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今日は、 ユキちゃんの百箇日です。数え方が2通りあって、昨日か今日なのですが、偶然にレオちゃんママが白いカーネーションを持ってきてくださいました。今日は特に何をするわけでもありませんが、こうしてユキちゃんについてまだ書ききれていないこと(実はたくさんあるのです)を少し書こうと思います。そして、後日、親しかった犬仲間の方々のご都合のいい時にNHKで放映された「千の風になって」や「星の王子さま」や柳澤桂子さんの「生きて死ぬ智慧」などのDVDを一緒に観たいと思っています。 どこから書けばいいのか・・・・、あの子がうちの子になったいきさつからにしようか、来た日からか、亡くなった日からにしようか、その後のことか・・・・どれに対してもちゃんと書き留めておきたいことがありますが、今日は思い切って亡くなった日から翌日にできた詩歌をアップすることにします。 大好きなワンワン山を駆け抜けてうれしさの嶺で空に逝きけりユキちゃんは、初めはワンワン山に続く道も通れませんでした。他のワンちゃんに吠えられたことがあったからです。当時20~23Kgのユキちゃんを私が抱っこしたり、勢いよく走り抜けていました。少しずつ少しずつ慣らして行って、やっと広場まで降りられても他のワンちゃんたちの中には入れませんでした。それからまた少しずつ慣れて、そのうちに柴犬のリンちゃんと遊べるようになって、それからだんだんいろんな子と遊べるようになりました。そして後半は皆さんが驚くほど元気に活発に遊べるようになり、大好きな場所になったのです。あの日もとてもうれしそうでした。いつの日か果てるものとは思へども目の当たりにしてただただ無常それにしても、あまりに早く突然のことだったので、無常を感じるばかりでした。後悔を吹き飛ばすかのような大風に樹々の枝々激しく揺れる翌日荼毘に付す時、すさまじいほどの強風が吹いていました。火葬場に行っていた私とは会えないままに我が家にお花を届けてくださった友人の話では、その時我が家のあたりもすごい風だったということでした。後悔したくないので、ユキちゃんのことは手抜きせずに私には珍しいくらい徹底して頑張っていました。できることは何でもしたと思っていますが、それでも後悔はあるのですね。その後悔を吹き飛ばしてくれるかの勢いで風が吹きました。ユキちゃんからのメッセージを運んでくれているかのようでもありました。大風に君焼く煙混じるらむ真実味増すきのうの出来事大風に運ばれてユキちゃんを焼く煙も混じっているのかと思うと、まるで夢のような出来事も真実味が増して行きました。歌にするにあたって、二人称には主観的には「吾子」なのですが、客観的には嘘になり勘違いを起こしやすいので「君」にしましたが、気持ちには添っていません。この写真は、亡くなる3日前の夕方、暗くなった頃でした。あまり歩きたがらないので(夏はいつもそうでした。10月にはなっていても犬にとってはまだ涼しくなかったのでしょう。)車で山の上の公園に行きました。これは、自由律俳句です。 句のままです。まだ直後はユキちゃんの存在は傍にいましたが、なでようとしてもなでる身体がないことがとても悲しみを増しました。前代JOYの時に友人がくださった一抱えもある大きなゴールデンのぬいぐるみを抱えてなでていました。
2007年01月30日
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午前中は 奈良町界隈・往馬大社 を楽しみました。 ------------------------------------------------- 往馬大社で清々しい気分になって、近鉄奈良駅に戻り、Oさんとお会いしました。 5年ぶりです。 お元気そうで安心しました。 お嫁さんのMさんが車を出してくださって、3人でベジタリアン自然食・喫茶あしゅーらで 昼食をとり、その後場所を変えてお茶をいただきました。 それから、Oさんのお宅の竹工房に伺いました。(たくさんの竹細工を見せていただきました) Oさんの竹細工。 荷物になるからと大きな花器は後から送ってくださいました。 その後、3人で秋篠寺に行きました。 私は、たぶん30年くらいぶりだと思います。 久しぶりに伎芸天にお会いできてうれしかったです。 お堂の中では、静かな心で仏さまと向き合えました。 苔がきれいでした。 5年ぶりのOさんと 近鉄奈良駅まで送っていただいて、京都へと向かいました。 発車してまもなくちょうど夕日が沈む頃となり、夕焼けがきれいでした。 うれしくて、走っている電車から写そうとして構えていましたが、 障害物が多くて難しかったです。 朝は、猿沢池の朝焼けで始まり、帰りもこんなに美しい夕焼けで終わり、 とても幸せな気持ちでした。 奈良に来たことを喜んでいただいているような気持ちにさせてくれる夕焼けでした。
2007年01月28日
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昨日は、当麻寺、大野寺、長谷寺を訪ねました。 ------------------------------------------------------ 昨晩、泊まったホテルが近鉄奈良駅のすぐそばだったので、チェックアウトする前に お散歩することにしました。 猿沢池に来ると、ちょうど朝陽が上って、池に映っていました。 しばらく見入って、写真を撮りました。 私がこの旅に出ていることを知っている友人や家族に 旅日記メールを送っていましたので、この景色もデジカメだけでなく 携帯でも写しておきました。 この旅日記メールは、一緒に旅をしている気分になれたと好評でした。 奈良町は、まだ目覚めたばかりという感じで、ほとんど人通りもありませんでした。 お寺の拝観もまだできません。 でも、そんな時間でも吉田蚊帳店は開いていました。 蚊帳と蚊帳生地ののれんや布巾などを販売している古いお店でした。 のれんも欲しかったのですが、みうちゃんやふうちゃんの反応が予測できたので やめて、色鮮やかな12色のならまちふきんや8色あるコースターの中から 自分や友人の好きな色のものをお土産に買いました。 こちらのお宅が描かれている絵葉書も買いました。 この後は、お店のおばあさまのお勧めのならまち格子の家もまだ開かず、 元興寺はまだ拝観できませんでしたが、福智院は箒の目ついたような お庭が開いていましたので、お参りさせていただきました。 すがすがしい気分でした。 ならまちには、このような案内が角々に立っているので、安心して歩けます。 (私は、比較的方向感覚があって、どこにでも平気で行けたのですが、 この頃 それが頼りなくなってしまいました。年のせいなんてあるのでしょうか?) そろそろホテルに帰ろうと猿沢池の辺りに戻りましたら、鹿さんがいました。 声をかけて近付いてもじっとしていました。 何だかユキちゃんのように感じました。 ユキちゃんの目は鹿さんの目に似ていましたから。 鹿さんのそばにはこの子がいました。 池の中には行きに見たときと同じように ヤマガラでしょうか。 鷺がいました。 短い時間のお散歩でしたが、いろいろな出会いがありました。 ------------------------------------------------------- 今日の午後は、以前パソコン通信のフォーラムでご一緒していたOさんに お会いすることになっていました。 午前中に行けるところを考えていましたが、往馬大社に行くことにしました。 奈良にはもう10回くらい来ていて、ほとんどのお寺は訪ね、 多くの古道は歩いていましたが、生駒方面は初めてです。 昨日のようなドジをしないように、気をつけて生駒で乗り換えて一分駅で降りました。 前を小さなお子さん(1歳の女の子)の手を引いて歩いていらっしゃる方に 往馬大社への道をお尋ねしましたら、その方たちもいらっしゃるとか、 親切に教えていただきました。 こんもりとした鎮守の森に向かって歩きました。 その方々にはその後も何度もお会いしました。 この日は日が良かったのか、お宮参りの方々が次々といらしていました。 私もお参りを済ませてから、お守りを求めてから、おみくじも引きました。 初詣は末吉でしたが、今日は大吉でした。うれしかったです。 あおげば天に明き星が巡り、地には清々しき風吹き、塵もはらわれる。 福を皆に分ける大様さ持たらばさらに大々吉なり。 とありました。 豊かな森に囲まれた立派な神社でした。爽やかなエネルギーを感じました。 野鳥のさえずりを聴きながら、樹を見上げて、しばらく楽しみました。 そして、境内の隅に目をやると、神社なのに観音堂があり、 また、十一面観音さまがいらしたのです。 ほんとに昨日から十一面観音様とご縁があります。
