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きょう、抜歯をしました。痛い イタイ いたい・・・。いたいですーーーーーーーーーーーー!麻酔後は痛くて痛くて。。。数時間は安静にして。。。結構我慢強いので、いたみには強いのですが 痛いです。歯は治りませんからね。歯の健康について考えると、みがくことももちろん大切なのですがこんなに削って、抜いたりする治療法ではたしてよいのかということです。現代人は きっと 飽食で 仕事が忙しかったりすると歯磨きも忘れて、ということになると、歯に負担がいっているように感じるのです。きっと、40代、30代、20代ってもしかしたら老年になったら、からだが衰えてきたら 65歳くらいから大変なのかなぁと考えるのです。30代になって、つくづくからだのメンテナンス、身体を守るのが健康じゃなくて、運動をしたり、精神を整えたりそういったバランスが大切だなと感じるこのころです。食べないとむしろ健康でいられることもありますし、やはり ちゃんとしていること、きちんと 生活習慣をおくることにつきますね。歯はきちんとみがいて、メンテナンスをしてあげましょう。痛い思いをしてみなさまには 健康な歯でいてほしいです。では
2009.01.31
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斎藤忠光さんの音楽の特徴は、人間の生命力を強く表現している点にあります。主にピアノやシンセサイザーなどの独奏で即興演奏を行い、独自の音楽空間を創造しています。斎藤さんは、自身の感受性を研ぎ澄まし、聴衆の「生命のはたらき」を受けとめ、それを音で表現します。その音の響きが、聴衆の「こころ」と「からだ」に影響を与え、それにより奏者の出す音は自在に変化していきます。感受性と音を媒介として、奏者と聴衆が影響を与えあいながら、光流していくという、独自のスタイルを持っています。ですから、斎藤さんの出す音は、必ずしも美しいメロディばかりではありません。ときには重々しい音の響きも現れ、即興演奏特有の緊張感を伴いながら、私たちを不思議な感動へと導きます。斎藤忠光さんの音楽を聴いた人の中には、自分自身の「生命力のはたらき」を感じ、そのエネルギーの目覚めを実感したという人もいて、そうした人たちから、彼の音楽は熱心な支持を得ています。~言葉の壁を超えて 世界にメッセージを発信~生命を表現する斎藤さんの音に、「癒し」を感じるという人たちも少なくありません。その音は「生命への賛歌」であり、それが病んだ生命にとっては「癒し」となるのでしょう。斎藤忠光さんの音楽の世界に没頭しているとき、まるで病んだ地球そのものをも癒そうとしているように感じられるかもしれません。それは、未来を担っていく子供たちへのメッセージでもあるでしょう。そして何より素晴らしいのは、音楽というジャンルが持つ普遍性です。言葉を伴わない斎藤忠光さんの音楽は、それゆえそのまま世界へ広がるメッセージとなりうるのです。実際、アメリカで発売されている斎藤さんのピアノ演奏を収録したCD「A Perfect match」は、アメリカの音楽専門誌ビルボードチャートのニューエージ・アルバム部門で20位にランキング(93年11月)されました。むしろ海外で高い評価を得ている新しいタイプの音楽家、斎藤忠光さんはコンサートでも、世界に向けたメッセージを発信してくれるに違いありません。文章の引用:1994年7月 manna messe
2009.01.25
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いだきしんさん(斎藤忠光さん)の特集のような昨今のブログです。マスコミ掲載記事をうつしています。本日は過去の武道館でのコンサートの記録。 雑誌「DENIM」よりPRなし。独学我流の演奏で武道館に1万人を集めるピアニスト~ピアノを弾き続けていたら、周囲の人が温かくつながっていった~有名ミュージシャンの晴れ舞台、東京は日本武道館を黒山の聴衆で埋め尽くした男がいる。彼の名前は斎藤忠光さん。脱サラして突然の独学でピアノを弾き始めた。一般マスコミでは、ほとんどお目にかからない(失礼)なミュージシャンだ。メジャーな音楽を奏でるワケでもなく、自作の曲を披露するわけでもなく、ただ聴衆の発するエネルギーを受け止めて、その場でピアノを弾くだけという即興演奏。しかし、144回目を迎えたというそのコンサートには、彼の音色を求め集まった聴衆が1万人。さらには、国連をはじめ、南アフリカやクウェート、カザフスタンやイスラエルなど、世界各国の政治指導者から賛同のメッセージが次々と届くこと300通以上。