あんのういもやさいダイアリー
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〈結論〉世界のすべての国々が、今後あらゆる種類の排出と天然資源の乱掘を世界規模で徹底的に制限しなければならないことが、明確に明瞭な言葉で表現されなければならず、そのために分別と理性が総動員されなければならない。また、自然とその動物相・植物相に化学物質を投入し、化学物質と廃棄物で環境を汚染し公害をもたらし環境を破壊することは、即座に禁止・中止されなければならない。急激に拡大する人口過剰も、世界規模で国家の管理による効果的な出産規制を極めて早急に導入し、実施することで食い止めなければならない。そうすることによってのみ、地球人類の運命の空にくっきりと浮き出る差し迫った悲劇、すでに世界規模で激烈で悪質な負の結果について、破壊的で破滅的なこの結果を人類全体にもたらしているこれらの悲劇は緩和されうる。気候を変化させているのは、空気中の汚染物質だけではない。そこには、自然とその動物相・植物相と気候に関して、人間が無節操な破壊行為によってもたらしたすべての結果が関わっている。現在すべての自然災害は、その全体が、気候変動がもたらす結果に対する強烈な警告である。これに対して迅速な対策をとらなければ、最終的に地球は人類の必要最小限の欲求を満たすことすらできなくなり、したがって増大する一方のエネルギー・食糧・水の需要をまかなうことは、もはや不可能になるでしょう。最善の方法での取り組みが行われないのならば、人口過剰によって引き起こされるあらゆる無節操な企みが、人類全体を巻き込む大規模な悲劇につながることは避けられない。したがって、世界の全ての国々はこの悲劇を避けるため、この僅かなチャンスであろうと逃してはならないことが要求されている。しかしそのためには、まず何よりも、世界規模で管理された出産停止を実現し、世界規模での出産管理を導入して、人口過剰に迅速に歯止めをかけ、人口過剰がもたらした無節操な企みの結果生じた破壊状態から、自然とその動物相・植物相、そして気候を再び回復させなければならない。やる気のない愚かな無用で役立たずの国際的気候保全条約が可決されれば済むような時代はとうの昔に終わっているのである。なぜなら今、求められているのは分別と理性、そして断固とした思い切った明確で有用で有意義な行動。それがなければ、地上の人類に迫る未来の悲劇を、最後の最後に食い止めることはできない。世界は、滅亡することはないにしても極めて激烈な変化を遂げるでしょう。これは人類全体そのものに関しても、またその生活に関しても言えること。この劇的かつ激烈な変化がどの程度、現実のものになるかは世界の人口がどのように、そしてどのくらいの規模で増加するか、すなわち将来、世界の人口過剰が引き続きどの程度拡大していくかにかかっている。また同時に、人口過剰が伴う犯罪的な企みによって引き起こされる自然とその動物相と植物相、気候、地球に対する侵害、破壊、壊滅行為が、引き続き無責任に押し進められていくかにかかっている。自然に対する壊滅行為、並びに動物相と植物相に対する破壊行為の最前線にいるのが、農業であり、園芸産業などである。しかし同時に、化学的な有害物質を自然とその植物相と動物相に散布し、さらに食用植物にもこれを繁茂させて成長させ、雑草、動物、害虫から守るためと称して何百万トンもの化学的有害物質を撒き散らす多くの一般市民も、またこれに加担している。ありとあらゆる種類の食用植物中に蓄積され、人間の身体に摂取される途方もない量の化学有害物質によって、人間は病気になり衰え苦しみ最後には死ぬ。そして、これらの化学有害物質によって貴重な植物、動物、小動物、爬虫類、昆虫、水生生物、鳥類までもが毒に曝され絶滅させられていることは、許されざる更なる状況である。この責は、農業と園芸産業などと共に、農学者、化学物質の宣伝者、さらに化学物質の一般利用者が負わなければならない。それはまず一方で、彼らがその愚かさ、あるいは金儲けの欲のために、無思慮に化学的有害物質を使い、自然の食品にも(人間の食肉需要のために飼育され屠殺され、当然ながら人間の食料循環に入り込む動物にも)、化学的有害物質を取り込んでしまっているから。それにより彼らは、人間の健康を危険にさらし健康を損ねるという結果をもたらしている。また他方には、農業と、家畜・家禽を始めとしたあらゆる動物を飼育し肥育するその他の産業がある。これらの肥育動物には、病気になるのを防ぐため、予防的に様々な抗生物質がたっぷりと投与される。これらの抗生物質は、家畜・家禽・その他の動物肉の中に蓄積され、それはその食肉を食した人間の体内に改めて取り込まれ、そこで抗生物質に対する耐性を作り出す。その結果、その人は様々な病気から回復することがもはやできなくなり、あるいは感染などから身を守る術がなくなり多くの場合死に至る。しかし、家畜・家禽・動物の飼育業者にとっては、これは全くどうでもいいことなのだ。彼らにとって最も重要なことは、欲まみれの経済的利益のみである。というのも、こうしたものの見方・行動のあり方からいって、つまりこの関連において彼らは同じ同胞に対する責任、そして彼らが毒を注入し汚染している自然とその動物相・植物相に対する責任を感じていないから。こうした状況は、将来においても長く続き、したがってこれからも自然界では、植物相・動物相に関して多くの絶滅と破壊や壊滅が起こるでしょう。また、無責任で利益だけを求める、あるいは単に無思慮で愚かで馬鹿げた抗生物質と化学的有害物質の濫用により、これからも世界規模で非常に多くの人間が(あらゆる社会階層で、老いも若きも)病気になり、衰え、死を迎えることになるでしょう。さて、何も分かっていない愚か者であるにもかかわらず、自分は何でも良く分かっていると思い込んでいる、あるいは、その嘘で固めた主張に対して法外な額の賄賂をもらっているあの無類のずる賢い連中は、知性のかけらもない間違いをしでかしているか、根拠のない嘘に絡め取られているか、あるいは完全に愚かである。これは、彼らが事実をねじ曲げて何も理解できていないままに、全てに対する責任は基本的にそして、唯一化学産業と化学メーカーが負うべきものと思い込み嘘を吐き、あるいは幼稚で愚かなやり方でそういう作り話をしているからである。彼らは、化学物質によって引き起こされた自然と河川、湖沼の汚染・破壊・壊滅という現在の大惨事、何千という非常に重要な昆虫・植物・鳥類・動物・小動物などの絶滅(野菜・ベリー類・ハーブ・果物・あらゆる穀類など)、自然食品の汚染の責任は、ひとえに有害な化学製品を製造した大企業とその他のメーカーにあると考えている。しかし、これらの人々が、無思慮に化学的な有害製品を使い、環境・自然の食品・植物・河川と湖沼、つまりは自然全体とその動物相と植物相にその有害物質を散布して運び込み、すべてを汚染した張本人であり、その無責任で、恥を知らず、さらに犯罪的行為ゆえに、誰よりもまず責任を負うべき立場にあるということについては、ほとんど、あるいは一切触れられていない。