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さて,例の冷凍食品の問題について多くのブログでも取り上げられていますが少しは違う観点で書けたらいいな…と思っています。 「毒ギョーザ…安売り競争に明け暮れる冷凍食品業界」 日本たばこ産業(JT)傘下のジェイティフーズ(東京)の 中国産冷凍ギョーザによる食中毒事件で、冷凍食品業界を中心に 中国産食品の取り扱い・対応面での“余波”が広がる。 冷凍食品はスーパーなどの店頭で特売の目玉商品とケースが多く 厳しい価格競争が続く。冷食各社は収益を確保する意味でも、 製造コストが安い中国での生産に頼らざるを得ない事情がある。 中国の食の安全が揺らぎだしただけに、冷食各社は、 コストと安全の両面をにらんだ新たな生産拠点探しを迫られるかもしれない。 <中略> 冷凍食品は日本の食卓・飲食店には、もはや欠かせない存在だ。 日本の食卓を支える一翼を担うのは、中国産食品といっても過言ではない。 厚生労働省によると、平成18年に中国から日本へ輸入された食品は 493万5605トン。国別では米国に次ぐ第2位だ。 食糧自給率が39%と先進国の中では低い日本にとって、 中国は重要な食糧輸入先となっている。 <中略> 少子高齢化で縮小傾向にある日本市場だが、 冷凍食品は近年も前年比2~3%で伸びている数少ない成長市場。 このため「冷凍食品を手がける国内企業数は数百はある」といわれ、 新規参入組も多い。今回の食中毒事件を起こしたJTも、 日清食品と共同で加ト吉の買収作業を進めるなど、業界再編も進んでいる。 一方、冷凍食品製品の店頭販売ルートは、消費者が「安さ」を求める スーパーや量販店が中心だ。 <中略> また、頻発する中国産食品の問題も教訓として、 冷食業界に浸透しつつある。昨夏の中国産野菜の問題では 「発生後の数カ月間は、当社の中国関連製品の売り上げがめっきり落ちた」という。 冷食各社は中国一辺倒の「チャイナ・リスク」を防ぐ意味でも、 東南アジアなど他の海外諸国に製造拠点を構えるケースが今後増えてくるだろう。 【2008年1月31日 産経新聞】ということですが,事件の概要については今更触れる必要はありませんので割愛させてもらいます。さて,まず最初にこの事件の原因についてですが今後調査が進むにつれて概要は明らかになると思いますのでここで推測はあまりしませんが,1つ考えなければいけないのは,検査の不徹底であるとか仕入れルートの問題などシステム的な問題なのか人為的なものなのかは考えなければいけないと思います。人為的?要するに故意に毒物を混入した可能性ということです。テロと言えば極論ですが,日本人に対する中国人の感情を考えると100%否定することは出来ないような気がします…もう1つは日本の食の脆弱性について私たちはもっと考えなければいけないと思います。中国の食品が危ないなら他の国から…というのは余りにも安易ではないでしょうか?他の国なら安全なのか?ということは先進国・途上国のどちらでも言い切ることは出来ないのが現状です。じゃあ,国産なら大丈夫なのかと言えば昨年問題になった一連の食品偽装のことを考えればこれも安全とは言い切れません…じゃあどうすればいいのか?答えは簡単です。きちんと徹底した検査を行う当たり前のことですが,問題はそのシステムだと思います。企業に安全管理を徹底させようとしても利潤追求という資本の論理の前では安全管理のコストを考えれば不徹底になる可能性は高いでしょう。仮に徹底したとしても安全管理に伴うコスト高は価格に転嫁されます。つまり,高くて安全な食品と安くて危険な食品という食品格差の問題が起こります。多分現状では経済格差が進んでいる日本では危険な冷凍食品を食べざるを得ない層と冷凍食品とは無縁の安全な食品を食べる富裕層…そんな未来が透けて見えるのですが…(実際は既にそうなっているかも知れません)少しでもそのような状況に歯止めをかけるためには国が責任を持って国民の食の管理を行う必要があると思います。食糧自給率が低いのに加えて食の安全に責任を持てない国家では話になりません。この問題って大げさみたいですが国民の生存権が脅かされている…そのような認識を持って対処して欲しいですね。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.31
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昨日の記事で労働者の立場でみるとマクドナルドを擁護するつもりはありませんが,消費者の立場でみると私もマクドナルドを選ぶかも知れません…(^_^; 「買いたいコーヒー:マクドナルドが首位、安さでスタバやドトールを圧倒」 オリコンは22日、ファストフードや専門チェーン店の コーヒー人気ランキングを発表。マクドナルドが1位に輝いた。 調査は首都圏・京阪神の20万人の消費者調査から 利用頻度の高い五つのチェーン店を選んだ上で、 20~30代の男女1280名を対象に実施。 1人2種類ずつ店の名前を明かさずに試飲してもらった。 味の評価は「香り」「苦み」「濃さ」など10段階評価で6項目。 その後、価格を伝えて「購入意向」を5段階評価で聞いた。 その結果、「香り」「苦み」ではスターバックス、ドトールが1、2位、 「後味」「酸味」はモスバーガー、ドトールの順になったが、 「全体のバランス」では1~5位が0.5ポイントの中にひしめき大きな差は出なかった。 しかし値段を含めた「購入意向」になると、 圧倒的に評価を得たのがマクドナルド。 5項目では他店とほぼ変わらないポイントながら、 1杯100円と最も価格が安いマクドナルドが他を圧倒し、 結果的に「買いたいコーヒー」(購入意向)のトップとなった。 対して味の評価でトップのスターバックスは4位。 他の4社より高めの料金設定が響いたようだ。 2位はドトール、3位モスバーガー、5位はミスタードーナツだった。 オリコンでは調査から「味覚に大きな差がなければ、 次の判断基準が価格になる」傾向が顕著に見られるとし、 コーヒーの品質の向上や、サイドメニューの開発など 価格以外での取り組みも含め、 店舗間の“コーヒーをめぐる戦国時代”はさらに激化すると予想している 【2008年1月24日毎日新聞】という記事なんですが,どう思われましたか?個人的にはこの5社を同列に比較するのは疑問に感じるのですが…というのは,マクドナルドなどのハンバーガーショップではメインはハンバーガーであり,コーヒーなどの飲み物はサイドメニューです。ドトールやスターバックスにコーヒーだけを飲みに行くことはあってもマクドナルドにコーヒーだけを飲みに行く人はいないとは言いませんがスタバなどよりははるかに少ないと思うのです。もし,ここでマクドナルドを比較対象にあげるのであればファミレスなどのコーヒーも扱わなければいけないと思います…というわけで,そこを同列に比較して最終的に価格で消費行動を決定するような記事の論調は個人的にはどうかと思いますが少なくとも似たような商品であれば価格が消費行動に大きな影響を与えるのは市場経済においては必然性があることは言えると思います。しかし,サービス産業において価格には反映されない非価格的な面も考える必要がありますし,特に外食産業においてリピーターを確保するための重要な要素だと思います。(所謂,某ハンバーガーチェーン店の,スマイル=0円ですね)そのように考えた場合スターバックスの価格設定はコーヒーを楽しむ空間としてトータルに考えれば高いとは言えないのかも知れません…実際,私の住んでいる街のショッピングセンター内にスターバックスはありますが,家族連れで来たときも家族が買い物をしている間にスタバでコーヒーを楽しむ…この非日常的空間を楽しむための価格なら高くはないと思うのです…もちろん安いに越したことはありませんが…(^_^;さて,最後に教育ブログらしくまとめると,公教育と私学や塾において消費者は価格を購入判断にするのでしょうか?もちろん,同じサービスであるなら安い授業料の所に行くでしょうし私たちはそのサービスの質の向上を常に考えなければいけませんそして,そのサービスの根幹をなすのが授業であるはずですが一番なおざりにされているのも授業のような気がするのは私だけでしょうか?←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.29
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さて今日は身近で気になったニュースを取り上げて考えてみたいと思います。 「<マクドナルド訴訟>店長は非管理職 東京地裁が残業代認定」 ハンバーガーチェーン「日本マクドナルド」の店長が、 管理職扱いされて時間外手当を支払われないのは違法として、 同社に未払い残業代や慰謝料など計約1350万円の支払いを求めた訴訟で、 東京地裁は28日、約755万円の支払いを命じた。 斎藤巌裁判官は「職務の権限や待遇から見て、 店長は管理監督者に当たらない」と述べた。 同社では正社員約4500余人中、約1715人(07年9月現在)が店長。 チェーン展開するファストフードや飲食店では 同様のケースが多く存在するとされ、判決は業界に影響を与えそうだ。 訴えていたのは、125熊谷店(埼玉県熊谷市)店長、高野広志さん(46)。 99年に別店舗で店長に昇格して以降、残業代が支払われなくなり、 時効にかからない03年12月~15年11月の2年分について 約517万円の支払いなどを求めた。 労働基準法は時間外勤務に対する割り増し賃金の支払いを規定しているが、 「管理監督者」は適用外になる。 訴訟では、同社の店長が管理監督者に当たるかが争点だった。 判決は管理監督者を「経営者と一体的立場で 労働時間の枠を超えてもやむを得ない重要な権限を持ち、 賃金が優遇されている者」と判断。 同社店長について、店舗責任者としてアルバイトの採用や 運営など店舗内の権限を持つにとどまり、 経営者と一体的立場とは言えないと認定。 さらに、品質・売り上げ管理などに加え、調理や接客なども行うため、 労働時間の自由裁量性は認められず、 部下の年収を下回るケースもあるなど待遇が十分とは言い難いと指摘した。 その上で未払い残業代約503万円を認め、 労働基準法に基づきその半額について懲罰的な意味合いを持つ 「付加金」の支払いを命じた。【2008年1月28日 毎日新聞】ということなんですが,店長という肩書きから安易に管理職というイメージを私たちは持ちがちですが判決によると「経営者と一体的立場で労働時間の枠を超えてもやむを得ない重要な権限を持ち、賃金が優遇されている者」が管理職ということですね。たしかにこの種の店長さんは実際厨房に立たれていますし労働時間の自由裁量性は認めにくいと思います。もちろん,資本の論理としての利潤追求の観点で言えば管理職と強弁して残業手当などを搾取することは理解できます。