おまけに自主制作したCDが、全米の音楽専門誌で20位までランキングされるという隠れた超高支持率なのだ。いったい何が、そんなにまで人々を魅きつけるのだろうか?「たとえば そよ風のような気持ちよさ。その感覚って、どんな人でも持っているでしょ。それと同じで、人間は、愛し合い、平和に暮らしたいと願う共通の心、生命エネルギーを持ってるんですね。ピアノの音色でそれに気づいてもらいたいだけなんです」何気なく鍵盤をたたいたのが15年前。斎藤さんは、人々に共通する生命の原理を模索するため、それまで続けてきた老人福祉の仕事も辞めていた。そしてピアノの「音」にその答えを見つけるヒントを掴んで以来、ずっとピアノを弾き続けてきた。「人間は自分が幸せになるために、ずっとまわりを疎外し、傷つけてきた。そして、自己と他者を分断する囲いを心に作ってきた」と斎藤さん。そのピアノの「音」に心の枠を解き離れた人たちは、何度もコンサートに足を運んでいた。そして、多くの人を連れてきた。「コンサートを始めたのは10年前。それ以来、どんどん規模も大きくなり、3年前からは、この「音」に賛同してくれた人たちの協賛金(ラブ・オファー)、そしてボランティアの協力だけで運営できるまでになったんです。気がつくと、熊本、沖縄、アメリカと、びっくりするほどスムーズに事が運んでいたんです」斎藤さんのコンサートに集まるのは学生、OL、実業家、アーティストなどさまざまだ。無名、といっても、知らないのは実はマスコミだけなのだ。 取材/文 真尾誠さん DENiM1994
2009.01.24
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1月27日コンサートにあたり。過去の記事ではありますが、皆様のご参考とお役にたてればとうつさせていただきます。これは教授さんの記事になります。≪関西学院大学教授 荒川義子氏≫ 1991年8月29日私が斎藤忠光さんを知ったのは2年前の大阪でのコンサートでした。私と同じ社会福祉を専攻し、老人ホームのソーシャルワーカーの経歴を持ちながら、なぜ、ピアノ即興演奏へ転向されたのかに関心をもった私は、彼の主宰する「いだき」講座とピアノ・カウンセリングを受けることにしました。斎藤さんのピアノ・カウンセリングこは、一般に行われているカウンセリングや音楽療法とは異なっており、彼が自分の病弱な身体の機能を自らの力で回復する過程で体得した独自の方法で進められる。特定の音楽が心身の緊張を緩和したり、活性化させる効力を持っていることはよく知られている。しかし、斎藤さんのピアノ・カウンセリングはそれとは逆で、それぞれの人の身体の状態をピアノで表現して、身体機能を回復していく方法がとられる。彼が偶然叩いたピアノの音が内臓感覚にひびき、解放されていくのを発見して、一つ一つのおとと内臓との関連を確認していく訓練を1年近く続けた上で、他人の状態を把握してピアノで表現することが可能になったという。彼はピアノ・カウンセリングの中で、「今、ここで」、その人のありのままの心身の状態を受け入れ、それをピアノで表現することを通して、その人が心底にある悲しみ、恨み、苦しみ、寂しさ、また渇望している愛ややさしさを自ら感じ、表現できるように見守り、かつ心身が一致した状態で生きていけるように導いていく6か月で8回の講座では常識や固定観念を破って心身ともに解放されるための課題が出されるが、そこでは自分の気持ちや考えを適切な言葉で表現することの訓練を受ける。彼のカウンセリングはカウンセラーが悩んでいる人の気持ちを受容し、代弁するのではなく、自分で考え、決定し、行動していくことが期待される。その方法は、ストレス理論、危機理論、行動理論などに基づいており、積極的にストレスに立ち向かうエネルギーを生み出す。さまざまな技法が用いられているが、感情表出よりも認知面を促す行動療法、論理療法、逆説慮法の技法を主に使用している。斎藤さんは、人が病気になったり、悩むのは、身体と意識が分割されているがゆえに、身体の中で起こっていることを把握できないためである、といわれている。医者が患者の内臓の患部を診断し、薬を処方して治療するのを、彼はおその内臓と密接に関連した情動を伴う言葉をいわせることで、症状の消失を招いたことを、私の身体で確認したことは驚異の他ない。言葉による知的理解を促し、自己洞察を深めていく伝統的なカウンセリングの方法では時間がかかり、治癒効果が期待できる対象に限界がある。斎藤忠光さん(いだきしん氏)のピアノ即興演奏会は、古代の人々が身体全体で状況を感じ取り、判断し、行動したように、彼の生み出す生命からの音によって、身体と意識の一体化による感性の回復をはかる良い機会を与えることであろう。斎藤さんのピアノ即興演奏会に身を置くだけで、言葉を交わさなくても、お互いに通じ合う安らぎを得るのは私だけだろうか。