つまり、化学的有害製品を使う利用者・消費者こそが第一に咎を受けるべき無責任な人間なのであり、全て(人類とその周辺のすべてを含む)の自然全体を汚染し、それによって病気、伝染病、さらに絶滅、死や壊滅を招き、引き起こす張本人なのだ、ということは有耶無耶にされている。これに関しては農業と園芸産業、そして、同様に無思慮・無責任に化学的有害物質を庭や畑、牧草地、路傍、線路、あるいはそれ以外のやり方で自然と環境に撒き散らす人々と行政が、第一に責を負う。すなわち、第一に責を負うのは、より良い迅速な成長のため、また防虫・防獣などの目的で、自然とその動物相・植物相、また自然の食品に対して散布される化学的有害物質を製造・販売する化学産業やその他の化学的有害物質のメーカーではない。責を負うのは、基本的にそれら化学的有害製品の利用者・消費者なのである。自然と環境などに対して投入される化学的有害製品を製造・販売する化学産業やその他のメーカーは、この点では実のところ二次的な位置にいるに過ぎない。なぜなら、彼らは化学物質の製造と販売によって、経済的に何十億の利潤をあげる製造者に過ぎないからである。ことの外、これら全ての化学的有毒爆弾は、農学者や宣伝者の嘘によって推奨され、農家や庭師、行政や企業、また個人によって、野菜・穀物・その他の植物の成長を促す目的で、また防虫・防獣の目的で、購入・利用されている。その際常に、経済的な途方もない利潤、あるいはその他の何らかの利点がそうした行動を決定する要素となっている。このように、すべてを汚染する化学物質濫用の責任を第一に負うのは、化学産業や化学メーカーではない。農家、そして農家に助言を与える農学者、また、園芸産業、行政、企業、そして植物を成長させるため、また直接的・予防的に植物を守るために化学的有害物質を使用する人々なのである。そしてそれは通常、農学者、宣伝者、また思慮のない一般人支持者の推奨による。ここで繰り返して言う、宣伝された化学的有害物質を使用し、野菜・ハーブ・ベリー類・果物・穀物などの自然の食品に投入し、それらを化学物質で汚染しているのは、実は第一に農家、庭師、一般人なのである。事実は、農家、庭師、そして一般人一人ひとりが、植物の成長を促し、害虫などから植物を守るという化学的有害物質の使用に関する宣伝に踊らされる必要はないということ。たとえ宣伝が行われても、人間には自身の分別があり、意志があり、ある種の理性がある。そこから、人間は、何が正しく、何が誤りで、何が無責任で、何が責任ある行為かを自身で決定できるのである。つまり、何人たりとも何らかの宣伝によって何らかの化学的有害物質を、環境・自然・その動物相と植物相に投入することを強制されることはない。誰しもが、しっかりと責任を全うし、振り回されることなく自ら決断することができるから。したがって責任、あるいは無責任の所在、それを行使することに関しては誰しもが自ら責任を負っているのであり、無責任な行為が行われた場合、そこに言い訳の余地は全くないのである。このことは、抗生物質の使用という観点でも同様である。そうした物質を投入する人間はみな犯罪者であり無責任であると言える。つまり農家と野菜・果物などの自然の食品に有害物質を投入する庭師、そして家畜・家禽・その他の動物を抗生物質で苦しめ、それらを肉製品、そして人間のための食料として飼育・肥育する誰もが同じ穴の狢である。この点に関しても、誰もが自己の責任を完全に全うし、あるいは完全に無責任に抗生物質と有害物質を使用するか、それによって人間の健康を危険にさらし、人間を病気にし、さらに死に追いやりたいのか否かを自身で決断するのである。基本的に、自然の食品・自然とその動物相・植物相の汚染、その絶滅と、人間が病気になることに第一に責任を負うのは、人間・自然・動物相・植物相にとって有害な化学的成長剤・保護剤と抗生物質の製造者、つまり化学産業と化学メーカーではなく、またその宣伝者でもない。責を負うのは、実に純粋な利潤欲から使用されるこれらの有害化学物質と抗生物質の良心なき利用者と消費者なのである。彼らが、あらゆる種類の自然食品、また自然とその動物相・植物相に有害物質を無責任かつ犯罪的に投入し、家畜・家禽に有害物質と抗生物質によって汚染されるその肉が人間の食物となる、あらゆる種類の動物・小動物に抗生物質を投与されている。この点においては1844年以来の、近代のはじめ以降、今日に至るまであらゆることが起きてきたが、これら全てがこのまま今後も続くことになれば、地上に暮らす人類には大変苦難な未来が待ち受けている。これは、人口過剰に関しても同様である。状況を改善の方向に向けない限り(厳格に管理された出産停止・出産規制によって、世界規模での人口過剰に劇的な抑制を行う)、世界とそこに生きる人類には、世界規模での破壊的・破滅的で無責任な企みによってもたらされる、極めて劣悪な未来が切迫している。将来においてどのような危機が迫り、また地上の人類が見せる様々な形の極度のエゴイズムとその頑迷さと無責任さによって、何がかなりの確率で現実のものとなるか、そして、それに対して予言的、予告的、また可能性の確率計算の形で、何が実行可能かという点では以下のことが言える。今日においてもなお、度し難いいわゆる専門家ら(多くの場合、気候変動に関して偽りの主張、嘘、本当の真実を矮小化することで大企業から報酬を受け取り、それによって金銭的な利益を得ている)は、気候変動、またはそれに関連した結果を、気候変動はすべてまったく自然で普通の現象だ、などという正気の沙汰ではない主張をして否認している。本当の事実を矮小化する連中と同類なのは、一般市民の中にいる自称物知りや、賢い大口叩きの連中である。彼らは、その愚かさと馬鹿さ加減から現実とその真実を見抜くことができず、無傷の自然とその動物相・植物相、また、まったく自然な気候変動、健全な世界、より良く素晴らしく健全な未来という夢心地の幻想の中で漫然と暮らしている。残念ながら、こうした類の自称物知り連中はあまりに多く、世界中で盲目同然に徘徊している。彼らは、度を超した人口過剰という犯罪的な企みによって、世界とその自然、動物相・植物相、すべての河川・湖沼、原生林、その他の森林や牧草地、海、緑地、氷河、景観、そして気候などで引き起こされている全ての破壊・壊滅に関する本当の現実を認識していない。そして、それについては、過去2000年の間だけでも地球には温暖化の時期、あるいは寒冷化の時期が何度もあり、大気中の二酸化炭素が増加することは植物にとって利となるなどといった愚かで馬鹿げた話が繰り出される。もちろん、世界的にみて、古代ローマ帝国時代や中世の平均気温は現在よりも高かった。それは当時も、より暖かい温暖な時代にあったから。しかしそれは、今日の気候変動の結果とは比べることなどできないものである。