しかし,働く側の視点に立てば店長の方が部下よりも年収が低いような状況が現実にあれば労働意欲の点でマイナスに働くことは予想できます。お金が全てとは言いませんが,労働内容に相応しい対価を得ることがやる気や自分の仕事に対するプライドにつながるのではないでしょうか?例えばマクドナルドでも食品偽装の問題がニュースになりましたが,現場で働くものがそれに相応しい対価を得ていたら,自分の仕事を辱めるような事件は減るのではないでしょうか?そして今回の事例に限らず人件費の削減が日本の経済界にとって大きな問題になっていることは言うまでもありません。そしてこのワーキングプアと呼ばれている問題を考える時日本国内の景気動向に目を奪われがちですがそれだけでは本質は見えないと思いますし経済のグローバル化の中で生じているという視点を持つことが必要ではないでしょうか?簡単に言うと経済のグローバル化が進行する中で企業は利潤を確保するために人件費を削減するだけでなく積極的にアウトソーシングしていきます。派遣労働の問題が近年クローズアップされていますが背景に経済のグローバル化があることを忘れてはいけません。そして,そのアウトソーシングの流れは国内にとどまらず海外にも及んでいます。例えば中国ではユニクロのような製造業だけでなく総務や経理といった作業もアウトソーシングされています。中国にホワイトカラーの業務を移した日本企業は約2500社数万人が日本企業の関連業務を行っているそうですが,そのことは単純に考えると日本国内において数万人規模の職が喪失していることになるのです。もちろん,安易な排外主義を唱えるつもりはありません。しかし,日本が抱えるワーキングプアや失業などの労働問題を考える際にグローバル化の流れで捉え対策を講じる必要があると思います。安易に減税したり公共事業などの従来の対策では解決には結びつかないのではないでしょうか?そして,私たちもそのことを考えない限り子どもたちの未来を教えることが絵空事になってしまう…目の前の大学進学も大事ですがその先を見据える視点を持った子を育てたい未来に確信が持てるように…←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.28
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さて,前日の記事で紹介しましたが,ちょっとした運がついているような気がして部活の大会に臨みました…結果は…初めての最優秀賞学校賞をはじめ個人の部門別でも入賞者を多数出すことが出来ました…(^_^)v正直予想以上の結果に驚いています。でも,大事なことは結果をつぎに生かせる指導をすること…特に私の部活はどうしても個人競技の性格が強い面があるため入賞できなかった生徒のフォローが大事になります。私の個人的な感覚かも知れませんが最近の子どもは打たれ弱くなっているというか,簡単にあきらめる子が多くなっているような気がします。闘う前から諦めて「どうせダメなんだから…」という子どもたち…もちろん,このことは部活だけではなく勉強もそうですし,そのほかの色々な面でも同じように簡単に諦めてしまう…これも私見ですが例えばゲームでもクリアできそうになくなっても最後まで諦めずに続けるより安易にリセットして再トライする…ゲームの影響ばかりとは言えないと思いますが簡単に諦めるようになることに少なからず影響があるように感じるのは私だけでしょうか?でも,現実の出来事はゲームのように再トライ出来るものばかりではありません。話を大会の事に戻すと入賞した生徒たちは1点差あるいは同点なんだけど審査基準で順位が決められるなどほとんど実力的に差はありませんでした。ということは今回1位だったとしても次の大会では入賞圏外…ということもありえるのです。そして,これは大学入試でも同じ事です。偏差値などで難易度が輪切りされていますので同じ大学・学部には,ほぼ同じ学力の子が受験することになります。実際1点で不合格どころか,私の知っている事例では教科によって傾斜配点されている場合0.5点の差で不合格になったこともあります。この点数の重みを知って欲しいし最後まであきらめないこと…今の自分で全てを判断せずに未来の可能性を信じて努力できる…そんな風に指導できたらと思いますが現実は厳しいですね…(>_
2008.01.27
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私の部活は体育会系の部活と違ってシーズンオフとオンの差がはっきりしています…とは言っても私と同じ部活でも毎日夜の10時までやってるところもありますが…(^^ゞしかし,体育会系なら大会前かどうかに関わらず厳しい練習をするのは珍しくありません。もちろん、文化部系であっても毎日練習しなければいけませんがやはり大会前じゃないと,生徒たちのやる気も今ひとつみたいです…あ、これはコツコツ系が苦手な顧問の性格が原因かも…前置きが長くなりましたが大会前の部活は独特の緊張に包まれて生徒たちも真剣に取り組んでいます勉強も同じですが練習がスムーズにいっている時は指導する側は何もする必要はありませんアドバイスを求められた時にする…それもできるだけ最低限で生徒の良さを伸ばして自分の力でワンステップ上がっていけるように…そんな指導を心がけているつもりです(手を抜いているわけではありません)しかし,現実はそうもいかず、つい口も手も出してしまいます…(^^ゞというわけで、この時期の顧問はサポートと割り切って差し入れに精を出すようにしています。(日頃はケチと言われていますがそんなことはありません)今日学校の近くのコンビニに買い出しに行くとたまたま福引きをやってました…くじ運はない方ですが…カランカラン…え?当たりました…缶ビールでしたが…(^^ゞこのツキで大会本番もよい結果になったらと思っています。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.26
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久しぶりの授業ネタです…(^_^)v私の授業は受験対策という現実的な目標がありますが日常の授業はゆるゆるで雑談が多い授業です。(でも,そのゆるゆるの雰囲気に流されると…)以前の記事でも何度も書いたような気がしますが社会科系の授業で必要なスキルは「知的好奇心」だと思います。それがなければ,ただの無味乾燥な暗記教科になってしまいます。それに加えて大事なことはそのスキルは教える側の教員にも求められることだと思います。どの教科でもそうだと思うのですが,その教材のバックボーンとなる知識をどのくらい持てるか?生徒の知的好奇心を喚起することができるか?それはものすごく大事だと思います。以前,他の学校の国語の先生と話をする機会がありましたが,「興味がないから本を読まない…」と言われて絶句したことがあります。(著名な文学作品の大半を読んでないのには二度驚きました)他にも他の学校に勤めていた時に「バリアフリーって何?」と聞かれたことにものけぞりました…もちろん,知らないことを尋ねることは大事なことですがまず,自分で興味を持って調べるべきではないでしょうか?少なくとも生徒の「知」を形成するのを手助けしている仕事をしている以上日常的に多くの事象に興味関心を持って自分で調べて咀嚼することは必要だと思います。これも他の学校に勤務していた時の話ですが喫茶店で同僚の英語の先生とコーヒーを飲んでいた時「エスプレッソ (espresso)って英語のエクスプレス(express)ですよね?」と私が何気なく尋ねたら「知らない…そうなの?ところでエスプレッソって何語?」「イタリア語…だと思います」私の常識の中では英語の教員ならカタカナ語なら興味を持って由来などを調べていると思ったのですが…私の方が非常識なのかも知れません。ちなみに,このエスプレッソの話は世界史でも使えますし地理でもコーヒーの話から広げることが出来ます。そのエスプレッソの語源はですが本来のエスプレッソの意味である「急速」に由来してコーヒーの抽出方法から来た説などがありますが,私が気に入ってる説は先ほどの英語のエクスプレスとの関連でイタリアでは急行列車のことをエスプレッソと言うのですが短い駅のホームでの停車時間に売店で短時間で飲めて満足できるコーヒー…つまり量が少なくて濃いめのコーヒーであるエスプレッソこんな話をすると生徒の目が違うのです…そして,私は社会科学を専門としていますからこの世の中の表面的な出来事の裏側にある仕組みなどについて霧が晴れるように見えた時(めったにないですけど)その瞬間の知的快楽が味わいたくて授業の準備をしているのかもしれません。実はそういう意味でブログで記事を書くのには結構調べたりして時間もかかるのですが授業にフィードバックできることも多いので教材研究みたいなものだと思っています。(そうでないと続きません)最近では,勉強不足で今まで知らなかったのですが,地形図の地名表記が左から右の現在の形に変わったのは二次大戦後なのですがなぜだか分かりますか?(以前の表記は右から左です)実はGHQの命令によるものだそうです…これを知った時夜中なのに思わず「おー」と声を上げてしまいました。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.25
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今日も気になるニュースから… 「世界同時株安、鳩山兄弟の思わぬ“兄弟げんか”招く」 鳩山邦夫法相が22日の記者会見で、世界連鎖株安の影響で 自ら保有する株が大幅に値を下げたと明かしたことが、 思わぬ“兄弟げんか”に発展した。 邦夫氏と、兄の民主党の鳩山由紀夫幹事長の2人は、 母方の祖父であるブリヂストン創業者、故石橋正二郎氏から 同社株の生前贈与を受けている。昨年10月の閣僚の資産公開によると、 邦夫氏は375万株を保有。 邦夫氏は、会見前の閣僚懇談会で株安対策が話題になったことを紹介。 続けて、同社株が昨年秋から値を下げていることを踏まえ、 「『資産公開を基に試算すると40億円損した』とか、 そんなことばかり言われている。私が40億損したら、兄も40億損している。 『兄弟同時損害』ということでしょうね」と、苦笑した。 これにかみついたのが由紀夫氏。 庶民離れした資産に注目が集まることを嫌ったのか、 「余計なことを話す人だ」と記者団に不快感をあらわに。 さらに、「福田内閣への不信任が株の世界で起きている。 『対策を早急に講じなきゃいかん』ということを、 法相は言うべきだった」と野党の立場から弟を批判した。 【2008年1月23日 読売新聞】ということなんですが…余りにも庶民感覚とかけ離れてコメントするのもバカバカしいですが,いくつか気になる点をあげてみたいと思います。