2009.01.23
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2007年12月29日 陸奥新報 【土曜エッセー】より 内面でわかること、実現すること【中】今月4日から、中国の遼寧省瀋陽市、吉林省集安市に行ってきました。来月5月末にピアノコンサート、「高句麗伝説」というイベント開催の打ち合わせ及び最終の許可申請の為です。5日、集安市では幸い晴天に恵まれ、高句麗の第19代王、広開土王古墳及び丸都山城等を視察できました。今にしてもスケールの大きさを感じます。広大な盆地と扇状に広がる大空。その更に先に、宇宙空間を想像させます。今まで観光のみの旅行は1度もしたことがありません。人類の未来を考え、日本の現在、未来を考え、仲間達と必死に祈るような気持ちで平和と幸せを願い、機会を得て出かけます。今回も何度も頓挫しそうになりながらも、ようやく実現しました。いつものことながら予想している以上に美しい自然。優れたリーダー、すなわち王を得た人々のひたむきに生きる力。それでも、ある時を境に滅びていく人々の悲哀。未来に希望を託し、待ち望む魂。確かな手がかりを身体の内面で得ることができました。演奏に臨む時、古代と現代をほぼ同時に受け容れ、自分の普段ある力を遥かに超えた力を得て演奏されます。発見があり、真の愛があり、平和の尊さ、生命の尊さを理屈抜きに理解されます。いらぬ神秘的なこと、幻想な除かれ、人は広大な宇宙、自然に包まれて存在していることを実感されます。人は時空を超えて、真理に生きる存在であることを自覚する時です。失われた潜在能力を回復すること。現代はせっかく得た能力ですら、他の都合により失われてしまいます。能力、肉体は部分的に使われ、全体性は失われます。現代もこれからも、存在する優れた遺産としての古代社会は文化、芸術に優れていたことが分かります。人々は全身全霊全体的に全ての能力を活かし、育み、さらに協力しあい、生活の場、国家を創り上げました。人々の個々のすぐれた能力を活用できるかどうかにかかっていました。いまだに使われていない潜在能力を活かし、「善き生」を生きることに人々は集中したのです。ただ単に財を求めたわけではないのです。優れた知性、倫理などがひとつの地域、国家を繁栄させました。明るく幸せなのです。子は宝、神の子として育てます。子はそれまでの文化を学び受け容れ、継承者としての誇りと自信に満ち、全体的に広い心を育み、未来を発展させる者として育ちます。心身共に極限まで鍛えられます。全ては「善き生」を生きるために。しかるに、我々の現在と未来は失われた潜在能力と、未来に向かう潜在能力を交流し活かすことと考えます。優れた遺跡の語るところは広い空間、宇宙との交わりがあります。ある特定の場所に造れられたところであっても、私が見て歩いた世界の優れた遺跡は天、宇宙との交わり、法則によって造られています。一つの例外もありません。宇宙空間を味方にしたスケールの大きな人々が生活空間を美しく創り、広げたのです。内面の豊さが美しく、力に満ちた広い空間と一体であることを自覚します。目先の小さいことを解決するためにも内面の豊かなスケールこそが確かな答えを見つけ、解決に向い、より豊かな未来に向かいます。忘却の彼方にあるよな内面に、このような豊かな人間性があったのです。人と人との内面と内面が交わりとしての関係が豊かな時代を築きます。優れた国を創り上げた「トコタチ」の地から世界全体に内面の温もりを発信し続けることを願います。≪いだきHP≫http://www.idaki.co.jp/forConcert2008/index.html1月27日(火) 19時~21時杉並公会堂 (荻窪駅 北口より徒歩7分)すべて即興演奏という類まれなる演奏をぜひ、聴きに来てください。
2009.01.22