2007年01月28日
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当麻寺を訪ねた後 当麻寺駅から近鉄南大阪線で橿原神宮前駅へそこから近鉄橿原線で大和八木、 さらに近鉄大阪線で室生口大野駅に行きました。 笠置寺の摩崖仏を見ることができなかったので、大野寺の摩崖仏をと 思い、やって来ました。 着くまでは、大野寺は室生寺や長谷寺などと一緒に18歳のときに友人と訪ねて 以来かと思っていました。 大野寺の前の川の向こうの崖に仏様がいらっしゃいました。 大野寺の対岸の岩壁に線刻された弥勒大磨崖仏(史跡)は高さ11.5mで国内最大の磨崖仏。 ところが、室生口大野駅について、大野寺に向かって歩き始めてはっと気がつきました。(人の記憶は、何か特別なことがあったときには不確実なものになるのですね。)実は5年前に来ていたのです。でも、その時はそれをすっかり忘れてしまうほどのショックな体験があったのです。室生寺まで歩こうと山道を選んで〔その前の台風で五重塔が壊れた時に案内表示も道もなくなっていたのです〕遭難しかけたのです。気がつくと、ハイキングコースの道どころか獣道もなくなって、たまにあるのは鹿の糞くらいでした。見渡せば、山また山で、人の気配を感じる音もまったくありませんでした。その少し前に山歩きの好きな知人が何ヶ月も行方不明だった後、険しくない相模湖付近の山中で遭難して亡くなっていたという話を聞いていたので自分も・・・という思いが頭を過ぎりました。どちらに行けばいいのかもまったくわからないまま、山の急斜面を倒木などを乗り越えながら、水音に向かって降りて行きました。何とか川に出て、川沿いの道からダム湖に出ると、やっと標識や建物がありました。やはり2月頃のこと、ぎりぎり日没前に抜け出せたので助かりましたが、今回あらためて駅から周囲を見渡すと山また山で山ばかりでしたので、よく助かったと思うと同時に守護霊様が守ってくださったのだと思いました。 大野寺から駅に戻り、昨日の青蓮院のことがあるので、今日は駅員さんに長谷寺までの電車の時刻を伺いました。ぎりぎりです。長谷寺駅にタクシーがあるので、それで行けば間に合うでしょうとのことで、とにかく行ってみることにしました。 運よくタクシーが1台停まっていて、閉門5分前に着きました。 結果的には閉門ぎりぎりに滑り込めたのがとても良かったのです。 登り廊は、三廊に分かれていて、全部で百八間、三九九段です。 かなり登り甲斐があります。 思いがけず、寒牡丹も咲いていて、うれしくなりました。 しばらく登って行くと、途中でいい香りがしました。 蝋梅でした。大きな木が数本ありました。 すがすがしい気分になりました。 やっと登り切ると、本堂があります。 小初瀬山中腹の断崖絶壁に、京都の清水寺の舞台のようになっています。 こんなに登って来たのです。 ここ長谷寺のご本尊も、十一面観世音菩薩立像です。でも十一面観音様に御礼を言ってしばらくお顔を拝見していました。今日は、ここでも十一面観音様とのいい出会いがありました。 ゆっくりお参りさせていただいて、回廊を下って行くと、夕方のお勤めが始まったようで 読経が聞こえてきました。 私は、わざわざそういう会に出かけたりすることもあるくらい、読経や声明が好きです。 予期していなかった幸運にうれしくなりました。 帰りは、参道を通って駅まで歩くことにしました。 気がついたら、今日は当麻寺駅の傍でぜんざいを食べただけでした。 (京都のホテルでは朝食もついていましたが、いただかないで出てきました。) もう5時過ぎでしたから、休憩も兼ねて参道沿いのお店に入って夕飯を 済ませることにしました。 温かいそうめんとわらび餅のセットを注文し、お店に置いてあった篠山紀信さんの 「長谷寺」の写真集を見ました。土門拳さんや入江泰吉さんの写真とは趣の違う お寺の姿でした。 篠山紀信さんらしく女性もよく登場しますが、なぜか白い猫ちゃんが何度も 登場してきました。 写真集には、田辺聖子さんの特別寄稿も収録されていて、今訪れたばかりの ところを流暢な文章で再び味わうことができてよかったです。 18歳のとき友人との初めての旅が奈良でした。 山辺の道を歩いたり、万葉集にちなんだ場所を訪ねましたが、 そのときにこの長谷寺や大野寺、室生寺にも来ていました。 その友人に回廊の写真を写メールで送りました。 返信には「今、辺りは真っ暗でしょう。寒くない?気をつけて早く宿に~」と 心配してくださる言葉がありました。が、暢気な私は全然気にならずにいました。 でも、ゆっくりと食べ終えてお店を出ると、もうすっかり暗くなっていて、 まったく人通りもありませんでした。 けれども、参道だけあって、両側には旅館やお店が立ち並んでいたので 寂しかったり不安だったりすることもなく駅に向かうことができました。 暗い道でしたが、周りは宿場町を思わせるような町並みで、 山から流れてくるのでしょうか、建物の前には小さな流れがあり、 水音がしていました。 駅から電車に乗り、今夜の宿(近鉄奈良駅の傍のホテルでした)がある 近鉄奈良駅に行くばかりでしたが、うっかり者の私は大和西大寺で乗り換えるのを 忘れてしまい、京都府内の大久保まで行ってしまいました。 それでも何とかホテルにはちょうど8時くらいに着きました。 * * * * * * * * * * * * * * * 過去の日記を書き込む場合、「新規に投稿できるのは現在の月から前月までとなります。」 というのを確認し、2月28日までなら、1月は前月となるので2月27日に1月27日分を アップできると思っていました。 ところが、今日になって気がついたのですが、もう2月27日分はアップできなくなっていました。 この場合、日本語の使い方として「前月」という語を使うのは正しくないですよね? 「1ヶ月間」とすべきですよね? といっても、こんなぎりぎりにアップしようとするのは私くらいかもしれませんから、 皆さんには関係ありませんね。 本当は、昨日アップした1月27日(当麻寺)の続きを、1月27日の日記として アップしたかったのですが、こういういきさつで1月28日の日付となってしまいました。
2007年01月28日
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出かける前は、笠置山の笠置寺(虚空蔵菩薩摩崖仏)に行きたいと思っていましたが、昨日足に豆ができてしまったので、かなり歩きそうな笠置寺はやめて、当麻寺に行きました。当麻寺には十数年前に行ったときに不思議な体験があったり、心惹かれることがあったのでまた行くことにしたのですが、(詳しいことは書きませんが)やはり今回もそのようなことがありました。十数年前に行った時は、二上山神社口から二上山に登り、そこから当麻寺に降りて行きましたが、今回は、当麻寺駅から直接行きました。東大門から入りました。 中将姫 当麻寺は中将姫蓮糸曼荼羅(当麻曼荼羅)の伝説で名高いお寺です。 門をくぐると、初めに目に付いたのが、梵鐘でした。 日本最古の梵鐘(白鳳時代・国宝)ということでしたが、 網がかかっていたのが興醒めでした。 左手に中之坊を見ながら奥に進むと、金堂と講堂の間に曼荼羅堂が 見えました。 ↑この図は当麻寺中之坊HPより借用 正面が本堂(曼荼羅堂・まんだらどう)です。 中将姫の當麻曼荼羅をご本尊としてお祀りするお堂です。 左側は、金堂です。 右側が講堂です。 當麻寺本来の中心のお堂で、 ご本尊は丈六の阿弥陀如来で 日本最古の塑像・弥勒仏(白鳳時代・国宝)を 藤原期の仏像(重文)です。 本尊とし、日本最古の乾漆・四天王 その他、珍しい妙幢菩薩(みょうどうぼさつ 弘仁時代・重文)や、(白鳳時代・重文)が四方を守護しています。 地蔵菩薩(藤原・重文)など、おもに平安時代の仏像が祀られています。 まず、曼荼羅堂に入りました。初め、左手の弘法大師参籠間で弘法大師様のお顔を眺めていました。その後、中央のご本尊である文亀曼荼羅(蓮糸曼荼羅を文亀年間に転写したもの)の前に座り、テープで流れる説明を聴きながらずっと座っていました。(以前訪れた時に買い求めたこの蓮糸曼荼羅のコピーが、我が家にはずっと飾ってあります。)次に、右手の十一面観音様(織姫観音と呼ばれる一木彫)の前に立つと、なぜか「お久しぶりにお会いします」という言葉が出て、次に「ありがとうございます」という言葉が出てきて、ずっと繰り返していました。