、近しい人が亡くなる前後にはいわゆる霊界とつながってしまうのか、このような状態になることがあるのです。何を言いたかったのかというと、テレビ局に行ったときもこの状態である意味波長があってしまい、見えてきてしまったようなのです。こういう状態は、風邪などのウィルスに感染しやすくなってしまい、また具合が悪くなるのです。でも、家に帰って祓え言葉(はらいたまえ きよめたまえというの)を読むと身体がすっきりしてきて、お風呂に入ると憑いたものがすーっと出てゆきます。実は病院の薬よりも私の身体はこっちのほうが治ります。あと対処法としては、その霊がなぜ現れたのか分かってあげること。言いたいことがあって真実を伝えたくて出るのですね、きっと。実態が分からないからつらいのですが、実態を分かり、霊につらかったのね、大丈夫よ、というと「ありがとう」といって霊が癒されてゆくのです。報道にいて大変だったことは、1日前か半日前かテロとか池田小の子供達が殺傷される事件とか、大きな事件が起こる前には必ず具合が悪くなってきてしまうことなのです。感受性が強いからこのようなことになってしまうのですが、他の人からは身体が弱くて仕事ができないとおもわれてそちらもつらいことでした。というよりも何より命が犠牲になるそのときが最もつらいわけなのですが。だからどう行動したらいいのかと本気で考えるわけなのです。でも人を助けようとすると、助ける力が集まって実際助かっていくことも目の当たりにしています。だからひとを助けてゆきたい。こういうことが幸いしてか、同時に多くの人に助けられることも経験しています。横浜に住んでいたとき、夜遅くなると男の人につけられたりしたことが多かったのですが、後ろから男の人に襲われそうになったときに突然大きな白い犬が現れて「わおん!」とその男に飛び掛って助けてくれたのです。他にも沢山助けられることがありました。縁というかなんというか。多くの人に助けられて今生きているのだと本当に実感しています。助けられながらも生きているので、神様と世をつなぐ者としての役割があるのだと思います。というのも、過去に生きた優れた人々の魂に出会う感覚もあって、言葉は違えども「意」は分かることがあります。本当に言いたかったこと、歴史の真実。ただ、むやみやたらにこういうことをすると危ない、とひとに言われたことがあるし、精神病院に連れてかれそうであまりいえないのですが、歴史上の人物と出会ってる感覚というのも分かります。だからものを書きたくなったりするわけですね。霊について書いたのですが、私はこのことをひとに話したり、表現していると身体がとっても楽になるのです。逆に地に足がつきます。想いを残して死んでいったひとは愛する人になんとかして伝えたいことがあります。実はなくなっても魂は一緒にいるんですね。取材のときはこの力をある意味活用していました。ひとを取材して、ひとと話をしてからその情報が寝る前やある瞬間に突然映像で頭の中で描かれてくるのです。しかも感情と心も同時に共感してゆくのです。そのことを分かり、取材の中で話をしてゆくと、その人の気持ちがありのまま表現し、放送できるのです。この力が活用できるとき、私は元気で健康になってゆくのです。関係あるかないか分かりませんが、ひとにマッサージをしてあげるのが得意なのですが最初は人のつらいのをうけて同時につらくなるのですが、マッサージをしてあげていくうちに向こうが元気になるとそれが返ってきて私も元気になってくるんです。こういう資質って一体なんていうんだろう。話せば長くなるのでまたこの話を書いてゆきます。
2006.01.27
コメント(1)
頭で考えるより、身体と心はいつも一緒に生きるひとを探しているような気がします。1人で居る時間が多かったこの1年を過ごして凄く分かってきたことなのですが、家族とか家庭のあったかさがあって、仕事で活躍したり、真に世の中の役に立ったり・・・。そんな場所が人には必要なのではないかなぁということです。自分自身も、仕事が一番良くできて、一番調子が良いときは一緒に居てくれたひとがいました。不安が心の中から全くなくなってしまうから、アトピーやアレルギーも、でなくなるんですね。そして自信を持つことができる。相手の気持ちも何も分からないとき、不安になって 精神が安定しなくなってしまって心の安定がはかれないから 身体に不調になって現れてしまうのです。本当にこれはぶっちゃけた話になりますが、身体に触れ合う機会があった方が身体も健康なのですね。でも哀しいかな、一番好きな相手と結婚したいのは本当の気持ちではあるけれど、必ずしもそうではなく、一緒になれないのかなぁと境遇を考えると 心が痛くなってほろほろと涙が出てしまいます。一緒にいて、時間を共有して産み出すものがあるから一緒にいる意味があるのであって一緒に居る場所を作るために頑張ること、この意味が分からなくなってきてしまったのです。だから場所を創ってゆこうと思います。そして温かい家庭をつくること、もしくは家庭のような温かい空間を創出できる場所を。愛から生まれる 優しさだったり・・・。優しさは調和。将来は、優しくて素敵な奥さんになりたいなぁ。それでだんなさんを支えてゆきたいなぁ。結婚にこだわらずとも、素敵な男女の関係でありたい、美しい姿であり続けたい、そんな風に想う今日この頃なのでした。珍しいなぁこんな風になるなんて。
2006.01.26
コメント(6)
匂い立つ 桜が待ち遠しいこの季節ずっと求めていた何かに出会えるような 懐かしくて 愛しい想いがあふれる1月なのに 風の中に 春の薫りを感じる春になるとまた会えると 信じて 桜の下で別れた 愛しい人を想い出すかのようにどんなに忘れたくても 忘れられない 記憶のようで風を感じると 胸の奥に 声が聞こえ その存在を確かに感じる 遥か遠い いにしえの記憶ずっと過去に とじこめてしまった想いが あふれてきたような不思議な感覚がしていて その感覚を思い出してしまうと涙がこみあげてしまう悲しすぎる記憶だから 心の奥に閉じ込めてしまったのかその風景を思い出すたびに わけもわからず 涙が溢れて こみあげてきてしまいます― 既視感 デジャヴュ -毎年 毎年 そのひとにあえる気がして 探して 春が来るたびに 探し求めているそれは特定の男性というわけではなく もしかしたら ひとを好きになって すべての男のひとの中に存在する ある何かなのかも知れませんそんな愛しさを胸の中に感じている 今日は不思議な日なのです
2006.01.25
コメント(1)
観終わった後、最後の余韻が胸の中で回想されて何度も涙が溢れてしまいました。映画「SAYURI ~memories of Geisha ~」。あまりいい評判を聞いていなかったので見る気がしなかったのですが昨日、ある方のお薦めで見てまいりました。感想を一言で言うと、観てよかったし、私は感動しました。無理矢理両親から引き離され、姉妹共に芸者の道を余儀なくされる千代(後にさゆり)。最初は「おしん」の世界を彷彿とさせる女のいじめの世界が描かれています。ドロドロの嫉妬と羨望。そして運命の出会い。同じ日本を表現する映画でも、昨年見てその映画の繊細さに感動した「春の雪」等の邦画には出せない、ハリウッド独自の華というか、演出の凄さは見事だったと思います。外国にいるひとのイメージで日本を表現する映画を作った、という印象は否めず、人によっては入り込めない印象を抱く人もいるだろうな、と感じました。すべての役者が英語でしゃべりますし。でもそそもファンタジーの世界であると監督が表現していたそうですね。でもさすがハリウッド。豪華絢爛な着物やセットには思わずため息が出るほどでした。キャストも良かったと思います。チャン・ツィーが日本人芸者を演じるために最初はえ?と思ってみる気がしなかったのですが、変な初々しさあり、かわいさあり、着物もちょっとぎこちない感じの独特なオリエンタルの雰囲気が出ていてなかなかでした。渡辺謙も憧れの男性演じているわけですが、包容力というか、その役柄どおりに引き込んでゆく魅力あり、さすがだと思います。桃井かおりは置屋のお母さん役なのですが、相当悪い感じのあの役には相当ハマっていました。さゆりの宿敵芸者演じるコン・リー。激情を秘め、感情を吐き出し当り散らし周囲をその渦に巻き込んでゆくその悪女ぶり、その演技力は凄いと思いました。個人的にはコン・リーって小雪の性格悪くした感じだなと感じました。そして。演技が圧巻だったのがさゆりのお姐さん役のミッシェル・リー。その存在を知らなかったので、日本人女優かと思ってしまうほどその立ち振る舞い、演技が洗練されていてこの人の存在に息を呑み、表も内も美しいこの人に見惚れてしまいました。役も気立てのいい、人格者というおいしい役なんですが、高貴な空気、その存在感といい、本当に一流の女優さんなんですね。そういえば、舞の海も相撲シーンで出ていましたね。私がこの映画で一番印象的に残ったのは「男と女のあり方」です。絶望、生き地獄のような世界の中で生きた千代(さゆり)。