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2007年12月22日 陸奥新報 【土曜エッセー】より 内面を変えること ピアノのこと【中】前回、生命ぎりぎりのときに感じた幸福感を手がかりに人生のスタートをきったことを述べました。以前はよからぬ思いが頭に上ってきます。打ち消しても、打ち消しても上がってきます。意識するだけではどうにもならないことが多いのです。答えは内面にありました。なかなか変えられないネガティブな思いは内面に潜んでいました。これを変えることです。よからぬ思いと繋がっている自分の内面のある部分を感じ、自覚し、ほぐすことをしました。無数にあります。これほどネガティブな因子があれば体に悪いのは当然です。どう見ても人の何倍もありそうです。何十倍かもわかりません。親には「お前は先祖代々の業を一杯持って生まれたのだ」と言われていました。毎日毎日自覚してほぐすという「行」にも似た行為を繰り返します。解決できるに従い、希望を感じてきます。幸福感が広がり、内面の広がりは広い空間と一つであることも自覚できました。内面の広がりには果てがないように感じました。内面が解放されるに従い、徐々に身体も良くなり始めました。内面が変わると、あらゆる現象に変化が起こりました。人との出会いが変わり、今まで出来なかった事柄が容易に理解できるようになったなど。そして、これ以上悩み苦しむ人たちとも会うことになりました。内面が病んでいることが自分の内面で感じ、分かりました。これらの人々がよりよく生きるためにはこの内面を変えることより改善する方法はありません。人の苦しみを自分のことのように感じている自分。生命と生命は内面で交流しているのです。交流することで内面が変わり始め、本人に余裕が生まれ、考えが前向きになりました。こういうふううに書けば一瞬です。しかし、実は長い時間がかかります。言葉で自覚するまでかなりの時間を要するからです。様々試みた結果、ピアノに会います。ピアノサウンドを活用すればもっと早く、役に立つだろうと直観しました。ピアノは音楽を奏でる楽器です。内面に、より深く響き、仮に暗く重いフレーズであっても表現されることによってエネルギーに変わります。内面のネガティブな因子を解決するための道具として活用できたのです。人の内面がピアノを使うことによって以前よりも早く効果が表れるようになりました。何よりも楽しく進めます。時々、なぜ津軽に生まれたのだろうと考えます。そして、いつからともなく縄文の昔のことに興味を覚えました。もし人に魂というものがあるとすれば、縄文時代にもっとも純粋にあったのではないかと感じました。物とかお金に翻弄され、疎外されている現代人とはまるで違います。生活に工夫をし、女性、子供を大事にし、明るく楽しく生きていました。自然と一体です。内面は広い空間、宇宙に溶け込んでいました。中学、高校の頃の生命のぎりぎりの時に感じた幸福感を追体験しているうちに、昔の縄文の魂に触れたのです。今にしてようやく青春の息吹を感じます。縄文時代の人々は何歳になっても魂豊かな青春を謳歌していたのでしょう。時々、ピアノ演奏会をします。最近の演奏会ではっきり分かったことがあります。初期の頃の縄文時代から水田でお米を創り始めた縄文時代までの人々の暮らし、魂を即興で演奏していました。人間の人類に向けてのゆるぎない普遍性がはっきり自覚できました。東北、青森、津軽の大地に縄文の息吹があります。【下】へつづく
2009.01.21
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いだきしんさんが書いたエッセーをうつしました。どんな演奏か、どんなひとなのか・・・。ご覧になり、お役にたてましたら幸いです。 2007年12月15日 陸奥新報 【土曜エッセー】より 真の健康を求めて【上】子供の頃、ずっと身体が弱かったのです。中学入学早々、弘前大学付属病院小児科病棟に約1年入院しました。その後も、町の病院に入退院を繰り返し、中学4年間、高校4年間、在籍しました。この間、幾度の生命の危機にあい、この生命ぎりぎりの時、今にして思うともっとも尊い経験をしていました。絶望もなく、希望もありません。何もありません。ただ生きていることの不思議さを経験しています。意識が遠のいている時、身体の奥で人の優しさ、願い、祈りと言っていいような心を感じました。普段はありえない幸せな感じです。しかし、回復すると幻のようにこの貴重な経験は消えます。いつになく生きることの意味を考えるようになりました。高校卒業後、横須賀のある病院に転院しました。入退院の生活に終止符を打つためです。転機をつくりそれまでの生きている状態にピリオドを打つことに決めたからです。何年生きるかはわかりません。どこかで決めないと取り返しがつかないことになるだろうという予感がありました。退院後、今後は入院加療することを止めることにしました。健康になる方法を見つけ、いつか普通に生きていけるようにしようと決めました。ようやく人生のスタートをきれたのです。健康を求めて、数え切れないほどの健康法に出合い、その時々に納得して取り組んでみたものの、病気から解放されることはありません。