(私しかいなかったので)そうしているうちに胸がいっぱいになって涙が出そうになりました。 その後金堂と講堂の中でお坊様の説明を受けながら拝観させていただきました。金堂では、四天王のお顔がインド風なのが印象に残りました。 講堂では、阿弥陀様も良かったですが、妙幢菩薩のお顔が愛らしく感じました。 どちらのお堂も、荘厳な空気の中で、いらっしゃる仏様も立派でした。 それから、三重塔(西塔)をゆっくりと眺めました。塔の上の水煙を眺めていると、ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲という佐佐木信綱さんの有名な短歌を思い出しました。 この当麻寺三重塔上の相輪は東西塔とも8つであるのは珍しいようです。(他の寺院では9つ)當麻寺のシンボルとしてそびえる双塔は、創建時のまま揃う全国唯一のものです。特に注目されるのが水煙(すいえん・塔のてっぺんの部分)で、東塔は極めて特異な魚骨形。 その後、當麻寺遷造の時、西南院に坤(裏鬼門)の守り寺院として創建されたのが 始まりという西南院に行きました。 石楠花や牡丹の時季ではなく、お花は見られませんでしたが、 池泉回遊式庭園が素晴らしく(ここでも私だけで静かでした) 水琴窟の音を楽しんだり、みはらし台から二基の三重塔を ゆっくり眺めることができました。 それから、行く前はそこで写仏をしたいと思っていた中之坊 (當麻寺開創に伴い、役行者が道場として開いたとか)へ行き、 写仏はせずに拝観だけしました。 大和三名園と賞される池泉回遊式兼観賞式庭園「香藕園」には やはり私だけでした。 霊宝館の宝物にも見るべきものがありました。 またそこには一字写経というものがあったので、私も書きましたが、 文字は「不」でした。 中之坊には、以前、高野山に行ったときから使っている陀羅尼助が ありましたので、帰りに買ってきました。 そろそろ引き上げようと門の方へ戻りかけると、 たくさんの猫ちゃんたちがいました。〔昨日からやたら猫ちゃんに出会っています。〕 いろいろな色の猫ちゃん、子猫ちゃんもいて、みんなで仲良く 気持ちよさそうに日向ぼっこをしていました。 当麻寺でゆっくりと過ごしてから、駅までの道も少し遠回りをしながら 駅に戻った時には、2時になっていました。 おなかも空いたので、駅の近くの「当麻名物 中将餅」というお店で よもぎ餅のぜんざいをいただきました。(写真は少しいただいてから写しています。) 温かくてやわらかくおいしいぜんざいで一息ついてから駅に戻りました。 ホームから二上山が見えました。 二上山は、大和の国の西に位置し、夕陽が2つの峰の中間に沈むことから、 西方極楽浄土の入口、死者の魂がおもむく先であると考えられた特別な山でした。 当麻の地は折口信夫(釈迢空)の幻想的な小説『死者の書』の舞台としても知られています。 前回は帰りの電車の中からちょうど二上山に沈む夕日を見ることができましたが、 その感動的な光景は今も脳裏に鮮やかによみがえります。 ~ 続く( この後、大野寺と長谷寺に行きます)
2007年01月27日
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(京都 その1)岩清水八幡宮 (京都 その2)岩清水八幡宮 補足 (京都 その3)松花堂庭園でカワセミにに続いて この旅に出るにあたって、まず調べたのは、目的のひとつの伊藤若沖さんの画を 見られる美術館やお寺のことです。 それから、食事は豪華なものではなく、食べ慣れているものや 今年はちゃんと習おうと思っているマクロビオティックのレストランで 食べたいと思い、調べていました。 そこで今日は、ちょうどリンクさせていただいているもりのいえさん (自然に沿った田舎暮らしをなさっています)が日記に書いていらした京都市左京区に ある善右衛門的カフェに行くことにしました。 京都のおばんざいとマクロビオティックとを合わせて京まくろびというお料理です。 ”ひるめし”と三年番茶と本豆餅をいただき、さらに本豆餅とパウンドケーキを テイクアウトしました。(夜いただきましたが、食べすぎでした) ↑ひるめし (玄米・味噌汁・漬物・ワンプレートのおそうざい・青大豆) 2時から2時45分くらいまで、こちらで昼食をおいしくいただきながら、 食や農や古民家のお話などをしました。 朝から何も食べていなかったし、足が痛かったのですが、 休憩もでき、おなかも満たされ、満足して次に向かったのは 伊藤若沖さんの画のある細見美術館でした。 幸い、そこから10分くらいで歩けました。 伊藤若沖さんの画 今開催されている展覧会が「雪・月・花 展」-雛かざりとともに-ということで お雛様の展示もありました。 伊藤若沖さんの画は、雪というテーマで選ばれていました。 本当は、ハマリごと---伊藤若沖 で 京都国立博物館での展示が1月28日までと いうことだったので、それに合わせて出かけてきたのでしたが、 それまですでにけっこう歩いたのと細見美術館で観たのとで疲れてしまい、 国立博物館に行く元気がなくなってしまいました。 それで、この後の予定を落ち着いて検討するために近くの府立図書館に入りました。 とても重厚な佇まいの素敵な図書館でした。(中は今風でした。) すぐ近くに平安神宮の大鳥居がそびえていました。 幅18m,高さ24m どう頑張っても傍ではこれしか写せませんでした。 疎水沿いに歩き、水鳥の姿を楽しみながら、青蓮院に向かいました。 カモみたいです。 青鷺でしょうか。 疎水沿いを歩いていても、足の痛みもあって(靴選びが間違っていたようでした。) もう散策を楽しむという気分ではありませんでした。 でも、何とか青蓮院に着きました。 なのに、残念なことにすでに閉門。(冬季は閉門が早いのです) 青蓮院は以前にも拝観したことがあり、好きなお寺のひとつでしたのに、残念でした。 でも、門前にある楠の大木を眺めて、気を取り直しました。 門前の名木「楠」。親鸞聖人御手植と伝えられ五本ある。 京都市の登録天然記念物指定 その後も痛い足でひたすら歩きましたが、結局はどこもお寺は拝観できませんでした。 でも、思いを残すと、また次の期待に繋がるので、それもまたいいかなとも思って います。 旅は文章と同じように生き方を映していると思いますが、 自分でももっと合理的に楽に楽しんだらいいのにとも思いながら、 結局要領の悪い疲れる旅をしている自分に気づきます。 (この日記も大分前に書き込み、アップ直前にうっかり消してしまい、がっかりして その後遅くなってしまいました。) 今日楽しんだことも、樹や鳥や猫や自然食やミュージアムショップでのお土産探しなど… やはり私らしいですね。 1日中よく歩いて足が痛いと思っていましたが、ホテルで入浴したら、 右足には血が左足にはマメが~~ 歩きやすくない靴で十数キロは歩いていたようです。 P.S. 伊藤若沖さんの画に関しては、細見美術館のミュージアムショップで買い求めた 本から、宮内庁三の丸尚蔵館に私が一番見たかった画があることがわかりました。 ただ、その画の展覧会は去年終わってしまったということも後でネットで調べて わかりました。
2007年01月26日
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きままなひとり旅・・・1日目(京都 その1)岩清水八幡宮 きままなひとり旅・・・1日目(京都 その2)岩清水八幡宮 補足に続けます。 松花堂庭園に着く頃には、もう1時間半くらい歩いていて しかも靴の選択を間違えて、身体も足も疲れてきました。 やっと着いても、庭園は結構広くてまた歩かなければなりません。 このあと、バスで樟葉駅に出てためにそのバスの時間も気になり、 レストランや美術館を横目に庭園だけの鑑賞となりました。 順路に沿って歩き出してまもなく、小川がありました。 大きな鯉が泳いでいます。 そして、何と!カワセミさんが2羽いたのです。 動いてしまうので、うまく撮れませんでしたがわかりますよね。 黄色い竹がありました。「キンメイモウソウ」というそうです。 その他にも変わった種類の竹や樹々、そして、垣根など珍しいものがありました。 茶室もいくつかありましたが、2畳ほどの質素な茶室の空間に 心惹かれました。 松花堂庭園の中 ← 茶室や垣根の写真があります。 水琴窟がありました。 その音に癒されながら、動画も撮りましたが、容量がオーバーして アップできませんでしたので、こちらでお聴きください。 → 水琴窟の音 水琴窟とそのしかけ 何の木か忘れましたが、ちょっと休憩したベンチの近くにあった木を 写しましたら、光がきれいに写りました。 その後、バスの時間を気にしながら、 天津乙女や雛侘助などの椿などを見ました。 この後、樟葉駅から京都市内に向かいました。 つづく ~