しかし、ある日の運命の出会いから希望が生まれて真に生きる力を見出してゆく。男と、女からはじまっているんです。生きる原動力となり、どんどんイイ女になってゆくさゆり。手の届かないような人を好きになる、磨かれ、どんな嫉妬にも困難にもめげない。そんなひたむきさと純粋性を持ったこの女性を描いた原作を素晴らしいと感動いたしました。芸者の世界には自分の人生はない。人を好きになれない。「水揚げ」という儀式により一人前の芸者と認められるわけですが、一夜とはいえ、好きではないひとと結ばれなければならない運命。これは芸者として当時通らなければならない道なわけなのですが、女として生きて凄く哀しいことだなとしばらく考えてしまいました。エンドはハリウッドらしい結末です。この映画で男と女のあり方について希望を感じました。人を純粋に愛するという気持ちからすべてがはじまった。その出会いから、さゆりが生きる意志を持ち、一流の芸者となり、女となっていったんですから。そもそも私は生まれ変わったら芸者になりたいと思うほど、花柳の世界に興味を持っていたので面白かったです。そして、「女」とは何だろうと、たしなみや振る舞い、お仕事やお洋服、いろんなことを見直すきっかけとなりました。日本人が「恋」をして創ってきた歴史、文化、それらのことをこの映画を見て再発見した感覚がありました。女は女に、男は男に・・・
2006.01.23
コメント(4)
またまた嬉しいニュースがあります。こちらのブログにもきていただいていて美容室を経営されている方の姪っ子さんがなんと、坊ちゃん文学大賞を受賞され、このたび「ダ・カーポ」に掲載されています。タイトルは「ゆくとし くるとし」。大沼紀子さん(30)という方です。土曜にあることがあり、落ち込んでいたのですが、その方に電話し、このことを教えていただいたのです。不思議なのですが、この方に色んな情報をおえしていただいて実際その通りにアクションを起こします。すると、今の自分にとても必要なメッセージであったり、力がこんこんと湧いてくる状態になっていくのです。その方に電話するとき、実は落ち込んでいることが多いのですが(笑)。今回はその方の姪っ子さんが受賞されたとのこと。自分のように嬉しく、自分自身も希望の光を感じた出来事でした。で。急いでTUTAYAに走り、ダ・カーポを購入し、家に帰って読み始めました。少しだけ紹介しますね(ぜひ読んでみてください)。椎名誠さんらの論評もよい。そして本人から受賞を受けてのメッセージ。「私の母は土壇場で自宅兼助産所として機能しています。そしてその家に父はいません。わたしたち家族の絆は曖昧で頼りなく 時々私を不安にさせます。けれど、ちゃんと自分達がつながっていると思える瞬間もあります。この物語を書きながら、私はその瞬間を、見つけることが出来ました。家族とつながるということ、他人とつながるということ、世界とつながるということ。難しくも単純なその行為を、私なりに書いてみたのだと思います」実際、読み始めると会話のテンポ、しっかりとした文章。はやりの言葉を使いながらもしっかりとした語彙の選び方。せりふ。文節の編みこみ方、展開の仕方・・・。凄く上手。年末の実家にオカマが突然いた、という設定は突然すぎるという印象がなく、自然とかつ巧妙に面白くその世界に入り込めました。社会背景的な「ニート」とか若者のやる気がない症候群とか、論評には作家がそのことを書いていましたが、素直に書くことでそれが家族との絆がつながることによって回復してくる・・・。そんなことなのですが、凄くあったかいものを感じ、最後はほんのりと優しい、誰をも許せるような不思議な気持ちになったのです。内容は内緒ですが、宜しければこの新人の方の書いたものをぜひ読んでみてください。あと、調べていて分かったことなのですが、この方は青山のシナリオセンター出身。実は私も4月から半年間通ったのです。途中でカメラマンとか編集に私は力を注いでシナリオを書かなくなってしまったのですが、なんだか書いてみようという気持ちが再燃してきたのです。取材記者として、歴史的史実も調べたり、知ることが好きな私は、壮大な歴史小説を書くことが夢ですね。司馬遼太郎さんのような(笑)。そして映画、ドラマ・・・いろんなことを創出していきたい。そのためにも大沼さんに習い、私も自分から積極的に世に提示したり、ものを生み出していくことをしてゆこうと、とーってもとーっても元気になり、嬉しくなった出来事なのでした。ほんっとーーーーに嬉しい! そして作品も本当に面白かったです!教えてくださってアリガトウございました!原さん。
2006.01.22
コメント(2)
お肌がつるつる すべすべ ピチピチ。すべすべのお肌だと幸せを感じるし、自信が持てるようになるもの。身体やお肌にあうものは身体になじむようになってお肌も喜んでいるのが分かります。最近、スキンケア用品全般をハーブのものにしてみたら、アトピーもひいて凄くいい状態なのです。ひとつはmarks&webのハーブの石鹸。レモングラスを使っていますが、普通の石鹸よりも保湿効果が高いというのか、肌に刺激少なく、乾燥でいたんだ肌にとても優しく香りもよく、お気に入りのひとつです。ボディクリームにスキンケアも皮膚科のものからこちらに移行してきました。そして。ブログにリンクしている武蔵野式部さんが紹介していたヴェレダのボディオイル。サロンは青山なのですが、土曜、自由が丘のHACで商品を発見し、早速5種類のお試しセットを購入してみました。ヴェレダというブランドはシュタイナー哲学により研究されているとか。スイス生まれでその哲学者であるルドルフ・シュタイナーが提唱した人智学の考えに基づいているのだとか。大地と植物と宇宙のエネルギーを人間の身体に取り入れることで、本来持っている自己治癒力を取り戻すことができる、という発想からつくられたそうです。で、オイルには、太陽や月のエネルギーを吸収した植物のエキスがつまっていると。フランスで穏やかな風を受けながら育ったラベンダー、アンデス山脈で太陽の熱をたっぷり浴びたワイルドローズ。ビタミンいっぱいのシトラスとか、お肌と身体が商品を使っていくうちに喜んでいくことが分かります。というのも実はわたしはとても敏感肌で、ベビーオイルでさえ結構かゆくなってかぶれてしまうのです。が、こちらのオイル、塗ると香りがふわーっと広がってしかも肌になじんでいって幸せな感じが広がるんです。植物の花・葉・根の3つの部分と人間の身体のシステムが対応しているという発見をしたそうで、植物の花・葉・根の3つの部分と人間の身体のシステムが対応していることです冷たくて硬い根の部分は、人の頭部に集中する感覚神経システムに。呼吸をし、太陽エネルギーを吸収する葉の部分は、胸部の呼吸器系、循環器系システムに。花と実の部分は、再生代謝システムに、というようにそれぞれ深く結びついているといいます。この3つのシステムのバランスがとれていれば人間は健康体。そのため人智学療法では、植物のどの部分をどんな病気の治療に使うかを考慮するそうです。人間と自然界のエネルギーを融合させることで、植物の強い生命力や癒しのパワーを送り込むことができるとのこと。歴史あり、徹底した有機栽培、厳選された素材等のエピソードにほれました。なにせ、肥料にもこだわり、大地の感受性をはぐくむことからはじまり、宇宙の力まで取り入れ、地球と植物のリズムを考えて栽培することはシュタイナーが提唱した、まったく独自の農法だそうです。 天体や地球からの力を受けやすくなり、それによって植物のパワーもさらに高まります。 バイオダイナミック有機栽培農法は、宇宙や地球や植物が持っている、特定のリズムを尊重します。大地は朝になると息を吐き、午後になると息を吸う、という一日のリズムがあります。そして薬用植物には、朝に植物内の液流が上昇するリズムがあり、収穫はその時間にあわせて行います。また、天体(太陽、月、星)の運行リズムに照らしあわせて、種まきや収穫の最良のタイミングを決定しています。このように、バイオダイナミック有機栽培農法は大変な手間と時間のかかる方法で、決して効率的ではありません。しかし、こうして育てられた植物は人に、肌に、その生命力を吹き込み、生き生きと輝かせてくれるのです。スキンケアもそうなのですが、最近、食べるお野菜を変えるようにしたのです。家の近くに全国から厳選されたお野菜を提供してくださる八百屋さんがあるんですが、野菜のエネルギーがスーパーで買うのと全然違う。実際、野菜に味がしっかりあるし、いい土地で育った元気な野菜がいっぱい並んでいます。わたしはここの八百屋さん以外の野菜をあまり食べられなくなりました。こんな野菜中心な食生活が心身の健康にもつながっているようで、元気なものを食べれば元気がでる。これから元気いっぱに生きていける、そんなことを実感して幸せをひしと感じるい日々を過ごしているのでした。いい仕事はいい食生活から。いい恋も。健全な身体に健全な精神が宿りますからね!