まずは創業者からの生前贈与とは言えあまりにも巨額ですね…ちなみに今日の株式市場の終値が1,681円ですから375万株の時価総額は約63億円…サブプライム問題で株安が始まるまではだいたい2500円前後で株価は推移していましたということは,375万株の時価総額は約93億円報道での40億の損失というのはちょっとおおげさですが基準株価をいつにするかで異なるので間違いないと思ってもいいとでしょう…というか,40億損しても60億あるという方が庶民としては驚きを通り過ぎてコメントうまくできません。庶民感覚を離れついでにもう少し調べてみました過去10年間では3500円前後の株価の時もありましたからその時の時価総額は…131億円格差社会の固定化なんて簡単に言うのもバカバカしい現実がここにあります。この「濡れ手に粟」的な遺産相続に対して相続税が課せられているのですが,もちろん,富裕層にしてみれば,富の継承をスポイルする相続税について反対だと思いますし,私個人も財産(持っていませんが…)を子孫に譲りたい気持ちはあります。そもそも,この相続に税を課すのは富の再分配という考え方から来るもので具体的には,生前に働いて築いた財産を社会に還元すべきというのと相続という突然の出来事で財産を得るということは不労所得ですからそのことに対して規制すべきだという考え方によるものです。しかし,今回のニュースを機会にWikipediaなどで調べてみましたら意外と相続税がない国が多いのですね…カナダ・オーストラリア・スウェーデン・イタリア・マレーシアでは廃止アメリカでは2010年に廃止,スイスも国税では相続税がなくイギリスは1974年まで贈与税がない…世襲貴族がいい例ですね。もちろん,じゃあ金持ちから多額の課税をすればいい…と極論を言うのは簡単ですが,そうなると逆に労働意欲の問題や事業主の方なら継承性の問題も生じるでしょうですから,あいまいな結論しか言えませんが少なくとも今回の件については限度を超えていると思うのです。そして,もう一つの大きな問題は今回取り上げた方々は与党と野党第一党の要職にある人たちです。格差が拡大し生活に苦しんでいる国民が多い中でそのような浮世離れした人たちが政治の舵取りを行うことに不安を感じるのは私だけでしょうか…それともう一つ付け加えるなら同じ富裕層を代表する方が与野党の要職にあるということはどちらが政権を担当しても自分たちの社会的階層の利益を減らすようなことはないような気がしますし,大差ない経済政策や政治を行うように思ってしまうのも私だけでしょうか?←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.24
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今日は久しぶりに娯楽的なネタですが,そんな中でも私たちが考えなければいけないことを示唆してくれるものを記事にしてみました。 「全米脚本協会のストライキが音楽業界にも波及!? グラミー賞授賞式でのデモ決行を発表。」 昨年11月から、映画スタジオやTVネットワークに対して インターネットのダウンロードやストリーミングで得た収入を 脚本家に使用権として支払うことを求めてストライキに突入している 全米脚本家協会(WGA)が、2月10日に開催予定の 第50回グラミー賞授賞式のレッドカーペットの側で デモを行うことを14日に正式発表した。 先日13日に行われた第65回ゴールデン・グローブ賞授賞式が 例年通りの華々しい式典ではなく、わずか1時間足らずの記者会見形式で 受賞者の発表のみに終わった映像が日本のメディアでも 多く取り上げられていたことが記憶に新しいが、 WGAは映画俳優協会にも所属トップミュージシャンたちに 同授賞式への参加拒否を促しているという。 そのため 50セント (50 Cent)、 クイーン・ラティファ (Queen Latifah)、 ジャスティン・ティンバーレイク (Justin Timberlake)、 ビヨンセ (Beyonce)、 T.I. 、 アリシア・キーズ (Alicia Keys)、 アッシャー (Usher)、 ファーギー (Fergie)、 ファンテイジア (Fantasia)などは、 今年ノミネートを受けているにもかかわらず同式典を欠席する 可能性が高まってきているほかプレゼンターとして式典に華を添える 俳優たちの出席も危ぶまれる事態になりそうだ。 また2月24日には映画業界の最重要イベントともいえる アカデミー賞授賞式も控えているため、 WGAのストライキによる関係者への経済的打撃や波紋はますます深まりそうだ。 【2008年1月16日 notrax】さて,この話題あまり知らない方も多いと思いますので少し補足すると…アメリカの脚本家というのは,普通の労働者のように特定の企業と雇用契約を結んで,時間給や月給を得るのではなく脚本という商品を制作することで収入を得ています。(多分日本の場合も同じだと思います)それでは,なぜ組合という組織が成立しストライキを行うことが出来るか?ということですが,まずはハリウッドのような映画製作会社やTV局のようなメディア企業と脚本家組合が包括的な契約を結んでおり,組合員以外の脚本家を使うことが出来ないことになっています。つまり,アメリカで脚本家を仕事としている人は全員が組合員なのです。次にこのストライキの影響ですが,商品を生産する企業などと異なりストライキを行ったからといってその影響が即座に出るわけではありません。しかし,一部のTV局では番組の脚本ストックがなくなり再放送でしのいだり,映画の制作が遅れたり影響は出てきているようです。引用記事にもありましたように,ゴールデングローブ賞の授賞式が例年のようなショーアップ形式ではなく記者会見方式になったのは,授賞式に参加する俳優たちがストライキに連帯してボイコットしたからだと言われています。では,この組合とメディア企業との争点についてですが,簡単に言えば報酬の分配率の問題です。例えば,映画の脚本に対しては,従来は映画の配給収入中心に捉えられていましたが,ご存じのようにビデオ化・DVD化・あるいはネット配信など収入源となるメディアが多様化しています。そして新しいメディアでの脚本家に対する分配率を高くすることが組合側の要求のようです。そして,実はこの問題は工業の発達やテクノロジーの進歩の問題とも関わる問題なのです。従来組合側が低い配分率で仕事をしてきた背景には初期のビデオソフトに代表されるようなソフト自体が高額であったということから低い配分率でも問題はなかったわけです。(確か初期の映画のビデオソフトは2万円くらいしましたよね?)それが,現在では非常に安価に出回るようになりましたので,従来の低い分配率では収入が激減しているという状況にあるということです。それに加えてネット配信などの新しい商品供給方法に対する脚本家としての利益分配をどうするかなど多くの問題を抱えているのです。もちろん,消費者の立場で言えば過剰な利益分配を脚本家側に行えば私たちが安価に映画などのソフトを楽しむことは出来なくなります。しかし,より質の高い脚本を供給してもらうためには一定の報酬を支払うのは当然だと思いますし,私はこのストライキを支持します。これは,私たちの業界を含めて財・サービスを生産する際も同じですね…(^^)vちなみに個人的な視点ですが全米脚本家協組合は英語でWriters Guild of Americaと言います普通は組合Unionなんですが,このユニオンではなくギルド(中世ドイツの職人組合)と名乗るあたりにプロの脚本家としての矜持を感じます。私も教員組合ではなく授業職人としてギルドを作りたいです…(^^)v←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.22
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センター試験が終わると生徒は自己採点をしてその結果で志望大学を決定していきます。今日はその自己採点の日…毎年のことですが一喜一憂という言葉では片づけられない1日になります。自分の予想通りはともかく,実力を超えたカンで高得点を獲得する者もいれば実力が発揮できずに結果が思わしくない…毎年,泣き出す子も何人もいます。たかが試験の点数…と言うのは簡単ですがこの時期の子どもたちにしてみれば夢や可能性・未来がすべてその点数で決まるように感じてしまいます。彼らの心理状態にしてみれば仕方がないことですが,そこをどうシフトチェンジして前向きに取り向かせるかが進路指導の1つのポイントです。センターの結果が良くても悪くてもその結果を引きずっていたら逆転はおろか足をすくわれてしまいます。さて,ところでセンター試験終了後何人の生徒から「さすがche先生…」と言われました。実は私が直前の地理の授業で「この辺はセンターによく出るから…」といっていた分野や問題が2つもビンゴしたのです…もちろん,ただの偶然です。しかも,現社の問題でも私が学校の定期考査で尾崎豊を取り上げて出題しましたがその尾崎豊がセンター試験でも取り上げられました…(^^)vもちろん,同じ人物を扱ったとしても具体的な出題の中身は全然違います。でも,こんな事の積み重ねが生徒の口コミで広がると教員の授業の信頼度も上がり授業を真剣に聞いてくれるので副次的効果は大きいですね。←励みになりますのでクリックをお願いします何といってもセンター試験は授業を真剣に受けることこれが高得点の必須条件ですから…
2008.01.21
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一応受験業界に身を置いていますので,毎年センター試験の話題は記事にしています。去年の記事を読むとこの1年で自分は進歩できたのか?という疑問と後悔が頭をよぎります。でも,センター試験の前日までメールで質問をしてきたり,現役生の中でも一番問題演習をこなしてきたのは自分たちだという自信を持って臨んでくれたらそんなに悪い結果は出ないと信じています。激励会の時に私のセンター試験(当時は共通一次)で最初の時間(当時は国語が1時間目でした)で緊張の余り頭が真っ白になって最初の20分ぐらい固まってしまった経験を話しました。今でこそクールの代名詞みたいに思われていますが私も純真な高校生時代があったのです…(^^ゞ幸い受験の神様が降りてきてくれて我に返って猛然と問題を解き出して最終的には9割国語で取ることができました。(実力以上のまぐれです…)生徒たちから応援のメールのリクエストがありましたので私の尊敬するジョンレノンの言葉を引用して激励の言葉に代えさせてもらいました。「人間の持つ本来的な才能とは,自分自身をしんじること。」全ての頑張っている受験生にこの場を借りてエールをおくります。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.19
