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御所に行くと、梅の花の蕾がだいぶ膨らんで、所々咲いてる梅の花もありました。 春遠からじです 火曜日は、久しぶりに会った友人と 御所東にある欧州料理の店「LINDEN BAUM(リンデンバーム)」でランチ。 そんな友人はと言うと・・・ ご主人さんと別れて、違う人と再婚するそうです そしてその事を二人の娘はすでに承知してくれていて、 歓迎してくれてもいるそうです。 友人の家は感覚がちょっと普通じゃありません。 ご主人さん除いてみんな霊感一家。 特に下の娘は生まれながらにして霊能力者で、 生まれる前、自分は霊界でこう言う使命を与えられた、 いづれ霊界に戻ったら、自分がしてきたことを報告しないといけないと 幼稚園に入園した頃から母親である友人に言っていたそうです。 だから友人がした事、思った事、考えてる事、全て筒抜け。 隠し事は出来ないそうです。 そして再婚相手と再婚した場合、再婚しなかった場合どうなるかとかも もう既に聞かされたそうです。 この友人と知り合って約6年。 この友人にも、友人の家族の感覚にもだいぶ慣れました。 でも・・・ああ、まだ時々目が点になってしまう私です(・・;) と締めくくったところで、思い出しました。 2年前に友人が「最近、毎日街角でアゲハチョウを見る」と言い、 その言葉を聞いた私は、その日の夜友人の夢を見ました。 夢の中で友人は白いスーツに身を包み、男の人と二人で立ち、 階段を登ろうとしていました。 友人の頭には銀細工の大きなアゲハチョウの髪飾り。 翌日、その夢の話を友人にしたところ、 「その夢は正夢で、私が○○さん(再婚相手)と結婚すると言う事や」 としらっと言ったので、 「おいっ!ちょっと待て!(^^;)」と思ったのですが・・・ その通り正夢だったようです。 当時、その再婚相手は、単なる友人の職場の同僚でした。
2007.01.31
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昨日、ブログに書いた夢に続いて見た妙に印象に残った夢の話です。 夢の中で私はとても大きな建物の中へ 私の花を探しに来ていました。 左手には白いメモ用紙。 そこにはアルファベットと数字を組み合せて作った長い番号が記されていて、 その番号が私の花の識別番号になっていました。 建物はとても大きく何階にも分かれていて、 広さもどれだけ広いのか分からないほどの広さです。 私の他にも、大勢の人がそれぞれの花を見る為に探しにきておられました。 花は直径10センチぐらいの鉢に入った小さな花。 通路は狭く人一人通るのが精一杯の通路。 その通路の両側に天井まで届くぐらいの棚が並べてあり、 その棚にぎっしりと数え切れない数の花が並べて置いてありました。 自分の花を探そう通路に入ろうとしたら、親子連れが目に付きました。 探し方が分からないようなので、説明したら、 母親らしき人は挨拶もそこそこに、慌てて通路に入っていかれます。 娘さんらしい女の子はぼんやりそれを眺めています。 どうやら、娘さんの叔父にあたる人が大変な事になっているらしく、 この親子はその叔父さんの花を探しに来られたようでした。 私も私の花が置いてありそうな通路に入ろうとしたら、 なぜか柱が入り口半分を塞いでいて入れない。 仕方なく隣の通路に入ろうとしたら、そこも柱が邪魔して入れない。 そこで上の階に上がり、通路の反対側の入り口に降りる階段を探す事にしました。 上の階はドームになっていました。 天井は高くよく見えません。反対側の端も遠すぎて良く見えない広さです。 そして、ここでは花はテーブルの上に並べて置いてありました。 私はそのテーブルの花を見ながら、違う階段を探していたら、 見覚えがある番号を付けた花に目が留まります。 M1101・・・・・・ その花は私の以前の花でした。 私の花は今はその花ではなく、メモに記された花に替わっていました。 「そうか、私の花は替わったんだ・・・」 そう思いながらしみじみその花を見つめているところで・・・目が覚めました。 この夢の中の「花」は何なんでしょう? 一人一人が持っている花。 その花は何かがきっかけで入れ替わったりするようです。 3ヶ月前に仕事を辞め、過渡期に入ってる私にはとても印象的な夢でした。 夢の中で、私は以前の花は見せてもらえたけど、 新しい花は、柱が邪魔してまだ見せてもらえませんでした。