2006.01.21
コメント(3)
何かものを創って自分自身の存在を表現すること。ケーキ作りが得意な人はケーキ屋さんをしたり、歌が上手で詩をかいて創って歌ったり、売る人が上手な人は 営業をやっていたり、子供好きな人は保母さんをやったり、文章を書く人は本を書いたり・・・人が喜ばれることで 自分も好きでやれること、そんなことが自分の「仕事」で 道を創って磨いていくということは素晴らしいことだと感じます。人生と仕事。人生と仕事があっていると力が出てくる。お金も稼ぐことができるし、元気が出てくる。それがすきな人たちとできたら とっても幸せです。元気が出るものを創って 自分自身も元気になって。そしたら本当の意味で 日本の経済が活性化する。人間関係も良好になって 男女の関係もきっともっと豊かになる。「好き」にもっと素直になって もっともっと稼げるような自分になろう。今日は 久々に身体が凄く軽くて 安心してよく眠れる日。生きることにふつふつと喜びがあふれて 広い未来を 感じる不思議な空間を感じる日なのです。 いい時代、なのですね。。。
2006.01.20
コメント(4)
朝から嬉しくて、嬉しくて。というのは、3年前に企画取材したニュース特集が来春映画になるという知らせを取材先から聞いたのです。特集の話は犯罪被害者の取材、そのひとつで遺族のお母さんのお話。ひとり息子が一浪して早稲田大学に受かった春、息子が飲酒・無免許・スピード違反の車にはねられて即死したのです。そのお母さんは夫をすでに病でなくした一人身。彼女は 必死に社会に呼びかけ、2度と命が犠牲にならないようにと交通量刑改正を訴え、中心となって署名を集め、2年後(2001年11月)には実際に、法改正となった。その時点でもニュースになったのですが、全国での署名活動と共にやってきたことがあった、それは3年後に実を結んだお母さん自身の早稲田大学への合格。息子の意志をついで入学。3度目の春についに叶ったのです。主役のお母さん役は、元キャンディーズの田中好子さん。息子さん役は全国オーディションだそうです。柔らかく、そして芯のあるお母さんに田中好子さんはぴったりだと感じました。田中好子さんとは縁があって、わたしがはじめて企画取材したとき、ナレーションをしてくださったのが田中好子さんだったのです。朝。ふと感じたのは、わたしが中学1年の頃から大親友で高校も部活も一緒だった舞由ちゃんの存在。彼女は高校を卒業した次の春、交通事故にまきこまれて死んでしまったのです。中学はテニス部、高校は映画研究部で、私は高校時代、彼女に誘われて映画研究部に入ったのです。彼女も19歳でした。あれからもう、ちょうど10年がたとうとしています。この取材をしていく中でいつも彼女の存在があったような気がします。そして「映画」という夢も彼女の存在がなかったらこんなにまでわたしの中で大きくなっていなかったかもしれません。映画の存在を通し、大切なひとにも出会いました。 ― 夢はみんなの愛で育つもの ― こんな言葉が浮かびました。ただ、今の自分に凄く悔しくなって昨日はずっと悔し泣きをしていました。潰されるとかマスコミにいてつらかったのは、自分の目標が定かでなかったからで、本当はもっともっと人の役に立っていきたい気持ちがあるからです。テレビの電波も取材費も。まっとうに生きて、まっとうに頑張っている人たちを応援し、心の真実を通して愛を表現する。こんなことをしていきたかった自分は今そうでないので、ただただひたすら悔しいのです。それに、自分のしてきたことにふたをして次へ進もうとしていましたがそうではない。逃げずにもっともっといい仕事をしていきたい。そんな本音も生まれていきます。「つぶされるんじゃなくて今度は1番になりたい」これが本音です。自信。自分のしてきたことが間違えではなく、正しかったこと。ゆるぎない自信につながり、もっともっとわたしは自分の感じたことを表現し、積極的に動いていゆく、動かしてゆこう、そんなふうに感じています。 転機。チャンス。飛躍。生まれ変わります。 最後に。いつもこちらにきて読んでくださっている多くの方々、I modeで読んでくださっている方や、年賀状に「たまに読んでる」と書いてくれて子育てをしているお友達・・・。会社から時々見てくださるお友達、本当にありがとうございます。今、感謝でいっぱいです。
2006.01.19
コメント(4)
ご無沙汰をしておりました。金曜夜から高熱を出して寝込んでおりました。誕生日だったのでブログのひとつも書きたかったのですが、世の中が騒がしいので・・・。ライブドアに強制捜査とのニュース。証券取引法違反で犯罪としてひとつの枠組みにおさめられるわけではありますが、とあるニュース番組で経済評論家は「罪が曖昧のライン」として話していました。それに、この一件でテレビの全局と新聞各社を総動員させ、国民を扇動させてゆく役割があるのならば、一体日本全国のどれほどの企業が有名になるのでしょう(罪を肯定しているわけではないのであしからず)。 さて。今日はマンションなどの耐震強度偽装事件に絡み、国交省によるヒューザー社長の証人喚問。民主党は20日開会の通常国会の重点課題として、耐震強度偽装事件の解明を掲げ、特に「事件への政治家の関与を明らかにする」(長妻昭・国交委理事)として今日の証人喚問で新事実を引き出し、伊藤氏の参考人招致に結びつけたい考えを示しました。そうそう。「ヒューザー」が販売したマンションの管理業務を、元国土庁長官の伊藤公介衆院議員(東京23区)の三男(26)が経営する会社が昨年、請け負っていたことが分かりましたからね。その会社は伊藤元長官の妻や公設秘書を務める二男が役員に就任。耐震データ偽造発覚の直前、伊藤元長官はヒューザーの小嶋進社長を伴い、国土交通省課長と面会したことが判明しており、両者の親密な関係は、17日に衆院国土交通委員会で行われる小嶋社長の証人喚問の焦点の一つだということです。 ライブドアの捜索はもってこいの自民党の「カード(切り札)」ですね。確かにマスコミを抱き込めばこれほど強い味方はない。人々の意識をライブドア捜査に集中させて、真実を少しでもふさぎこませようというやり方・・・。以前、選挙前のジェンキンスさん来日の件でもそうでしたが、曽我家もホリエモンも自民党の政治のカードという認識なのでしょうか。ジェンキンスさん来日の際には、日本人特有の「感情論」で扇動していくというやり方でしたが、うーん。なぜ、のちにわかるようなやり方をするのだろう。それに巻き込まれた方々はある意味被害者だと。 それで。何を言いたいのかというと、報道の自由は日本には基本的にないそうです。週刊誌によるスキャンダルも、テレビ報道も。某府のトップシークレットだそうなのですが、世にだされる報道はすべて握っているキーマンがいる。そんなことで、やはり大切なのは、国民1人1人が賢い頭で真実を見抜く感性を養い、不正は徹底して排除し、公正な国のあり方を見出していくことなのではないかと思うのです。公正な国のあり方とは、ひとりひとりの生命を守るという憲法の下に成立されているか否かということなのです。真実を見抜く人たちの力が強くなると、国も何事もおろそかにできなくなりますから。奇しくも今日は阪神大震災の日。あれだけ多くの建物が崩壊し、あまりにも多くの方々が犠牲になられました。大切なのは同じことを繰り返さないことです。国会議員さん、耐震偽装問題に関与した会社の人々へ。隠蔽も、人を傷つけることも、人の命を傷つけることもいらない。人間の命が中心となり、良い街づくり、良い国づくり、良い未来が開かれることを切に願います。
2006.01.17
コメント(6)
14日は29回目の誕生日でした。が。朝から大雨とお昼は地震、夕方は冬なのに雷。そして金曜夕からの高熱。わたしは滅多に熱が出ない体質なので熱が出る状態がよく分からなかったのですが、節々が痛くなって、12日から頭が痛くなってからだが妙に熱く、5年ぶりくらいに熱が出たことを分かりました。土曜はそんな中どうしても銀座に行く用事があり、這うようにしていってきました。熱があるのに気づいたのは銀座から帰ってきてからでその後3日ほど寝込んでいました。1日目は深い眠りについていたのですが、あとの2日間は子供時代の記憶があんなことも、こんなことも蘇ってくる連続で眠れずに困りながらもなんとも不思議な感覚でした。子供の頃、家の隣にあった大きな駐車場があったのですが、その端っこにあった大きな木。これに登って遊んだり、子供達はこの木のまわりに集まって遊んだ。けれどもそこに大きなマンションが建って、伐採されてしまったこと。父親から「ものにはすべて命が宿っている、生きているんだよ」と教えてもらったこと。10歳の頃。絵を描くのが大好きだったのに、突然先生におこられてそれから自信をなくしてしまったこと。これらがずっとずっと流れてくる感じなのですね。子供の頃の感覚が不思議と五感で蘇ってくるような感覚なのです。夢を抱いたことも、同時に何が原因であきらめて辞めてしまったのかなどが鮮明にわかるようになってきたのです。