2007年01月26日
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きままなひとり旅・・・1日目(京都 その1)岩清水八幡宮 の補足です。 男山一帯(八幡市)男山は、平安時代初期に石清水八幡宮が建立されて以来、山全体が神域として大切にされ、自然環境が保全されてきました。アラカシ等を中心とした広葉樹が生育し、野鳥やチョウ類等多種類の動物が生息しています。付近はベッドタウンで都市化している中で、貴重な自然環境であり、府歴史的自然環境保全地域に指定されています。 -------------- ------- 男山の3つのハイキングコース(八幡市)標高143mの男山を縦断するように、こもれびコース(約1.3km)、ひだまりコース(約1.2km)、せせらぎコース(約700m)の散策コースがあります。観光案内の方に、ひとりだったらこもれびコースは やめた方がいいようにアドバイスをいただきました。 (竹薮がうっそうとしているのでということでした)春には桜が、秋には紅葉と、四季が楽しめます。また、コースの途中には野球やキャンプができる男山レクリエーションセンターや石清水八幡宮、エジソン記念碑、展望台等もあり自然と歴史が楽しめます。
2007年01月26日
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冬になると、寒くなると、出かけたくなります。それも寒いところへ。 もっと陽気のいい時季に行けばいいようなものだけど、 寒い時に寒いところに行きたくなるのです。 意識してそうしているわけでもなく、気がつけばそうなのです。 去年も夫からの誕生祝を”旅”にしてもらっていたものの、 なかなか出掛けられなくて秋になってしまったということや、 ユキちゃんがいないということや、 ユキちゃんが時間をくれたからということや、 見たい画の展示期間があったということや・・・・ と理由がないでもないけれど、 この冬もまたそうでした。 早朝でないと畑仕事もお散歩もできなかった夏と違って 冬はお寝坊の私が今日は早起きして京都に向かいました。 当駅6時半頃の電車に乗ると、あたりはまだ暗く、 東海道新幹線ひかりに乗るために向かう車中で朝日が上り、 その荘厳な美しさに、これから始まる旅への期待が生まれました。 早起きした甲斐があって、京都駅には9時20頃に着きました。 しかも、ホテルは駅から1分。 まず荷物を預けてから、出かけたのは岩清水八幡宮でした。 確か、中学の古文で勉強した徒然草第52段に出てくる 「仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ~」というお話の神社です。 第52段 仁和寺(ニンナジ)にある法師、年寄るまで石清水(イハシミヅ)を拝(ヲガ)まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、たゞひとり、徒歩(カチ)より詣でけり。極楽寺・高良(カウラ)などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。 さて、かたへの人にあひて、「年比(トシゴロ)思ひつること、果し侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意(ホンイ)なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。 少しのことにも、先達(センダツ)はあらまほしき事なり。 と 法師は山の上の岩清水八幡宮にはお参りせずに帰ってきてしまい、 何事にも先達(先に立って導いていく人。案内者。指導者。)は 欲しいものというお話でしたが、 私の場合予めネットで調べて(私の先達はパソコンということですね ) また、駅の観光案内の係の方にお尋ねして歩き始めました。 石清水八幡宮は山の上にあってほとんどの人はケーブルカーで 登るのですが、私は歩いていきました。 参道 ← ↓一の鳥居を見つけて、そこから参道に入りました。 ↑静寂な雰囲気の頓宮殿を通り、 ↓ 高良社へ行きました。 この小さなお社にはあまり訪れる人もいないようで、(仁和寺の法師は訪れましたが ) 森閑とした趣のある佇まいでした。 そして、その傍らに御神木(タブノキの巨木)が立っていました。 こういう木はまさに御神木で神様が宿っている気がします。 お会いできて、うれしくなりました。 できるだけ樹々の中を歩きたくて、太子坂を通って行きました。 たくさんの樹に出会いました。竹も多かったです。 こういう中を歩くのはとても気持ちが良くて幸せでした。 鳥さんたちもたくさんいて、あちこちで声が聴こえていましたが、 ある場所で、ぽつんぽつんと何かが降ってくる音が聞こえました。 天気がいいのに何かしらと見上げると、かなり高い樹の上には たくさんの鳥さんたち。 そして、樹には何か赤い実がたくさん生っています。 その実をついばんでいる鳥さんたちが落としている実が まるで霰でも降っているかのように絶え間なく降っている音だったのです。 しばらくの間、見とれてしまいました。 豊かな森の楽園といった感じでした。 (動画に撮ったのですが、うまくいきませんでした。残念です。) それから、この鎮守の森には鳥さんだけでなく他の生き物もいました。 赤い実が降ってくる先の大木の方から、とても変な声が聞こえてきました。 一瞬、警戒して進んでいくと、猫さんでした。 初めは、その声で怒っているのかと思い、「大丈夫よ。何にもしないからね。」と 言いながら傍を通り抜けようとしましたが、怒っているのではなくて どうも身体を悪くしているようでした。 文字にはできませんが、無理にすれば、「ゴホッゴホッ」に近いような 咳のようなむせているようなそんな声でした。 「具合が悪いの?大丈夫?お大事にね。」と別れましたが、気になりました。 この子の他にも2匹(若くて元気でした)の猫さんに出会いました。 30~40分くらいかかって本殿にたどり着きましたが、 急に大勢の人がいて、驚きました。 皆さん、ケーブルカーで上って来られたようでした。 人が多かったのと工事中だったのとで、本殿ではお参りはしたものの まったく心を惹かれることはなく、すぐ引き返し、案内の方に教えていただいた通り、 神馬舎から右手に入り、松花堂庭園に向かって下りました。 竹林に沿った下り坂でしたが、まったく誰にも会いませんでした。 つづく ~ 歩いた道 ← 地図
2007年01月26日
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今年は、もう何日も前からプレゼントが届き、お祝いの会食もしていましたが、 誕生日当日、日付が変わってまもなく二男のお嫁さんから携帯に グリーティングカードが届きました。 そして、パソコンには二男からきょうちゃんの写真付きのメールが届いていました。 翌朝、目が覚めると十代からの友人からメールが入っていて、 その後、電話やメールやグリーティングカード、FAX,宅配便などが次々届き、 北海道から屋久島までの家族や友人、犬仲間の方、さらにブログ上でも お祝いのメッセージをたくさんいただきました。 ↓みうちゃん ↓ふうちゃん 何か開ける度にふうちゃんとみうちゃんが興味津々です ↑私の興味や好みに合わせてくださったプレゼント ↑なぜか同じような赤系の封筒でした ↑籠が好きなことを覚えていてくださって ↑長男からはデジカメが送られて来ました ←気がつくと、みうちゃんがプレゼントを押しのけてちゃっかり箱の中でお昼寝 「みうちゃんがプレゼント?!」 もう誕生日を迎えていくつになったとか感激する年齢ではないけれど、 こうして誕生日を覚えていていただいていたり、 あたたかいメッセージや心のこもったプレゼントをいただくと、 私がどんなに多くの方々のあたたかさに支えられて生きているのかを実感し、 感謝の気持ちでいっぱいです。 夫からは、私の希望に合わせた旅のプレゼントです。 26日から28日にきままな京都・奈良へのひとり旅に出ます。 (旅先からのメール更新がうまくいきませんでした。旅の様子は後日アップします。)
2007年01月24日