6000年から7000年前まで遡れば、その当時にもやはり温暖な時期はあり、その結果として北極地方から広範囲に氷が消えたということがあった。さらに過去に遡れば、恐竜とその他の原生動物の時代には、二酸化炭素の割合が現在の4倍から6倍高かったのであり、それが植物界のあらゆる属と種に当然ながら影響を及ぼし、植物が桁外れの成長を見せたということが、今日では科学的に証明可能である。気候変動と、それに関連する世界規模での変化、食糧危機と水危機、さらに自然災害は、現在と将来が抱える大きな問題として論じられなければならない。なぜなら、全てを厳密に観察すれば、人口過剰と都市化によって環境がどれほど酷く酷使されているかは明確に分かるから。何といっても、人類全体、自然全体とその動物相・植物相、この惑星自身が人類の罪によって引き起こされた気候変動の巻き添えになっている。特に、人口過剰という企みが生んだ極端な結果である浸食とステップ化、それと全く同様にモノカルチャーと世界市場で求められる植物の栽培が、生態系全体の暴力的な破壊をもたらしている。そもそも植物が植えられた場所でまだ育つということ自体、奇跡のようなものである。しかしこのことは、地球・土壌・自然・森林・水資源の全く良心の呵責も容赦もない搾取によってのみ生じているのであり、これによって、ますます多くの土地が完全に不毛のものとなって、手の付けようのないままに耕作されずに放置されてしまっている。おまけにこのことは特に発展途上国で起きている。発展途上国は、主にあらゆる面で恵まれている無尽蔵のお金を持つ豊かな先進国の大企業によって、容赦なく犯罪的に利用し尽くされ、搾取し尽くされ、略奪し尽くされている。これはとりわけ先進国の大企業の企みによって貧困化し、病気になる第三世界・発展途上国の人々にみられ、彼らはそれに対して身を守る機会が全くない。なぜなら、その国の政府そのものが自国民を困窮と悲惨さの内に、のたれ死にさせることに躊躇がないほどに腐敗しているのが普通だから。原生林の伐採によってますます進む環境汚染、公害、環境破壊は、自然とその動物相・植物相に極めて深刻な事態をもたらし、大規模な破壊と凄まじい気候変動の原因となっている。アマゾン川流域の熱帯雨林の将来を注視すると、良心の呵責もない犯罪的な伐採によって、2030 年までにこの熱帯雨林が60%にまで取り返しのつかないほど破壊されることになる。アジアの原生林をみれば、すでに今現在でその3/4 が手の付けようのないほどに根こそぎにされ、破壊されてしまっていることが明らかである。けれどもアフリカにおいても、伐採による惨状は拡大している。それも極めて深刻な規模である。現在、まだ手付かずのままで残っているのは、原生林のわずか8%に過ぎない。事実は世界中で毎年、スイス国土面積の3倍にあたる面積の原生林が破壊され姿を消しており、スイス国土の面積は山岳地帯を除いて4 万1,285k㎡になる。つまり世界規模でみれば、毎年およそ12万5,000k㎡の原生林が破壊され姿を消していると算定される。当然、これは自然とその動物相・植物相、気候、さらに地球上に生息する全ての生命体にとって、また生存に不可欠である大気中の酸素含有量にとっても壊滅的な結果を意味する。それというのも、熱帯雨林、ないしは原生林こそが酸素全体の40%を生産しているという事実があるから。しかし、この事実は見向きもされず、熱帯雨林はためらいもなく、そして犯罪的に下劣な富と利益のために根こそぎにされ破壊され、跡形もなく姿を消している。その結果、毎年膨大な面積の原生林が、鉱業、焼き畑、および製材業、天然ガス・石油採掘、水力発電所建設などの犠牲になっている。すでに開墾され、これからも開墾され続ける大規模な原生林ないしは手付かずの熱帯雨林には、バイオ燃料の原料となる様々な植物が植え付けられる。新たに獲得された面積の半分以上がこうした方法で濫用される。木材伐採機などによって熱帯雨林が姿を消すだけでも、世界の二酸化炭素排出はおよそ25%増加する。発展途上国であるインドネシアをみてみると、この国は現在、第三位の二酸化炭素生産国であり、同国の焼き畑農業は現在、7~8億トンの二酸化炭素を排出している。熱帯地域における、今後の森林消滅による二酸化炭素排出量を全体として考えると、2100 年までに1,000 億~1,300 億トンの二酸化炭素が生産されることが予想される。計算によれば、伐採された熱帯雨林に代わってサトウキビやアブラヤシが栽培された場合、化石燃料の使用と開墾によって増加する二酸化炭素の排出量を削減して元どおり埋め合わせができるようになるまでに、50年から120年もの期間が必要になる。代替としてトウモロコシあるいは大豆が栽培された場合には、それどころか400年から1600 年もの期間が必要になる。焼き払われて姿を消すのは、何も熱帯雨林だけではない。灌木や低木地帯、ステップ、森なども、広範囲にわたって燃やされて姿を消している。原因は落雷の場合もあるが、人間の軽卒な悪ふざけ、無責任さによって引き起こされる灌木火災や森林火災である場合もある。しかしまた、犯罪的・商業的・投機的な理由から意図的に放火され、焼き払われる灌木・低木地帯、および森林もますます増えている。これは、確保がますます難しくなっている工場・家屋・住宅地・運動場、そして道路など向けの建設地を作り出すためである。こういったことはすべて、世界規模でさらに進行する一方の極度の人口過剰によって、無責任にとられる無節操な措置と、人口過剰に伴う需要にその原因を持つものである。自然と、その動物相・植物相を見ると、環境破壊の結果として生物多様性の、衝撃的な激減が起きていることを非難しなければならない。植物と動物合わせておよそ3,200 万ある属・種に関していえば、その2/3 以上が原生林に生息している。しかしその多くが、熱帯雨林の犯罪的な伐採と開墾によって、絶滅の危機にさらされているか、あるいはすでに絶滅してしまっている。植物と動物が直面している脅威と絶滅状態を全体的にみれば、自然界に新たに発生している病原菌、そして他の生態系から侵入する異種生物の分布拡大もまた、非常に重要な役割を果たしている。それによって土着の植物・生物種が駆逐され、さらに絶滅さえさせられている。とりわけ将来は、園芸・農業において、土着の雑草種、またグローバル化によって他の国から移入した雑草種が蔓延し、繁茂し、必然的にもはや化学的除草剤では駆除できなくなり、したがって根絶することができなくなるでしょう。そうしてこの結果、こうした雑草が肥沃な土地を荒廃させ、不毛の土地に不良化させるでしょう。それは、どの種であろうと雑草というものは、どんな種類の除草剤に対しても耐性を獲得でき、貴重な食用植物を駆逐し、食用植物が必要とする繁茂のための成長・生存空間を奪うためである。これは言うまでもなく、自然食品の生産に極めて強い負の影響を及ぼす。すでに現在、様々な雑草がもはや根絶不可能になっている。