2007.01.30
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土曜日にはしゃぎすぎたのが悪かったのか、 日曜日は身体がほとんど動かず、うたた寝ばっかりしていました そんな中で妙に印象に残る夢を続けて二回見ました。 一つは白い螺旋階段をのぼる夢。 夢の中で私は、気が付くと螺旋階段を登っていました。 その空間には螺旋階段しかなく、階段の色は白、 階段を囲む周りの壁の色も白。 そこをただただずっと登って行くと螺旋階段はそのうち終わり、 自分は最上階の小さな空間に出ました。 右手には少しピンクがかった明るい壁。 左手にはとても大きな窓があって、 そこからまぶしい程の光が差しています。 そこにただぼんやりと立っていると、 やがて窓から入ってくる光はどんどん眩しい光となり、 目の前も自分の周りも乳白色の光の洪水ようになって行きます。 私は光の洪水の中に立っていました。 そして、ここら辺りで私は夢から現実に戻ってきつつあり、 「私は今夢を見ているんだよね? だからこの光景は夢の光景のはず。 なのになんでこんなに現実的に見えるんだろ? 目を閉じて瞼の裏側で見てるはずなのに、 どうしても現実の光景のようにしか思えない」 そう思って、目を開けると・・・・ 自分が眠ってる部屋が視界に飛び込んできました。 「そうだよね、私はここで眠ってるんだよね」 と納得して目を閉じると・・・ あの小さな空間と明るい壁、眩しい光の洪水の中に。 やはり夢の光景とは思えないほどリアルにはっきりしています。 どうしても不思議で納得出来なくて目を開けてしまうと、 また自分が眠ってる部屋が見えて・・・ これを何度か繰り返しているうちに、 夫が起こしにきて終わりました。 私は夢の中で、いったいどこに行ってたんでしょう? 長くなっちゃったので、もう一つの夢は次回気が向いたら(^^;
2007.01.29
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今日は前回行った、外国人支援団体の公開講座2回目を受講してきました。 今回は実地研修。 色々な国の人たちが集まって運営にしている喫茶店にお出かけでした。 古い洋館は割りと有名な建築家がデザインした建物だそうで、 広い庭は、あまり手入れがしていない分どこか自然で、 家庭菜園の一角あり、外国のお土産が置いてある一角がありで、 肩の力を良い感じに抜いてくれる雰囲気でした。 ここは9年前、留学や婚姻によって日本に来られた外国の方達と、 その方達を色々な形で支援してる人達や友人知人たちが集まって、 「共に生きる」ことの出来る場を創出すると夢を描いて 出来あがったカフェだそうです。 スタッフはほぼ全員がボランティア。 壁も机も椅子も手作り、デッキも手作りだそうで、 その日、どこの国の人がスタッフとしているかで、 料理のメニューも換わってくるそうです。 今日はタイから来られた人が厨房におられたので、 メニューはタイ料理(←美味しそうでした) 途中でフィリピンの方のギター弾き語りもあり、 店内はお客さんとスタッフの区別がつきにくいような 和やかな雰囲気で、 「共に生きる」は十分実現していると感じさせてくれる場所でした。 ほんの二時間だったけれど、 わたしもちょっと共に生きさせてもらいましたよ とっても充実して楽しい時間でした。
2007.01.27
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今月9日に創刊となったデアゴスティーニの「週間アーティスト・ジャパン」その2号の「横山大観」を購入しました。ちなみに1号は葛飾北斎、2号は横山大観、3号は東山魁夷。そして、私の大大大目的は、実は3号の東山魁夷なのですが・・なにしろ私が日本画を好きなった理由は、初めて観に行った東山魁夷展で、東山魁夷の絵の前で泣いて動けなかったのがきっかけですから。東山魁夷の日本画について語ってよいなら、もう朝まで語りたい程です(聞かされる方にとっては迷惑な話なので、語った事ないですが)そんな私から観て、東山魁夷の絵が青く深い水のイメージなら、横山大観の絵は赤く強い炎のイメージです。時にシンプルで無駄を省いたような絵の中にも、炎のように強く躍動する何かが写し込んであるように思えるのです。強い生命力のような何か、それをどう表現したら良いのでしょうか?さて、私は横山大観に関しては何も知りません。あすから、じっくりその生涯を読んでみようかなと思っています。読んだ結果、感想が変わってしまったら・・・訂正します。どちらにしろ、ただの日本画好きの主婦の感想なので、あしからずです