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今日は二男一家に会うので、離乳食が始まったきょうちゃんにと、朝畑に行きました。 大寒だけあって、さすがに寒い日でした。 息子たちの家に近い駅で待ち合わせましたが、その頃雪のようなものが少し降ってきました。 暦というものは、本当に適切に季節や気候をとらえているといまさらながら感心しました。 前日(1/19)が二男のお嫁さんKさんの誕生日だったので、5人で昼食を楽しみました。 玄海 ←きょうちゃんがいるので、個室を予約しました。お店の方が親切で、お料理もおいしかったです。 きょうちゃん(8ヶ月)は、お正月に来た時に比べ、また表情が豊かになったり、 声(本人はことばのつもりかも?)を出したり、前歯も2本生えていたり さらに、テーブルにつかまり立ちをしていたときにパパの方へ一歩歩きました。 今は、つかまり立ちをしているのがとてもうれしいようです。 テーブルをバンバンたたいているのを褒める?(何でも褒めてしまいます)と 得意そうな顔をします。きょうちゃんは、とても愛嬌が良くてかわいいです。 きょうちゃんがいるだけで、みんなが幸せです。 Kさんへのプレゼントは、食事の後に本人に好きなものを選んでもらって プレゼントをしましたが、5日違い(1/24)の私の誕生日のプレゼントに二男たちは こんなものを選んでくれていました。 ハンディーウォームという、携帯用カイロです。 私がいつも「ほかほかカイロ」健康法として仙骨に使い捨てカイロを貼っているのに 気がついていたようです。 COSさんの「万病一元!血液をきれいにしよう」です。 健康についてとてもためになるお話です。 その後、お茶を飲んでから私たち夫婦は帰路につきました。 とてもいい日になるはずでしたが、が我が家近くになったY字路で右側に行くために 一時停止したときです。 突然、ドーンという衝撃を受けました。初め、何が起こったのかわかりませんでしたが、 ワゴン車に追突されたのでした。 幸い、車(後ろにへこみ)も人(軽い頸椎捻挫)もたいしたことがなかったのですが、 驚きました。 でも、これだけで済んで良かったと夫としみじみ話しました。 ユキちゃんのことがあってから、いつ何が起きるかわからないと思っていましたが、 今回のこともその1つです。 (昨秋には、川越の帰り西武新宿線の車内で、突然前に座っていた女性が 持っていたコントラバス?が突然倒れてきて、私の膝に当たりました。 そのときも痛かったのですが、その後寒くなってから痛みが出ました。 コントラバスのご当人は何にも知らないことです。) でも、こういうことも厄落としだと思えば、これだけで済んだことに感謝できますね。
2007年01月20日
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この冬の花たち 1 (種から育てたもの) と この冬の花たち 2 (球根・宿根草・花木)に続いて、今回は購入苗と花友だちからいただいた苗から育てたものです。 イオノプシディウム プリムラマラコイデス ピンク 宿根ネメシア 紫 宿根ネメシア ピンク 宿根ネメシア 白 いただいたものでわかりません。 どなたかご存知の方がいらしたら お教えください。 パンジー オレンジ パンジー 薄紫 ビオラ 白 見元園芸オリジナルビオラ 見元園芸オリジナルビオラ バニータイプ 野うさぎミーモ フェアリーチュチュ これは、うさぎさんみたいな花びらのはずなのですが こちらはとても元気です。 見えるでしょうか? あまり元気でないのが残念・・・
2007年01月19日
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先日は、種から育てた1年草を紹介しましたので、 今日は、球根や宿根草と木のお花を紹介します。 まず、花木です。 アブチロン・白 アンソデンティア 盛夏は休止していましたが、夏前から この花もやはり夏前から休止しながらも ずっと咲いています。 長く咲いています。 次は、蔓性植物です。 この花の名前がわかりません。ご存知の方、教えてください。 一時ディプラディニア(マンデブィラ)だと思い込んでいましたが、最近ディプラディニアが流通するようになってそれと比べてみたら、花は良く似ているのですが、葉っぱが全然違うのです。 ここから、多年草です。 アゲラタム ウインターコスモス ピンク この花は、たぶん去年の6月くらいから ウインターコスモスといえば 休みなくずっと咲いてくれています。 クリーム色ですが、去年ピンクを 見つけて植えました。 カランコエ 雲間草 咲いているのは少しですが、 あまり好みの色ではありませんが、 蕾がたくさん控えています。 ちょっとさびしい寄せ植えを 去年の母の日に息子が贈ってくれた 明るく彩ってくれています。 寄せ植えの中の1つです。 バコパ(ピンク) バコパ(白) こういう小さいお花が好きです。 小さくて白いお花は大好きです。 次は、プリムラ ポリアンサとジュリアンです。 ポリアンサとジュリアン ポリアンサ バラ咲き ↑↓ 他にもいろいろ オキザリスの仲間です。 オキザリス パーシーカラー オキザリス バリアビリス ホワイト オキザリスは、1日の中で咲いている時間がとても短いです。 お日様が出ていないと開きませんし、午後の数時間しか開いていません。 オキザリス バリアビリス ライトピンク オキザリス ロバータ でも、オキザリスはとても丈夫でどんどん勝手に増えます。 特にロバータの繁殖力はすごいです。あちこちの鉢を乗っ取ろうとしています。 ここから、球根です。 ガーデンシクラメン シクラメン 耐寒性があるので、外に地植えです。 これは、室内です。 この淡い色が気に入りました。 水仙 1/21追加 忘れていてごめんなさいね。 まだ咲きませんが、寒さの中でこの子たちも頑張っています。 クロッカス(白)の蕾が見えてきました。 これは、ワスレナグサの間から 芽を出したチューリップです。 こんな様子を見ると、うれしくなります。楽しみです。 順調に育ってくれますように・・・
2007年01月18日
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「冬の山で」 冬の山はひっそり 樹々に囲まれた まあるい空がある 見上げれば 青く 高く はてしない空 樹々は 青い空に 背伸びする 見上げれば 青く 高く はてしない空 時が停まる冬の空を 一羽の鳥が ゆうゆう横切った その時 鳥は時空を超えた 冬の芽 冬の林は すっかり 葉を落として ひっそり しーんと しています だぁれも いない 林のなかに いろんな 顔が ありました このお顔は ゆったり やさしい ふくろうおじさん これは ちゃめっけたっぷり ラッコさん つつましやかな かもしかさんの お顔もあって おじぞうさまの ほほえむ お顔も ありました 林のなかに 潜んでいるのは しずかなやさしい 顔ばかり 冬芽は みんな 木の精霊(せい)のじっと 春を待ってる 顔でした 朝霧葡萄さんが作ってくださった冬のコラボ作品「Snow Fantasy」です。写真(朝霧葡萄さん)と音楽(朝霧葡萄さん)と詩(wind・JOY)のコラボレーションです。ピアノ曲が流れるスライドショーをお楽しみください。 ★ ここを↓クリックしてください。
2007年01月16日
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ずっとお花の紹介ができないでいました。 これから少しずつ紹介していきたいと思います。 といっても、今は1年の中でもお花の少ない時ではありますが、 私のことだから、紹介し終わるうちに他のお花が咲いてくるような 気もします。 今日は、秋に蒔いたものの中ですでに開花したものの紹介です。 2007.1.10撮 まず、ワスレナグサです。 随分前から1株だけ咲いていました。 この子だけどうなっちゃったのでしょう。 今年は余裕がなく、きちんと記録できませんでしたが、たぶん9月中旬あたりに チューリップの球根を植えたときに蒔いたものだと思います。 2007.1.10撮 次は、ビオラ ビビ フロスティーブルーです。 このお花はとても優秀でした。 驚くほどの発芽率で早い時季から咲き始め、たくさんのお花をつけています。 我が家だけでは植えきれなくて、大分里子に出しました。2007.1.10撮2007.1.16撮 上の2つの写真は同じお花です。1週間したら色が薄くなりました。 これは、パンジーで、インペリアル アプリコットシェードという品種です。 上のビオラ フロスティーブルーに比べて、発芽率が悪かったです。 開花も遅いなと思っていましたが、やっと咲きました。 それでも、この去年の開花は (9月上旬に種蒔き)2月21日でしたから、 去年に比べると1ヶ月以上早い開花でした。 今年は8月中に種蒔きをしたせいでしょうか、暖冬のせいでしょうか。 2007.1.13撮 2007.1.10撮 カレンデュラ コーヒークリーム カレンデュラ レモンデージー カレンデュラ(金盞花)です。 このお花の種は、自家採種しました。 F1だと同じものが咲かない可能性があるので、咲くまで気になっていましたが、 ちゃんと親と同じ色や形になりました。 カレンデュラはかなり長く咲いてくれて、咲き終わると種を付けてくれて、 蒔けば、発芽率も生長もよくて、お得な気分です。 2007.1.10撮 最後にリナリア(姫金魚草)です。 この種も自家採種しました。 この株だけとても大きく育って、まだ1輪ですが、咲いてくれました。