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さて,前回の記事で「ちょっとだけつづく…」と書きましたので,その続きです。 さて,このような哀しい事件は珍しくないのですが みなさんはどう感じられたでしょうか? ひょっとして,加害者の母親に対して 「仕方ないね…」みたいな同情する気持ちを持たれたり していないでしょうか? 私見を述べさせてもらうと 殺された子どもが障害を持っていなかったり, 引きこもりなどの社会的不適応でない場合だったら 理由の如何に関わらず同じように 捉えることができるでしょうか?このことについてもう少し深めたいと思います…というか,私たち誰もが考えざるを得ない場面に遭遇する可能性が高いということです。どういうことかというと,「裁判員制度」なんです。仮にこのような事例の裁判で裁判員に選ばれたら…被告に同情する判決を下す可能性はないですか?殺された子どもが健常者だったらどうでしょうか?あるいは,家庭内暴力を繰り返す子どもだったら…もちろん,殺されたからといって全て同列に扱うべきと言っているのではありません。でも,少なくとも障害のあるなしにかかわらず生きる権利は平等にあるのです。例えば自分の意志を伝えるのも困難な障害を持つ方の家族が介護に疲れて命を殺めてしまう…生きたかったという意志を伝えることも出来ずに消える命…多分個人的な見解ですが,一般的な殺人事件に関しては加害者側より被害者側の視点で捉えることが多くはないでしょうか?しかし,場合によっては加害者側の視点に立つこともある。さらに,このような事件の場合は加害者も被害者であるという現実…言わば脆弱な社会福祉の被害者…ならば本当に罰せられるべきは何なのかそのことを私たちは考えなければいけないと思います。また,付け加えて言わせてもらえば裁判や刑罰は復讐の場ではないということです。例えば,飲酒運転で幼い3人の子どもの命が奪われた事件この裁判での判決に不満を持った人は多いのではないでしょうか?(私も強い不満を持っています)しかし,刑罰はあくまで法律という社会的ルールを犯した事に対するものと捉えればそれにふさわしいルール改正を行うべきです。二度とこのような事件が繰り返されないように…「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がありますがこの意味を私たちは考えていかなければいけないと考えています。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.18
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哀しい事件が多いのは何が原因?なんてことをふっと考えてしまうように殺伐としたニュースが多いですね。でも,そんな中だからこそ私たちは物事の本質や表面的な出来事の裏側にある問題の原因を考えなければいけないと思います。 「息子2人殺害の母逮捕、知的障害などで『将来悲観』」 息子2人を殺害したとして、神奈川県警相模原南署は17日、 同県相模原市上鶴間、無職吉本やす子容疑者(57)を殺人容疑で緊急逮捕した。 吉本容疑者は、息子たちが引きこもりや知的障害を抱えており、 「将来を悲観してやった」と供述しているという。 調べによると、吉本容疑者は16日午後1時40分ごろ、 自宅台所で長男の無職健一さん(29)の首を包丁で切りつけて失血死させ、 さらに同日午後11時30分ごろ、ベッドで寝ていた二男の隆幸さん(24)の 首をネクタイで絞めて殺害した疑い。 吉本容疑者は、17日昼過ぎ、自宅近くの交番に「息子を殺した」と自首した。 健一さんは、専門学校に入学直後から自宅で引きこもり、 二男の隆幸さんは知的障害で吉本容疑者が世話を続けていた。 【2008年1月17日 読売新聞】さて,このような哀しい事件は珍しくないのですがみなさんはどう感じられたでしょうか?ひょっとして,加害者の母親に対して「仕方ないね…」みたいな同情する気持ちを持たれたりしていないでしょうか?私見を述べさせてもらうと殺された子どもが障害を持っていなかったり,引きこもりなどの社会的不適応でない場合だったら理由の如何に関わらず同じように捉えることができるでしょうか?仕方ないね…と言われる命はありません。命の価値は誰でも等しく平等なのです。だからこそ,いじめなどで「死ね」という言葉が相手の人格や人間性を否定する最低の言葉だと思っています。また,同じような状況で苦労されている方はたくさんいるはずですし,この問題と似たような事例で「母子家庭だから…」みたいに特定の家庭環境に起因するような報道や論調をみると私は強い怒りを覚えます。今回の事件は防ぐことが出来ました。障害を持つ方への経済的な手当を始めとするケアを行政がシステムとして持っていたら…引きこもりのような社会的な不適応に対しても同様のケアを行政が行うことが出来たら…(もちろん無償か受益者の経済的負担は小さくなければ行けません)だからこそ,次のような行政の税金の使い方によけいに疑問に感じるのです。 「給油再開へ海自部隊派遣命令=石破防衛相」 石破茂防衛相は17日正午、新テロ対策特別措置法に基づき、 インド洋での海上自衛隊の給油活動を再開するため、 香田洋二自衛艦隊司令官に対し、海自部隊の派遣命令を出した。 海自の補給艦「おうみ」と護衛艦「むらさめ」は来週中に出航し、 約3週間でインド洋に到着。2月中旬にも、 テロ対策の海上阻止活動に従事する外国艦船への給油活動を再開する。 昨年11月1日に旧テロ法が失効したことから、 給油活動は中断していた。 【2008年1月17日 時事通信】<ちょっと続きます>←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.17
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今日は個人的な買い物日記です。基本的には物欲の塊…「歩く資本主義」とか「世の中は金」などと生徒に言われていたりするのですが…多分に現実主義を全面に出してる所以なんでしょうが…もちろん,ポーズで演技なんですが…本当は質実剛健…ちょっと(かなり)無理 (^_^;まあ,これなんかも気になっているのですがそんなに衝動買いはしませんよ…多分というか普段は本を買ったりすることぐらいであまり自分の欲しい物は買いません…というか,CDとかは基本的にレンタルで倹約に努めて車のローンなんかを払っています…(^_^;でもこれはレンタルしてはいけないと思って久しぶりにCDを買いました…(^^)v多分このブログに訪問される方はご存じの方も多いと思いますがダルフール危機に関する援助キャンペーンCDです。このキャンペーンはアムネスティが行っていて「MAKE SOME NOISE」と言われるものです。文字通り「声をあげよう」ということなんですが,賛同する多くの著名ミュージシャンがジョンレノンの曲をカバーしてその曲の売り上げを援助活動を行っています「歌をうたう」ということは「うったえる」に通じ,言葉の力を一番感じることができると思います。私もジョンの音楽に背中を押してもらって出来ることから声を上げていきたいと思います。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.16
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ネット世界は著作権の侵害が多いのですがその一方で表現の自由との兼ね合いも問題になっていることはご存じと思います。今日はそのことについての出来事をネタにしたいと思います。 「無断使用関係ねえ? 北京空港、広告看板に新幹線」 北京国際空港で、日本の新幹線の写真を無断で使用した 巨大な広告看板が掲示されていることが15日、分かった。 JR側の抗議に対し、北京市の広告会社は無許可使用を認め、 撤去も検討している。中国では違法コピーや海賊商品の販売など、 著作権や商標権の侵害が横行。五輪開催を前に国際化を急ぐ中国政府は、 あらためて問題を突きつけられた格好だ。 広告は、クライアント募集のために広告会社が自社をPRした 約10平方メートル大の写真看板。出発ゲート付近に掲示され、 東海道・山陽新幹線の車両が大きく写っている。 JR西日本が調査し問い合わせたところ、 広告会社は「昨年11月から掲示を始めた」と説明。 インターネット検索で見つけた新幹線の写真を無許可で使用、 看板にしたという。【2008年1月15日 産経新聞】中国は以前から同様の事件が多いのですが,例えばディズニーランドもどきの遊園地とかが一時期大きく取り上げられたことがありましたね。音楽CDとかも最近はだいぶ摘発されていますが例えば日本で発売された新譜が発売数日後にはコピーCDが大量に路上で売られていたりしましたね。映画のDVDなんかでもネットオークションなんかで見られるのもその類が多いような気がします…私もこの分野は余り詳しくはないのですが,私見を述べさせてもらうと商用目的でのコピーは問題なのは当然だと思います。しかし,文化・学術的な引用や創作のために必要な場合については考える必要があると思います。もちろん,その線引きは難しいとは思いますが本来「学ぶ」という行為は「まねる」ことから始まるものです。先人の行為や作り上げたものを真似して工夫を重ねることでさらにより良く多くの人々の利益に叶うものが作り上げられていく…最近の著作権などについての出来事を見ていると一部の大企業や国家の思惑(利益)が全面に出過ぎているような気がします。人類の「共有する財産としての知」という位置づけがあってもいいと思うのです。もちろん,企業や芸術家の方にとっては大きな問題ですしその権利は保護されなければいけないと思います。しかし,学校の活動においても杓子定規に当てはめることで子どもたちの自由な創造性が阻害されてはいないでしょうか?例えば演劇や合唱・ブラスバンド・放送部などで自分たちの表現手段として使いたい曲が非営利活動であっても自由に使えない(著作権使用料を払えば使えますが…)「角を矯めて牛を殺す」ような状況…具体的には書けませんが,数十万の使用料を請求された…という話は実は結構あります。まあ,作家の死後50年過ぎたものであれば大丈夫なんですが,それにしても,著作権にうるさいと言われるディズニー自体の有名キャラクターもミッキーマウスはオリジナルとしても白雪姫シリーズやシンデレラなど世界的な古典童話に素材を取ったものが多いのですが…これこそが模倣による新たな文化の創造と考えられないでしょうか?そう捉えたらディズニーが著作権侵害で騒ぐのも個人的には何だかなあ…と思います (^_^)vそうそう,私の記事も新聞記事などの引用が多いですが著作権法第10条2項では「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第1号に掲げる著作物に該当しない。」と規定されていますが,厳密に言えば引用の方法とかで問題はあるかもしれないと思っていますが,表現の自由の方を優先したいというのが私の考えです。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.15