2007.01.26
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今日はズボンの裾上げをしました。 ほんの1センチ。 ヒールのある靴なら良いけど、ヒールなしの靴だと ズボンの裾で道路掃除しそうだったんで。 黒いズボンに、同じ黒くて細い絹糸。 裾上げして、絹糸で裾の始末をしようとしたら・・・ よく見えない( ̄▽ ̄゜ 同じ黒だし、糸は細いし、顔を近づけるとぼやける。 これかーーー これが、かの有名な「近いと良く見えない」と言うやつかーーーーーー ううっ とりあえずまだ針に糸は通りました(^▽^;
2007.01.25
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先日は、町内のお地蔵さんにお膳をお供えしに行ってきました。毎月一度決まった日に、町内のお地蔵さんにお膳をお供えするので、その当番が時々交代でまわってきます。京都府下から京都市内に嫁いできて、驚いたのがこのお地蔵さんです。どこの町内にもお地蔵さんがおられて、そこに住む町内の人たちがとても大事にお世話をされていました。京都市内の町内はとても狭い小さな範囲で、ほんの二・三十軒ぐらいで一つの町になっているので、町の数は5000を数えるそうです。それだけの数の町内に住む人達が、それぞれの町内のお地蔵さんに水やお茶を供えたり、花を飾ったり、祠を掃除したりしてお世話をし、夏の地蔵盆の時には、お地蔵さんの前で福引やゲームをして遊びみんなで地蔵盆を楽しんでいます。この風習は京都市内だけのものなのでしょうか?お地蔵さんの町京都と言っても過言ではないような気がします。
2007.01.25
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今日は、義母の誕生日って事で、 久しぶりにデコレーションケーキを作りました。 義母の誕生日って言うのは実は言い訳で・・・ 本当は自分が食べたかったから この時期は、クリスマスはもうとっくに終わってるし、 バレンタインケーキを作るにはまだ早いと言う事で、 生クリームや苺が特売価格で買えたりするので、ちょっとお得です。 真ん中とトッピングは苺で、 側面はスライスアーモンドを貼り付けるはずが、 いつ買ったか覚えていなかったアーモンドは賞味期限を大幅にオーバー。 仕方ないので、いつも大量に余る生クリームも側面に めいっぱい飾ってみたら・・・ なんだかゴテゴテのドレスデン人形みたいなケーキになってしまいました う~ん、なんだか真紅のドレス着て戦うどっかの人形を思い出させます ここはいっそ家族に切り分けて渡す時、 「巻きますか?巻きませんか?」 と聞いてやろうかしら・・・
2007.01.22
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先月、風邪引いて家で大人しくしている時に、シルバーバーチの霊訓8を読了しました。この「シルバーバーチ」の霊訓は13巻あるのですが、巻を追う事に、霊的真理に関する話は色々と多岐に渡って行きます。今回は古代霊シルバーバーチが産児制限や安楽死の問題、人間の動物への愛情と虐待、そう言った事に関する質問に、霊的真理で捉えた答を伝えると言う形になっていました。その中に脳障害によって植物状態となり機械につながれて生きているだけの人間に安楽死を与える事は許されるかどうかと言う話がありました。植物状態となってしまった人間を見れば、自然の情として哀れ、同情、慈悲、憐憫をさそわれるのも無理はない、しかしそうなった状態でも果たすべき役割がある。物的な目で見れば、その人は自我を表現できず無為に生きてるだけのように見えるが、霊的な目で見れば、そこには果たすべき目的があり、学ぶべき教訓があり、忍ぶべき体験がある。物的な視点でのみ物事を捉え、人間の医師に人の命を奪う権限を与えてはいけない。自然の摂理の一環の中で、人には生まれるべき時があり死ぬべき時がある。そう言った話でした(またまたかなり省力、部分的抜粋してます)今回は具体的な話が多く、結構考えさせられる話題が多かったです。 *シルバー・バーチの霊訓とは、 霊界の高級霊シルバー・バーチが英国の霊媒モーリス・バーバネルを 通じて語ったされる霊的真理について書かれた本で、 スピリチュアリズムの真髄とも言われている本です。 (ちなみに、この本は宗教とは全く無関係です。)