「何があって、どういう反応をしたのか」という潜在的な感覚が蘇ってくるようになったのです。それが「今」を形成していることにひとつ、ひとつ理解できて、まるでそこから溶かれるような感じがしてくるのです。不自由が溶かれて自由になるというか。今は、過去を自由にいきかい、未来を創る上での転換点にいるのかなとふと感じたのです。子供の頃から自由を求めて生きてきた日々。大人になって何が「自由」なのか分からなくなり、決められた場所で、決められた時間仕事をし、決められた給与を貰い、生きる日々。お金の遣い方も限定され、これで不本意だということに気がつきました。もっと自由に稼ぎたい。もっと自由に表現したい。自由っていうのは自分本位の自由じゃなくて、人も助かる自由。たぶん、平和な状態のことじゃないかな。このブログにリンクさせていただいている2人の方が書いたお話しがあって素敵だったのでご紹介します。ひとつに黒猫タンゴさん。「お金儲け」に対する意識について書いておられます。★★★年末から年始にかけて、『ホツマツタヱ』やら『古語拾遺』、『日本書紀』などをパラパラめくっていて、ある注釈に目が止まりました。そこには「『もうける』は、創造すること」と書いてあったのです。そうか、そうだったのか! と私は手を叩いていました。「もうける」という日本語は、もともとは何もないところに新たなものを創り出すことを意味していたのでした。だから「宴席を設ける」のも「橋を設ける」のも、「お金を儲ける」のも、「子供を儲ける」のもみんなないところに創り出すから「もうける」なのです。そしてもうひとかたは、証券会社時代の同僚で今は某会社の社長をしています。スケジュールについて書かれています。★★★全て逆算から考える。これが、スケジュール、計画の立て方の基本。今年は、いつ仕事納めをするのか。毎月の社内行事。具体的な出張日時。新製品の開発から販売までのスケジュール。そして、売上の数字。これらを全て勘案して、逆算をしていくと必然的に自分が何をしなてくはいけないのか。どれくらいの時間が必要なのかが見えてくる。自由を実現するのに必要な情報が入ってくるのです。そうそう。今までの意識・固定観念が解かれて自由になる感覚! 失われたときが見出されたときにかわる瞬間(のような?)。年間計画を立てよう、3年間計画を立てよう、見直そう。具体的に見えてくることがある。日々、朝起きるのも楽しく、寝るのも楽しくなる。せっかく生まれてきたのだから楽しく生きよう! ということで 創造的に生きることを分かり始めた29歳の誕生日なのでした。
2006.01.14
コメント(6)
みなさんにとって 最も幸せなときは どんなときですか? 美味しいものを食べているとき 寝ているとき 遊んでいるとき 仕事を達成したとき ひととわかりあえたとき たくさん・・・ わたしは 一番大好きなひとと一緒にいるときが一番幸せです 一番そばにいたくて いつでも一緒にいたいひと そのひとが一緒にいたら わたしは世界で一番の幸せ者だと感じてしまいます 誰と共に生きているか こころの中で一緒に生きているひと こころの中に住んでいるひと そんなひとがいますか 嫌なことがあっても 嫌なことをされても そのひととあった瞬間 すべてを忘れてしまう すべてを許してしまう 誰しもを愛せる 許せる 自分になっている 魂の片割れのような存在 でも ずっとそばにいて一緒にいることより 一緒に 道を築いてゆけたら 一緒に 未来を築いてゆけたら もっと 幸せです 幸せな未来を 創ってゆきます 共に歩み 共に生きる 優しい愛を ありがとう
2006.01.13
コメント(4)
◆老朽化した核弾頭を交換米国は核兵器貯蔵管理プログラムの下、老朽化した核兵器を検査している。巨大な電子加速器を使い擬似核弾頭を爆発時の高熱や高圧にさらし、X線写真を撮影。次にスーパーコンピュータがデータを処理、核連鎖反応の爆風に、核弾頭の部品がどれほど耐ええるのか計算する。その結果に自信を持った研究所は「W76」と呼ばれる30年前に製造された核弾頭の部品を一部交換し始める。部品交換により寿命を30年延ばす計画である。ところが、そこで誕生したブッシュ政権は、新規実験なしで貯蔵兵器をどれだけ維持できるのか疑い、製造設備復活と新兵器開発を決意していた。同政権が2001年に行った調査は、イラクやイラン、北朝鮮、シリアなどの敵国となりかねない国を挙げ、地価の標的をとらえられる兵器や「2次被害」を減らす威力の弱い核弾頭など、多様な核兵器保有の必要性を訴えていた。この調査報告は、旧ソ連を抑止した巨大な核弾頭は現在の敵国に対して効果を持たないとまとめていた。そうした国は、たとえ報復攻撃であれ、数十万人の死者を出す兵器を米国大統領が使うとは考えないだろうからだ。この機密報告書がろうえいした時、騒動が持ち上がり、批判派はブッシュ政権は通常兵器と核兵器との線引きを曖昧にしていると責めた。米政府高官らは、彼らは報告書を読み違えていると反論。報告書は全体的な核保有の規模を減らし、通常兵器への依存度を高めることも求めていると指摘。新兵器の研究に関する政権の提案は当初、議会の抵抗にあわなかったが、2004年、思わぬ敵があらわれた。デービッド・ホブソンという名のオハイオ州選出の共和党議員。核兵器計画の予算を管理する外院小委員会をひいきるホブソン議員は、研究所の運営問題やお粗末な安全管理に批判的で、何よりも核バンカーバスターに反対した。「他国に向かって 核兵器を絶対に作るなといいながら、我々は卓越しているので最新兵器を持つとはいえない」。彼はブッシュ政権及び上院エネルギー委員会委員長のピード・ドメニチ議員を相手に回し、既存の核弾頭のまわりに硬いからを取り付ける核バンカーバスターの予算承認を阻止。ホブソン議員はロスアラモスの科学者が売り込んできた、より頑強な核弾頭を推している。その方が技術的に理にかなっており、核弾頭交換は「我々が既に持っているものを置き換えるだけで、追加的な役目はないため、国際社会に説明しやすい」という。2005年春までにブルックス局長も核弾頭交換を支持するようになった。彼は議会証言で、高信頼性置換弾頭プログラムは「従来と異なる軍事能力を発揮する」核インフラになると述べた。05年、米政権が信頼性の高い核弾頭の研究に940ドルの予算を求めたとき、議会はホブソン議員の働きかけを受け、その3倍近い予算を承認した。実際、どんな核弾頭になるのかは、定かでない。ロスアラモス研究所とローレンスリバモア国立研究所(カリフォルニア州)の科学者チームは今、互いに設計を競っている。彼らは、爆発力はW76並みにとどめながら、より強力な「W88」並みの大きなボディーを持つ核弾頭を設計するよう要求されている。◆ 地下実験も水面下で準備マーツ氏によれば、これが可能になったのは冷戦終結のおかげだという。米国が旧ソ連と対峙するために1つのミサイルに核弾頭を10個つんでいた頃、研究所は最も協力な 核弾頭を最小限の重量で作るよう求められた。そのため彼らはリスクを取り、プルトニウムの量を最低限まで減らしたりした。軽量化の条件がなくなって、科学者の選択肢は増えた。プルトニウムピットを軽量だが有害のベリリウムで覆う変わりにチタンのような重い金属を使えるし、核弾頭を盗んだテロリストが容易に起爆できないよう、強力な安全装置をつけられるようになった。マーツ氏いわく、重い兵器を作る自由は、ほかの不確かな要素を補って余りある。その結果、こうした変更は実験を必要としないと彼は考えている。もっとも、先々実験の必要性が生じないとは保証できないという。実際、ネバダ州の政府地下実験施設は密かに準備を進めている。この実験場は仮想実験を行うことで存続してきた。砂漠の地下300mのトンネル内で老朽化したプルトニウムのサンプルを核連鎖反応を起こす寸前まで加圧する「未臨界実験」を行うのだ。06年早々、彼らはロスアラモスで試作したプルトニウム起爆装置を深さ180mの穴に下ろし、臨界状態寸前の爆発を起こす。実験は作業員や技術者に訓練の機会を与えることにもなる。こうしたシュミレーションは、ブッシュ政権が核実験を再開したり、新たな軍事設備を築く布石にするのではないかという疑念を呼び起こす。「彼らは信用できない。我々が注視していなければならない」とホブソン議員は言う。堂拠点に駐在するロスアラモス研究所の首席エンジニア、ラフィ・パパジアン氏はそうした懸念を認識しており、「国務省と協力して、核実験のモラトリアムを破るつもりはないことを各国大使館に説明している」と話している。(the wall street journal 2005 Dec 14 , Dow Jones & Company, Inc)さて。先月のバックナンバーになるが昨年12月の「文芸春秋」には、警告リポートとして「奪われる日本 ~米国の日本改造計画『年次改革要望書』がメインテーマになっており、これからの米の年次改革要望書が掲載されている。つまり、米の年次計画によって日本も動いてゆくというのだ。今週末にでも図書館で読み解いてゆこうと思う。ご興味ある方はぜひ、見ていただきたい。自らもブログにポイントを掲載したい。