2007年01月15日
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山だって川だって道路だってなぁんだってボクにはつくれちゃうんだそしてぽーんと飛び越えることもできちゃうんだすごいでしょ ~ wind ~ 年末の数日間、子育て支援の母親教室で関わっていたお母さんから サポートの依頼があり、3歳のKちゃんの遊び相手をしました。 近くの公園やお家の中でいろんな遊びをしました。 Kちゃんは、Kちゃんがふざけたときに私がオーバーにびっくりするのがとてもうれしくて ケタケタ笑います。 そんなKちゃんを見ているとかわいくておもしろくて私も笑ってしまいます。 そんなことを何度も繰り返しながら、とても楽しい時間を過ごせました。 私が声を出して笑ったのは久しぶりだったように思います。 子どもの無邪気さは、ほんとに大きな力だとしみじみ感じました。 お砂場で遊んでいるとき、Kちゃんはことばに出して言いませんでしたが、 遊んでいるKちゃんを見ていて、Kちゃんの心を感じたことばが上の詩ですが、 その時同時に、思い出したのが金子みすゞさんの詩「砂の王国」でした。 私は、みすゞさんの詩が好きで、以前地元の公民館で「みすゞさんのこころ」 と題して、みすゞさんの詩や生き方を紹介しながらみすゞさんのこころを感じる というような講座を開きました。 その時にまとめた「みすゞさんのこころ」の一部に「砂の王国」を紹介したものが あります。 ↓ =こころの王国= 人は一人になった時、周りの小さな葉にそそぐ光や草をゆらす風や ちいさないのちに目が向き、ひそやかなものの姿が見え、ささやかな音も聞こえ、 そして見えない存在も感じられるようになるのでしょう。 静かな一人の時には、神さまともお話ができます。その神さまは、もう一人の 自分かもしれません。その自分が神さまとしての自分を受け入れることによって、 宇宙のすべてを受け入れているのかもしれません。 外側で体験したことを自分の中で統合して自分のものとするのは 一人になった時にできることなのかもしれません。 「学校へゆくみち」 学校へゆくみち、ながいから、 いつもお話、かんがえる。 みちで誰かに逢わなけりゃ、 学校へつくまでかんがえる。 だけど誰かと出逢ったら、 朝の挨拶せにゃならぬ。 すると私はおもい出す、 お天気のこと、霜のこと、 田んぼがさびしくなったこと。 だから、私はゆくみちで、 ほかの誰にも逢わないで、 そのおはなしのすまぬうち、 御門をくぐる方がいい。 みすゞさんは、一人の時間を大事にしていました。 従姉妹の前田リンさんが「みんなと一緒にいきゃいいそに。その方がしゃべりながら いけてよかろがな。」とおっしゃったのに対して、みすゞさんは、「そりゃ、そうやけど」と こくんとうなずいて「たしかに、一緒にいく方がいろいろな話が聞けて楽しい。 でも、いつも楽しい話ばかりじゃない。たまにゃ、誰かの悪口や、嫌な話も聞かにゃ ならんしな。そういうの、あんまり好きじゃない。だから、一人の方が安気でええ。」 と答えたといいます。 きっと、そういう静かな世界で、一人静かに心を見つめていたのでしょう。 そうすることで、澱のようなものが浄化されていつも清らかな心でいられたのだろうと 思います。 「砂の王国」 私はいま 砂のお国の王様です。 お山と、谷と、野原と、川を 思う通りに変えてゆきます。 お伽噺の王様だって 自分のお国のお山や川を、 こんなに変えはしないでしょう。 私はいま ほんとにえらい王様です。 人は、外的世界と内的世界の二つの世界に住んでいます。 内的世界はみすゞさんのいう「砂の王国」なのかもしれません。 みすゞさんは、いつも内的世界を大事にされていたと思います。 こころの王国の存在を信じていたのだと思います。 他人や外側に倖せを求めるのではなく、自分の中に求めていたのでしょう。 自分の中であらゆるものを統合して、一人の人間として満たされた存在であった のだと思います。 人が平等に自由なのは心のあり方でしょう。心の中では誰でも自由でいられるし、 心のあり方も自分が創っていけるのですから。 (詩は「金子みすゞ全集」より) ~ wind ~ 以上1999年10月記 今、私は 子どもたちがお砂場で山や川やトンネル・・・などを自由につくれるように 世界中の人々が皆そう望めば、世界中の子どもたちが笑顔で暮らせる平和な地球が 実現できるのではないかと思っています。 地球の向こう側で起こっていることにも関心を持って、誰もが本気望めば平和な 世界をつくれるのではと思っています。 動画で見る100人の村 へ Save Children Networkへ 1クリック募金もあります。
2007年01月13日
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今日、宅配便が届きました。私はネットで買い物をすることが多いので宅配便が届くことは多いのですが、伝票には知らない注文した覚えのない会社名がありました。開けてみると、なんと、ユキちゃんと私が写っている写真(2006.9.8)がプリントされているポットでした。この写真は、ブログにも載せていなかったので、とても驚きました。注文した人の名前もメッセージもないので、そして、いったいどなたが送ってくださったのか気になりました。その日一緒に行った友人に(以前私が友人が写っている写真を送っていましたので、その時にこの写真も〔送った記憶はありませんでしたが〕送っていたのかと)電話して訊いてみましたが、「その写真はいただいていないし私じゃない」とのこと。それでは、お正月に帰省した家族がパソコンから送信したか、持ち帰ったのか・・・家族全員にメールを出して訊きました。すると、しばらくして三男から電話があり、「お母さんの誕生日が実習期間になってしまうので、その前にと思ったのだけれど、随分早かったんだね。名前も付けてくれると思っていたんだけれど。」という話でした。これで、やっとすっきり。思いがけない、とてもうれしいプレゼントでした。この写真は、私とユキちゃんふたりで撮った最後の写真だったのです。 ユキちゃんは、もうお空に行ってしまったけれど、私は今もユキちゃんに囲まれて暮らしています。車に乗っても お散歩でも 出かけるときは一緒です お茶のときも パソコンをしているときも(壁紙です) たまには、こんなふうにも そして、ユキちゃんは 雲になったり 鳥になったり 星になったりして姿を見せてくれます。そして、その度ユキちゃんに声をかけています。
2007年01月12日