2007.01.21
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お義母さんはすっかり元気になられたようで、 今日は元気に一人でお出かけして行かれました。 良かった。とりあえずこれで一安心 私の自宅待機も今日でひとまず終了です。 夜、とある外国人支援団体の講座を受講してきました。 そして、そこで 「あなたはなぜこの講座を受けようと思ったのですか?」 と突然聞かれ、 焦った私は、簡単に一言二言喋るつもりが、 ・・・めっちゃ熱く自分の思いを語ってしまいました 語り終わって、我に返ったら・・・もう~恥ずかしいのなんのって、 恥ずかしくてたまらない 部屋の隅に座りこみたいほど恥ずかしかったです。 (もちろん、恥ずかしいので、語った内容は内緒です) 話は日本国内の事だけでなく、グローバルな視野で人権問題を捉えたお話で、 聞いてるだけで、すごく良い刺激になりました。 受講されてる方たちも、前向きに行動をおこして行きたいと 望んでおられる方が多いので、教室全体にはパワーがありました。 私もパワー充填させてもらいましたよ。多謝
2007.01.18
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↓最近、ちょっとこれで癒してもらっています。 こまねこ ーはじめのいっぽー http://ent2.excite.co.jp/cinema/feature/komaneko/ 先週の火曜日から、ほとんど家にいます。 先週の火曜日の早朝、義母から電話が掛かってきて、 「めまいがして、胃の中のもの全部吐いてしもたんや・・・ 今もめまいがしてしんどいし、koucha0565ちゃん、どうしょう・・」 慌ててお義母さん連れて救急センターへ。 連休明けの救急センターは混んでいて、 ここはもういっぱいだから、車椅子に乗って外来で事情を説明して下さいと言われ、 お義母さんを車椅子に乗せて、外来で看護師さんを捕まえて必死に事情説明。 そして、処置室のベッドに寝させてもらって、そこで診察と点滴を受けて帰ってきました。 義母の吐き気は止まったものの、めまいはまだ時々出てしんどそうなので、 義母の病院への付き添いや食事の用意とかで、 ここ一週間ずっと私は家で待機状態で過ごしています。 ちなみに義母を病院に連れて行く時は、義母が私の腕に掴まって歩くので、 なんだか腕を組んで歩くカップル状態です 更に最初の二日間は義母が病院内の車椅子用トイレを使う時も トイレの中まで腕組んでデートした私です。 広いトイレ内で、義母の用事が済むまで私は壁の方を向いて「きをつけ!」でした
2007.01.15
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春秋社CDブック 葉室頼昭「大祓 知恵のことば」 平成15年の「春日若宮御出現一千年祭」においての、 春日大社の神職による大祓奏上のCDが付いています。 いつも自己流で大祓の祝詞を上げてましたので、 どういう節で上げるのが良いのか知りたくて購入しました。 これまで、何度か色々な神社で大祓の祝詞を聞く機会がありましたが、 春日大社の大祓の祝詞は、一語一語を大切に発音する形の祝詞でした。 本の方は、ページ数100ページに満たない冊子でしたが、 葉室宮司による大和言葉や大祓の祝詞は何かという解釈が載っています。 大祓の祝詞とは、自然と共生していた古代の日本人が、 自然から伝わってきた(神からの)知恵を知り、 その知恵を大和言葉で語り伝え続けたものだと。 (↑、すみません、かなり大雑把に省略して説明してます) 時間がなくて、また一度しか聞いていませんが、 神職の方たちの大奏上は、ちょっと春日大社の境内にいる気分にさせてくれます。
2007.01.14