2006.01.12
コメント(0)
フジテレビ News Japanの「インサイドアメリカ」。米が北朝鮮とイランに核廃棄を求め、その実態を明らかにしていくという内容だった。フジのこのコーナーはこの問題に時々取り組んでおり、分かり易い。さて。今週の「日経ビジネス」のある特集ページに~ 米国が新型核兵器を開発 ~ the wall street journal~ とある。これは多くの人が知る必要があると感じ、本文をそのまま書く。(以下)ニューメキシコ州ロスアラモスで原子爆弾が生まれたこの僻地で新たな疑惑が浮上している。米国には新しい核兵器が必要か -。冷戦が終わって妬く15年、米政府が他国に核保有抑制を求めている時にジョージブッシュ政権は「イエス」と答えている。ブッシュ政権は、次世代核兵器に関する研究予算を通すよう議会に求めてきた。議会は2度、地下に埋められた武器を破壊する核バンカーバスターの開発計画を却下したが、2005年11月、大して議論もせずに信頼性の高い核弾頭の研究に2500万ドルの予算を認めた。米国は1980年代後半以降、新しい核兵器を製造しておらず、92年以降、実験もしていない。米政府は、冷戦時代の兵器は維持が難しく、国が今直面する敵とは違う敵を想定して設計されたものだと指摘。「今始めるならこの種の兵器は持たない」と米エネルギー省国家核安全保障局の局長は言う。 ブッシュは米国の核兵器保有を大量に削減し、長距離核弾頭を2012年までに約2200発に減らすことを公約しているが、国防総省は技術的な障害をロシアの再興に備え、予備の核弾頭を3000発維持すると見られている。局長は、信頼性の高い核弾頭と兵器製造設備の復活で予備保有を大量に減らさせると語る。 反対派は、米が北朝鮮とイランの核計画の放棄を迫っている時に米が核兵器を増やしていると思われたら国際的な信用を失うと主張。「自分達は核兵器を近代化するが、あなたたちは持つなとはいえない」と国際原子力機関(IAEA)のムハンマド・エルバラダイ事務局長は言う。 技術上の合理性を疑う向きもある。現在米国は年間数十億ドルかけて現存する兵器を監視、延命しており、批判派曰く、維持補修に多少変更を加えるだけでもっと時間を買えるはずだ。実験をせずに新兵器を製造すること。ブッシュ政権の目標は、武器の信頼性に対する疑念を深めるとの声もあがる。「実験されたことのない核弾頭が1000回以上実験された兵器より信頼性が高いというのは理解しかねる」。スタンフォード大学名誉教授で武器問題に関する政府諮問機関の要人はこう話す。ロスアラモス科学者らも議論を重ねる。化学エンジニアのジョー・マーツ氏は、新技術によって、製造が可能で維持費が安く、保管が安全で実験を必要としない核弾頭を作れるという。一方、彼は国防総省が提案する核バンカーバスターには断固反対。核兵器を使いやすくする変更は、それが何であれ「不安定」だというのがその理由。国防総省が1942年、ロスアラモスを原爆秘密計画の実験場として選んだとき、ここには農場が数軒と農場学校くらいしかなかった。米軍は新しい街のまわりを有刺鉄線で囲い、その中の研究所も有刺鉄線で囲んだ。科学者達の家族からさえ秘密を守るためだ。科学者らは今、スキルの劣化を懸念しており、「本当に恐ろしいのは地下実験経験のある(核弾頭のプルトニウム起爆装置の)設計者が研究所に2人しか残っていない」と研究所幹部は語る。米国が核兵器の製造をやめたのは、意図せぬところだった。80年代後半、冷戦が終結に向かうと、聖域とみなされていた武器工場も監視の目にさらされた。議会と環境団体の圧力を受け、米エネルギー省は88年、全米十数州の施設で放射能や有害物質による公害を引きおこしていることを認めた。翌年、不法投棄と文書偽造の捜査を進めていた連邦捜査官らは、プルトニウム起爆装置を製造していたロッキーフラッツ工場(コロラド州)に立ち入り調査し、閉鎖した。初代ジョージブッシュ大統領は、再選を狙う92年の大統領選の最中、議会の決議をしぶしぶ呑み、核実験のモラトリアムに合意した。そして90年代半ば、核実験禁止条約に意欲的だったクリントン政権は、爆破実験なしで貯蔵核兵器の信頼性を維持するための技術開発に数十億ドルの予算を投じることに合意。爆破実験を1000回以上行っても、科学者らは爆発から数十億分の1秒の間に核弾頭の中で何が起きているのか十分理解できなかった。15~20年おきに交換される核弾頭の老朽化の影響についてはそれ以上に知識が少ない。(後半へ続く)
2006.01.12
コメント(0)
昨日おとといと、尊敬している女性経営者の方のサロンに参加しました。素敵なお話があったのでぜひ皆さんにご紹介したくて書きますね。これまでは芽が出ても、潰される時代だったと。芽が出て、育って、でも踏まれてゆく。内には優しい心を持っていたり、善に生きる精神を持ちながら・・・。それで潰されてゆく時代だった。過去の人の無念も無念のままに、無念はそこに生きる土地、「大地」に染み渡る。「悲しみ」が愛に変わり、愛は先を創る力となる。そういう精神が、蘇る時代だということなのです。 ― 春にまいた種は 秋に収穫される ―「動き」の時だともお話がありました。動きを創ってゆく、動けば収穫の時期がきて、未来が築かれてゆく 良い時代だそうです。良い時代とはいえ、殆どのニュースではどうしてこんな問題が起こるのかというぐらいにひどい事件ばかり。若い人たちがリストカットをしたり、薬物を常用したりと、生きるのに苦しい、生きる目標が分からない、という事実を知るたびに心が痛みます。 私自身、どうやって生きていいのか分からなくって、学生時代は遊んでもいられましたが、社会に出ると何のために仕事をやったり、どうして稼ぐのかわらから無かった。それで身体を壊すことの連続で苦しい思いをして過ごしてきました。わたしの弟も社会的ひきこもりです。生きていても面白くないし、目標がない。だからやる気がしないと。でも妙に物事が分かったり、賢い子だなと感じるところはあるのです。 けれどもね、今は「好きなひとと好きなことをしていく時代がきた」と。自分の気持ち、心から生まれたこと、本音が実現していく時代なんだと。生き方が分からなくて、希望も見失っている人たちに 伝え続けたい。そして、それらの方々の層に表現する形を創ってゆきたい、そのようにも感じています。これから日本でも貧富の格差がさらに激しくなったり、30年後には食糧難の時代が来るとも言われていますが、未来に必要な仕事や企業は生き残れると断言できます。今、動いて、創り上げていく。そして求めている人に出会える自分になろうと。今日も動き続けてゆきます。いつか必ず、 出会えるために。。。
2006.01.12
コメント(0)
わたしは小さい頃から猫アレルギーです。猫はかわいいので嫌いじゃないんだけれども、猫がいる家に行くと、くしゃみ・鼻水がとまらなくなり、全身じんましんがでてきてはれあがってしまいます。昨日、女性経営者のサロンでこんなお話がありました。その社長の方もネコが苦手で昨日、車を走らせていたがネコがでてきて「きゃー!!!」と大きな声をあげて叫んでしまったと。そのときの驚きと衝撃が、胸の奥の奥の繊細な部分にふれたと。そのひとは高句麗の末裔の人なので、「ネコは敵国の唐から輸入されてきたからじゃないですか」と言うと、やはりネコは魔女とかなんとか則天武后のエピソードとか、妖しい感じのものと関係がある何かがあるとおっしゃっていました。でも決して悪いということではありませんのであしからず。その社長には先生がいるのですがその先生に「ねこかぶりしてるからねこが嫌いなんだ」といわれたそうなのです。その方は小さい頃からなぜかまわりに嫉妬されていたので、まわりを見て、ころもを着たと。自分を守るころもだったというのです。最も繊細な部分とは恐らく2歳か3歳か、世間のころもをかぶる前の状態だったようなのですね。その方は子供のとき、家に何十匹も犬やネコを飼っていたそうなのです。それなのに突然ネコがだめになったというお話でした。わたしは心臓がドキっとして、わたしもねこかぶりをしていることに気がつきました。わたしもいつ、ねこをかぶってしまったのかと思い出しました。わたしは幼少は近所でも有名なおてんば娘で、2歳の頃は母のドレッサーの前で顔中に口紅をつけて父親に血だと思われて仰天されたり、とにかくぎゃーぎゃー泣いたり、なかなか言うことをきかなかったりと、もう悲しみも喜びも表現するのが半端じゃなかった子供だったようなのです。でもどうやら、世間の目をかぶったときから、ねこをかぶってしまったようなのです。おとなしくなって、ものがいえなくなっていました。なるほどー。ねこをかぶっているからネコがダメなのかなぁ~。と。ねこかぶりという言葉をこれほどまでなく、深く意味を考えた出来事なのでしたが、というと、ねこをかぶらなくていい時代になったこということなのです。なんて素晴らしい!!
