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2010.01.03
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カテゴリ: カテゴリ未分類
元旦は、深夜に参詣をしたが、俗に三社参りだと言うこともあり、昨日は、車のお祓いを兼ねて、城南宮に出かけた。

今日は、又その残りと言うことで、京都方面に足を運び、八坂神社から、平安神宮をお参りして周り、十重二十重といろいろな方向から神様にお願いをしてきた。

毎年恒例になっている城南宮の車のお祓いは、沢山の車が方々から来ていて、10台位をいっぺんに神様に「かしこみ~、かしこみ~、申~す」と車の安全祈願をお願い申し上げてくれるわけである。

その際に、住所と名前と生年月日並びに車の車両番号を書いてお願いしておくと、どこどに住む誰べえ○十○歳の名前と、個人個人の車の番号とを挙げ、まあそこだけ個人個人の車についてお祈りをして貰い、後は決まり文句で神様に伝えるという段取りである。

その際に読み上げられる年齢は「満年齢」ではなく「数え年齢」となる。従って、私の場合は、誕生日前と言うことで、2歳加算される結果となり、読み上げられると「もうそんな歳かよ!」といぶかる事になる。

法律で、「年齢は満年齢をとなえるように努めなければならない」と謳われているにも拘わらず、どうも、こういった正月や厄年、葬儀の時などというものについては、数え年を使う風習が、未だにまかり通っている。

享年何歳とか言われるときには、少しでも長生きしたと言うことで、まあいいのかも知れないが、正月早々、2歳も老けたと言われると、少し「む!」と来る。皆同じ条件なのであるが、私などは、ここのところ微妙な歳であり、やや受け止め方が違ってくるのは、嫁入り前の女性が、年齢を気にするのと同じ心境では無かろうか。

何も正月早々そんなことを言わなくてもと思ってしまうのは私だけだろうか。
そういうことを考えながら、聴いていると、若い神主の朗々とした声が止み、御幣(ごへい)をさっさと振ってお祓いをしてくれるのである。



まぁ、そんなことは、神様は別として、神社側にとっては、どうでも良いことで、10台集めて、「さっさと」振れば、それで済むわけである。これだけで、車に貼る神宮の名前入りのワッペンと、車に振りかける多少の塩の材料費が掛かるだけで、後は、ものの10分もかからぬ間に5万円ほどの売り上げになるのだから、時給にしては驚くほどの高額になる。

そんな罰当たりなことを考えながらであるから、神も霊験新たかではいられないのかも知れないが、昨今の不況で、年越しそばさえ食べられぬ人たちにとっては、「神も仏もあるものか」という気になるであろう。

車のお祓いを済ませ、本殿に向かうも、これまた長蛇の列である。係の人は「端が空いています、端からお参り下さい」という。折角来たのだから、正面から堂々と参らせて欲しいと思い、一寸長めの列の正面で待つ。なにやら後ろで黒人と日本女性が話しながら並んでぺちゃくちゃと喋っている。「SintoがどうのTraditionalがどうのこうのと、その黒人は聞いて、それについて女性はいちいち応えている。

「そのようなことは、ここに来る前に説明しておけ!」と、もう少しで私の参拝の番になりそうなので、私の順番の時にまだ喋っているようであれば、注意しようと思っていたのだが、さすがに静かになったので、正月一番声を荒げることもなく、お祈りを済ませることが出来た。

帰りに、ここでもおみくじを引いた。「吉」だった。元旦は「大吉」を引いたので、少し下がったわけである。

2日は出かけるのが遅かったので、そのまま京都方面に向かうには、時間がなさそうで、八坂神社と、平安神宮は3日の今日になってしまった。

京都は車の出が多いだろうと、電車で向かったのだが、四条河原町について四条通を歩くときは、案の定一杯の人出であった。
何しろ四条通を、自分のペースで歩けないくらいで、人の波に従って歩くしかないほどである。
京都には、日頃何度も来ているので、人波をかき分けるように、八坂神社に向かうのだが、人皆正月の華やいだ気分で談笑しながら歩いているのに、そもそも、何故こんなに急ぐ必要があるのかと苦笑するくらい急ぎ足になった。

八坂神社は正面の化粧直しも終わっていたが、何しろ階段を上がってからの参道というのが、一寸曲がっていて、そこに出店がずらりと並んでいるから、狭い上に混雑する。ここが何とかならぬものかと、思いながら拝殿に向かい、又同じ事をお祈りする。後ろでは、舞台で、百人一首のカルタ会をやっているようで、「哀れとも言うべき人は思を得で 身のいたずらに成りぬべきかな・・」等とのどかな声が聞こえてくるが、その周りは黒山の人だかりで、後で、テレビ放送でも見たのだが、テレビ局も来ていたようだ。正月の年中行事らしい。

そこで又、おみくじを引いたら、今度は事もあろうか「凶」であった。連れ合いに「何度も引かずに元旦の分だけにしておいたら良かったね」と言われたがもう遅い。おみくじは引く度に段々悪くなる。

寒い正月だが、八坂神社から平安神宮への道は、いつもより明るい雰囲気である。

平安神宮につくとここも華やいだ雰囲気で、大極殿前の、左近の桜は枯れ葉さえ落ちて、枝は寒そうだったが、右近の橘にはわらで作った幌がかぶせられていた。ここでも大極殿の前は、人が大勢並んでいたが、早速、七舛有る柱の真正面の舛のから正面から今度は時間を掛けて、念入りにお参りをした。

参拝を終えて、ここでも又おみくじを引いた。今度は又「大吉」が戻ってきた。巡り巡って、「大吉」→「吉」→「凶」→「大吉」となったわけである。
今回は、奇しくも、予め筒の中から番号の書いた竹串を引くのだが、その番号が、別の所で引いた連れ合いと同じ15番だった。
そして、結果は両者とも「大吉」である。おみくじで何が出るか分からないという事は、物理的には、至極当然のことで、だから何となく引くのであろうが、帰って、連れ合いが姫にその話をすると、「ご存じとは思いますが、おみくじは何度も引くものではありませんよ」といなされた。



しかし、とは言っても、近来出たことのない「大吉」が5割の確率で出たと言うことは、今年一年は、きっと平和裏にすすむのだろう事を示唆しているものと受け止め、「凶」は、時々は心せよという具合に神様が戒めているのだと言うことで、自分に納得させた。

困ったときの神頼みしかしてこなかった私にとって、神様に参るのは、1年で正月くらいのことである。一寸遠かったが、連れ合いと「平安神宮まで来て良かったね」などと話ながら、家路についた。





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Last updated  2010.01.09 05:15:31
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