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今日はひょんな事から、整形外科で骨密度の検査をしてもらいました。 私の骨密度は低いらしいです(知ってました) 嘉門達夫似の先生いわく。 「このままでは60歳になる前に骨粗鬆症なるぞ! 50歳になったら薬飲むんやぞ! 今はまだ若いから何も飲まんでええ・・・ でも運動しろ! いっぱい歩け! そして毎日納豆を食え!!!」 と大声で怒鳴られたのでした。 「分かりました。ありがとうございました~」 と言いながら診察室を出て行こうとする私に、 更に後ろから、 「ええか! 毎日納豆を食え! 食うんやぞ!!」 と更に追い討ち。 この先生、患者に怒鳴って説明する事で有名な先生で、 患者によって好き嫌いが別れる先生です(私は結構好き派) それにしても納豆・・・ たかが納豆・・・されど納豆・・・と言うか 納豆は嫌いじゃないけど、納豆暦短いので、食べなれてません。 小学生の時は、納豆と言う物の存在だけは知っていました。 当時楽しみに読んでた小学館の「小学一年生」の漫画とかに良く出てきましたから。 (その時は藁に入ってネバネバしてて、悪戯に使われる食べ物だとだけ認識) で、現物を初めてみたのは、中学生の時。 糖尿病になった父の為に母が「身体に良いから」と買ってきた時が初見。 そして、初めて食べたのはもう成人して結婚してから。 夫が食べてるのを横取りして味見したのが最初。 感想は、何と言うか、あのネバネバが鬱陶しかった。 食事の最初に納豆を食べると、最後までお箸にネバネバが残るんですね 味は嫌いじゃないけれど、あのネバネバに負けて、 私の納豆暦は未だ回数にすると一桁台でしょうか。 でも明日から納豆頑張ります それにしても・・・・・なんで納豆? お豆腐ではあかんの?(お豆腐好き)
2007.01.09
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年末に購入した本です。 ヴォイス出版「パワースポット 神社」 全国の「パワースポット」と言われている神社がフルカラーで紹介されています。 もっと当たり障りのない事を書いた観光雑誌のような本かと思ってたのですが、 購入して見てみると、なかなか「つぼ」を押さえた事が書かれた本でした。 近畿のパワースポット神社なら、籠神社、大神神社、春日大社、熊野本宮大社・・・等々 籠神社の奥の宮、真名井神社(知る人ぞ知る神社ですね)の事も 2ページを使って紹介されています。 そのパワーは「自身が神であることを思い出させる宇宙根源のエネルギー」であり、 ここのご神水は「前世から持ち越してきた様々な『曇り』を祓う力がある」と。 神社の紹介の他に、言葉の持つ言霊の話。 日本のレイライン、ご来光の道、平安京を中心に描かれた伊勢の「五芒星」 海外のパワースポットやレイラインのことにも触れていました。 私がいつか行きたいと思ってる北海道神社に富士山本宮浅間神社。 幣立神社に玉置神社・・・なんか私が行きたいと思っている神社ばっかり載っています。 出来たらこの本を抱えて半年ぐらい旅をしたい気分にさせられました。
2007.01.02
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明けましておめでとうございます今年もよろしくお願いいたします 昨年は私にとって色々と変化の年でした。 一番の変化は会社を辞めて、専業主婦になった事。 一番悲しかったのは、やっぱり両親の病気かな。 一番驚いたのは義母が救急車で運ばれた時 そして、一番嬉しかったのは、夫が一年間もの凄い副作用と戦いながらも、 C型肝炎治療をやり遂げ、無事C型肝炎完治の太鼓判を貰った事です 悲しい事もあったけど、嬉しい事もいっぱいあって、 それなりに色んな思い出が詰まった一年でした。 今年もまた色々あるだろうし、 その度に私は泣いたり笑ったり怒ったりするだろうけど、 その時その時、自分なりに精一杯前を向いて頑張れたらな、 そして一年後、ちょっとでも成長したなって思えたら嬉しいなと思っています こんな私ですけど、今年もどうぞよろしくお願いいたします
2007.01.01
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