2006.01.11
コメント(0)
ここ最近時々、赤ちゃんが夢に出てきて 今日は家にいて私が世話をして、どこかに出かけるのですが、赤ちゃんをその間ずっと抱いている夢を見ました。凄くあたたかくて優しくなれて、お母さんってこんな感じなんだろうなぁと肌で感じた夢でした。昨年は子供を産むという夢を見てしまいました・笑。うーん。ほんとにお母さんになるんだろうか。でも誰にも言っていないのですが、未来に出会うだろう子供と対話する感覚があることは時々あるのですね。生まれるのを待っているみたい。時々一緒にいてくれます。時々ではなくて実はいつも一緒にいるよといわれます。けれどもママが気づかないんだよ、とも言われます。そういえば。子供の感性ってほんとに凄くて、この間レバノンにいったとき、ある7歳くらいの女の子に『ねーねー 子供はいるの?』と聞かれて『え、いないよ。でもね、未来の赤ちゃんと時々話すことはあるんだよー』というと、『ねぇ それって男の子でしょー?』 というのです。その通りだったのでびっくりして『なんで分かるの、凄いねー』というと今度は『こういう人って弟がいるんだよねー』と突然言いだしました。驚愕。事実わたしには2つ下の弟がいるのです。というように、なんだか不思議な感覚があるんですね。自然と笑って未来の命は話しかけてきます。この子の存在に会うと誰をも許せる気持ちになって、身体に気をつけようと感じます。身体に優しいもの、元気になれるものを食べたり優しい気持ちが一番大切なんだということが分かります。その女の子のお母さんが隣で「この子がお腹にいる時にね『優しさが分かるってことが宇宙を分かることだよ』とわたしに教えてくれたの」とおっしゃっていました。それにしても んー。問題はパパと出会えるか、なんですが(笑)。赤ちゃんの夢というのは自分自身が「生まれ変わる」という意味もあったりするようですがどうも、不思議な存在に包まれて優しい気持ちで目覚めた朝は あぁ、今日は来たんだな・・・と感じるのですね。でも 本当にそういう大切な存在、大切なひとに出会えたんだとしたら より笑顔でより楽しく より輝いて生きてゆきたい。そんなふうに心に愛が広がってゆくのです。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。うわ? わわん? 和和和ワン わわん わわん うぉぅぅううぉん(あ ボブです。え? ボク? 四つ子の長男なんだ。一番あとからお母さんのお腹の中から出てきたんだよ)わん わおん わわーん きぃーん くぅーん(妹達のほうが値段が高いんだよ。ママは女の子のほうがソフトな顔立ちをしていたといわれたときにはちょっと しょんぼりだったけど 今は幸せさおいしいものをいっぱい食べれるからね)わんわんぅー(ボクはちっちゃい子供が苦手なの。だって責めかかってくるでしょー。大人は こう ゆっくり近づいてくれるからね でも最近弱点を克服して苦手を克服しているのさ)ぅぉーん うおーん (母ちゃんと父さんさんのことを想うとせつないけれど)くぅーん くぅーん(先日の年賀状では里帰りは 天国で って書いてあって泣いてしまったヨ。犬の宿命で 犬はお父さんにもお母さんにも生まれたときから離れてしまうんだもんな まぁでも家族は今はいっぱいいるけどね)ぐぴー ぐぴー ぐぴー(さぁ 今日も昼寝さ 今日もおいしいものを食べて元気に過ごして暮らそう犬だからね)※(写真)生後 1歳頃のボブ
2006.01.11
コメント(0)
お正月からある営業活動をしています。大晦日から年始にかけてはポスティング。3日は街頭でビラを配り、4日は1日かけて飛び込み営業。集中的に時間がとれて、できたことはこれまでなかなかなかったので大変良い経験が出来ました(今は結果よりもプロセスですが)。さらに己を磨きたいと意欲が湧いて参ります。マスコミから離れて、マネキン、カメラマンと仕事をしましたが、一通りできるようになると次にしたいことが生まれて、実際出会います。それで、新しく意欲的にやりたいと感じたのが「セールス」。証券時代は営業の仕事がとにかく精神的につらくていやでたまらなくてその結果、血尿まで出るほど苦手なセールスだったのです。 でも色んな経験を経て8年経ち、恐いものがなくなってきました(笑)。先日のマネキンをしている時には、人が来る場所にいて、どんどん紹介してゆく、人はそのときの感覚で買っていきます。実は1回完売を経験してから、次の機会も商品を完売してしまい、しかも実際の拘束時間の2時間前に完売して早く帰らせていただきました。自信につながり、仕事が出来るようになれば自由に時間を使えるのだと分かりました。けれども、飛び込んで何もないところからひとにものを買ってもらう、このことを乗り越えてみたい気持ちになり、チャレンジが始まりました。マネキンでは知ってる商品だから、人は買う。けれども世間では知られていない商品を営業するわけです。あまり普通じゃ売れない商品だからこそ面白い。不可能を可能にすることに向かう人間の命の力。営業の仕事をする前に、本を読みました。YAMAHAのピアノセールスで全国トップセールスマンとなった高麗恵子さんの本「本音で生きてください」です。それと、アントレプレナーコースを受講したとき、第一日目の講習の内容が「営業」だったこと、そのノートの内容。これらを基にして活動がはじまりました。講座での営業の基礎。(1) セールストークがちゃんとなっているか・・・3分以内に商品の情報を伝えられること、天皇でもこじきでも同じことを伝えられるか(2) その声をテープレコーダで聞いてみる。息継ぎ、強弱、トーン、100回練習する。(3)3分以内でセールストーク、長文でいいから商品を手紙で書けるかどうか。これらを基礎として、早速前日から準備をはじめました。セールストークと「ごめんください」と自分の名前。前日に携帯のテープレコーダシステムに録音し自分の声を聞いてみて練習しました。セールストークが実ははっきりとしないことが原因で今回売れずじまいでした。その人にとってどうして必要な情報であるのか、何のために必要である「商品」であるのかをわたしはちゃんと分かっていなかった。社会的背景は得意分野ですので表現は出来るのです。けれどもはっきりと売っているもの自体が表現できない。断り文句で一番多かったのは『時間がない』『仕事が忙しいから』とのこと。ポスティングした地域では、話は聞いてくださる方は多かったのですが契約には結びつきませんでした。断り文句をうけとめ考えると、なぜ時間を割いて行く必要があるのか、内容が伝わっていなかったので買ってくださらなかったのです。けれども一緒に売っていたコーヒーには興味を持ってくださった方がいて、これはアフリカの雑貨店をしている方なのですが、社会的背景や商社の流通の現実をお伝えし、利益をそのまま農民に還元するコーヒービジネスの話をすると目をキラキラ輝かせて、取り扱いたいとおっしゃってくれたのです。希望の光を御互いの胸の中に感じ、そして御互いの心の中に未来を感じました。継続していこうと思いました。帰ってから、テープレコーダに録音して自分の「ごめんください」からセールストークを録音しなおしてみました。すると、声のトーンが全然あがっていて、経験前の自分の声が聞いていて恥ずかしい声だったことが分かりました。息継ぎ、トーン。聞き苦しくて話を聞きたくない声。けれども250件以上、もっとまわったと思います。2時間で辞めようと思っていたのに、10時から気がついたら夜の7時までやっていました(笑)。そのプロセスを経ると聞ける声になっていたのです。トレーニング。日々、前進、前進!主体的に動いていく。まずは手探りだけれども、頭の中でつくる偶像の産物よりも、身体を動かしてみて、経験して分かってくる、創っていく。そして手探りは手がかりをつかみ道を作ってゆく。ひとつのアクションは双方向へ進み、新たな展開を生む。そして戦略が生まれ、形が定まればあとは広げてゆくのみ。戦略、国づくりのDNAに継承された核の部分が蘇ってくる感覚がします。大切なのは誰とともに生きるのか。2時間で100件を目標にあいている時間に飛び込み営業し続けます。いくぜよ やるぜよ!!!
