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いい歳して前から欲しがっていた『幕末恋華新撰組DS』ですが(笑)先日、私の誕生日にのび太君にDSi本体を買わせた買ってもらったので、ソフトは自分で購入しました( ̄∇ ̄*)ゞ さすがにのび太君も乙女ゲーのソフトを買ってくれるほど、ジャイ子の言う事を聞いてくれる訳ではありません(笑)んで・・・。原田左之助→永倉新八→斉藤一→山南敬助→才谷梅太郎(坂本龍馬)→沖田総司→近藤勇→土方歳三→藤堂平助→山崎烝という「好きな声」の順で、攻略終了♪ 毎日一人攻略というペースで10日間楽しめました(笑)あはは~ん♪楽しかった(笑)DS版用に新しく追加されたイベントがあったっていうのもあるけど、やっぱり良いお声で口説かれるのは堪らんわね~(笑)が、ここでちょっと気になってウィキってみたんだけど(どうでもいい事が気になる女;)・・・。29→76→72→32→31→25(27)→35→35→24→35これ・・・上の並び順の各人の享年。緑色は『生存説』がある人。カッコは総司は生年が不明なため。私、左之ちゃんって新撰組→靖兵隊→彰義隊って流れていっても結局生き残った人だと思ってたんだけど、彰義隊として参加した上野戦争で負った傷が元で亡くなってたのね(;д;)でも生き残って大陸に渡り、馬賊になったという伝説もあるらしく・・・。スゴイぞ、左之。まるで『はいからさんが通る』の鬼島君じゃないか(笑)途中で離隊して御陵衛士になった平助も、油小路事件で死んじゃうのは知ってたけど、まさか「額から鼻にかけて断ち割られ、傷は長さ約21cm、深さ6cmに達し、ほぼ即死」なんていう最期だったとは知らなかった; ひーん、痛いよう痛いよう(>_
2009年01月28日
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今、とーっても興味深々なのが、コレ( ̄∀ ̄*)「惑星」とか「太陽系」とか「銀河系」とか云々とっても好きなのー!こんなのがお部屋でくるくる回ってたら、ボーッと見ながら、いろーんな事考えちゃうわぁ(´▽`)ウットリ♪「Newton」とか「大人の科学」とか、DeAGOSTINIのこういう企画モノとか、いっつも本屋さんで握り締めては悩むのよねぇ。でも・・・買わないの♪(>▽<;)テヘッだって、きっとすぐに「邪魔になる」んだものー♪飽きっぽいからー♪しかもDeAGOSTINIのって「毎号付録」だから、私みたいな飽きっぽいヤツは絶対に最後まで集められないのよっ(笑)ヾ(≧▽≦)ムリムリ~♪でも、今はとりあえず「欲しい」の。「欲しい」って思って眺めてるのが幸せなの(笑)やっぱりあれかしらね、「愛するものは遠くにあった方が美しく感じる」・・・みたいなもんかしらね?だって手にとった途端、「燃えないゴミ」に豹変してしまうんだから。つーわけで欲しくても自分では買えない・・・んだけど、誰かには試して欲しい(笑)そーねー、もし今自分が独身で、ちょっと気になってる人がいたとして・・・。その人の部屋に行った時にピアノの上(なぜかピアノ:笑)とかにこれが置いてあって、くーるくーる回ってたら・・・完全に惚れる(笑)あ、ただし完成形でね。なんか毎号買ってちまちま作ってるっていう姿は想像したくないから(勝手;)とゆーわけで、さるSPは現在、『自宅にグランドピアノがあって、DeAGOSTINIを毎月購入する根気があり、手先も器用でこのマシンを見事に作り上げ、それを見せてくれる20代後半のイケメン男性』を募集中(笑)きゃっ、ずうずうしい!自分はアラフォーのくせに、何かしら、この募集要項!(`∇´ )ニョホホ
2009年01月23日
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おおおっ!びっくり!もう2009年になって1週間も経ってるじゃないかっ!( ̄□ ̄;) つか、いつから放置してたんだ、このブログ!(笑)えーと、あけましておめでとうございます( ̄∇ ̄*)ゞま、私自身は喪に服しておりますので、実はおめでとうございますじゃないんだけど(笑)30数年生きてまいりましたが、大晦日にお葬式というのは初体験でした・・・。母方の祖母がクリスマスイブから容態が悪化してその3日後に他界。母方の祖母には幼い頃からあまり会う機会がなかったので身近に感じる事が少々難しくて、私自身が「おばーちゃーん(;△;)」と悲しむというより、母が悲しむ姿を見てウルウルくるって感じ。でもまぁ、母や伯父(叔父)、伯母も祖母が101歳という年まで頑張っていたので「まぁ、もう仕方ないか」という感じで、湿っぽいお式にはならなかった。それより、従兄弟達が小さい子供達を総動員してきたので、どちらかと言えばその可愛らしさと彼らの「未来」を想像して、「本当に世代交代ねぇ」と時の流れを前向きに受け止めていたみたい。私はと言えば・・・。祖母の遺影に向かって想うことは、「ご苦労様でした。大変な時代を生き抜いて、母を育て、私に命を繋いでくれてありがとう。ゆっくり休んで下さい」という事と、「そうして繋いでくれた命を、私は次に繋ぐ事が出来なくてごめんなさい」という事だけ。父方の祖母もそうだったけど、共に夫を戦争中に亡くし、4人の子供を女手一つで育て上げてきた女性(ひと)。どれほど心細くて、辛くて、悩んだんだろう。子供がいたから耐えられた部分もあっただろうけど、「なぜこんな目に・・・」と誰にむけたらいいか分からない憤りを抱えた事もあったと思う。そうして生き抜いてきてくれた祖母達の姿が、そしてそんな祖母達の苦労を語る父や母の言葉が、教科書で習うより、私にとって「戦争」を身近なものにした。でもそんな存在が消えてしまう事によって、ますます「戦争」が過去のものになって、本当にあと何年かしたら「本当にそんな事があったの?」っていう時代になってしまうのかな?妙に年寄りじみた言い方をすると、祖母達が代表していた私の中の「昭和」が消えてしまう気がして、ちょっと切ない。祖母の四十九日法要はちょっとだけ日を早めて、祖父の命日である2月11日に行われる事になった。何十年も経って、二人の名前がやっと並ぶ事になった。本来なら悲しい出来事なのかもしれないけど、私はなんとなく「良かったね。やっと一緒だね」と微笑ましく思う。祖母を送る母を見て、次は自分があの立場になるのだな・・・と、自分自身も世代交代を感じつつ、両親の最後のその日まで出来るだけの親孝行をしようと思った私でありました( ̄^ ̄ゞ
2009年01月07日
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