それは、過去数十年の間に世界中で化学除草剤が無責任に投入されたことによって、雑草が進化を遂げて化学的有害物質に適応し根絶やしにすることがもはや不可能になったためである。この現象は世界的にみて、すでに多様な雑草で起きている。例えば、アメリカの様々な場所で、平方キロメートルの規模で凄まじい蔓延を見せているオオホナガアオゲイトウ(モンサント・パルマーアマランサス、グリホサート・ブタクサ、ラウンドアップ耐性を持つ怪物植物、新型のハイテク雑草。冥界からやってきた雑草で不死身。南米から移入され、園芸・農業で栽培される植物という植物をことごとく駆逐し、窒息させ、絶滅させてしまう)である。その他の多くの外来雑草種、土着の雑草種にも同じことがいえ、これらはすでに除草剤耐性を有しているか、あるいは将来、耐性を獲得することになる。すでにヨーロッパにも、グローバル化によって移入された非常に多くの植物や動物、ありとあらゆる種類の昆虫とその他の小動物が存在している。この数はプレヤールの厳密な情報によれば、すべての属と種にわたって1 万2,000 と算定される。これらの多くは、意図的なヨーロッパへの輸入あるいは意図に反しての移入以降、もはやヨーロッパの生態系でその存在を無視することが不可能であるほど、当地に適応している。そしてこの状態は、将来、グローバル化と、それに関連する植物、そしてあらゆる種類の生物移入によってこのまま継続するでしょう。ヨーロッパに移入された外来植物の多くをみれば、現在においてもひどい災厄が生じている。例えば、アメリカ産のアキノキリンソウ(およそ80種あるキク科植物、ほとんどが北米種。一体型で互生する葉、黄金色の総状の花をつける多年草。高さが1mにも達するアキノキリンソウ属のオオアワダチソウ、セイタカアワダチソウは、乾燥した森や茂みに繁茂し荒れ地に広がる)である。また、アジアからヨーロッパに移入されたオニツリフネソウ(草状のホウセンカ属植物で、ほとんどの場合、アフリカとアジアの熱帯地帯に繁茂。その莢は、接触によってあるいは種子が熟すと裂けて開き、種子をはじき出す。ホウセンカ、キツリフネと同種)も挙げられる。さらに、北米起源の繁茂力の強いブタクサ(アンブロシア。ギリシャ神話起源の不死を意味する。神々に永遠の若さと不死を与えるという食べ物)がある。ブタクサの繁茂には、歯止めをかけることが現在もはやほぼ不可能である。この他にも、ヨーロッパ(他の国々と同様)に移入された植物は数多くあり、例えば、高さ5mにも成長するジャイアント・ホグウィード(Riesen-Bärenklau)は、特に説明を要するものである。というのもこれは、単に厄介な雑草というだけでなく、侵入外来種・侵入帰化種と表現されるべきものだから。これは繁茂力が強く、他の植物に成長する余地を与えない。その種子は広範囲に飛散し、多くの場合、特に小川や河川のそばに発芽するが、休閑地や路傍、さらに庭にも侵入し、乾燥しすぎていない滋養に富んだ土壌に根を張る。1株がそれぞれ1 万~5 万個の種子を作り出し種子には水に浮く特性さえある。ジャイアント・ホグウィードの液汁に接触すると、人間の皮膚は重度のやけどを起こす。該当者は、まず皮膚に焼けるような痛みを感じ、その後その箇所は腫れ上がり、水膨れになって剥がれることもある。日光の状態次第で、最も深刻な症状はおよそ2日後に現れる。この植物の液汁は、日光と同時に作用すると二度、熱傷を引き起こす、いわゆるフラノクマリンを含んでいる。つまり、日光が光毒性反応を起こす決定的要因になる。このように、刺激性を持つジャイアント・ホグウィードの液汁と接触した場合には、特に日光を避ける必要がある。症状が治まった後も、日除け対策は続けること。症状に対しては、例えば鎮痛剤、コルチゾンクリームの使用、また冷却するなどの方法で外来治療が行われる。天候が極端さを増す状況が増えていること、そして、肥沃な土地が失われ、化学物質、人間・動物の排泄物、家庭ゴミ、産業廃棄物、あらゆる種類のプラスチック、抗生物質、化学肥料などによって河川・湖沼などの水が激しく汚染されていることも、様々な災害発生の原因になっている。また、海洋水などの酸性化、化学的殺虫剤・化学的除草剤・ネオニコチノイド・その他のあらゆる有害物質の使用、工場・暖房から排出される排気ガス、車やその他の内燃機関から排出される排気ガスも生物多様性を危機にさらし、破壊している。両生類、植物、動物、昆虫、爬虫類、甲虫、水生生物、その他のあらゆる種類の小動物において、すべての属・種で合わせておよそ5万種が毎年姿を消している。この状況がこのままの規模で進行すれば、2100年までに全ての生物、すなわち植物、動物、小動物などの属・種の半分が絶滅することも絶対的に起こりうる(専門的な計算によれば、両生類でおよそ30%、哺乳類で24%、鳥類で12%)。その中には水生生物も含まれるが、この場合(過剰な漁獲に歯止めがかからなければ)、遅くとも2050年には商業漁業が全く不可能になると予想されている。それは、海洋とすべての河川・湖沼で全く漁獲がなくなるから。事態が本当にそこに至れば、それは15億を越える人々が、その生命の支えとなっている唯一のタンパク質源を奪われることを意味する。これはさらに、地球上の人類の大部分もまた、魚とその他の海洋動物・水生生物を栄養分として利用できる可能性を全て失うことを意味する。第三世界あるいは発展途上国、先進国、そして中進国における環境汚染をみると、増加する原料資源の採掘と急激な工業化の進行によって、汚染はとめどなく、ますます規模を拡大していることが分かる。これは、OECDの国々における近年の環境汚染が減少しているにもかかわらず起きていること。これに加えて、環境汚染を減らすといった決定が下された場合でも、全体はそもそも焼け石に水にすらならないという事実がある。というのも、そうした決定が実際に施行されるまでの時間の間(10 年、あるいは20 年)に、世界の人口は毎年およそ1億人ずつ増加していくから。これは、決定が施行された時には、その決定は既にとうの昔に時代遅れのものになっており、問題そのものの規模は、決定が下されたその当時の何倍にも膨れあがっていることを意味する。あらゆる種類の自然死と不自然死、また現在の世界人口の増加を考えて、毎年平均で人口が1億人増加することを前提とすると、2050 年までの今後35 年間で、過剰状態にある人口はさらにおよそ35億人増加する。それだけの人間が地球上にあふれ、地球を苦しめる。このように、2015 年における地球上の人類の総数が、実際には85億人以上と算定すべきであるとすると(プレヤール人の正確な計算に従ったもので、地球人統計家の誤った計算の主張とは異なる。地球人統計家は、2015年の地球上人口はおよそ74億人に過ぎないという前提を出発点としており、2050 年の地球上人口は僅か90 億人になると信じられている)、2050 年にはおよそ115~120 億人が地球上に過剰にひしめき合うことになり、その無節操な企てによって、自然全体、動物相・植物相、気候、海洋と河川・湖沼、大地、地球そのもの、さらに人類のすでに非常に悪化した道徳的な人生の質に、さらに多大な災厄をもたらすことになるでしょう。