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さて,前回の記事で新テロ法と民意のずれについて触れましたが今回はその民意についてもう少し考えてみたいと思います。よく,「選挙で民意を問う…」という言い方をしますし,今回の新テロ法についても,衆議院を解散して総選挙を行い民意を問うべきだ…という声があります。しかし,そもそも,選挙で民意を問うことができるのか?逆説的に言えば,選挙で勝てば民意が得られるのでしょうか?例えばブット氏が暗殺されたパキスタンを例に取るまでもなく途上国では選挙がある度に多くの人々が殺されたり選挙運動に対して露骨な妨害が行われたりそう言えば投票箱が盗まれた国もありましたね…まあ,勝てば官軍の典型例でしょうが,選挙というプロセスを経たことでどんなに非民主的な政権であったとしても国際社会において民主国家のお墨付きを得る…(過去にどんな悪政があったとしても…)まるで,選挙で多数派を獲得することが民主主義のすべてであるような言動…「国民の支持を得ているから…」その実,民主主義の入り口とも言える選挙におけるルール違反を繰り返す…それでも,選挙が終わって結果が出ればそれがすべて民主主義の名の下に肯定される…さて,途上国の話だなんて人ごとではありません。民主主義の親分を自認するアメリカの大統領選挙はどうでしょう?前回のブッシュvsゴアの時を始め選挙違反は繰り返されています…極端に言えば民主的に選ばれなかったにもかかわらず,大統領として権力を行使する…法の支配が民主主義の基本であるのにその前提が破られている現実…もちろん,日本も例外ではありません。繰り返される選挙違反は立候補者の違反はもちろんですが投票する側にも買収による投票や替え玉投票など選挙の度に摘発されますが無くなる気配はありません。そして,「みそぎ選挙」に代表されるようなレトリックとして選挙結果を利用し民意を受けたことを錦の御旗に政治を行う…しかし,根本的な問題として選挙が正しく民意を反映しているか否かという問題があります。例えば仮に投票率が100%であったとしても,対立候補がいたら必ず票は割れますしかも,自民党のように政党内に派閥があればたとえ自分の声(民意)を託して投票した人が政権党の議員であったとしても有力な派閥でないかぎり生かされない可能性がある…つまり,民意と呼ばれるものは実は少数者の意志である可能性は高い例えば戦争という国家行為が民意を反映しているとは思えません甘いかもしれませんが,他国と戦争して,お互い殺し合う…それが国民多数の意志とは思えないのです。それより,以前の記事で触れたように経済活動としての戦争の方が納得できるのではないでしょうか?私たちが民意を反映させるためにはどうすればいいのでしょうか?正直言って私には分かりません。しかし,口を閉ざさないこと出来ることから行動すること…未来を創るために必要なことはシンプルな行動や想いから始まると思います。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.14
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前回の記事でアメリカ大統領選挙の予備選挙の事に触れましたが,そのプロセスは当たり前のことですが,一番支持された人が候補者に選出され最終的には選挙で多数票を獲得した候補者が大統領に選出される…まあ,選挙=民意という大前提があるわけです。近代民主主義の発展は選挙権の拡大と表裏一体で発展してきましたが,選挙によって選ばれた代表者が政治を行う代議政治において選挙が民意を反映する場であることは言うまでもありません。 「<新テロ法>衆院で再可決・成立 提出から3カ月」 インド洋での海上自衛隊の給油活動を再開する 新テロ対策特別措置法は11日、成立した。 午前の参院本会議では野党の反対多数で否決されたが、 与党が憲法59条の規定に基づき、午後の衆院本会議で 3分の2以上の賛成多数で再可決した。 記名投票の結果は賛成340票、反対133票だった。 <中略> 新テロ法成立を受け、福田康夫首相は談話で 「『テロとの戦い』に再び参加できることは意義深い」と表明、 海上自衛隊の部隊を月内にインド洋に向けて 出発させることを明らかにした。 政府は、インド洋に長崎・佐世保基地所属の 補給艦「おうみ」と神奈川・横須賀基地所属の護衛艦「むらさめ」を 派遣する方針で、現地到着後の2月中旬から給油活動が再開される。 <中略> 新テロ法は、昨年11月1日に期限切れになった旧法に代わる 1年間の時限立法。国会承認規定を削除したが、 海上自衛隊の活動を海上阻止活動に参加している 米軍艦船などへの給油・給水に限定した。 ただ、野党側の理解が得られず、10日の参院外交防衛委員会で 野党の反対多数で否決され、11日午前の参院本会議でも 賛成106票、反対133票の反対多数で否決された。 【2008年1月11日 毎日新聞】さて,個人的にはこの結果が民意を反映しているとは思えませんが共同通信社が,新テロ対策特別措置法成立を受けて行った世論調査では海上自衛隊の給油活動を再開する対テロ新法にでは「評価する」44.1%「評価しない」43.9%となっています。まあ,政府の宣伝云々や世論操作などというのはさておいても民意の支持を得ているというより民意は割れている…と考えるべきではないでしょうか?「国民の目線で…」と現総理は言っていますがそれならば,もっと他に取り組むことがあるのではないでしょうか?少なくとも国民の目線というよりアメリカの目線としか考えられないのが今回の強引な再可決ですし,国際貢献を錦の御旗にしていますが,自衛隊の給油活動自体がどれだけ国際社会で認識されているか非常に疑問に思います。日本が積極的に宣伝でもしない限り目立たない給油活動が外国のメディアに取り上げられることはないでしょう?アメリカに無料のガソリンスタンドを提供しているということ以外に何のメリットもない活動…国際貢献を否定するつもりはありませんが今のやり方はお金=税金を捨てているようなものだと私は思っています。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.13
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小論文入試にせよセンター試験にせよその時々の時事的な話題が出題テーマになることもありますので,今年はオリンピックとアメリカ大統領選挙の年というわけで中国とアメリカ関連は一応押さえとかないとね…なんて話を生徒としています…(^^)vさて,アメリカの大統領選挙は初の女性大統領と初のアフリカ系大統領をめざす民主党の候補者氏名争いが激化していますが少し前まではヒラリー氏断然有利の下馬評からオバマ氏の急速な支持拡大で面白くなってきました予備選の第一ラウンドではオバマ氏の圧勝だったでのですが,第2ラウンドの予備選でヒラリー氏が復活を果たしたのですがそのヒラリー復活の原因に「涙」があげられていますがこのことについて日本ではちょっと捉え方が違うような気がしました。 「クリントン氏、涙が勝因か=「冷たい女性」払拭-米大統領選」 米大統領選のニューハンプシャー州予備選で復活を果たした 民主党のヒラリー・クリントン上院議員の勝因について、 米メディアの間では、予備選前日に支持者の前で クリントン氏が涙ぐんだシーンが 「冷たい女性」との印象を払しょくし、 有利に働いたとの見方が出ている。 9日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙は、 涙を浮かべた場面が繰り返しテレビで放映されたことが 「彼女を人間らしく見せた」と分析した。 CNNテレビは、同氏がアイオワでの敗北後、 討論の場でも感情を表すよう努めていたと指摘。 「直前の涙が高齢の女性の同情を誘った」と報じた。 【2007年1月10日 時事通信】ということなんですが…日本では「女の涙」を武器に使って同情票を集めた…みたいに論評されるのが多かったですが「ちょっと違うんじゃない?」というのが今回のテーマです。もっとも私も最初は同情票狙いの演出と思っていましたし「女性の涙」には弱い事は男性としての経験からも理解できます。でも,私のその考え方自体がジェンダー的には差別的な見方ではないかと思ったのです。その思ったきっかけは,最初ヒラリー陣営はこの涙に対して女性としての弱さを指摘されるようであれば男女差別ではないかという反論をする考えがあったということを聞いたからです。この「女性の涙」に対するステレオタイプ的な女性はすぐに感情的になるとか理性が女性の涙に押し切られれるなどの所謂「女性の涙には勝てない」という捉え方がまだまだ多いような日本の場合とアメリカでの捉え方はちょっと違うのかも知れないと思ったのですアメリカでは女性の力が強いと言われるように女性の社会進出や男女平等の意識については日本の比ではありません例えば日本では未だに「女のくせに…」みたいに言う人がいますがアメリカでそんな発言をしたら訴訟問題になりますし莫大な賠償金を請求されます…(^_^;つまり,今回の涙についてはアメリカでは「弱い女が同情を引くために流した涙」と捉える人はほとんどいなかったのではないか?ということです。例えば日本の選挙で同じようなシーンが流れると「同情が目的ですかね…」みたいなコメントを○○もんた氏なんかが簡単に言いそうですがアメリカではそういう報道がそもそもされなかった…(されたら前述の反論をヒラリー陣営はする予定でした)そういう面では日本よりも性差別の意識でははるかに民主的であることを私は感じました。しかし,それでも,涙が原因で予備選に勝利したと言われていますがそれはなぜか?鉄の女と称されるヒラリー氏ですが夫が大統領時代の不倫セックススキャンダルでも涙を見せなかった…もし,仮に女の武器として使うならここで使う方がはるかに効果的です。そこでも泣かなかったヒラリー氏が支持者との集会で涙を見せる…もちろん,本人でないと心情は分かりませんが周囲との関係性(夫の不倫に対する感情などですね)で涙を見せるのではなく自分自身の内面性で見せた涙ではなかったでしょうか?つまり自分の危機的状況に対しての感情自分自身に対してのふがいなさや怒りそして負けない・逃げない…といった感情が涙になって…それが人間ヒラリーの一面を見せることになって共感した人達の票が集まった…そんな気がしています。PSヒラリーさんはこのブログは読んでないかも知れませんが勝手な心理分析で不快な思いをされていたらこの場を借りてお詫びします。予備選の結果大統領候補に指名され初の女性大統領に選出されるように応援しています。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.12