既に10年過ぎています。いよいよ他に求めないで自分で根本的に探究するよりなくなりました。これまでは、どうしても自己中心になりがちです。体さえよくなればという思いが強くなり、どうしても人のこと社会のことに集中できません。人は人の役に立つこと、喜ぶこと、今後の社会に必要なことなど自己以外のことに力を向け、発揮してこそ生きる価値があると考えていました。それが何よりも人生の喜びとするところです。日本、世界で、自分でなければできないことを探究すること。人間としてもっと大きな問題意識と世界観に立脚して生きること。手がかりは、中学、高校の入院時に生命ぎりぎりの時に経験したあの不思議な幸福感です。内面に感じた豊かな生命。この内面を探究すること。内面を理解し変えることができれば、いついかなる時も豊かに生きられるだろという確信が生まれました。3年ほどして劇的に身体が変化しました。それでも長い間患っていた身体は容易には改善されません。しかし、人生と生命の真を生きている実感はありました。内面に意識を集中することで少しずつ内面が開かれていきます。美しいことは、美しいこととして内面で感じられるようになり、生まれて初めて誰に教わることもなく素直に感動する喜びを普段普通に経験できるようになりました。世界観も大きく変わりました。世界のことと自分のことがひとつのこととして感じ理解できるようになっていました。この頃からひとにあことは苦痛を伴いました。理由はすぐに分かりました。普段、人間は内面をないがしろにして生きています。悩みなどを持っている人々が集まってくるようになりました。人の内面と自分の内面が感応し交流し始めると人に問題解決能力が生まれ、強化されるということが分かりました。【中】へつづく
2009.01.20
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コンサートのお知らせです。1月27日 いだきしんコンサート 杉並公会堂にて 19:00~21:00http://www.idaki.co.jp/forConcert2008/index.html~1997年12月4日 イタリア・シチリア島モンレアーレ大聖堂、週5日州都パレルモ市文化遺産・マッシモ劇場でのいだきしんチャリティーコンサートの趣意書として書かれたメッセージです。~ 時空を超える愛 内面の輝き、美しさが人間の生命の本来の姿であり、愛に満ちた人生そのものです。 私の10代は、全身、病におかされ、数回の生死の境を経験致しました。 生死の境うちにも涙しながら感じた かすかな希望。 それからこのかすかな感じが内面で永遠の標であることを理解するのに 十数年の月日を費やしました。 肉体の内面を自覚することにより病んだ肉体は、ある時は少しずつ、 ある時は劇的に癒され、同時に、和限りない多くの内面的に傷ついた 生命が私自身の肉体の内面で出会い、交わり、広い空間に溶け合い、 癒されてゆきました。私は何一つ意志することも意図することもないのに、 次々と肉体の内部で出会いは繰り返され、自然空間と一体化するのです。 これらの一連の自然な皆様との内面的出会い、交流を即興演奏で顕します。 皆様の生命の内面で真の愛が感じられ、この広大な宇宙で永遠に輝き続けますようお祈りいたします。 ありがとうございます。
2009.01.20
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きょう、ひとと話して驚いたことがありました。どんなに良い本を読んでも、いろいろといいことをしても、なんだか暗いなぁ~と感じました。うまくいってなさそうにも感じました。話していて感じたのですがわたしが良い出来事を明るく話すと若干否定された感があって、足元からさむーくなってしまいました。ひとの話を聞いていないということ、自分のことを一方的に言うことでわたしは、思わず「もっと前向きに言葉をつかなくちゃだめよ」と口から出そうになりましたが、ついいつもの癖で、人を傷つけてはいけないということから言えないことをいえませんでした。つくづく感じるのは・・・会話でも ブログでも。父母の会話でも。人がどう生きたいのか、何を実現するのかについても。言葉だなぁと感じるのです。あきらめたくないけど、今は違う、でもやりたい、したい、欲しいこと、気持ちを強く持っていると、「時」というのは必ずあって、自分の意識より、生命ははるかに良い結果を生みだすのです。なので、良い言葉を使うように心がけています。時々、不安にかられることあれど、動じぬ心で生きられるように修行、修行です。未来が明るいのが分かるから 言葉はおのずと明るくなるのです。不況、、、、というのは名ばかり。こんなにビジネスチャンスに富む「今」はありません!!!!!同志よ!!!共に未来を築きましょう!!!!!!!!!!!!日本の未来のために 世界の未来のために こどもたちの未来のために・・・