そしてこれは、本当の災厄に対する取り組みが行われず、単に対症療法のみが行われているから。そもそも、この災厄全体の原因に対して、すなわち拡大する一方の人口過剰に対して執拗に取り組まなければならないはずなのに、人口過剰はとめどなく進行しており、世界的な出産規制という歯止めもかけられていない。世界規模での惨状と災害の全体像に関しては、特に、世界貿易機関(WTO)によって押し進められた貿易障壁撤廃の結果、多くの国で、環境保護・消費者保護に関する法律が弱体化させられることになったことを指摘しなくてはならない。この結果に苦しんでいるのは、自然とその動物相。植物相だけではない。気候と地球という惑星全体、そしてもちろん人類も苦しんでいる。なぜなら、人類の健康が途方もなく損なわれているからである。特に決定的な要素となっているのが大気汚染である。このために、世界中で毎年400万人もの人が亡くなっている。さらに、やはり世界中で毎年1,600万人もの人が、化学物質と、特に細菌で汚染された水を飲み、水と同様に汚染された食品を食べることによって引き起こされる病気で亡くなっていることも悲しむべきこと。飲料水をめぐる状況は、非常に厄介で矛盾したものになるでしょう。というのも、水資源は、干ばつが続くことでますます枯渇していく一方、多くの場所で、豪雨の発生により、園芸産業や農業などで使われている化学肥料が流れ出して飲料水が汚染されるため、何十万という人々が飲料水に関して大きな不安を抱えるという事態になっているから。同時に、有害な藻類の華も、凄まじい規模で発生している。飲料水は、土壌と河川・湖沼の化学物質による様々な汚染によって有毒化される。特に汚染原因となっているのは、園芸や農業、あらゆる種類のプランテーションで使われているリンや窒素などの化学肥料、化学的殺虫剤、化学的除草剤、ネオニコチノイドなどである。化学物質は当然ながら地下水にも流れ込み、それによって再び飲料水循環にも入り込む。これらの化学物質から生じる影響は、とりわけ暖かい気候の場合に強くなり、飲料水源としても使われる自然の水域では、シアノバクテリア、いわゆる有害藻類の華が爆発的に増殖することになる。これは、視覚的には水が青緑色に変色し、水面が緑がかった藻の絨毯に覆われ、縞模様に見えるという形で現れる。このバクテリアの発生は、人間にとっては差し迫った危険を産み出す。なぜなら、これらのバクテリアは様々な毒素を作り出し、それが当然ながら水を汚染するため、その水を飲む、あるいは単に歯磨きや料理に使っただけで下痢や嘔吐・吐き気の原因となり、また肝臓と腎臓に危険な障害が引き起こされるから。この水を加熱したり、沸騰させたりすると毒素の濃度はさらに高まる。したがって、場合によっては、加熱あるいは沸騰させることなく水を使用した場合よりも、さらに危険な状況が生じることになってしまう。世界中で、ゴミの排出が途方もなく制御不能なほどに増加していることも悲しむべきこと。特に先進国では、どのみち環境を汚染し、病気を撒き散らす広大なゴミ処理場のための場所を、見つけることがますます困難になっている一方で、排出されるあらゆる種類のゴミを適切な方法で有意義に加工するための工夫は、ほとんど手が尽くされていない。ゴミを適切な方法で加工し尽くすとは、灰の形で処理できるものは全て焼却し、無害化し、有益な方法によって何らかの形態で再利用が可能になるようにすることを意味する。つまり、再利用可能なものは全てリサイクルし加工し、新たな製品として再生させる。ところが、一方でその代わりに起きているのは、世界中で排出が途方もなく増加するばかりのゴミが、環境全体の景観を損ねるという現象である。つまり、無責任な市民がゴミを畑や河川・湖沼、海、森に廃棄するからであり、それによって自然、動物相・植物相、さらに生態系全体が危機にさらされている。他方、行政や政府、ゴミ処理会社も、ゴミ処理に関して犯罪的な、そして無責任な行動をとっている。すなわち、山のようなゴミを、自国内での大量ゴミの発生をすでにコントロールできない、貧しい国、中進国や発展途上国に船で送りつける。事実は、これらの国々では、発生するゴミの内、収集されるものはごく僅かに過ぎないということ。残りの莫大な量のゴミは、道路、畑、牧草地、現地の河川・湖沼、海などにただ投棄され、その場所と環境全体を汚染し毒まみれにするのである。なかんずく、プラスチックとその他の合成樹脂廃棄物の及ぼす問題は極めて深刻である。なぜなら、これらは種類によっては100年から700年経たないと完全に分解されないから。特にこれらの種類のゴミは、現地の河川・湖沼や海に集まり、いくつかの海洋で吹送流の渦の地域においては、現在すでに何平方キロメートルにもわたって大規模に水面を覆い尽くす事態になっている。それだけではない。プラスチックとその他の合成樹脂廃棄物は、河川・湖沼や海の波の動きと太陽紫外線によって、時間の経過とともに粉砕され、微細なパウダー状になり、魚とその他の水生生物のエサに入り込み、それによってまた、魚とその他の水生生物を食べる人間の食物連鎖にも入り込むのである。また、どのような種類の環境汚染にせよ、それは河川・湖沼の中、陸上または海洋中における死のゾーンをあっという間に拡大させるだけでなく、生物多様性にとって極めて重要な意味を持つ肥沃な地表環境を毒素で汚染し破壊するものだということも指摘しなければならない。そのような死のゾーン(途方もない環境汚染と、農業用地への硝酸塩とリンなどの過剰施肥によって生まれた)は、現在、世界中で3,200k㎡を越える規模に広がっている。さらに、これらの肥料は、小川や河川、湖沼や海洋に流れ込んで、大規模な藻類の絨毯を発生させ、それによって水生動物界や水生植物界に甚大な被害をもたらし、あるいは死滅させるといった深刻な事態を引き起こしている。水中で植物や水生動物などが徐々に死滅すると、その死骸の分解のためにバクテリアが必要となる。これらのバクテリアは、自身の生存のために大量の酸素を必要とするため、その他の水生動物や水生植物のための酸素が不足することになる。したがって、魚類も甲殻類も貝類も、あるいは他の水生小動物も生きていくことが不可能になってしまう。いわんや自然の水生植物にしても同様である。破壊力を持つ特定の藻類を除いて...。また、こうした死のゾーンは、特に暖かい・暑い季節に出現することも指摘しなければならない。すなわち、春・夏・秋である。なぜなら通常、これらの季節においては、嵐で水が波立つことがないからである。嵐は普通、水が嵐の来ない季節よりも多くの酸素で満たされるという結果をもたらす。それだけではない。なぜなら将来においては、悪質な争い、殺りく、戦争、テロ行為、内戦が増えることが記録されなければならないだろうから。