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授業をしていていつも思うのは「自分が伝えたいこと…」がちゃんと伝わるのか?ということなんですが難しいですね…あ,ブログも同じだ…(^^ゞコメントを読んで自分の意図が伝わってないな…と感じることも多いのですがブログの場合は文字情報のみが伝達手段ですから私の伝える技術不足が原因なのかな…なんて反省することしきりです。授業の場合は板書や喋りもそうですが使う教材やクラスの雰囲気教員のもつキャラクターなど多くの要因がからみますからブログとはまた違った伝える難しさがありますえ?と思った方もいるかも知れませんがキャラクターって結構大事なんですよ。例えば私みたいに歪んだ(笑)タイプだと生徒は言葉通り受け取ることはあまりありません…(^^ゞこういうのを「身から出た錆び」と言うのでしょうか(笑)その授業で伝えたいこと…受験云々はもちろんですが,授業を通じて得る知識なんて個人的にはどうでもいいことだと思っています。学校の教育過程で得られるレベルの知識なんて,その気になれば独学で習得できるできます。このブログを読まれている方は私が授業で伝えたいことは分かると思いますがもし分からなければブロガーとしてまだまだですね…その伝えたいことはもちろんひとつではないですが授業を通じて「自分で考える…」これが一番大きいかなあ…同窓会や年賀状で「先生の授業が社会に出て一番役に立ちました」なんて言われるのが一番嬉しいけど,現実的には受験屋としての仕事が大半ですから「大学受験のことを考えたらche先生の授業を選択した方がいいよ…」なんてことを間接的に聞いたりするのも嬉しいです。さて,今日も前置きが長いですが,センター前の最後の補習授業です。まだ,1週間ありますが,週に1回しかありませんので今日が最終日…もちろん,補習授業の場合は生徒に受験技術を教えることがメインですが最後の授業で何をやるかは結構難しいです…特定の分野を復習してその分野が試験に出ればいいですが確率的にそんなことはあまりありません。もちろん,それなりに出題予想をしたりもしますが,それが全てではありませんし,リスクが大きすぎますやはり大事なのは考えて問題を解くことの重要性社会は暗記ではないということ…考え方のコツを伝えることで問題によってはパズルのように解けていくことなどを中心に伝えてきます…あっというまに60分…9時間目の補習ですから終わったら7時過ぎています←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.11
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あまり,私は怒らないようにしているのですが,この出来事には強い怒りを感じます。 「『三角形は一つの曲線と二つの曲線に囲まれる』??あきれた教師、分限免職」 大阪市教育委員会は8日、特別支援学校の男性教諭(43)を 教員として指導力不足で適格性に問題があるとして分限免職処分とした。 この男性教師は、20年の勤務実績を持つベテラン。 <中略> 調査によると、43歳の男性教師は、地図の読み方を説明する際、 生徒に「上は北で、下は南」と見たままの?謎解説。 山陰地方の「陰」の字も誤字で板書。指摘があって教科書を見ても、 書けず、そのまま放置して先に進んでしまった。 数学の授業では「三角形は一つの曲線と二つの曲線に囲まれる」と説明。 経線を「かけせん」と読んだり、パソコンの授業では、 的確な指示ができなかったことも。新学年になった時に、 発注する教科書を前年度と全く同じものを頼んでしまう凡ミスもあった。 特別支援学校では科目ごとの専任を置かず、 幅広い分野を指導することが求められているというが、 かなりの問題授業が常態化していたようだ。 生徒や保護者からの訴えが続いたことで、 事態を重く見た教育委員会では、昨年1月から1年間、 模擬授業を行うなどの校外研修を行った。 が、ここでも、助言や指導に対し「言い過ぎだ」「中傷だ」と 声を荒らげ、逆ギレ。途中で席を立ったこともあったという。 教育評論家の尾木直樹氏は今回の処分に関し 「妥当でしょう。分限免職処分は認定が非常に難しく、 裁判になることもあるが、これだけの証拠を集めたのは珍しいのでは?」と話す。 「アルコール依存症、ヘビースモーカーで授業が手につかなかったりはよくある話。 計算ミスを繰り返す、お経を唱えているような授業をする、というのもよく聞きます」 同氏によると、全国的に健常者の学校で問題が発生した場合、 特別支援学校に異動させる人事が行われる傾向にあるという。 【2007年1月9日 スポーツ報知】私が怒りを覚えたのは,実はこの教師に対してではありません。この教師に対する処分は妥当だと思いますし,あえて私がコメントを記事にする必要はないでしょう…私が怒りや疑問を感じたのは「1年間の研修を行ったにもかかわらず効果がでなかった…」という教育行政のシステム上の問題です。いったいどんな研修をしていたのか?もし研修自体が課題消化的に形骸化していたから効果が出なかった…というのであれば,極端な想像かも知れませんが将来導入される免許更新時の研修についても同じように課題消化的に形骸化し時間と金の無駄遣い…になったりはしないのでしょうか?もちろん,今回の場合,研修時にも問題行動があったみたいですから仮にそれが根本的な資質の問題であったとすれば教員採用のシステムの問題もあるのではないでしょうか?そして,何よりも私が怒りを覚えたのは… 全国的に健常者の学校で問題が発生した場合、 特別支援学校に異動させる人事が行われる傾向にあるという。これってどういうことですか?健常者の学校ならまずいけど特別支援学校なら問題授業をしてもいいということですか?(怒)これは,教育に携わるものであるなら絶対やってはいけない事ではないでしょうか?同じ人間であるのに,その環境によって受ける教育に差をつけること…憲法26条では「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と規定されています。記事で書かれているような教育人事が行われているなら明らかな憲法違反の人権侵害だと私は考えます。そして,実際の人事を行う教育行政(システム)に問題があると思います。本来社会は弱者に優しく共生できるようにならなければいけないと私は考えます。そのことを考えれば特別支援教育は健常者の学校教育よりも予算面でも人員面でもより手厚い教育活動を行う必要があると思います。しかし現実的には特別支援法をはじめ多くの問題があります。ただでさえ法律的なシステムで厳しい状況に置かれているのにそれに加えて,今回のような事例が氷山の一角であったとすれば,この国の抱える差別意識の根深さに改めて強い憤りを感じます。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.10
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多分今まで記事にしたことはなかったと思いますが,私もクラス担任をしています…当たり前じゃん!と言われそうですが,私はこの業界に入って20数年になりますが,担任をしたのは数年…四捨五入すると切り捨てで0になる…(^_^;多分同じ業界の方からすれば「信じられない…」と思います。理由は簡単で「したくないから…」(向いてないから)本当はさせられないから…かも知れませんね…(^_^;学校での担任というと,「金八先生」をはじめとする熱血系教育ドラマにせよ「女王の教室」のようなパターンにせよクラス担任と生徒との交流をイメージされると思います。もちろん,担任と生徒との交流を否定するつもりはありません。しかし,何かにつけ「自分のクラスは…」みたいに自分のクラスという意識を全面に出すことに抵抗を感じるのです。中学・高校では教科担任制をとっていますのでたとえ担任をしていても,自分のクラス以外の授業を行いますし選択教科の関係で自分のクラスであったとしても授業を教えない場合もあります…私自身そんなに器用なタイプではありませんので,授業を通じて生徒には平等に接することを心がけていますし本来,授業が教育活動の根本だと考えています…それと…人間には向き不向きというのがあると思うのです。担任に相応しいのは,人望があって生徒を引っ張っていくことができるタイプだと思いますが,私のような皮肉屋タイプは人望に欠けるのはもちろんですがどちらかといえば,参謀系の人間ですそんな訳で,学校の業務も進路関係や裏方系の仕事が多いのですが,それにしても,「したくない…」というだけで担任ををしないですむなんてどんな学校?と思われたと思いますが多分適材適所の人員配置の結果なんでしょう…(^_^;しかし,ここ数年の人員削減により適材とは言えない私もクラス担任をするようになりましたもちろん,今までの雑務は抱えたままで…(×_×)さて,前置きがずいぶん長くなりましたが,担任をするとLHR(ロングホームルーム)という週1時間,担任がクラス指導をする時間があります。まあ,進路指導や生徒指導,席替えなどの雑務に使われるのですが今日のLHRの時間は他のクラスは進路指導や生徒指導(説教?)など有意義に活用していましたが私のクラスは…朝のホームルームで「今日のLHRは何をしようか?,進路の話や説教は飽きたやろう?」うんうんと頷くので…「じゃあ,体育館が空いていたら,レクレーションするか?」生徒たちは大喜び…そして,他のクラスが進路指導や生徒指導をしている中私のクラスだけが体育館でレクレーション…まあ,毎回これだとまずいとは思いますがたまには息抜きも必要でしょう…(^^)vそれに,進路にせよ生活指導にせよ最終的には生徒たち一人一人で判断しなければいけないものです。教員は情報を提供したり示唆することは必要ですが過剰にやりすぎると逆効果だと思います。授業もそうですが次々と詰め込むだけでなく詰め込んだ情報を自分で消化する時間が必要だと思います←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.09