2009.01.18
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物騒な世の中、と言いながら自覚がなかったのですがまざまざと自覚をしたあることが最近ありました。もう5年も前に、ある山を下っていたとき、おじさんが苦しそうで「心臓が悪いので、手伝ってください」というので山を降りるのを、私と、大学生のカップルとで手伝いました。最後に大変感謝しました、と。大学生と、私におれいがしたいと、電話番号を知りたいとおっしゃったので教えたのです。そしたら5年経った最近突然連絡がきて、家の近くに来ているのだけど、お礼がしたくて・・・というのでおかしいなと思ったのだけれども1時間くらいにわたり、その人の話を電話で聞かされたのです。で、またこんどお届けにあがります、というのでそうですか、と言いました。そしたら、今度はある日突然電話がかかってきて、「いま家の近くまできているんですが、プレゼントがありまして」というので、「仕事です」と断ると、ではまた・・・とのこと。家は間違った住所を勝手に思い込んでいたようで、私の自宅とは違う場所にいました。着信履歴があったので、きょうこちらから電話をすると確実にこれはまずいな、と感じたことがありました。心臓が悪かったのはもともとなのに、「あなたとあってから、心臓がおかしくなって、それから一千万の医療費がかかった」といい、これはまずいという判断がさすがにきました。それから、仕事や家族関係がうまくいかないこと、いろいろとずっと話していてさすがに相手にしきれず、「キャッチが」といって切りました。すぐに110番をし、つきまとい行為の相談と、対処法について相談をしました。警察は、もしも会うように設定し、身の危険がある場合には同行してくれるようです。。。。結局、縁がなかったふうにみせかけるのがいいという結論になりましたがこれでわたしは大変物騒な世の中であることを実感しました。今、経済状況も大変なので、人が、くるってるんだなぁと、判断基準がおかしくなっていてほんとうに大変なのだと。。テレビ時代、社会部で、視聴者センターから、よくこの手の相談がかかってきたことを思い出しました。クレーマーです。親戚が、いとこが、財産相続で、放火で・・・・。きのう、殺人が隣の家であったようなんです、被害妄想、ETC・・・裁判にしたい!報道してください! ジャイアンツの馬鹿野郎????ひたすら話をしていて、聞いて、聞きわけなくまずかったらデスクに渡すのですが感じたのは、人は「話をきいてほしい」ということです。ひとり、ひたすらずっと話をきいてあげて、どう表現したか忘れたけれども何かをこえをかけたとき「テレビ局のひとにこんなに優しくされたのははじめてです、ありがとう」と、なんと、北海道から一万円相当の海産物が送られてきました・笑。けれども、、、、それどころじゃないですね?!!!!!!!!!!!!!良い社会を創るために、実現したいことがある。ひとりひとり 自律してゆくことが とても大切であると、実感します。甘えてるんです。という私も、わきをしめて、いきてゆこう。。。。今考えれば、報道にいた経験も、警察や法律での対処法、身の危険の察知、などは自然に備わっている「武器」となっているのかも知れません。民法の復習をしておこうかとちょっと感じたまでです。では、皆様も、生命の危機管理には気をつけましょう。
2009.01.17
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誕生日の14日。難航していた会社の案件が予想外に良き方向へ向かい1億円の受注を頂けました。上司はわたしのおかげです、と言っていましたがさすが!夕方は、なんと。おともだちが誕生日パーティーをしてくださいました。すごいごちそうの数々!!とても感動!!とーってもおいしかったです。最後にはチョコレートケーキでお祝いしていただきました。昨年はレッドロブスターでろうそくの火を消しましたがいくつになってもうれしいものですね。みんなの愛 かみさまの愛 に感謝しまして誕生日を迎えられましたこと、ご報告させて頂きます。。。。ありがとうございましたあともうひとつ最大の大きな出来事は アントレプレナーの集いのある倶楽部に入会をしたことです。これからどう生き、何を実現するのか。これからの人生がスタートします。
2009.01.15