それらは様々な傾向を持った軍隊、国家権力、テロ組織によって行われる(新たな犯罪的な分派を様々な国で生み出すヒュドラのような...ISはその一例である)。こうした事態に対する軍隊や国家の責任ある立場にある者の取り組みは、あくまで不十分で手ぬるいものに過ぎない。これらのグループの内、一つが制圧され殲滅されたとしても、それに代わってレルネーのヒュドラがそうだったように、新たな二つの殺人的分派が生まれ、最悪の形で猛威をふるい、人殺しをし、破壊し、壊滅させるという結果になる。また、独裁者、支配欲に駆られた者、政治家、狂信的宗教者や狂信的宗教分派や、あるいはまた医薬品・食糧・食品・水不足が引き金となって起こる戦争やテロ行為も挙げなければならない。あらゆる形態での悪質な人種憎悪も極端になり、増え広がっている。この状況には特に、様々な独裁国家、人間を敵視する国家から逃れてきた四方八方に広がる一方の難民の存在によって、さらに拍車がかかっている。人種に対するむき出しのテロや戦争は、悪質な人種憎悪グループと人種差別主義組織の存在によって2015年現在よりも非常に激しくなり、様々な形態での発生が危惧されるものとなるでしょう。それを担うのは、民間人によるグループや、同様の方向性を持つ新たな組織ででしょう。例えば、20世紀以降ヨーロッパ、ロシア、アメリカ、また他の様々な国において悪質な殺人的活動を展開し猛威を振るったネオナチ、アーリアン・ブラザーフッド、アーリアン・ネーションズや、19世紀以降のアメリカで数えきれないほどの人種差別主義に基づく殺人を犯したクー・クラックス・クランなどの同類である。人間が作り上げたものに対する破壊も、今後さらに増えていく。それは人間自身の堕落、悪意、気まぐれ、そしてまた増加する一方の自然災害にも起因する。加えて、憎悪、嫉妬、無関心、孤立も、人々の間に拡大していくでしょう。人命の価値の軽視もさらに酷くなり、その結果、人命は容赦も節度もなく、悪意と気まぐれに翻弄されて傷つけられ、奪われるものとなる。あらゆる貪欲、悪徳、病的欲望も、殺人、故殺と同じように、家族内や学校、仲間内で増加していく。そこで見られるのは、宗教的・狂信的な分派主義と精神病質・偏執狂的な無節操でしょう。同様に、思考面・感情面・精神面での異常、洗脳的な要素、現実離れした態度、破廉恥な態度も出現する。さて、正気ではない自称物知り連中や専門家、無責任な科学者らは、良心のかけらもない大企業から報酬をもらうのと引き換えに、この明白な事実を、今日においてもなお否定し続けているが、これまでの、そしてこれからも凄まじい規模で増加し続ける二酸化炭素の排出が、世界規模での温暖化の原因であり、気温は2100年までに6℃、あるいは状況次第では8℃も上昇し得ることは疑問の余地のない事実である。そして、大気温が1℃上昇するごとに、熱帯のハリケーンは最大で35%増加するということも、また事実である。しかしそれだけではない。温暖化の影響は、北極地方と南極地方にも及ぶから。結果として、北極地方と南極地方の氷層厚は融解によって減少する。同じ現象は世界中の山岳氷河でも起きている。気候の温暖化がこれまでと同様の規模で継続すれば(人口過剰の結果としてあらゆる点で生じる常軌を逸した事態も影響して)、早くも25年後には夏の間、北極地方から氷が消えることもありうる。かつては最大で700万k㎡あった北極地方の氷面が、現在では僅か300万k㎡ほどしかないことを考えれば、ここから全体として現れるのは暗い将来像である。つまり、地球の温暖化がさらに進むということ。なぜなら、氷面積が小さくなれば、反射される日射も少なくなるという事実があるからである。気候変動と氷融解がもたらすさらなる影響は、海面の上昇である。現在、これは年におよそ4.5mmの規模で起きている。したがって、2100年までに、海面がメートル単位で上昇するに違いないことは容易に計算できる。計算によれば、海面上昇は、そのおよそ45%が内陸氷の融解によって、およそ55%が温暖化とそれによって生じる海水の膨張によって起きるとみられる。海に関しては、北海沿岸諸国では暴風による、より大きな高潮が発生するであろうことも指摘しなければならない。なぜなら21世紀末までに、高潮はこれまでよりも1.5m超高くなるだろうから。海面が55~60cm高くなるだけでも、水辺の森、浅瀬水域、塩沼などの生物の貴重な生息圏が破壊される。もしも北海とバルト海の海面が1m上昇すれば、沿岸部と内陸部がおよそ1万5,000k㎡にわたって水没することになる。そうなれば、現在およそ400万人が暮らし利用している土地の多くが、水面下になってしまう。さらに、ヨーロッパに迫る別の脅威のシナリオは、大気圏の温暖化によってメキシコ湾流が消滅し、ヨーロッパに新たな氷河期が突如として到来するというものである。これは現在のところ、まだ現実味を帯びていないが、状況によっては考慮されなければならない。気候変動は、この地球という惑星そのものにも地質学的変化を引き起こし、その変化はますます増加し、そして激しさを増している。永久凍土の融解や豪雨などによる山崩れ、土砂崩れ、土石流などだ。地表と海底ではマントルに亀裂が生じ、かつまた大規模なマントルの変位も起きている。加えて、絶えずより強烈になる原始世界のようなハリケーンや津波が大地に襲いかかり、自然やあらゆる種類の人間の建造物を壊滅させ、何千という人命を奪う。太古からの自然の法則は崩壊し、新たな形態へと劇的な変化を遂げる。そして、地質・自然に生じる新たな変化に、人類は適応せざるを得ない。それができなければ、滅亡するしかないのである。こうした適応が必要であることは、全世界での出産停止と、そこから当然生じる世界規模での出産規制が必要であることも意味する。同時に、自然・動物相・植物相・気候を破壊する、世界中で展開されている人間の手によるあらゆる種類の無節操な企みに、最終的な終止符を打たなければならないことも意味する。これに加え、もうひとつ別のシナリオもある。すなわち、地球規模での温暖化によって、2100年までに、ひどい干ばつが生じるということ。さらに、アマゾン川流域の熱帯雨林もこれに巻き込まれ、最大75%破壊されることになる。これは、人口過剰に伴う無節操な企みが引き起こしている現在の破壊プロセス全体が、このまま進行した場合に避けられないこと。しかし、地球上の人類とその政府、また責任を負う全ての人間が、世界の人口増に歯止めをかけるために不可欠であるはずの措置、すなわち世界規模で目的に適った出産停止と断固たる出産規制の措置を実施しないであろうことは、すでに今の時点で明らかである。アマゾン川流域の破壊に関しても同様である。この場合は、破壊された熱帯雨林が草地・灌木のサバンナ地帯になれば儲けもので、さもなければ死んだ荒れ地になって終わりである。しかしそれだけではない。ヨーロッパ南部とアメリカ南西部、アジア南西部、サハラ砂漠以南のアフリカ、中東、さらにオーストラリアのかなりの部分も、将来、破壊的な乾期に入る可能性があるから。