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年が明けて私の学校は4日から生徒も登校しているのですが,昨日(7日)までは冬季特別授業で本格的に通常通りの授業スタイルにもどるのは,明日(9日)からです。今日は課題テスト(進学校なら休み明けによく行うことで珍しくはありません)と始業式もどき(一応2学期制ですから本来は不要なんですが…)まあ,システム的には中途半端と思いますが,それについての文句はさておいて,この時期一番考えないと行けないのは…センター試験ですねセンター試験の日程から逆算して残り何時間授業できるのか。特にこの時期の高3生はセンタープレなどの模試を行いますので通常の時間割の予定通り授業が出来ないことも珍しくありません。そんな中で改めて授業時数を確認すると残り3・4時間しか授業がない…授業の内容に加えてそれ以外に教えたいことや伝えたいことはたくさんありますが,現実を考えると最優先になるのは目の前の受験を考えて何をすべきか…私は当たり前のことを教えるようにしています。焦ると新しいことや難しい問題の解法に走る生徒も多いですが今までやって来たことに自信を持たせること,どんな難しい問題であっても,基本を理解していれば対処できること…そのことに重点を置いて授業を進めます。例えば,前回までの記事で述べたように現代の経済問題自体はすごく複雑で難しく感じても「お金の流れ」という根本が分かれば問題の本質が見えてくるのと同じ事です。特にセンター試験に多いパターンの4択正誤問題の判定などは基礎的な知識があれば解けるのですが,自信を無くしている状態だと,知らない知識の方が正しく見えるものなんです。例えば 問 ニュージーランドの牧畜業について述べた文として正しいものを, 次の1~4のうちから一つ選べ。 1 牧草が年中生育可能な自然環境にあるため, 羊や牛は年間を通して放牧が可能である。 2 チーズやバターなどの酪製品を生産するために, 乳牛が北島を中心に飼われており, 全国の乳牛の頭数は羊の頭数よりも多い。 3 この国の羊の大部分は高品質の羊毛を産出するメリノ種であり, 主に掘り抜き井戸を利用して飼育されている。 4 南島では脊梁山脈を境として降水量が多い西側に 羊の放牧が多くみられ,降水量の少ない東側では肉牛の飼育が盛んである。この問題の場合,3・4は用語の知識や自然環境の知識で間違いと判断するのですが,2の乳牛・羊の頭数なんてほとんどの受験生が知らないはずです…すると,自信がないと正しいような気がするのです。もし,ニュージーランドの気候の特色という基礎的知識に自信を持っていれば1が正解というのは簡単なんですが,以外と引っかかるのです…(^^ゞ本番で生徒たちが持っている力をそのまま出せるように整えてあげる…自信を持たせることがこの時期一番必要だと思っています。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.08
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前回の記事で世の中の余っているお金が世界の商品市場や金融市場へ流入することで価格が乱高下すると述べました。もちろん,目的は利潤を得るためなのですが,簡単に言うとお金がお金(利潤)を得るために商品市場・金融市場に流入するということです。そして,もし,仮にお金が余らなかったら商品市場や金融市場に流入することも価格が乱高下する可能性も少なくなるでしょう…つまり,問題の根本的な原因の1つは世界的な金余り現象になっているからということかもしれません。そして,今回の記事ではこの問題が多くのほかの問題も引き起こす可能性について述べてみたいと思います。まず,世の中で一番儲けが大きい経済活動って何か分かりますか?それは,戦争です。戦争ほど儲かる商売はないのです。理由は経済的に見て戦争とは消費の連続活動です。例えば,商品としての武器は基本的に使い捨て…(一発何億のミサイルを発射して,それを回収再利用なんてしませんよね)そして,使用しない武器でも,定期的に新型に買い換える必要がある…(敵国の新兵器に対抗して新兵器を開発・購入の繰り返し…)ところで,実は世界的な金余りと言われる現象は冷戦終結後に顕著に見られるようになったと言われていますが,このことが示唆するものは何でしょうか?米ソを中心に冷戦時代は軍拡競争が行われ,ソ連崩壊の原因の一つが,軍拡による国内経済の疲弊によることは周知の事実です。もちろん,冷戦終結後も世界中で紛争が絶えることはありません。しかし,経済的に見れば民族紛争などで使用される武器は安価な旧式兵器の小火器中心に過ぎません…うまくまとめることができませんが,今の状況は行き場を失ったお金が原因で起こっていることだと私は考えています。そして,悲しい現実ですが余ったお金が行き場を失わないためにも戦争や紛争は無くならない可能性が高い…たとえ世界政府ができたとしてもこのお金の流れの流れに関する問題を解決しない限り悔しいけど無くならないと思います。一説では,「現在の世界の金融資産の総額は世界中の生産物を買っても余る…」という話を聞いたことがあります。それだけのお金が,利益を求めて世界中の様々な市場へ流れ込む…乱高下するのも当たり前ですね…話はちょっと横にそれますが,サブプライム問題で世界中の金融機関が痛手を負った時でもゴールドマンサックスグループは史上最高益をあげたとか…恐るべしですね…最後にもうひとつ,大事なこと…グローバル経済という名の下で日本の経済システムが大きく変わったと言われますがその代表的なものとして経済障壁を撤廃してグローバルスタンダードのもとで経済活動を行う…具体的には金融自由化や市場開放なんですが,そのグローバルスタンダードによって世界の余ったお金が日本の市場に流れこんでいるのは事実です。そういう視点で捉えるとグローバル経済の本質と目的が見えるような気がするのは私だけでしょうか?←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.07
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さて,経済の専門学者でもない人間が扱うテーマとしては大きいような気がしますが,案外物事の本質なんて専門知識による固定観念が邪魔することで見えない事はよくあることですから政府発表の経済指標より,主婦の経済感覚の方が実体経済を捉えるように意外と的を得た論評になるのでは?なんて自負しています…(^_^)v前回の記事で経済の本質を考える際にはお金の流れを考えることが大事だと指摘し,今回のような株価の乱高下が世界的規模で繰り返される問題を考える必要があるということ。そして,その事が原因で経済以外の多くの問題を引き起こす原因になっていることに気づく必要があると述べました。では,なぜ今回の株価に限らず商品市場や金融市場などで乱高下が繰り返されるのか?答えは簡単…お金が余っているからです人間生活が苦しければよけいな買い物はしませんもちろん,この場合のよけいな買い物とは商品市場や金融市場に投資することですが…じゃあ,誰が余ったお金を投資してるのか?そして,そもそもなぜお金が余るか?さて,もちろんお金を余らせている層は私のような経済階層でないことは当然ですね。以前の記事でも紹介した世界中の富裕層から集まる資金いわゆる投資ファンドと呼ばれているものの中にはリターン20%保証を謳うものもありますから当然少しでも値上がり益を求めて激しい動きをみせますそして,富裕層の資金以外でもオイルマネーや政府系資金そして企業の資金なども余ったお金として商品市場・金融市場に流れ込みますここで,え?と思った方もいるかも知れませんね…本来企業の余剰資金は設備投資などの商品生産に向けたり労働者の賃金に回されるべきもの…のはずですから (^_^;つまり,メディアでは最高益を更新する企業の話題や好景気のニュースが流れても,それが働くものの実感を伴わない原因がここにあるのです。さて,ここでちょっとまとめてみると,まあ,極端な言い方をすれば余ったお金が商品市場や金融市場に流れ込むから市場は乱高下してしまう。そして,その余ったお金を経済的弱者に回すことが出来ればこのような問題が起こる可能性を減らす事が出来る…もちろん,資本主義経済が利潤追求のシステムでありそして,その利潤は資本家の利潤のことであるから労働者からの剰余価値を搾取するシステムである以上お金を単純に配分するということは空論にすぎません。しかし,少なくとも何らかの形で歯止めをかける必要はあると思います。例えば従来の単純労働的なものだけでなく,総務や経理といったホワイトカラーの分野においても2500社以上の日本企業が海外にアウトソーシングを行っている現実…ワーキングプアや経済格差の拡大の問題も実は今回の株価の下落の問題とつながるのです<つづく>←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.06
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さて,新しい年になっても明るい話題はないですね…生徒が休み時間に「すごい株安だけど,先生大丈夫?」と聞かれました…(^^ゞもちろん,私が株をやってるのを知ってるからですが… 「東京市場波乱の幕開け 投機マネーで景気後退の危機」 おとそ気分を吹き飛ばす荒れ模様の展開となった4日の東京市場。 ジェットコースターのように乱高下した相場は、 市場関係者に世界経済の抱えるリスクの大きさを浮き彫りにした。 経済のグローバル化と世界的なカネ余り現象で、 国境も市場も軽々と越える投機マネーが、 株や為替の金融市場にとどまらず、 原油、金、穀物などの商品市場をも揺さぶる。 大波のような市場のうねりにどう向き合うか。 世界経済に重い課題が年初から突きつけられた格好だ。 <中略> 世界を駆け巡る投機マネーを主導するのが、 存在感を増すヘッジファンドや年金資産、 政府系ファンドと呼ばれる資金運用集団だ。 政府系ファンドでも増大するオイルマネーを 背景にした中東産油国が目立つ。 <中略> 急騰する商品相場も、経済の実態からかけ離れれれば、 「いずれ破裂する」(エコノミスト)。 市場のグローバル化に伴う野放図な投機マネーの監視を怠れば、 世界は実体経済を壊す力と対峙せざるをえない。 【2008年1月4日 産経新聞】まあ,生徒じゃなくてもこのニュースは景気回復?へ向かう日本経済に原油価格の上昇に加えて冷や水をさらにかける格好になりましたさて,今回のような難しい問題でも生徒に聞かれたら答えられなければいけないのがこの業界に生きる者としては辛いところです…(×_×)もちろん,経済の専門家ではありませんしうまく説明する自信はありません…(専門家でも正確な原因を説明するのは無理でしょう…(^_^)vしかし,私は,生徒に聞かれた時はなるだけ,シンプルに専門用語を使わずに説明するようにしています。もちろん,今回の場合もサブプライム問題やヘッジファンド云々の経済用語をこねくり回して煙に巻くことは簡単です。でも,それでは意味がないのです。同じような問題が起こった時にどう考えるか?その思考力をつけることが目的でそれに比べれば受験の勉強なんて枝葉末節だと思います。さて,今回の株安をどう考えるかですが,私は生徒にお金の流れを考えるのが経済のポイントと常に言っています。例えば今回の株安ですが《企業の株が売られる → 株の値段が下がる》この原因を考えればいいのです。株が売られる原因はいくつかかりますが,《企業の株価=企業価値》と捉えれば一般的には企業の業績不振などで株価が下がるのは当然のことです。つまり,今回のように全ての企業の価値が下がるようなことは常識的には起こりえないことです。もう少し具体的に述べさせてもらうと,日本の企業の株を買う(投資)ことで利潤を得るより他にもっといい儲け話があれば日本の企業の株を売ってそちらへお金が流れる…それだけのことです。そして,そのお金の流れが世界的規模で起こっていることこれがグローバル経済といわれている事柄の本質だと私は考えます。では,なぜ,株価などが世界的規模で乱高下するのか?ここに今の世界経済が抱える大きな問題があると思いますし,その事が原因で経済以外の多くの問題を引き起こしていることに私たちは気づかないといけないと思います…<ちょっと長くなりすぎましたので続きます>←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.05