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自分がこの時のためにと、準備していればビジネスチャンスなんだと思う。それもかなりの。たとえば設備投資。1000万円のものが200万円で買える時であるという。私も電機メーカーで仕事をしているだけれども、確かにお客様がなかなか買えなくなる事情もあり、安いらしい。会社は赤字経営。回復させるのに10年はかかる見通し。けれども アントレプレナーにとってはチャンス。今、お金を借り入れてもビジネスをやったら、(能力あれば)面白いのだろう。という私は、どうしてか日々、読みふけっている本がある。ビジネス書よりも、どうも生命にしっくりくるのが、その本。内面のことを表現できるからかな。研究している。格差問題。お金持ちと貧乏。どっちにも抜け落ちている問題があるとある人に伺った。それは「哲学」。スターリンも貧しい靴屋に生まれて、勉学に励み、本を読みまくりpresidentにまでなった。哲学、真理への探究。そこに到達した人々は、世の中を変える力となってゆく。
2009.01.13
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【エルサレム福島良典】イスラエルは7日、パレスチナ自治区ガザ地区でのイスラム原理主義組織ハマスとの軍事衝突を巡り、エジプトとフランスのまとめた停戦案を前向きに検討する姿勢を示した。イスラエル軍は同日、国際機関などによる人道援助物資の同地区への搬入を可能にするため、攻撃を3時間中断した。一時的にせよ軍事行動が中断されるのは先月27日の空爆開始以来初めて。 仏・エジプト案は(1)援助物資搬入のための人道停戦(2)エジプトとイスラエルのガザ境界管理協議(3)ハマスの武器密輸防止のための国際部隊配置--などが柱。攻撃中断はこれに呼応した動きだ。 オルメルト・イスラエル首相の報道官は7日、仏エジプトの仲介努力に謝意を表明し、仏大統領府高官も停戦案に前向きなイスラエルの姿勢を歓迎した。イスラエル紙ハーレツによると、政府代表団が近くエジプトを訪れ、詳細を詰める。アッバス・パレスチナ自治政府議長も9日、カイロ入りする。 だが、ハマス幹部は停戦案をエジプトと協議中としながらも、「イスラエルの占領が続く限り抵抗を続ける」と述べており、イスラエル領へのロケット弾攻撃を停止するかどうかは不確定だ。 イスラエル軍の攻撃中断は隔日3時間ずつ。だが、中断時間が過ぎた7日夕には戦闘が再開、パレスチナ人2人が死亡した。空爆開始以後のパレスチナ人死者は子供220人を含む689人になった。//////////////////////////////////////////////////////////////////身体の苦しみを今日、悲しみとわかりました。この数日、胸が痛くて痛くてたまらないのです。このニュースを見て、少し安堵とは云えませんが泣けてきました。どうか 平和な世界 社会が 誰一人傷つくことのない 未来が訪れますように。。。
2009.01.07
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きょうは小料理屋の女将に、豆乳七草粥を教えていただきました。もう 料亭の味!!! なのでした。お料理に目覚めるとはまったくの新境地です。しかも調理師の免許を勧められました。どしてか。。。お正月は本をたんまりよむことを決め込んでいたのですが読む気になれず、身体がすすんでお料理を創ることに目覚め始めました。というのも、身体があったかくなって ひとにおいしいと喜んでいただける それで元気に働いたり 元気に生きてもらえたらこんなに嬉しいことはない。たぶん お料理で表現することって もの創り なんにでも通ずると感じます。あらたな 自分発見 世界発見素敵な1日をきょうも。 ありがとうございます。
2009.01.07
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料理を食べていただくのは、お友達、そして一番多いのは彼、です。彼はなにか創るたびに、おいしい おいしい と言ってくれますがそのたびに、もっとおいしいお料理を創ろうと思います。お料理がおいしくなったね、お料理が温かくなったね、、、そう言われました。いつも優しい人ですが 笑顔が優しくなって すごく優しかったです。「あなたはわたしといて幸せですか」と聞かれたので「一番好きな人といられることは幸せです」と答えていました。すると 「おれも幸せだよ」彼の口から『幸せ』ということばを聞いたのは、8年もいてはじめてだったので嬉しいことこのうえありませんでした。素敵な2009年のはじまり 神様に 父と母に・・・感謝いたします。