この乾期は、その地域の気候に、非常に強いマイナスの影響を与えることになる。灌木地帯は必然的にさらに拡大し、その規模はこれまで知られていたものを全て超えるものになるでしょう。この新たな乾期の到来は、いたるところで凄まじい規模で収穫の損害をもたらし、これはもはや変えようのないものになるでしょう。また同時に、南米西部、ニュージーランド、オーストラリア北部、中国東部などにおいて、尋常でない規模の洪水の危険も増す。その一方、ヨーロッパ北部、カナダ、南米などの気候が温暖な地域では、より規模の大きい有用な農地が誕生する。これは気候変動の結果生じることで、当然ながら収穫量の増加をもたらす。CO2の量が増えれば、種々の食用植物や野生植物がより良く、より早く成長するようになるから。しかし、これと同時に、その他の外来の動物・鳥類、あらゆる種類の陸生・水生小動物が、そこに適応し定住することにもなる。これは犯罪的なグローバル化による移入だけでなく、気候条件によって直接生じる渡来の結果でもある。現在、そして将来においても、気候変動は貧しい国々に極めて大きな損害と破壊をもたらす。しかし先進国にしても無傷ではいられない。総括的に世界全体を見れば、気候変動とその影響、また自然災害による損害額は、何千兆の規模にのぼる。世界規模での海面上昇だけをみても、その上昇がたとえ0.5m程度であったとしても、海岸沿いにあるおよそ140もの百万都市が危機にさらされることになる。これは、途方もない規模の人間の業績と価値ある財産が、海水上昇によって破壊されることを意味する。損害額の規模は、ここでもやはり何千兆にのぼるに違いない。しかし、予想されるシナリオはこれで終わらない。例えば、モルジブのおよそ1,200 の島々は、海抜が最高でも2.4mしかないので、これらの島々のように国がそっくりそのまま地上から姿を消すことさえ起こりうる。たとえ、海面の上昇が僅か0.5mであっても(高い確率で実現するだろうが)、これら島々のほとんどの部分が居住不能になるということを意味する。さらに、温暖化によって、海水が内陸部にどんどん入り込んでくることも指摘しなければならない。その結果、食糧の栽培に使われる土壌にも、人間の飲料水と農耕地の灌漑用水として使われる、生存に不可欠な地下水にも海水が入り込んでくることになる。気候変動による影響に最も苦しむのは、すでに述べたとおり、本当に貧しい国々と、そこに暮らす人々である。しかし、彼らこそ温暖化の全体にはごく僅かしか関わらないのであるが、これからもそれは変わらないでしょう。天然資源に関していえば、これらの国々で天然資源を略奪し尽くしているのは先進国の大企業であり、これら貧しい国に暮らす人々は、そもそも自国の天然資源を使える立場にあるとしても、それにほとんど、あるいは全く関わっていないのだ。それだけではない。気候変動の結果からだけでも既に貧しい国々には解決することがもはや不可能な問題が発生している。避けることのできない干ばつの到来に関して言えば、ただでさえ痩せた耕地はこれで干上がり、完全に不毛の土地となる。その結果、すでに述べたとおり、食料難もさらに拡大することになる。また、雨が降らないために水源が干上がり、人間と自然、その動物相・植物相が極度の水不足に直面することになる。この結果、人間にとっても動物相・植物相にとっても、いよいよますます四方八方に死が広がることになるでしょう。干ばつは河川・湖沼にも損害を与え、その水位が低下すれば、当然、船舶の運行にも支障が出る。水力発電も同様である。何といっても自然を源とする水は、その半分をはるかに超える量がエネルギー経済に使われている。特に、設備の冷却のために川の水を必要とする原子力発電所がその例である。つまり、将来において、これらの発電所の運転を早期に停止することは、理性的な理由から必要になるだけではない。水不足という事態のために、こうした発電所のために水を無駄に使うことがもはや許されなくなるから。しかしこれと対照的に、人口過剰が何のコントロールもなく拡大の一途を辿ることとの関連で、エアコン用電力消費、そして家庭・農業・産業向けの日々の電力消費は、増加する一方である。また憂うべきは今後、訪れる暑さと干ばつが、ヨーロッパの一部の地方に収穫の減少をもたらすことである。しかしながら、それに対して水分をごく僅かしか必要とせず、また暑さに対して現在の品種に比べて、より耐性を持つ新たな穀物種が栽培されるために、他の地方の農業には良好で、それどころか収穫の増加さえ予想することができる。ヨーロッパの一部地域では、40℃を超える暑さになる頻度がより増え、それが人々に深刻な問題をもたらすことになる。森林に関しては、温暖化が進むことでトウヒが死ぬことになる。なぜならこの樹木種はより寒冷な気候が必要だから。この結果、カエデ、ブナ、カシなどの樹木種と、暖かい乾燥した気候に耐性のある南方の樹木種が、北方の針葉樹に代わって増えてくることになるでしょう。つまりヨーロッパ全体において、気候変動の結果、土着の樹木の多くが姿を消すことになる。しかしその際、すでに述べたとおりヨーロッパに定着するヨーロッパ南部と、世界の他の地域からの種は増える一方であり、これは動物、昆虫、鳥類、水生生物とあらゆる種類の小動物にも当てはまる。とりわけ、これまでは春・夏・秋に限って姿を現していた属・種が、ヨーロッパ中部と北部に最終的に定住し、その姿は年中みられるものになる。つまり、ヨーロッパ全体で、冬の気候が現在よりもはるかに穏やかで湿度の高いものになることは明らかである。この結果、霜や寒気が訪れる時期が激減することも相まって、当然ながらいたるところで暖房需要も減少することになる。しかしそれにもかかわらず、冬期には激しい嵐や大洪水を起こす降雨が発生するようになる。それによって河川の氾濫、豪雨による土石流、洪水が頻繁に起こり、災厄と甚大な破壊を引き起こし、人々に多くの苦悩、困窮、不幸をもたらすでしょう。降霜と降雪は減少の一途を辿って気候変動により著しく少なくなり、特に標高900mを下回る土地がその変化に見舞われると予想される。山岳地帯から雪が無くなるために、これは当然、冬期スポーツ施設の運営事業者にとっても打撃となり、事業者を倒産に追い込むことになるでしょう。スキー場のゲレンデの営業は、愚かなことに人口雪を使ってしばらく続くが、これには当然、途方もないエネルギーと水が必要になる。最終的にはこれらも調達が不可能となり、この浪費は最終的に断念せざるを得ないか、あるいは禁止されることになるでしょう。干ばつによる大災害は、それに見舞われた国々に途方もない変化を引き起こし、深刻な水不足を常態化させるが、ヨーロッパ中部・北部に関して言えば、気候変動による影響は、干ばつという点では比較的少ないものになるでしょう。しかしそれにも関わらず、ヨーロッパ全体では、干ばつと水不足に苦しむことからは逃れられない。