2006.01.10
コメント(6)
毎年、弱点を乗り越えるために目標を立てます。弱点は乗り越えるとさらに自由になって生きていくことが楽しくなります。マスコミに入る2000年の目標。「論理的に考え、論理的に話すことができるようになる」。2001年「ひととおりの仕事ができるようになる」2003年からは「人生の目標をたてる」でした。乗り越えると次の目標が生まれる。論理的に考える、というのは当時できなかったことで、新聞が読めないほどに頭が良くなかったのですが、数年たって、あぁそういえば乗り越えていたな、と過去に書いたものを見て分かるようになりました。人生の目標。2年固まるのにかかりましたが今では現実的に理念を基に、それらを構築していくことが如実に現れ自分の中に描かれています。そして。2005年からは「主体的に動く」ことが目標。自分で感じたこと、いいと思ったことやアイデアを積極的に表現して、形に表してゆくこと。機会も幸運も自分でつかむ。他人に譲ったり、受身でいるのは楽です。なぜなら責任が問われないからです。責任を負うと厄介で大変な思いをするから逃げている、というのをここ数年自分の弱点として感じてきました。今は秘書という仕事をしていますが選んだのは簡単。「楽」だからです。けれども実際には生命は成長することを求めていたり、人を助けるために働いているようで、それがストレスになる。けれども本当は責任というか、引き受けたら力とアイデアがもりもりでてきて創造的になる。前線へ出て行く仕事、できないような仕事を引き受けるほうが元気が出てくる。自らが中心として場を作っていくこと。そういえば、わたしが力をつけて活躍していた時のテレビ局時代の職場は今考えると凄く良かったのです。誰もが犠牲にならないでひとりひとりが資質を生かしあい、助け合い、長所を伸ばしていけた。しかし、わたしが力を失て(これにもちゃんと理由があります)、闇黒の帝王みたいな人が部長になったとき、胃が痛くてたまらない、、、という人が続出したのです。誰が権力を握るかによって、その組織の体質となるのであるから、心身ともに健康である人が指導者には望まれますよね。自分が頑張って活躍すればいい人を引き寄せることができる。未だに、後輩とは男女ともに色々と力になってくれたり、こちらがアドバイスをいただいたり、アドバイスしたりと交流があるのです。最近気になることがあってそれは占星術等で言われる大殺界という言葉のこと。「殺」なんという文字をつかって人の運気が悪いときと表現することにちょっと疑問なのです。これにとらわれると動けなくなってしまう。参考として聞く分にはいいかもしれないけれども、鵜呑みにして、動かなくなるのはもってのほか。運命は自分で切り開くものであるし、運も縁も自分が積み上げてきた努力ゆえのこと。だから、それを戒める時期という認識であればいいんですけれども知識が薄い人がこの言葉に振り回されて人に押し付ける(今会社に実際にいるんですね)ことはまことに愚かなことだと感じます(先日このことで会社の人とケンカしました)。命を傷つける表現というか言葉はぶち壊して愛に変えてゆきたいですね。それも主体性、主体的に生きるということです。我慢できなくなってきてしまいました、自由に表現して生きることを。主体的に場を作ること、生きる場を広げてゆくこと。そばにいる人を幸せにしてあげたくて、先を創ってゆく。これが精神。
2006.01.09
コメント(2)
日曜、駅でボランティアをしていました。今年度はあることを毎日しようと決めて日々、表現するようにしているのです。突然駅近くに救急車がとまり、あたりは騒然としました。誰もが振り返り、救急隊員と担架に注目が集まる。急に空気が動き出す感じでした。10分くらいして60歳くらいのおばさまが救急車に歩いて乗ってきて、その数分後、70歳前くらいのおじさんが酸素吸入器(?)をつけて担架にのって運ばれてきました。そのおじいさんが通ったとき、なぜかあぁ、もう長くないな と直観してしまい、その場で知らない人なのに悲しみで涙があふれてきてしばらく止まりませんでした。意識のとれた命そのものの状態であると、一番ひとが素直な状態にあるのでわたしは存在の尊さを感じ、ただただひたすら涙がこみ上げてしまうのか、ひとが生まれるときと死ぬとき、へんな表現かもしれないけれど、社会体制の意識のないまっさらな魂なのでただただ生きている尊さとうか、命の尊さ、存在の尊さを感じるのです。命は美しいのに、意識がそれを邪魔して表現できないとか、それは社会体制下で培われたものです。人間の生命は本来、美しい。生きている実感はありますか? 何のために生きているか分かりますか。私は双方分からないでいました。そのために高校生くらいからとっても悩みました。勉強も何のためにするのかわからない、どんどんつまらない人間になっていくような気がして。学校卒業後、証券会社に入って、しりをたたかれて営業目標に向かう。意味が分からなくて、生きているのが嫌になりました。生きるのが嫌になったら本当に命を奪うひとが現れ、助かりましたが、自分の心の環境がそれらをひきよせてしまう恐ろしさを痛感しました。でもひととの出会い、ある先生との出会いや、多くの生命を助ける医師であったり、救命士であったり、報道記者であったり・・・。命に携わる仕事をしている人たちと出会い、自分はすることがあって生まれてきているということがなんとなく感じるようになってきたのです。生死のはざま。多くのひとは日々の生活と、社会の経済におわれ、会社の仕事とで、それらを感じるのは映画であったり、テレビであったり、また実際に闘病生活を余儀なくされた方を家に持つ方だったり・・・。心豊かに生きよう、と誓うものですが、この社会生活では満員電車に乗り、仕事を機械的にやって・・・。それらに忙殺されて殆ど忘れてしまいがちです。あるある大辞典を見て「医療」と「住宅リフォーム」のお値段という内容をやっていました。婦人病や、ガンなどで入院した場合の諸経費を伝えるもの。予想外の出費です、ということを伝えるものでした。驚いたのが出演者が「病気はいつどこからくるかわからない、外からやってくるもの」と表現されてまるで外敵のように言っているのです。病は自分の中の生き方に原因があったり、遺伝もそうですが、社会的要因もあって、生き方と連動して病気を作っていると感じます。というのも私は小さい頃からマッサージが大得意で祖父母や親戚によくやってあげるのですが、身体の部分の筋肉のしこりによって人間関係で気を遣っているとか、どの部分でマイナス要素をもっているから硬くなっているとか感覚で感じるのです。血液のとどこおりなども。内臓や身体の箇所が悲鳴をあげている、訴えているのにその訴えがなんていっているのかわからないんですね。それを伝えると本人の顔つきがかわり、楽になりわたしの身体も楽になります。恐れやコンプレックス、それらを抱いていると表現できずに凝り固まって病理となってしまうのですね。恐くてどうしていいか分からない。と。けれども、心の中で大丈夫、大丈夫と声をかけると不思議と本人が楽になってゆくように感じます。恐れというのはどこからやってくるのでしょうね。なにか病気の殆どのひとが持つ概念として、自分の生命と身体が切り離されてしまっているように思えてならないのです。それに気づくころには末期だったり、死ぬ時だったり・・・。テレビの影響もよくないですね。一方的にものを伝えるのですから。感性、感受性、そして精神。これら内面的なことは戦後、淘汰されつつあるように思えましたが、国を作ってゆく精神、それらはこの命の中に継承されており、今は隠すことのできない、自分の本当の資質を生かせる良い時代がやってきたのだと聞いています。それらの元に文化が育まれ、素晴らしい未来が築かれると。しかし、このことは多くの人が分からず、若い人たちは何のために生きるのか分からずに目標分からず、事件を起こすファクターとなったり、鬱になる人はリストカットや薬を飲んだり・・・。悲しくて、その人たちの命の存在を感じると涙があふれます。生きる目標を見失い、希望を見失い、病気になる。そしたら国家の医療費が膨大となり、食いつぶしてしまいます。どこにお金が流れていくのか。病院です。医師です。自分のことが自分で分からなければ、これからはこれらにお金がかかっていくんです。膨大な。生命の尊さを教えてもらって、いい経験も、感動も沢山させていただいているわたしはもっと多くの人の力になりたい、これから生きていく人たちが目標をもって生きられるような日本社会にしていきたい、そう考えるひとりであり、そのために力をつけて 本年はより主体的に場をつくったり、表現していったり・・・、継続は力なり。生命の尊さは生きる原点。明るい未来を創るために、楽しく先を創ってまいります。本年もよろしくお願い申し上げます。
2006.01.08
コメント(2)