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今日は、ユキちゃんの前代のJOYの命日でした。もう4年になります。去年の今日「ずっと気になっていたJOYの最期までを記録しようという気持ちになりました。それには、JOYの命日からスタートしたいと思いました。これから少しずつ書いていこうと思います。」と書きながら、それを果たせないまま、去年10月にはユキちゃんが急逝して、今、私はふたりのことを綴ることが宿題になっています。 今日は〔も〕、JOYとユキちゃんのあみぐるみ(小)を持って、JOYのことを思いながらお散歩しました。去年は、ユキちゃんと一緒に山の方のお散歩コースを歩きましたが、今日は用事もあったので、住宅地から商店街を歩きました。すると、やはりハクセキレイがしかも2羽で来てくれました。JOYの死後、初七日や四十九日や去年の命日にも来てくれていました。私は、ハクセキレイに会うと、JOYやユキちゃんが来てくれたと思うのでうれしくなって必ず声をかけます。 JOYのことは、以前日記に書いたものや詩歌や文章にしたものをとりあえず貼り付けたようなフリーページを作ってはあります。 フリーページJOYへが、きちんとした形になっていなくて、何とかしたいと思いながら月日ばかりが過ぎていってしまいました。JOYの最期は、去年何とか書くことができたので、今年はその後のことを書きたいと思います。それは、JOYの死後、出合った不思議な体験とあまりに納得が行くお話です。 JOYのお骨は、ペットの火葬場で用意してくださった大の骨壷1つでは半分しか収まりませんでした。一般的には、入りきれなかった場合は係りの方にお願いして火葬場で処理をしていただくようでしたが、私はたとえ欠片でも残したくはなくて全部を持ち帰りました。そのためJOYは2つの大の骨壷に入って帰宅しました。JOYの死後は、日記を書く気力もなくなってしまって、記録は残っていませんが、たぶん四十九日を過ぎた頃から、骨壷1つ分のお骨を擂ってパウダー状にし、あの子が好きだった場所に散骨しました。そして、またしばらくしてから、残りの1つ分をこのテラコッタの大きな鉢の土の中に埋めました。そして、ゴールデンレトリーバーのJOYにはふさわしいと思われた「ジョイゴールド」という名の木苺を真ん中に植え、その周りには季節のお花を植えました。初め、木苺は黄色い大きな実をつけて、色も大きさもJOYを思わせて楽しませてくれていましたが、お骨の成分がきつかったのか2年目には枯れてしまいました。これは今日の写真です。今は、プリムラ・ポリアンサの白とピンクとブルーのビオラが咲いていてキャンディタフトさんからいただいた種からのセリンセとやはり種からのワスレナグサなどが植わっています。話がずれましたが、不思議な体験は、ちょうど60日目の2003年3月11日のことです。 JOYが大好きだった函南原生林に、生前よくJOYと一緒に出かけた友人Hちゃんと散骨に行きました。その原生林は私も好きなところでした。以前その中にある小さな池に魅せられて作った詩があります。 鏡の世界 池の中は 原生林 深い 深い 森の中 鏡のような水面が /ミナモ 風のそよぎに 震える 漣ともいえないほどの漣が 広がっていく 深い 深い 幻想の世界へと 広がっていく 深く 高く 果てしなく 繊細な枝先が 震え出す 鏡のようなみなも水面が 震えている 3月11日に函南原生林に、以前もJOYと一緒に原生林を歩いたHちゃんと行きました。亡くなった日の明け方、JOYを励ましたくて、「また行こうね」と話し掛けた時にJOYは確かな眼差しで応えてくれたので、その約束を果たす目的もありました。以前、函南原生林に行くとJOYは人(犬)が変わったかと思えるほど元気に野性的になっていました。そして、私が魅せられてずっと見つめていた池があるのですが、水に入るのが好きでなかったJOYがそこの池には自分から何度も飛び込んでしまったのです。散骨しようと決めながらも、実際それはJOYにとってどうなのかという迷いもないわけではありませんでしたが、あの子がとても元気になれた森の豊かな自然に戻っていくのはいいことだと思えました。原生林のどこにしようかと思いながら歩きましたが、やはりその池に散骨させていただきました。その池はHちゃんもとても不思議に見入って驚いていましたが、ほんとうに鏡のようにくっきりと周囲の木々が映るのです。しかも実際の空の高さ以上に池の中の空は深く、引き込まれそうでした。見ていると他の世界に入って行けそうな光景が水面に(というよりは水底でしょうか)広がっているのです。信じられないくらい美しいのです。そこにJOYの白く細かな骨が散っているのはまた神秘的でうっとりするほどきれいでした。その時、空は青く晴れていました。その池は原生林を1周すると約2時間くらいの半分弱から少しそれた辺りにありました。散骨を終えて残り約半周は登り道が多くなりました。まったく誰にも会いませんでした。何だかJOYが一緒に歩いているような気がしました。すると、突然雪が降り出しました。とてもきれいなかわいい雪でした。その後どんどん降って来て、途中で不安になるくらいの降りになりました。1周して入り口にたどり着いた時には、停めておいた車が真っ白になるくらい雪が積もっていました。そして、車が富士箱根ランドを抜けたあたりで、もう雪は止んでいました。とっても不思議な世界でした。 それから、もう1つのお話はJOYの病気のことです。あの子は、脾臓の癌でした。JOYが亡くなってからの私の落ち込みを屋久島に住むY子さんが心配してくださって、泊まりに来るようにと誘ってくださいました。JOYが亡くなって半月くらい経った頃、思い切って伺いました。その当時、Y子さんは医学(自然療法)や心理学の勉強をしていて私の滞在中にも、心理学の勉強の日がありました。そして、それには受講者だけでなくゲストも参加できるので一緒に行きましょうということになりました。 病気には、一般的に心因性と言われているもの以外でも、その元になる心理的なものがあることは知っていました。そういう本を以前から読んでいて、自分が罹った病気についてもその考えられる原因となる思考パターンに納得がいっていました。その日、心理学の勉強中に質問ができる時間がありましたので、私は気になっていたJOYの病気のことを訊きました。やはり解決していない問題が発病の原因になるということでしたが、果たしてJOYの原因は、「もっと喜ばせたいが、できない」ということだったのです。私は以前「喜びの種・・・JOY 」という文章(中に自由律俳句を入れた)を書き、その最後に「「JOY」は「喜び・喜びの種」の意味だが、JOYは本当に毎日喜びの種を蒔いてくれている。」と結びましたが、まさにその想いに応えてくれようとしていたのだと思いました。あの子は、私たち家族が十分感謝しているのに、もっとそうしたいと思ってくれていたのでした。ある時期、家族の中に難しい問題が起こったりしていたことを思い出しました。JOYにたくさんの涙を受け止めてもらっていたことがありました。その時JOYはとても心を痛めていたのかと思うと、その健気さに心をうたれました。「JOYちゃん、ごめんね。」「JOYちゃん、ありがとう。」を何度も繰り返しました。
2007年01月11日
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2007.1.7 「寒いけど」 一月は寒いけど 好きです 夜空に星が たくさんあるから 一月は寒いけど 好きです お月様も 綺麗だから 一月は寒いけど 好きです 遠い海まで 見えるから 一月は寒いけど 好きです 遠い富士山も 近づいてきてくれるから 一月は寒いけど 好きです 樹々の先端の野鳥も ちゃんと見えるから 一月は寒いけど 好きです 空がとっても 青いから 一月は寒いけど 好きです あなたとつないだ手が 温かいから 一月は寒いけど 好きです わたしのいのちが 始まったときだから 一年が終って また 新しい一年が始まるから
2007年01月06日
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ユキちゃんが亡くなったことを知った四季の風さん がこんなことを書いてくださいました。****************************************************ユキちゃんには、実際には触ったことはないけれど、いつも撫ぜなぜ触れているような気持ちでした。wind・JOYさんを通して、優しくあたたかな思い出をたくさんもらいました。とてもユキちゃんを忘れることなんてできません。我が家の入り口に、小さな花壇があります。そこに、空からユキちゃんの分身が訪れてくれることをねがって、ユキちゃんの花を咲かせることにします。ユキちゃんのお母さんが大好きな白い花を中心にします。お母さんの友達の家を、ユキちゃんがすぐわかってくれるように。 この前お話した入り口の小さな花壇に、先日、花の苗や球根を植えました。デージー、パンジー、ノースポール、ヤロー、チュウリップ、みんな花の色は白です。前の3種はもう咲いています。「ユキちゃん、ここ、ここ。四季の風さんのおうちは、ここよ~」って、可愛い手をしきりに振っているように私には見えます。春になってチュウリップが咲くのがとても楽しみです。芽が出てきたら、きっとユキちゃんが来てくれたとおもうでしょう。 ユキちゃんを待つ白い花を植えてるとき、思いついたことがあります。我が家に白い椿の木があります。それは苗木をいただいてからかなりの年月が経つのに、いままでたった一個の花を咲かせただけなんですよ。これを来年、こんどこそ咲くようにと移植することにしました。これも、入り口のそばにします。