その一方で、原始世界のような嵐や悪天候、大規模な河川の氾濫が増加し、大規模な災害、損害、破壊を引き起こし、多くの人命が失われることになる。当然、年の平均気温も長期的に上昇し、2100年までには4℃まで、場合によっては7℃まで上昇することも考えなければならない。これは、人口過剰のさらに途方もない拡大と、人口過剰に対する無節操な措置によって、自然とその動物相・植物相の破壊、気候変動がどの程度進行するかによる。しかし確実に言えるのは、ヨーロッパ全体で夏が更に暑く、そして乾燥したものになり、その結果、夏の気温が日陰でも30℃、あるいはそれ以上に上昇するということ。これは、そのような高温に慣れていないヨーロッパ中部・北部に住む人々にとって命に関わる問題が生じることを意味する。オゾンとスモッグによって気管支や肺が危険なダメージを受け、熱中症や心筋梗塞による死亡率も上昇するから。温暖化の進行の結果、ヨーロッパにおいては将来、気温が1℃上昇するごとに死亡率が最大で6%まで増加することを予測しておかなければならない。これはまさに、ヨーロッパ中部・北部の人々が酷暑に慣れていないためでもある。このヨーロッパ全体における気温上昇は、気候帯の移動を伴う。さらに、特にマラリアをはじめとした熱帯性の疾病や深刻な伝染病など、南の国々からやってくる新たな疾病や伝染病の発生にもつながる。しかし、将来、ヨーロッパ人の健康に害を及ぼすことになるのは夏の気候ばかりではない。春と秋も大きな犠牲を強いることになる。例えば、初夏にはダニに噛まれ、ボレリア感染症や髄膜炎を引き起こしたりする。また、強烈さを増す日光によって、皮膚がんも猛威をふるう。これは夏に限らず、春と秋も同様である。さらに気候変動によって、自然の食品に使われる化学有害物質も、これまでは知られていなかった変化を引き起こすことになり、その結果、アレルギーや胃腸の病気に苦しむ人が増加する。氷河に目を転じると、今後さし迫っているヒマラヤ氷河の融解が起きるだけでも、15億以上の人々に甚大な被害が及ぶことを指摘しなければならない。なぜなら水不足は恐ろしい結果を伴って犠牲を強いるからである。大規模な干ばつが生じれば、インドだけに限ってみても痩せた土地で農業が生き残ることが極めて困難になる。これは人口のおよそ65~75%を直撃するでしょう。また中国北部(その他の国々においても)の、内陸部は干上がり荒廃するでしょう。さらにまた砂漠同様の地域の範囲はなお一層拡大する。このように、将来、干ばつと、河川の破壊的な氾濫、あらゆる種類の異常気象と地震によって、アフリカ、中央アジア、東南アジアの多くの国々が国家の崩壊に追い込まれるでしょう。今日、すでに大量の難民が世界中にあふれているが(1950年代、さらにその後の時代にすでに予言されていた事態である)、実は大規模な民族移動、民族避難は、これから始まるのである。難民を受け入れる国々にとって、1 年あたりの難民の数は現在まだ対応可能なレベルにあるが、35~50年後には、それはおよそ3~3.5億人になる。これは気候変動とそれがもたらす壊滅的な結果と、また政治・軍事・宗教・テロによる騒乱と陰謀がもたらした厄介な負の影響により、故郷を追われ、世界中で異国に新たな避難場所を探し求める人々である。こうした人々の行き先は(現在もそうであるとおり)、今後も特にヨーロッパになる。この大量の難民は、世界中とりわけアフリカとアラブ諸国から大きなボロボロの船や、使い古された木製やゴム製のボートに乗ってイタリアやギリシャの島々、あるいは陸地にたどり着く。ただしそれは、船やボートがその前に転覆して海に投げ出されたり、あるいは密航斡旋業者によって海に投げ捨てられたりして、溺死しなかった人々である。つまり、今後も難民の流れはより長くなり、より多くなる。すなわちその流れは(すでに現在でもそうであるように)さらに激しく広範囲なものになり、コントロール不能なまでに増大する。それも、難民の出身国はアフリカ大陸だけでなく、バルカン諸国、東欧諸国、南米・アジア・中近東の様々な国にのぼる。難民が殺到し移住する国々では、それによって生じる難民の流れの問題に官庁、政治家、援助組織、監視・警備組織がもはや対応できなくなる。これはすでに現在の時点で起きていること。その結果、あばら屋や軍用施設、バラック、コンテナ、テント村、手入れのされていない野営地などに難民キャンプが作られることになり、衛生的な状態を維持できない悲惨な状況が発生する。また、出身国、宗教、宗教的分派、社会階層という点で様々な背景を持つ難民がキャンプにぎゅうぎゅう詰めにされることで、お互いの間でトラブルや争いが生じ、それが深刻な結果につながることもある。犯罪、病気、伝染病、殺人、故殺も、とめどなく蔓延する。食糧・飲料水の供給が不十分であることも、あらゆる災厄の発生にさらに拍車をかけることになる。つまり、難民キャンプにおいても、それほど時間が経たないうちに食糧不足・水不足が生じる。そして、難民自身の間でも、嫉妬、憎悪、けんか、殴り合いなどが発生し、けが人や、状況次第では死者が出ることにもなる。こうした事態が長引き、また増加するにつれ、難民をめぐって、様々な形態で真の混とん状態が生じ、さらに監視官・監督官・警察官・税関職員など、国の治安に関わる全ての機関にとっても、管理・規制・監視の手が及ばない状況やその他の問題が国境、また国内の両方で出現するでしょう。加えて、大量難民の流れによって、(ほとんどの場合は経済難民で、特にヨーロッパを始めとして他の国々に押し寄せる)、その期間が長くなりまた規模が拡大するにつれて、避難地の国々の国民、その行政機関、政府、政治家、政党において最も深刻かつ震撼させる問題が生じることになる。つまり、受け入れるか受け入れないか、すなわち認めるか拒否するかに関して、矛盾するエセ人道主義的な擁護派と拒絶派の見解・意見が増殖する一方の、難民の処遇・権利・送還に関して対立する。難民の存在によってすでに現時点で広範囲に始まっていて、また将来においてもとめどなく拡大し続ける事柄は、世界中で人間が混じり合うという事態である。これはもはや止めることはできない。なぜなら現在、すでに存在しているその原因に(難民の大量発生)、エセ人道的理由から歯止めをかけることができないから。つまり、世界規模でのとめどない人種・民族の混合は不可避である。その結果、混合人種からなる人類と、宗教やその分派の混合が発生し、そこから様々な敵対関係と憎悪が生まれることも、また同様に不可避である。気候変動によって、全体としてこのような全世界を巻き添えにして損害を与える結果がもたらされる。特に、気候の変化によって、立場の弱い不安定な国の数が増え、そこから難民の流れが生じるから。このことはさらに当然ながら、難民の避難先である全ての国々で、難民の配分をめぐる深刻な争いが発生する。その規模は、独裁EUが加盟国に対して受け入れるべき難民の数を指示している現在のヨーロッパにおいて、すでに発生している争いを遥かに凌ぐものになる。プター2015年
2019.10.23