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2009.01.28
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カテゴリ: カテゴリ未分類
初場所前の相撲総見の結果を尻目に、朝青龍があれよあれよと優勝してしまった。

相撲協会、相撲解説者、相撲記者など相撲にあれこれコメントする人たちは「肩すかし」を食らったようなものだ。

勝てば官軍で、あれ程こき下ろしていた人が、これほどまでに言動を変えなければならないのか?ますます相撲を通じての運命共同体そのものを露呈した。

私が相撲に沸き立った頃は横綱はもう地位としての階級になっていたと思う。
相撲は本来なら、大関が最高位であり、横綱はその中でも実力は勿論人品骨柄卑しからずと言う力士に与えられる相撲殿堂的な意味合いであったという。
まあ、旧軍隊で言うと、大将が最高位であるが、元帥府に列せられるという人たちを後に元帥と称していたようなものだと解釈している。

私自身の頭が固くなってしまったのか、どう見ても茶目っ気や、言いたい放題の朝青龍が人品骨柄卑しからずと言う事は当てはまらないと思っている。

江戸の相撲文化十選(日経)に掲載されていたが、江戸の娯楽・風俗の三大対象は、「相撲」「歌舞伎」「吉原」だったという。
今では「吉原」は京の舞妓に置き換わったのか本来の目的は禁止されてしまっていて、残るは「相撲」と「歌舞伎」になってしまった。


現代の娯楽の対象は江戸のそれらと比べて格段に広がり、パチンコ、ゲームセンター、映画、ゴルフ、ボランティア(?)等々選択肢が多い。

それ故に、相撲を待ちこがれる人口も減っているのだと思う。
昔は、「一年を二十日で暮らすいい男」と言われたように、年に20日ほどの場所を勤めれば、後は「ごっつぉさん」で済んだ時代だったと聞く。

江戸時代を知らないから何ともいえないが、私が知る力士名としては相撲四十八手を考案したとされる初代明石志賀之助、実質横綱初代と言われる4代目谷風梶之助、土俵入りの型に名を残した、不知火光右衛門と雲龍久吉、そして、型破りの強さだが、何故か横綱を張る事がなかった雷電爲右エ門等が伝説の力士としていたのを知っている。

物心ついてからの最強力士と言えば、双葉山定次であろう。
『荘子』にでてくる未だ木鷄たり得ずと、鍛えられた闘鶏が木彫りの鶏のように静かに闘志を内に秘めることを目標に相撲道に精進し、昭和屈指の大力士となったり本場所での通算69連勝、優勝12回、全勝8回などを記録したとある。今の年6場所制と違い年2場所での話だから、何の注釈も付けないで、歴代優勝回数を現在の力士と比較する事は出来ない。

私が現実に相撲を取る姿を見たのは40代横綱の東富士位からであろう。
その後の長身千代の山、あんこ型でユーモラスな鏡里、さほどの強烈なインパクトを感じなかった、吉葉山などがいる。

その後は黄金時代の栃錦清隆と先代の若乃花幹士(勝治)の栃若時代である。
この頃は私も相撲に没頭していたように思う。

それからは胸毛ともじゃもじゃ眉毛の先代の朝潮太郎のあと、第二期黄金時代の柏戸剛と大鵬幸喜の白鵬時代だ。柔の大鵬、剛の柏戸が土俵でぶつかり合う様は何とも豪快であった。組み込んだら何時間でも動かないぞと言う位慎重な大鵬に対して直攻型の柏戸との取り組みは今では比肩することがないくらい大きな相撲だったように覚える。その後の栃ノ海以降には見るべき力士もいなく、私の中の相撲は消えていった。



その後は小兵ながら速攻と上手投げを得意にした、史上最多の通算1045勝、53連勝など、数々の栄光を手にした史上有数・昭和最後の大横綱、千代の富士貢位のものであろう。

その後の若ー貴時代も私には作られたものとしか写らず、それからは段々と外国人が多く参入するにつれて、相撲はオリンピックのようになり、ただ単に体が大きなからと言って、操り人形や電気仕掛けの人形のように立ってはすぐ負けたり、嫌々相撲を取っている様な日本人力士の姿を見るともう相撲もおしまいだなぁと感じてしまう。

初場所の番付表の中入り後の外国人力士の数は何と36%で(外国人の内、モンゴル人は7割を超えている)、殆ど4人に一人は外国人で占められている。もう既にその兆候はあるが、軒を貸して母屋を取られながら、今更何が「国技」なのだろうかと私などはいぶかしく思う。ちなみに三役以上はほぼ半数が外国人であり、残りの日本人力士の最高勝ち星はやっと給金を直すと言われる8勝なのであり、3人は来場所確実に陥落すると言う事になっている。

こんな状態では、「朝青龍は帰ってきました」と言われ、実際にすぐモンゴルに帰ってしまったように、朝青龍になめられ、思うがままにされるのは理の当然である。
日本人がいかにハングリーでなくなったか、それほどまでに苦労をしなくても適当にやっていれば糊口をしのげるという考えなのだろうか、また、陰湿ないじめで自らが強くなれなかった事への復讐をするような部屋があるようでは相撲界に明日はないと思うのだが・・・。







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Last updated  2009.01.31 08:58:19
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