ユキちゃん、JOYちゃんはじめ、お空にいる友達のワンちゃんネコちゃんたちがこぞって遊びに来てくれることを願って。ハツユキカズラのことを書き忘れました。ユキちゃんのユキが入っているので、これも同じところに植えることにしました。まだ苗が小さいので、釣り鉢で大きくしてから地植えにする予定です。****************************************************JOYの時も大きな哀しみでしたが、3年の歳月が流れて実感が薄らいでいたのでしょう。四季の風さんの愛猫ニコちゃんや愛鳥チーちゃんが亡くなった時、どれだけの実感をもって受けとめられたか疑問です。ユキちゃんを失ってみて、四季の風さんの哀しみの大きさにあらためて触れたような気がしてなりませんでした。そんな私であるのに、四季の風さんはユキちゃんのための花壇をお庭につくってくださいました。ユキちゃんはなんて幸せなのでしょう。亡くなってからでユキちゃんには申し訳ないのですが、あの子がこんなにも多くの方々に愛されているという大きな魅力を今更ながら感じずにはいられませんでした。デージー、パンジー、ノースポール、ヤロー、チュウリップ、白い椿 、ハツユキカズラ、みんな白くてかわいいお花です。こんなにもたくさん植えてくださって・・・・この気持ちをどういう言葉にのせてお伝えしたらいいのかわかりませんが、しみじみと四季の風さんのおやさしさに包まれて、深く深く感謝しています。ユキちゃんもきっとユキちゃんのための花壇にうかがっていることと思います。私は、四季の風さんのあたたかな愛とお心遣いを私も見習わなくてはと強く思いました。 その後私は、地植えは難しいけれどコンテナだったらニコちゃんのための寄せ植えをつくれると思いました。ニコちゃんの毛色からお花の色合いなどはすぐ決まりましたが、具体的に何のお花を使おうか、すぐに構想がまとまりませんでした。年末年始の忙しさもあって、気になりながらも先に進みませんでしたが、3日の日、三男と買い物に出かけた先でこれまで行ったことのないお店の花々を見て、やっとぴんと来ました。初めはテラコッタの鉢を考えていました。ニコちゃんがそこでお昼寝したりするにもまあるく柔らかな感じの楕円形がいいかと思いましたが、ちょうどイメージするようなものはありませんでした。そのとき、目に付いたのがこの籠でした。うちの猫たちが見たら、すぐに中に入りそうな気がしてニコちゃんも気に入ってくれるかなと思いました。 私は、白い花が好きなので、家にも何種類か咲いてはいるのですが、やはりこの季節は貧弱なので〔本当は種から育てるのが好きなのですが〕苗を買うことにしました。オキザリスとバコパとビオラは我が家のものを入れました。種から育てた青いビオラもあったのですが、ニコちゃんのお目々のイメージではなくて決めかねていましたが、そのお店で出合ったブルークローバーがとてもニコちゃんの瞳を感じさせましたので、それにしました。 写真をご覧になっていただくと、左側の桜草が頭のイメージで、右のバコパがお尻からしっぽです。お目々のブルーが思うように植えられず、ちょっと下になってしまいました。手前に伸びたバコパが前脚、スイートアリッサムが背中のイメージで植えました。ニコちゃんの印に何かと思って探しましたが、ちょうどいいのが見つからず、これは、(この後ろ側がうちのみうちゃんぽくて)買ってあったものです。結局その裏側の白い部分にニコちゃんを想いながらお顔を描きました。 出来上がったものをどこに置いたらいいのかと考えましたが、結局写真の場所にしました。ユキちゃんがよく寝ていた場所です。下の鉢のところには、この先ユキちゃんのための鉢を置きたいと思いますが、今はまだお正月用にアレンジしたものを置いています。その上の塀の上が日当たりがよくて猫ちゃんがお昼寝するには最適だし、ユキちゃんの傍なので、そこにしました。 生きては会えなかったふたりですが、今は自由に出会っていますね。 その場所は、私が帰宅したときにユキちゃんがうれしそうにしっぽを振りながら迎えてくれる場所でもありましたので、私は今でも帰ると真っ先にそこに目をやってしまいます。〔車をバックして入れる時にもまずそこを見てしまいます。〕
2007年01月04日
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今日もおせちとお雑煮をいただいて、近くの神社に初詣に行きました。 梅に鶯ならぬ、庭に来てくれるメジロさんと初詣に行った神社の十月桜です。メジロと桜ではありませんが、今日はふだんあまり会わない組み合わせがあちこちで見られました。みんな久しぶりのふれあいを楽しんでいました。 夫ときょうちゃん きょうちゃんとみうちゃん ふうちゃんは逃げてしまいますが、 みうちゃんはいぶかしげにしながらも 逃げずに触らせてくれました。 初めての接触です。 長男のひざに乗るみうちゃん 私ときょうちゃん午後、二男家族と長男が帰りました。
2007年01月02日
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二男一家からの年賀状です。もちろん主役は、〔お顔は見えませんけれど〕きょうちゃんです。写真は、夫婦の苦心の作で、お嫁さんのアイディアで息子の撮影とか。ずり這いができるようになったきょうちゃんの前にチェスを置いていかにもきょうちゃんが考えているかのように写したようです。袖口に「2007 INOSHISHI」と印字してあります。このトレーナーは、私の友人からのプレゼントだったので、この賀状を携帯で写して、その友人に送信しようとしたら、年賀状を出してくれたというのでやめました。ところが、その翌日に友人から「きょうちゃんがトレーナーを着た可愛いお年賀状を頂き、 そのセンスの良さと温かいお心遣いに、お正月早々とても 嬉しくてニコニコしてしまいました。ありがとうございました。」とその賀状の写真を添付したメールが届きました。考えることが同じなことに私も嬉しくにこにこしてしまいました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私が大好きで尊敬する人の1人、ターシャ・チューダーさんの本や写真集は以前から何冊か持っていましたが、昨秋「ローズマリーは思い出の花 ターシャ・チューダーのメモリーブック」という本のような日記のようなものを見つけました。本の帯には * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ターシャ・チューダーからあなたへ 家族や友人の誕生日、嬉しい結婚記念日、忘れられない人の亡くなった日、 大好きなお祭りの日、猫のキムが我が家にきた日、楽しみなバカンスウィーク、 何かの記録を打ち立てた日など、365日書き込めるようになっています。 もちろんダイアリーにしてもいいのです。 あなたの大切な思い出で、いっぱいにしてください。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * とありました。 私は、何だかとっても素敵なものを見つけた気がして、 自分だけでなく大切な人たちにプレゼントしたくなって、 その後また何冊か追加注文しました。 初めに差し上げた人は、私に会った日を最初に書き入れてくださった ということでした。 次に差し上げた人は、もったいなくてまだ飾ってあるということでした。 3人目に差し上げた人は、出合ったいい言葉を書きたいと言っていました。 そして、私はいつから書こうか、何を書こうか・・・・ と考えていましたが、 結局2007.1.1から、楽しかったことや嬉しかったことを書くことにしました。 まず、2007.1.1は、 「自宅でお正月、S○才、Y○才、Y○才、K○才、K○才、K7ヶ月 夜 ドミノゲーム」 と書きました。 〔同じイニシャルが多くて何のことかわかりませんね。実際はちゃんと名前を書きました。〕 ドミノの遊び方 ドミノセット 息子たちがまだ小さかった頃から我が家ではよくゲームをしていました。 この日、二男がそのひとつのゲームであるマスターマインドの話をしましたが、 〔マスターマインドは処分してしまったので〕ドミノゲームをすることになりました。 ドミノゲームをするには、足し算、引き算、掛け算、割り算のすべてを使う必要が あります。 子ども達が小さい時には、子ども達のトレーニングになったかもしれませんが、 今や私たち夫婦のボケ防止に効果的かなと感じました。
2007年01月01日
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