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仕事始めですねこの業界って夏休みなど長期の休みが多い印象がありますが、そうでもないのですよ。今日から普通に授業で忙しい日々が始まります。あ、1年前も同じ話題だった…(^^ゞさて、今日の話題ですが,石油の可採年数が短くなったという話です。 「石油の枯渇年数 11年短縮」 この調査は、日本の石油開発会社で作る団体「石油鉱業連盟」が、 世界の油田の開発状況などを基にまとめました。それによりますと、 世界で確認されている石油の資源量は1兆1100億バレル余りで、 生産量にして37年分に当たるとしています。 そのうえで、未発見の推定の資源量も計算に入れた 石油が採掘できる残りの年数=「枯渇年数」は68年となり、 5年前の調査に比べて11年縮まったとしています。 これは、中国やインドなどの新興国の経済成長で石油の消費が急速に拡大し、 世界全体の石油の年間消費量が5年前より8.5%増えたことによるものです。 石油鉱業連盟では、新たな油田の発見が進まなくなった場合には 枯渇年数はさらに短くなる可能性があるとしています。 調査の座長を務めた芝浦工業大学大学院の藤田和男教授は 「中国やインド、アメリカなどを中心に地球全体の石油を使う速度が 非常に速まってきており、枯渇年数を延ばすためには代わりの エネルギーの活用も今まで以上に考える必要がある」と話しています。 【2008年1月3日 NHKニュース】石油資源が枯渇するというのはもちろん大きな問題ですし最近の原油高の原因が中国・インドの消費量が増大したり石油の可採年数に関連して投機的に上昇している言われるのは周知の事実なんですが・・個人的な意見として「本当になくなるのか?」というのは私のような一個人では判断がつきかねます。しかし、経済的な面から考えて石油を商品として売るためには少しでも値段が高いほうが利益が大きいということ、そして、値段が上昇することでコストが高い油田でも利益が上がることは間違いありません。例えば、石油危機後の原油価格の上昇によってイギリスの北海油田が操業可能になったという話を聞いたことがあります(北海油田は海底油田のためコストが高い)そう考えると、現在の石油価格の上昇は単純に可採年数や世界需要の増大によるものだけとは一概に言えないかもしれません・・案外私たちが知らないだけで、安価な代替エネルギーはすでに開発されていて「石油で最後の一滴まで儲けてやろう・・」なんてことはあるかもしれません。どっちにしろ、経済的に不利益を被るのはいつも社会的な弱者が中心であることは間違いないと思います・・そして,経済的な視点で言うと原油価格の上昇によって私たちが消費するガソリンなどの価格が無限に上昇する…ということはあり得ません。その理由は,日本の経済界で大きな影響を持つ自動車産業の利益に直結するからです。例えばガソリン税の引き下げなどが行われるでしょう…←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.04
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さて,久しぶりに死刑制度を考えるシリーズの最終回です。死刑制度について考える・・想像力を働かせるとは?死刑制度について考える2・・奪われる命に差はあるか?死刑制度について考える3・・気持ちを考えると当然? 死刑制度について考える4・・きっかけにして欲しい…きっかけは,生徒への小論文指導でしたが4回に渡って死刑問題を考える記事を書くことを通して私自身もこの問題を改めて考える契機になりました。あと一回の記事を書くと予告しておいてランキングのせいにして先送りにしていましたが,本音を言うと自分自身の中で納得のいく結論を見いだせることが出来なかった…というより,ブロガーとして周囲を納得させるだけの情報を発信する自信がなかったからです。今思えばつまらないプライドだと思います。実は,このブログを始めて最初の評論記事で死刑について触れています…やはり,これは新しい年を迎えて私にとって避けてはいけないテーマだと思います。それでは,前置きが長くなりましたが,私が死刑制度について反対する最大の理由は冤罪の可能性があるということです。もちろん,大多数の裁きは間違いないかも知れませんし,冤罪の起こる可能性は限りなくゼロに近いと思います。しかし,それは,ゼロではない…この事実の重さを私たちは忘れてはいけないと思います。例え何億分の1の確率かも知れませんが,本人にしてみれば命が100%絶たれてしまうこと…どんなに言い訳をしても国家が間違って国民の命を絶つことをしてはいけないと思います。もちろん,再犯の可能性とか被害者の感情を考慮した刑罰とか色んな要素を考える必要があります。しかし,それらのことは例えていうならばシステムの枝葉の部分です。死刑制度を廃止するという幹の部分を構築してからでも対応できないことはないと思います。例えば人の命を奪うことの対価としての死刑制度であるなら仮釈放のない終身刑で一生かけて償わせるなどの方法が考えられます。今回の記事を通じて私は人の命を国家が奪うことそしてそれが冤罪の可能性があることこのシンプルな理由だけで死刑制度に反対する理由としては十分だと思います。色々理由をつけるよりシンプルに「好き」とか「会いたい」という気持ちを大事にしたいし,同じようにどんな理由であっても人の命を奪ってはいけないシンプルにそう思っています。そして,私が危惧することは裁判員制度によって私たちが感情的に刑罰を決定してしまう可能性…1年前の記事でも触れていますが,死刑制度や裁判員制度など多くの社会問題について私たち一人ひとりの問題だと考えていかなければ私たちが私たちの国を間違った方向に導いていることに気づいていないのかも知れません←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.03
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年が明けて最初の話題は,先日行った同窓会についてです…同窓会と言っても,私が卒業した学校のではありません。というか,自分の同窓会とかクラス会には1度も参加したことがないのです…(^_^;「友達がいない…」なんて理由でもいいのですが,何となく過去に縛られる感じがして好きになれません。もちろん,同窓会に参加して思い出話に花を咲かせる…そのこと自体を否定する気持ちはありません。でも,その裏に同窓生と会って妬み嫉みの気持ちがまったくないか?学生の頃はあまり感じることがなかった経済的・社会的格差…(意識しようとしなかっただけかもしれませんね)そのことを否定できるほど私は強くありません…社会人になったばかりなら,そういう気持ちよりも懐かしさの方が勝るかもしれません。しかし,人生において社会人以降の方が長くなればなるだけ自分の気持ちの後ろめたさに向き合うことになり参加することに二の足を踏んでしまいます。そんなわけで,自分の同窓会に出たことはないものの自分の教え子たちの同窓会には出席するのです。理由ですか?教え子たちが成長しているのが実感できるし,彼らが社会で活躍しているのは純粋に嬉しいものです。彼らが今の大学を選んだり,社会に出るきっかけにひょっとしたら自分の授業が少しでも役にたったとするなら…この仕事を続けていける理由の1つですね。さて,そんな同窓会で卒業生と旧交を温めていると授業をよく覚えていていることに驚かされます。しかも,授業の内容からはずれた雑談ばかり…(^_^;まあ,実は授業の内容よりも伝えたいことは雑談の中にあることが多いのですが…それと卒業生と話していて感じたのは,卒業する=生徒じゃなくなる…といことから利害関係もなくなるということ…教員と生徒の関係は平等ではありません。だから,進学や学校生活での利益を求めて生徒が行動をとる…例えば,いくら嫌いな先生でも進学に必要ならすり寄ったりします…もちろん,全ての生徒がそうだとは言いません。しかし,今の子ども達のドライな一面を我々はどれだけ気づいているのでしょうか?「自分は生徒に人気がある…」というのが利害関係に基づく誤解かもしれないということ…例えば,今回の記事のような同窓会で型どおりの挨拶しかされない教員とその人を中心に話の輪ができる…案外,このような同窓会って教員というか人間としての素の価値が出るものかも知れませんね…(^_^;最初から同業者の方には厳しい記事になりましたが,1年前はこんな情報を発信していました。同窓会もそうですが,人は過去から学んで未来を創造しなければいけないと思います。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.02
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新しい年になりました。歴史は弁証法的に発展する…ということに確信は持てていても現実の出来事をみると弱気になりそうですね。今年1年が少しでもより多くの人々の自由と平和の可能性が広がる年になって欲しいと思います。さて,実はこのブログを始めてちょうど1年たちました。教育ブログのランキングに参加していますが,他のランキング上位のブログと比べると順位の割にはアクセス数が少ない…1日平均で100アクセスです。多くても200越えたことはないし,60ぐらいの時も珍しくありません…たぶん,他の人気ブログの半分くらいではないでしょうか?そして私も他のブログに積極的にコメントしたり自分のブログのコメントに返したりしてコミュニケーションを広げることでそれがアクセス数やランキングに反映される…というブログの王道?(笑)とはずれた路線です…自分の言いたいこと・伝えたいこと…情報を発信することに力を入れて1年間続けてきました。勝手な思いこみかも知れませんが,アクセス数の割にランキング上位であるということは私が発信する情報に価値を認める人が多いのではないか?その思いこみを糧に新しい年も独自の視点?で情報を発信したいと思いますので宜しくお願いします。←励みになりますのでクリックをお願いします
2008.01.01
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