2009.01.05
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やりたいことは決まっていたものの、予想外にお正月にしたことは料理でした。写真は青森のほたて料理です。東北旅行は吹雪の中向い、青森と北上では吹雪にあいました。平泉でもしばらく歩くと寒くて寒くて・・・。そんな中、風邪をひかなかったのは、室内が大変あったかいことそして「郷土料理」の存在でした。青森ではけの汁、北上でも産地のおいしい食材を使った朝食の数々、仙台では、葛を使った熱くって美味しいうー麺。福島では、腰のあって美味しいおそばと天ぷらを歴史のあるお蕎麦屋さんで食べました。東京よりも食事は安いにも関わらず、とってもおいしいのです。身体がとーってもあたたまって、手足の先まであたたかい。そんな経験もあってか、お正月休みは、お料理ばかりをしていました。身体が動いてしまってお料理をしてしまうのです。ごまけんちん汁、八目煮、ほたて緑野菜スープ、オリジナル御雑煮、油揚げの卵煮、切干大根、白玉まんじゅうetc・・・。特に煮物は毎日つくっていて、だし汁の研究から調味料まで最初は料理本に書いてあったものの分量に従いましたが、だんだんと素材と、感覚でいれるほうがおいしいということに気づきました。きのうはお客様を招いて、食事を食べてもらいました。『お料理がおいしくなったね お料理があたたかくなったよ』とのお言葉をいただき、嬉しかったです。お料理でひととの関係も良くなることと、感じます。お料理も表現ですね。。。じつは、日本料理を海外でつくろうということを考えているのですね。ある国のある知り合いの方がいらっしゃり、介護も兼ねて食事を創ってみたいな、と考えて今はいます。和食を見直すと本当に素晴らしい。既に元料理屋のママのお手伝いをしていると、手際のよさとか工夫とか、学ぶところも多くて・・・。じつは、料理をしていると、精神的に安定して落ち着くのです。。。お料理って好きなことだったんだわ と自分の意外なところを発見して楽しい日々、これからも日々、お料理に励みたいと思います。「存在」あらわれる料理・・・。
2009.01.04
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伊豆大島を眺む。きのう、静岡に帰るときの海です。箱根駅伝ととも参りました。ここは真鶴か湯河原の海です。伊豆大島。この海の色がとっても好きです。富士山の山の部分の青に似ているでしょ東京からはずーっと富士山が見えました。綺麗。31日は、天空に龍が舞い、富士の山を取り巻きながら天の祭りがおこなわれているのが内面の光景で見えました。お正月より落ち着いて、凛とたたずむ富士の山。なんでもできる。これまで、ああせねば、こうせねばと気合いで満々の意気込みがあった新年でしたが、そういった気負いはなく、生命の要求に従い、ひとを大切にし、世の憂い悲しみは創造の力に変え、良き未来を創ってゆこうというところです。富士山の白い雪が 夕空に映し出されるとき とっても美しかったのです。こんなにも美しい光景世の憂い、悲しみ 美しい女性が教えてくださる 存在これからも あなたの光ともに ・・・・
2009.01.03
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あけましておめでとございます。静寂に包まれた東京は 街も建物もくーくー休んでいていました。新年恒例の餅つき大会に出席、神餅たべ、身も心も元気です。 ことしは・・・例年になく、こうせねばならぬとかああせねばならぬという目標意識はなく、ただ 好きな人たちと生きる空間を広げるために やれることをしていきたい、そういった気持ちが生まれています。こころあかるく、平和を祈るこころと気持ちは強く中心にあり最近では お料理の煮もの・・・きりぼし大根や 五目煮、けんちん汁など、今までチャレンジしたことがないものにチャレンジしていて、なんとハッピーなことに自分で創ると風邪をひかないで過ごせることに気付きました。はじめてのときには料理本をつくりながらなのですが失敗が多く、むしろ2回目のチャレンジで調味料の分量も感覚でむしろいれるほうが成功する確率が高いのです。おいしいごまけんちん汁を創ることができました。からだによいこと、いのちよろこぶこと続けてゆこうという元旦なのでした。
2009.01.01
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