午後から先日嘔吐したような吐き気が突然襲ってきています。風邪じゃないし、ただ背中を押されるように吐き気がする。午前まで元気だったのに、です。これが起こるときはなにかの予兆。実は同じ状態になったのが04年の3月。ハマス暗殺の報復をもくろんでいたというニュースがあり、ラマダン明けに攻撃する、というニュースがあったときでした。日本でもアルカイダが潜伏していて地下鉄でテロが起こると噂されていた頃のことと同じなのです。このときに日本の国家守護も仕事でしているある先生のところに伺ったところ、「連れてこられたんだね、明日にでも、○○テレビか(当時いっていたテレビ局)に飛行機が突っ込むかそんな時だ」とおっしゃっていました。あの時と同じ状態。背中にのしかかっていくように重たく、胸が苦しい。病院にいってもなんともなしと診断されるので、ただただ、時間を待つか、知らせるか、行動を起こす。9・11のテロのときには偶然にも、取材先がアメリカに行くので成田にいっていたのですが、この同じような気持ち悪さで会社を早退し、家で悪寒が止まらずに休んでいたのです。休んでいる時、ノースウェストの機内誌を手にとってページを開いたらなんとツインタワーが載っていました。ニューヨークも行きたいな、なんて考えていて数時間後にテレビをつけたらびっくり。そのツインタワーに飛行機が突っ込み、崩壊していく様子が見えてきました。そのことが分かると吐き気がおさまりました。翌日ニュースの仕事でしたので早朝から仕事をしていたわけですが、ずーっと身体が重く具合が悪かったのです。胸が圧迫されて苦しい。イスラエルのシャロン首相の容態も相当悪いようですし、何かの予兆と感じます。一刻も早く行動をうつそう。お正月からやっているあることで、精神を保ち、しっかりしようと思います。
2006.01.06
コメント(0)
みなさんにとってくつろげる場所はありますか?最もくつろぐことができる場所。パワーの源となる場所。家族といる時ですか? 恋人と一緒にいる時ですか?人間関係のわずらわしさはあれど、やはりあったかさというのはひととの関係の中にあるものだと最近つくづく感じている今日この頃。実は来週で29歳になります。年齢もあってか 10年間一人暮らしをしていてひとと暮らしてゆきたいな、という気持ちが最近生まれてきているのですね。結構何を頑張ろうとも、何をしようと考えていても、20代って勢いで突っ走れてきたところがあったけれども、頑張るための原動力というかそういうものを養える場所が欲しいのかな、と感じるようになってきたのです。テレビ時代もいい仕事をされて、健康で、バランスがとれていているひとって奥さんがいて子供がいて、と素敵な関係があるひとが多かったように思えます。あれだけの体力、活力がいる職場ですからなおのこと。仕事を続けていきたかったのが本音なのですが、自分が求めているものはこういうことだったのです。お正月、家族と時間をゆっくり過ごし、今までは凄く仲が悪かったのですが、はじめて元気になるというか充電できる機会を得たのです。掃除、洗濯、料理、仕事・・・。生活費をすべてひとりで稼いで家賃を払って、仕事をして。風邪をひいたり、体を壊しても ひとりで頑張ってきた。でも頑張ることにちょっと疲れてしまった、というか頑張っても、そういう家庭のあったかさがあるところを心も身体も求めているようなんですね。この1年間、アトピーがあって、実家に帰って時間を過ごしたとき精神的に落ち着いたからか、治ってきたのです。アトピーって精神的に「恐怖」とか「不安」とかそういうものが原因でなるようなんだけれども、思えば、あったかい存在が感じられるところにいるとき、一番大好きなひとといるときは病気にはならないんです。何をしても許せちゃう、3日間一緒にいても、4日間一緒にいてもずっと一緒にいてもまだずっといたい、そんなひとがいますか。私はいるんだけれども、もっと一緒にいたいなぁとつくづく感じるのです。たぶん、心も身体も求めているんだと感じるのですね。待ち続けてきたけれど、主体的に創っていきたいみたいです。好きなひとと会う機会を、時間を。このままずっとひとりで東京にいてもつらいかな、と感じるところがあって 実家に帰って 家のことをやるのもいいかな、とも。自営をしているのですが、商売あがったり、という感じで建て直しのためにcafeを基点としたビジネスをやるのもいいかなと感じたり。好きな人といる時間が1日のうち少しでも、あれば、それが沢山であればもっともっと幸せに生きられるんだろうと思います。それはとっても幸せなんだろうと思います。そんな場所を 今年は創ってゆこう。 (写真)横浜開港記念館と新月
2006.01.03
コメント(0)
新年あけましておめでとうございます。犬に先を越され、挨拶が遅れました。写真は昨年レバノンに行った時、最も大好きな場所だと感じた「バールベック」です。もしかしたら世界で一番この場所が好きかも知れません。なぜか今年のはじめにこのことを書きたかったのですがボブが1日に勝手にブログを入れたので。まったくもぅ。さて、バールベックはレバノンの首都ベイルートから陸地側に1時間くらいいったところにあります。太陽の都市を意味するバールベック。世界一光が降り注がれる場所なのではないかと思うくらい、光が強く、そして美しく、永遠の愛を感じる無限の空間であると感じました。それは撮影したビデオテープにもしっかりと残されています。なんていうか天から直に光が降り注いでいる。生きる希望がみなぎり、美そのものがその空間に表現されている。何者にもおかされず、何者にも邪魔されず。ちなみにこのバールベックの地にすぐ近くにアダムとイブのアダムが住んでいたのだという伝説があるのです。聖地バールベック。フェニキア時代からバールベックは存在していましたが、ローマ時代の遺跡が殆どだといわれています。しかし、フェニキア時代と見られる遺跡は装飾が大変繊細で、現代的に見ても大変センスよく、フェニキアの方々の崇高な精神、神の存在をはっきりと感じることのできる場所なのです。太陽神。ここで崇拝された神はローマ時代、ジュピターとヴィーナスとマーキュリーが複数の男性神に融合されたという説があるものの、はっきりと感覚でバァルがその源にあると感じました。バァルは太陽神。バールベックにある神殿(バッカス神殿などetc)が建造されるにあたり、切石の石工所跡が近くにあるのですが、先日、面白い記述を発見しました。軍人であり、歴史学者であったジェームズチャーチワード。インドのナカール碑文の研究に絡み、僧侶に出会ったことがきっかけでムー大陸のことを研究しはじめた人です。著書「失われた楽園ムー大陸」。その中にこのバールベック近くに残る石工所の切石の技法が、太平洋のある島(たぶん、ポンペイとかあのあたり)に謎の遺跡として残る切石そっくりなんだとあったのです。もしかしてムー大陸というものが1万2千年前存在していたならば、9千年前に都があったフェニキアと交流をしていて、そのフェニキアはアトランティス大陸と呼ばれるものだったのかも知れない、という説が確か書いてありました。伝説ではムー大陸は最高神官であり王であったラムーをはじめとした太陽信仰の下、朝夕太陽を仰ぐことが国民の日課であったと言われています。また死後の世界や宇宙とも行き交いしていたとも。おととし10月、イランに訪れたときにペルセポリス宮殿にある王の墓の前で太陽神の存在を中心に感じ、なぜか懐かしくて墓の前で心の中で王様に出会いその場で号泣してしまった経験がありました。墓のレリーフにはアフラマズダと死後の世界を行き交いするシンボルの何かと、太陽を仰ぐ王の姿があります。はっきりと感じたものが太陽信仰であったこと。そして太陽信仰だと感じた瞬間、その奥の奥にもっともっと懐かしい何かに出会えた気がしたのです。王さまの魂は世界をひとつにすること、そのことを望んでいるような気がしました。懐かしく、私の魂の源にふれたような気がしました。そしてそのルーツがもしかして、フェニキア、バールにあったのかもしれません。ペルシャ時代とフェニキアとの交流は盛んで実際、先日書いたエシュモンでもフェニキアとペルシャをつなぐ架け橋、交流の場を肌で体感いたしました。かつて世界の中心として国を統治していた王様は太陽神を拝み、自然の中に神を見出し、その源、天。天と地を融合させて国を統治していたのではと感じました。つまりすべてはひとつなんですよね。エジプトもラーを拝んでいた。エジプトも、ペルシャも、フェニキアも、敵対しているものもルーツを辿るとひとつだったのではないかと思います。史述よりもはっきりと体でその歴史を体感することができる昨今。イランのペルセポリスを訪れてある経験をした後は、体から誤った仏教観が体からはずれ、真の自分が現れる、という経験をしたり、つくられた歴史がはずれてはずれて、真が表れていくことを肌で実感、この身ではっきりと感じています。歴史を裏返すことを将来記していく人になるのかな・・・。だから世界に出て行くのです。だからついてゆくんです。そしてこのことは、今書いても多くの人には分からないだから 表現できる時が来るまで 温めておきます。歴史の証人として・・・
2006.01.02
コメント(165)
わんわん わわわわん わんわんわん(この社長にもおくって 生き別れた兄弟姉妹達 あ あと 静岡県警の桂木巡査長にもね)わんわん うゎん!!(あー みなさん お久しぶりです あけましておめでとう! ボクが主役の今年ははじめにボクがブログを書きます 4人兄弟の長男であるボクは年賀状をかかせません。わんわんパトロールでお世話になっている巡査長にもね)うぉん うぉん うぉん うおおーん わおん(ねぇちゃんが久々に帰ってきてくれたので 一緒に寝ています でもねぇちゃんはボクのいびきがうるさくて眠れないようなんだ )※ ボブは腹を上に布団の中で寝ておりぐぴーぐぴーと犬なのにいびきをかきますわわわン くぅん うぅ・・・ きゃいーん!(ねぇちゃんが 起きたとき 踏まれてしまったよ きゃいーん)ワンワン わんわん わん もち わん(おもちの食べすぎで太っちゃって 6キロもあるんだ でも抱っこが大好きだから みんなには迷惑だね)ワンワン ワン! がぉー がぉー(初詣にも行ったよ おみくじをひいたら 中吉で恋愛に「火遊びは禁物」とあって あわてたよ 縁談は神さまに祈れとあったよ)うぉん うぉん うぉん うぉん うぉん ぐおー(今年の目標なんて犬だからないよ おいしいものをたべて 寝て 元気に暮らそう)※ (写真) 年賀状のあて先を母に指示するボブ
2006.01.01
コメント(2)
全27件 (27件中 1-27件目)
1